(01)
ΕΝ(ΑΡΧΗ)ΗΝ(Ο ΛΟΓΟΣ) ΚΑΙ(Ο ΛΟΓΟΣ)ΗΝ〔ΠΡΟΣ(ΤΟΝ ΘΕΟΝ)〕ΚΑΙ ΘΕΟΣ ΗΝ(Ο ΛΟΓΟΣ)⇒
(ΑΡΧΗ)ΕΝ(Ο ΛΟΓΟΣ)ΗΝ ΚΑΙ(Ο ΛΟΓΟΣ)〔(ΤΟΝ ΘΕΟΝ)ΠΡΟΣ〕ΗΝ ΚΑΙ ΘΕΟΣ(Ο ΛΟΓΟΣ)ΗΝ=(はじめ)に(言葉が)あった、そして(言葉は)〔(神と)ともに〕あった、そして、神は(言葉)であった。
cf.
於(初)有(言葉)而(言葉)有〔与(神)〕而神為(言葉)⇒
(初)於(言葉)有而(言葉)〔(神)与〕有而神(言葉)為=
(初め)に(言葉が)有った而(言葉は)〔(神と)与に〕有った而神は(言葉)為り。
(02)
フートス エーン〔エン(アルケー)プロス(トン テオン)〕⇒
フートス 〔(アルケー)エン(トン テオン)プロス〕エーン=
これは〔(はじめ)に(神と)とともに〕あった。
(03)
パンタ ディ(アウトゥ)エゲネト カイ コーリス(アウトゥ)ウーデ[エン〔ホ(ゲゴネン)〕]⇒
パンタ(アウトゥ)ディ エゲネト カイ (アウトゥ)コーリス[〔(ゲゴネン)ホ〕エン]ウーデ=
全てのものは(彼に)よって出来た、 そして (彼に)によらず[〔(出来た)ものは〕一つも]なかった。
(04)
エン(アウトー) ゾーエー エーン カイ へー ゾーエー エーン〔ト‐ホース(トーン アントローポン)〕⇒
(アウトー)エン ゾーエー エーン カイ へー ゾーエー 〔(トーン アントローポン)ト‐ホース〕エーン=
(彼に)あって 命 であった、 そして 命は〔(人々の)光〕であった。
(05)
カイ ト ホース エン(テー スコティア)ファイネイ カイ へー スコティア アウト ウー(カテラベン)⇒
カイ ト ホース(テー スコティア)エン ファイネイ カイ へー スコティア アウト (カテラベン)ウー=
そして 光は(暗黒の)中で 輝いてゐる、そして 暗黒は それを(理解し)なかった。
(06)
エゲネト[アントローポス アペスタルメノス〔パラ(テウー)〕]オノマ(アウトー)イオーアンネース⇒
[アントローポス〔(テウー)パラ〕アペスタルメノス]エゲネト(アウトー)オノマ イオーアンネース=
[ある人が〔(神)から〕遣わされて]現れた、(その)名前は ヨハネ。 『ヨハネ第一章、一節から六節』
(07)
このように、これらの諸要素の配列の間に高い相関性が見い出されるのはなぜかと言えば、それは中世の文法家がrectio(支配”rection”)と呼んだ原理によって説明できるであろう。すなわち、A類の諸形式とB類の諸形式との関係は、それぞれ前者が”rectum(支配されるもの)”、後者が”regens”(支配するもの)と見なすことができるからである(松本克己、世界言語への視座、2006年、130頁)。
(08)
この場合、「中世の文法家がrectio(支配”rection”)と呼んだ原理」は、「漢文」で言ふ所の、「補足構造」に相当する。
平成26年12月17・18日、毛利太。
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