(01)
ド・モルガンが、明らかに健全であるにもかかわらず、伝統的論理学のわくぐみのなかでは取り扱うことができなかった論証として挙げた、有名なま簡単な論証がある。
There is a famouse and simple arugument,cited by de Morgan as an example of a kind of reasoning which,through patently sound,could not be handled within the framework of traditional logic.
(1)すべての馬は動物である。故にすべての馬の頭は動物の頭である。
(〃)All horses are animals; therefore all horses' heads are animals'head.
(2)馬の頭であるすべてのモノは動物の頭である。
(〃)Anything that is a head of a horse is a head of an animal.
(02)
あるモノが馬の頭であるためには、それ(あるモノ)がその馬の頭であるような馬が存在しなければならない。
For something to be a head of a horse there must be some horse of which it is the head;
(03)
記号で書くと、aは、∃y(Fy&Hay)であるときまたそのときに限って馬の頭である。
in symboles, a is a head of a head of a horse if and only if ∃y(Fy&Hay)
然るに、
(04)
馬名(ばめい)
競走馬には必ず名前がつけられ、これを馬名というが、どんな名前をつけてよいというものでなく、次のような制限がつけられている。
(1)有名な馬の名称・馬名と同じである馬名、またはこれらと紛らわしい馬名
(2)父母の名称・馬名と同じである馬名、またはこれらと紛らわしい馬名
(3)すでに登録を受けている馬名、登録を抹消された翌年の1月1日から4年を経過しない馬名と同じ馬名、またはこれらと紛らわしい馬名
(競馬用語辞典)、― 以下省略、―
従って、
(04)により、
(05)
① すべての馬名は、ある馬の馬名である。
② ∀x{∃y(馬y&馬名xy)}
③ すべてのxと{あるyについて(yは馬であって、xはyの馬名)}である。
において、
① は「真」であって、尚且つ、
①=②=③ である。
従って、
(05)により、
(06)
① すべての馬の頭は、ある馬の頭である。
② ∀x{∃y(馬y&頭xy)}
③ すべてのxと{あるyについて(yは馬であって、xはyの頭)である}。
においても、
① は「真」であって、尚且つ、
①=②=③ である。
従って、
(02)(03)(06)により、
(07)
あるモノが馬の頭であるためには、それ(あるモノ)がその馬の頭であるような馬が存在しなければならない。
For something to be a head of a horse there must be some horse of which it is the head;
記号で書くと、aは、∃y(Fy&Hay)であるときまたそのときに限って馬の頭である。
in symboles, a is a head of a head of a horse if and only if ∃y(Fy&Hay)
というのであれば、
① すべての馬の頭は、ある馬の頭である。
② ∀x{∃y(馬y&頭xy)}
③ すべてのxと{あるyについて(yは馬であって、xはyの馬の頭)}である。
において、
① は「真」であって、尚且つ、
①=②=③ である。
然るに、
(08)
1 (1) ∀x(馬x→動物x) A
2 (2)∀x{∃y(馬y&頭xy)} A
2 (3) ∃y(馬y&頭ay) 2UE
3(4) 馬b&頭ab A
3(5) 馬b 4&E
3(6) 頭ab 4&E
1 (7) 馬b→動物b 1UE
1 3(8) 動物b 57MPP
1 3(9) 動物b&頭ab 68&I
1 3(ア) ∃y(動物y&頭ay) 9EI
12 (イ) ∃y(動物y&頭ay) 34アEE
1 (ウ) ∃y( 馬y&頭ay)→∃y(動物y&頭ay) 2イCP
1 (エ)∀x{∃y( 馬y&頭xy)→∃y(動物y&頭xy)} ウUI
1 (〃)すべてのxと{あるyについて(yが馬であって、xがyの頭である)ならば、(yは動物であって、xはyの頭である)}。
(E.J.レモン、論理学初歩、竹尾治一郎・竹尾楢英 訳、1973年、167頁を参照)
という「推論」は「妥当」である。
従って、
(01)(08)により、
(09)
ド・モルガンが、明らかに健全であるにもかかわらず、伝統的論理学のわくぐみのなかでは取り扱うことができなかった論証として挙げた、有名なま簡単な論証がある。
There is a famouse and simple arugument,cited by de Morgan as an example of a kind of reasoning which,through patently sound,could not be handled within the framework of traditional logic.
である所の、
(1)すべての馬は動物である。故にすべての馬の頭は動物の頭である。
(〃)All horses are animals; therefore all horses' heads are animals'head.
(2)馬の頭であるすべてのモノは動物の頭である。
(〃)Anything that is a head of a horse is a head of an animal.
という「推論・論証」は、「妥当」である。
然るに、
(10)
1 (1) ∀x(象x→~兎x) A
2 (2)∀x{∃y(象y&鼻xy)} A
2 (3) ∃y(象y&鼻ay) 2UE
3(4) 象b&鼻ab A
3(5) 象b 4&E
3(6) 鼻ab 4&E
1 (7) 象b→~兎b 1UE
1 3(8) ~兎b 57MPP
1 3(9) ~兎b&鼻ab 68&I
1 3(ア) ∃y(~兎y&鼻ay) 9EI
12 (イ) ∃y(~兎y&鼻ay) 34アEE
1 (ウ) ∃y( 象y&鼻ay)→∃y(~兎y&鼻ay) 3イCP
1 (エ)∀x{∃y( 象y&鼻xy)→∃y(~兎y&鼻xy)} ウUI
1 (〃)すべてのxと{あるyについて(yが象であって、xがyの鼻である)ならば、(yは兎ではなく、xはyの鼻である)}。
従って、
(09)(10)により、
(11)
(1)すべての馬は動物である。故にすべての馬の頭は動物の頭である。
という「推論・論証」に加えて、
(2)すべての象は兎ではない。故にすべての象の鼻は兎の鼻ではない。
という「推論・論証」も、「妥当」である。
令和7年7月13日、毛利太。
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