(01)
(a)
1 (1)~(Q&P) A
2 (2) Q A
3(3) P A
23(4) Q&P 23&I
123(5)~(Q&P)&
(Q&P) 14&I
12 (6) ~P 35RAA
1 (7) Q→~P 26CP
(b)
1 (1) Q→~P A
2(2) Q& P A
2(3) Q 2&E
2(4) P 2&E
12(5) ~P 13MPP
12(6) P&~P 45&I
1 (7)~(Q& P) 26RAA
(02)
(c)
1 (1) Q→~P A
2 (2) P A
3(3) Q A
1 3(4) ~P 13MPP
123(5) P&~P 24&I
12 (6)~Q 35RAA
1 (7) P→~Q 26CP
(d)
1 (1) P→~Q A
2 (2) Q A
3(3) P A
1 3(4) ~Q 13MPP
123(5) Q&~Q 24&I
12 (6)~P 35RAA
1 (7) Q→~P 26CP
従って、
(01)(02)により、
(03)
① ~(Q& P)=Qであって、Pである。といふことはない。
② Q→~P =Qであるならば、Pでない。
③ P→~Q =Pであるならば、Qでない。
に於いて、
①=②=③ であるが、このとき、
①=② を、「含意の定義」と言ひ、
②=③ を、 「対偶」と言ふ。
然るに、
(04)
1 (1) Pである。 仮定
2(2)QであってPである。といふことはない。 仮定
2(3)Qならば、Pでない。 2含意の定義
2(4)Pならば、Qでない。 3対偶
12(5) Qでない。 14前件肯定。
∴ (6)Pである。QであってPである。といふことはない。├ Qでない。
従って、
(04)により、
(05)
(a)
1 (1) P A
2(2)~(Q& P) A
2(3) Q→~P 2含意の定義
2(4) P→~Q 3対偶
12(5) ~Q 14MPP
∴ (6)P,~(Q&P)├ ~Q
従って、
(04)(05)により、
(06)
① Pである。QであってPである。といふことはない。├ Qでない。
といふ「連式(sequent)」、すなはち、
① P,~(P&Q)├ ~Q
といふ「連式(sequent)」は、「妥当(valid)」である。
然るに、
(07)
(b)
1(1)P&~(Q&P) A
1(2)P 1&E
1(3) ~(Q&P) 1&E
1(4) Q→~P 3含意の定義
1(5) P→~Q 4対偶
1(6) ~Q 25MPP
1(7) P&~Q 26&I
∴(8)P&~(Q&P)├ P&~Q
(b)
1(1)P&~(Q)&P A
1(2)P 1&E
1(3) ~Q 1&E
1(4)P& ~Q 23&I
∴(5)P&~(Q)&P├ P&~Q
従って、
(07)により、
(08)
① P&~(Q&P)├ P&~Q
② P&~(Q)&P├ P&~Q
といふ「連式(sequents)」は、「妥当(valid)」である。
従って、
(06)(08)により、
(09)
① P,~(P&Q)├ ~Q
① P&~(Q&P)├ P&~Q
② P&~(Q)&P├ P&~Q
といふ「連式(sequents)」は、「妥当(valid)」である。
従って、
(09)により、
(10)
① P,~(Q&P)├ P&~Q
② P,~(Q)&P├ P&~Q
といふ「連式(sequents)」は、「妥当(valid)」である。
然るに、
(11)
~ = 不
& = 而
├ = 故、
である。
従って、
(12)
「論理式」は、「漢字」で書くことが、出来る。
従って、
(10)(11)(12)により、
(13)
① P、不(Q而P)。故、P、不Q。
② P、不(Q)而P。故、P、不Q。
といふ「連式(sequents)」は、「妥当(valid)」である。
従って、
(13)により、
(14)
P=食馬(馬を養ふ)。
Q=知其能千里(其の能の千里なるを知る)。
であるとして、
① 食馬、不〔知其能千里而食馬〕。故、食馬、不〔知其能千里〕。
② 食馬、不〔知其能千里〕而食馬。故、食馬、不〔知其能千里〕。
といふ「連式(sequents)」は、「妥当(valid)」である。
然るに、
(15)
馬を養ふ者(食馬者) は、当然、
馬を養ふ (食馬)。
従って、
(14)(15)により、
(16)
① 食馬者、不〔知其能千里而食馬〕。故、食馬者、不〔知其能千里〕。
② 食馬者、不〔知其能千里〕而食馬。故、食馬者、不〔知其能千里〕。
といふ「連式(sequents)」は、「妥当(valid)」である。
然るに、
(17)
(ⅰ)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
に於いて、
① 食( )⇒( )食
① 不〔 〕⇒〔 〕不
① 知( )⇒( )知
といふ「移動」を行ふと、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也⇒
① (馬)食者、〔(其能千里)知而食〕不也=
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり=
① 馬を養ふ者は、〔(其の馬の能力が千里であることを)知って養ふ。〕といふわけではないのだ。
(ⅱ)
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
に於いて、
② 食( )⇒( )食
② 不〔 〕⇒〔 〕不
② 知( )⇒( )知
といふ「移動」を行ふと、
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也⇒
② (馬)食者、〔(其能千里)知〕不而食也=
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり=
② 馬を養ふ者は、〔(其の馬の能力が千里であること)を知ら〕ずに養ふ。のだ。
(ⅲ)
③ 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕也。
に於いて、
③ 食(馬)⇒( )食
③ 不〔 〕⇒〔 〕不
③ 知( )⇒( )知
といふ「移動」を行ふと、
③ 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕也⇒
③ (馬)食者、〔(其能千里)知〕不也=
③ (馬)を食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ざるなり=
③ (馬)を養ふ者は、〔(其の馬の能力が千里であることを)知ら〕ないのだ=
② 馬を養ふ者は、〔(其の馬の能力が千里であること)を知ら〕ずに養ふ。のだ。
cf.
① P&~(Q&P)├ P&~Q
② P&~(Q)&P├ P&~Q
③ P&~(Q) ├ P&~Q
従って、
(16)(17)により、
(18)
① 食馬、不〔知其能千里而食馬〕。故、食馬、不〔知其能千里〕。
② 食馬、不〔知其能千里〕而食馬。故、食馬、不〔知其能千里〕。
といふ「連式(sequents)」は、「妥当(valid)」である。が故に、
① 馬を養ふ者は、〔其の馬の能力が千里であることを知って養ふ。〕といふわけではないのだ。故に、馬を養ふ者は、〔其の馬の能力が千里であることを知ら〕ないのだ。
② 馬を養ふ者は、〔其の馬の能力が千里であることを知ら〕ずに養ふ。のだ。故に、馬を養ふ者は、〔其の馬の能力が千里であることを知ら〕ないのだ。
といふ「連式(sequents)」は、「妥当(valid)」である。
然るに、
(19)
① 食馬者、不〔知其能千里而食馬〕。故、食馬者、不〔知其能千里〕。
② 食馬者、不〔知其能千里〕而食馬。故、食馬者、不〔知其能千里〕。
といふ「連式(sequents)」の「結論(conclision)」が、両方とも、
① 故、食馬者、不〔知其能千里〕。
② 故、食馬者、不〔知其能千里〕。
である。といふことからすると、
① 食馬者、不〔知其能千里而食馬〕。
② 食馬者、不〔知其能千里〕而食馬。
といふ「前提(premisses)」に於いて、
①=② であるとしも、ヲカシクはない。
然るに、
(20)
① 馬を養ふ者は、其の馬の能力が千里であることを知って養ふ。といふわけではない。
といふのであれば、
② 馬を養ふ者は、其の馬の能力が千里であることを知らずに、養ふ。
といふことになるし、
② 馬を養ふ者は、其の馬の能力が千里であることを知らずに、養ふ。
といふのであれば、
① 馬を養ふ者は、其の馬の能力が千里であることを知って養ふ。といふわけではない。
といふ、ことになる。
従って、
(18)(19)(20)により、
(21)
① 食馬、不〔知其能千里而食馬〕。故、食馬、不〔知其能千里〕。
② 食馬、不〔知其能千里〕而食馬。故、食馬、不〔知其能千里〕。
といふ「連式(漢文)」は、「結論」が「等しい」が故に、
① 食馬、不〔知其能千里而食馬〕。
② 食馬、不〔知其能千里〕而食馬。
といふ「漢文(命題)」は、「同じ」であると、すべきである。
従って、
(17)(21)により、
(22)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。⇔(馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。⇔(馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
といふ「二つの、漢文訓読」は、「書き下し文」は違ってゐても、「意味」としては、「同じ」である。
然るに、
(23)
◆ 不下 知二 其能千里一 而食上 也 この句は、別に、
a「不レ 知二 其能千里一 而食 也」と返り点をつけて「その能の千里なるを知らずして食ふなり。」(=その能力が千里もあるのを知らずに養っている。)と訓読することができる(赤塚忠・遠藤哲夫、漢文の基礎、1973、156頁)。
従って、
(22)(23)により、
(24)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
といふ「漢文」に対する、
① 不下 知二 其能千里一 而食上 也。
② 不レ 知二 其能千里一 而食 也。
といふ「二つの、返り点」は、「意味としては同じである。」といふ、ことからすれば、「どちらでも良い」。
平成31年01月26日、毛利太。
2019年1月25日金曜日
2019年1月24日木曜日
「雑説、韓愈」に於ける「連言の否定」の研究(Ⅱ)。
―「昨日の記事(23日)」を書き直します。―
(01)
◆ 不下 知二 其能千里一 而食上 也 この句は、別に、
「不レ 知二 其能千里一 而食 也」と返り点をつけて「その能の千里なるを知らずして食ふなり。」(=その能力が千里もあるのを知らずに養っている。)と訓読することができる。例文の場合、書き下し文だけを読むと
「知二 其能千里一 而不レ食也」(その能力が千里もあることを知りながら養わない。)と混同するおそれがあるのでじゅうぶんに注意しなければならない(赤塚忠・遠藤哲夫、漢文の基礎、1973、156頁)。
(02)
「原文」と「括弧(返り点・管到)」と「訓読(書き下し文)」は、次の通りです。
(a)
世有伯楽、然後有千里馬。
千里馬常有、而伯楽不常有。
故雖有名馬、祇辱於奴隷人之手、
駢死於槽櫪之間、不以千里称也。
馬之千里者、一食或盡粟一石。
食馬者、不知其能千里而食也。
(b)
世有(伯楽)、然後有(千里馬)。
千里馬常有、而伯楽不(常有)。
故雖有(名馬)、祇辱於(奴隷人之手)、
駢-死(於槽櫪之間)、不〔以(千里)称〕也。
馬之千里者、一食或盡(粟一石)。
食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
(c)
世に伯楽有りて、然る後に千里の馬有り。
千里馬は常に有れども、伯楽は常には有らず。
故に名馬有りと雖も、祇だ奴隷人之手於辱かしめられ、
槽櫪之間於駢死し、千里を以て称せられ不るなり。
馬の千里なる者は、一食に或いは粟一石を盡くす。
馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
然るに、
(01)(02)により、
(03)
① 食馬者、不知其能千里而食也。
といふ「原文」に対しては、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
といふ「括弧)」に加へて、
② 食(馬)者、不〔知(其能千里〕而食〕也。
といふ「括弧」も「可能」である。
然るに、
(04)
(ⅰ)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
に於いて、
① 食( )⇒( )食
① 不〔 〕⇒〔 〕不
① 知( )⇒( )知
といふ「移動」を行ふと、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也⇒
① (馬)食者、〔(其能千里)知而食〕不也=
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
(ⅱ)
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
に於いて、
② 食( )⇒( )食
② 不〔 〕⇒〔 〕不
② 知( )⇒( )知
といふ「移動」を行ふと、
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也⇒
② (馬)食者、〔(其能千里)知〕不而食也=
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
(ⅲ)
③ 食(馬)者、知(其能千里)而不(食)也。
に於いて、
③ 食( )⇒( )食
③ 知( )⇒( )知
③ 不( )⇒( )不
といふ「移動」を行ふと、
③ 食(馬)者、知(其能千里)而不(食)也⇒
③ (馬)食者、(其能千里)知而(食)不也=
③ (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知りて(食は)ざるなり。
従って、
(01)(04)により、
(05)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
③ 食(馬)者、知(其能千里)而不(食)也。
に対する、
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
③ (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知りて(食は)ざるなり。
といふ「訓読」に於いて、
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
③ (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知りて(食は)ざるなり。
である所の、
① 馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
③ 馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
の場合は、「書き下し文」としては、「全く同じ」であるため、「区別」が付かない。
然るに、
(06)
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
③ (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知りて(食は)ざるなり。
であるため、
P=馬を養ふ(者)。
Q=其の能の千里なるを知る。
とするならば、
① P,~(Q& P)
③ P, (Q&~P)
然るに、
(07)
例へば、
① 偽,~(偽& 真)=真
③ 偽, (偽&~真)=偽
であるため、
① P,~(Q& P)
③ P, (Q&~P)
に於いて、
①=③ ではない。
従って、
(06)(07)により、
(08)
① 偽,~(偽& 真)=真
③ 偽, (偽&~真)=偽
に於いて、
①=③ ではないため、
① 馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
③ 馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
の「意味」に於いて、
①=③ ではない。
従って、
(05)~(08)により、
(09)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
③ 食(馬)者、知(其能千里)而不(食)也。
に於いて、両者は、
① 馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
③ 馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
といふ「訓読(書き下し文)」に於いては、「等しい」ものの、
① P,~(Q& P)
③ P, (Q&~P)
といふ「意味(論理式)」としては、「等しく」はない。
然るに、
(10)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
③ 食(馬)者、知(其能千里)而不(食)也。
に対する、
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
③ (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知りて(食は)ざるなり。
といふ「訓読」に於いて、
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
である所の、
① 馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
の場合は、「書き下し文」としては、「同じ」ではなく、「区別」が付く。
然るに、
(11)
従って、
(11)により、
(12)
62年前の中西先生は、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
③ 食(馬)者、知(其能千里)而不(食)也。
に於いて、「それぞれ意味は違ってくる。」といふ風に、述べられてゐる。
従って、
(10)(12)により、
(13)
中西先生は、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
の場合は、
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
であるため、少なくとも、
① と ② の「訓読」は、「同じ」ではないし、
① と ② の「意味」も、「同じ」ではない。といふ風に、述べられてゐる。
然るに、
(14)
「結論」から先に言ふと、中西先生の「見解」は、「マチガイ」であって、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
に於いて、
① と ② の「訓読」は、「同じ」ではないが、
① と ② の「意味」は、「同じ」である。
とするのが、「正しい」。
(15)
1 (1) P A
2 (2)~(Q&P) A
2 (3)~Q∨~P 2ド・モルガンの法則
2 (4)~P∨~Q 3交換法則
2 (5) P→~Q 4含意の定義
12 (6) ~Q 15MPP
∴ (7)P,~(Q&P)├ ~Q
従って、
(15)により、
(16)
① P,~(Q&P)├ ~Q
といふ「連式(sequent)」は、「妥当(valid)」である。
然るに、
(17)
1 (1) P A
2 (2) P A
3 (3)~(Q&P) A
4(4) Q A
2 4(5) Q&P 24&
234(6)~(Q&P)&
(Q&P) 35&I
23 (7) ~Q 46RAA
3 (8) P→~Q 27CP
1 3 (9) ~Q 18MPP
∴ (ア)P,~(Q&P)├ ~Q
従って、
(17)により、
(18)
① P,~(Q&P)├ ~Q
といふ「連式(sequent)」は、「妥当(valid)」である。
従って、
(15)~(18)により、
(19)
「ド・モルガンの法則、交換法則、含意の定義」といふ「定理」を用ゐても、用ゐなくとも、いづれにせよ、
① P,~(Q&P)├ ~Q
といふ「連式(sequent)」は、「妥当(valid)」である。
従って、
(19)により、
(20)
P=馬を養ふ。
Q=其の能の千里なるを知る。
であるとして、
① 馬を養ふ、~(其の能の千里なるを知る&馬を養ふ)。├ ~(其の能の千里なるを知る)。
といふ「連式(sequent)」は、「妥当(valid)」である。
従って、
(20)により、
(21)
① 馬を養ふ、其の能の千里なるを知るって馬を養ふ。といふことはない。故に、其の能の千里なるを知らない。
に於いて、
①「養ふ」の「主語」は、「馬を養ふ者」であって、
①「知る」の「主語」も、「馬を養ふ者」である。
従って、
(20)(21)により、
(22)
① 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知るって馬を養ふ。といふことはない。故に、馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、馬を養ふ。
といふ「連式(sequent)」は、「妥当(valid)」である。
然るに、
(23)
② 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、馬を養ふ。故に、馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知るって馬を養ふ。といふことはない。
といふ「連式(sequent)」も、「妥当(valid)」である。
従って、
(22)(23)により、
(24)
① 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知って養ふ。といふことはない。
② 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、養ふ。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(25)
「理屈」は兎も角、いづれにせよ、
① 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知って養ふ。といふことはない。
といふことは、
② 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、養ふ。
といふことであって、
② 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、養ふ。
といふことは、
① 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知って養ふ。といふことはない。
といふことである。
従って、
(04)(24)(25)により、
(26)
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知って養ふ〕といふことはない。
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずに、養ふ。
といふ、その「意味」に於いて、
①=② である。
従って、
(04)(26)により、
(27)
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
といふ「意味」に於いて、
①=② である。
従って、
(04)(27)により、
(28)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
といふ「漢文」の、「意味」に於いて、
①=② である。
然るに、
(20)により、
(29)
P=馬を養ふ。
Q=其の能の千里なるを知る。
であるため、
① 〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
② 〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
であるならば、そのときに限って、
① ~(Q&P)。
② ~(Q)&P。
である。
然るに、
(30
① ~(真&真)=偽
① ~(真&偽)=真
① ~(偽&真)=真
① ~(偽&偽)=真
である。
然るに、
(31)
② ~(真)&真=偽
② ~(真)&偽=偽
② ~(偽)&真=真
② ~(偽)&偽=偽
従って、
(30)(31)により、
(32)
① ~(Q&P)。
② ~(Q)&P。
に於いて、
①=② ではない。
従って、
(29)~(32)により、
(33)
① 〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
② 〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
に於いて、
①=② ではない。
従って、
(27)(33)により、
(34)
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知って養ふ〕といふことはない。
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずに、養ふ。
といふ、その「意味(論理)」に於いて、
①=② である。ものの、
① 〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
② 〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
といふ、その「意味(論理)」に於いて、
①=② ではない。
従って、
(08)(34)により、
(35)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
といふ、その「意味(論理)」に於いては、
①=② である。ものの、
① 不〔知(其能千里)而食〕也。
② 不〔知(其能千里)〕而食也。
といふ、その「意味(論理)」に於いては、
①=② ではない。
従って、
(11)(35)により、
(36)
中西先生の「マチガイ」は、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
といふ「漢文」と、
① 不〔知(其能千里)而食〕也。
② 不〔知(其能千里)〕而食也。
といふ「漢文」を「混同」したがための、「マチガイ」である。
といふ風に、見做すことが、出来る。
(37)
さうでなければ、中西先生は、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
といふ「漢文」ではなく、
① 不〔知(其能千里)而食〕也。
② 不〔知(其能千里)〕而食也。
といふ「漢文」の「違ひ」だけを、説明されたのかも、知れない。
然るに、
(38)
(a)
1 (1) P A
2 (2)~(Q&P) A
3 (3) P A
4(4) Q A
34(5) Q&P 34&I
234(6)~(Q&P)&
(Q&P) 25&I
23 (7) ~Q 46RAA
2 (8) P→~Q 37CP
12 (9) ~Q 18MPP
12 (ア) P&~Q 19&I
∴ (イ)P,~(Q&P)├ P&~Q
(b)
1 (1) P A
2 (2)~(Q)&P A
2 (3) ~Q 2&E
12 (4) P&~Q 13&I
∴ (5)P,~(Q)&P├ P&~Q
従って、
(38)により、
(39)
① P,~(Q&P)├ P&~Q
② P,~(Q)&P├ P&~Q
といふ「連式(sequents)」は、「妥当」である。
従って、
(40)
P=馬を養ふ。
Q=其の能の千里なるを知る。
であるとして、
① P,~(Q&P)├ 馬を養ふ者は、其の馬の千里なるを知らない。
② P,~(Q)&P├ 馬を養ふ者は、其の馬の千里なるを知らない。
といふことになる。
従って、
(25)(40)により、
(41)
「理屈」は兎も角、いづれにせよ、
① 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知って養ふ。といふことはない。
といふことは、
② 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、養ふ。
といふことであって、
② 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、養ふ。
といふことは、
① 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知って養ふ。といふことはない。
といふことである。
といふ場合の、「理屈」といふのは、
① P,~(Q&P)├ 馬を養ふ者は、其の馬の千里なるを知らない。
② P,~(Q)&P├ 馬を養ふ者は、其の馬の千里なるを知らない。
である以上、結局は、
① 馬を養ふ者は、其の馬の千里なるを知らない。
② 馬を養ふ者は、其の馬の千里なるを知らない。
であるため、
① P,~(Q&P)├ P&~Q
② P,~(Q)&P├ P&~Q
といふ「二つの連式」は、「結論(P&~Q)」としては、「同じ」である。といふ「理屈」である。
然るに、
(42)
① P,~(Q&P)├ P&~Q
② P,~(Q)&P├ P&~Q
③ ~(Q&P)├ P&~Q
④ ~(Q)&P├ P&~Q
といふ「連式(sequents)」に於いて、
① は、「妥当」であって、
② も、「妥当」であって、
③ は、「妥当」ではなく、
④ は、「妥当」である。
従って、
(42)により、
(43)
③ ~(Q&P)├ P&~Q
④ ~(Q)&P├ P&~Q
といふ「連式(sequents)」に於いて、
③ は、「妥当」ではなく、
④ は、「妥当」である。
従って、
(44)
③ ~(Q&P)
④ ~(Q)&P
に於いて、
③=④ ではない。
然るに、
(45)
③ ~Q&P
④ ~Q&P
のやうに、「括弧」を削除すると、
③=④ であるのか、
③=④ でないのかが、分からない。
従って、
(44)(45)により、
(46)
③ ~(Q&P)
④ ~(Q)&P
のやうな「連言」の場合は、その「括弧」に関して、
任意の表述の否定は、その表述を’~( )’という空所にいれて書くことにしよう;しかし丸括弧はその内部が連言でないかぎり削除しよう(W.O.クワイン著、杖下隆英訳、現代論理学入門、1972年、15頁)といふ、ことになる。
従って、
(46)により、
(47)
① 不(知其能千里而食)也。
② 不(知其能千里)而食也。
のやうな「連言」から、( )を削除することは、「論理学」の立場からすれば、「ルール違反」である。
といふ、ことになる。
従って、
(48)
(イ)不下 知二 其能千里一 而食上 也。
(ロ)不レ 知二 其能千里一 而食也。
といふ風に、「2通りの、返り点」があるのは、
① 不知其能千里而食也。
② 不知其能千里而食也。
といふ「漢文」を、
① 不(知其能千里而食)也。
② 不(知其能千里)而食也。
といふ風に、「表現」しない、「漢文の側」の「ルール違反」である。
従って、
(49)
① 不知其能千里而食。
② 不知其能千里而食。
といふ「1通りの、漢文」に対して、
① 其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
といふ「2通りの、訓読」があるからと言って、そのことが、「漢文訓読」の「欠点」になってゐる。
といふわけではない。
平成31年01月24日、毛利太。
(01)
◆ 不下 知二 其能千里一 而食上 也 この句は、別に、
「不レ 知二 其能千里一 而食 也」と返り点をつけて「その能の千里なるを知らずして食ふなり。」(=その能力が千里もあるのを知らずに養っている。)と訓読することができる。例文の場合、書き下し文だけを読むと
「知二 其能千里一 而不レ食也」(その能力が千里もあることを知りながら養わない。)と混同するおそれがあるのでじゅうぶんに注意しなければならない(赤塚忠・遠藤哲夫、漢文の基礎、1973、156頁)。
(02)
「原文」と「括弧(返り点・管到)」と「訓読(書き下し文)」は、次の通りです。
(a)
世有伯楽、然後有千里馬。
千里馬常有、而伯楽不常有。
故雖有名馬、祇辱於奴隷人之手、
駢死於槽櫪之間、不以千里称也。
馬之千里者、一食或盡粟一石。
食馬者、不知其能千里而食也。
(b)
世有(伯楽)、然後有(千里馬)。
千里馬常有、而伯楽不(常有)。
故雖有(名馬)、祇辱於(奴隷人之手)、
駢-死(於槽櫪之間)、不〔以(千里)称〕也。
馬之千里者、一食或盡(粟一石)。
食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
(c)
世に伯楽有りて、然る後に千里の馬有り。
千里馬は常に有れども、伯楽は常には有らず。
故に名馬有りと雖も、祇だ奴隷人之手於辱かしめられ、
槽櫪之間於駢死し、千里を以て称せられ不るなり。
馬の千里なる者は、一食に或いは粟一石を盡くす。
馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
然るに、
(01)(02)により、
(03)
① 食馬者、不知其能千里而食也。
といふ「原文」に対しては、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
といふ「括弧)」に加へて、
② 食(馬)者、不〔知(其能千里〕而食〕也。
といふ「括弧」も「可能」である。
然るに、
(04)
(ⅰ)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
に於いて、
① 食( )⇒( )食
① 不〔 〕⇒〔 〕不
① 知( )⇒( )知
といふ「移動」を行ふと、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也⇒
① (馬)食者、〔(其能千里)知而食〕不也=
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
(ⅱ)
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
に於いて、
② 食( )⇒( )食
② 不〔 〕⇒〔 〕不
② 知( )⇒( )知
といふ「移動」を行ふと、
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也⇒
② (馬)食者、〔(其能千里)知〕不而食也=
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
(ⅲ)
③ 食(馬)者、知(其能千里)而不(食)也。
に於いて、
③ 食( )⇒( )食
③ 知( )⇒( )知
③ 不( )⇒( )不
といふ「移動」を行ふと、
③ 食(馬)者、知(其能千里)而不(食)也⇒
③ (馬)食者、(其能千里)知而(食)不也=
③ (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知りて(食は)ざるなり。
従って、
(01)(04)により、
(05)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
③ 食(馬)者、知(其能千里)而不(食)也。
に対する、
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
③ (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知りて(食は)ざるなり。
といふ「訓読」に於いて、
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
③ (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知りて(食は)ざるなり。
である所の、
① 馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
③ 馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
の場合は、「書き下し文」としては、「全く同じ」であるため、「区別」が付かない。
然るに、
(06)
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
③ (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知りて(食は)ざるなり。
であるため、
P=馬を養ふ(者)。
Q=其の能の千里なるを知る。
とするならば、
① P,~(Q& P)
③ P, (Q&~P)
然るに、
(07)
例へば、
① 偽,~(偽& 真)=真
③ 偽, (偽&~真)=偽
であるため、
① P,~(Q& P)
③ P, (Q&~P)
に於いて、
①=③ ではない。
従って、
(06)(07)により、
(08)
① 偽,~(偽& 真)=真
③ 偽, (偽&~真)=偽
に於いて、
①=③ ではないため、
① 馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
③ 馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
の「意味」に於いて、
①=③ ではない。
従って、
(05)~(08)により、
(09)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
③ 食(馬)者、知(其能千里)而不(食)也。
に於いて、両者は、
① 馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
③ 馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
といふ「訓読(書き下し文)」に於いては、「等しい」ものの、
① P,~(Q& P)
③ P, (Q&~P)
といふ「意味(論理式)」としては、「等しく」はない。
然るに、
(10)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
③ 食(馬)者、知(其能千里)而不(食)也。
に対する、
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
③ (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知りて(食は)ざるなり。
といふ「訓読」に於いて、
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
である所の、
① 馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
の場合は、「書き下し文」としては、「同じ」ではなく、「区別」が付く。
然るに、
(11)
従って、
(11)により、
(12)
62年前の中西先生は、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
③ 食(馬)者、知(其能千里)而不(食)也。
に於いて、「それぞれ意味は違ってくる。」といふ風に、述べられてゐる。
従って、
(10)(12)により、
(13)
中西先生は、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
の場合は、
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
であるため、少なくとも、
① と ② の「訓読」は、「同じ」ではないし、
① と ② の「意味」も、「同じ」ではない。といふ風に、述べられてゐる。
然るに、
(14)
「結論」から先に言ふと、中西先生の「見解」は、「マチガイ」であって、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
に於いて、
① と ② の「訓読」は、「同じ」ではないが、
① と ② の「意味」は、「同じ」である。
とするのが、「正しい」。
(15)
1 (1) P A
2 (2)~(Q&P) A
2 (3)~Q∨~P 2ド・モルガンの法則
2 (4)~P∨~Q 3交換法則
2 (5) P→~Q 4含意の定義
12 (6) ~Q 15MPP
∴ (7)P,~(Q&P)├ ~Q
従って、
(15)により、
(16)
① P,~(Q&P)├ ~Q
といふ「連式(sequent)」は、「妥当(valid)」である。
然るに、
(17)
1 (1) P A
2 (2) P A
3 (3)~(Q&P) A
4(4) Q A
2 4(5) Q&P 24&
234(6)~(Q&P)&
(Q&P) 35&I
23 (7) ~Q 46RAA
3 (8) P→~Q 27CP
1 3 (9) ~Q 18MPP
∴ (ア)P,~(Q&P)├ ~Q
従って、
(17)により、
(18)
① P,~(Q&P)├ ~Q
といふ「連式(sequent)」は、「妥当(valid)」である。
従って、
(15)~(18)により、
(19)
「ド・モルガンの法則、交換法則、含意の定義」といふ「定理」を用ゐても、用ゐなくとも、いづれにせよ、
① P,~(Q&P)├ ~Q
といふ「連式(sequent)」は、「妥当(valid)」である。
従って、
(19)により、
(20)
P=馬を養ふ。
Q=其の能の千里なるを知る。
であるとして、
① 馬を養ふ、~(其の能の千里なるを知る&馬を養ふ)。├ ~(其の能の千里なるを知る)。
といふ「連式(sequent)」は、「妥当(valid)」である。
従って、
(20)により、
(21)
① 馬を養ふ、其の能の千里なるを知るって馬を養ふ。といふことはない。故に、其の能の千里なるを知らない。
に於いて、
①「養ふ」の「主語」は、「馬を養ふ者」であって、
①「知る」の「主語」も、「馬を養ふ者」である。
従って、
(20)(21)により、
(22)
① 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知るって馬を養ふ。といふことはない。故に、馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、馬を養ふ。
といふ「連式(sequent)」は、「妥当(valid)」である。
然るに、
(23)
② 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、馬を養ふ。故に、馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知るって馬を養ふ。といふことはない。
といふ「連式(sequent)」も、「妥当(valid)」である。
従って、
(22)(23)により、
(24)
① 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知って養ふ。といふことはない。
② 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、養ふ。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(25)
「理屈」は兎も角、いづれにせよ、
① 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知って養ふ。といふことはない。
といふことは、
② 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、養ふ。
といふことであって、
② 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、養ふ。
といふことは、
① 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知って養ふ。といふことはない。
といふことである。
従って、
(04)(24)(25)により、
(26)
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知って養ふ〕といふことはない。
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずに、養ふ。
といふ、その「意味」に於いて、
①=② である。
従って、
(04)(26)により、
(27)
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
といふ「意味」に於いて、
①=② である。
従って、
(04)(27)により、
(28)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
といふ「漢文」の、「意味」に於いて、
①=② である。
然るに、
(20)により、
(29)
P=馬を養ふ。
Q=其の能の千里なるを知る。
であるため、
① 〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
② 〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
であるならば、そのときに限って、
① ~(Q&P)。
② ~(Q)&P。
である。
然るに、
(30
① ~(真&真)=偽
① ~(真&偽)=真
① ~(偽&真)=真
① ~(偽&偽)=真
である。
然るに、
(31)
② ~(真)&真=偽
② ~(真)&偽=偽
② ~(偽)&真=真
② ~(偽)&偽=偽
従って、
(30)(31)により、
(32)
① ~(Q&P)。
② ~(Q)&P。
に於いて、
①=② ではない。
従って、
(29)~(32)により、
(33)
① 〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
② 〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
に於いて、
①=② ではない。
従って、
(27)(33)により、
(34)
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知って養ふ〕といふことはない。
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずに、養ふ。
といふ、その「意味(論理)」に於いて、
①=② である。ものの、
① 〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
② 〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
といふ、その「意味(論理)」に於いて、
①=② ではない。
従って、
(08)(34)により、
(35)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
といふ、その「意味(論理)」に於いては、
①=② である。ものの、
① 不〔知(其能千里)而食〕也。
② 不〔知(其能千里)〕而食也。
といふ、その「意味(論理)」に於いては、
①=② ではない。
従って、
(11)(35)により、
(36)
中西先生の「マチガイ」は、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
といふ「漢文」と、
① 不〔知(其能千里)而食〕也。
② 不〔知(其能千里)〕而食也。
といふ「漢文」を「混同」したがための、「マチガイ」である。
といふ風に、見做すことが、出来る。
(37)
さうでなければ、中西先生は、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
といふ「漢文」ではなく、
① 不〔知(其能千里)而食〕也。
② 不〔知(其能千里)〕而食也。
といふ「漢文」の「違ひ」だけを、説明されたのかも、知れない。
然るに、
(38)
(a)
1 (1) P A
2 (2)~(Q&P) A
3 (3) P A
4(4) Q A
34(5) Q&P 34&I
234(6)~(Q&P)&
(Q&P) 25&I
23 (7) ~Q 46RAA
2 (8) P→~Q 37CP
12 (9) ~Q 18MPP
12 (ア) P&~Q 19&I
∴ (イ)P,~(Q&P)├ P&~Q
(b)
1 (1) P A
2 (2)~(Q)&P A
2 (3) ~Q 2&E
12 (4) P&~Q 13&I
∴ (5)P,~(Q)&P├ P&~Q
従って、
(38)により、
(39)
① P,~(Q&P)├ P&~Q
② P,~(Q)&P├ P&~Q
といふ「連式(sequents)」は、「妥当」である。
従って、
(40)
P=馬を養ふ。
Q=其の能の千里なるを知る。
であるとして、
① P,~(Q&P)├ 馬を養ふ者は、其の馬の千里なるを知らない。
② P,~(Q)&P├ 馬を養ふ者は、其の馬の千里なるを知らない。
といふことになる。
従って、
(25)(40)により、
(41)
「理屈」は兎も角、いづれにせよ、
① 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知って養ふ。といふことはない。
といふことは、
② 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、養ふ。
といふことであって、
② 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、養ふ。
といふことは、
① 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知って養ふ。といふことはない。
といふことである。
といふ場合の、「理屈」といふのは、
① P,~(Q&P)├ 馬を養ふ者は、其の馬の千里なるを知らない。
② P,~(Q)&P├ 馬を養ふ者は、其の馬の千里なるを知らない。
である以上、結局は、
① 馬を養ふ者は、其の馬の千里なるを知らない。
② 馬を養ふ者は、其の馬の千里なるを知らない。
であるため、
① P,~(Q&P)├ P&~Q
② P,~(Q)&P├ P&~Q
といふ「二つの連式」は、「結論(P&~Q)」としては、「同じ」である。といふ「理屈」である。
然るに、
(42)
① P,~(Q&P)├ P&~Q
② P,~(Q)&P├ P&~Q
③ ~(Q&P)├ P&~Q
④ ~(Q)&P├ P&~Q
といふ「連式(sequents)」に於いて、
① は、「妥当」であって、
② も、「妥当」であって、
③ は、「妥当」ではなく、
④ は、「妥当」である。
従って、
(42)により、
(43)
③ ~(Q&P)├ P&~Q
④ ~(Q)&P├ P&~Q
といふ「連式(sequents)」に於いて、
③ は、「妥当」ではなく、
④ は、「妥当」である。
従って、
(44)
③ ~(Q&P)
④ ~(Q)&P
に於いて、
③=④ ではない。
然るに、
(45)
③ ~Q&P
④ ~Q&P
のやうに、「括弧」を削除すると、
③=④ であるのか、
③=④ でないのかが、分からない。
従って、
(44)(45)により、
(46)
③ ~(Q&P)
④ ~(Q)&P
のやうな「連言」の場合は、その「括弧」に関して、
任意の表述の否定は、その表述を’~( )’という空所にいれて書くことにしよう;しかし丸括弧はその内部が連言でないかぎり削除しよう(W.O.クワイン著、杖下隆英訳、現代論理学入門、1972年、15頁)といふ、ことになる。
従って、
(46)により、
(47)
① 不(知其能千里而食)也。
② 不(知其能千里)而食也。
のやうな「連言」から、( )を削除することは、「論理学」の立場からすれば、「ルール違反」である。
といふ、ことになる。
従って、
(48)
(イ)不下 知二 其能千里一 而食上 也。
(ロ)不レ 知二 其能千里一 而食也。
といふ風に、「2通りの、返り点」があるのは、
① 不知其能千里而食也。
② 不知其能千里而食也。
といふ「漢文」を、
① 不(知其能千里而食)也。
② 不(知其能千里)而食也。
といふ風に、「表現」しない、「漢文の側」の「ルール違反」である。
従って、
(49)
① 不知其能千里而食。
② 不知其能千里而食。
といふ「1通りの、漢文」に対して、
① 其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
といふ「2通りの、訓読」があるからと言って、そのことが、「漢文訓読」の「欠点」になってゐる。
といふわけではない。
平成31年01月24日、毛利太。
2019年1月23日水曜日
「雑説、韓愈」と「連言の否定」について。
(01)
(a)
1 (1)~(P&Q) A
2 (2) Q A
3(3) P A
23(4) P&Q 23&I
123(5)~(P&Q)&
(P&Q) 14&I
12 (6) ~P 35RAA
1 (7) Q→~P 26CP
(b)
1 (1) Q→~P A
2(2) P& Q A
2(3) P 2&E
2(4) Q 2&E
12(5) ~P 14MPP
12(6) P&~P 35&I
1 (7)~(P&Q) 26RAA
従って、
(01)により、
(02)
① ~(P& Q)
② Q→~P
に於いて、
①=② である。
ものの、このこと(トートロジー)を仮に、『連言の否定』といふ風に、呼ぶことにする。
然るに、
(03)
1 (1) Q A
2(2)~(P& Q) A
2(3) Q→~P 2連言の否定
12(4) ~P 13MPP
12(5) ~P& Q 14&I
然るに、
(04)
P=其の能の千里なるを知る。
Q=馬を養ふ。
従って、
(03)(04)により、
(05)
1 (1)馬を養ふ。 A
2(2)其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふわけではない。 A
2(3)馬を養ふならば、其の能の千里なるを知らない。 2連言の否定
12(4) 其の能の千里なるを知らない。 13MPP
12(5)其の能の千里なるを知らずして、馬を養ふ。 14&I
従って、
(05)により、
(06)
① 馬は養ふが、其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふわけではない。
② 其の能の千里なるを知らずして、馬を養ふ。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(07)
① 馬は養ふが、其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふわけではない。
② 其の能の千里なるを知らずして、馬を養ふ。
に於いて、
①「馬を養ふ」の「主語」は、「馬を養ふ者」であって、
②「馬を養ふ」の「主語」は、「馬を養ふ者」である。
従って、
(06)(07)により、
(08)
① 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふわけではない。
② 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずして、馬を養ふ。
といふ「意味」に於いて、
①=② である。
然るに、
(09)
① 馬を養う者は、其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふわけではない。のだ。
② 馬を養う者は、其の能の千里なるを知らずして、馬を養ふ。のだ。
といふ「日本語」を、「漢文」に「訳す」際は、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
といふ風に、「訳す」ことになる。
然るに、
(10)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
に於いて、
① 食( )⇒( )食
① 不〔 〕⇒〔 〕不
① 知( )⇒( )知
といふ「移動」を行ふと、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也⇒
① (馬)食者、〔(其能千里)知而食〕不也=
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
(11)
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
に於いて、
② 食( )⇒( )食
② 不〔 〕⇒〔 〕不
② 知( )⇒( )知
といふ「移動」を行ふと、
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也⇒
② (馬)食者、〔(其能千里)知〕不而食也=
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
(12)
③ 食(馬)者、知(其能千里)而不(食)也。
に於いて、
③ 食( )⇒( )食
③ 知( )⇒( )知
③ 不( )⇒( )不
といふ「移動」を行ふと、
③ 食(馬)者、知(其能千里)而不(食)也⇒
③ (馬)食者、(其能千里)知而(食)不也=
③ (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知りて(食は)ざるなり。
従って、
(10)(11)(12)により、
(13)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
③ 食(馬)者、知(其能千里)而不(食)也。
に対する「訓読」は、
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
③ (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知りて(食は)ざるなり。
である。
然るに、
(14)
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
③ (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知りて(食は)ざるなり。
に於いて、
③ であれば、
③ (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知ってゐる。
従って、
(08)(13)(14)により、
(15)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
③ 食(馬)者、知(其能千里)而不(食)也。
に対する「訓読」は、
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
③ (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知りて(食は)ざるなり。
であるが、「意味」としては、それぞれ、
① (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知らないで、食ふ。
② (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知らないで、食ふ。
③ (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知ってゐて、食ふ。
といふ、ことになる。
従って、
(15)により、
(16)
① 食レ馬 者、不下 知二 其能千里一 而食上 也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 食レ馬 者、不レ 知二 其能千里一 而食 也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
③ 食レ馬 者知二 其能千里一 而不レ食 也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
といふ「漢文訓読」に於いて、「意味」に関しては、
①=② であって、 「訓読」に関しては、
①=③ である。
従って、
(16)により、
(17)
① 食レ馬 者、不下 知二 其能千里一 而食上 也。
② 食レ馬 者、不レ 知二 其能千里一 而食 也。
③ 食レ馬 者知二 其能千里一 而不レ食 也。
といふ「漢文」に於いて、「それぞれの、3つの漢文の意味は、違って来る。」といふことには、ならない。
然るに、
(18)
従って、
(17)(18)により、
(19)
① 食レ馬 者、不下 知二 其能千里一 而食上 也。
② 食レ馬 者、不レ 知二 其能千里一 而食 也。
③ 食レ馬 者知二 其能千里一 而不レ食 也。
に於ける、「それぞれの、3つの漢文の意味は、違って来る。」といふ、62年前の、中西先生による、「説明」は、「正しく」はない。
然るに、
(20)
1 (1) P A
2 (2) P A
3 (3)~(Q&P) A
4(4) Q A
2 4(5) Q&P 24&
234(6)~(Q&P)&
(Q&P) 35&I
23 (7) ~Q 46RAA
3 (8) P→~Q 27CP
1 3 (9) ~Q 18MPP
∴ (ア)P,~(Q&P)├ ~Q
従って、
(20)により、
(21)
① P,~(Q&P)├ ~Q
といふ「連式(sequent)」は、「妥当(valid)」である。
従って、
(22)
P=馬を養ふ。
Q=其の能の千里なるを知る。
であるとして、
① 馬を養ふ、~(其の能の千里なるを知る。&馬を養ふ。)├ ~(其の能の千里なるを知る)。
といふ「連式(sequent)」は、「妥当(valid)」である。
従って、
(22)により、
(23)
① 馬を養ふ、其の能の千里なるを知るって馬を養ふ。といふことはない。故に、其の能の千里なるを知らない。
といふ「連式(sequent)」は、「妥当(valid)」である。
然るに、
(24)
① 馬を養ふ、其の能の千里なるを知って馬を養ふ。といふことはない。故に、其の能の千里なるを知らない。
に於いて、
①「養ふ」の「主語」は、「馬を養ふ者」であって、
①「知る」の「主語」も、「馬を養ふ者」である。
従って、
(23)(24)により、
(25)
① 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知って馬を養ふ。といふことはない。故に、馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、馬を養ふ。
といふ「連式(sequent)」は、「妥当(valid)」である。
然るに、
(26)
② 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、馬を養ふ。故に、馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知って馬を養ふ。といふことはない。
といふ「連式(sequent)」も、「妥当(valid)」である。
従って、
(25)(26)により、
(27)
① 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知って養ふ。といふことはない。
② 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、養ふ。
に於いて、
①=② である。
従って、
(15)(27)により、
(28)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也=馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知るって養ふ。といふことはない。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也=馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、養ふ。
に於いて、
①=② である。
従って、
(16)(28)により、
(29)
いづれにせよ、
① 食レ馬 者、不下 知二 其能千里一 而食上 也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 食レ馬 者、不レ 知二 其能千里一 而食 也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
といふ「漢文訓読」に於いて、「意味」に関しては、
①=② である。
然るに、
(29)により、
(30)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也=馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知るって養ふ。といふことはない。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也=馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、養ふ。
に於いて、
①=② である。としても、
① 不〔知(其能千里)而食〕也=其の能の千里なるを知るって養ふ。といふことはない。
② 不〔知(其能千里)〕而食也=其の能の千里なるを知らずに、養ふ。
に於いて、
①=② である。といふ、わけではない。
然るに、
(31)
① 不〔知(其能千里)而食〕。
② 不〔知(其能千里)〕而食。
といふ「漢文」は、
① ~〔知(其能千里)&食〕。
② ~〔知(其能千里)〕&食。
といふ風に、書くことが出来る。
従って、
(31)により、
(32)
P=知(其能千里)
Q=食
であるとして、
① 不〔知(其能千里)而食〕。
② 不〔知(其能千里)〕而食。
といふ「漢文」は、
① ~(P&Q)。
② ~(P)&Q。
といふ風に、書くことが出来る。
然るに、
(33)
① ~(P&Q)。
② ~(P)&Q。
といふ「式」は、『連言の否定』である。
然るに、
(34)
任意の表述の否定は、その表述を’~( )’という空所にいれて書くことにしよう;しかし丸括弧はその内部が連言でないかぎり削除しよう(W.O.クワイン著、杖下隆英訳、現代論理学入門、1972年、15頁)。
従って、
(33)(34)により、
(35)
クワイン先生は、
① ~(P&Q)。
② ~(P)&Q。
といふ「連言」を、
① ~P&Q。
② ~P&Q。
といふ風に、書くべきではない。
といふ風に、述べてゐる。
すなはち、
(36)
① ~P&Q。
② ~P&Q。
といふ風に、書いてしまふと、
① ~(P&Q)。
② ~(P)&Q。
に於いて、
① であるのか、
② であるのか、「区別がつかない」が故に、
① ~(P&Q)。
② ~(P)&Q。
といふ「連言」は、
① ~P&Q。
② ~P&Q。
といふ風に、書いてはいけない。
といふ風に、クワイン先生は、言ってゐる。
従って、
(32)(36)により、
(37)
① 不〔知(其能千里)而食〕。
② 不〔知(其能千里)〕而食。
といふ「漢文(連言)」は、
① 不知其能千里而食。
② 不知其能千里而食。
といふ風に、書いてはいけない。
といふ風に、クワイン先生は、言ってゐる。
従って、
(37)により、
(38)
① 不(知其能千里而食)=其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 不(知其能千里)而食=其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
といふ「2通りの訓読」がなされる「所以」は、クワイン先生の立場からすれば、「漢文の側」にあるのであって、「訓読の側」にあるわけではない。
従って、
(38)により、
(39)
① 不知其能千里而食。
② 不知其能千里而食。
といふ「1通りの、漢文」に対して、
① 其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
といふ「2通りの、訓読」があるからと言って、そのことが、「漢文訓読」の「欠点」になってゐる。
といふわけではない。
平成31年01月23日、毛利太。
(a)
1 (1)~(P&Q) A
2 (2) Q A
3(3) P A
23(4) P&Q 23&I
123(5)~(P&Q)&
(P&Q) 14&I
12 (6) ~P 35RAA
1 (7) Q→~P 26CP
(b)
1 (1) Q→~P A
2(2) P& Q A
2(3) P 2&E
2(4) Q 2&E
12(5) ~P 14MPP
12(6) P&~P 35&I
1 (7)~(P&Q) 26RAA
従って、
(01)により、
(02)
① ~(P& Q)
② Q→~P
に於いて、
①=② である。
ものの、このこと(トートロジー)を仮に、『連言の否定』といふ風に、呼ぶことにする。
然るに、
(03)
1 (1) Q A
2(2)~(P& Q) A
2(3) Q→~P 2連言の否定
12(4) ~P 13MPP
12(5) ~P& Q 14&I
然るに、
(04)
P=其の能の千里なるを知る。
Q=馬を養ふ。
従って、
(03)(04)により、
(05)
1 (1)馬を養ふ。 A
2(2)其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふわけではない。 A
2(3)馬を養ふならば、其の能の千里なるを知らない。 2連言の否定
12(4) 其の能の千里なるを知らない。 13MPP
12(5)其の能の千里なるを知らずして、馬を養ふ。 14&I
従って、
(05)により、
(06)
① 馬は養ふが、其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふわけではない。
② 其の能の千里なるを知らずして、馬を養ふ。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(07)
① 馬は養ふが、其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふわけではない。
② 其の能の千里なるを知らずして、馬を養ふ。
に於いて、
①「馬を養ふ」の「主語」は、「馬を養ふ者」であって、
②「馬を養ふ」の「主語」は、「馬を養ふ者」である。
従って、
(06)(07)により、
(08)
① 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふわけではない。
② 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずして、馬を養ふ。
といふ「意味」に於いて、
①=② である。
然るに、
(09)
① 馬を養う者は、其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふわけではない。のだ。
② 馬を養う者は、其の能の千里なるを知らずして、馬を養ふ。のだ。
といふ「日本語」を、「漢文」に「訳す」際は、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
といふ風に、「訳す」ことになる。
然るに、
(10)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
に於いて、
① 食( )⇒( )食
① 不〔 〕⇒〔 〕不
① 知( )⇒( )知
といふ「移動」を行ふと、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也⇒
① (馬)食者、〔(其能千里)知而食〕不也=
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
(11)
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
に於いて、
② 食( )⇒( )食
② 不〔 〕⇒〔 〕不
② 知( )⇒( )知
といふ「移動」を行ふと、
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也⇒
② (馬)食者、〔(其能千里)知〕不而食也=
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
(12)
③ 食(馬)者、知(其能千里)而不(食)也。
に於いて、
③ 食( )⇒( )食
③ 知( )⇒( )知
③ 不( )⇒( )不
といふ「移動」を行ふと、
③ 食(馬)者、知(其能千里)而不(食)也⇒
③ (馬)食者、(其能千里)知而(食)不也=
③ (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知りて(食は)ざるなり。
従って、
(10)(11)(12)により、
(13)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
③ 食(馬)者、知(其能千里)而不(食)也。
に対する「訓読」は、
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
③ (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知りて(食は)ざるなり。
である。
然るに、
(14)
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
③ (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知りて(食は)ざるなり。
に於いて、
③ であれば、
③ (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知ってゐる。
従って、
(08)(13)(14)により、
(15)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
③ 食(馬)者、知(其能千里)而不(食)也。
に対する「訓読」は、
① (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知りて食は〕ざるなり。
② (馬を)食ふ者は、〔(其の能の千里なるを)知ら〕ずして食ふなり。
③ (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知りて(食は)ざるなり。
であるが、「意味」としては、それぞれ、
① (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知らないで、食ふ。
② (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知らないで、食ふ。
③ (馬を)食ふ者は、(其の能の千里なるを)知ってゐて、食ふ。
といふ、ことになる。
従って、
(15)により、
(16)
① 食レ馬 者、不下 知二 其能千里一 而食上 也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 食レ馬 者、不レ 知二 其能千里一 而食 也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
③ 食レ馬 者知二 其能千里一 而不レ食 也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
といふ「漢文訓読」に於いて、「意味」に関しては、
①=② であって、 「訓読」に関しては、
①=③ である。
従って、
(16)により、
(17)
① 食レ馬 者、不下 知二 其能千里一 而食上 也。
② 食レ馬 者、不レ 知二 其能千里一 而食 也。
③ 食レ馬 者知二 其能千里一 而不レ食 也。
といふ「漢文」に於いて、「それぞれの、3つの漢文の意味は、違って来る。」といふことには、ならない。
然るに、
(18)
従って、
(17)(18)により、
(19)
① 食レ馬 者、不下 知二 其能千里一 而食上 也。
② 食レ馬 者、不レ 知二 其能千里一 而食 也。
③ 食レ馬 者知二 其能千里一 而不レ食 也。
に於ける、「それぞれの、3つの漢文の意味は、違って来る。」といふ、62年前の、中西先生による、「説明」は、「正しく」はない。
然るに、
(20)
1 (1) P A
2 (2) P A
3 (3)~(Q&P) A
4(4) Q A
2 4(5) Q&P 24&
234(6)~(Q&P)&
(Q&P) 35&I
23 (7) ~Q 46RAA
3 (8) P→~Q 27CP
1 3 (9) ~Q 18MPP
∴ (ア)P,~(Q&P)├ ~Q
従って、
(20)により、
(21)
① P,~(Q&P)├ ~Q
といふ「連式(sequent)」は、「妥当(valid)」である。
従って、
(22)
P=馬を養ふ。
Q=其の能の千里なるを知る。
であるとして、
① 馬を養ふ、~(其の能の千里なるを知る。&馬を養ふ。)├ ~(其の能の千里なるを知る)。
といふ「連式(sequent)」は、「妥当(valid)」である。
従って、
(22)により、
(23)
① 馬を養ふ、其の能の千里なるを知るって馬を養ふ。といふことはない。故に、其の能の千里なるを知らない。
といふ「連式(sequent)」は、「妥当(valid)」である。
然るに、
(24)
① 馬を養ふ、其の能の千里なるを知って馬を養ふ。といふことはない。故に、其の能の千里なるを知らない。
に於いて、
①「養ふ」の「主語」は、「馬を養ふ者」であって、
①「知る」の「主語」も、「馬を養ふ者」である。
従って、
(23)(24)により、
(25)
① 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知って馬を養ふ。といふことはない。故に、馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、馬を養ふ。
といふ「連式(sequent)」は、「妥当(valid)」である。
然るに、
(26)
② 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、馬を養ふ。故に、馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知って馬を養ふ。といふことはない。
といふ「連式(sequent)」も、「妥当(valid)」である。
従って、
(25)(26)により、
(27)
① 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知って養ふ。といふことはない。
② 馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、養ふ。
に於いて、
①=② である。
従って、
(15)(27)により、
(28)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也=馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知るって養ふ。といふことはない。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也=馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、養ふ。
に於いて、
①=② である。
従って、
(16)(28)により、
(29)
いづれにせよ、
① 食レ馬 者、不下 知二 其能千里一 而食上 也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 食レ馬 者、不レ 知二 其能千里一 而食 也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
といふ「漢文訓読」に於いて、「意味」に関しては、
①=② である。
然るに、
(29)により、
(30)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也=馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知るって養ふ。といふことはない。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也=馬を養ふ者は、其の能の千里なるを知らずに、養ふ。
に於いて、
①=② である。としても、
① 不〔知(其能千里)而食〕也=其の能の千里なるを知るって養ふ。といふことはない。
② 不〔知(其能千里)〕而食也=其の能の千里なるを知らずに、養ふ。
に於いて、
①=② である。といふ、わけではない。
然るに、
(31)
① 不〔知(其能千里)而食〕。
② 不〔知(其能千里)〕而食。
といふ「漢文」は、
① ~〔知(其能千里)&食〕。
② ~〔知(其能千里)〕&食。
といふ風に、書くことが出来る。
従って、
(31)により、
(32)
P=知(其能千里)
Q=食
であるとして、
① 不〔知(其能千里)而食〕。
② 不〔知(其能千里)〕而食。
といふ「漢文」は、
① ~(P&Q)。
② ~(P)&Q。
といふ風に、書くことが出来る。
然るに、
(33)
① ~(P&Q)。
② ~(P)&Q。
といふ「式」は、『連言の否定』である。
然るに、
(34)
任意の表述の否定は、その表述を’~( )’という空所にいれて書くことにしよう;しかし丸括弧はその内部が連言でないかぎり削除しよう(W.O.クワイン著、杖下隆英訳、現代論理学入門、1972年、15頁)。
従って、
(33)(34)により、
(35)
クワイン先生は、
① ~(P&Q)。
② ~(P)&Q。
といふ「連言」を、
① ~P&Q。
② ~P&Q。
といふ風に、書くべきではない。
といふ風に、述べてゐる。
すなはち、
(36)
① ~P&Q。
② ~P&Q。
といふ風に、書いてしまふと、
① ~(P&Q)。
② ~(P)&Q。
に於いて、
① であるのか、
② であるのか、「区別がつかない」が故に、
① ~(P&Q)。
② ~(P)&Q。
といふ「連言」は、
① ~P&Q。
② ~P&Q。
といふ風に、書いてはいけない。
といふ風に、クワイン先生は、言ってゐる。
従って、
(32)(36)により、
(37)
① 不〔知(其能千里)而食〕。
② 不〔知(其能千里)〕而食。
といふ「漢文(連言)」は、
① 不知其能千里而食。
② 不知其能千里而食。
といふ風に、書いてはいけない。
といふ風に、クワイン先生は、言ってゐる。
従って、
(37)により、
(38)
① 不(知其能千里而食)=其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 不(知其能千里)而食=其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
といふ「2通りの訓読」がなされる「所以」は、クワイン先生の立場からすれば、「漢文の側」にあるのであって、「訓読の側」にあるわけではない。
従って、
(38)により、
(39)
① 不知其能千里而食。
② 不知其能千里而食。
といふ「1通りの、漢文」に対して、
① 其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
といふ「2通りの、訓読」があるからと言って、そのことが、「漢文訓読」の「欠点」になってゐる。
といふわけではない。
平成31年01月23日、毛利太。
2019年1月22日火曜日
「返り点」と「括弧」の関係(の続き)。
―「昨日(H31年01月21日)の記事」の続きを書きます。―
従って、
(42)(43)により、
(44)
④ 是以大學始敎必使學者皍凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極=
④ 是以、大學始敎、必使〈學者皍(凡天下之物)、莫{不[因(其已知之理)、而益極(之)、以求〔至(乎其極)〕]}〉⇒
④ 是以、大學始敎、必〈學者(凡天下之物)皍、{[(其已知之理)因、而益(之)極、以〔(乎其極)至〕求]不}莫〉使=
④ 是を以て、大學の始敎は、必ず〈學者をして(凡そ天下の物に)皍きて{[(其の已に知るの理に)因って、益々(之を)極め、以て〔(其の極に)至るを〕求め]不るを}莫から〉使む。
といふ「漢文訓読」に於ける、
④〈 ( ){ [ ( )( )〔 ( ) 〕 ] } 〉
といふ『括弧』は、
(ⅰ)一つには、「漢文訓読」の「語順」 を示してゐて、
(ⅱ)一つには、「漢文自体」の「補足構造」を示してゐる。
従って、
(42)(44)により、
(45)
「漢文における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。」
といふ「事情」が、有るからこそ、
④ 是以、大學始敎、必使〈學者皍(凡天下之物)莫{不[因(其已知之理)而益極(之)以求〔至(乎其極)〕]}〉
に於ける、
④ 〈 ( ) { [ ( ) ( ) 〔 ( )〕]}〉
といふ『括弧』は、
(ⅱ)「漢文自体」の「補足構造」を示してゐる。
従って、
(44)(45)により、
(46)
④ 是以大學始敎必使學者皍凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極。
といふ「漢文」を、
④ 是を以て、大學の始敎は、必ず〈學者をして(凡そ天下の物に)皍きて{[(其の已に知るの理に)因って、益々(之を)極め、以て〔(其の極に)至るを〕求め]不るを}莫から〉使む。
といふ風に、「訓読」したとしても、
(ⅲ)「語順」 に関しては、「同じ」ではないが、
(ⅱ)「補足構造」に関しては、「変り」がない。
然るに、
(47)
例へば、
⑤ ἐν ἀρχῇ ἐποίησεν ὁ θεὸς τὸν οὐρανὸν καὶ τὴν γῆν=
⑤ ἐν(ἀρχῇ)ἐποίησεν(ὁ θεὸς τὸν οὐρανὸν καὶ τὴν γῆν)⇒
⑤ (ἀρχῇ)ἐν(ὁ θεὸς τὸν οὐρανὸν καὶ τὴν γῆν)ἐποίησεν=
⑤ (初め)に(神は天と地とを)創造した。
の場合は、
⑤ (神は天と地とを)
のやうに、 ( )の中に、
(主語 と 目的語)が有る。
従って、
(47)により、
(48)
⑤ エン(アルケー)エポイエーセン(ホ テオス トン ウーラノン カイ テーン ゲーン)。
に於ける、
⑤ ( ) ( )
といふ「括弧」は、「補足構造」を、表してはゐない。
然るに、
(49)
ギリシャ語では通常 ἀπόστλος λέγει λόγον である。だが、λέγει ἀπόστλος λόγον も、λόγον λέγει ἀπόστλος も共に全く可能である。だから、和訳、英訳は、共に順序ではなく、語尾を観察することによって決定しなければならない。
(J.G.メイチェン 著、田辺滋 訳、新約聖書 ギリシャ語原点入門、1974年、29頁)
従って、
(49)により、
(50)
ギリシャ語の場合は、
(ⅰ)ἀπόστλος(主語) λέγει(動詞) λόγον(補足語).
(ⅱ)λέγει(動詞) ἀπόστλος(主語) λόγον(補足語).
(ⅲ)λόγον(補足語) λέγει(動詞) ἀπόστλος(主語).
といふ「語順」が、共に全く可能である。
従って、
(50)により、
(51)
ギリシャ語の場合は、「屈折語」であるため、
⑤ ἐποίησεν ὁ ΘΕΟΣ τὸν οὐρανὸν καὶ τὴν γῆν.
だけでなく、
⑥ ἐποίησεν τὸν οὐρανὸν καὶ τὴν γῆν ὁ ΘΕΟΣ.
といふ「語順」も、「可能」である。
然るに、
(52)
⑥ ἐποίησεν τὸν οὐρανὸν καὶ τὴν γῆν ὁ θεὸς=
⑥ ἐποίησεν{τὸν-οὐρανὸν(καὶ [τὴν-γῆν〔ὁ θεὸς)〕]}⇒
⑥ {([〔ὁ θεὸς)τὸν-οὐρανὸν〕τὴν-γῆν]καὶ }ἐποίησεν=
⑥ {([〔神は)天と〕地]とを }創造した。
に於ける、
⑥ { ( [ 〔 ) 〕 ] }
といふ「それ」は、『括弧』ではない。
従って、
(48)~(52)により、
(53)
④ 是以大學始敎必使學者皍凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極。
といふ「漢文」とは異なり、『括弧』を用ひて、
⑤ ἐποίησεν ὁ θεὸς τὸν οὐρανὸν καὶ τὴν γῆν.
⑥ ἐποίησεν τὸν οὐρανὸν καὶ τὴν γῆν ὁ θεὸς.
といふ「希臘語」の「補足構造」を、表すことは、出来ない。
従って、
(46)(53)により、 (54)
④ 是以、大學始敎、必使〈學者皍(凡天下之物)、莫{不[因(其已知之理)、而益極(之)、以求〔至(乎其極)〕]}〉。
といふ「補足構造の、漢文」を、
④ 是を以て、大學の始敎は、必ず〈學者をして(凡そ天下の物に)皍きて{[(其の已に知るの理に)因って、益々(之を)極め、以て〔(其の極に)至るを〕求め]不るを}莫から〉使む。
といふ風に、「訓読」することと、
⑥ ἐποίησεν{τὸν-οὐρανὸν(καὶ [τὴν-γῆν〔ὁ θεὸς)〕]}。
といふ「補足構造ではない、希臘語」を、
⑥ {([〔神は)天と〕地]とを }創造した。
といふ風に、「訓読」することとは、「同列に、論じる」べきではない。
従って、
(55)
「漢文訓読」と、例へば、「希臘語訓読」等を、「同列に、論じる」べきではない。
然るに、
(56)
「訓読論」数年前、ある言語学教育関連の新聞の連載のコラムに、西洋文化研究者の発言が載せられていた。誰もが知る、孟浩然の『春眠』「春眠暁を覚えず・・・・・・」の引用から始まるそのコラムでは、なぜ高校の教科書にいまだに漢文訓読があるのかと疑問を呈し、「返り点」をたよりに「上がったり下がったりしながら、シラミつぶしに漢字にたどる」読み方はすでに時代遅れの代物であって、早くこうした状況から脱するべきだと主張する。「どこの国に外国語を母国語の語順で読む国があろう」かと嘆く筆者は、かつては漢文訓読が中国の歴史や文学を学ぶ唯一の手段であり「必要から編み出された苦肉の知恵であった」かもしれないが、いまや中国語を日本にいても学べる時代であり「漢文訓読を卒業するとき」だと主張するのである(「訓読」論 東アジア漢文世界と日本語、中村春作・市來津由彦・田尻祐一郎・前田勉 共編、2008年、1頁)。
従って、
(55)(56)により、
(57)
『どこの国に、「ギリシャ語」等の外国語を母国語の語順で読む国があろう』かと嘆く筆者の「見解」は、「必ずしも、正しくはない」と、言はざるを得ない。
平成31年01月22日、毛利太。
従って、
(42)(43)により、
(44)
④ 是以大學始敎必使學者皍凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極=
④ 是以、大學始敎、必使〈學者皍(凡天下之物)、莫{不[因(其已知之理)、而益極(之)、以求〔至(乎其極)〕]}〉⇒
④ 是以、大學始敎、必〈學者(凡天下之物)皍、{[(其已知之理)因、而益(之)極、以〔(乎其極)至〕求]不}莫〉使=
④ 是を以て、大學の始敎は、必ず〈學者をして(凡そ天下の物に)皍きて{[(其の已に知るの理に)因って、益々(之を)極め、以て〔(其の極に)至るを〕求め]不るを}莫から〉使む。
といふ「漢文訓読」に於ける、
④〈 ( ){ [ ( )( )〔 ( ) 〕 ] } 〉
といふ『括弧』は、
(ⅰ)一つには、「漢文訓読」の「語順」 を示してゐて、
(ⅱ)一つには、「漢文自体」の「補足構造」を示してゐる。
従って、
(42)(44)により、
(45)
「漢文における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。」
といふ「事情」が、有るからこそ、
④ 是以、大學始敎、必使〈學者皍(凡天下之物)莫{不[因(其已知之理)而益極(之)以求〔至(乎其極)〕]}〉
に於ける、
④ 〈 ( ) { [ ( ) ( ) 〔 ( )〕]}〉
といふ『括弧』は、
(ⅱ)「漢文自体」の「補足構造」を示してゐる。
従って、
(44)(45)により、
(46)
④ 是以大學始敎必使學者皍凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極。
といふ「漢文」を、
④ 是を以て、大學の始敎は、必ず〈學者をして(凡そ天下の物に)皍きて{[(其の已に知るの理に)因って、益々(之を)極め、以て〔(其の極に)至るを〕求め]不るを}莫から〉使む。
といふ風に、「訓読」したとしても、
(ⅲ)「語順」 に関しては、「同じ」ではないが、
(ⅱ)「補足構造」に関しては、「変り」がない。
然るに、
(47)
例へば、
⑤ ἐν ἀρχῇ ἐποίησεν ὁ θεὸς τὸν οὐρανὸν καὶ τὴν γῆν=
⑤ ἐν(ἀρχῇ)ἐποίησεν(ὁ θεὸς τὸν οὐρανὸν καὶ τὴν γῆν)⇒
⑤ (ἀρχῇ)ἐν(ὁ θεὸς τὸν οὐρανὸν καὶ τὴν γῆν)ἐποίησεν=
⑤ (初め)に(神は天と地とを)創造した。
の場合は、
⑤ (神は天と地とを)
のやうに、 ( )の中に、
(主語 と 目的語)が有る。
従って、
(47)により、
(48)
⑤ エン(アルケー)エポイエーセン(ホ テオス トン ウーラノン カイ テーン ゲーン)。
に於ける、
⑤ ( ) ( )
といふ「括弧」は、「補足構造」を、表してはゐない。
然るに、
(49)
ギリシャ語では通常 ἀπόστλος λέγει λόγον である。だが、λέγει ἀπόστλος λόγον も、λόγον λέγει ἀπόστλος も共に全く可能である。だから、和訳、英訳は、共に順序ではなく、語尾を観察することによって決定しなければならない。
(J.G.メイチェン 著、田辺滋 訳、新約聖書 ギリシャ語原点入門、1974年、29頁)
従って、
(49)により、
(50)
ギリシャ語の場合は、
(ⅰ)ἀπόστλος(主語) λέγει(動詞) λόγον(補足語).
(ⅱ)λέγει(動詞) ἀπόστλος(主語) λόγον(補足語).
(ⅲ)λόγον(補足語) λέγει(動詞) ἀπόστλος(主語).
といふ「語順」が、共に全く可能である。
従って、
(50)により、
(51)
ギリシャ語の場合は、「屈折語」であるため、
⑤ ἐποίησεν ὁ ΘΕΟΣ τὸν οὐρανὸν καὶ τὴν γῆν.
だけでなく、
⑥ ἐποίησεν τὸν οὐρανὸν καὶ τὴν γῆν ὁ ΘΕΟΣ.
といふ「語順」も、「可能」である。
然るに、
(52)
⑥ ἐποίησεν τὸν οὐρανὸν καὶ τὴν γῆν ὁ θεὸς=
⑥ ἐποίησεν{τὸν-οὐρανὸν(καὶ [τὴν-γῆν〔ὁ θεὸς)〕]}⇒
⑥ {([〔ὁ θεὸς)τὸν-οὐρανὸν〕τὴν-γῆν]καὶ }ἐποίησεν=
⑥ {([〔神は)天と〕地]とを }創造した。
に於ける、
⑥ { ( [ 〔 ) 〕 ] }
といふ「それ」は、『括弧』ではない。
従って、
(48)~(52)により、
(53)
④ 是以大學始敎必使學者皍凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極。
といふ「漢文」とは異なり、『括弧』を用ひて、
⑤ ἐποίησεν ὁ θεὸς τὸν οὐρανὸν καὶ τὴν γῆν.
⑥ ἐποίησεν τὸν οὐρανὸν καὶ τὴν γῆν ὁ θεὸς.
といふ「希臘語」の「補足構造」を、表すことは、出来ない。
従って、
(46)(53)により、 (54)
④ 是以、大學始敎、必使〈學者皍(凡天下之物)、莫{不[因(其已知之理)、而益極(之)、以求〔至(乎其極)〕]}〉。
といふ「補足構造の、漢文」を、
④ 是を以て、大學の始敎は、必ず〈學者をして(凡そ天下の物に)皍きて{[(其の已に知るの理に)因って、益々(之を)極め、以て〔(其の極に)至るを〕求め]不るを}莫から〉使む。
といふ風に、「訓読」することと、
⑥ ἐποίησεν{τὸν-οὐρανὸν(καὶ [τὴν-γῆν〔ὁ θεὸς)〕]}。
といふ「補足構造ではない、希臘語」を、
⑥ {([〔神は)天と〕地]とを }創造した。
といふ風に、「訓読」することとは、「同列に、論じる」べきではない。
従って、
(55)
「漢文訓読」と、例へば、「希臘語訓読」等を、「同列に、論じる」べきではない。
然るに、
(56)
「訓読論」数年前、ある言語学教育関連の新聞の連載のコラムに、西洋文化研究者の発言が載せられていた。誰もが知る、孟浩然の『春眠』「春眠暁を覚えず・・・・・・」の引用から始まるそのコラムでは、なぜ高校の教科書にいまだに漢文訓読があるのかと疑問を呈し、「返り点」をたよりに「上がったり下がったりしながら、シラミつぶしに漢字にたどる」読み方はすでに時代遅れの代物であって、早くこうした状況から脱するべきだと主張する。「どこの国に外国語を母国語の語順で読む国があろう」かと嘆く筆者は、かつては漢文訓読が中国の歴史や文学を学ぶ唯一の手段であり「必要から編み出された苦肉の知恵であった」かもしれないが、いまや中国語を日本にいても学べる時代であり「漢文訓読を卒業するとき」だと主張するのである(「訓読」論 東アジア漢文世界と日本語、中村春作・市來津由彦・田尻祐一郎・前田勉 共編、2008年、1頁)。
従って、
(55)(56)により、
(57)
『どこの国に、「ギリシャ語」等の外国語を母国語の語順で読む国があろう』かと嘆く筆者の「見解」は、「必ずしも、正しくはない」と、言はざるを得ない。
平成31年01月22日、毛利太。
2019年1月21日月曜日
「返り点」と「括弧」の関係。
(01)
①〈 { 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] } 〉
② { 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] } 〉
③〈 { 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] }
に於いて、
① に対して、② であれば、〈 が「不足」し、
① に対して、③ であれば、 〉が「不足」する。
従って、
(01)により、
(02)
①( ( ( ( ) )( ( ( ) ) ) ) )
② ( ( ( ) )( ( ( ) ) ) ) )
③( ( ( ( ) )( ( ( ) ) ) )
に於いて、
① に対して、② であれば、( が「不足」し、
① に対して、③ であれば、 )が「不足」する。
然るに、
(03)
②{ 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] } 〉
③〈 { 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] }
に対して、
②( ( ( ) )( ( ( ) ) ) ) )
③( ( ( ( ) )( ( ( ) ) ) )
の場合は、「括弧」の「過不足」が、「極めて、見えにくい」。
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
①〈 { 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] } 〉
に対する、
①( ( ( ( ) )( ( ( ) ) ) ) )
の場合は、「極めて、読みにくく」、それ故、「役に立たない」。
従って、
(04)により、
(05)
(ⅰ)( )
(ⅱ)〔 〕
(ⅲ)[ ]
(ⅳ){ }
(ⅴ)〈 〉
に於いて、
(ⅴ)が有るならば、その中には、(ⅳ)が有り、
(ⅳ)が有るならば、その中には、(ⅲ)が有り、
(ⅲ)が有るならば、その中には、(ⅱ)が有り、
(ⅱ)が有るならば、その中には、(ⅰ)が有る。
といふ「条件」を満たすならば、そのときに限って、『括弧』である。とする。
然るに、
(06)
① 3 2 1=
① 3〔2(1)〕。
に於いて、
① 2( )⇒( )2
① 3〔 〕⇒〔 〕3
といふ「移動」を行ふと、
① 3〔2(1)〕⇒
① 〔(1)2〕3=
① 1 2 3。
(07)
② 2 3 1=
② 2(3〔1)〕。
に於いて、
① 2( )⇒( )2
① 3〔 〕⇒〔 〕3
といふ「移動」を行ふと、
② 2(3〔1)〕⇒
② (〔1)2〕3=
② 1 2 3。
然るに、
(05)により、
(08)
①〔 ( ) 〕
②( 〔 ) 〕
に於いて、
① は『括弧』であるが、
② は『括弧』ではない。
(09)
③ 4 3 2 1=
③ 4[3〔2(1)〕]。
に於いて、
③ 2( )⇒( )2
③ 3〔 〕⇒〔 〕3
③ 4[ ]⇒[ ]4
といふ「移動」を行ふと、
③ 4[3〔2(1)〕]⇒
③ [〔(1)2〕3]4=
③ 1 2 3 4。
(10)
④ 2 3 4 1=
④ 2(3〔4[1)〕]。
に於いて、
④ 2( )⇒( )2
④ 3〔 〕⇒〔 〕3
④ 4[ ]⇒[ ]4
④ 2(3〔4[1)〕]⇒
④ (〔[1)2〕3]4=
④ 1 2 3 4。
(11)
⑤ 2 4 3 1=
⑤ 2(4[3〔1)〕]。
に於いて、
⑤ 2( )⇒( )2
⑤ 3〔 〕⇒〔 〕3
⑤ 4[ ]⇒[ ]4
⑤ 2(4[3〔1)〕]⇒
⑤ ([〔1)2〕3]4=
⑤ 1 2 3 4。
然るに、
(05)により、
(12)
③[ 〔 ( )〕 ]
④( 〔 [ ) 〕 ]
⑤( [ 〔 ) 〕 ]
に於いて、
③ は『括弧』であるが、
④ は『括弧』ではなく、
⑤ も『括弧』ではない。
従って、
(06)~(12)により、
(13)
『括弧』は、
② 2<3 >1
④ 2<3 4>1
⑤ 2<4 3>1
といふ「順番」を、
② 1<2<3
④ 1<2<3<4
⑤ 1<2<3<4
といふ「順番」に「並び替へ(ソート)す」ることが、出来ない。
従って、
(13)により、
(14)
A、B、C が、「正の整数」であるとき、『括弧』は、
B<C>A &(B=A+1)
といふ「順番」を、
A<B<C
といふ「順番」に「並び替へ(ソート)す」ることが、出来ない。
然るに、
(15)
『返り点』は、
「下から上へ、返る点」であって、
「上から下へ、戻る点」ではない。
然るに、
(16)
例へば、
② 二<三>一
の場合は、
二 二
↑ ↓
↑ 三
↑
一
であるため、
二
↓
三
に於いて、「上から下へ、戻ってゐる」。
従って、
(13)~(16)により、
(17)
② 二 三 一
③ 二 三 四 一
④ 二 四 三 一
といふ「これら」は、『返り点』ではない。
然るに、
(18)
上中下点(上・下、上・中・下)は、
一二点だけで示しきれない場合。必ず一二点をまたいで返る場合に用いる。数学の式における( )が一二点で、{ }が上中下点に相当するものと考えるとわかりやすい。
(原田種成、私の漢文講義、1995年、43頁改)
従って、
(18)により、
(19)
(ⅰ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(ⅱ)上 中 下
に於いて、
(ⅰ)を挟んで「返る」場合に、
(ⅱ)を用ひ、
(ⅱ)を挟んで「返る」場合には、
(ⅰ)を用ひない。
従って、
(19)により、
(20)
⑥ 下 三 二 一 中 三 二 一 上
⑦ 三 下 二 一 中 三 二 一 上
に於いて、
⑥ は、『返り点』として、「正しい」ものの、例へば、
⑦ は、『返り点』として、「正しくない」。
然るに、
(21)
⑥ 下 三 二 一 中 三 二 一 上
⑦ 三 下 二 一 中 三 二 一 上
といふ「順番」は、
⑥ 9 3 2 1 8 6 5 4 7
⑦ 3 9 2 1 8 6 5 4 7
といふ「順番」に「等しい」。
然るに、
(22)
⑥ 9 3 2 1 8 6 5 4 7=
⑥ 9{3〔2(1)〕8[6〔5(4)〕7]}。
に於いて、
⑥ 2( )⇒( )2
⑥ 3〔 〕⇒〔 〕3
⑥ 5( )⇒( )5
⑥ 6〔 〕⇒〔 〕6
⑥ 8[ ]⇒[ ]8
⑥ 9{ }⇒{ }9
といふ「移動」を行ふと、
⑥ 9{3〔2(1)〕8[6〔5(4)〕7]}⇒
⑥ {〔(1)2〕3[〔(4)5〕67]8}9=
⑥ 1 2 3 4 5 6 7 8 9。
然るに、
(23)
⑥{ 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] }
は、『括弧』であって、尚且つ、
⑥ 9 3 2 1 8 6 5 4 7
の中には、
⑥ B<C>A &(B=A+1)
といふ「順番」がない。
然るに、
(24)
⑦ 3 9 2 1 8 6 5 4 7=
⑦ 3〔9{2(1)〕8[6〔5(4)〕7]}。
に於いて、
⑥ 2( )⇒( )2
⑥ 3〔 〕⇒〔 〕3
⑥ 5( )⇒( )5
⑥ 6〔 〕⇒〔 〕6
⑥ 8[ ]⇒[ ]8
⑥ 9{ }⇒{ }9
といふ「移動」を行ふと、
⑦ 3〔9{2(1)〕8[6〔5(4)〕7]}⇒
⑦ 〔{(1)2〕3[〔(4)5〕67]8}9=
⑦ 1 2 3 4 5 6 7 8 9。
然るに、
(25)
⑦〔 { ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] }
は、『括弧』ではなく、尚且つ、
⑦ 3<9>2 1 8 6 5 4 7
の中には、
⑦ B<C>A &(B=A+1)
といふ「順番」がある。
従って、
(19)~(25)により、
(26)
(ⅰ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(ⅱ)上 中 下
に於いて、
(ⅰ)を挟んで「返る」場合に、
(ⅱ)を用ひ、
(ⅱ)を挟んで「返る」場合には、
(ⅰ)を用ひない。
といふ「ルール」に「違反」しないならば、そのときに限って、
(ⅰ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(ⅱ)上 中 下
が付く「順番」に対しては、『括弧』を付けることが、出来る。
然るに、
(27)
(ⅰ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(ⅱ)上 中 下
(ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(ⅳ)天 地 人
に於ける、
(ⅰ)と(ⅱ)の「関係」は、
(ⅱ)と(ⅲ)の「関係」に「等しく」、
(ⅱ)と(ⅲ)の「関係」は、
(ⅲ)と(ⅳ)の「関係」に「等しい」。
従って、
(26)(27)により、
(28)
(ⅰ)( )
(ⅱ)〔 〕
(ⅲ)[ ]
(ⅳ){ }
(ⅴ)〈 〉
といふ『5種類の、括弧』で、「不足」が生じない限り、
(ⅰ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(ⅱ)上 中 下
(ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(ⅳ)天 地 人
といふ『返り点』で表すことが出来る「順番」は、『括弧』でも、表すことが出来る。
然るに、
(29)
(ⅵ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
といふ「レ点」は、「1つ上にしか、返らない」。
従って、
(15)(29)により、
(30)
例へば、
⑧ 下 二 一 中 上
⑨ 下 二 一 中 上レ
に於ける、
⑨ に於いて、
下
二 ↑
↑ ↑
一 ↑
中
↑
上
↑
レ
であるため、
⑧ は、「上にしか、返らず」、
⑨ も、「上にしか、返らない」。
従って、
(15)(28)(30)により、
(31)
(ⅰ)( )
(ⅱ)〔 〕
(ⅲ)[ ]
(ⅳ){ }
(ⅴ)〈 〉
といふ『5種類の、括弧』で、「不足」が生じない限り、
(ⅰ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(ⅱ)上 中 下
(ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(ⅳ)天 地 人
(ⅴ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
といふ『返り点』で表すことが出来る「順番」は、『括弧』でも、表すことが出来る。
然るに、
(32)
然るに、
(33)
⑧ 何不〈令{人謂(韓公叔)曰[秦之敢絶(周)而伐(韓)者、信(東周)也、公何不〔与(周地)発(質使)之(楚)〕。秦必疑(楚)、不〔信(周)〕。是韓不(伐)也]、又謂(秦)曰[韓彊与(周地)、将〔以疑(周於秦)〕也。周不〔敢不(受)〕]}〉⇒
⑧ 何〈{人(韓公叔)謂[秦之敢(周)絶而(韓)伐者、(東周)信也、公何〔(周地)与(質使)発(楚)之〕不。秦必(楚)疑、〔(周)信〕不。是韓(伐)不也]曰、又(秦)謂[韓彊(周地)与、将〔以(周於秦)疑〕也。周〔敢(受)不〕不]曰}令〉不=
⑧ 何ぞ〈{人をして(韓の公叔に)謂ひて[秦の敢へて(周)を絶って(韓を)伐たんとするは、(東周を)信ずればなり、公何ぞ〔(周に地を)与へ(質使を)発して(楚に)之かしめ〕ざる、秦必ず(楚を)疑ひ、〔(周を)信ぜ〕ざらん。是れ韓(伐たれ)ざらんと]曰ひ、又(秦に)謂ひて[韓彊ひて(周に地を)与ふるは、将に〔以て(周を秦に)疑はしめんと〕するなり。周〔敢へて(受け)ずんば〕あらずと]曰は}令め〉ざる。
従って、
(32)(33)により、
(34)
⑧ レ 丁 二 一 地 レ レ 二 一 下 二 一 二 一 上レ レ レ レ 天レ レ 丙 二 一 三 二 一 乙 甲レ
といふ『返り点』が表す「順番」は、
⑧〈{( )[( )( )( )〔( )( )( )〕( )〔( )〕( )]( )[( )〔( )〕〔( )〕]}〉
といふ『括弧』でも、表すことが出来る。
従って、
(31)(34)により、
(35)
「事実上」、
(ⅰ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(ⅱ)上 中 下
(ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(ⅳ)天 地 人
(ⅴ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
といふ『5種類の、返り点』で表すことが出来る「順番」は、
(ⅰ)( )
(ⅱ)〔 〕
(ⅲ)[ ]
(ⅳ){ }
(ⅴ)〈 〉
といふ『5種類の、括弧』で、表すことが出来る。
加へて、
(36)
(ⅰ)( )
(ⅱ)〔 〕
(ⅲ)[ ]
(ⅳ){ }
(ⅴ)〈 〉
といふ『括弧』の方が、
(ⅰ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(ⅱ)上 中 下
(ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(ⅳ)天 地 人
(ⅴ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
といふ『返り点』よりも、「簡単(シンプル)」である。
(37)
① B(A)。
に於いて、『括弧の中』を、「先に読む」ならば、
① A→B。
といふ「順番」で、「読む」ことになる。
従って、
(37)により、
(38)
② C〔B(A)〕。
に於いて、『括弧の中』を、「先に読む」ならば、
② A→B→C。
といふ「順番」で、「読む」ことになる。
従って、
(38)により、
(39)
③ #C〔#B(#A)#〕#。
に於いて、「#」に関しては、「そのまま、左から右へ、読み」、「アルファベット」に関しては、『括弧の中』を、「先に読む」ならば、
③ #→#→#→A→B→#→C→#。
といふ「順番」で、「読む」ことになる。
従って、
(39)により、
(40)
③ #C〔#B(#A)#〕#=
③ 我非〔必読(英文)者〕也。
であるならば、
③ 我→必→英→文→読→者→非→也。
といふ「順番」で、「読む」ことになる。
従って、
(40)により、
(41)
③ 我非必読英文者也。
といふ「漢文」を、
③ 我→必ずしも→英→文を→読む→者に→非ざる→なり。
といふ風に、「訓読して欲しい」のであれば、
③ 我非〔必読(英文)者〕也。
といふ風に、『括弧』を加へれば良い。
cf.
③ 我非下 必読二英文一 者上 也。
③ 私は、必ずしも、英文を読む者である。といふわけではない、のだ。
然るに、
(42)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。しかし、
訓読は、国語の語順に置きかえて読むことが、その大きな原則となっている。それでその補足構造によっている文も、返り点によって、国語
としての語順が示されている。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)
従って、
(41)(42)により、
(43)
③ 我非常読英文者也=
③ 我不〔常読(英文)者〕也⇒
③ 我〔必(英文)読者〕非也=
③ 我は必ずしも英文を読む者に非ざるなり。
といふ「漢文訓読」に於ける、
③ 〔 ( ) 〕
といふ『括弧』は、
(ⅰ)一つには、「漢文訓読」の「語順」 を示してゐて、
(ⅱ)一つには、「漢文自体」の「補足構造」を示してゐる。
平成31年01月21日、毛利太。
①〈 { 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] } 〉
② { 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] } 〉
③〈 { 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] }
に於いて、
① に対して、② であれば、〈 が「不足」し、
① に対して、③ であれば、 〉が「不足」する。
従って、
(01)により、
(02)
①( ( ( ( ) )( ( ( ) ) ) ) )
② ( ( ( ) )( ( ( ) ) ) ) )
③( ( ( ( ) )( ( ( ) ) ) )
に於いて、
① に対して、② であれば、( が「不足」し、
① に対して、③ であれば、 )が「不足」する。
然るに、
(03)
②{ 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] } 〉
③〈 { 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] }
に対して、
②( ( ( ) )( ( ( ) ) ) ) )
③( ( ( ( ) )( ( ( ) ) ) )
の場合は、「括弧」の「過不足」が、「極めて、見えにくい」。
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
①〈 { 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] } 〉
に対する、
①( ( ( ( ) )( ( ( ) ) ) ) )
の場合は、「極めて、読みにくく」、それ故、「役に立たない」。
従って、
(04)により、
(05)
(ⅰ)( )
(ⅱ)〔 〕
(ⅲ)[ ]
(ⅳ){ }
(ⅴ)〈 〉
に於いて、
(ⅴ)が有るならば、その中には、(ⅳ)が有り、
(ⅳ)が有るならば、その中には、(ⅲ)が有り、
(ⅲ)が有るならば、その中には、(ⅱ)が有り、
(ⅱ)が有るならば、その中には、(ⅰ)が有る。
といふ「条件」を満たすならば、そのときに限って、『括弧』である。とする。
然るに、
(06)
① 3 2 1=
① 3〔2(1)〕。
に於いて、
① 2( )⇒( )2
① 3〔 〕⇒〔 〕3
といふ「移動」を行ふと、
① 3〔2(1)〕⇒
① 〔(1)2〕3=
① 1 2 3。
(07)
② 2 3 1=
② 2(3〔1)〕。
に於いて、
① 2( )⇒( )2
① 3〔 〕⇒〔 〕3
といふ「移動」を行ふと、
② 2(3〔1)〕⇒
② (〔1)2〕3=
② 1 2 3。
然るに、
(05)により、
(08)
①〔 ( ) 〕
②( 〔 ) 〕
に於いて、
① は『括弧』であるが、
② は『括弧』ではない。
(09)
③ 4 3 2 1=
③ 4[3〔2(1)〕]。
に於いて、
③ 2( )⇒( )2
③ 3〔 〕⇒〔 〕3
③ 4[ ]⇒[ ]4
といふ「移動」を行ふと、
③ 4[3〔2(1)〕]⇒
③ [〔(1)2〕3]4=
③ 1 2 3 4。
(10)
④ 2 3 4 1=
④ 2(3〔4[1)〕]。
に於いて、
④ 2( )⇒( )2
④ 3〔 〕⇒〔 〕3
④ 4[ ]⇒[ ]4
④ 2(3〔4[1)〕]⇒
④ (〔[1)2〕3]4=
④ 1 2 3 4。
(11)
⑤ 2 4 3 1=
⑤ 2(4[3〔1)〕]。
に於いて、
⑤ 2( )⇒( )2
⑤ 3〔 〕⇒〔 〕3
⑤ 4[ ]⇒[ ]4
⑤ 2(4[3〔1)〕]⇒
⑤ ([〔1)2〕3]4=
⑤ 1 2 3 4。
然るに、
(05)により、
(12)
③[ 〔 ( )〕 ]
④( 〔 [ ) 〕 ]
⑤( [ 〔 ) 〕 ]
に於いて、
③ は『括弧』であるが、
④ は『括弧』ではなく、
⑤ も『括弧』ではない。
従って、
(06)~(12)により、
(13)
『括弧』は、
② 2<3 >1
④ 2<3 4>1
⑤ 2<4 3>1
といふ「順番」を、
② 1<2<3
④ 1<2<3<4
⑤ 1<2<3<4
といふ「順番」に「並び替へ(ソート)す」ることが、出来ない。
従って、
(13)により、
(14)
A、B、C が、「正の整数」であるとき、『括弧』は、
B<C>A &(B=A+1)
といふ「順番」を、
A<B<C
といふ「順番」に「並び替へ(ソート)す」ることが、出来ない。
然るに、
(15)
『返り点』は、
「下から上へ、返る点」であって、
「上から下へ、戻る点」ではない。
然るに、
(16)
例へば、
② 二<三>一
の場合は、
二 二
↑ ↓
↑ 三
↑
一
であるため、
二
↓
三
に於いて、「上から下へ、戻ってゐる」。
従って、
(13)~(16)により、
(17)
② 二 三 一
③ 二 三 四 一
④ 二 四 三 一
といふ「これら」は、『返り点』ではない。
然るに、
(18)
上中下点(上・下、上・中・下)は、
一二点だけで示しきれない場合。必ず一二点をまたいで返る場合に用いる。数学の式における( )が一二点で、{ }が上中下点に相当するものと考えるとわかりやすい。
(原田種成、私の漢文講義、1995年、43頁改)
従って、
(18)により、
(19)
(ⅰ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(ⅱ)上 中 下
に於いて、
(ⅰ)を挟んで「返る」場合に、
(ⅱ)を用ひ、
(ⅱ)を挟んで「返る」場合には、
(ⅰ)を用ひない。
従って、
(19)により、
(20)
⑥ 下 三 二 一 中 三 二 一 上
⑦ 三 下 二 一 中 三 二 一 上
に於いて、
⑥ は、『返り点』として、「正しい」ものの、例へば、
⑦ は、『返り点』として、「正しくない」。
然るに、
(21)
⑥ 下 三 二 一 中 三 二 一 上
⑦ 三 下 二 一 中 三 二 一 上
といふ「順番」は、
⑥ 9 3 2 1 8 6 5 4 7
⑦ 3 9 2 1 8 6 5 4 7
といふ「順番」に「等しい」。
然るに、
(22)
⑥ 9 3 2 1 8 6 5 4 7=
⑥ 9{3〔2(1)〕8[6〔5(4)〕7]}。
に於いて、
⑥ 2( )⇒( )2
⑥ 3〔 〕⇒〔 〕3
⑥ 5( )⇒( )5
⑥ 6〔 〕⇒〔 〕6
⑥ 8[ ]⇒[ ]8
⑥ 9{ }⇒{ }9
といふ「移動」を行ふと、
⑥ 9{3〔2(1)〕8[6〔5(4)〕7]}⇒
⑥ {〔(1)2〕3[〔(4)5〕67]8}9=
⑥ 1 2 3 4 5 6 7 8 9。
然るに、
(23)
⑥{ 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] }
は、『括弧』であって、尚且つ、
⑥ 9 3 2 1 8 6 5 4 7
の中には、
⑥ B<C>A &(B=A+1)
といふ「順番」がない。
然るに、
(24)
⑦ 3 9 2 1 8 6 5 4 7=
⑦ 3〔9{2(1)〕8[6〔5(4)〕7]}。
に於いて、
⑥ 2( )⇒( )2
⑥ 3〔 〕⇒〔 〕3
⑥ 5( )⇒( )5
⑥ 6〔 〕⇒〔 〕6
⑥ 8[ ]⇒[ ]8
⑥ 9{ }⇒{ }9
といふ「移動」を行ふと、
⑦ 3〔9{2(1)〕8[6〔5(4)〕7]}⇒
⑦ 〔{(1)2〕3[〔(4)5〕67]8}9=
⑦ 1 2 3 4 5 6 7 8 9。
然るに、
(25)
⑦〔 { ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] }
は、『括弧』ではなく、尚且つ、
⑦ 3<9>2 1 8 6 5 4 7
の中には、
⑦ B<C>A &(B=A+1)
といふ「順番」がある。
従って、
(19)~(25)により、
(26)
(ⅰ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(ⅱ)上 中 下
に於いて、
(ⅰ)を挟んで「返る」場合に、
(ⅱ)を用ひ、
(ⅱ)を挟んで「返る」場合には、
(ⅰ)を用ひない。
といふ「ルール」に「違反」しないならば、そのときに限って、
(ⅰ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(ⅱ)上 中 下
が付く「順番」に対しては、『括弧』を付けることが、出来る。
然るに、
(27)
(ⅰ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(ⅱ)上 中 下
(ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(ⅳ)天 地 人
に於ける、
(ⅰ)と(ⅱ)の「関係」は、
(ⅱ)と(ⅲ)の「関係」に「等しく」、
(ⅱ)と(ⅲ)の「関係」は、
(ⅲ)と(ⅳ)の「関係」に「等しい」。
従って、
(26)(27)により、
(28)
(ⅰ)( )
(ⅱ)〔 〕
(ⅲ)[ ]
(ⅳ){ }
(ⅴ)〈 〉
といふ『5種類の、括弧』で、「不足」が生じない限り、
(ⅰ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(ⅱ)上 中 下
(ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(ⅳ)天 地 人
といふ『返り点』で表すことが出来る「順番」は、『括弧』でも、表すことが出来る。
然るに、
(29)
(ⅵ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
といふ「レ点」は、「1つ上にしか、返らない」。
従って、
(15)(29)により、
(30)
例へば、
⑧ 下 二 一 中 上
⑨ 下 二 一 中 上レ
に於ける、
⑨ に於いて、
下
二 ↑
↑ ↑
一 ↑
中
↑
上
↑
レ
であるため、
⑧ は、「上にしか、返らず」、
⑨ も、「上にしか、返らない」。
従って、
(15)(28)(30)により、
(31)
(ⅰ)( )
(ⅱ)〔 〕
(ⅲ)[ ]
(ⅳ){ }
(ⅴ)〈 〉
といふ『5種類の、括弧』で、「不足」が生じない限り、
(ⅰ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(ⅱ)上 中 下
(ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(ⅳ)天 地 人
(ⅴ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
といふ『返り点』で表すことが出来る「順番」は、『括弧』でも、表すことが出来る。
然るに、
(32)
然るに、
(33)
⑧ 何不〈令{人謂(韓公叔)曰[秦之敢絶(周)而伐(韓)者、信(東周)也、公何不〔与(周地)発(質使)之(楚)〕。秦必疑(楚)、不〔信(周)〕。是韓不(伐)也]、又謂(秦)曰[韓彊与(周地)、将〔以疑(周於秦)〕也。周不〔敢不(受)〕]}〉⇒
⑧ 何〈{人(韓公叔)謂[秦之敢(周)絶而(韓)伐者、(東周)信也、公何〔(周地)与(質使)発(楚)之〕不。秦必(楚)疑、〔(周)信〕不。是韓(伐)不也]曰、又(秦)謂[韓彊(周地)与、将〔以(周於秦)疑〕也。周〔敢(受)不〕不]曰}令〉不=
⑧ 何ぞ〈{人をして(韓の公叔に)謂ひて[秦の敢へて(周)を絶って(韓を)伐たんとするは、(東周を)信ずればなり、公何ぞ〔(周に地を)与へ(質使を)発して(楚に)之かしめ〕ざる、秦必ず(楚を)疑ひ、〔(周を)信ぜ〕ざらん。是れ韓(伐たれ)ざらんと]曰ひ、又(秦に)謂ひて[韓彊ひて(周に地を)与ふるは、将に〔以て(周を秦に)疑はしめんと〕するなり。周〔敢へて(受け)ずんば〕あらずと]曰は}令め〉ざる。
従って、
(32)(33)により、
(34)
⑧ レ 丁 二 一 地 レ レ 二 一 下 二 一 二 一 上レ レ レ レ 天レ レ 丙 二 一 三 二 一 乙 甲レ
といふ『返り点』が表す「順番」は、
⑧〈{( )[( )( )( )〔( )( )( )〕( )〔( )〕( )]( )[( )〔( )〕〔( )〕]}〉
といふ『括弧』でも、表すことが出来る。
従って、
(31)(34)により、
(35)
「事実上」、
(ⅰ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(ⅱ)上 中 下
(ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(ⅳ)天 地 人
(ⅴ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
といふ『5種類の、返り点』で表すことが出来る「順番」は、
(ⅰ)( )
(ⅱ)〔 〕
(ⅲ)[ ]
(ⅳ){ }
(ⅴ)〈 〉
といふ『5種類の、括弧』で、表すことが出来る。
加へて、
(36)
(ⅰ)( )
(ⅱ)〔 〕
(ⅲ)[ ]
(ⅳ){ }
(ⅴ)〈 〉
といふ『括弧』の方が、
(ⅰ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(ⅱ)上 中 下
(ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(ⅳ)天 地 人
(ⅴ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
といふ『返り点』よりも、「簡単(シンプル)」である。
(37)
① B(A)。
に於いて、『括弧の中』を、「先に読む」ならば、
① A→B。
といふ「順番」で、「読む」ことになる。
従って、
(37)により、
(38)
② C〔B(A)〕。
に於いて、『括弧の中』を、「先に読む」ならば、
② A→B→C。
といふ「順番」で、「読む」ことになる。
従って、
(38)により、
(39)
③ #C〔#B(#A)#〕#。
に於いて、「#」に関しては、「そのまま、左から右へ、読み」、「アルファベット」に関しては、『括弧の中』を、「先に読む」ならば、
③ #→#→#→A→B→#→C→#。
といふ「順番」で、「読む」ことになる。
従って、
(39)により、
(40)
③ #C〔#B(#A)#〕#=
③ 我非〔必読(英文)者〕也。
であるならば、
③ 我→必→英→文→読→者→非→也。
といふ「順番」で、「読む」ことになる。
従って、
(40)により、
(41)
③ 我非必読英文者也。
といふ「漢文」を、
③ 我→必ずしも→英→文を→読む→者に→非ざる→なり。
といふ風に、「訓読して欲しい」のであれば、
③ 我非〔必読(英文)者〕也。
といふ風に、『括弧』を加へれば良い。
cf.
③ 我非下 必読二英文一 者上 也。
③ 私は、必ずしも、英文を読む者である。といふわけではない、のだ。
然るに、
(42)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。しかし、
訓読は、国語の語順に置きかえて読むことが、その大きな原則となっている。それでその補足構造によっている文も、返り点によって、国語
としての語順が示されている。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)
従って、
(41)(42)により、
(43)
③ 我非常読英文者也=
③ 我不〔常読(英文)者〕也⇒
③ 我〔必(英文)読者〕非也=
③ 我は必ずしも英文を読む者に非ざるなり。
といふ「漢文訓読」に於ける、
③ 〔 ( ) 〕
といふ『括弧』は、
(ⅰ)一つには、「漢文訓読」の「語順」 を示してゐて、
(ⅱ)一つには、「漢文自体」の「補足構造」を示してゐる。
平成31年01月21日、毛利太。
2019年1月19日土曜日
「君子不以其所以養人者害人」の「不」について。
(01)
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
② 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害さない。
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
④ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のためであるならば、人々を害さない。
(02)
P=君子である。
Q=彼が人々を養うための手段である土地のために、
R=人々を害する。
従って、
(01)(02)により、
(03)
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
② P→ (Q&~R)
③ P→~(Q& R)
④ P→ (Q→~R)
然るに、
(04)
②(Q&~R)=QであってRでない。
④(Q→~R)=Qならば、Rでない。
に於いて、
②=④ ではない。
従って、
(04)により、
(05)
② P→ (Q&~R)=Pならば、(QであってRでない)。
④ P→ (Q→~R)=Pならば、(Qならば、Rでない)。
に於いて、
②=④ ではない。
従って、
(01)~(05)により、
(06)
② 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害さない。
④ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のためであるならば、人々を害さない。
に於いて、
②=④ ではない。
然るに、
(07)
(a)
1 (1)P→~(Q& R) A
2 (2)P A
12 (3) ~(Q& R) 12MPP
4 (4) Q A
5(5) R A
45(6) Q& R 45&
1245(7) ~(Q& R)&
(Q& R) 36&I
12 5(8) ~Q 47RAA
12 (9) R→~Q 58CP
1 (ア) P→(R→~Q) 29CP
(b)
1 (1) P→(R→~Q) A
2 (2) P A
12 (3) (R→~Q) 12MPP
4 (4) Q& R A
4 (5) R 4&E
124 (6) ~Q 35MPP
4 (7) Q 4&E
124 (8) Q&~Q 67&I
12 (9) ~(Q& R) 48RAA
1 (ア)P→~(Q& R) 29CP
従って、
(07)により、
(08)
③ P→~(Q& R)=Pならば、(QであってRである)といふことはない。
④ P→ (Q→~R)=Pならば、(Qならば、Rでない)。
に於いて、
③=④ である。
従って、
(01)(03)(08)により、
(09)
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
④ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のためであるならば、人々を害さない。
に於いて、
③=④ である。
従って、
(06)(09)により、
(10)
② 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害さない。
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
④ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のためであるならば、人々を害さない。
に於いて、
②=④ ではないが、
③=④ である。
従って、
(10)により、
(11)
② 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害さない。
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
に於いて、
②=③ ではない。(Q.E.D)
然るに、
(12)
③ P→~(Q& R)=Pならば、(QであってRである)といふことはない。
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
に於いて、
③ といふことはない。
といふ「否定」は、
③(QであってRである)
③ 彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。
に対する、「否定」である。
然るに、
(13)
「否定詞」前置の原則。打消しの言葉は、打ち消す語の前に置く(加藤徹、白文攻略 漢文ひとり学び、2013年、29頁改)。
従って、
(12)(13)により、
(14)
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
といふ「語順」は、「漢文」であれば、
③ 君子であるならば、といふことはしない。彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。
といふ「語順」になる。
従って、
(14)により、
(15)
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
に於いて、
①=③ であるならば、
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
とふ「訓読」は、「原文(漢文)」に於いては、
① 君子は+「否定詞」+其の人を養ふ所以の者を以て人を害す。
といふ「語順」になる。
従って、
(15)により、
(16)
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
に於いて、
①=③ であるならば、
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
の「原文」である所の「漢文」の、「最初の3文字」は、
③ 君子不
でなければ、ならない。
然るに、
(17)
① 其の人を養ふ所以の者を以て人を害す。
といふ「訓読」は、
① 以其所以養人者害人。
といふ風に、「復文」出来る。
従って、
(16)(17)により、
(18)
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
② 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害さない。
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
に於いて、
①=② ではなく、
①=③ であるならば、
① 其の人を養ふ所以の者を以て人を害す。
といふ「訓読(孟子、梁恵王 下)」は、
③ 君子不以其所以養人害人。
といふ風に、「復文」出来る。(Q.E.D)
然るに、
(19)
③ 君子不以其所以養人者害人=
③ 君子不{以[其所-以〔養(人)〕者]害(人)}⇒
③ 君子{[其〔(人)養〕所-以者]以(人)害}不=
③ 君子は{[其の〔(人を)養ふ〕所-以の者を]以て(人を)害せ}ず=
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
従って、
(18)(19)により、
(20)
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
② 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害さない。
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
に於いて、
①=② ではなく、
①=③ であるならば、
③ 君子不以其所以養人者害人=
③ 君子不{以[其所-以〔養(人)〕者]害(人)}⇒
③ 君子{[其〔(人)養〕所-以者]以(人)害}不=
③ 君子は{[其の〔(人を)養ふ〕所-以の者を]以て(人を)害せ}ず=
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
然るに、
(21)
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
② 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害さない。
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
に於いて、
①=② であって、、
①=③ ではないならば、
② 君子以其所以養人者不害人=
② 君子以[其所-以〔養(人)〕者]不〔害(人)〕⇒
② 君子[其〔(人)養〕所-以者]以〔(人)害〕不=
② 君子は[其の〔(人を)養ふ〕所-以の者を]以て〔(人を)害せ〕ず=
② 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害さない。
といふ「訓読」が、成立する。
従って、
(20)(21)により、
(22)
③ 君子不以其所以養人者害人。
といふ「孟子の、原文」を見ない限り、
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
といふ「訓読」の「原文」が、
② 君子以其所以養人者不害人。
であるのか、
③ 君子不以其所以養人者害人。
であるのかが、分からない。
従って、
(22)により、
(23)
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
といふ「訓読」は、「曖昧」である。
然るに、
(24)
敢へて、
④ 君子不以其所以養人者害人=
④ 君子不{以[其所-以〔養(人)〕者]}害(人)。
とするならば、
④ 君子不以其所以養人者害人=
④ 君子不{以[其所-以〔養(人)〕者]}害(人)⇒
④ 君子{[其〔(人)養〕所-以者]以}不(人)害=
④ 君子は{[其の〔(人を)養ふ〕所-以の者を]以てせ}ずして(人を)害す=
④ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のためではなく、人々を害す。
といふ「訓読」が、成立する。
従って、
(20)(21)(23)(24)により、
(25)
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
といふ「訓読」は、「曖昧」であると、言ふのであれば、
③ 君子不以其所以養人者害人。
といふ「原文(漢文)」も、「曖昧」であると、言はざるを得ない。
然るに、
(26)
従って、
(25)(26)により、
(27)
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
といふ「訓読」は、「曖昧」であって、
① 君子不以其所以養人者害人。
② 不有祝鮀之佞而有宋朝之美、難乎免於今之世矣。
といふ「漢文」は、「曖昧」である。
然るに、
(28)
① 君子不以其所以養人者害人=
① 君子不{以[其所-以〔養(人)〕者]害(人)}⇒
① 君子{[其〔(人)養〕所-以者]以(人)害}不=
① 君子は{[其の〔(人を)養ふ〕所-以の者を]以て(人を)害せ}ず=
① 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
といふ「漢文訓読」は、「曖昧」ではない。
(29)
② 不有祝鮀之佞而有宋朝之美、難乎、免於今之世矣=
② 不{有(祝鮀之佞)而有(宋朝之美)}、難乎免(於今之世)矣⇒
② {(祝鮀之佞)有而(宋朝之美)有}不、難乎(於今之世)免矣=
② {(祝鮀の佞)有りて而も(宋朝の美)有ら}不んば、難いかな(今に世に)免るること。
② 祝鮀のやうな弁舌と、その上、宋朝のような美貌が無ければ、今の時世で、無事でゐることは、難しい。
といふ「漢文訓読」も、「曖昧」ではない。
従って、
(27)(28)(29)により、
(30)
① 君子不以其所以養人者害人。
② 不有祝鮀之佞而有宋朝之美、難乎免於今之世矣。
といふ「漢文」は、「曖昧」であるが、
① 君子不{以[其所-以〔養(人)〕者]害(人)}。
② 不{有(祝鮀之佞)、而有(宋朝之美)}難乎免(於今之世)矣。
といふ、「括弧」が付いてゐる「漢文」は、「曖昧」ではない。
平成31年01月19日、毛利太。
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
② 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害さない。
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
④ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のためであるならば、人々を害さない。
(02)
P=君子である。
Q=彼が人々を養うための手段である土地のために、
R=人々を害する。
従って、
(01)(02)により、
(03)
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
② P→ (Q&~R)
③ P→~(Q& R)
④ P→ (Q→~R)
然るに、
(04)
②(Q&~R)=QであってRでない。
④(Q→~R)=Qならば、Rでない。
に於いて、
②=④ ではない。
従って、
(04)により、
(05)
② P→ (Q&~R)=Pならば、(QであってRでない)。
④ P→ (Q→~R)=Pならば、(Qならば、Rでない)。
に於いて、
②=④ ではない。
従って、
(01)~(05)により、
(06)
② 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害さない。
④ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のためであるならば、人々を害さない。
に於いて、
②=④ ではない。
然るに、
(07)
(a)
1 (1)P→~(Q& R) A
2 (2)P A
12 (3) ~(Q& R) 12MPP
4 (4) Q A
5(5) R A
45(6) Q& R 45&
1245(7) ~(Q& R)&
(Q& R) 36&I
12 5(8) ~Q 47RAA
12 (9) R→~Q 58CP
1 (ア) P→(R→~Q) 29CP
(b)
1 (1) P→(R→~Q) A
2 (2) P A
12 (3) (R→~Q) 12MPP
4 (4) Q& R A
4 (5) R 4&E
124 (6) ~Q 35MPP
4 (7) Q 4&E
124 (8) Q&~Q 67&I
12 (9) ~(Q& R) 48RAA
1 (ア)P→~(Q& R) 29CP
従って、
(07)により、
(08)
③ P→~(Q& R)=Pならば、(QであってRである)といふことはない。
④ P→ (Q→~R)=Pならば、(Qならば、Rでない)。
に於いて、
③=④ である。
従って、
(01)(03)(08)により、
(09)
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
④ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のためであるならば、人々を害さない。
に於いて、
③=④ である。
従って、
(06)(09)により、
(10)
② 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害さない。
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
④ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のためであるならば、人々を害さない。
に於いて、
②=④ ではないが、
③=④ である。
従って、
(10)により、
(11)
② 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害さない。
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
に於いて、
②=③ ではない。(Q.E.D)
然るに、
(12)
③ P→~(Q& R)=Pならば、(QであってRである)といふことはない。
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
に於いて、
③ といふことはない。
といふ「否定」は、
③(QであってRである)
③ 彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。
に対する、「否定」である。
然るに、
(13)
「否定詞」前置の原則。打消しの言葉は、打ち消す語の前に置く(加藤徹、白文攻略 漢文ひとり学び、2013年、29頁改)。
従って、
(12)(13)により、
(14)
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
といふ「語順」は、「漢文」であれば、
③ 君子であるならば、といふことはしない。彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。
といふ「語順」になる。
従って、
(14)により、
(15)
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
に於いて、
①=③ であるならば、
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
とふ「訓読」は、「原文(漢文)」に於いては、
① 君子は+「否定詞」+其の人を養ふ所以の者を以て人を害す。
といふ「語順」になる。
従って、
(15)により、
(16)
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
に於いて、
①=③ であるならば、
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
の「原文」である所の「漢文」の、「最初の3文字」は、
③ 君子不
でなければ、ならない。
然るに、
(17)
① 其の人を養ふ所以の者を以て人を害す。
といふ「訓読」は、
① 以其所以養人者害人。
といふ風に、「復文」出来る。
従って、
(16)(17)により、
(18)
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
② 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害さない。
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
に於いて、
①=② ではなく、
①=③ であるならば、
① 其の人を養ふ所以の者を以て人を害す。
といふ「訓読(孟子、梁恵王 下)」は、
③ 君子不以其所以養人害人。
といふ風に、「復文」出来る。(Q.E.D)
然るに、
(19)
③ 君子不以其所以養人者害人=
③ 君子不{以[其所-以〔養(人)〕者]害(人)}⇒
③ 君子{[其〔(人)養〕所-以者]以(人)害}不=
③ 君子は{[其の〔(人を)養ふ〕所-以の者を]以て(人を)害せ}ず=
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
従って、
(18)(19)により、
(20)
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
② 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害さない。
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
に於いて、
①=② ではなく、
①=③ であるならば、
③ 君子不以其所以養人者害人=
③ 君子不{以[其所-以〔養(人)〕者]害(人)}⇒
③ 君子{[其〔(人)養〕所-以者]以(人)害}不=
③ 君子は{[其の〔(人を)養ふ〕所-以の者を]以て(人を)害せ}ず=
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
然るに、
(21)
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
② 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害さない。
③ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
に於いて、
①=② であって、、
①=③ ではないならば、
② 君子以其所以養人者不害人=
② 君子以[其所-以〔養(人)〕者]不〔害(人)〕⇒
② 君子[其〔(人)養〕所-以者]以〔(人)害〕不=
② 君子は[其の〔(人を)養ふ〕所-以の者を]以て〔(人を)害せ〕ず=
② 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害さない。
といふ「訓読」が、成立する。
従って、
(20)(21)により、
(22)
③ 君子不以其所以養人者害人。
といふ「孟子の、原文」を見ない限り、
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
といふ「訓読」の「原文」が、
② 君子以其所以養人者不害人。
であるのか、
③ 君子不以其所以養人者害人。
であるのかが、分からない。
従って、
(22)により、
(23)
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
といふ「訓読」は、「曖昧」である。
然るに、
(24)
敢へて、
④ 君子不以其所以養人者害人=
④ 君子不{以[其所-以〔養(人)〕者]}害(人)。
とするならば、
④ 君子不以其所以養人者害人=
④ 君子不{以[其所-以〔養(人)〕者]}害(人)⇒
④ 君子{[其〔(人)養〕所-以者]以}不(人)害=
④ 君子は{[其の〔(人を)養ふ〕所-以の者を]以てせ}ずして(人を)害す=
④ 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のためではなく、人々を害す。
といふ「訓読」が、成立する。
従って、
(20)(21)(23)(24)により、
(25)
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
といふ「訓読」は、「曖昧」であると、言ふのであれば、
③ 君子不以其所以養人者害人。
といふ「原文(漢文)」も、「曖昧」であると、言はざるを得ない。
然るに、
(26)
従って、
(25)(26)により、
(27)
① 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
といふ「訓読」は、「曖昧」であって、
① 君子不以其所以養人者害人。
② 不有祝鮀之佞而有宋朝之美、難乎免於今之世矣。
といふ「漢文」は、「曖昧」である。
然るに、
(28)
① 君子不以其所以養人者害人=
① 君子不{以[其所-以〔養(人)〕者]害(人)}⇒
① 君子{[其〔(人)養〕所-以者]以(人)害}不=
① 君子は{[其の〔(人を)養ふ〕所-以の者を]以て(人を)害せ}ず=
① 君子であるならば、彼が人々を養ふための手段である土地のために、人々を害する。といふことはしない。
といふ「漢文訓読」は、「曖昧」ではない。
(29)
② 不有祝鮀之佞而有宋朝之美、難乎、免於今之世矣=
② 不{有(祝鮀之佞)而有(宋朝之美)}、難乎免(於今之世)矣⇒
② {(祝鮀之佞)有而(宋朝之美)有}不、難乎(於今之世)免矣=
② {(祝鮀の佞)有りて而も(宋朝の美)有ら}不んば、難いかな(今に世に)免るること。
② 祝鮀のやうな弁舌と、その上、宋朝のような美貌が無ければ、今の時世で、無事でゐることは、難しい。
といふ「漢文訓読」も、「曖昧」ではない。
従って、
(27)(28)(29)により、
(30)
① 君子不以其所以養人者害人。
② 不有祝鮀之佞而有宋朝之美、難乎免於今之世矣。
といふ「漢文」は、「曖昧」であるが、
① 君子不{以[其所-以〔養(人)〕者]害(人)}。
② 不{有(祝鮀之佞)、而有(宋朝之美)}難乎免(於今之世)矣。
といふ、「括弧」が付いてゐる「漢文」は、「曖昧」ではない。
平成31年01月19日、毛利太。
2019年1月16日水曜日
「以十五城(副詞句)」の位置。
(01)
①「十五城を以て」は、 「副詞(句)」であって、
① 「之に」は、「補足語(句)」であって、
① 「易ふ」は、 「動詞」である。
従って、
(01)により、
(02)
① 十五城を以て之に易ふ。
といふ「訓読」であれば、
①「副詞(句)」 は、「1個」しか無く、
①「補足語(句)」も、「1個」しか無く、
①「動詞」 も、「1個」しか無い。
然るに、
(03)
(ⅰ)「漢文」に於いて、 「副詞(句)」は、「動詞に前」に置かれる。
(ⅱ)「漢文」に於いて、「補足語(句)」は、「動詞の後」に置かれる。
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
① 十五城を以て之に易ふ。
といふ「訓読」は、
① 以十五城易之=副詞句+動詞+補足語。
といふ「漢文」に、対応する。
cf.
① 以十五城易之=
① 以(十五城)易(之)⇒
① (十五城)以(之)易=
① (十五城を)以て(之に)易ふ。
然るに、
(05)
②「十五城を以て」は、 「副詞(句)」であって、
② 「之に」は、「補足語(句)」であって、
② 「易へん」は、 「動詞」であって、
② 「請ふ」も、 「動詞」である。
従って、
(05)により、
(06)
① 十五城を以て之に易ふ。
に対して、
② 十五城を以て之に易へむことを請ふ。
の場合は、
②「副詞(句)」 は、「1個」であって、
①「補足語(句)」も、「1個」であるが、
②「動詞」 は、「2個」である。
従って、
(03)(05)(06)により、
(07)
(ⅰ)「副詞(句)」は、「動詞に前」に置かれる。
といふ「ルール」により、
② 十五城を以て之に易へむことを請ふ。
といふ「(2つの動詞を持つ)訓読」に対しては、
② 請以十五城易之=動詞+副詞句+動詞+補足語。
③ 以十五城請易之=副詞句+動詞+動詞+補足語。
といふ、「2通りの、漢文」が対応する。
cf.
② 請以十五城易之=
② 請〔以(十五城)易(之)〕⇒
② 〔(十五城)以(之)易〕請=
② 〔(十五城を)以て(之に)易へんことを〕請ふ。
③ 以十五城請易之=
③ 以(十五城)請〔易(之)〕⇒
③ (十五城)以〔(之)易〕請=
③ (十五城を)以て〔(之に)易へんことを〕請ふ。
然るに、
(08)
従って、
(08)により、
(09)
「之(和氏の壁)」=「寡人璧(和氏の壁)」
であるため、
② 請以十五城易之=請以十五城易寡人璧。
③ 以十五城請易寡人璧=以十五城請易之。
である。
cf.
趙の惠文王の時代のことですが、楚の和氏の璧(という宝物)を手に入れました。 秦の昭王がこの話を聞いて、従者を派遣して趙の王に書状を送らせて言うには、十五の城塞都市と璧とを交換してほしいということでした(マナペディア)。
従って、
(09)により、
(10)
② 請以十五城易之。
③ 以十五城請易之。
といふ「漢文」に於いて、
②=③ である。
従って、
(07)(10)により、
(11)
(ⅰ)「副詞(句)」は、「動詞に前」に置かれる。
といふ「ルール」により、
② 十五城を以て之に易へむことを請ふ。
といふ「(2つの動詞を持つ)訓読」に対しては、
② 請以十五城易之。
③ 以十五城請易之。
といふ、「2通りの、漢文」が対応する。ものの、
② 請以十五城易之。
③ 以十五城請易之。
といふ「漢文」に於いても、
②=③ である。
従って、
(11により、
(12)
② 請以十五城易之=十五城を以て之に易へむことを請ふ。
③ 以十五城請易之=十五城を以て之に易へむことを請ふ。
従って、
(13)
② 十五城を以て之に易へむことを請ふ。
といふ「訓読」は、
② 請以十五城易之。
といふ風に、「復文」しても、
③ 以十五城請易之。
といふ風に、「復文」しても、「両方とも、正しい」。
平成31年01月16日、毛利太。
①「十五城を以て」は、 「副詞(句)」であって、
① 「之に」は、「補足語(句)」であって、
① 「易ふ」は、 「動詞」である。
従って、
(01)により、
(02)
① 十五城を以て之に易ふ。
といふ「訓読」であれば、
①「副詞(句)」 は、「1個」しか無く、
①「補足語(句)」も、「1個」しか無く、
①「動詞」 も、「1個」しか無い。
然るに、
(03)
(ⅰ)「漢文」に於いて、 「副詞(句)」は、「動詞に前」に置かれる。
(ⅱ)「漢文」に於いて、「補足語(句)」は、「動詞の後」に置かれる。
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
① 十五城を以て之に易ふ。
といふ「訓読」は、
① 以十五城易之=副詞句+動詞+補足語。
といふ「漢文」に、対応する。
cf.
① 以十五城易之=
① 以(十五城)易(之)⇒
① (十五城)以(之)易=
① (十五城を)以て(之に)易ふ。
然るに、
(05)
②「十五城を以て」は、 「副詞(句)」であって、
② 「之に」は、「補足語(句)」であって、
② 「易へん」は、 「動詞」であって、
② 「請ふ」も、 「動詞」である。
従って、
(05)により、
(06)
① 十五城を以て之に易ふ。
に対して、
② 十五城を以て之に易へむことを請ふ。
の場合は、
②「副詞(句)」 は、「1個」であって、
①「補足語(句)」も、「1個」であるが、
②「動詞」 は、「2個」である。
従って、
(03)(05)(06)により、
(07)
(ⅰ)「副詞(句)」は、「動詞に前」に置かれる。
といふ「ルール」により、
② 十五城を以て之に易へむことを請ふ。
といふ「(2つの動詞を持つ)訓読」に対しては、
② 請以十五城易之=動詞+副詞句+動詞+補足語。
③ 以十五城請易之=副詞句+動詞+動詞+補足語。
といふ、「2通りの、漢文」が対応する。
cf.
② 請以十五城易之=
② 請〔以(十五城)易(之)〕⇒
② 〔(十五城)以(之)易〕請=
② 〔(十五城を)以て(之に)易へんことを〕請ふ。
③ 以十五城請易之=
③ 以(十五城)請〔易(之)〕⇒
③ (十五城)以〔(之)易〕請=
③ (十五城を)以て〔(之に)易へんことを〕請ふ。
然るに、
(08)
従って、
(08)により、
(09)
「之(和氏の壁)」=「寡人璧(和氏の壁)」
であるため、
② 請以十五城易之=請以十五城易寡人璧。
③ 以十五城請易寡人璧=以十五城請易之。
である。
cf.
趙の惠文王の時代のことですが、楚の和氏の璧(という宝物)を手に入れました。 秦の昭王がこの話を聞いて、従者を派遣して趙の王に書状を送らせて言うには、十五の城塞都市と璧とを交換してほしいということでした(マナペディア)。
従って、
(09)により、
(10)
② 請以十五城易之。
③ 以十五城請易之。
といふ「漢文」に於いて、
②=③ である。
従って、
(07)(10)により、
(11)
(ⅰ)「副詞(句)」は、「動詞に前」に置かれる。
といふ「ルール」により、
② 十五城を以て之に易へむことを請ふ。
といふ「(2つの動詞を持つ)訓読」に対しては、
② 請以十五城易之。
③ 以十五城請易之。
といふ、「2通りの、漢文」が対応する。ものの、
② 請以十五城易之。
③ 以十五城請易之。
といふ「漢文」に於いても、
②=③ である。
従って、
(11により、
(12)
② 請以十五城易之=十五城を以て之に易へむことを請ふ。
③ 以十五城請易之=十五城を以て之に易へむことを請ふ。
従って、
(13)
② 十五城を以て之に易へむことを請ふ。
といふ「訓読」は、
② 請以十五城易之。
といふ風に、「復文」しても、
③ 以十五城請易之。
といふ風に、「復文」しても、「両方とも、正しい」。
平成31年01月16日、毛利太。
2019年1月14日月曜日
「漢文の語順(の例外)」について。
(01)
① 病従口入=
① 病従(口)入⇒
① 病(口)従入=
① 病は(口)従り入る=
① 病は(口)より入る。
然るに、
(02)
② 学入乎耳=
② 学入〔乎(耳)〕⇒
② 学〔(耳)乎〕入=
② 学は〔(耳)乎り〕入る=
② 学は〔(耳)より〕入る。
cf.
小人之学乎=小人の学は耳より入る(荀子 勧学)。
従って、
(01)(02)により、
(03)
「漢文」の場合は、「英語」とは異なり、
① 病 from 口 enters.
② 病 enters from 口.
といふ「語順」は、「両方とも、正しい」。
cf.
① from 口 が、「副詞句」であることからすると、
① from 口 enters.の方が、「一般的」であると、思はれる。
(04)
漢文では「ヲ・ニ・ト・ヨリ・ヨリモ」の送り仮名をつけて返る場合が多いが、これにかかわらず、訓読の際に下から必ず返って読む特別の文字がある。これを「返読文字」という。
(鳥羽田重直、漢文の基礎、1985年、22頁)
然るに、
(05)
③ 世有伯楽=
③ 世有(伯楽)⇒
③ 世(伯楽)有=
③ 世に(伯楽)有り。
従って、
(04)(05)に於いて、
(06)
③ 世有伯楽=世に伯楽有り。
に於いて、
③ 有 は、「返読文字」である。
然るに、
(07)
④ 伯楽常有=
④ 伯楽は常に有り。
cf.
千里馬常有=千里の馬は常に有り(韓愈 雑説)。
従って、
(04)(06)(07)により、
(08)
③ 世有伯楽=世に伯楽有り。
④ 伯楽常有=伯楽は常に有り。
であるため、
③ の 有 は、「返読文字」であって、
④ の 有 は、「返読文字」ではない。
然るに、
(09)
④ 伯楽 は、「名詞」であり、
④ 巨人 も、「名詞」である。
然るに、
(10)
例へば、
④ 常在 は、「名詞」であり、
④ 常設 は、「名詞」であり、
④ 常備 は、「名詞」であり、
④ 常駐 は、「名詞」であり、
④ 常連 は、「名詞」であり、
④ 常勝 は、「名詞」である。
然るに、
(11)
「漢文」の場合は、
④ A(名詞)+B(名詞)=AはBである。
といふ、「意味」である。
従って、
(09)(10)(11)により、
(12)
④ 巨人常勝=巨人(名詞)+常勝(名詞)。
④ 伯楽常有=伯楽(名詞)+常有(名詞)。
であるならば、
④ 巨人常勝=巨人は、常勝である。
④ 伯楽常有=伯楽は、常有である。
といふ、「意味」になる。
従って、
(08)(12)により、
(13)
③ 世有伯楽=世に伯楽有り。
④ 伯楽常有=伯楽は常有なり。
であるため、
③ の 有(動詞) は、「返読文字」であって、
④ の 有(名詞) は、「返読文字」ではない。
(14)
⑤ 少年易老=
⑤ 少年易(老)⇒
⑤ 少年(老)易=
⑤ 少年(老ひ)易し。
然るに、
(15)
⑥ 破山中賊易=
⑥ 破(山中賊)易⇒
⑥ (山中賊)破易=
⑥ (山中の賊を)破るは易し。
従って、
(14)(15)により、
(16)
⑤ 少年易老 =少年、老ひ易し。
⑥ 破山中賊易=山中の賊を破るは易し。
であるため、
⑤ の 易 は、「返読文字」であって、
⑥ の 易 は、「返読文字」ではない。
然るに、
(17)
⑦ 山中賊易破=
⑦ 山中賊易(破)⇒
⑦ 山中賊(破)易=
⑦ 山中賊は(破り)易し。
従って、
(16)(17)により、
(18)
⑤ 少年易老 =少年は老ひ易し。
⑥ 破山中賊易=山中の賊を破るは易し。
⑦ 山中賊易破=山中の賊は破り易し。
であるため、
⑤ の 易 は、「返読文字」であって、
⑥ の 易 は、「返読文字」ではなく、
⑦ の 易 は、「返読文字」である。
(19)
⑧ 謂AB=AをBと謂ふ。
に於いて、
⑧ A を、「倒置」すると、
⑨ A謂_B。
然るに、
(20)
⑨ A謂_B
に於ける、
⑨ _
の「位置」に、
⑨ 之
を置くと、
⑨ A謂之B=Aは、之をBと謂ふ。
従って、
(21)
⑧ 謂AB=AをBと謂ふ。
⑨ A謂之B=Aは、之をBと謂ふ。
に於いて、
⑧ に対する、「倒置形」が、
⑨ である。
従って、
(21)により、
(22)
⑧ 謂不教而殺虐=教へずして殺すを虐と謂ふ。
⑨ 不教而殺謂之虐=教へずして殺す、之を虐と謂ふ。
に於いて、
⑧ に対する、「倒置形」が、
⑨ である。
然るに、
(23)
倒置(とうち)とは、言語において通常の語順を変更させることである。表現上の効果を狙ってなされる修辞技法の1つで、強調的修辞技法の一つである。
(ウィキペディア)
従って、
(22)(23)により、
(24)
⑧ 謂不教而殺虐=教へずして殺すを虐と謂ふ。
に於ける、
⑧ 不教而殺 =教へずして殺す
といふ「目的語」を、「強調」してゐるのが、
⑨ 不教而殺謂之虐=教へずして殺す、之を虐と謂ふ。
といふ「倒置形」である。
cf.
教育を施してもゐないのに、悪いことをしたら、殺してしまふ。これこそを、虐といふのだ(論語 堯曰、拙訳)。
(25)
① 宋人有〔耕(田)者〕。
② 田中有(株)、兎走觸(株)、折(頸)而死。
③ 因釋(其耒)而守(株)、冀〔復得(兎)〕。
④ 兎不〔可〔復得)〕、而身爲(宋國笑)。
① 宋人に田を耕す者有り。
② 田中に株有あり、兎走りて株に觸れ、頸を折り而死す。
③ 因りて其の耒を釈て而株を守り、復た兎を得んことを冀ふ。
④ 兎復た得可から不し而、身は宋國の笑ひと爲れり。
従って、
(25)により、
(26)
③ 復得(兎)=復た兎を得る。
であるため、
③ 不[可〔復得(兎)〕]=復た兎を得べからず。
である。
従って、
(25)(26)により、
(27)
③ 不[可〔復得(兎)〕]=復た兎を得べからず。
④ 兎不〔可〔復得)〕 =兎、復た得べからず。
である。
従って、
(27)により、
(28)
③ 不可復得兎=復た兎を得べからず。
④ 兎不可復得=兎、復た得べからず。
に於いて、
③ の 兎 を。「倒置」した形が、
④ 兎不可復得=兎、復た得べからず。
である。
然るに、
(29)
④ 兎、復た得べからず。
といふ「訓読」は、
④ 兎は、二度とは手に入れることが出来なかった。
といふ「日本語」に相当する。
然るに、
(30)
従来の説でほぼ共通していると思われるのは、「は」を「主題」、「が」を「主格」と呼び、両者は別々の次元に属するという規定である。
(淺山友貴、現代日本語における「は」と「が」の意味と機能、2004年、79頁)
従って、
(29)(30)により、
(31)
④ 兎、復た得べからず。
といふ「訓読」は、
④ 兎は、二度とは手に入れることが出来なかった。
といふ「日本語」に相当し、尚且つ、
④ 兎は
は、「主題は」である。
然るに、
(32)
第一要素(文頭)には、「主語(S)」以外に、
① 副詞
②(倒置された)目的語(あるいは主題語)
③ 助詞
など、様々な要素が現れる。
(加藤徹、白文攻略 漢文ひとりまなび、2013年、32頁改)
従って、
(28)~(32)により、
(33)
③ 不可復得兎=復た兎を得べからず。
④ 兎不可復得=兎、復た得べからず。
に於いて、
③ の 兎 を。「倒置」した形が、
④ 兎不可復得=兎、復た得べからず。
であるにせよ、
④ 兎不可復得=兎は、二度とは手に入れることが出来なかった。
に於ける、
④ 兎=兎は
④「主題語」としての「第一要素(文頭)」である。
といふ、ことになる。
従って、
(33)により、
(34)
③ 不可復得兎=復た兎を得べからず。
④ 兎不可復得=兎、復た得べからず。
に於いて、
③ 兎 は、「純粋な、目的語」であって、
④ 兎 は、「主題語であって、目的語」である。
然るに、
(35)
⑤ 虎不可復得兎=虎、復た兎を得べからず。
に於いて、
⑤ 兎
を、「省略」すると、
⑤ 虎不可復得 =虎、復た得べからず。
従って、
(34)(35)により、
(36)
④ 兎不可復得=兎、復た得べからず。
⑤ 虎不可復得=虎、復た得べからず。
に於いて、
④ 兎 は「目的語(対格)」であって、
⑤ 虎 は「 主語 (主格)」である。
従って、
(36)により、
(37)
① 宋人に田を耕す者有り。
② 田中に株有あり、兎走りて株に觸れ、頸を折り而死す。
③ 因りて其の耒を釈て而株を守り、復た兎を得んことを冀ふ。
④ 兎復た得可から不し而、身は宋國の笑ひと爲れり。
といふ「文脈」が無ければ、
④ 兎不可復得=兎、復た得べからず。
に於ける、
④ 兎 は、「主語」なのか、「目的語」であるのかが、分からない。
(39)
① 先生不知何許人。
① 先生は何許の人なるかを知らず。
① 先生は、どこの人かは分からない。
(日栄社、要説 書誌・百家、1965年、142頁)
然るに、
(40)
① 先生は、どこの人かは分からない。
といふのであれば、
② 私は、先生が何処の人であるのかを知らない。
といふ「意味」である。
然るに、
(41)
② 我不知先生何許人=
② 我不〔知(先生何許人)〕⇒
② 我〔(先生何許人)知〕不=
② 我、先生の何許の人なるかを知らず=
② 私は先生が何処の人であるのかを知らない。
cf.
先生・の(格助詞、連体修飾)何許の人で・ある(連体形)かを知らない。
先生・が(格助詞、連体修飾)何処の人で・ある(連体形)・の(形式名詞)かを知らない。
従って、
(39)(40)(41)により、
(42)
① 先生不知何許人=先生は、どこの人かは分からない。
② 我不知先生何許人=私は、先生が何処の人であるのかを知らない。
に於いて、
①=② である。
従って、
(42)により、
(43)
① 先生不知何許人=先生は、どこの人かは分からない。
に於いて、
①「先生=先生は」は、
①「不知=知らず」の、「主語」ではない。
平成31年01月14日、毛利太。
① 病従口入=
① 病従(口)入⇒
① 病(口)従入=
① 病は(口)従り入る=
① 病は(口)より入る。
然るに、
(02)
② 学入乎耳=
② 学入〔乎(耳)〕⇒
② 学〔(耳)乎〕入=
② 学は〔(耳)乎り〕入る=
② 学は〔(耳)より〕入る。
cf.
小人之学乎=小人の学は耳より入る(荀子 勧学)。
従って、
(01)(02)により、
(03)
「漢文」の場合は、「英語」とは異なり、
① 病 from 口 enters.
② 病 enters from 口.
といふ「語順」は、「両方とも、正しい」。
cf.
① from 口 が、「副詞句」であることからすると、
① from 口 enters.の方が、「一般的」であると、思はれる。
(04)
漢文では「ヲ・ニ・ト・ヨリ・ヨリモ」の送り仮名をつけて返る場合が多いが、これにかかわらず、訓読の際に下から必ず返って読む特別の文字がある。これを「返読文字」という。
(鳥羽田重直、漢文の基礎、1985年、22頁)
然るに、
(05)
③ 世有伯楽=
③ 世有(伯楽)⇒
③ 世(伯楽)有=
③ 世に(伯楽)有り。
従って、
(04)(05)に於いて、
(06)
③ 世有伯楽=世に伯楽有り。
に於いて、
③ 有 は、「返読文字」である。
然るに、
(07)
④ 伯楽常有=
④ 伯楽は常に有り。
cf.
千里馬常有=千里の馬は常に有り(韓愈 雑説)。
従って、
(04)(06)(07)により、
(08)
③ 世有伯楽=世に伯楽有り。
④ 伯楽常有=伯楽は常に有り。
であるため、
③ の 有 は、「返読文字」であって、
④ の 有 は、「返読文字」ではない。
然るに、
(09)
④ 伯楽 は、「名詞」であり、
④ 巨人 も、「名詞」である。
然るに、
(10)
例へば、
④ 常在 は、「名詞」であり、
④ 常設 は、「名詞」であり、
④ 常備 は、「名詞」であり、
④ 常駐 は、「名詞」であり、
④ 常連 は、「名詞」であり、
④ 常勝 は、「名詞」である。
然るに、
(11)
「漢文」の場合は、
④ A(名詞)+B(名詞)=AはBである。
といふ、「意味」である。
従って、
(09)(10)(11)により、
(12)
④ 巨人常勝=巨人(名詞)+常勝(名詞)。
④ 伯楽常有=伯楽(名詞)+常有(名詞)。
であるならば、
④ 巨人常勝=巨人は、常勝である。
④ 伯楽常有=伯楽は、常有である。
といふ、「意味」になる。
従って、
(08)(12)により、
(13)
③ 世有伯楽=世に伯楽有り。
④ 伯楽常有=伯楽は常有なり。
であるため、
③ の 有(動詞) は、「返読文字」であって、
④ の 有(名詞) は、「返読文字」ではない。
(14)
⑤ 少年易老=
⑤ 少年易(老)⇒
⑤ 少年(老)易=
⑤ 少年(老ひ)易し。
然るに、
(15)
⑥ 破山中賊易=
⑥ 破(山中賊)易⇒
⑥ (山中賊)破易=
⑥ (山中の賊を)破るは易し。
従って、
(14)(15)により、
(16)
⑤ 少年易老 =少年、老ひ易し。
⑥ 破山中賊易=山中の賊を破るは易し。
であるため、
⑤ の 易 は、「返読文字」であって、
⑥ の 易 は、「返読文字」ではない。
然るに、
(17)
⑦ 山中賊易破=
⑦ 山中賊易(破)⇒
⑦ 山中賊(破)易=
⑦ 山中賊は(破り)易し。
従って、
(16)(17)により、
(18)
⑤ 少年易老 =少年は老ひ易し。
⑥ 破山中賊易=山中の賊を破るは易し。
⑦ 山中賊易破=山中の賊は破り易し。
であるため、
⑤ の 易 は、「返読文字」であって、
⑥ の 易 は、「返読文字」ではなく、
⑦ の 易 は、「返読文字」である。
(19)
⑧ 謂AB=AをBと謂ふ。
に於いて、
⑧ A を、「倒置」すると、
⑨ A謂_B。
然るに、
(20)
⑨ A謂_B
に於ける、
⑨ _
の「位置」に、
⑨ 之
を置くと、
⑨ A謂之B=Aは、之をBと謂ふ。
従って、
(21)
⑧ 謂AB=AをBと謂ふ。
⑨ A謂之B=Aは、之をBと謂ふ。
に於いて、
⑧ に対する、「倒置形」が、
⑨ である。
従って、
(21)により、
(22)
⑧ 謂不教而殺虐=教へずして殺すを虐と謂ふ。
⑨ 不教而殺謂之虐=教へずして殺す、之を虐と謂ふ。
に於いて、
⑧ に対する、「倒置形」が、
⑨ である。
然るに、
(23)
倒置(とうち)とは、言語において通常の語順を変更させることである。表現上の効果を狙ってなされる修辞技法の1つで、強調的修辞技法の一つである。
(ウィキペディア)
従って、
(22)(23)により、
(24)
⑧ 謂不教而殺虐=教へずして殺すを虐と謂ふ。
に於ける、
⑧ 不教而殺 =教へずして殺す
といふ「目的語」を、「強調」してゐるのが、
⑨ 不教而殺謂之虐=教へずして殺す、之を虐と謂ふ。
といふ「倒置形」である。
cf.
教育を施してもゐないのに、悪いことをしたら、殺してしまふ。これこそを、虐といふのだ(論語 堯曰、拙訳)。
(25)
① 宋人有〔耕(田)者〕。
② 田中有(株)、兎走觸(株)、折(頸)而死。
③ 因釋(其耒)而守(株)、冀〔復得(兎)〕。
④ 兎不〔可〔復得)〕、而身爲(宋國笑)。
① 宋人に田を耕す者有り。
② 田中に株有あり、兎走りて株に觸れ、頸を折り而死す。
③ 因りて其の耒を釈て而株を守り、復た兎を得んことを冀ふ。
④ 兎復た得可から不し而、身は宋國の笑ひと爲れり。
従って、
(25)により、
(26)
③ 復得(兎)=復た兎を得る。
であるため、
③ 不[可〔復得(兎)〕]=復た兎を得べからず。
である。
従って、
(25)(26)により、
(27)
③ 不[可〔復得(兎)〕]=復た兎を得べからず。
④ 兎不〔可〔復得)〕 =兎、復た得べからず。
である。
従って、
(27)により、
(28)
③ 不可復得兎=復た兎を得べからず。
④ 兎不可復得=兎、復た得べからず。
に於いて、
③ の 兎 を。「倒置」した形が、
④ 兎不可復得=兎、復た得べからず。
である。
然るに、
(29)
④ 兎、復た得べからず。
といふ「訓読」は、
④ 兎は、二度とは手に入れることが出来なかった。
といふ「日本語」に相当する。
然るに、
(30)
従来の説でほぼ共通していると思われるのは、「は」を「主題」、「が」を「主格」と呼び、両者は別々の次元に属するという規定である。
(淺山友貴、現代日本語における「は」と「が」の意味と機能、2004年、79頁)
従って、
(29)(30)により、
(31)
④ 兎、復た得べからず。
といふ「訓読」は、
④ 兎は、二度とは手に入れることが出来なかった。
といふ「日本語」に相当し、尚且つ、
④ 兎は
は、「主題は」である。
然るに、
(32)
第一要素(文頭)には、「主語(S)」以外に、
① 副詞
②(倒置された)目的語(あるいは主題語)
③ 助詞
など、様々な要素が現れる。
(加藤徹、白文攻略 漢文ひとりまなび、2013年、32頁改)
従って、
(28)~(32)により、
(33)
③ 不可復得兎=復た兎を得べからず。
④ 兎不可復得=兎、復た得べからず。
に於いて、
③ の 兎 を。「倒置」した形が、
④ 兎不可復得=兎、復た得べからず。
であるにせよ、
④ 兎不可復得=兎は、二度とは手に入れることが出来なかった。
に於ける、
④ 兎=兎は
④「主題語」としての「第一要素(文頭)」である。
といふ、ことになる。
従って、
(33)により、
(34)
③ 不可復得兎=復た兎を得べからず。
④ 兎不可復得=兎、復た得べからず。
に於いて、
③ 兎 は、「純粋な、目的語」であって、
④ 兎 は、「主題語であって、目的語」である。
然るに、
(35)
⑤ 虎不可復得兎=虎、復た兎を得べからず。
に於いて、
⑤ 兎
を、「省略」すると、
⑤ 虎不可復得 =虎、復た得べからず。
従って、
(34)(35)により、
(36)
④ 兎不可復得=兎、復た得べからず。
⑤ 虎不可復得=虎、復た得べからず。
に於いて、
④ 兎 は「目的語(対格)」であって、
⑤ 虎 は「 主語 (主格)」である。
従って、
(36)により、
(37)
① 宋人に田を耕す者有り。
② 田中に株有あり、兎走りて株に觸れ、頸を折り而死す。
③ 因りて其の耒を釈て而株を守り、復た兎を得んことを冀ふ。
④ 兎復た得可から不し而、身は宋國の笑ひと爲れり。
といふ「文脈」が無ければ、
④ 兎不可復得=兎、復た得べからず。
に於ける、
④ 兎 は、「主語」なのか、「目的語」であるのかが、分からない。
(39)
① 先生不知何許人。
① 先生は何許の人なるかを知らず。
① 先生は、どこの人かは分からない。
(日栄社、要説 書誌・百家、1965年、142頁)
然るに、
(40)
① 先生は、どこの人かは分からない。
といふのであれば、
② 私は、先生が何処の人であるのかを知らない。
といふ「意味」である。
然るに、
(41)
② 我不知先生何許人=
② 我不〔知(先生何許人)〕⇒
② 我〔(先生何許人)知〕不=
② 我、先生の何許の人なるかを知らず=
② 私は先生が何処の人であるのかを知らない。
cf.
先生・の(格助詞、連体修飾)何許の人で・ある(連体形)かを知らない。
先生・が(格助詞、連体修飾)何処の人で・ある(連体形)・の(形式名詞)かを知らない。
従って、
(39)(40)(41)により、
(42)
① 先生不知何許人=先生は、どこの人かは分からない。
② 我不知先生何許人=私は、先生が何処の人であるのかを知らない。
に於いて、
①=② である。
従って、
(42)により、
(43)
① 先生不知何許人=先生は、どこの人かは分からない。
に於いて、
①「先生=先生は」は、
①「不知=知らず」の、「主語」ではない。
平成31年01月14日、毛利太。
2019年1月7日月曜日
「白話文(北京語)」と「返り点」について。
(01)
① 下{二(一)上}。
に於いて、
① 二( )⇒( )二
① 下{ }⇒{ }下
といふ「移動」を行ふと、
① 下{二(一)上}⇒
① {(一)二上}下=
① 一 二 上 下。
(02)
② 下{二(一)中(上)}。
に於いて、
② 二( )⇒( )二
② 中( )⇒( )中
② 下{ }⇒{ }下
といふ「移動」を行ふと、
② 下{二(一)中(上)}⇒
② {(一)二(上)中}下=
② 一 二 上 中 下。
従って、
(01)(02)により、
(03)
① 下 二 一 上
② 下 二 一 中 上
といふ「返り点」は、
①{ ( ) }
②{ ( )( ) }
といふ「括弧」に相当する。
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
上中下点(上・下、上・中・下)は、
一二点だけで示しきれない場合。必ず一二点をまたいで返る場合に用いる。数学の式における( )が一二点で、{ }が上中下点に相当するものと考えるとわかりやすい。
(原田種成、私の漢文講義、1995年、43頁改)
然るに、
(05)
① 下 二 一 上
② 下 二 一 中 上
とは異なり、
③ 下 二 上 一
の場合は、「上下(中)点」が、「一二点」ではなく、「二点」だけを、またいでゐる。
従って、
(04)(05)により、
(06)
① 下 二 一 上
② 下 二 一 中 上
とは異なり、
③ 下 二 上 一
といふ「それ」は、「返り点」ではない。
然るに、
(07)
③ 下{二(上[一)]}。
に於いて、
③ 二( )⇒( )二
③ 上[ ]⇒[ ]上
③ 下{ }⇒{ }下
といふ「移動」を行ふと、
③ 下{二(上[一)]}⇒
③ {([一)二]上}下=
③ 一 二 上 下。
然るに、
(08)
③{ [ ( ) ] }は、「括弧」であるが、
③{ ( [ ) ] }は、「括弧」ではない。
従って、
(01)~(08)により、
(09)
① 下{二(一)上}
② 下{二(一)中(上)}
③ 下{二(上[一)]}
に於いて、
① は、「返り点・括弧」であって、
② も、「返り点・括弧」であって、
③ は、「返り点・括弧」ではなく、言はば、「返り点・括弧もどき」である。
然るに、
(10)
従って、
(09)(10)により、
(11)
③ 要纏擾我。
といふ「白話文(北京語)」を「訓読」しようとすると、
③ 下{二(上[一)]} といふ、「返り点・括弧もどき」が付くことになる。
従って、
(10)(11)により、
(12)
③ 要纏擾我=我ガヤッカイニナル。
といふ「白話文・訓読」に対しては、「返り点・括弧」を付けることが、出来ない。
例へば、
(13)
① 四{二(一)三}。
だけを見てゐると、
四
二 二 ↑
↑ ↓ ↑
一 ↓ ↑
三 三
といふ風に、「返ってゐる」やうに、見えないこともない。
然るに、
(04)により、
(14)
① 四{二(一)三}。 ではなく、
① 下{二(一)上}。 が「正しい」。
然るに、
(15)
① 四{二(一)三}。 ではなく、
① 下{二(一)上}。 である以上、
四
二 二 ↑
↑ ↓ ↑
一 ↓ ↑
三 三
ではなく、
下
二 ↑
↑ ↑
一 ↑
上
といふ風に、「2回だけ、下から、上へ、返ってゐる。」
然るに、
(16)
③ 要下 纏二 擾上 我一=我ガ ヤッカイニナル。
のやうに、
③ 要 纏 擾 我。
に付く「それ」が、
③ 下 二 上 一
ではなく、
③ 三 二 一
であったとする。
然るに、
(17)
③ 要下 纏二 擾上 我一=我ガ ヤッカイニナル。
のやうに、
③ 要 纏 擾 我。
に付く「それ」が、
③ 三 二 一
であるならば、
③ 要 纏 擾 が、「1番目」に読まれるため、
③ 要 纏 擾 我 が、「2番目」に読まれ、
③ 要 纏 が、「3番目」に読まれ、
③ 要 纏 擾 我 が、「4番目」に読まれる。ことになる。
従って、
(10)(11)(16)(17)により、
(18)
③ 要 纏 擾 我 が、「1番目」に読まれ、
③ 要 纏 が、「2番目」に読まれ、
③ 要 纏 擾 が、「3番目」に読まれ、
③ 要 纏 擾 我 が、「4番目」に読まれるためには、
③ 下 二 上 一
でないとすれば、
③ 三 二 一
は、固より、「不可」であるため、
③ 四 二 三 一
といふ風に、せざるを得ない。
然るに、
(19)
③ 四{二(三[一)]}。
であるならば、
四
二 二 ↑
↑ ↓ ↑
↑ 三 三
一
であるため、
二
↓
三
に於いて、「上から下へ、下ってゐる。」
然るに、
(20)
「返り点」といふのは、
「下から上へ、返る点」であって、
「上から下へ、下る点」ではない。
従って、
(19)(20)により、
(21)
③ 四 二 三 一
であるならば、
二
↓
三
に於いて、「上から下へ、下ってゐる。」が故に、
四
二 二 ↑
↑ ↓ ↑
↑ 三 三
一
といふ「それ」である所の、
③ 四{二(三[一)]}。
といふ「それ」は、「返り点・括弧もどき」であって、「返り点・括弧」ではない。
従って、
(11)(16)~(21)により、
(22)
③ 要 纏 擾 我。
に付く「それ」が、
③ 下{二(上[一)]}。
であったとしても、
③ 四{二(三[一)]}。
であったとしても、「これら」は、二つとも、「返り点・括弧もどき」であって、「返り点・括弧」ではない。
然るに、
(23)
④ 二(五{三[一)]四}。
に於いて、
④ 二( )⇒( )二
④ 三[ ]⇒[ ]三
④ 五{ }⇒{ }五
といふ「移動」を行ふと、
④ 二(五{三[一)]四}⇒
④ ({[一)二]三四}五=
④ 一 二 三 四 五。
然るに、
(24)
④{ [ ( ) ] } は、「括弧」であるが、
④( { [ ) ] } は、「括弧」ではない。
然るに、
(25)
④ 二(五{三[一)]四}。
であるならば、
二 二
↑ ↓ 五
↑ 三 ↑
一 ↑
四
であるため、
二
↓
三
に於いて、「上から下へ、下ってゐる。」
従って、
(20)(24)(25)により、
(26)
④ 二(五{三[一)]四}。
であるならば、
二
↓
三
に於いて、「上から下へ、下ってゐる。」が故に、
二 二
↑ ↓ 五
↑ 三 ↑
一 ↑
四
といふ「それ」である所の、
④ 二(五{三[一)]四}。
といふ「それ」は、「返り点・括弧もどき」であって、「返り点・括弧」ではない。
然るに、
(27)
従って、
(26)(27)により、
(28)
④ 端‐的看二 不五 出三 這婆‐子的本‐事一 来四。
⑤ 西門慶促‐忙促‐急儧二造 不五 出三 床一 来四。
のやうに、
④ 二(五{三[一)]四}。
⑤ 二(五{三[一)]四}。
である以上、
④ 端的 看 不 出 這婆子的本事 来
⑤ 西門慶促忙促急儧 造 不 出 床 来
といふ「白話文(北京語)」に付くのは、「返り点・括弧もどき」であって、「返り点・括弧」ではない。
従って、
(22)(28)により、
(29)
少なくとも、
③ 要纏擾我。
④ 端的看不出這婆子的本事来。
⑤ 西門慶促忙促急儧造不出床来。
といふ「白話文(北京語)」に対しては、「返り点・括弧」すら、付けることが、出来ない。
然るに、
(30)
返り点とは、漢文すなわち古典中国語の語順を、日本語の語順に変換する符号である。
(古田島洋介、湯浅吉信、漢文訓読入門、2011年、45頁)
従って、
(30)により、
(31)
「日本語」とは「異なる語順」であるにも拘らず、「返り点」を付けることが出来ないのであれば、その「語順」は、「漢文の語順」ではない。
従って、
(29)(31)により、
(32)
③ 要纏擾我。
④ 端的看不出這婆子的本事来。
⑤ 西門慶促忙促急儧造不出床来。
といふ「語順」は、「漢文の語順」ではない。
従って、
(32)により、
(33)
その「語順」が、「漢文の語順」ではないが故に、
③ 要纏擾我。
④ 端的看不出這婆子的本事来。
⑤ 西門慶促忙促急儧造不出床来。
といふ「白話文(北京語)」は、「漢文」では、あり得ない。
然るに、
(34)
⑥ 這裏宝玉忙忙的穿了衣服出来、忽抬頭見林黛玉在前面慢慢的走著、似有拭涙之状、便忙趕上来、笑道(紅楼夢)。
といふ「白話文(北京語)」を、「漢文」として読もうとしても、
⑥ 笑道=笑って言ふ。
とふ「二語」しか、理解できない。
然るに、
(35)
例へば、
⑦ καὶ ὑστερήσαντος οἴνου λέγει ἡ μήτηρ τοῦ Ἰησοῦ πρὸς αὐτόν Οἶνον οὐκ ἔχουσιν(ヨハネによる福音書).
であれば、
⑦ λέγει ἡ μήτηρ τοῦ Ἰησοῦ πρὸς αὐτόν=イエスの母が彼に向って言ふ。
⑦ Οἶνον οὐκ ἔχουσιν=彼らはワインを持ってゐない。
に関しては、理解できる。
然るに、
(36)
「It's(all)Greek to me.(それ、ぼくにはギリシャ語だ)」とは、「ぼくにはまったく意味が分からない」という意味です(マイナビニュース)。
従って、
(34)(35)(36)により、
(37)
「漢文」を知ってゐても、「白話文(北京語)」は知らないことは、
「英語」は知ってゐても、「ギリシャ語」 を知らないことと、同じである。
従って、
(38)
思ふに、
「支那の言語や文字を研究するのに、漢文と支那語の様な区別を設けてゐるのは、世界中、日本だけで、支那はもとより、ヨーロッパやアメリカで支那学を研究するにも、そんな意味のない区別など夢にも考へてゐない。西洋人が支那のことを研究するには、何よりも先き、支那の現代の言葉を学び、現代人の書く文章を読み、それから次第に順序を追うて、古い言葉で書いた書物を読んで、支那民族の文化の深淵を理解する。アメリカの大学で支那のことを研究する学生は、最初の年に現代語学現代文学を学び、次の年に歴史の書物を読み経書を習ふさうである(勉誠
出版、「訓読」論、2008年、57頁)。
といふ「言ひ方」は、「マチガイ」であるに、違ひない。
平成31年01月07日、毛利太。
① 下{二(一)上}。
に於いて、
① 二( )⇒( )二
① 下{ }⇒{ }下
といふ「移動」を行ふと、
① 下{二(一)上}⇒
① {(一)二上}下=
① 一 二 上 下。
(02)
② 下{二(一)中(上)}。
に於いて、
② 二( )⇒( )二
② 中( )⇒( )中
② 下{ }⇒{ }下
といふ「移動」を行ふと、
② 下{二(一)中(上)}⇒
② {(一)二(上)中}下=
② 一 二 上 中 下。
従って、
(01)(02)により、
(03)
① 下 二 一 上
② 下 二 一 中 上
といふ「返り点」は、
①{ ( ) }
②{ ( )( ) }
といふ「括弧」に相当する。
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
上中下点(上・下、上・中・下)は、
一二点だけで示しきれない場合。必ず一二点をまたいで返る場合に用いる。数学の式における( )が一二点で、{ }が上中下点に相当するものと考えるとわかりやすい。
(原田種成、私の漢文講義、1995年、43頁改)
然るに、
(05)
① 下 二 一 上
② 下 二 一 中 上
とは異なり、
③ 下 二 上 一
の場合は、「上下(中)点」が、「一二点」ではなく、「二点」だけを、またいでゐる。
従って、
(04)(05)により、
(06)
① 下 二 一 上
② 下 二 一 中 上
とは異なり、
③ 下 二 上 一
といふ「それ」は、「返り点」ではない。
然るに、
(07)
③ 下{二(上[一)]}。
に於いて、
③ 二( )⇒( )二
③ 上[ ]⇒[ ]上
③ 下{ }⇒{ }下
といふ「移動」を行ふと、
③ 下{二(上[一)]}⇒
③ {([一)二]上}下=
③ 一 二 上 下。
然るに、
(08)
③{ [ ( ) ] }は、「括弧」であるが、
③{ ( [ ) ] }は、「括弧」ではない。
従って、
(01)~(08)により、
(09)
① 下{二(一)上}
② 下{二(一)中(上)}
③ 下{二(上[一)]}
に於いて、
① は、「返り点・括弧」であって、
② も、「返り点・括弧」であって、
③ は、「返り点・括弧」ではなく、言はば、「返り点・括弧もどき」である。
然るに、
(10)
従って、
(09)(10)により、
(11)
③ 要纏擾我。
といふ「白話文(北京語)」を「訓読」しようとすると、
③ 下{二(上[一)]} といふ、「返り点・括弧もどき」が付くことになる。
従って、
(10)(11)により、
(12)
③ 要纏擾我=我ガヤッカイニナル。
といふ「白話文・訓読」に対しては、「返り点・括弧」を付けることが、出来ない。
例へば、
(13)
① 四{二(一)三}。
だけを見てゐると、
四
二 二 ↑
↑ ↓ ↑
一 ↓ ↑
三 三
といふ風に、「返ってゐる」やうに、見えないこともない。
然るに、
(04)により、
(14)
① 四{二(一)三}。 ではなく、
① 下{二(一)上}。 が「正しい」。
然るに、
(15)
① 四{二(一)三}。 ではなく、
① 下{二(一)上}。 である以上、
四
二 二 ↑
↑ ↓ ↑
一 ↓ ↑
三 三
ではなく、
下
二 ↑
↑ ↑
一 ↑
上
といふ風に、「2回だけ、下から、上へ、返ってゐる。」
然るに、
(16)
③ 要下 纏二 擾上 我一=我ガ ヤッカイニナル。
のやうに、
③ 要 纏 擾 我。
に付く「それ」が、
③ 下 二 上 一
ではなく、
③ 三 二 一
であったとする。
然るに、
(17)
③ 要下 纏二 擾上 我一=我ガ ヤッカイニナル。
のやうに、
③ 要 纏 擾 我。
に付く「それ」が、
③ 三 二 一
であるならば、
③ 要 纏 擾 が、「1番目」に読まれるため、
③ 要 纏 擾 我 が、「2番目」に読まれ、
③ 要 纏 が、「3番目」に読まれ、
③ 要 纏 擾 我 が、「4番目」に読まれる。ことになる。
従って、
(10)(11)(16)(17)により、
(18)
③ 要 纏 擾 我 が、「1番目」に読まれ、
③ 要 纏 が、「2番目」に読まれ、
③ 要 纏 擾 が、「3番目」に読まれ、
③ 要 纏 擾 我 が、「4番目」に読まれるためには、
③ 下 二 上 一
でないとすれば、
③ 三 二 一
は、固より、「不可」であるため、
③ 四 二 三 一
といふ風に、せざるを得ない。
然るに、
(19)
③ 四{二(三[一)]}。
であるならば、
四
二 二 ↑
↑ ↓ ↑
↑ 三 三
一
であるため、
二
↓
三
に於いて、「上から下へ、下ってゐる。」
然るに、
(20)
「返り点」といふのは、
「下から上へ、返る点」であって、
「上から下へ、下る点」ではない。
従って、
(19)(20)により、
(21)
③ 四 二 三 一
であるならば、
二
↓
三
に於いて、「上から下へ、下ってゐる。」が故に、
四
二 二 ↑
↑ ↓ ↑
↑ 三 三
一
といふ「それ」である所の、
③ 四{二(三[一)]}。
といふ「それ」は、「返り点・括弧もどき」であって、「返り点・括弧」ではない。
従って、
(11)(16)~(21)により、
(22)
③ 要 纏 擾 我。
に付く「それ」が、
③ 下{二(上[一)]}。
であったとしても、
③ 四{二(三[一)]}。
であったとしても、「これら」は、二つとも、「返り点・括弧もどき」であって、「返り点・括弧」ではない。
然るに、
(23)
④ 二(五{三[一)]四}。
に於いて、
④ 二( )⇒( )二
④ 三[ ]⇒[ ]三
④ 五{ }⇒{ }五
といふ「移動」を行ふと、
④ 二(五{三[一)]四}⇒
④ ({[一)二]三四}五=
④ 一 二 三 四 五。
然るに、
(24)
④{ [ ( ) ] } は、「括弧」であるが、
④( { [ ) ] } は、「括弧」ではない。
然るに、
(25)
④ 二(五{三[一)]四}。
であるならば、
二 二
↑ ↓ 五
↑ 三 ↑
一 ↑
四
であるため、
二
↓
三
に於いて、「上から下へ、下ってゐる。」
従って、
(20)(24)(25)により、
(26)
④ 二(五{三[一)]四}。
であるならば、
二
↓
三
に於いて、「上から下へ、下ってゐる。」が故に、
二 二
↑ ↓ 五
↑ 三 ↑
一 ↑
四
といふ「それ」である所の、
④ 二(五{三[一)]四}。
といふ「それ」は、「返り点・括弧もどき」であって、「返り点・括弧」ではない。
然るに、
(27)
従って、
(26)(27)により、
(28)
④ 端‐的看二 不五 出三 這婆‐子的本‐事一 来四。
⑤ 西門慶促‐忙促‐急儧二造 不五 出三 床一 来四。
のやうに、
④ 二(五{三[一)]四}。
⑤ 二(五{三[一)]四}。
である以上、
④ 端的 看 不 出 這婆子的本事 来
⑤ 西門慶促忙促急儧 造 不 出 床 来
といふ「白話文(北京語)」に付くのは、「返り点・括弧もどき」であって、「返り点・括弧」ではない。
従って、
(22)(28)により、
(29)
少なくとも、
③ 要纏擾我。
④ 端的看不出這婆子的本事来。
⑤ 西門慶促忙促急儧造不出床来。
といふ「白話文(北京語)」に対しては、「返り点・括弧」すら、付けることが、出来ない。
然るに、
(30)
返り点とは、漢文すなわち古典中国語の語順を、日本語の語順に変換する符号である。
(古田島洋介、湯浅吉信、漢文訓読入門、2011年、45頁)
従って、
(30)により、
(31)
「日本語」とは「異なる語順」であるにも拘らず、「返り点」を付けることが出来ないのであれば、その「語順」は、「漢文の語順」ではない。
従って、
(29)(31)により、
(32)
③ 要纏擾我。
④ 端的看不出這婆子的本事来。
⑤ 西門慶促忙促急儧造不出床来。
といふ「語順」は、「漢文の語順」ではない。
従って、
(32)により、
(33)
その「語順」が、「漢文の語順」ではないが故に、
③ 要纏擾我。
④ 端的看不出這婆子的本事来。
⑤ 西門慶促忙促急儧造不出床来。
といふ「白話文(北京語)」は、「漢文」では、あり得ない。
然るに、
(34)
⑥ 這裏宝玉忙忙的穿了衣服出来、忽抬頭見林黛玉在前面慢慢的走著、似有拭涙之状、便忙趕上来、笑道(紅楼夢)。
といふ「白話文(北京語)」を、「漢文」として読もうとしても、
⑥ 笑道=笑って言ふ。
とふ「二語」しか、理解できない。
然るに、
(35)
例へば、
⑦ καὶ ὑστερήσαντος οἴνου λέγει ἡ μήτηρ τοῦ Ἰησοῦ πρὸς αὐτόν Οἶνον οὐκ ἔχουσιν(ヨハネによる福音書).
であれば、
⑦ λέγει ἡ μήτηρ τοῦ Ἰησοῦ πρὸς αὐτόν=イエスの母が彼に向って言ふ。
⑦ Οἶνον οὐκ ἔχουσιν=彼らはワインを持ってゐない。
に関しては、理解できる。
然るに、
(36)
「It's(all)Greek to me.(それ、ぼくにはギリシャ語だ)」とは、「ぼくにはまったく意味が分からない」という意味です(マイナビニュース)。
従って、
(34)(35)(36)により、
(37)
「漢文」を知ってゐても、「白話文(北京語)」は知らないことは、
「英語」は知ってゐても、「ギリシャ語」 を知らないことと、同じである。
従って、
(38)
思ふに、
「支那の言語や文字を研究するのに、漢文と支那語の様な区別を設けてゐるのは、世界中、日本だけで、支那はもとより、ヨーロッパやアメリカで支那学を研究するにも、そんな意味のない区別など夢にも考へてゐない。西洋人が支那のことを研究するには、何よりも先き、支那の現代の言葉を学び、現代人の書く文章を読み、それから次第に順序を追うて、古い言葉で書いた書物を読んで、支那民族の文化の深淵を理解する。アメリカの大学で支那のことを研究する学生は、最初の年に現代語学現代文学を学び、次の年に歴史の書物を読み経書を習ふさうである(勉誠
出版、「訓読」論、2008年、57頁)。
といふ「言ひ方」は、「マチガイ」であるに、違ひない。
平成31年01月07日、毛利太。
2019年1月6日日曜日
「括弧」は「返り点」よりも簡単である。
(01)
従って、
(01)により、
(02)
① 如揮刀断麻。
② 如揮快刀断麻。
③ 如揮刀断乱麻。
④ 如揮快刀断乱麻。
⑤ 如揮刀断麻者。
⑥ 如揮快刀断麻者。
⑦ 如揮刀断乱麻者。
⑧ 如揮快刀断乱麻者。
といふ「漢文」に付く「返り点」は、上から順に、
① 二 レ 一レ
② 下 二 一 上レ
③ 三 レ 二 一
④ 下 二 一 中 上
⑤ 二 レ レ 一
⑥ 下 二 一
⑦ 下 レ 二 一 上
⑧ 下 二 一 二 一 上
である。
然るに、
(03)
① 如〔揮(刀)断(麻)〕。
に於いて、
① 揮( )⇒( )振
① 断( )⇒( )断
① 如〔 〕⇒〔 〕如
といふ「移動」を行ふと、
① 如〔振(刀)断(麻)〕⇒
① 〔(刀)振(麻)断〕如=
① 〔(刀を)揮って(麻を)断つが〕如し。
従って、
(03)により、
(04)
① 如〔揮(φ刀)断(φ麻)φ〕。
に於いて、
① 揮( )⇒( )振
① 断( )⇒( )断
① 如〔 〕⇒〔 〕如
といふ「移動」を行ふと、
① 如〔揮(φ刀)断(φ麻)φ〕⇒
① 〔(φ刀)揮(φ麻)断φ〕如=
① 〔(φ刀を)揮って(φ麻を)断つがφ〕如し。
然るに、
(05)
① 如〔揮(φ刀)断(φ麻)φ〕。
に於いて、
① φ φ φ
は、「置き字」であるとする。
cf.
置き字(おきじ)とは、漢文を訓読する際に、助字の中で書き下し文に反映されず読まれない字(ウィキペディア)。
従って、
(04)(05)により、
(06)
① 如〔揮(φ刀)断(φ麻)φ〕。
に於いて、
① 揮( )⇒( )振
① 断( )⇒( )断
① 如〔 〕⇒〔 〕如
といふ「移動」を行ふと、
① 如〔揮(φ刀)断(φ麻)φ〕⇒
① 〔(φ刀)揮(φ麻)断φ〕如=
① 〔(φ刀を)揮って(φ麻を)断つがφ〕如し=
① 刀を 揮って 麻を 断つが 如し。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
然るに、
(07)
⑧ 有〔揮(快刀)断(乱麻)者〕。
⑧ 有下 揮二 快刀一 断二 乱麻一 者上。
に於いて、
⑧ 〔 ( ) ( ) 〕 といふ「 括弧 」は、
⑧ 下 二 一 二 一 上 といふ「返り点」に、相当する。
従って、
(06)(07)により、
(08)
① 如〔揮(φ刀)断(φ麻)φ〕。
① 如下 揮二 φ刀一 断二 φ麻一 φ上。
に於いて、
① 〔 ( ) ( ) 〕 といふ「 括弧 」は、
① 下 二 一 二 一 上 といふ「返り点」に、相当する。
然るに、
(09)
① 如〔揮(φ刀)断(φ麻)φ〕。
に於いて、
① φ φ φ
は、それぞれば、「省略できる」ものとする。
従って、
(08)(09)により、
(10)
① 如〔揮( 刀)断( 麻) 〕。
② 如〔揮(φ刀)断( 麻) 〕。
③ 如〔揮( 刀)断(φ麻) 〕。
④ 如〔揮(φ刀)断(φ麻) 〕。
⑤ 如〔揮( 刀)断( 麻)φ〕。
⑥ 如〔揮(φ刀)断( 麻)φ〕。
⑦ 如〔揮( 刀)断(φ麻)φ〕。
⑧ 如〔揮(φ刀)断(φ麻)φ〕。
に付く、
① 〔 ( ) ( ) 〕 といふ「 括弧 」は、
⑧ 下 二 一 二 一 上 といふ「返り点」に、相当する。
然るに、
(11)
① 如〔揮(φ刀)断(φ麻)φ〕。
に於いて、
① φ φ φ
は、「他の漢字」に、「置き換へ可能」である。とする。
従って、
(10)(11)により、
(12)
① 如〔揮( 刀)断( 麻) 〕。
② 如〔揮(快刀)断( 麻) 〕。
③ 如〔揮( 刀)断(乱麻) 〕。
④ 如〔揮(快刀)断(乱麻) 〕。
⑤ 有〔揮( 刀)断( 麻)者〕。
⑥ 有〔揮(快刀)断( 麻)者〕。
⑦ 如〔揮( 刀)断(乱麻)者〕。
⑧ 如〔揮(快刀)断(乱麻)者〕。
に付く、
① 〔 ( ) ( ) 〕 といふ「 括弧 」は、
⑧ 下 二 一 二 一 上 といふ「返り点」に、相当する。
従って、
(01)(02)(12)により、
(13)
① 如揮刀断麻。
② 如揮快刀断麻。
③ 如揮刀断乱麻。
④ 如揮快刀断乱麻。
⑤ 如揮刀断麻者。
⑥ 如揮快刀断麻者。
⑦ 如揮刀断乱麻者。
⑧ 如揮快刀断乱麻者。
といふ「漢文」に付く、
① 二 レ 一レ
② 下 二 一 上レ
③ 三 レ 二 一
④ 下 二 一 中 上
⑤ 二 レ レ 一
⑥ 下 二 一
⑦ 下 レ 二 一 上
⑧ 下 二 一 二 一 上
といふ「返り点」は、
⑧ 下 二 一 二 一 上
といふ「返り点」で、「置き換へ可能」であって、
⑧ 下 二 一 二 一 上
といふ「返り点」は、
①〔 ( ) ( ) 〕
といふ「 括弧 」に、「置き換へ可能」である。
然るに、
(14)
① 二 レ 一レ
② 下 二 一 上レ
③ 三 レ 二 一
④ 下 二 一 中 上
⑤ 二 レ レ 一
⑥ 下 二 一
⑦ 下 レ 二 一 上
⑧ 下 二 一 二 一 上
といふ「8通りの返り点」より、
⑧ 下 二 一 二 一 上
といふ「1通りの返り点」の方が、「簡単」である。
従って、
(13)(14)により、
(15)
① 二 レ 一レ
② 下 二 一 上レ
③ 三 レ 二 一
④ 下 二 一 中 上
⑤ 二 レ レ 一
⑥ 下 二 一
⑦ 下 レ 二 一 上
⑧ 下 二 一 二 一 上
といふ「8通りの返り点」より、
①〔 ( ) ( ) 〕
といふ「1通りの括弧」の方が、「簡単」である。
平成31年01月06日、毛利太。
従って、
(01)により、
(02)
① 如揮刀断麻。
② 如揮快刀断麻。
③ 如揮刀断乱麻。
④ 如揮快刀断乱麻。
⑤ 如揮刀断麻者。
⑥ 如揮快刀断麻者。
⑦ 如揮刀断乱麻者。
⑧ 如揮快刀断乱麻者。
といふ「漢文」に付く「返り点」は、上から順に、
① 二 レ 一レ
② 下 二 一 上レ
③ 三 レ 二 一
④ 下 二 一 中 上
⑤ 二 レ レ 一
⑥ 下 二 一
⑦ 下 レ 二 一 上
⑧ 下 二 一 二 一 上
である。
然るに、
(03)
① 如〔揮(刀)断(麻)〕。
に於いて、
① 揮( )⇒( )振
① 断( )⇒( )断
① 如〔 〕⇒〔 〕如
といふ「移動」を行ふと、
① 如〔振(刀)断(麻)〕⇒
① 〔(刀)振(麻)断〕如=
① 〔(刀を)揮って(麻を)断つが〕如し。
従って、
(03)により、
(04)
① 如〔揮(φ刀)断(φ麻)φ〕。
に於いて、
① 揮( )⇒( )振
① 断( )⇒( )断
① 如〔 〕⇒〔 〕如
といふ「移動」を行ふと、
① 如〔揮(φ刀)断(φ麻)φ〕⇒
① 〔(φ刀)揮(φ麻)断φ〕如=
① 〔(φ刀を)揮って(φ麻を)断つがφ〕如し。
然るに、
(05)
① 如〔揮(φ刀)断(φ麻)φ〕。
に於いて、
① φ φ φ
は、「置き字」であるとする。
cf.
置き字(おきじ)とは、漢文を訓読する際に、助字の中で書き下し文に反映されず読まれない字(ウィキペディア)。
従って、
(04)(05)により、
(06)
① 如〔揮(φ刀)断(φ麻)φ〕。
に於いて、
① 揮( )⇒( )振
① 断( )⇒( )断
① 如〔 〕⇒〔 〕如
といふ「移動」を行ふと、
① 如〔揮(φ刀)断(φ麻)φ〕⇒
① 〔(φ刀)揮(φ麻)断φ〕如=
① 〔(φ刀を)揮って(φ麻を)断つがφ〕如し=
① 刀を 揮って 麻を 断つが 如し。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
然るに、
(07)
⑧ 有〔揮(快刀)断(乱麻)者〕。
⑧ 有下 揮二 快刀一 断二 乱麻一 者上。
に於いて、
⑧ 〔 ( ) ( ) 〕 といふ「 括弧 」は、
⑧ 下 二 一 二 一 上 といふ「返り点」に、相当する。
従って、
(06)(07)により、
(08)
① 如〔揮(φ刀)断(φ麻)φ〕。
① 如下 揮二 φ刀一 断二 φ麻一 φ上。
に於いて、
① 〔 ( ) ( ) 〕 といふ「 括弧 」は、
① 下 二 一 二 一 上 といふ「返り点」に、相当する。
然るに、
(09)
① 如〔揮(φ刀)断(φ麻)φ〕。
に於いて、
① φ φ φ
は、それぞれば、「省略できる」ものとする。
従って、
(08)(09)により、
(10)
① 如〔揮( 刀)断( 麻) 〕。
② 如〔揮(φ刀)断( 麻) 〕。
③ 如〔揮( 刀)断(φ麻) 〕。
④ 如〔揮(φ刀)断(φ麻) 〕。
⑤ 如〔揮( 刀)断( 麻)φ〕。
⑥ 如〔揮(φ刀)断( 麻)φ〕。
⑦ 如〔揮( 刀)断(φ麻)φ〕。
⑧ 如〔揮(φ刀)断(φ麻)φ〕。
に付く、
① 〔 ( ) ( ) 〕 といふ「 括弧 」は、
⑧ 下 二 一 二 一 上 といふ「返り点」に、相当する。
然るに、
(11)
① 如〔揮(φ刀)断(φ麻)φ〕。
に於いて、
① φ φ φ
は、「他の漢字」に、「置き換へ可能」である。とする。
従って、
(10)(11)により、
(12)
① 如〔揮( 刀)断( 麻) 〕。
② 如〔揮(快刀)断( 麻) 〕。
③ 如〔揮( 刀)断(乱麻) 〕。
④ 如〔揮(快刀)断(乱麻) 〕。
⑤ 有〔揮( 刀)断( 麻)者〕。
⑥ 有〔揮(快刀)断( 麻)者〕。
⑦ 如〔揮( 刀)断(乱麻)者〕。
⑧ 如〔揮(快刀)断(乱麻)者〕。
に付く、
① 〔 ( ) ( ) 〕 といふ「 括弧 」は、
⑧ 下 二 一 二 一 上 といふ「返り点」に、相当する。
従って、
(01)(02)(12)により、
(13)
① 如揮刀断麻。
② 如揮快刀断麻。
③ 如揮刀断乱麻。
④ 如揮快刀断乱麻。
⑤ 如揮刀断麻者。
⑥ 如揮快刀断麻者。
⑦ 如揮刀断乱麻者。
⑧ 如揮快刀断乱麻者。
といふ「漢文」に付く、
① 二 レ 一レ
② 下 二 一 上レ
③ 三 レ 二 一
④ 下 二 一 中 上
⑤ 二 レ レ 一
⑥ 下 二 一
⑦ 下 レ 二 一 上
⑧ 下 二 一 二 一 上
といふ「返り点」は、
⑧ 下 二 一 二 一 上
といふ「返り点」で、「置き換へ可能」であって、
⑧ 下 二 一 二 一 上
といふ「返り点」は、
①〔 ( ) ( ) 〕
といふ「 括弧 」に、「置き換へ可能」である。
然るに、
(14)
① 二 レ 一レ
② 下 二 一 上レ
③ 三 レ 二 一
④ 下 二 一 中 上
⑤ 二 レ レ 一
⑥ 下 二 一
⑦ 下 レ 二 一 上
⑧ 下 二 一 二 一 上
といふ「8通りの返り点」より、
⑧ 下 二 一 二 一 上
といふ「1通りの返り点」の方が、「簡単」である。
従って、
(13)(14)により、
(15)
① 二 レ 一レ
② 下 二 一 上レ
③ 三 レ 二 一
④ 下 二 一 中 上
⑤ 二 レ レ 一
⑥ 下 二 一
⑦ 下 レ 二 一 上
⑧ 下 二 一 二 一 上
といふ「8通りの返り点」より、
①〔 ( ) ( ) 〕
といふ「1通りの括弧」の方が、「簡単」である。
平成31年01月06日、毛利太。
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