2016年5月24日火曜日

(完了の助動詞としての)矣。

(01)
① 用此観之、然則人之性悪明矣。
① 此を用て之を観れば、然らば則ち人の性の悪なること明らかなり。
このことから考えてみると、そうだとすれば、人間の本性が悪であることは明らかである。
(教学社、風呂で覚える漢文、平成10年、100頁)
に於いて、
① 人之性悪明矣。
① 人間の本性が悪であることは明らかである。
といふのは、「見解」である。
(02)
しかるに「矣」は自ら信ずるところを特に強く表示したり、またこれを主張する必要がある場合の口気を写すものあり、その確言のしかたは直覚であり。感情的であり、強くかつ鋭い。国語では「~であることはいうまでもない「~にちがいない」といような気持ちを含めて訳せば、その意に近い。
(中澤希男・澁谷玲子、漢文訓読の基礎、昭和60年、86頁)
従って、
(01)(02)により、
(03)
① 人之性悪明矣。
① 人の性の悪なること明らかなり。
に於ける「矣」は、「自ら信ずるところを特に強く主張してゐる」。
といふ風に、見なすことが出来る。
然るに、
(04)
② 不幸短命死矣。
② 不幸短命にして死せり。
② 不幸にも短命で死んでしまった(論語)。
に於いて、
② 不幸短命死矣。
② 不幸にも短命で死んでしまった。
といふのは「見解」ではなく、「事実」である。
cf.
死せ(サ変・未然)り(完了)。
従って、
(05)
① 人之性悪明矣(人の性の悪なること明らかなり)。
② 不幸短命死矣(不幸にも短命で死んでしまった)。
に於ける、
① 矣(信ずるところを強く主張する)。
② 矣。
に於いて、
①=②
といふ「等式」は、成り立たない。
然るに、
(06)
* 矣 完了の助字。「~してしまった」
(三省堂、明解古典学習シリーズ16 論語 孟子、昭和48年、71頁)
従って、
(05)(06)により、
(07)
① 人之性悪明矣(人の性の悪なること明らかなり)。
② 不幸短命死矣(不幸にも短命で死んでしまった)。
に於いて、
① 矣(信ずるところを強く主張する)。
② 矣(完了を表す)。
といふことになる。
(08)
③ 并力西向、秦必破矣。
③ 力を并せて西に向かはば、秦必ず破れん。
③ 協力して西へ向かうならば、秦の国はきっと破れるに違いない。
(鳥羽田重直、漢文の基礎、昭和50年、17頁)
③ 并力西向、秦必破矣。
③ 協力して西へ向かうならば、秦の国はきっと破れるに違いない。
に於ける「矣」は、「自ら信ずるところを特に強く主張してゐる」。
といふ風に、見なすことが出来る。
従って、
(07)(08)により、
(09)
① 人之性悪明矣(人の性の悪なること明らかなり)。
② 不幸短命死矣(不幸にも短命で死んでしまった)。
③ 并力西向、秦必破矣(協力して西へ向かうならば、秦の国はきっと破れるに違いない)。
に於いて、
① 矣(信ずるところを強く主張する)。
② 矣(完了を表す)。
③ 矣(信ずるところを強く主張する)。
といふことになる。
然るに、
(10)
① 人の性の悪なること明らかなり。
② 不幸にも短命で死んでしまった。
③ 秦の国はきっと破れるに違いない。
に於いて、「時制」としては、
①(現在)
②(完了)
③(未来)
である。
しかしならがら、
(11)
② 矣(完了)ではあっても、
① 矣(現在)であるわけでも、
③ 矣(未来)であるわけではない。
すなはち、
(12)
「矣」が表し得る「時制」は「完了」であるため、当然ではあるが、「矣」自体が、「現在」や「未来」を表すことはない。
平成28年05月24日、毛利太。

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