(01)
論理式 ¬(A),(A)→(B),∀x(A) などを書き表すとき,誤解のおそれのない場合には,カッコを省略し,単に ¬A,A→B,∀xA などとすることが多い.また
¬A→B とか ∀xA→B
なども (¬A)→B および (∀xA)→A のことであって,¬(A→B) 或いは ∀x(A→B) のことではないとする.
(前原昭二、数学基礎論入門、1997年、5頁)
従って、
(01)により、
(02)
¬A→B
といふ論理式は、カッコを省略せずに書くと、
(¬(A))→B
とするのが、正しい。
従って、
(02)により、
(03)
¬A→B=
(¬(A))→B
といふ等式に、異議を唱へる、論理学の先生はゐない。
然るに、
(04)
不改過則可以彼為小人=
不〔改(過)〕則可〔以(彼)為(小人)〕。
とする、中国語の先生は、ゐない。
従って、
(04)により、
(05)
不改過則可以彼為小人=
不〔改(過)〕則可〔以(彼)為(小人)〕⇒
〔(過)改〕不則〔(彼)以(小人)為〕可=
〔(過ちを)改め〕不れば則ち〔(彼は)以て(小人)為る〕可し。
といふ「漢文訓読」を、正しいとする、中国語の先生はゐない(?)。
(06)
倉石武四郎博士が戦前に中国留学した際に「訓読は玄界灘に捨ててきた」と言ったことは音読派の決めぜりふとして有名である(土田健次郎、大学における訓読教育の必要性)。
従って、
(05)(06)により、
(07)
少なくとも、倉石武四郎博士の薫陶を受けられた先生であれば、
読漢文=
読(漢文)⇒
(漢文)読=
(漢文を)読む。
といった「括弧」を、認めることは、無い(?)。
平成27年04月22日、毛利太。
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