2019年12月23日月曜日

「鏡の中の、上下左右」。

(01)

(マイクロソフト、ワード2019のアイコン)
を見ると、
①「父子」は、「を向いてゐる」のかも知れないし、
②「母子」は、「を向けてゐる」のかもしれない。
然るに、
(02)
①「父子」が、「を向いてゐる」のであれば、「子供」は「父親の側にゐる」し、
②「母子」が、「を向いてゐる」のであれば、「子供」は「母親の側にゐる」。
然るに、
(03)
①「鏡に正対」してゐるとき、「鏡の中」の「自分の姿」は、「表面」に関しては、
①「を向いてゐる」際の、「それ」に「等しい」。
然るに、
(04)
②「鏡に正対」してゐるとき、「鏡の中」の「自分の姿」は、「シルエット」に関しては、
②「鏡の外」で、「背中の側)」を見てゐる際の、「シルエット」に「等しい」。
従って、
(01)~(04)により、
(05)
①「鏡の中」の「自分の姿」は、「(表面は)を向きつつ」も、同時に
②「鏡の中」の「自分の姿」は、「(シルエットは)を向いてゐる」。
従って、
(05)により、
(06)
「このこと」を、「理解」してゐないのであれば、その場合は、
③「鏡は左右を逆にするが、上下を逆にしないのはなぜか(Why do mirrors reverse left and right, but not top and bottom?)。」
といふ「疑問」が、生じることになる。
然るに、
(07)
②「コピー用紙」は、「十分に薄い」ため、
②「コピー用紙」は、「明るい方向」に向ければ、「に書かれた文字」を、「裏側から、透かして見る」ことが出来る。
然るに、
(08)
①「コピー用紙」は、「鏡に映る」ため、
①「コピー用紙」は、「」に向けると、「に書かれた文字」を、「裏返しのままで、見る」ことが出来る。
然るに、
(09)
②「A」と書かれた「コピー用紙」を、「裏側から、透かして見る」と、「A」に見える。
①「A」と書かれた「コピー用紙」を、「鏡に映して、見る」と、   「A」に見える。
従って、
(07)(08)(09)により、
(10)
①「に映ってゐる、文字の形」は、
②「裏側から透かして見てゐる、文字の形」に、「等しい」。
従って、
(10)により、
(11)
①「に映ってゐる、人の形」も、「シルエット」に関しては、
②「裏側(背中)を向けてゐる、人の形」に、「等しい」。
従って、
(11)により、
(12)


であっても、
①「鏡ので、こちらを向いてゐる、人の形(シルエット)」は、
②「鏡ので、裏側(背中)を向けてゐる、人の形(シルエット)」に、「等しい」。
令和元年12月23日、毛利太。

2019年12月22日日曜日

「鏡の中の上下左右」。

(01)
昨日の「チコちゃんに叱られる!(平成30年10月20、令和元年12月21日)」で取り上げられた、「鏡は左右を逆にするが、上下を逆にしないのはなぜか(Why do mirrors reverse left and right, but not top and bottom?)」という疑問は、英語圏に於いても、「FAQ(Frequently Asked Questions)」の「典型」です。
(02)
①「AE」と描かれた「Tシャツ」を着た「ある人物」が、あなたに対して、「背中」を向けてゐて、
①「その人物」が、あなたの方を、「振り向いた」とします。
然るに、
(03)
①「その人物」が、あなたの方に、「振り向いた」のであれば、「その人物」は、
①「回れ右」をして、「振り向いた」か、
②「逆立ち」をして、「振り向いた」かの、どちらかです。
然るに、
(04)
①「回れ右」をして、「振り向いた」のであれば、「Tシャツ」の「AE」は、[AE]に見えます。
②「逆立ち」をして、「振り向いた」のであれば、「Tシャツ」の「AE」は、[]に見えます。
然るに、
(05)
③ あなた自身が、「AE」と描かれた「Tシャツ」を着て、「鏡の前」に立つならば、「鏡の中」で、「AE」は、[]に見えます。
従って、
(02)~(05)により、
(06)
①[]:鏡の外で、「回れ右」で、振り向く。
②[]:鏡の外で、「逆立ち」で、振り向く。
③[]:鏡の中。
に於いて、
①と③ であれば、「左右が逆で、上下が等しい」。
②と③ であれば、「上下が逆で、左右が等しい」。
従って、
(06)により、
(07)
①「鏡は左右を逆にするが、上下を逆にしないのはなぜか(Why do mirrors reverse left and right, but not top and bottom?)」
といふ「疑問」は、飽く迄も、
①[AE]:鏡の外で、「回れ右」をする、ならば、さうである。
といふことに、過ぎない。
従って、
(06)(07)により、
(08)
①[]:鏡の外では、「回れ右」で、振り向く、ことはなく、
②[]:鏡の外では、「逆立ち」で、振り向く、とするならば、
②「鏡は上下を逆にするが、左右を逆にしないのはなぜか(Why do mirrors reverse top and bottom, but not left and right?)」
といふ「疑問」が、生じることになる。
従って、
(07)(08)により、
(09)
①「鏡は左右を逆にするが、上下を逆にしないのはなぜか(Why do mirrors reverse left and right, but not top and bottom?)」
といふ「疑問」が生じる「所以」は、ただ単に、
①[AE]:鏡の外では、「回れ右」をするが、
②[]:鏡の外では、「逆立ち」はしない
といふ風に、「決め付けてゐる」からである。
令和元年12月22日、毛利太。

2019年12月21日土曜日

「鏡は左右を逆にするが、上下を逆にしないのはなぜか(チコちゃんに叱られる!)」

(01)
 NHK 総合テレビで土曜日午前 8 時 15 分から 45 分間放映されている番組『チコちゃんに叱られる!』が、2018年10月20 日の放映(2019年12月21日、再放送)で、チコちゃんの質問の一つに、人類が悩み続けてきた難問「鏡の謎」を取り上げた。「鏡は左右を逆にするが、上下を逆にしないのはなぜか」という疑問である。答えは「分からない」だった(Ted's Coffeehouse 2)。
(02)
「クリアホルダー」に「油性ペン」で、「AE」と書いてみる。
(03)
「クリアホルダー」や「油性ペン」がなければ、
「コピー用紙」のやうな「薄い紙」に、「鉛筆」で、「AE」と書いてみる。
然るに、
(04)
①「AE」と書かれた「面」を、「裏返し」にするには、「人間」で譬へると、
②「回れ右」による「裏返し」と、
③「逆立ち」による「裏返し」による、「2種類」がある。
然るに、
(05)
①「コピー用紙」は、「裏返し」の状態であっても、「明るい方向」に向ければ、「表の側が、透けて見える」ため、
②「回れ右」による「裏返し」をすれば、「AE」は、[∃A(左右が逆)]に見える。
然るに、
(06)
①「コピー用紙」は、「鏡に映る」ため、
②「回れ右」による「裏返し」をした上で、「鏡に向ける」と、「AE」は、[∃A(左右が逆)]に見える。
従って、
(05)(06)により、
(07)
②「鏡の中」の[∃A(AEとは、左右が逆)]は、「形」としては、「コピー用紙」を、「裏側から、透かして見てゐる状態」に「等しい」。
従って、
(07)により、
(08)
①「鏡に正対」してゐるとき、「鏡の中」の「自分の姿」は、「シルエット」に関しては、
②「裏側(背中の側)」から見てゐる際の、「シルエット」に「等しい」。
従って、
(09)
「鏡の中の自分」は、「こちらを向いてゐる」にも拘らず、「シルエット」に関しては、
背中の側(裏側)」を向けてゐる。といふ、ことになる。
然るに、
(10)
①「背中」を向けてゐる人物が、「こちらを向く」際は、
②「回れ右」をして「こちらを向く」場合が、「ほとんど100%」である。
従って、
(11)
①「背中」を向けてゐる人物が、「こちらを向く」際には、
③「逆立ち」をして「こちらを向く」場合は、「ほとんど、有り得ない」。
従って、
(09)(10)(11)により、
(12)
①「鏡の中の自分」は、
②「回れ右」をして「こちらを向いた」にも拘らず、
③「背中の側」を向けてゐる。
然るに、
(13)
③「背中の側を向けてゐる
といふことは、
②「回れ右をしてゐない
といふことに、他ならない。
従って、
(12)(13)により、
(14)
①「鏡の中の自分」は、
②「回れ右」をして「こちらを向い」た、にも拘らず、
③「回れ右」をしてゐない
といふことになり、それ故、「鏡は左右を逆にするが、上下を逆にしないのはなぜか(チコちゃんに叱られる!)」
といふ、「疑問」が生まれることになる。
然るに、
(15)
①「背中」を向けてゐる人物が、「こちらを向く」際に、逆に、
②「回れ右」をして「こちらを向く」場合が、「  0%」であって、
③「逆立ち」をして「こちらを向く」場合が、「100%」である。とする。
然るに、
(16)
③「AE」と書かれた「Tシャツ」を着た人物が、
③「逆立ち」をして「こちらを向く」のであれば、その際の、
③「AE」は、[]に、「見えなければならない」。
然るに、
(17)
①「A
②[
③[∃
に於いて、
①と② であれば、「左右が逆で、上下が等しい」。
③と② であれば、「上下が逆で、左右が等しい」。
従って、
(15)(16)(17)により、
(18)
①「背中」を向けてゐる人物が、「こちらを向く」際に、
③「逆立ち」をして「こちらを向く」場合が、「100%」である。とするならば、
①「鏡の中の自分」は、
③「逆立ち」をして「こちらを向い」た、にも拘らず、
③「逆立ち」をしてゐない
といふことになり、それ故、「鏡は上下を逆にするが、左右を逆にしないのはなぜか(チコちゃんに叱られない!)」
といふ、「疑問」が生まれることになる。
従って、
(01)~(18)により、
(19)
「鏡は左右を逆にするが、上下を逆にしないのはなぜか」 といふ「疑問」に対して、
「鏡は上下を逆にするが、左右を逆にしないのはなぜか」といふ「疑問」が生じない。のは「何故か」といふと、
①「背中」を向けてゐる人物が、「こちらを向く」際は、
②「回れ右」をして「こちらを向く」場合が、「ほとんど100%」だからである。
といふ、ことになる。
令和元年12月21日、毛利太。

2019年12月20日金曜日

「排中律」は「正しく」はない!?

(01)
1(1)P     A
1(2)P∨Q   1∨I(選言導入)
 (3)P→P∨Q 12CP
然るに、
(02)
1(1)P     A
 (3)P→P∨Q 12CP
に於いて、「(1)の仮定の数」は「1個」であって、
     「(3)の仮定の数」は「0個」である。
(03)
1 (1)  ~P         A
1 (2)  ~P∨~Q      1∨I(選言導入)
  (3)  ~P→~P∨~Q   12CP
  4(4) ~~P&~~Q     A
 4(5)~(~P∨~Q)     4ド・モルガンの法則
 4(6) ~~P         35MTT
  (7) ~~P&~~Q→~~P 46CP
  (8)   P&  Q→  P 7DN
然るに、
(04)
1 (1)~P     A
  (8) P&Q→P 7DN
に於いて、「(1)の仮定の数」は「1個」であって、
     「(8)の仮定の数」は「0個」である。
(05)
1 (1) ~(P∨~P)  A
 2(2)   P      A
 2(3)   P∨~P   2∨I(選言導入)
12(4) ~(P∨~P)&
       (P∨~P)  23&I
1 (5)  ~P      A
1 (6)   P∨~P   5∨
1 (7) ~(P∨~P)&
       (P∨~P)  16&I
  (8)~~(P∨~P)  17RAA
  (9)   P∨~P   8DN
然るに、
(06)
1 (1) ~(P∨~P)  A
  (9)   P∨~P   8DN
に於いて、「(1)の仮定の数」は「1個」であって、
     「(9)の仮定の数」は「0個」である。
然るに、
(07)
定理(theorem)とは、仮定(assumptions)の数がゼロ個の証明可能な連式の結論である。
(E.J.レモン、竹尾治一郎・浅野楢英 訳、論理学入門、65頁改)
従って、
(01)~(07)により、
(08)
① P→P∨Q≡Pであるならば、PかQである。 
② P&Q→P≡PであってQであるならば、Pである。
③ P∨~P ≡Pであるか、Pでない。
といふ「論理式」、すなはち、
① 付加律
② 単純化律
排中律
は、三つとも、「定理(theorem)」である。
然るに、
(09)
① 付加律
すなはち、
① P→P∨Q≡Pであるならば、PかQである。 
は、「ヒルベルト・アッカーマンの、公理2」である。
従って、
(08)(09)により、
(10)
① P→P∨Q≡Pであるならば、PかQである。 
② P&Q→P≡PであってQであるならば、Pである。
③ P∨~P ≡Pであるか、Pでない。
といふ「論理式」は、3つとも、「公理(axiom)」であるとしても、「不自然」ではない。
然るに、
(11)
(1)Pならば、PかQである。 然るに、
(2)Pである。        従って、
(3)      PかQである。
といふ「推論」は、明らかに、「妥当」である。
然るに、
(12)
(2)Pである。        従って、
(3)      PかQである。
といふのであれば、いづれにせよ
(2)Pである
従って、
(12)により、
(13)
(2)Pである。        従って、
(3)      PかQである。
といふのであれば、「正しく」は、
(2)Pであるが、
(3)Qであるどうかは、分からない
といふ。ことになる。
従って、
(01)~(13)により、
(14)
1(1)P   A
1(2)P∨Q 1∨I(選言導入)
といふ「計算」は、
(1)Pであるが、
(2)Qであるどうかは、分からない
といふ、ことであり、
1(1)~P    A
1(2)~P∨~Q 1∨I(選言導入)
といふ「計算」は、
(1)Pでないが、
(2)Qでないかどうかは、分からない
といふ、ことであり、
2(2)P    A
2(3)P∨~P 2∨I(選言導入)
といふ「計算」は、
(2)Pであるが、
(3)Pでないどうかは、分からない
といふ、ことである。
然るに、
(15)
Pであるが、Qであるかどうかは、分からない
Pでないが、Qでないかどうかは、分からない
であれば、二つとも、「正常」であるが、
Pであるが、Pでないかどうかは、分からない
の場合は、
Pである。と「断定」してゐながら、そのことを「否定」してゐる。
といふ点に於いて、明らかに、「異常」である。
従って、
(01)(03)(05)(14)(15)により、
(16)
① P→P∨Q≡Pであるならば、PかQである。 
② P&Q→P≡PであってQであるならば、Pである。
③ P∨~P ≡Pであるか、Pでない。
といふ「定理」の「証明」に於いて、
① には「問題」はなく、
② にも「問題」はないものの、
③ には「問題」がある
従って、
(10)(16)により、
(17)
① P→P∨Q≡Pであるならば、PかQである。 
② P&Q→P≡PであってQであるならば、Pである。
③ P∨~P ≡Pであるか、Pでない。
といふ「論理式」は、すなはち、
① 付加律
② 単純化律
排中律
といふ「法則」は、3つとも、「公理(axiom)」であるとしても、「不自然」ではない。
とは言ふものの、実際には、
③ に関しては、「計算の過程」で、
Pであるが、Pでないかどうかは、分からない
としているため、あるいは、「公理(axiom)」であるとしては、ならないのかも、知れない
然るに、
(18)
④ ~(~P&P)≡~~P∨~P≡P∨~P
は、「ド・モルガンの法則」であって、
④ ~(~P&P)
は、「矛盾律」である。
従って、
(19)
③       P∨~P ≡Pであるか、Pでない。
④ ~(~P&  P)≡Pでなくて、Pである。といふことはない。
に於いて、
③「矛盾律」を「否定」することは、
④ Pではないが、Pである。といふこともある
といふことを、「肯定」することに、「等しい」。
従って、
(20)
④ Pではないが、Pである。といふこともある
といふことは、ない
とするならば、
③ Pであるか、Pでない。
といふ「排中律も、認めざるを、得ない
令和元年12月20日、毛利太。

2019年12月19日木曜日

「選言導入の推論規則」。

(01)
Pが真である場合には「PQ」は必ず真になり、Qが真である場合には「QP」は必ず真になります。これは「選言導入」と呼ばれる推論規則です(WIIS)。
然るに、
(02)
① Pならば、PQである。 然るに、
② Pである。        従って、
③      PQである。
といふ「推論」は、明らかに、「妥当」である。
然るに、
(03)
② Pである。        従って、
③      PかQである。
といふのであれば、いづれにせよ、
Pである
従って、
(04)
② Pである。        従って、
③      PかQである。
といふのであれば、「正しく」は、
Pであるが
③ Qであるかどうかは、分からない
といふ。ことになる。
従って、
(05)
② 彼女は背が高い。従って、
③ 彼女は背が高い、美人である。
といふ「言ひ方」は、「正しく」は、
③ 彼女は背は高いが、美人であるかどうかは、分からない
といふ、ことになる。
然るに、
(06)
この規則は、推論の中で意識されることがおおよそないといえます。「彼女は背が高い」という主張をPとしましょう。すると、このPから「彼女は背が高い または 彼女は美人だ」が導けます。この場合、主張Qは「彼女は美人だ」に対応しています。しかし、「彼女は背が高い」がわかっているのに、わざわざ、「彼女は背が高い または 彼女は美人だ」とつなげる場面は普通の会話ではあまりないでしょう。数学の証明でも、これが使われる場面はほとんど見かけないような気がします(小島寛之、証明と論理に強くなる、2017年、156頁)。
従って、
(01)(05)(06)により、
(07)
 この規則(選言導入)を、
「彼女は背が高い または 彼女は美人だ」と理解するのは、「マチガイ」であって、
「彼女は背が高い しかし 美人かどうかは、分からない」とするのが、「正しい」。
従って、
(08)
1(1)P     A
1(2)P∨Q   1∨I(選言導入
 (3)P→P∨Q       12CP
 (〃)Pならば、PかQである。12CP
といふ、「公理(axiom)」に於ける、
1(2)P∨Q   1∨I(選言導入
といふ「それ」は、
1により(2)Pであるが、Qかどうか分からない。 1選言導入
といふ「意味」である。
令和元年12月19日、毛利太。

2019年12月18日水曜日

「括弧」と「返り点」。

(01)
(02)
① 告げざる可からず。
② 我、鳥の樹に啼くを聞く。
③ 鳥獣は、我、之(これ)と与(とも)に群れを同じくする可からず。
④ 外人の為に道(い)ふに足らざるなり。
⑤ 耕す者、以て益々、急ならざる可からず。
⑥ 己に如かざる者を友とする無かれ。
⑦ 当世の士大夫、劉老人有るを知らざる者無し。
⑧ 聖人の知れざる所、未だ必ずしも、愚人の知る所と為さずんばあらざるなり。
⑨ 曽子の母、子の人を殺さざるを知らざるに非ざるなり。
⑩ 籍をして誠に子を養ひ、寒さを憂ふるを以て心を乱さず、財有りて以て薬を済さ使む。
⑪ 之を取らんと欲す。
⑫ 之を取‐捨せんと欲す。
cf.

  」が塗られた「漢字」には、「返り点」が付いてゐない
⑦「上 中 下」ではあるが、「上 」であって、「上 」ではない。
⑧「未=未だ・・・・・ず。」は、「再読文字」である。
⑩ 使籍誠不以畜 子憂 寒乱心有 財以済 薬。の場合は、
⑩ 使籍誠不以蓄妻子憂饑寒亂心有錢財以濟醫藥(韓愈)。が「原文」である。
⑫ 「取‐捨」は、「一語(熟語)」である。
従って、
(01)(02)により、
(03)
① レ レ レ
② 二 一レ
③ レ 二 レ 一レ
④ レ 下 二 一 上
⑤ レ 三 二 一
⑥ レ 二 レ レ 一
⑦ 下 レ レ 二 一レ 上
⑧ レ レ 二 一レ 二 一レ
⑨ レ レ 二 一レ レ
⑩ 乙 下 二 レ 一レ 上レ レ 甲レ
⑪ レ レ
⑫ レ 二- 一
といふ「返り点」が表す「訓読の順番」は、
① 四 三 二 一
② 三 二 一
③ 丁 丙 二 一 乙 甲
④ 下 中 二 一 上
⑤ 四 三 二 一
⑥ 下 中 三 二 一 上
⑦ 下 四 三 二 一 上
⑧ 三 二 一 五 四 三 二 一
⑨ 六 五 四 三 二 一
⑩ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 二 一 地 天
⑪ 三 二 一
⑫ 三 二- 一
といふ「返り点」が表す「訓読の順番」に「等しい」。
然るに、
(04)
① 四[三〔二(一)〕]
② 三〔二(一)〕
③ 丁[丙〔二(一)乙(甲)〕]
④ 下[中〔二(一)上〕]
⑤ 四[三〔二(一)〕]
⑥ 下{中[三〔二(一)〕上]}
⑦ 下{四[三〔二(一)〕]上}
⑧ 三〔二(一)〕五{四[三〔二(一)〕]}
⑨ 六〈五{四[三〔二(一)〕]}〉
⑩ 人{丙[下〔二(一)中(上)〕乙(甲)]二(一)地(天)}
⑪ 三〔二(一)〕
⑫ 三〔二-(一)〕
に於いて、
□( )⇒( )□
□〔 〕⇒〔 〕□
□[ ]⇒[ ]□
□{ }⇒( )□
といふ「移動」を行ふと、
① [〔(一)二〕三]四
② 〔(一)二〕三
③ [〔(一)二(甲)乙〕丙]丁
④ [〔(一)二上〕中]下
⑤ [〔(一)二〕三]四
⑥ {[〔(一)二〕三上]中}下
⑦ {[〔(一)二〕三]四上}下
⑧ 〔(一)二〕三{[〔(一)二〕三]四}五
⑨ 〈{[〔(一)二〕三]四}五〉六
⑩ {[〔(一)二(上)中〕下(甲)乙]丙(一)二(天)地}人
⑪ 〔(一)二〕三
⑫ 〔(一)二-〕三
従って、
(01)(02)(04)により、
(05)
① 不[可〔不(告)〕]。
② 我聞〔鳥啼(樹)〕。
③ 鳥獣吾不[可〔与(之)同(群)〕]。
④ 不[足〔為(外人)道〕]也。
⑤ 耕者不[可〔以不(益急)〕]矣。
⑥ 無{友[不〔如(己)〕者]}。
⑦ 当世士大夫無{不[知〔有(劉老人)〕]者}。
⑧ 聖人所〔不(知)〕、未{必不[為〔愚人所(知)〕]}也。
⑨ 曽子之母非〈不{知[子不〔殺(人)〕]}〉也。
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(子)憂(寒)〕乱(心)]有(財)以済(薬)}。
⑪ 欲〔取(之)〕。
⑫ 欲取‐捨之。
に於いて、
□( )⇒( )□
□〔 〕⇒〔 〕□
□[ ]⇒[ ]□
□{ }⇒( )□
□〈 〉⇒〈 〉□
といふ「移動」を行ひ、「平仮名」を加へると、
①[〔(告げ)不る〕可から]不。
② 我〔鳥の(樹に)啼くを〕聞く。
③ 鳥獣は吾[〔(之と)与に(群を)同じうする〕可から]不。
④[〔(外人の)為に道ふに〕足ら]不る也。
⑤ 耕す者[〔以て(益々急なら)不る〕可から]不矣。
⑥{[〔(己に)如か〕不る者を]友とする}無かれ。
⑦ 当世士大夫[〔(劉老人)有るを〕知ら]不る者}無し。
⑧ 聖人の〔(知ら)不る〕所、未だ{必ずしも[〔愚人の(知る)所と〕為さ]不んば}あら不る也。
⑨ 曽子の母〈{[子の〔(人を)殺さ〕不るを]知ら}不るに〉非ざる也。
⑩{籍をして誠に[〔(子を)畜ひ(寒さを)憂ふるを〕以て(心を)乱さ]不(財)有りて以て(薬を)済さ}使む。
⑪〔(之を)取らんと〕欲す。
⑫〔(之を)取‐捨せんと〕欲す。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
従って、
(01)~(05)により、
(06)
「(レ点を含む)返り点」は、
「(レ点を除いた)返り点」を介して、
〈{[〔( )]}〉に、「置き換へ」ことが出来る。
従って、
(06)により、
(07)
〈{[〔( )]}〉も、「一種の返り点」であり、そのため、ネット上にある『返り点が付いてゐない、横書きの、白文』に対して、「返り点」を加へる際には、〈{[〔( )]}〉を用ひれば、「十分」である。
然るに、
(08)
現行の返り点」は、飽く迄も、
(Ⅰ)レ
(Ⅱ)一レ 上レ 甲レ 天レ
(Ⅲ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・・・・・・・
(Ⅳ)上 中 下
(Ⅴ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅵ)天 地 人
であって、〈{[〔( )]}〉ではないため、特に、受験を控へた中高生は、「(レ点を含む、現行の)返り点」を、無視するわけには行かない。
然るに、
(09)
「(レ点を含む)返り点」ではなく、
「(レ点を除いた)返り点」で言へば、

であれば、ただ単に、
(Ⅲ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・・・・・・・
に従って、「下から上へ、返ってゐる」だけである。
(10)
「(レ点を含む)返り点」ではなく、
「(レ点を除いた)返り点」で言へば、

であるため、
(Ⅲ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・・・・・・・
(Ⅳ)上 中 下
(Ⅴ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅵ)天 地 人
に於いて、
(Ⅳ)上 中 下
(Ⅴ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
に関しては、
(Ⅳ)上 中 下 □ の、
(〃)      □ が、不足する場合は、「順番」を変へて
(Ⅴ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅳ)上 中 下
といふ「順番」になることになる。⇒
然るに、
(11)
(Ⅳ)上 中 下 □ の、
(〃)      □ が、不足する場合は、「極めてまれ」であり、そのため、
(Ⅲ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・・・・・・・
(Ⅳ)上 中 下
(Ⅴ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅵ)天 地 人
に於いては、実質的に、
(Ⅲ)「一二点」を挟んで、「下から上へ、返る」場合には、
(Ⅳ)「上下点」を用ひ、
(Ⅳ)「上下点」を挟んで、「下から上へ、返る」場合には、
(Ⅴ)「甲乙点」を用ひ、
(Ⅴ)「甲乙点」を挟んで、「下から上へ、返る」場合には、
(Ⅵ)「天地点」を用ひる。
といふ、「極めて、単純なルール」しかない。
従って、
(08)~(11)により、
(12)
(Ⅰ)レ
(Ⅱ)一レ 上レ 甲レ 天レ
が無ければ、「極めて、単純なルール」しかないものの、実際には、
(Ⅰ)レ
(Ⅱ)一レ 上レ 甲レ 天レ
が有るために、

といった、『複雑で、読みにくい(レ点を含む、現行の)返り点』が、成立する。
(13)
(Ⅰ)レ
に関して言へば、
(α)「レ点」は、「他の漢字」を飛び越へずに、「一字下の漢字」から、「一字上の漢字」へ返る際に用ひる。
(β)「レ点」は、
(Ⅲ)「一二点」の間に、置かれる。
(Ⅳ)「上下点」の間に、置かれる。
(Ⅴ)「甲乙点」の間に、置かれる。
(Ⅵ)「天地天」の間に、置かれる。
(γ)「レ点」は、
(Ⅲ)「二点」よりも大きい、「一二点」が付いてゐる、「一字」の上に、置かれる。⇒ ③⑤⑥⑨
(Ⅳ)「上点」よりも大きい、「上下点」が付いてゐる、「一字」の上に、置かれる。⇒
(Ⅴ)「甲点」よりも大きい、「甲乙点」が付いてゐる、「一字」の上に、置かれる。
(Ⅵ)「天点」よりも大きい、「天地点」が付いてゐる、「一字」の上に、置かれる。
(γ)「レ点」は、
(Ⅱ)「一レ」であれば、「一点」が付いてゐる「下の一字」から、「一点」が付いてゐる「一字」へ返る。
(Ⅱ)「上レ」であれば、「上点」が付いてゐる「下の一字」から、「上点」が付いてゐる「一字」へ返る。 
(Ⅱ)「甲レ」であれば、「甲点」が付いてゐる「下の一字」から、「甲点」が付いてゐる「一字」へ返る。  
(Ⅱ)「天レ」であれば、「天点」が付いてゐる「下の一字」から、「天点」が付いてゐる「一字」へ返る。
(δ)「レ点」は、
 例へば、
⑧ 二 一レ□二 一レ
に於いて、 □ が、「一字の漢字」であるときには、
⑧ 五 四 三 二 一
と、「同じ」ことである。
従って、
(13)により、
(14)
「レ点の用法」を、「文章(言葉)」で説明するのは、大変であるし、(13)でも、説明は、まだ足りない。
そのため、
(15)
『(レ点を含む、現行の)返り点』の「付け方・読み方」の「基本」を知りたいのであれば、
① 不可不告
② 我聞鳥啼樹。
③ 鳥獣吾不可与之同群。
④ 不足為外人道也。
⑤ 耕者不可以不益急矣。
⑥ 無友不如己者。
⑦ 当世士大夫無不知有劉老人者。
⑧ 聖人所不知、未必不為愚人所知也。
⑨ 曽子之母非不五知子不殺人也。
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。
⑪ 欲取之。
⑫ 欲取‐捨之。
といふ「漢文」は、
① 告げざる可からず。
② 我、鳥の樹に啼くを聞く。
③ 鳥獣は、我、之(これ)と与(とも)に群れを同じくする可からず。
④ 外人の為に道(い)ふに足らざるなり。
⑤ 耕す者、以て益々、急ならざる可からず。
⑥ 己に如かざる者を友とする無かれ。
⑦ 当世の士大夫、劉老人有るを知らざる者無し。
⑧ 聖人の知れざる所、未だ必ずしも、愚人の知る所と為さずんばあらざるなり。
⑨ 曽子の母、子の人を殺さざるを知らざるに非ざるなり。
⑩ 籍をして誠に子を養ひ、寒さを憂ふるを以て心を乱さず、財有りて以て薬を済さ使む。
⑪ 之を取らんと欲す。
⑫ 之を取‐捨せんと欲す。
といふ風に「訓読」する。といふことを、「確認」した上で、

といふ「返り点(右側が、現行のそれ)」同士を、「十分に、比較」することを、勧めたい。
(16)
① レ レ レ
② 二 一レ
③ レ 二 レ 一レ
④ レ 下 二 一 上
⑤ レ 三 二 一
⑥ レ 二 レ レ 一
⑦ 下 レ レ 二 一レ 上
⑧ レ レ 二 一レ 二 一レ
⑨ レ レ 二 一レ レ
⑩ 乙 下 二 レ 一レ 上レ レ 甲レ
⑪ レ レ
⑫ レ 二- 一
といふ「返り点(右側が、現行のそれ)」が、結局は
① 四 三 二 一
② 三 二 一
③ 丁 丙 二 一 乙 甲
④ 下 中 二 一 上
⑤ 四 三 二 一
⑥ 下 中 三 二 一 上
⑦ 下 四 三 二 一 上
⑧ 三 二 一 五 四 三 二 一
⑨ 六 五 四 三 二 一
⑩ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 二 一 地 天
⑪ 三 二 一
⑫ 三 二- 一
と「同じ順番」になる。
といふことを、「理解」出来たとすれば、その人は、『現行の返り点』を、ほぼ100%、理解できた。
といふ、ことになる。
令和元年12月18日、毛利太。

Aなので(Bでなくとも、Aである)。

(01)
ルカジェビィッツによる公理
(1) P→(Q→P)
(2)[P→(Q→R)]→[(P→Q)→(Q→R)]
(3)(~P→~Q)→(Q→P)
(沢田允茂、現代論理学入門、1962年、173頁)
従って、
(01)により、
(02)
(1)Pならば(QならばPである)。
は、「ルカジェビィッツによる公理(1)」である。
(03)
1     (1)  P      A
1     (2)  P∨~Q   1∨I
1     (3) ~Q∨ P   1交換法則
 4    (4)  Q&~P   A
  5   (5) ~Q      A
 4    (6)  Q      4&E
 45   (7) ~Q& Q   56&I
  5   (8)~(Q&~P)  47RAA
   9  (9)     P   A
 4    (ア)    ~P   4&E
 4 9  (イ)  P&~P   9ア&I
   9  (ウ)~(Q&~P)  4イRAA
1     (エ)~(Q&~P)  3589ウ∨E
    オ (オ)  Q      A
     カ(カ)    ~P   A
    オカ(キ)  Q&~P   オカ&I
1   オカ(ク)~(Q&~P)&
          (Q&~P)  エキ&I
1   オ (ケ)   ~~P   カクRAA
1   オ (コ)     P   ケDN
1     (サ)   Q→P   オコCP
      (ス)P→(Q→P)  1サCP
然るに、
(04)
1     (1)  P      A
      (ス)P→(Q→P)  1サCP
に於いて、「(1)の仮定の数」は「1個」であって、
     「(ス)の仮定の数」は「0個」である。
然るに、
(05)
定理(theorem)とは、仮定(assumptions)の数がゼロ個の証明可能な連式の結論である。
(E.J.レモン、竹尾治一郎・浅野楢英 訳、論理学入門、65頁改)
従って、
(01)~(05)により、
(06)
(1)Pならば(QならばPである)≡P→(Q→P)。
(ス)Pならば(QならばPである)≡P→(Q→P)。
は、「ルカジェビィッツによる公理(axiom)」であって、「E.J.レモンの言ふ定理(theorem)」である。
然るに、
(03)により、
(07)
(03)に於いて、Qに、~Qを「代入」すると、
1     (1)   P       A
1     (2)   P∨~~Q   1∨I
1     (3) ~~Q∨  P   1交換法則
 4    (4)  ~Q& ~P   A
  5   (5) ~~Q       A
 4    (6)  ~Q       4&E
 45   (7) ~~Q& ~Q   56&I
  5   (8)~(~Q& ~P)  47RAA
   9  (9)       P   A
 4    (ア)      ~P   4&E
 4 9  (イ)    P&~P   9ア&I
   9  (ウ)~(~Q& ~P)  4イRAA
1     (エ)~(~Q& ~P)  3589ウ∨E
    オ (オ)  ~Q       A
     カ(カ)      ~P   A
    オカ(キ)  ~Q& ~P   オカ&I
1   オカ(ク)~(~Q& ~P)&
          (~Q& ~P)  エキ&I
1   オ (ケ)     ~~P   カクRAA
1   オ (コ)       P   ケDN
1     (サ)   ~Q→ P   オコCP
      (ス) P→(~Q→P)  1サCP
従って、
(03)(06)(07)により、
(08)
(1)Pならば(QでないならばPである)≡P→(~Q→P)。
(ス)Pならば(QでないならばPである)≡P→(~Q→P)。
は、「ルカジェビィッツによる公理(axiom)」であって、「E.J.レモンの言ふ定理(theorem)」である。
従って、
(06)(08)により、
(09)
(1)Pならば(Qであらうと、Qでなからうと、Pである)≡P→(Q∨~Q→P)。
(ス)Pならば(Qであらうと、Qでなからうと、Pである)≡P→(Q∨~Q→P)。
は、「ルカジェビィッツによる公理(axiom)」であって、「E.J.レモンの言ふ定理(theorem)」である。
然るに、
(10)
「明日が晴れならば、明日が土曜ならば、明日は晴れである。」は、「変な言ひ方」であるが、
「明日が晴れならば、明日が土曜であろうと、明日が土曜でなかろうと、明日は晴れである。」は、「普通の言ひ方」である。
従って、
(11)
「Pならば(QならばPである)。」は、「変な言ひ方」であるが、
「Pならば(Qであらうと、Qでなからうと、Pである)。」は、「普通」である。
従って、
(02)(11)により、
(12)
(1)P→(Q→P)
といふ、「ルカジェビィッツによる公理(1)」は、
(1)Pならば(QならばPである)。
といふ「日本語」に訳す限りは、固より、「変な言ひ方」である。
従って、
(06)(13)により
(14)
(1)P→(Q→P)
といふ、「ルカジェビィッツによる公理(1)」は、
(1)Pならば(QならばPである)。
といふ「日本語」に訳す限りは、「変な言ひ方」であるが、「命題論理」としては、「恒に真(トートロジー)」である。
といふ、ことになる。
令和元年12月18日、毛利太。

2019年12月16日月曜日

「返り点」と「括弧」。

(01)
『概略』で言ふと、「返り点」は、
(Ⅰ)レ点 :「下の字」から、 「一字上の字」へ返る。
(Ⅱ)一二点:「レ点」 を挟んで「二字以上、上の字」へ返る。
(Ⅲ)上下点:「一二点」を挟んで「二字以上、上の字」へ返る。
(Ⅳ)甲乙点:「上下点」を挟んで「二字以上、上の字」へ返る。
(Ⅴ)天地天:「甲乙点」を挟んで「二字以上、上の字」へ返る。
そのため、
(02)
(Ⅰ)レ点:「下の字」から、「一字上の字」へ返る。
があることによって、例へば、
① 読(書) ⇒(書を)読む。
② 読(漢文)⇒(漢文を)読む。
の「返り点」は、
① レ
② 二 一
といふ具合に、「同じ」には、ならない。
(03)
(Ⅰ)レ点:「下の字」から、「一字上の字」へ返る。
があることによって、例へば、
③  不〔読(書)〕⇒〔(書を)読ま〕不。
④ 不〔常読(書)〕⇒〔常には(書を)読ま〕不。
の「返り点」は、
③ レ レ
④ 二 一レ
といふ具合に、「同じ」には、ならない。
(04)
(Ⅰ)レ点:「下の字」から、「一字上の字」へ返る。
がなければ、
⑤ 不{恐[衆狙之不〔馴(於己)〕]}⇒
⑤ {[衆狙の〔(己に)馴れ〕不るを]恐れ}不。
の「返り点」は、
⑤ 五 四 三 二 一
であるが、「レ点」があるため、
⑥ レ 二 一レ 二 一
が、「正しい」。
cf.

従って、
(01)~(04)により、
(05)
(Ⅰ)レ点 :「下の字」から、 「一字上の字」へ返る。
(Ⅱ)一二点:「レ点」 を挟んで「二字以上、上の字」へ返る。
(Ⅲ)上下点:「一二点」を挟んで「二字以上、上の字」へ返る。
(Ⅳ)甲乙点:「上下点」を挟んで「二字以上、上の字」へ返る。
(Ⅴ)天地天:「甲乙点」を挟んで「二字以上、上の字」へ返る。
の中に、
(Ⅰ)レ点:「下の字」から、「一字上の字」へ返る。
といふ「ルール」があるために、「返り点」は、「複雑」になってゐる。
然るに、
(06)

従って、
(06)により、
(07)
① 何不 人謂 韓公叔 秦之敢絶 周而伐 韓者、信 東周 也、公何不 周地 質使 楚、秦必疑 楚、不 周、是韓不 伐也、又謂 秦、曰 韓彊与 周地 、将 以疑 周於秦 也、周不 敢不 受。
② 何不 人謂 韓公叔 秦之敢絶而伐者、信 東周 也、公何不 周地 質使、秦必疑、不、是韓不也、又謂、曰 韓彊与 周地 、将 以疑 周於秦 也、周不 敢不
であるため、
 丁 二 一 乙 レ レ 二 一 下 二 一 二 一 上 レ レ レ 甲レ レ 丙 二 一 三 二 一 乙 甲
② 己 戊 二 一 丙 二 一 二 一 二 一 下 二 一 二 一 中 上 二 一 三 二 一 乙 甲 二 一 丁 二 一 三 二 一 丙 乙 甲
に於いて、
① が表す「訓読の語順」は、
② が表す「訓読の語順」に、「等しい」。
従って、
(05)(07)により、
(08)
(Ⅰ)点:「下の字」から、「一字上の字」へ返る。
は、「ほとんど、不要」であるだけなく、
(Ⅰ)点:「下の字」から、「一字上の字」へ返る。
があるために、「返り点」は、「複雑」になってゐる。
然るに、
(09)
③ 何不〈令{人謂(韓公叔)曰[秦之敢絶(周)而伐(韓)者信(東周)也公何不〔与(周地)発(質使)之(楚)〕秦必疑(楚)不〔信(周)〕是韓不(伐)也]又謂(秦)曰[韓彊与(周地)将〔以疑(周於秦)〕也周不〔敢不(受)〕]}〉。
に於いて。
 □〈 〉⇒〈 〉□
 □{ }⇒{ }□
 □[ ]⇒[ ]□
 □〔 〕⇒〔 〕□
 □( )⇒( )□
といふ「移動」を行ひ、「平仮名」を加へると、
③ 何ぞ〈{人をして(韓の公叔に)謂ひて[秦之敢へて(周を)絶つ而(韓を)伐んとする者、(東周を)信ずれば也、公何ぞ〔(周に地を)与へ(質使を)発して(楚に)之かしめ〕不る、秦必ず(楚を)疑ひ、〔(周を)信ぜ〕不らん、是れ韓(伐たれ)不らん也と]曰ひ、又(秦に)謂ひて、[韓彊ひて(周に地を)与ふるは、将に〔以て(周を秦於)疑はしめんとする〕也、周〔敢へて(受け)不んば〕不ずと]曰は}令め〉不る。
といふ「訓読」になる。
従って、
(09)により、
(10)
① レ 丁 二 一 乙 レ レ 二 一 下 二 一 二 一 上レ レ レ レ 甲レ レ 丙 二 一 三 二 一 乙 甲レ
② 己 戊 二 一 丙 二 一 二 一 二 一 下 二 一 二 一 中 上 二 一 三 二 一 乙 甲 二 一 丁 二 一 三 二 一 丙 乙 甲
といふ「返り点」は、
③〈{( )[( )( )( )〔( )( )( )〕( )〔( )〕( )]( )[( )〔( )〕〔( )〕]}〉
といふ「括弧」に「置き換へ」ることが、出来る。
然るに、
(11)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。しかし、訓読は、国語の語順に置きかえて読むことが、その大きな原則となっている。それでその補足構造によっている文も、返り点によって、国語としての語順が示されている(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)。
従って、
(10)(11)により、
(12)
③ 何不〈令{人謂(韓公叔)曰[秦之敢絶(周)而伐(韓)者信(東周)也公何不〔与(周地)発(質使)之(楚)〕秦必疑(楚)不〔信(周)〕是韓不(伐)也]又謂(秦)曰[韓彊与(周地)将〔以疑(周於秦)〕也周不〔敢不(受)〕]}〉。
に於ける、
③〈{( )[( )( )( )〔( )( )( )〕( )〔( )〕( )]( )[( )〔( )〕〔( )〕]}〉
といふ「括弧」は、「訓読の語順」を表してゐると同時に、
② 何不令人謂韓公叔曰秦之敢絶周而伐韓者信東周也公何不与周地発質使之楚秦必疑楚不信周是韓不伐也又謂秦曰韓彊与周地将以疑周於秦也周不敢不受。
といふ「漢文の補足構造」と、
② 何ぞ人をして韓の公叔に謂ひて秦之敢へて周を絶つ而韓を伐んとする者、東周を信ずれば也、公何ぞ周に地を与へ質使を発して楚に之かしめ不る、秦必ず楚を疑ひ、周を信ぜ不らん、是れ韓伐たれ不らん也と曰ひ、又秦に謂ひて、韓彊ひて周に地を与ふるは、将に以て周を秦於疑はしめんとする也、周敢へて受け不んば不ずと曰は令め不る。
といふ「日本語の補足構造」を表してゐる。
(13)
〈 { [ 〔 ( ) 〕 ] } 〉 といふ「括弧」 の下に、
間 地 乙 下 二 一 上 甲 天 人 といふ「返り点」を書くことが、出来る。
従って、
(14)
③ 何不〈令{人謂(韓公叔)曰[秦之敢絶(周)而伐(韓)者信(東周)也公何不〔与(周地)発(質使)之(楚)〕秦必疑(楚)不〔信(周)〕是韓不(伐)也]又謂(秦)曰[韓彊与(周地)将〔以疑(周於秦)〕也周不〔敢不(受)〕]}〉。
といふ「括弧が付いた、漢文」は、
③ 何不 人謂 韓公叔 秦之敢絶 而伐 者信 東周 也公何不 周地 質使 秦必疑 是韓不 又謂 韓彊与 周地 以疑 周於秦 也周不 敢不
といふ「返り点(?)が付いた、漢文」である。といふ風に、見做すことも、可能である。
従って、
(15)
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
(Ⅱ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・・・・・・・
(Ⅲ)上 中(下) 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
からなる「通常の、返り点」に対して、例へば、
(Ⅰ)二 一
(Ⅱ)下 上
(Ⅲ)乙 甲
(Ⅳ)地 天
(Ⅴ)間 人
からなら「返り点」が、「括弧」であるといふ風に、見做すことが出来る。
令和元年12月16日、毛利太。