(01)
① ~(A&B)= ~A∨~B : ドモルガンの法則。
② ~A∨~B = A → ~B : 含意の定義。
③ A → ~B = B → ~A : 対偶律。
従って、
(01)により、
(02)
① ~(A&B)
② A → ~B
③ B → ~A
に於いて、
①=②=③ である。
従って、
(02)により、
(03)
「日本語」の「語順」であれば、
①(A&B)~
② A → B~
③ B → A~
に於いて、
①=②=③ である。
従って、
(03)により、
(04)
①「Aであって、Bである。」といふことは、ない。
② Aならば、Bでない。
③ Bならば、Aでない。
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(05)
①「人間であって、不死身である。」といふことは、ない。
② 人間ならば、不死身でない(人間は皆、いつかは死ぬ)。
③ 不死身であるならば、人間でない(死なない人間は、ゐない)。
に於いて、
①=②=③ である。
といふことは、「当然」である。
従って、
(01)~(05)により、
(06)
①「人間であって、不死身である。」といふことは、ない。
② 人間ならば、不死身でない。
③ 不死身であるならば、人間でない
といふ「日本語」に於いて、
①=②=③ である。
である。といふことを、「理解」出来るのであれば、その人は、
① ~(A&B)= ~A∨~B : ドモルガンの法則。
② ~A∨~B = A → ~B : 含意の定義。
③ A → ~B = B → ~A : 対偶律。
といふ「論理学」を、「常識」として、「理解」している。ことになる。
従って、
(06)により、
(07)
日本語は非論理的であり、論理的思考に向いていないと思い込んでいる人が多い(月本洋、日本語は論理的である、2009年、2頁)。
とするならば、そのやうな「理解」は、「偏見」である。
平成27年08月09日、毛利太。
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