(01)
国語の漢文の勉強をしてたんですが、 イマイチわかりません。(´・-・`) 誰か教えて...
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ha20140603さん2014/11/321:01:44
国語の漢文の勉強をしてたんですが、
イマイチわかりません。(´・-・`)
誰か教えてくれる人いませんか?
次の番号通りに読めるように返り点を付けなさい。
1④①②③⑤
2⑤③①②④
3⑤①④②③
4⑤①④③②
質問者 ha20140603さん 2014/11/0321:49:10
1 ②に一レ点、⑤に二点
2 ⑤に三点、 ③に一レ点、②に二点
3 ⑤に三点、 ②に二点、 ③に一点
4 ⑤に三点、 ②に二点、 ③に一レ点
となりますか?
(02)
なので、
1 ④に二点、 ③に一点
2 ⑤に下点、 ③に二点、 ②に一点、④に上点
3 ⑤に三点、 ④に二点、 ③に一点
4 ⑤に二点、 ④に一レ点、③にレ点
が「正しく」、そのため、
1 ②に一レ点、⑤に二点
2 ⑤に三点、 ③に一レ点、②に二点
3 ⑤に三点、 ②に二点、 ③に一点
4 ⑤に三点、 ②に二点、 ③に一レ点
といふ「答へ」であれば、残念ながら、「0点」です。
(03)
(α)「上(左)から下(右)へ、読む」場合に、「返り点」は、付かず、
(β)「下(右)から上(左)へ、読む」場合に、「返り点」は、付く。
然るに、
(04)
例へば、
① 2 3 1
であれば、
① 2← ←1
に於いて、
(β)「下(右)から上(左)へ、返る」一方で、
① 2→3
に於いて、
(α)「上(左)から下(右)へ、返る」ことになる。
従って、
(03)(04)により、
(05)
① 2<3>1
のやうな「順番」に対しては、「返り点」を付けることが、出来ない。
然るに、
(06)
① 2(3〔2)〕。
に於いて、
① 2( )⇒( )2
① 3〔 〕⇒〔 〕3
といふ「移動」を行ふと、
① 2(3〔1)〕⇒
① (〔1)2〕3=
① 1 2 3。
然るに、
(07)
① 2(3〔2)〕。
に於いて、
① ( 〔 )〕
は、『括弧』ではない。
従って、
(05)(07)により、
(08)
① 2<3>1
のやうな「順番」、すなはち、
① M<N>M-1(MとNは、正の整数)
といふ「順番」に対して、「返り点・括弧」を、付けることは、出来ない。
従って、
(08)により、
(09)
① 2<3>1
のやうな「順番」、すなはち、
① M<N>M-1(NとMは、正の整数)
のやうな「順番」を含まない「順番」に対しては、「返り点・括弧」を、付けることが、出来る。
然るに
但し、
(10)
① 2<3>1
であっても、
① 2‐3 1
に於いて、、
① 2‐3 が、
① 訓‐読 のような、
① 熟‐語 である場合は、
① 2‐3(1)⇒(1)2‐3
といふ、「移動」が、「可能」であるが、以下では、「熟‐語」は、無いものとする。
然るに、
(11)
② 55〈49{3(1 2)33[5(4)8(6 7)10(9)11 12 23〔15(13 14)17(16)18 19 20 22(21)〕25(24)29〔28(26 27)〕32(30 31)]36(34 35)48[40(37 38 39)43〔42(41)〕47〔46(44 45)〕]}54〔53(50 51 52)〕〉
従って、
(09)(11)により、
(12)
例へば、
② 55 49 3 1 2 33 5 4 8 6 7 10 9 11 12 23 15 13 14 17 16 18 19 20 22 21 25 24 29 28 26 27 32 30 31 36 34 35 48 40 37 38 39 43 42 41 47 46 44 45 54 53 50 51 52。
といふ「順番」は、
① M<N>M-1(NとMは、正の整数)
のやうな「順番」を、含んではゐない。が故に、「返り点・括弧」を、付けることが出来る。
然るに、
(13)
(α)「上(左)から下(右)へ、読む」場合に、「返り点」は、付かず、
(β)「下(右)から上(左)へ、読む」場合に、「返り点」は、付く。
といふことから、
② 55 49 3 1 2 33 5 4 8 6 7 10 9 11 12 23 15 13 14 17 16 18 19 20 22 21 25 24 29 28 26 27 32 30 31 36 34 35 48 40 37 38 39 43 42 41 47 46 44 45 54 53 50 51 52。
といふ「順番」に於いて、
②「返り点」が付かない「数」を、「α」で「置き換へ」ると、次のやうになる。
③ 55 49 3 α 2 33 5 4 8 α 7 10 9 α α 23 15 α 14 17 16 α α α 22 21 25 24 29 28 α 27 32 α 31 36 α 35 48 40 α α 39 43 42 41 47 46 α 45 54 53 α α 52。
然るに、
(14)
③ 55 49 3 α 2 33 5 4 8 α 7 10 9 α α 23 15 α 14 17 16 α α α 22 21 25 24 29 28 α 27 32 α 31 36 α 35 48 40 α α 39 43 42 41 47 46 α 45 54 53 α α 52。
から、「α」を「除く」と、次のやうになる。
③ 55 49 3 2 33 5 4 8 7 10 9 23 15 14 17 16 22 21 25 24 29 28 27 32 31 36 35 48 40 39 43 42 41 47 46 45 54 53 52。
然るに、
(15)
③ 55 49 3 2 33 5 4 8 7 10 9 23 15 14 17 16 22 21 25 24 29 28 27 32 31 36 35 48 40 39 43 42 41 47 46 45 54 53 52。
といふ「順番」に対して、改めて、「1から39迄」の「数」を「付け直す」と、次のやうになる。
③ 39 35 2 1 23 4 3 6 5 8 7 15 10 9 12 11 14 13 17 16 20 19 18 22 21 25 24 34 27 26 30 29 28 33 32 31 38 37 36。
然るに、
(16)
③ 39 35 2 1 23 4 3 6 5 8 7 15 10 9 12 11 14 13 17 16 20 19 18 22 21 25 24 34 27 26 30 29 28 33 32 31 38 37 36。
に対する「括弧」は、当然、
② 55〈49{3(1 2)33[5(4)8(6 7)10(9)11 12 23〔15(13 14)17(16)18 19 20 22(21)〕25(24)29〔28(26 27)〕32(30 31)]36(34 35)48[40(37 38 39)43〔42(41)〕47〔46(44 45)〕]}54〔53(50 51 52)〕〉。
といふ「それ」と「同じく」、
③ 39〈35{2(1)23[4(3)6(5)8(7)15〔10(9)12(11)14(13)〕17(16)20〔19(18)〕22(21)]25(24)34[27(26)30〔29(28)〕33〔32(31)〕]}38〔37(36)〕〉。
従って、
(17)
② 〈{( )[( )( )( )〔( )( )( )〕( )〔( )〕( )]( )[( )〔( )〕〔( )〕]}〔( )〕〉
③ 〈{( )[( )( )( )〔( )( )( )〕( )〔( )〕( )]( )[( )〔( )〕〔( )〕]}〔( )〕〉
といふ「括弧」は、少なくとも、
② 55 49 3 1 2 33 5 4 8 6 7 10 9 11 12 23 15 13 14 17 16 18 19 20 22 21 25 24 29 28 26 27 32 30 31 36 34 35 48 40 37 38 39 43 42 41 47 46 44 45 54 53 50 51 52。
③ 39 35 2 1 23 4 3 6 5 8 7 15 10 9 12 11 14 13 17 16 20 19 18 22 21 25 24 34 27 26 30 29 28 33 32 31 38 37 36。
といふ「二つ順番」を、
② 1から55までの、「昇べき順番」に、「並び替へ(ソートす)」ることが、出来、
③ 1から39までの、「昇べき順番」に、「並び替へ(ソートす)」ることが、出来る。
(18)
「学校」で習ふ所の、
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
(Ⅱ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
であれば、
②の場合に、「返り点」が、「足りなく」なるため、その場合は、
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
(Ⅱ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
ではなく、「暫定的」に、
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ 元レ
(Ⅱ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)天 地 人
(Ⅴ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅵ)元 亨 利 貞
であると、する。
従って、
(17)(18)により、
(19)
② 55 49 3 1 2 33 5 4 8 6 7 10 9 11 12 23 15 13 14 17 16 18 19 20 22 21 25 24 29 28 26 27 32 30 31 36 34 35 48 40 37 38 39 43 42 41 47 46 44 45 54 53 50 51 52。
③ 39 35 2 1 23 4 3 6 5 8 7 15 10 9 12 11 14 13 17 16 20 19 18 22 21 25 24 34 27 26 30 29 28 33 32 31 38 37 36。
に対する、「返り点」は、それぞれ、
② 貞 戊 二 一 人 レ 二 一 レ 下 二 一 レ 上レ レ レ 二 一 地 天 二 一 丁 二 一 レ レ 丙レ 乙 甲 利レ 享 元
③ 地 丙 レ 下 レ レ レ 二 レ レ 一レ レ レ レ 上レ レ 乙 レ レ レ 甲レ レ 天レ レ
である。
cf.
従って、
(19)により、
(20)
② 〈{( )[( )( )( )〔( )( )( )〕( )〔( )〕( )]( )[( )〔( )〕〔( )〕]}〔( )〕〉
③ 〈{( )[( )( )( )〔( )( )( )〕( )〔( )〕( )]( )[( )〔( )〕〔( )〕]}〔( )〕〉
といふ「一つの括弧」は、少なくとも、
② 貞 戊 二 一 人 レ 二 一 レ 下 二 一 レ 上レ レ レ 二 一 地 天 二 一 丁 二 一 レ レ 丙レ 乙 甲 利レ 享 元
③ 地 丙 レ 下 レ レ レ 二 レ レ 一レ レ レ レ 上レ レ 乙 レ レ レ 甲レ レ 天レ レ
といふ「二つの返り点」に、「対応」する。
然るに、
(21)
② 貞 戊 二 一 人 レ 二 一 レ 下 二 一 レ 上レ レ レ 二 一 地 天 二 一 丁 二 一 レ レ 丙レ 乙 甲 利レ 享 元
に於ける、
② レ 上レ 丙レ 利レ
を、「他の返り点」に、「置き換へ」ると、
③ 貞 戊 二 一 人 二 一 二 一 二 一 下 二 一 二 一 中 上 二 一 三 二 一 地 天 二 一 丁 二 一 三 二 一 丙 乙 甲 利 享 元
といふ「返り点」に、変はる。
然るに、
(22)
③ 貞〈戊 {二(一) 人[二(一)二(一)二(一) 下〔 二(一) 二( 一) 中( 上)〕 二( 一) 三〔 二( 一)〕 地( 天)] 二( 一) 丁[ 二( 一) 三〔 二( 一)〕 丙〔 乙( 甲)〕]} 利〔 享( 元)〕〉。
23 39〈35{2(1)23[4(3)6(5)8(7)15〔10(9)12(11)14(13)〕17(16)20〔19(18)〕22(21)]25(24)34[27(26)30〔29(28)〕33〔32(31)〕]}38〔37(36)〕〉。
従って、
(22)により、
(23)
③ 貞 戊 二 一 人 二 一 二 一 二 一 下 二 一 二 一 中 上 二 一 三 二 一 地 天 二 一 丁 二 一 三 二 一 丙 乙 甲 利 享 元
といふ「返り点」は、
③ 39 35 2 1 23 4 3 6 5 8 7 15 10 9 12 11 14 13 17 16 20 19 18 22 21 25 24 34 27 26 30 29 28 33 32 31 38 37 36。
といふ「順番」を、表してゐる。
従って、
(19)(23)により、
(24)
③ 地 丙 レ 下 レ レ レ 二 レ レ 一レ レ レ レ 上レ レ 乙 レ レ レ 甲レ レ 天レ レ
といふ「返り点」は、
② 貞 戊 二 一 人 二 一 二 一 二 一 下 二 一 二 一 中 上 二 一 三 二 一 地 天 二 一 丁 二 一 三 二 一 丙 乙 甲 利 享 元
といふ「返り点」に、「置き換へる」ことが、出来る。
従って、
(18)(24)により、
(25)
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ 元レ
(Ⅱ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)天 地 人
(Ⅴ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅵ)元 亨 利 貞
に於いて、
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)天 地 人
に於いて、「不足」が生じない限り、
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ 元レ
といふ「レ点」は、「不要」である。
従って、
(26)
「学校」で習ふ所の、
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
(Ⅱ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
といふ「返り点」であっても、
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅴ)天 地 人
に於いて、「不足」が生じない限り、
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
といふ「レ点」は、「不要」である。
然るに、
(27)
大学生に返り点を打たせると、レ点の原則違反から生じる誤りが大半をしめます。
(古田島洋介、これならわかる返り点、2009年、60頁)
然るに、
(27)により、
(28)
大学生に返り点を打たせると、レ点の原則違反から生じる誤りが大半をしめます。
といふことは、逆に言へば、「レ点以外」は、「簡単」である。
(29)
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ 元レ
(Ⅱ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
(Ⅵ)元 亨 利 貞
に於いて、
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ 元レ
が無ければ、
(Ⅱ)一二点
(Ⅲ)上下点
(Ⅳ)甲乙点
(Ⅴ)天地点
(Ⅵ)元亨点
に於いて、
(Ⅱ)を挟んで「返る」時には、(Ⅲ)を用ひ、
(Ⅲ)を挟んで「返る」時には、(Ⅳ)を用ひ、
(Ⅳ)を挟んで「返る」時には、(Ⅴ)を用る。
といふ「ルール」が、有るだけである。
従って、
(01)(02)(19)(24)(29)により、
(30)
1 ②に一レ点、⑤に二点
2 ⑤に三点、 ③に一レ点、②に二点
3 ⑤に三点、 ②に二点、 ③に一点
4 ⑤に三点、 ②に二点、 ③に一レ点
となりますか?
に関しては、「0点」であった、ha20140603さんであっても、
② 55 49 3 1 2 33 5 4 8 6 7 10 9 11 12 23 15 13 14 17 16 18 19 20 22 21 25 24 29 28 26 27 32 30 31 36 34 35 48 40 37 38 39 43 42 41 47 46 44 45 54 53 50 51 52。
に対して、
③ 貞 戊 二 一 人 二 一 二 一 二 一 下 二 一 二 一 中 上 二 一 三 二 一 地 天 二 一 丁 二 一 三 二 一 丙 乙 甲 利 享 元
といふ「返り点(レ点無し)」を付けることは、
② 55 49 3 1 2 33 5 4 8 6 7 10 9 11 12 23 15 13 14 17 16 18 19 20 22 21 25 24 29 28 26 27 32 30 31 36 34 35 48 40 37 38 39 43 42 41 47 46 44 45 54 53 50 51 52。
に対して、
② 貞 戊 二 一 人 レ 二 一 レ 下 二 一 レ 上レ レ レ 二 一 地 天 二 一 丁 二 一 レ レ 丙レ 乙 甲 利レ 享 元
といふ「返り点(レ点有り)」を付けるよりも、「簡単」である。
従って、
(31)
② 55 49 3 1 2 33 5 4 8 6 7 10 9 11 12 23 15 13 14 17 16 18 19 20 22 21 25 24 29 28 26 27 32 30 31 36 34 35 48 40 37 38 39 43 42 41 47 46 44 45 54 53 50 51 52。
に対して、
③ 貞 戊 二 一 人 二 一 二 一 二 一 下 二 一 二 一 中 上 二 一 三 二 一 地 天 二 一 丁 二 一 三 二 一 丙 乙 甲 利 享 元
といふ「返り点」を付けることが、出来ないのであれば、
② 55 49 3 1 2 33 5 4 8 6 7 10 9 11 12 23 15 13 14 17 16 18 19 20 22 21 25 24 29 28 26 27 32 30 31 36 34 35 48 40 37 38 39 43 42 41 47 46 44 45 54 53 50 51 52。
に対して、
② 貞 戊 二 一 人 レ 二 一 レ 下 二 一 レ 上レ レ レ 二 一 地 天 二 一 丁 二 一 レ レ 丙レ 乙 甲 利レ 享 元
といふ「返り点」を付けることは、尚のこと、出来ない。
従って、
(32)
仮に、私が、「初学者」であるならば、
② 55 49 3 1 2 33 5 4 8 6 7 10 9 11 12 23 15 13 14 17 16 18 19 20 22 21 25 24 29 28 26 27 32 30 31 36 34 35 48 40 37 38 39 43 42 41 47 46 44 45 54 53 50 51 52。
に対して、
③ 貞 戊 二 一 人 二 一 二 一 二 一 下 二 一 二 一 中 上 二 一 三 二 一 地 天 二 一 丁 二 一 三 二 一 丙 乙 甲 利 享 元
といふ「返り点(レ点無し)」を付けてから、その上で、
③ 貞 戊 二 一 人 二 一 二 一 二 一 下 二 一 二 一 中 上 二 一 三 二 一 地 天 二 一 丁 二 一 三 二 一 丙 乙 甲 利 享 元
といふ「返り点(レ点無し)」を、
② 貞 戊 二 一 人 レ 二 一 レ 下 二 一 レ 上レ レ レ 二 一 地 天 二 一 丁 二 一 レ レ 丙レ 乙 甲 利レ 享 元
といふ「返り点(レ点有り)」に、「書き換へる」ことを、考へます。
然るに、
(33)
とは言へ、私自身は、学生時代に、
次の番号通りに読めるように返り点を付けなさい。
1 ④ ① ② ③ ⑤
2 ⑤ ③ ① ② ④
3 ⑤ ① ④ ② ③
4 ⑤ ① ④ ③ ②
といった「類の問題」を、一度も、やっってゐない。
従って、
(34)
「返り点」は、「返り点が付いた、漢文」を読んでゐれば、いつの間にか、「覚えてしまふ」とするのが、「正しい」。
平成29年07月14日、毛利太。
2017年7月14日金曜日
2017年7月12日水曜日
ラベルを、貼りました。
(01)
ブロガー曰く、
自分のページビューを統計情報に含めないように Blogger を設定することができます。それには、Blogger でブラウザにブロック Cookie を追加する必要があります。複数のブラウザをご使用の場合は、各ブラウザを開いてこの設定を行ってください。
然るに、
(02)
実際には、「この方法」を用ゐても、これだけでは、「自分のページビューを追跡しない」といふことは、一切、無く、「自分のアクセス数が、カウントされます」。
cf.
加へて、
(03)
ネットで、「解決法」を調べて、いくら「それ」を、「その通り」に、試してみても、何かが足りないのか、尽く、「失敗」に、終はります。
(04)
「Googleが、urlのcomを国名(jp)にリダイレクトするようにしたから、そうなった。」と言はれても、MS-DOSの、「A:\>SORT<DATA>COM」のやうな「それ」しか知らない私には、「一体、何のことか、全く、分かりません」。
然るに、
(05)
アクセス数が、「多ければ、 多いほど 」、「自分の追跡」は、「全体」の、例へば、 「1%」に満たず、
アクセス数が、「少なければ、少ないほど」、「自分の追跡」は、「全体」の、例へば、「100%」に近づきます。
それ故、
(06)
アクセス数が、多くはない、私としては、「他者(自分以外)からのアクセス数」を把握する必要から、専ら、「プレビュー」だけで、「自分のブログ」を、「確認」してゐたのですが、その「結果」として、「それ以前に書いたブログの内容」は、覚へてゐるのであれば、覚えてゐて、覚えてゐないのであれば、覚へてゐないまま、「同じやうな記事」が、量産されます。
加へて、
(07)
「ラベル」といふ、「便利なそれ」が、有ることも、「紙で書かれた、マニュアルだけが頼り」な私の場合は、昨日の今日まで、知りませんでした。
然るに、
(08)
「ラベル」といふ、「便利なそれ」が、有る。といふことを、知ったため、その、「ラベル」を、貼ることにしたのであって、それゆえ、
のやうな、「ラベルの存在」が、示されます。
平成29年07月12日、毛利太。
ブロガー曰く、
自分のページビューを統計情報に含めないように Blogger を設定することができます。それには、Blogger でブラウザにブロック Cookie を追加する必要があります。複数のブラウザをご使用の場合は、各ブラウザを開いてこの設定を行ってください。
然るに、
(02)
実際には、「この方法」を用ゐても、これだけでは、「自分のページビューを追跡しない」といふことは、一切、無く、「自分のアクセス数が、カウントされます」。
cf.
加へて、
(03)
ネットで、「解決法」を調べて、いくら「それ」を、「その通り」に、試してみても、何かが足りないのか、尽く、「失敗」に、終はります。
(04)
「Googleが、urlのcomを国名(jp)にリダイレクトするようにしたから、そうなった。」と言はれても、MS-DOSの、「A:\>SORT<DATA>COM」のやうな「それ」しか知らない私には、「一体、何のことか、全く、分かりません」。
然るに、
(05)
アクセス数が、「多ければ、 多いほど 」、「自分の追跡」は、「全体」の、例へば、 「1%」に満たず、
アクセス数が、「少なければ、少ないほど」、「自分の追跡」は、「全体」の、例へば、「100%」に近づきます。
それ故、
(06)
アクセス数が、多くはない、私としては、「他者(自分以外)からのアクセス数」を把握する必要から、専ら、「プレビュー」だけで、「自分のブログ」を、「確認」してゐたのですが、その「結果」として、「それ以前に書いたブログの内容」は、覚へてゐるのであれば、覚えてゐて、覚えてゐないのであれば、覚へてゐないまま、「同じやうな記事」が、量産されます。
加へて、
(07)
「ラベル」といふ、「便利なそれ」が、有ることも、「紙で書かれた、マニュアルだけが頼り」な私の場合は、昨日の今日まで、知りませんでした。
然るに、
(08)
「ラベル」といふ、「便利なそれ」が、有る。といふことを、知ったため、その、「ラベル」を、貼ることにしたのであって、それゆえ、
のやうな、「ラベルの存在」が、示されます。
平成29年07月12日、毛利太。
2017年7月11日火曜日
「返り点」と「括弧」の関係(Ⅱ)
(01)
( )は、「括弧」である。
(02)
〔 〕の中に、1個以上の( )が有るならば、「括弧」である。
[ ]の中に、1個以上の〔 〕が有るならば、「括弧」である。
{ }の中に、1個以上の[ ]が有るならば、「括弧」である。
従って、
(03)
① ( )
② 〔 ( ) 〕
③ 〔 ( )( ) 〕
④ [ 〔 ( )( ) 〕 ]
⑤ { [ 〔 ( )( ) 〕( ) ]( )( ) }
等は、「括弧」である。
然るに、
(04)
# は、「0個以上の、任意の漢字」である。
* は、「1個以上の、任意の漢字」である。
然るに、
(05)
① *(*)
② *〔*(*)#〕
③ *〔*(*)*(*)#〕
④ *[*〔*(*)*(*)#〕#]
⑤ *{*[*〔*(*)*(*)#〕#(*)#]*(*)*(*)#}
等を、『括弧』とする。
従って、
(05)により、
(06)
① *(*)=読(書)。
① *(*)=二(一)。
① *(*)=我読(漢文)。
① *(*)=我二(漢一)。
② *〔*(*)#〕=我不〔読(英文)〕。
② *〔*(*)#〕=我三〔二(英一)〕。
③ *〔*(*)#〕=我非〔読(英文)者〕。
③ *〔*(*)#〕=我四〔二(英一)三〕。
④ *[*〔*(*)*(*)#〕#]=不[如〔因(其機)遂取(之)〕]
④ *[*〔*(*)*(*)#〕#]=六[五〔二(其一)遂四(三)〕]
⑤ *{*[*〔*(*)*(*)#〕#(*)#]*(*)*(*)#}=使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(心)]有(財銭)以済(医薬)}。
⑤ *{*[*〔*(*)*(*)#〕#(*)#]*(*)*(*)#}=十三{籍誠八[五〔二(妻一)四(飢三)〕七(六)]十(財九)以十二(医十一)}。
等は、『括弧』である。
然るに、
(07)
(Ⅰ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅳ)天 地 人
に於いて、
(Ⅰ)を挟んで「返る」際には、(Ⅱ)を用ゐる。
(Ⅱ)を挟んで「返る」際には、(Ⅲ)を用ゐる。
(Ⅲ)を挟んで「返る」際には、(Ⅳ)を用ゐる。
ものの、
(Ⅱ)上 中 下
に於いて、「四番目以降」が「不足」するならば、
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
といふ「順番」ではなく、
(Ⅱ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅲ)上 中 下
といふ「順番」とする。
従って、
(06)(07)により、
(08)
① 読(書)。
① 二(一)。
① 我読(漢文)。
① 我二(漢一)。
② 我不〔読(英文)〕。
② 我三〔二(英一)〕。
③ 我非〔読(英文)者〕。
③ 我下〔二(英一)上〕。
④ 不[如〔因(其機)遂取(之)〕]。
④ 丁[丙〔二(其一)遂乙(甲)〕]。
⑤ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(心)]有(財銭)以済(医薬)}。
⑤ 人{籍誠丙[下〔二(妻一)中(飢上)〕乙(甲)]二(財一)以地(医天)}。
である。
然るに、
(09)
cf.
① 書を読む。
① 我、漢文を読む。
② 我、英文を読まず。
③ 我は英文を読む者に非ず。
④ 其の機に因りて遂に之を取るに如かず。
⑤ 籍をして誠に、妻子を畜ひ飢寒を憂ふるを以て心を乱さず、銭財有りて、以て、医薬を済さ使む。
従って、
(08)(09)により、
(10)
① 読(書)
① 我読(漢文)。
② 我不〔読(英文)〕。
③ 我非〔読(英文)者〕。
④ 不[如〔因(其機)遂取(之)〕]。
⑤ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(心)]有(財銭)以済(医薬)}。
対する、「返り点」は、
① 二(一)。
① 我二(漢一)。
② 我三〔二(英一)〕。
② 我下〔二(英一)上〕。
④ 丁[丙〔二(其一)遂乙(甲)〕]。
⑤ 人{籍誠丙[下〔二(妻一)中(飢上)〕乙(甲)]二(財一)以地(医天)}。
に於ける、
① 二 一
① 二 一
② 三 二 一
③ 下 二 一 上
④ 丁 丙 二 一 乙 甲
⑤ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 二 一 地 天
である。
然るに、
(11)
② 不三 読二 英文一=英文を読まず。
に対して、
⑫ 読二 不三 英文一=英文を読まず。
といふ「漢文」は「存在」しない。
然るに、
(12)
(α)「上(左)から下(右)へ、読む」場合に、「返り点」は、「不要」であって、
(β)「下(右)から上(左)へ、読む」場合に、「返り点」は、「必要」となる。
従って、
(12)により、
(13)
⑫ 二 三 一
であれば、
⑫ 二→三
に於いて、
(α)「上(左)から下(右)へ、返ってゐる」。
従って、
(11)(12)(13)により、
(14)
⑫ 読二 不三 英文一=英文を読まず 。
に於ける、
⑫ 二 三 一
といふ「それ」は、
⑫ 二→三
といふ「順番」を含んでゐるが故に、「返り点」ではない。
然るに、
(15)
② 三〔二(一)〕。
に於いて、
② 二( )⇒( )二
② 三〔 〕⇒〔 〕三
といふ「移動」を行ふならば
② 〔(一)二〕三。
然るに、
(16)
⑫ 二(三〔一)〕。
に於いて、
⑫ 二( )⇒( )二
⑫ 三〔 〕⇒〔 〕三
といふ「移動」を行ふならば、
⑫ (〔一)二〕三。
然るに、
(01)(02)により、
(17)
② 三〔二(一)〕。
に於ける、
② 〔 ( )〕
といふ「括弧」に対して、
⑫ 二(三〔一)〕。
に於ける、
⑫ ( 〔 )〕
といふ「それ」は、「括弧」ではない。
従って、
(11)(14)(17)により、
(18)
⑫ 読二 不二 英文一=英文を読まず。
といふ「それ」は、「 漢文 」ではなく、
⑫ 二 三 一
といふ「それ」は、「返り点」ではなく、
⑫ ( 〔 )〕
といふ「それ」は、「 括弧 」ではない。
従って、
(18)により、
(19)
いづれにせよ、
⑫ 2<3>1
のやうな「順番」をふくむ「順番」を、「返り点・括弧」は、
⑫ 1<2<3
のやうな「順番」に、「並び替へ(ソートす)」ることは、出来ない。
然るに、
(06)(10)により、
(20)
① 二 一
② 三 二 一
③ 下 二 一 上
④ 丁 丙 二 一 乙 甲
⑤ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 二 一 地 天
といふ「返り点」は、
① 2 1
② 3 2 1
③ 4 2 1 3
④ 6 5 2 1 4 3
⑤ 13 2 8 7 5 4 3 7 6 10 9 12 11
といふ「順番」に、「相当」する。
然るに、
(21)
① 2 1
② 3 2 1
③ 4 2 1 3
④ 6 5 2 1 4 3
⑤ 13 2 8 7 5 4 3 7 6 10 9 12 11
の中には、
⑫ 2<3>1
のやうな「順番」、すなはち、
⑫ N+1<M>N
のやうな「順番」は、「一つ」も無い。
従って、
(07)(10)(21)により、
(22)
(Ⅰ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅳ)天 地 人
に於いて、
(Ⅰ)を挟んで「返る」際には、(Ⅱ)を用ゐる。
(Ⅱ)を挟んで「返る」際には、(Ⅲ)を用ゐる。
(Ⅲ)を挟んで「返る」際には、(Ⅳ)を用ゐる。
ものの、
(Ⅱ)上 中 下
に於いて、「四番目以降」が「不足」するならば、
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
といふ「順番」ではなく、
(Ⅱ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅲ)上 中 下
といふ「順番」とする。
といふ『ルール』に従ってゐる限り、
⑫ N+1<M>N
のやうな「順番」は、「一つ」も「表れ」ず、尚且つ、
⑫ N+1<M>N
のやうな「順番」は、「一つ」も「表れ」ないのであれば、その時に限って、「それらの順番」には、「返り点・括弧」を、付けることが、出来る。
然るに、
(23)
従って、
(23)により、
(24)
① 2 1
① 2 1
② 3 2 1
③ 4 2 1 3
④ 6 5 2 1 4 3
⑤ 13 2 8 7 5 4 3 7 6 10 9 12 11
といふ「順番」の中の、「ある順番」は、
(Ⅴ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
といふ「レ点」を含む「返り点」で、「並び替へ(ソートす)」ることが、出来る。
然るに、
(25)
(Ⅴ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
の場合は、
(β)「下(右)から上(左)へしか、返れない」。
従って、
(07)(25)により、
(26)
(Ⅰ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅳ)天 地 人
(Ⅴ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
といふ「返り点」で、表すことが出来る「順番」であれば、
⑫ N+1<M>N
のやうな「順番」は、「一つも無く」、
⑫ N+1<M>N
のやうな「順番」は、「一つ無い」のであれば、その時に限って、「それらの順番」には、
① ( )
② 〔 〕
③ [ ]
④ { }
からなる、「括弧」を、付けることが、出来る。
平成29年07月11日、毛利太。
―「関連記事」―
「返り点」と「括弧」の関係(https://kannbunn.blogspot.com/2017/07/blog-post_9.html)。
( )は、「括弧」である。
(02)
〔 〕の中に、1個以上の( )が有るならば、「括弧」である。
[ ]の中に、1個以上の〔 〕が有るならば、「括弧」である。
{ }の中に、1個以上の[ ]が有るならば、「括弧」である。
従って、
(03)
① ( )
② 〔 ( ) 〕
③ 〔 ( )( ) 〕
④ [ 〔 ( )( ) 〕 ]
⑤ { [ 〔 ( )( ) 〕( ) ]( )( ) }
等は、「括弧」である。
然るに、
(04)
# は、「0個以上の、任意の漢字」である。
* は、「1個以上の、任意の漢字」である。
然るに、
(05)
① *(*)
② *〔*(*)#〕
③ *〔*(*)*(*)#〕
④ *[*〔*(*)*(*)#〕#]
⑤ *{*[*〔*(*)*(*)#〕#(*)#]*(*)*(*)#}
等を、『括弧』とする。
従って、
(05)により、
(06)
① *(*)=読(書)。
① *(*)=二(一)。
① *(*)=我読(漢文)。
① *(*)=我二(漢一)。
② *〔*(*)#〕=我不〔読(英文)〕。
② *〔*(*)#〕=我三〔二(英一)〕。
③ *〔*(*)#〕=我非〔読(英文)者〕。
③ *〔*(*)#〕=我四〔二(英一)三〕。
④ *[*〔*(*)*(*)#〕#]=不[如〔因(其機)遂取(之)〕]
④ *[*〔*(*)*(*)#〕#]=六[五〔二(其一)遂四(三)〕]
⑤ *{*[*〔*(*)*(*)#〕#(*)#]*(*)*(*)#}=使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(心)]有(財銭)以済(医薬)}。
⑤ *{*[*〔*(*)*(*)#〕#(*)#]*(*)*(*)#}=十三{籍誠八[五〔二(妻一)四(飢三)〕七(六)]十(財九)以十二(医十一)}。
等は、『括弧』である。
然るに、
(07)
(Ⅰ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅳ)天 地 人
に於いて、
(Ⅰ)を挟んで「返る」際には、(Ⅱ)を用ゐる。
(Ⅱ)を挟んで「返る」際には、(Ⅲ)を用ゐる。
(Ⅲ)を挟んで「返る」際には、(Ⅳ)を用ゐる。
ものの、
(Ⅱ)上 中 下
に於いて、「四番目以降」が「不足」するならば、
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
といふ「順番」ではなく、
(Ⅱ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅲ)上 中 下
といふ「順番」とする。
従って、
(06)(07)により、
(08)
① 読(書)。
① 二(一)。
① 我読(漢文)。
① 我二(漢一)。
② 我不〔読(英文)〕。
② 我三〔二(英一)〕。
③ 我非〔読(英文)者〕。
③ 我下〔二(英一)上〕。
④ 不[如〔因(其機)遂取(之)〕]。
④ 丁[丙〔二(其一)遂乙(甲)〕]。
⑤ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(心)]有(財銭)以済(医薬)}。
⑤ 人{籍誠丙[下〔二(妻一)中(飢上)〕乙(甲)]二(財一)以地(医天)}。
である。
然るに、
(09)
cf.
① 書を読む。
① 我、漢文を読む。
② 我、英文を読まず。
③ 我は英文を読む者に非ず。
④ 其の機に因りて遂に之を取るに如かず。
⑤ 籍をして誠に、妻子を畜ひ飢寒を憂ふるを以て心を乱さず、銭財有りて、以て、医薬を済さ使む。
従って、
(08)(09)により、
(10)
① 読(書)
① 我読(漢文)。
② 我不〔読(英文)〕。
③ 我非〔読(英文)者〕。
④ 不[如〔因(其機)遂取(之)〕]。
⑤ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(心)]有(財銭)以済(医薬)}。
対する、「返り点」は、
① 二(一)。
① 我二(漢一)。
② 我三〔二(英一)〕。
② 我下〔二(英一)上〕。
④ 丁[丙〔二(其一)遂乙(甲)〕]。
⑤ 人{籍誠丙[下〔二(妻一)中(飢上)〕乙(甲)]二(財一)以地(医天)}。
に於ける、
① 二 一
① 二 一
② 三 二 一
③ 下 二 一 上
④ 丁 丙 二 一 乙 甲
⑤ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 二 一 地 天
である。
然るに、
(11)
② 不三 読二 英文一=英文を読まず。
に対して、
⑫ 読二 不三 英文一=英文を読まず。
といふ「漢文」は「存在」しない。
然るに、
(12)
(α)「上(左)から下(右)へ、読む」場合に、「返り点」は、「不要」であって、
(β)「下(右)から上(左)へ、読む」場合に、「返り点」は、「必要」となる。
従って、
(12)により、
(13)
⑫ 二 三 一
であれば、
⑫ 二→三
に於いて、
(α)「上(左)から下(右)へ、返ってゐる」。
従って、
(11)(12)(13)により、
(14)
⑫ 読二 不三 英文一=英文を読まず 。
に於ける、
⑫ 二 三 一
といふ「それ」は、
⑫ 二→三
といふ「順番」を含んでゐるが故に、「返り点」ではない。
然るに、
(15)
② 三〔二(一)〕。
に於いて、
② 二( )⇒( )二
② 三〔 〕⇒〔 〕三
といふ「移動」を行ふならば
② 〔(一)二〕三。
然るに、
(16)
⑫ 二(三〔一)〕。
に於いて、
⑫ 二( )⇒( )二
⑫ 三〔 〕⇒〔 〕三
といふ「移動」を行ふならば、
⑫ (〔一)二〕三。
然るに、
(01)(02)により、
(17)
② 三〔二(一)〕。
に於ける、
② 〔 ( )〕
といふ「括弧」に対して、
⑫ 二(三〔一)〕。
に於ける、
⑫ ( 〔 )〕
といふ「それ」は、「括弧」ではない。
従って、
(11)(14)(17)により、
(18)
⑫ 読二 不二 英文一=英文を読まず。
といふ「それ」は、「 漢文 」ではなく、
⑫ 二 三 一
といふ「それ」は、「返り点」ではなく、
⑫ ( 〔 )〕
といふ「それ」は、「 括弧 」ではない。
従って、
(18)により、
(19)
いづれにせよ、
⑫ 2<3>1
のやうな「順番」をふくむ「順番」を、「返り点・括弧」は、
⑫ 1<2<3
のやうな「順番」に、「並び替へ(ソートす)」ることは、出来ない。
然るに、
(06)(10)により、
(20)
① 二 一
② 三 二 一
③ 下 二 一 上
④ 丁 丙 二 一 乙 甲
⑤ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 二 一 地 天
といふ「返り点」は、
① 2 1
② 3 2 1
③ 4 2 1 3
④ 6 5 2 1 4 3
⑤ 13 2 8 7 5 4 3 7 6 10 9 12 11
といふ「順番」に、「相当」する。
然るに、
(21)
① 2 1
② 3 2 1
③ 4 2 1 3
④ 6 5 2 1 4 3
⑤ 13 2 8 7 5 4 3 7 6 10 9 12 11
の中には、
⑫ 2<3>1
のやうな「順番」、すなはち、
⑫ N+1<M>N
のやうな「順番」は、「一つ」も無い。
従って、
(07)(10)(21)により、
(22)
(Ⅰ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅳ)天 地 人
に於いて、
(Ⅰ)を挟んで「返る」際には、(Ⅱ)を用ゐる。
(Ⅱ)を挟んで「返る」際には、(Ⅲ)を用ゐる。
(Ⅲ)を挟んで「返る」際には、(Ⅳ)を用ゐる。
ものの、
(Ⅱ)上 中 下
に於いて、「四番目以降」が「不足」するならば、
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
といふ「順番」ではなく、
(Ⅱ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅲ)上 中 下
といふ「順番」とする。
といふ『ルール』に従ってゐる限り、
⑫ N+1<M>N
のやうな「順番」は、「一つ」も「表れ」ず、尚且つ、
⑫ N+1<M>N
のやうな「順番」は、「一つ」も「表れ」ないのであれば、その時に限って、「それらの順番」には、「返り点・括弧」を、付けることが、出来る。
然るに、
(23)
従って、
(23)により、
(24)
① 2 1
① 2 1
② 3 2 1
③ 4 2 1 3
④ 6 5 2 1 4 3
⑤ 13 2 8 7 5 4 3 7 6 10 9 12 11
といふ「順番」の中の、「ある順番」は、
(Ⅴ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
といふ「レ点」を含む「返り点」で、「並び替へ(ソートす)」ることが、出来る。
然るに、
(25)
(Ⅴ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
の場合は、
(β)「下(右)から上(左)へしか、返れない」。
従って、
(07)(25)により、
(26)
(Ⅰ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅳ)天 地 人
(Ⅴ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
といふ「返り点」で、表すことが出来る「順番」であれば、
⑫ N+1<M>N
のやうな「順番」は、「一つも無く」、
⑫ N+1<M>N
のやうな「順番」は、「一つ無い」のであれば、その時に限って、「それらの順番」には、
① ( )
② 〔 〕
③ [ ]
④ { }
からなる、「括弧」を、付けることが、出来る。
平成29年07月11日、毛利太。
―「関連記事」―
「返り点」と「括弧」の関係(https://kannbunn.blogspot.com/2017/07/blog-post_9.html)。
2017年7月9日日曜日
「返り点」と「括弧」の関係。
(01)
(α)「上(左)から下(右)へ、読む」場合に、「返り点」は、「不要」であって、
(β)「下(右)から上(左)へ、読む」場合に、「返り点」は、「必要」となる。
然るに、
(02)
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
の場合は、
(β)「下(右)から上(左)へしか、返れない」。
然るに、
(03)
(Ⅱ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
の場合は、
(β)「下(右)から上(左)へ、返ることが、出来る」。
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
(Ⅱ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
を除く、
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
に於いて、「不足」が生じない限り、
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
といふ「レ点」は、全て、
(Ⅱ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
といふ「レ点以外」に、「置き換へ」ることが、出来る。
従って、
(01)~(04)により、
(05)
(06)で示すやうに、
① 二 一レ
② レ 二 レ 一レ
③ レ 下 二 一 上
④ レ 三 二 一
⑤ レ 二 レ レ 一
⑥ 下 レ レ 二 一 上
⑦ レ レ 二 一レ 二 一レ
⑧ レ レ 二 一レ レ
⑨ レ 二 三- 一
といふ「レ点を含む、返り点」は、
① 三 二 一
② 丁 丙 二 一 乙 甲
③ 下 中 二 一 上
④ 四 三 二 一
⑤ 下 中 三 二 一 上
⑥ 下 四 三 二 一 上
⑦ 三 二 一 五 四 三 二 一
⑧ 六 五 四 三 二 一
⑨ 三 二- 一
といふ「レ点を含まない、返り点」に、「置き換へ」ることが、出来る。
(06)
cf.
① 我、鳥の樹に啼くを聞く。
② 鳥獣は、吾、これと群を同うす可からず。
③ 外人の為に、言ふに足らざるなり。
④ 耕す者、益々以て急ならざる可からず。
⑤ 己に如かざる者を友とする無かれ。
⑥ 当世の士大夫、劉老人有るを知らざる無し。
⑦ 聖人の知らざる所、未だ必ずしも、愚人の知る所と為さずばあらざるなり。
⑧ 曽子の母、子の人を殺さざるを知らざるに非ざるなり。
⑨ ここに楚の大夫有り。
然るに、
(07)
(08)で示すやうに、
「 漢字 」に「返り点」が付くといふことは、「逆に言へば」、
「返り点」に「 漢字 」が付くことに、「等しい」。
(08)
従って、
(05)~(08)により、
(09)
① 三 二 一
② 丁 丙 二 一 乙 甲
③ 下 中 二 一 上
④ 四 三 二 一
⑤ 下 中 三 二 一 上
⑥ 下 四 三 二 一 上
⑦ 三 二 一 五 四 三 二 一
⑧ 六 五 四 三 二 一
⑨ 三 二- 一
といふ「返り点」等を、「括弧」を用ゐて、
① 一 二 三
② 一 二 甲 乙 丙 丁
③ 一 二 上 中 下
④ 一 二 三 四
⑤ 一 二 三 上 中 下
⑥ 一 二 三 上 下
⑦ 一 二 三、一 二 三 四 五
⑧ 一 二 三 四 五 六
⑨ 一 二- 三
といふ「順番」に、「並び替へる」ことが、出来るのであれば、
① 我聞鳥啼樹。
② 鳥獣吾不可与之同群。
③ 不足為外人道也。
④ 耕者不可以不益急矣。
⑤ 無友不如己者。
⑥ 当世士大夫無不知有劉老人者。
⑦ 聖人所不知、未必不為愚人所知也。
⑧ 曽子之母非不知子不殺人。
⑨ 有楚大夫於此。
といふ「漢文」に対して、「括弧」を用ひて、
① 我、鳥の樹に啼くを聞く。
② 鳥獣は、吾、これと群を同うす可からず。
③ 外人の為に、言ふに足らざるなり。
④ 耕す者、益々以て急ならざる可からず。
⑤ 己に如かざる者を友とする無かれ。
⑥ 当世の士大夫、劉老人有るを知らざる無し。
⑦ 聖人の知らざる所、未だ必ずしも、愚人の知る所と為さずばあらざるなり。
⑧ 曽子の母、子の人を殺さざるを知らざるに非ざるなり。
⑨ ここに楚の大夫有り。
といふ「順番」に、「訓読」することが、出来る。
然るに、
(10)
① 三 二 一
④ 四 三 二 一
⑦ 三 二 一、五 四 三 二 一
⑧ 六 五 四 三 二 一
⑨ 三 二- 一
の場合は、「ただ単に」に、
⑧ 下(右)から上(左)へ、返ってゐる。
に過ぎない。
然るに、
(11)
⑧ 六 五 四 三 二 一 =
⑧ 六〈五{四[三〔二(一)〕]}〉。
に於いて、
⑧ 六〈 〉⇒〈 〉六
⑧ 五{ }⇒{ }五
⑧ 四[ ]⇒[ ]四
⑧ 三〔 〕⇒〔 〕三
⑧ 二( )⇒( )二
といふ「移動」を行ふならば、
⑧ 〈{[〔(一)二〕三]四}五〉六=
⑧ 一 二 三 四 五 六。
である。
然るに、
(12)
② 丁 丙 二 一 乙 甲
③ 下 中 二 一 上
⑤ 下 中 三 二 一 上
⑥ 下 四 三 二 一 上
の「順番」は、
② 8 7 2 1 6 7
③ 5 4 2 1 3
⑤ 6 5 3 2 1 4
⑥ 6 4 3 2 1 5
である。
然るに、
(13)
③ 5[4〔2(1)3〕]。
に於いて、
③ 5[ ]⇒[ ]5
③ 4〔 〕⇒〔 〕4
③ 2( )⇒( )2
といふ「移動」を行ふと、
③ 5 4 2 1 3=
③ 5[4〔2(1)3〕]⇒
③ [〔(1)23〕4]5=
③ 1 2 3 4 5。
然るに、
(14)
③ 下 中 二 一 上
ではなく、例へば、
③ 下 中 二 上 一
であれば、
③ 5 4 2 3 1
である。
然るに、
(15)
③ 2(3〔1)〕。
に於いて、
③ 3〔 〕⇒〔 〕3
③ 2( )⇒( )2
といふ「移動」を行ふと、
③ 2(3〔1)〕=
③ (〔1)2〕3=
③ 1 2 3。
然るに、
(16)
③ 2(3〔1)〕。
に於ける、
③ ( 〔 )〕
の場合は、「数学」であれば、
③ ( { )}
が、「括弧」ではないやうに、
③ ( 〔 )〕
は、「括弧」ではない。
従って、
(14)(15)(16)により、
(17)
③ 2(3〔1)〕
といふ「順番」を含む所の、
③ 下 中 二<上>一。
③ 5 4 2<3>1。
といふ「順番」を、「括弧」を用ひて、
③ 一 二 上 中 下。
③ 1 2 3 4 5。
といふ「順番」に、「並び替へ(ソートす)」ることは、出来ない。
然るに、
(18)
(Ⅱ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
に於いて、
(Ⅱ)を挟んで「返る」際には、(Ⅲ)を用ゐる。
(Ⅲ)を挟んで「返る」際には、(Ⅳ)を用ゐる。
(Ⅳ)を挟んで「返る」際には、(Ⅴ)を用ゐる。
ものの、但し、
(Ⅲ)上 中 下
に於いて、「四つ目」以降が、「不足」する場合は、
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅳ)上 中 下
といふ「順番」に変へ、
(Ⅴ)天 地 人
に於いて、「四つ目」以降が、「不足」する場合は、
(Ⅳ)天 地 人
(Ⅴ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
といふ「順番」に変へる。
といふ『それ』が、
(Ⅱ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
に於ける、『ルール』である。
然るに、
(19)
(Ⅱ)一 二 三
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙
(Ⅴ)天 地 人
(Ⅱ)を挟んで「返る」際には、(Ⅲ)を用ゐる。
(Ⅲ)を挟んで「返る」際には、(Ⅳ)を用ゐる。
(Ⅳ)を挟んで「返る」際には、(Ⅴ)を用ゐる。
といふ『ルール』が、「順守」されてゐる限り、
③ 下 中 二<上>一。
③ 5 4 2<3>1。
のやうな「順番」や、
③ 下 二<中 上>一。
③ 5 2<4 3>1。
のやうな「順番」は、「有り得ない」。
然るに、
(20)
③ 下 中 二<上>一。
③ 5 4 2<3>1。
ではなく、例へば、
⑩ 人 下 三 二 一 中 三 二 一 上 二 一 地 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 天=
⑩ V I C B A H F E D G K J U S P M L O N R Q T=
⑩ V〈I{C〔B(A)〕H[F〔E(D)〕G]}K(J)U{S[P〔M(L)O(N)〕R(Q)]T}〉。
に於いて、
⑩ V〈 〉⇒〈 〉V
⑩ I{ }⇒{ }I
⑩ C〔 〕⇒〔 〕C
⑩ B( )⇒( )B
⑩ H[ ]⇒[ ]H
⑩ F〔 〕⇒〔 〕I
⑩ E( )⇒( )E
⑩ K( )⇒( )K
⑩ U{ }⇒{ }U
⑩ S[ ]⇒[ ]S
⑩ P〔 〕⇒〔 〕P
⑩ M( )⇒( )M
⑩ O( )⇒( )O
⑩ R( )⇒( )I
といふ、「移動」を行ふと、
⑩ V〈I{C〔B(A)〕H[F〔E(D)〕G]}K(J)U{S[P〔M(L)O(N)〕R(Q)]T}〉⇒
⑩ 〈{〔(A)B〕C[〔(D)E〕FG]H}I(J)K{[〔(L)M(N)O〕P(Q)R]ST}U〉V=
⑩ A B C D E F G H I J K L N O P Q R S T U V。
といふ風に、「並び替へ(ソートす)」ることが、出来る。
従って、
(17)~(20)により、
(21)
(Ⅱ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
に於いて、
(Ⅱ)を挟んで「返る」際には、(Ⅲ)を用ゐる。
(Ⅲ)を挟んで「返る」際には、(Ⅳ)を用ゐる。
(Ⅳ)を挟んで「返る」際には、(Ⅴ)を用ゐる。
といふ『ルール』を「順守」してゐるが故に、
⑩ 人 下 三 二 一 中 三 二 一 上 二 一 地 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 天=
⑩ V I C B A H F E D G K J U S P M L O N R Q T=
⑩ V〈I{C〔B(A)〕H[F〔E(D)〕G]}K(J)U{S[P〔M(L)O(N)〕R(Q)]T}〉。
のやうな「順番」は、
⑩ 〈 { 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] }( ){ [ 〔 ( )( ) 〕( ) ] } 〉
といふ「括弧」を用ゐて、
⑩ A B C D E F G H I J K L N O P Q R S T U V。
といふ「順番」に、「並び替へ(ソートす)」ることが、出来る。
(22)
例へば、
に対しては、
(23)
⑪ 何不令人謂韓公叔曰秦之敢絶周而伐韓者信東周也公何不与周地発質使之楚秦必疑楚不信周是韓不伐也又謂秦曰韓彊与周地将以疑周於秦也周不敢不受=
⑪ 何不〈令{人謂(韓公叔)曰[秦之敢絶(周)而伐(韓)者、信(東周)也、公何不〔与(周地)発(質使)之(楚)〕。秦必疑(楚)、不〔信(周)〕。是韓不(伐)也]、又謂(秦)曰[韓彊与(周地)、将〔以疑(周於秦)〕也。周不〔敢不(受)〕]}〉⇒
⑪ 何〈{人(韓公叔)謂[秦之敢(周)絶而(韓)伐者、(東周)信也、公何〔(周地)与(質使)発(楚)之〕不。秦必(楚)疑、〔(周)信〕不。是韓(伐)不也]曰、又(秦)謂[韓彊(周地)与、且〔以(周於秦)疑〕也。周〔敢(受)不〕不]曰}令〉不=
⑪ 何ぞ〈{人をして(韓の公叔に)謂ひて[秦の敢へて(周)を絶って(韓を)伐たんとするは、(東周を)信ずればなり、公何ぞ〔(周に地を)与へ(質使を)発して(楚に)之かしめ〕ざる、秦必ず(楚を)疑ひ、〔(周を)信ぜ〕ざらん。是れ韓(伐たれ)ざらんと]曰ひ、又(秦に)謂ひて[韓彊ひて(周に地を)与ふるは、且に〔以て(周を秦に)疑はしめん〕なり。周〔敢へて(受け)ずんば〕あらずと]曰は}令め〉ざる。
である。
従って、
(24)
⑪ レ 丁 二 一 地 レ レ 二 一 下 二 一 二 一 上レ レ レ レ 天レ レ 丙 二 一 三 二 一 乙 甲レ
に対する「括弧」は、
⑪ 〈 { ( )[ ( )( )( )〔 ( )( )( ) 〕〔 ( ) 〕( ) ]( )[ ( )〔 ( ) 〕〔 ( ) 〕 ] } 〉
である。
従って、
(05)(06)(20)(24)により、
(25)
( )〔 〕[ ]{ }〈 〉
といふ「括弧」は、例へば、
① 二 一レ
② レ 二 レ 一レ
③ レ 下 二 一 上
④ レ 三 二 一
⑤ レ 二 レ レ 一
⑥ 下 レ レ 二 一 上
⑦ レ レ 二 一レ 二 一レ
⑧ レ レ 二 一レ レ
⑨ レ 二 三- 一
① 三 二 一
② 丁 丙 二 一 乙 甲
③ 下 中 二 一 上
④ 四 三 二 一
⑤ 下 中 三 二 一 上
⑥ 下 四 三 二 一 上
⑦ 三 二 一 五 四 三 二 一
⑧ 六 五 四 三 二 一
⑨ 三 二- 一
⑩ 人 下 三 二 一 中 三 二 一 上 二 一 地 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 天
⑪ レ 丁 二 一 地 レ レ 二 一 下 二 一 二 一 上レ レ レ レ 天レ レ 丙 二 一 三 二 一 乙 甲レ
といふ「返り点」が表す、「訓読」の「順番」を、表すことが、出来る。
従って、
(26)
( )〔 〕[ ]{ }〈 〉
といふ「括弧」は、思ふに、例へば、「新釈漢文大系 全120巻(別巻1)- 明治書院」の中に有る、「返り点」が表す、「全ての訓読の、順番」を、表すことが、出来る。
(27)
私が思ふに、例へば、
⑪ 何不令人謂韓公叔曰秦之敢絶周而伐韓者信東周也公何不与周地発質使之楚秦必疑楚不信周是韓不伐也又謂秦曰韓彊与周地将以疑周於秦也周不敢不受(史記、周本紀)。
⑫ 使我長百獣(戦国策)。
といふ「漢文」には、固より、
⑪ 〈 { ( )[ ( )( )( )〔 ( )( )( ) 〕〔 ( ) 〕( ) ]( )[ ( )〔 ( ) 〕〔 ( ) 〕 ] } 〉
⑫ 〔 ( ) 〕
といふ「括弧(補足構造)」が有って、その、「括弧(補足構造)」に従って、
⑪ 何不令人謂韓公叔曰秦之敢絶周而伐韓者信東周也公何不与周地発質使之楚秦必疑楚不信周是韓不伐也又謂秦曰韓彊与周地将以疑周於秦也周不敢不受(史記、周本紀)。
⑫ 使我長百獣(戦国策)。
といふ「漢文」に対して、
⑪ レ 丁 二 一 地 レ レ 二 一 下 二 一 二 一 上レ レ レ レ 天レ レ 丙 二 一 三 二 一 乙 甲レ
⑫ 三 二 一
といふ「返り点」が、付いてゐる。
従って、
(28)
( )〔 〕[ ]{ }〈 〉
といふ「括弧」は、
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
(Ⅱ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
といふ「返り点」の、「代用」ではない。
平成29年07月09日、毛利太。
(α)「上(左)から下(右)へ、読む」場合に、「返り点」は、「不要」であって、
(β)「下(右)から上(左)へ、読む」場合に、「返り点」は、「必要」となる。
然るに、
(02)
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
の場合は、
(β)「下(右)から上(左)へしか、返れない」。
然るに、
(03)
(Ⅱ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
の場合は、
(β)「下(右)から上(左)へ、返ることが、出来る」。
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
(Ⅱ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
を除く、
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
に於いて、「不足」が生じない限り、
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
といふ「レ点」は、全て、
(Ⅱ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
といふ「レ点以外」に、「置き換へ」ることが、出来る。
従って、
(01)~(04)により、
(05)
(06)で示すやうに、
① 二 一レ
② レ 二 レ 一レ
③ レ 下 二 一 上
④ レ 三 二 一
⑤ レ 二 レ レ 一
⑥ 下 レ レ 二 一 上
⑦ レ レ 二 一レ 二 一レ
⑧ レ レ 二 一レ レ
⑨ レ 二 三- 一
といふ「レ点を含む、返り点」は、
① 三 二 一
② 丁 丙 二 一 乙 甲
③ 下 中 二 一 上
④ 四 三 二 一
⑤ 下 中 三 二 一 上
⑥ 下 四 三 二 一 上
⑦ 三 二 一 五 四 三 二 一
⑧ 六 五 四 三 二 一
⑨ 三 二- 一
といふ「レ点を含まない、返り点」に、「置き換へ」ることが、出来る。
(06)
cf.
① 我、鳥の樹に啼くを聞く。
② 鳥獣は、吾、これと群を同うす可からず。
③ 外人の為に、言ふに足らざるなり。
④ 耕す者、益々以て急ならざる可からず。
⑤ 己に如かざる者を友とする無かれ。
⑥ 当世の士大夫、劉老人有るを知らざる無し。
⑦ 聖人の知らざる所、未だ必ずしも、愚人の知る所と為さずばあらざるなり。
⑧ 曽子の母、子の人を殺さざるを知らざるに非ざるなり。
⑨ ここに楚の大夫有り。
然るに、
(07)
(08)で示すやうに、
「 漢字 」に「返り点」が付くといふことは、「逆に言へば」、
「返り点」に「 漢字 」が付くことに、「等しい」。
(08)
従って、
(05)~(08)により、
(09)
① 三 二 一
② 丁 丙 二 一 乙 甲
③ 下 中 二 一 上
④ 四 三 二 一
⑤ 下 中 三 二 一 上
⑥ 下 四 三 二 一 上
⑦ 三 二 一 五 四 三 二 一
⑧ 六 五 四 三 二 一
⑨ 三 二- 一
といふ「返り点」等を、「括弧」を用ゐて、
① 一 二 三
② 一 二 甲 乙 丙 丁
③ 一 二 上 中 下
④ 一 二 三 四
⑤ 一 二 三 上 中 下
⑥ 一 二 三 上 下
⑦ 一 二 三、一 二 三 四 五
⑧ 一 二 三 四 五 六
⑨ 一 二- 三
といふ「順番」に、「並び替へる」ことが、出来るのであれば、
① 我聞鳥啼樹。
② 鳥獣吾不可与之同群。
③ 不足為外人道也。
④ 耕者不可以不益急矣。
⑤ 無友不如己者。
⑥ 当世士大夫無不知有劉老人者。
⑦ 聖人所不知、未必不為愚人所知也。
⑧ 曽子之母非不知子不殺人。
⑨ 有楚大夫於此。
といふ「漢文」に対して、「括弧」を用ひて、
① 我、鳥の樹に啼くを聞く。
② 鳥獣は、吾、これと群を同うす可からず。
③ 外人の為に、言ふに足らざるなり。
④ 耕す者、益々以て急ならざる可からず。
⑤ 己に如かざる者を友とする無かれ。
⑥ 当世の士大夫、劉老人有るを知らざる無し。
⑦ 聖人の知らざる所、未だ必ずしも、愚人の知る所と為さずばあらざるなり。
⑧ 曽子の母、子の人を殺さざるを知らざるに非ざるなり。
⑨ ここに楚の大夫有り。
といふ「順番」に、「訓読」することが、出来る。
然るに、
(10)
① 三 二 一
④ 四 三 二 一
⑦ 三 二 一、五 四 三 二 一
⑧ 六 五 四 三 二 一
⑨ 三 二- 一
の場合は、「ただ単に」に、
⑧ 下(右)から上(左)へ、返ってゐる。
に過ぎない。
然るに、
(11)
⑧ 六 五 四 三 二 一 =
⑧ 六〈五{四[三〔二(一)〕]}〉。
に於いて、
⑧ 六〈 〉⇒〈 〉六
⑧ 五{ }⇒{ }五
⑧ 四[ ]⇒[ ]四
⑧ 三〔 〕⇒〔 〕三
⑧ 二( )⇒( )二
といふ「移動」を行ふならば、
⑧ 〈{[〔(一)二〕三]四}五〉六=
⑧ 一 二 三 四 五 六。
である。
然るに、
(12)
② 丁 丙 二 一 乙 甲
③ 下 中 二 一 上
⑤ 下 中 三 二 一 上
⑥ 下 四 三 二 一 上
の「順番」は、
② 8 7 2 1 6 7
③ 5 4 2 1 3
⑤ 6 5 3 2 1 4
⑥ 6 4 3 2 1 5
である。
然るに、
(13)
③ 5[4〔2(1)3〕]。
に於いて、
③ 5[ ]⇒[ ]5
③ 4〔 〕⇒〔 〕4
③ 2( )⇒( )2
といふ「移動」を行ふと、
③ 5 4 2 1 3=
③ 5[4〔2(1)3〕]⇒
③ [〔(1)23〕4]5=
③ 1 2 3 4 5。
然るに、
(14)
③ 下 中 二 一 上
ではなく、例へば、
③ 下 中 二 上 一
であれば、
③ 5 4 2 3 1
である。
然るに、
(15)
③ 2(3〔1)〕。
に於いて、
③ 3〔 〕⇒〔 〕3
③ 2( )⇒( )2
といふ「移動」を行ふと、
③ 2(3〔1)〕=
③ (〔1)2〕3=
③ 1 2 3。
然るに、
(16)
③ 2(3〔1)〕。
に於ける、
③ ( 〔 )〕
の場合は、「数学」であれば、
③ ( { )}
が、「括弧」ではないやうに、
③ ( 〔 )〕
は、「括弧」ではない。
従って、
(14)(15)(16)により、
(17)
③ 2(3〔1)〕
といふ「順番」を含む所の、
③ 下 中 二<上>一。
③ 5 4 2<3>1。
といふ「順番」を、「括弧」を用ひて、
③ 一 二 上 中 下。
③ 1 2 3 4 5。
といふ「順番」に、「並び替へ(ソートす)」ることは、出来ない。
然るに、
(18)
(Ⅱ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
に於いて、
(Ⅱ)を挟んで「返る」際には、(Ⅲ)を用ゐる。
(Ⅲ)を挟んで「返る」際には、(Ⅳ)を用ゐる。
(Ⅳ)を挟んで「返る」際には、(Ⅴ)を用ゐる。
ものの、但し、
(Ⅲ)上 中 下
に於いて、「四つ目」以降が、「不足」する場合は、
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅳ)上 中 下
といふ「順番」に変へ、
(Ⅴ)天 地 人
に於いて、「四つ目」以降が、「不足」する場合は、
(Ⅳ)天 地 人
(Ⅴ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
といふ「順番」に変へる。
といふ『それ』が、
(Ⅱ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
に於ける、『ルール』である。
然るに、
(19)
(Ⅱ)一 二 三
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙
(Ⅴ)天 地 人
(Ⅱ)を挟んで「返る」際には、(Ⅲ)を用ゐる。
(Ⅲ)を挟んで「返る」際には、(Ⅳ)を用ゐる。
(Ⅳ)を挟んで「返る」際には、(Ⅴ)を用ゐる。
といふ『ルール』が、「順守」されてゐる限り、
③ 下 中 二<上>一。
③ 5 4 2<3>1。
のやうな「順番」や、
③ 下 二<中 上>一。
③ 5 2<4 3>1。
のやうな「順番」は、「有り得ない」。
然るに、
(20)
③ 下 中 二<上>一。
③ 5 4 2<3>1。
ではなく、例へば、
⑩ 人 下 三 二 一 中 三 二 一 上 二 一 地 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 天=
⑩ V I C B A H F E D G K J U S P M L O N R Q T=
⑩ V〈I{C〔B(A)〕H[F〔E(D)〕G]}K(J)U{S[P〔M(L)O(N)〕R(Q)]T}〉。
に於いて、
⑩ V〈 〉⇒〈 〉V
⑩ I{ }⇒{ }I
⑩ C〔 〕⇒〔 〕C
⑩ B( )⇒( )B
⑩ H[ ]⇒[ ]H
⑩ F〔 〕⇒〔 〕I
⑩ E( )⇒( )E
⑩ K( )⇒( )K
⑩ U{ }⇒{ }U
⑩ S[ ]⇒[ ]S
⑩ P〔 〕⇒〔 〕P
⑩ M( )⇒( )M
⑩ O( )⇒( )O
⑩ R( )⇒( )I
といふ、「移動」を行ふと、
⑩ V〈I{C〔B(A)〕H[F〔E(D)〕G]}K(J)U{S[P〔M(L)O(N)〕R(Q)]T}〉⇒
⑩ 〈{〔(A)B〕C[〔(D)E〕FG]H}I(J)K{[〔(L)M(N)O〕P(Q)R]ST}U〉V=
⑩ A B C D E F G H I J K L N O P Q R S T U V。
といふ風に、「並び替へ(ソートす)」ることが、出来る。
従って、
(17)~(20)により、
(21)
(Ⅱ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
に於いて、
(Ⅱ)を挟んで「返る」際には、(Ⅲ)を用ゐる。
(Ⅲ)を挟んで「返る」際には、(Ⅳ)を用ゐる。
(Ⅳ)を挟んで「返る」際には、(Ⅴ)を用ゐる。
といふ『ルール』を「順守」してゐるが故に、
⑩ 人 下 三 二 一 中 三 二 一 上 二 一 地 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 天=
⑩ V I C B A H F E D G K J U S P M L O N R Q T=
⑩ V〈I{C〔B(A)〕H[F〔E(D)〕G]}K(J)U{S[P〔M(L)O(N)〕R(Q)]T}〉。
のやうな「順番」は、
⑩ 〈 { 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] }( ){ [ 〔 ( )( ) 〕( ) ] } 〉
といふ「括弧」を用ゐて、
⑩ A B C D E F G H I J K L N O P Q R S T U V。
といふ「順番」に、「並び替へ(ソートす)」ることが、出来る。
(22)
例へば、
に対しては、
(23)
⑪ 何不令人謂韓公叔曰秦之敢絶周而伐韓者信東周也公何不与周地発質使之楚秦必疑楚不信周是韓不伐也又謂秦曰韓彊与周地将以疑周於秦也周不敢不受=
⑪ 何不〈令{人謂(韓公叔)曰[秦之敢絶(周)而伐(韓)者、信(東周)也、公何不〔与(周地)発(質使)之(楚)〕。秦必疑(楚)、不〔信(周)〕。是韓不(伐)也]、又謂(秦)曰[韓彊与(周地)、将〔以疑(周於秦)〕也。周不〔敢不(受)〕]}〉⇒
⑪ 何〈{人(韓公叔)謂[秦之敢(周)絶而(韓)伐者、(東周)信也、公何〔(周地)与(質使)発(楚)之〕不。秦必(楚)疑、〔(周)信〕不。是韓(伐)不也]曰、又(秦)謂[韓彊(周地)与、且〔以(周於秦)疑〕也。周〔敢(受)不〕不]曰}令〉不=
⑪ 何ぞ〈{人をして(韓の公叔に)謂ひて[秦の敢へて(周)を絶って(韓を)伐たんとするは、(東周を)信ずればなり、公何ぞ〔(周に地を)与へ(質使を)発して(楚に)之かしめ〕ざる、秦必ず(楚を)疑ひ、〔(周を)信ぜ〕ざらん。是れ韓(伐たれ)ざらんと]曰ひ、又(秦に)謂ひて[韓彊ひて(周に地を)与ふるは、且に〔以て(周を秦に)疑はしめん〕なり。周〔敢へて(受け)ずんば〕あらずと]曰は}令め〉ざる。
である。
従って、
(24)
⑪ レ 丁 二 一 地 レ レ 二 一 下 二 一 二 一 上レ レ レ レ 天レ レ 丙 二 一 三 二 一 乙 甲レ
に対する「括弧」は、
⑪ 〈 { ( )[ ( )( )( )〔 ( )( )( ) 〕〔 ( ) 〕( ) ]( )[ ( )〔 ( ) 〕〔 ( ) 〕 ] } 〉
である。
従って、
(05)(06)(20)(24)により、
(25)
( )〔 〕[ ]{ }〈 〉
といふ「括弧」は、例へば、
① 二 一レ
② レ 二 レ 一レ
③ レ 下 二 一 上
④ レ 三 二 一
⑤ レ 二 レ レ 一
⑥ 下 レ レ 二 一 上
⑦ レ レ 二 一レ 二 一レ
⑧ レ レ 二 一レ レ
⑨ レ 二 三- 一
① 三 二 一
② 丁 丙 二 一 乙 甲
③ 下 中 二 一 上
④ 四 三 二 一
⑤ 下 中 三 二 一 上
⑥ 下 四 三 二 一 上
⑦ 三 二 一 五 四 三 二 一
⑧ 六 五 四 三 二 一
⑨ 三 二- 一
⑩ 人 下 三 二 一 中 三 二 一 上 二 一 地 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 天
⑪ レ 丁 二 一 地 レ レ 二 一 下 二 一 二 一 上レ レ レ レ 天レ レ 丙 二 一 三 二 一 乙 甲レ
といふ「返り点」が表す、「訓読」の「順番」を、表すことが、出来る。
従って、
(26)
( )〔 〕[ ]{ }〈 〉
といふ「括弧」は、思ふに、例へば、「新釈漢文大系 全120巻(別巻1)- 明治書院」の中に有る、「返り点」が表す、「全ての訓読の、順番」を、表すことが、出来る。
(27)
私が思ふに、例へば、
⑪ 何不令人謂韓公叔曰秦之敢絶周而伐韓者信東周也公何不与周地発質使之楚秦必疑楚不信周是韓不伐也又謂秦曰韓彊与周地将以疑周於秦也周不敢不受(史記、周本紀)。
⑫ 使我長百獣(戦国策)。
といふ「漢文」には、固より、
⑪ 〈 { ( )[ ( )( )( )〔 ( )( )( ) 〕〔 ( ) 〕( ) ]( )[ ( )〔 ( ) 〕〔 ( ) 〕 ] } 〉
⑫ 〔 ( ) 〕
といふ「括弧(補足構造)」が有って、その、「括弧(補足構造)」に従って、
⑪ 何不令人謂韓公叔曰秦之敢絶周而伐韓者信東周也公何不与周地発質使之楚秦必疑楚不信周是韓不伐也又謂秦曰韓彊与周地将以疑周於秦也周不敢不受(史記、周本紀)。
⑫ 使我長百獣(戦国策)。
といふ「漢文」に対して、
⑪ レ 丁 二 一 地 レ レ 二 一 下 二 一 二 一 上レ レ レ レ 天レ レ 丙 二 一 三 二 一 乙 甲レ
⑫ 三 二 一
といふ「返り点」が、付いてゐる。
従って、
(28)
( )〔 〕[ ]{ }〈 〉
といふ「括弧」は、
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
(Ⅱ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
といふ「返り点」の、「代用」ではない。
平成29年07月09日、毛利太。
2017年7月7日金曜日
返り点、括弧:基本構造。
(01)
―「漢文の基本構造」―
(Ⅰ) 主語◇述語
(Ⅱ) 述語(補足語)
(Ⅲ)連用修飾語+被連用修飾語
(Ⅳ)連体修飾語+被連体修飾語
(Ⅴ) 並列語・並列語
cf.
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、281~283頁)
(02)
右に加へて、
(Ⅵ)接続詞&
(Ⅶ)文末助詞
(Ⅷ)その他
が、「確認」出来る。
(03)
① 富・貴◇非(吾+願)也=
① 富貴は吾が願ひに非ざるなり。
に於いて、
① 富・貴 は、「並列語」であって、
① 富・貴 は、「主語◇」であって、
① ◇非 は、
① (吾+願)の「述語」であって、
① (吾+願)は、
① ◇非 の(補語)であって、
① 吾+ は、
① 願 の「連体修飾語」であって、
① 願 は、
① 吾+ の「被連体修飾語」である。
(04)
① 也 に関して、
① 富貴非吾願。 と、
① 富貴非吾願也。の「関係」は、
① 富貴は吾が願ひではない。 と、
① 富貴は吾が願ひではないのだ。との「関係」に、「似てゐる」。
(05)
② 積(善)+家◇必+有(餘+慶)。
② 積善の家には必ず余慶有り。
に於いて、
② 積(善) は、
② 述語(補足語)
であって、
② 積(善)+ は、
② 家 に対しては、
② 連体修飾語+ と、なってゐて、
② 必+ は、
② 有 に対して、
② 連用修飾語+ と、なってゐて、
② 餘+ は、
② 慶 に対して、
② 連体修飾語+ と、なってゐる。
(06)
③ 無〔人◇不(仁)〕。
③ 人にして、仁ならざるは無し。
に於いて、
③ 人◇ は、「能動態の、主語」である。
(07)
③ 無〔書◇不(読)〕
③ 書として、読まざるは無し。
であるならば、
③ 書◇ は、「受動態の、主語」である。
然るに、
(08)
③ 無〔夕◇不(飲)〕。
③ 夕べとして飲まざるは無し。
に於いて、
③ 夕◇ は、「能動態・受動態の、主語」ではない。
従って、
(06)(07)(08)により、
(09)
③ 無〔人&不(仁)〕。
③ 無〔書&不(読)〕。
③ 無〔夕&不(飲)〕。
であって、
③ 無〔人◇不(仁)〕。
③ 無〔書◇不(仁)〕。
③ 無〔夕◇不(飲)〕。
ではない。
(10)
④ 不〔常+有(白楽)〕。
④ 伯楽は、常には有らず。
である。
然るに、
(11)
④ 不人気、不可解、不正解、不文律、不用意。
であれば、
④ 五つとも、全て、「名詞」である。
従って、
(12)
④ 不常有
といふ「それ」も、「名詞」である。と、することが、「可能」である。
従って、
(13)
④ 伯楽+不常有=名詞+名詞。
である。と、することも、「可能」である。
従って、
(14)
④ 伯楽◇不常有。
④ 伯楽は、常には有らず(不常有)。
である。とすることも、「可能」である。
然るに、
(15)
(2)「倒置」により、次の各分は文の成分の位置が変わっている。
① 詠嘆 ・・・ 賢人哉回也(賢なるかな回や)。
② 強意 ・・・ 何亡国敗家之有(何ぞ国を亡ぼし家を敗ること之有らん)。
③ 提示 ・・・ 故人不可以成敗論也(古人をば成敗を以て論ずべからざるなり)。
(中村幸弘・杉本完治、漢文文型 訓読の語法、2012年、36頁を参照)
従って、
(10)(15)により、
(16)
⑤ 伯楽不常有。
⑤ 伯楽は、常には有らず。
の場合も、
⑤ 不〔常+有(白楽)〕。
⑤ 伯楽は、常には有らず。
に対する、「提示」である。と、することも、「可能」である。
従って、
(16)により、
(17)
⑤ 伯楽不常有。
⑤ 伯楽は、常には有らず。
の場合は、それが「提示」であるとして、
⑤ (伯楽)不〔常+有(??)〕。
といふ風に、書くことも、「可能」である。
cf.
?? は、ワイルドカードで、
??=伯楽
(18)
⑥ 英文=Englishの文。
⑥ 中文=Chineseの文。
であるため、
⑥ 英文=English+文。
⑥ 中文=Chinese+文。
である。
従って、
(19)
⑥ 我◇非〈必+不{常+求[以〔解(中+文)+法〕解(漢+文)]+者}〉也。
⑥ 我は、必ずしも、常には、中文を解する法を以って漢文を解せんことを、求めざる者に非ざるなり。
に於いて、
⑥「必+」は、「連用修飾語」であって、
⑥「常+」は、「連用修飾語」であって、
⑥「中+」は、「連体修飾語」であって、
⑥「英+」は、「連体修飾語」であって、
⑥「必不常求以解中文法解漢文+」は、「連体修飾語」である。
従って、
(01)(19)により、
(20)
⑥ 我非必不常求以解中文法解漢文者也=
⑥ 我◇非〈必+不{常+求[以〔解(中+文)+法〕解(漢+文)]+者}〉也。
といふ「漢文」は、
(Ⅰ) 主語◇述語
(Ⅱ) 述語(補足語)
(Ⅲ)連用修飾語+被連用修飾語
(Ⅳ)連体修飾語+被連体修飾語
といふ、「基本構造」によって、「出来てゐる」。
然るに、
(21)
論語でも孟子でも、訓読をしないと気分が出ないといふ人もあるが、これは孔子や孟子に日本人になってもらはないと気が済まないのと同様で、漢籍が国書であり、漢文が国語であった時代の遺風である。支那の書物が、好い国語に翻訳されることは、もっとも望ましいことであるが、翻訳された結果は、多かれ少なかれその書物の持ち味を棄てることは免れない、立体的なものが平面化することが想像される。持ち味を棄て、平面化したものに慣れると、その方が好くなるのは、恐るべき麻痺であって、いはば信州に育ったものが、生きのよい魚よりも、塩鮭をうまいと思ふ様ものである(「訓読」論 東アジア漢文世界と日本語、中村春作・市來津由彦・田尻祐一郎・前田勉 共編、2008年、60頁)。
然るに、
(22)
右のやうに述べてゐた、「中国語の先生」のやうな、「現役の中国語の先生」に対して、
⑥ 我非必不常求以解中文法解漢文者也。
に於いて、
⑥ 我 は、「主語であるか」。
⑥ 非 は、「どこまで、掛るのか」。
⑥ 必 は、「連用修飾語であるか」。
⑥ 不 は、「どこまで、掛るのか」。
⑥ 常 は、「連用修飾語であるか」。
⑥ 求 は、「どこまで、掛るのか」。
⑥ 以 は、「どこまで、掛るのか」
⑥ 解 は、「どこまで、掛るのか」
⑥ 中 は、「連体修飾語であるか」。
⑥ 文 は、「被連体修飾語であるか」。
⑥ 法 は、「被連体修飾語であるか」。
⑥ 解 は、「どこまで、掛るのか」。
⑥ 漢 は、「連体修飾語であるか」。
⑥ 文 は、「被連体修飾語であるか」。
⑥ 者 は、「被連体修飾語であるか」。
⑥ 也 は、「文末助詞であるか」。
といふ風に、「質問」した「結果」として、
⑥ 我非必不常求以解中文法解漢文者也=
⑥ 我◇非〈必+不{常+求[以〔解(中+文)+法〕解(漢+文)]+者}〉也。
である。といふことは、「有り得ない」わけではない。
然るに、
(23)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。しかし、訓読は、国語の語順に置きかえて読むことが、その大きな原則となっている。それでその補足構造によっている文も、返り点によって、国語としての語順が示されている(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)。
従って、
(22)(23)により、
(24)
⑥ 我非必不常求以解中文法解漢文者也=
⑥ 我◇非〈必+不{常+求[以〔解(中+文)+法〕解(漢+文)]+者}〉也。
といふ「漢文」に於いて、
(Ⅰ) 主語◇述語
(Ⅱ) 述語(補足語)
(Ⅲ)連用修飾語+被連用修飾語
(Ⅳ)連体修飾語+被連体修飾語
(Ⅴ) 並列語・並列語
といふ「五つ」の内の、
(Ⅱ) 述語(補足語)
といふ「語順」だけが、「国語とは全く反対である。」といふ、ことになる。
従って、
(24)により、
(25)
⑥ 我非必不常求以解中文法解漢文者也=
⑥ 我◇非〈必+不{常+求[以〔解(中+文)+法〕解(漢+文)]+者}〉也。
といふ「基本構造」から、
⑥ ◇ + + + + + +
を「除いた」、
⑥ 我非〈必不{常求[以〔解(中文)法〕解(漢文)]}者〉。
に於いて、
⑥ 非〈 〉⇒〈 〉非
⑥ 不{ }⇒{ }不
⑥ 求[ ]⇒[ ]求
⑥ 以〔 〕⇒〔 〕以
⑥ 解( )⇒( )解
⑥ 解( )⇒( )解
といふ「移動」を行った「結果」である、
⑥ 我〈必{常[〔中文)解(法〕以(漢文)解]求}不者〉非。
といふ「それ」は、「国語の補足構造の語順」である。
従って、
(25)により、
(26)
⑥ 我非必不常求以解中文法解漢文者也=
⑥ 我非〈必不{常求[以〔解(中文)法〕解(漢文)]}者〉也⇒
⑥ 我〈必{常[〔(中文)解法〕以(漢文)解]求}不者〉非也=
⑥ 我は〈必ずしも{常には[〔(中文を)解する法を〕以て(漢文を)解せんことを]求め}不る者に〉非ざるなり=
⑥ 我は〈必ずしも{どんな場合でも[〔(中文を)読解する法を〕用ゐて(漢文を)読解]しようと}しない者〉ではないのです。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
cf.
A=どんな場合でも、中文を解する法を用ゐて漢文を読解しようとする者。
B=どんな場合でも、中文を解する法を用ゐて漢文を読解しようとしない者。
の内の、
私は、必ずしも、Bではない。
といふことは、
私は、時には、Aである場合もあるが、概ね、Bである場合の方が、多い。
といふことは、
私は、どちらかと言へば、中文を読解する法を用ゐて漢文を読解しようとしない者である。
といふ、「意味」になる。
然るに、
(27)
⑥ 我地〈必丁{常丙[下〔二(中一)上〕乙(漢甲)]}天〉。
に於いて、
⑥ 地〈 〉⇒〈 〉地
⑥ 丁{ }⇒{ }丁
⑥ 丙[ ]⇒[ ]丙
⑥ 下〔 〕⇒〔 〕下
⑥ 二( )⇒( )二
⑥ 乙( )⇒( )乙
といふ「移動」を行ふと、
⑥ 我〈必{常[〔(中一)二上〕下(漢甲)乙]丙}丁天〉地。
然るに、
(28)
⑥ 我〈必{常[〔(中一)二上〕下(漢甲)乙]丙}丁天〉地。
に於いて、
⑥ 一 = 文
⑥ 二 = 解
⑥ 上 = 法
⑥ 下 = 以
⑥ 甲 = 文
⑥ 乙 = 解
⑥ 丙 = 求
⑥ 丁 = 不
⑥ 天 = 者
⑥ 地 = 非
といふ、「代入(replacement)」を、行ふと、
⑥ 我〈必{常[〔(中文)解法〕以(漢文)解]求}不者〉非也=
⑥ 我は〈必ずしも{常には[〔(中文を)解する法を〕以て(漢文を)解せんことを]求め}不る者に〉非ざるなり。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
従って、
(27)(28)により、
(29)
⑥ 我非必不常求以解中文法解漢文者也=
⑥ 我非〈必不{常求[以〔解(中文)法〕解(漢文)]}者〉也⇒
⑥ 我〈必{常[〔(中文)解法〕以(漢文)解]求}不者〉非也=
⑥ 我は〈必ずしも{常には[〔(中文を)解する法を〕以て(漢文を)解せんことを]求め}不る者に〉非ざるなり。
に於ける、「返り点」は、
⑥ 我地〈必丁{常丙[下〔二(中一)上〕乙(漢甲)]}天〉。
に於ける、
⑥ 地 丁 丙 下 二 一 上 乙 甲 天
である。
cf.
従って、
(29)により、
(30)
⑥ 我非地必不丁常求丙以下解二中文一法上解乙漢文甲者天也⇒
⑥ 我必常漢文一解二法上以下中文甲解乙求丙不丁者天非地也。
に於ける、
⑥ 地 丁 丙 下 二 一 上 乙 甲 天
といふ「返り点」は、その一方で、
⑥ 地〈丁{丙[下〔二(一)上〕乙(甲)]}天〉
といふ「括弧」であると、すべきである。
従って、
(01)(30)により、
(31)
「返り点・括弧」は、
―「漢文の基本構造」―
(Ⅰ) 主語◇述語
(Ⅱ) 述語(補足語)
(Ⅲ)連用修飾語+被連用修飾語
(Ⅳ)連体修飾語+被連体修飾語
(Ⅴ) 並列語・並列語
に於ける、
(Ⅱ)漢文の、補足構造。
を、表してゐる。
従って、
(32)
「漢文の補足構造における、語順は、国語とは全く反対である。」といふことから、「返り点・括弧」は、「結果」として、「漢文の補足構造」を、表してゐる。
従って、
(33)
【定義】返り点とは、漢文すなわち古典中国語の語順を、日本語の語順に変換する符号である(古田島洋介、湯城吉信、漢文訓読入門、2011年、45頁)。
といふ【定義】は、「一面的」である。といふ「意味」に於いて、「誤り」である。
(34)
・中国教育の普及によって、今や現代中国語による接近も可能となった。
・二種の接近法は、日本人にとって、それぞれ長所と短所がある。すなわち、両者は排除し合う関係ではなく、補い合う関係にあると考えるのが正しい(古田島洋介、湯城吉信、漢文訓読入門、2011年、10頁)。
とは、思はない。
(35)
学部の2年生でこの学習会に参加していた者たち二三人が、あるとき連れだってわたしの所に来、「学而優則仕」と書いた紙切れを示して、これどういう意味ですかと、たずねた。どうしたのか、と聞くと、数日前の”記録新聞”に出て来て、そのときの「注釈」を聞きながら書くことは書いたが、意味がわからないのでという。そうか、これは「論語」の中の句で、「学んでゆとりがあったら官吏になる」ということだと説明した。それから1週間か十日ぐらいたったある夜、わたしは何か所かわからない箇所があった。あとで、みんなで読み合わせ、突き合わせて解読して行くうち、わたしが「次の一句が全然わからなかった。」というと、そばにいた二三人の学生が一斉に笑い出して、いった。「先生、そこはこの間、先生がぼくたちに教えてくれた”Xué ér yōu zé shì”ですよ!」これがわたしであり、あとで述べる「A先生」なのである。漢字で書かれた”学而優則仕”を見ると、一応”Xué ér yōu zé shì”と発音することはする。しかし、この一句の意味は、といえば、「マナンデユウナレバスナワチツコウ」であり、「学んでゆとりが有ったら官吏になる」なのだと、思う。これはまったく「訓読」で得た知識であり、漢字で書かれたものを、目だけに頼り、日本語だけで考えたものである(牛島徳次、中國語の学び方、1977年、59・60頁)。
然るに、
(36)
「学而優則仕(学びて優なれば、則ち仕ふ)。」といふ『これ以上簡単なそれが無いくらひに「簡単な漢文」』さえも、「中国語」としては、読めないのであれば、そのやうな「現代中国語」を、「わざわざ、苦労をして、学ぶ気」には、なれない。
(37)
中国の口語文(白話文)も、漢文とおなじように漢字を使っていますが、もともと二つのちがった体系で、単語も文法もたいへんちがうのですから、いっしょにあつかうことはできません。漢文と中国語は別のものです(魚返善雄、漢文入門、1966年、17頁)。
といふのであれば、
・二種の接近法(訓読による接近法・現代中国語による接近法)は、日本人にとって、それぞれ長所と短所がある。
とは言ふものの、
・現代中国語による接近。
に関しては、長所が、あるとは、思へない。
平成29年07月07日。毛利太。
―「漢文の基本構造」―
(Ⅰ) 主語◇述語
(Ⅱ) 述語(補足語)
(Ⅲ)連用修飾語+被連用修飾語
(Ⅳ)連体修飾語+被連体修飾語
(Ⅴ) 並列語・並列語
cf.
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、281~283頁)
(02)
右に加へて、
(Ⅵ)接続詞&
(Ⅶ)文末助詞
(Ⅷ)その他
が、「確認」出来る。
(03)
① 富・貴◇非(吾+願)也=
① 富貴は吾が願ひに非ざるなり。
に於いて、
① 富・貴 は、「並列語」であって、
① 富・貴 は、「主語◇」であって、
① ◇非 は、
① (吾+願)の「述語」であって、
① (吾+願)は、
① ◇非 の(補語)であって、
① 吾+ は、
① 願 の「連体修飾語」であって、
① 願 は、
① 吾+ の「被連体修飾語」である。
(04)
① 也 に関して、
① 富貴非吾願。 と、
① 富貴非吾願也。の「関係」は、
① 富貴は吾が願ひではない。 と、
① 富貴は吾が願ひではないのだ。との「関係」に、「似てゐる」。
(05)
② 積(善)+家◇必+有(餘+慶)。
② 積善の家には必ず余慶有り。
に於いて、
② 積(善) は、
② 述語(補足語)
であって、
② 積(善)+ は、
② 家 に対しては、
② 連体修飾語+ と、なってゐて、
② 必+ は、
② 有 に対して、
② 連用修飾語+ と、なってゐて、
② 餘+ は、
② 慶 に対して、
② 連体修飾語+ と、なってゐる。
(06)
③ 無〔人◇不(仁)〕。
③ 人にして、仁ならざるは無し。
に於いて、
③ 人◇ は、「能動態の、主語」である。
(07)
③ 無〔書◇不(読)〕
③ 書として、読まざるは無し。
であるならば、
③ 書◇ は、「受動態の、主語」である。
然るに、
(08)
③ 無〔夕◇不(飲)〕。
③ 夕べとして飲まざるは無し。
に於いて、
③ 夕◇ は、「能動態・受動態の、主語」ではない。
従って、
(06)(07)(08)により、
(09)
③ 無〔人&不(仁)〕。
③ 無〔書&不(読)〕。
③ 無〔夕&不(飲)〕。
であって、
③ 無〔人◇不(仁)〕。
③ 無〔書◇不(仁)〕。
③ 無〔夕◇不(飲)〕。
ではない。
(10)
④ 不〔常+有(白楽)〕。
④ 伯楽は、常には有らず。
である。
然るに、
(11)
④ 不人気、不可解、不正解、不文律、不用意。
であれば、
④ 五つとも、全て、「名詞」である。
従って、
(12)
④ 不常有
といふ「それ」も、「名詞」である。と、することが、「可能」である。
従って、
(13)
④ 伯楽+不常有=名詞+名詞。
である。と、することも、「可能」である。
従って、
(14)
④ 伯楽◇不常有。
④ 伯楽は、常には有らず(不常有)。
である。とすることも、「可能」である。
然るに、
(15)
(2)「倒置」により、次の各分は文の成分の位置が変わっている。
① 詠嘆 ・・・ 賢人哉回也(賢なるかな回や)。
② 強意 ・・・ 何亡国敗家之有(何ぞ国を亡ぼし家を敗ること之有らん)。
③ 提示 ・・・ 故人不可以成敗論也(古人をば成敗を以て論ずべからざるなり)。
(中村幸弘・杉本完治、漢文文型 訓読の語法、2012年、36頁を参照)
従って、
(10)(15)により、
(16)
⑤ 伯楽不常有。
⑤ 伯楽は、常には有らず。
の場合も、
⑤ 不〔常+有(白楽)〕。
⑤ 伯楽は、常には有らず。
に対する、「提示」である。と、することも、「可能」である。
従って、
(16)により、
(17)
⑤ 伯楽不常有。
⑤ 伯楽は、常には有らず。
の場合は、それが「提示」であるとして、
⑤ (伯楽)不〔常+有(??)〕。
といふ風に、書くことも、「可能」である。
cf.
?? は、ワイルドカードで、
??=伯楽
(18)
⑥ 英文=Englishの文。
⑥ 中文=Chineseの文。
であるため、
⑥ 英文=English+文。
⑥ 中文=Chinese+文。
である。
従って、
(19)
⑥ 我◇非〈必+不{常+求[以〔解(中+文)+法〕解(漢+文)]+者}〉也。
⑥ 我は、必ずしも、常には、中文を解する法を以って漢文を解せんことを、求めざる者に非ざるなり。
に於いて、
⑥「必+」は、「連用修飾語」であって、
⑥「常+」は、「連用修飾語」であって、
⑥「中+」は、「連体修飾語」であって、
⑥「英+」は、「連体修飾語」であって、
⑥「必不常求以解中文法解漢文+」は、「連体修飾語」である。
従って、
(01)(19)により、
(20)
⑥ 我非必不常求以解中文法解漢文者也=
⑥ 我◇非〈必+不{常+求[以〔解(中+文)+法〕解(漢+文)]+者}〉也。
といふ「漢文」は、
(Ⅰ) 主語◇述語
(Ⅱ) 述語(補足語)
(Ⅲ)連用修飾語+被連用修飾語
(Ⅳ)連体修飾語+被連体修飾語
といふ、「基本構造」によって、「出来てゐる」。
然るに、
(21)
論語でも孟子でも、訓読をしないと気分が出ないといふ人もあるが、これは孔子や孟子に日本人になってもらはないと気が済まないのと同様で、漢籍が国書であり、漢文が国語であった時代の遺風である。支那の書物が、好い国語に翻訳されることは、もっとも望ましいことであるが、翻訳された結果は、多かれ少なかれその書物の持ち味を棄てることは免れない、立体的なものが平面化することが想像される。持ち味を棄て、平面化したものに慣れると、その方が好くなるのは、恐るべき麻痺であって、いはば信州に育ったものが、生きのよい魚よりも、塩鮭をうまいと思ふ様ものである(「訓読」論 東アジア漢文世界と日本語、中村春作・市來津由彦・田尻祐一郎・前田勉 共編、2008年、60頁)。
然るに、
(22)
右のやうに述べてゐた、「中国語の先生」のやうな、「現役の中国語の先生」に対して、
⑥ 我非必不常求以解中文法解漢文者也。
に於いて、
⑥ 我 は、「主語であるか」。
⑥ 非 は、「どこまで、掛るのか」。
⑥ 必 は、「連用修飾語であるか」。
⑥ 不 は、「どこまで、掛るのか」。
⑥ 常 は、「連用修飾語であるか」。
⑥ 求 は、「どこまで、掛るのか」。
⑥ 以 は、「どこまで、掛るのか」
⑥ 解 は、「どこまで、掛るのか」
⑥ 中 は、「連体修飾語であるか」。
⑥ 文 は、「被連体修飾語であるか」。
⑥ 法 は、「被連体修飾語であるか」。
⑥ 解 は、「どこまで、掛るのか」。
⑥ 漢 は、「連体修飾語であるか」。
⑥ 文 は、「被連体修飾語であるか」。
⑥ 者 は、「被連体修飾語であるか」。
⑥ 也 は、「文末助詞であるか」。
といふ風に、「質問」した「結果」として、
⑥ 我非必不常求以解中文法解漢文者也=
⑥ 我◇非〈必+不{常+求[以〔解(中+文)+法〕解(漢+文)]+者}〉也。
である。といふことは、「有り得ない」わけではない。
然るに、
(23)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。しかし、訓読は、国語の語順に置きかえて読むことが、その大きな原則となっている。それでその補足構造によっている文も、返り点によって、国語としての語順が示されている(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)。
従って、
(22)(23)により、
(24)
⑥ 我非必不常求以解中文法解漢文者也=
⑥ 我◇非〈必+不{常+求[以〔解(中+文)+法〕解(漢+文)]+者}〉也。
といふ「漢文」に於いて、
(Ⅰ) 主語◇述語
(Ⅱ) 述語(補足語)
(Ⅲ)連用修飾語+被連用修飾語
(Ⅳ)連体修飾語+被連体修飾語
(Ⅴ) 並列語・並列語
といふ「五つ」の内の、
(Ⅱ) 述語(補足語)
といふ「語順」だけが、「国語とは全く反対である。」といふ、ことになる。
従って、
(24)により、
(25)
⑥ 我非必不常求以解中文法解漢文者也=
⑥ 我◇非〈必+不{常+求[以〔解(中+文)+法〕解(漢+文)]+者}〉也。
といふ「基本構造」から、
⑥ ◇ + + + + + +
を「除いた」、
⑥ 我非〈必不{常求[以〔解(中文)法〕解(漢文)]}者〉。
に於いて、
⑥ 非〈 〉⇒〈 〉非
⑥ 不{ }⇒{ }不
⑥ 求[ ]⇒[ ]求
⑥ 以〔 〕⇒〔 〕以
⑥ 解( )⇒( )解
⑥ 解( )⇒( )解
といふ「移動」を行った「結果」である、
⑥ 我〈必{常[〔中文)解(法〕以(漢文)解]求}不者〉非。
といふ「それ」は、「国語の補足構造の語順」である。
従って、
(25)により、
(26)
⑥ 我非必不常求以解中文法解漢文者也=
⑥ 我非〈必不{常求[以〔解(中文)法〕解(漢文)]}者〉也⇒
⑥ 我〈必{常[〔(中文)解法〕以(漢文)解]求}不者〉非也=
⑥ 我は〈必ずしも{常には[〔(中文を)解する法を〕以て(漢文を)解せんことを]求め}不る者に〉非ざるなり=
⑥ 我は〈必ずしも{どんな場合でも[〔(中文を)読解する法を〕用ゐて(漢文を)読解]しようと}しない者〉ではないのです。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
cf.
A=どんな場合でも、中文を解する法を用ゐて漢文を読解しようとする者。
B=どんな場合でも、中文を解する法を用ゐて漢文を読解しようとしない者。
の内の、
私は、必ずしも、Bではない。
といふことは、
私は、時には、Aである場合もあるが、概ね、Bである場合の方が、多い。
といふことは、
私は、どちらかと言へば、中文を読解する法を用ゐて漢文を読解しようとしない者である。
といふ、「意味」になる。
然るに、
(27)
⑥ 我地〈必丁{常丙[下〔二(中一)上〕乙(漢甲)]}天〉。
に於いて、
⑥ 地〈 〉⇒〈 〉地
⑥ 丁{ }⇒{ }丁
⑥ 丙[ ]⇒[ ]丙
⑥ 下〔 〕⇒〔 〕下
⑥ 二( )⇒( )二
⑥ 乙( )⇒( )乙
といふ「移動」を行ふと、
⑥ 我〈必{常[〔(中一)二上〕下(漢甲)乙]丙}丁天〉地。
然るに、
(28)
⑥ 我〈必{常[〔(中一)二上〕下(漢甲)乙]丙}丁天〉地。
に於いて、
⑥ 一 = 文
⑥ 二 = 解
⑥ 上 = 法
⑥ 下 = 以
⑥ 甲 = 文
⑥ 乙 = 解
⑥ 丙 = 求
⑥ 丁 = 不
⑥ 天 = 者
⑥ 地 = 非
といふ、「代入(replacement)」を、行ふと、
⑥ 我〈必{常[〔(中文)解法〕以(漢文)解]求}不者〉非也=
⑥ 我は〈必ずしも{常には[〔(中文を)解する法を〕以て(漢文を)解せんことを]求め}不る者に〉非ざるなり。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
従って、
(27)(28)により、
(29)
⑥ 我非必不常求以解中文法解漢文者也=
⑥ 我非〈必不{常求[以〔解(中文)法〕解(漢文)]}者〉也⇒
⑥ 我〈必{常[〔(中文)解法〕以(漢文)解]求}不者〉非也=
⑥ 我は〈必ずしも{常には[〔(中文を)解する法を〕以て(漢文を)解せんことを]求め}不る者に〉非ざるなり。
に於ける、「返り点」は、
⑥ 我地〈必丁{常丙[下〔二(中一)上〕乙(漢甲)]}天〉。
に於ける、
⑥ 地 丁 丙 下 二 一 上 乙 甲 天
である。
cf.
従って、
(29)により、
(30)
⑥ 我非地必不丁常求丙以下解二中文一法上解乙漢文甲者天也⇒
⑥ 我必常漢文一解二法上以下中文甲解乙求丙不丁者天非地也。
に於ける、
⑥ 地 丁 丙 下 二 一 上 乙 甲 天
といふ「返り点」は、その一方で、
⑥ 地〈丁{丙[下〔二(一)上〕乙(甲)]}天〉
といふ「括弧」であると、すべきである。
従って、
(01)(30)により、
(31)
「返り点・括弧」は、
―「漢文の基本構造」―
(Ⅰ) 主語◇述語
(Ⅱ) 述語(補足語)
(Ⅲ)連用修飾語+被連用修飾語
(Ⅳ)連体修飾語+被連体修飾語
(Ⅴ) 並列語・並列語
に於ける、
(Ⅱ)漢文の、補足構造。
を、表してゐる。
従って、
(32)
「漢文の補足構造における、語順は、国語とは全く反対である。」といふことから、「返り点・括弧」は、「結果」として、「漢文の補足構造」を、表してゐる。
従って、
(33)
【定義】返り点とは、漢文すなわち古典中国語の語順を、日本語の語順に変換する符号である(古田島洋介、湯城吉信、漢文訓読入門、2011年、45頁)。
といふ【定義】は、「一面的」である。といふ「意味」に於いて、「誤り」である。
(34)
・中国教育の普及によって、今や現代中国語による接近も可能となった。
・二種の接近法は、日本人にとって、それぞれ長所と短所がある。すなわち、両者は排除し合う関係ではなく、補い合う関係にあると考えるのが正しい(古田島洋介、湯城吉信、漢文訓読入門、2011年、10頁)。
とは、思はない。
(35)
学部の2年生でこの学習会に参加していた者たち二三人が、あるとき連れだってわたしの所に来、「学而優則仕」と書いた紙切れを示して、これどういう意味ですかと、たずねた。どうしたのか、と聞くと、数日前の”記録新聞”に出て来て、そのときの「注釈」を聞きながら書くことは書いたが、意味がわからないのでという。そうか、これは「論語」の中の句で、「学んでゆとりがあったら官吏になる」ということだと説明した。それから1週間か十日ぐらいたったある夜、わたしは何か所かわからない箇所があった。あとで、みんなで読み合わせ、突き合わせて解読して行くうち、わたしが「次の一句が全然わからなかった。」というと、そばにいた二三人の学生が一斉に笑い出して、いった。「先生、そこはこの間、先生がぼくたちに教えてくれた”Xué ér yōu zé shì”ですよ!」これがわたしであり、あとで述べる「A先生」なのである。漢字で書かれた”学而優則仕”を見ると、一応”Xué ér yōu zé shì”と発音することはする。しかし、この一句の意味は、といえば、「マナンデユウナレバスナワチツコウ」であり、「学んでゆとりが有ったら官吏になる」なのだと、思う。これはまったく「訓読」で得た知識であり、漢字で書かれたものを、目だけに頼り、日本語だけで考えたものである(牛島徳次、中國語の学び方、1977年、59・60頁)。
然るに、
(36)
「学而優則仕(学びて優なれば、則ち仕ふ)。」といふ『これ以上簡単なそれが無いくらひに「簡単な漢文」』さえも、「中国語」としては、読めないのであれば、そのやうな「現代中国語」を、「わざわざ、苦労をして、学ぶ気」には、なれない。
(37)
中国の口語文(白話文)も、漢文とおなじように漢字を使っていますが、もともと二つのちがった体系で、単語も文法もたいへんちがうのですから、いっしょにあつかうことはできません。漢文と中国語は別のものです(魚返善雄、漢文入門、1966年、17頁)。
といふのであれば、
・二種の接近法(訓読による接近法・現代中国語による接近法)は、日本人にとって、それぞれ長所と短所がある。
とは言ふものの、
・現代中国語による接近。
に関しては、長所が、あるとは、思へない。
平成29年07月07日。毛利太。
2017年7月5日水曜日
「括弧」の「存在証明」(Ⅳ)。
―「07月04日の記事」の「補足」です。―
(01)
① 帝王莫不得之於艱難失之於安逸=
② 帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]⇒
② 帝王[〔(之於艱難)得(之於安逸)失〕不]莫=
② 帝王[〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]莫し。
然るに、
(02)
③ 帝王莫得之於艱難不失之於安逸=
③ 帝王莫[得(之於艱難)不〔失(之於安逸)〕]⇒
③ 帝王[(之於艱難)得〔(之於安逸)失〕不]莫=
③ 帝王[(之を艱難に)得て〔(之を安逸に)失は〕不るは]莫し。
従って、
(01)(02)により、
(03)
② 帝王莫不得之於艱難失之於安逸。
③ 帝王莫得之於艱難不失之於安逸。
に対して、両方とも、
② 帝王[〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]莫し。
③ 帝王[(之を艱難に)得て〔(之を安逸に)失は〕不るは]莫し。
である。
従って、
(03)により、
(04)
② [ 〔 ( )( ) 〕 ]
③ [ ( )〔 ( ) 〕 ]
を「除いた」、
② 帝王、これを艱難に得て、これを安逸に失はざるは莫し。
③ 帝王、これを艱難に得て、これを安逸に失はざるは莫し。
といふ「書き下し文」からは、その「原文」が、
② 帝王莫不得之於艱難失之於安逸。
であるのか、
③ 帝王莫得之於艱難不失之於安逸。
であるのかが、「分からない」。
従って、
(04)により、
(05)
和文の否定は文の最後尾につきます。「・・・ではない」という形式です。すると、直前の語を否定しているのか、文全体を否定しているのか、別の語や句読点を補わない限り区別がつかなくなります(新井紀子、数学は言葉、2009年、123頁)。
といふ「指摘」は、「その通り」である。
然るに、
(06)
このように、管到でいちばん苦労するのは、否定形の場合である。だから、否定形がでてきたときには、どこまでかかるかという判断をしないとしっかり訳せないないわけだ(二畳庵主人、漢文文法基礎、1984年、390・391頁)。
従って、
(06)により、
(07)
① 帝王莫不得之於艱難失之於安逸。
であっても、初学者には、
① 莫 が、「どこまで係り」、
① 不 が、「どこまで係る」か、「分からない」。
然るに、
(08)
(ベルンハルド・カールグレンは、)「漢語においては、文法的な分析は、あまり役に立たず、実際に役立つのは、広い読書を通じて習得した経験、つまり、中国人がどのようにして文をつくりあげているかということに対する感覚が、唯一のものである」と説き、更に、漢語の文の意味を理解するためには、「豊富な直観が、必要である」とも述べている(鈴木直治著、中国語と漢文、1975年、293頁改)。
従って、
(07)(08)により、
(09)
① 莫不得之於艱難失之於安逸。
であっても、
① 莫 が、「どこまで係り」、
① 不 が、「どこまで係る」か、「分からない」。ものの、
① を、「普通に読む」ならば、
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸=
② 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]⇒
② (古)自帝王[〔(之於艱難)得(之於安逸)失〕不]莫=
② (古)より帝王[〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]莫し。
である。といふ、ことになる。
然るに、
(10)
gamtjjjjgamtさん2012/10/209:39:46
漢文の句型
無A不V
AとしてVせざるは無し。
について質問です。
AをVの主語か目的語かを判断するのにはどう見分ければいいですか?
従って、
(11)
④ 無夕不飲。
⑤ 無書不読。
⑥ 莫行不可。
⑦ 無物不長。
⑧ 無人不仁。
のやうな、「無A不V」であれば、「句形」であるため、「豊富な直観」など無くとも、
④ 無〔夕不(飲)〕。
⑤ 無〔書不(読)〕。
⑥ 莫〔行不(可)〕。
⑦ 無〔物不(長)〕。
⑧ 無〔人不(仁)〕。
であることは、「明らか」であり、尚且つ、
⑤ 無〔書不(読)〕。
であれば、「常識」として、
⑤ 書 は、「読まず」の「目的語」であって、
⑧ 無〔人不(仁)〕。
であれば、「常識」として、
⑧ 人 は、「仁ならず」の「主語」である。
然るに、
(12)
子曰。人而不仁。如禮何。
子、曰はく、人ひとにして仁ならずんば、礼を如何いかんせん(論語、八佾)。
cf.
而=て(接続助詞)。
従って、
(11)(12)により、
(13)
⑧ 無〔人不(仁)〕=
⑧ 無〔人而不(仁)〕。
然るに、
(14)
⑧ 無=不有
従って、
(13)(14)により、
(15)
⑧ 無〔人不(仁)〕=
⑧ 無〔人而不(仁)〕=
⑧ 不[有〔人而不(仁)〕]。
然るに、
(16)
⑧ 不[有〔人而不(仁)〕]。
に於いて、
⑧ 不[ ]⇒[ ]不
⑧ 有〔 〕⇒〔 〕有
⑧ 不( )⇒( )不
といふ「移動」を行ふと、
⑧ 不[有〔人而不(仁)〕]⇒
⑧ [〔人而(仁)不〕有]不=
⑧ [〔人にし而(仁なら)不るは〕有ら]不=
⑧ 人であって、人間らしい愛情がない者はゐない。
然るに、
(17)
⑧ 不[有〔人而不(仁)〕]。
に於いて
不=~
有=∃x
人=人(x)
而=&
不=~
仁=仁(x)
といふ「代入(replacement)」を行ふと、
⑧ ~{∃x[人(x)&~〔仁(x)〕]}.
然るに、
(18)
⑧ ~{∃x[人(x)&~〔仁(x)〕]}.
に於いて、
⑧ ~{ }⇒{ }~
⑧ ∃x[ ]⇒[ ]∃x
⑧ 人( )⇒( )人
⑧ ~〔 〕⇒〔 〕~
⑧ 仁( )⇒( )仁
といふ「移動」を行ふと、
⑧ ~∃x人(x)&~仁(x)=
⑧ ~{∃x[人(x)&~〔仁(x)〕]}⇒
⑧ {[(x)人&〔(x)仁〕~]∃x}~=
⑧ {[(xは)人であって〔(xは)仁〕でないといふ]そのやうなxは存在し}ない=
⑧ 人であって、人間らしい愛情がない者はゐない。
然るに、
(19)
つまり、むやみに括弧が多くなることは我慢できないのである(E.J.レモン、論理学初歩、1973年、59頁)。
従って、
(17)(19)により、
(20)
⑧ ~{∃x[人(x)&~〔仁(x)〕]}
ではなく、
⑧ ~∃x〔人x&~(仁x)〕
であったとしても、「同じこと」である。
従って、
(12)~(20)により、
(21)
⑧ 無〔人不(仁)〕。
といふ「漢文」に、
⑧ 〔 ( ) 〕
といふ「括弧」が有ることは、
⑧ ~∃x〔人x&~(仁x)〕
といふ「述語論理」に、
⑧ 〔 ( ) 〕
といふ「括弧」が有ることと、「同じ」ことである。
然るに、
(22)
⑧ ~∃x〔人x&~(仁x)〕
といふ「述語論理」は、
⑧ There is not an x such that x is 人 but x is not 仁.
といふ風に、「読まう」と、
⑧ xは人であって、xは仁でないといふ、そのやうなxは存在しない。
といふ風に、「読むまい」と、
⑧ xは人であって、xは仁でないといふ、そのやうなxは存在しない。
といふ「意味」であることに、「変り」は無い。
従って、
(22)により、
(23)
⑧ ~∃x〔人x&~(仁x)〕
といふ「述語論理」に、
⑧ ~{∃x[人(x)&~〔仁(x)〕]}
といふ「括弧」が有る「所以」は、
⑧ ~∃x人(x)&~仁(x)=
⑧ ~{∃x[人(x)&~〔仁(x)〕]}⇒
⑧ {[(x)人&〔(x)仁〕~]∃x}~=
⑧ {[(xは)人であって〔(xは)仁〕でないといふ]そのやうなxは存在し}ない。
といふ、「述語論理訓読」を行ふ「ため」ではない。
従って、
(24)
⑧ 無人不仁。
といふ「漢文」に、
⑧ 無〔人不(仁)〕。
といふ「括弧」がある「所以」も、
⑧ 無人不仁=
⑧ 無〔人不(仁)〕⇒
⑧ 〔人(仁)不〕無=
⑧ 〔人にして(仁なら)不るは〕無し。
といふ、「漢文訓読」を行ふ「ため」ではない。
従って、
(25)
⑧ 無人不仁。
といふ「漢文」には、
⑧ 無〔人不(仁)〕。
といふ「補足構造」が有って、
⑧ 人にして仁なら不るは無し。
といふ「国語」には、
⑧ 〔人にして(仁なら)不るは〕無し。
といふ「補足構造」が、有って、その「結果」として、
⑧ 無二人不一レ仁。
のやうに、
⑧ 無人不仁。
といふ「漢文」に対して、
⑧ 二 一レ
といふ「返り点」が、付いてゐるに、過ぎない。
従って、
(26)
「返り点」は、「そのやうに、意識しようと、意識しない」に拘らず、単なる、「返読」のための、「符号」ではない。
cf.
【定義】返り点とは、漢文すなわち古典中国語の語順を、日本語の語順に変換する符号である。
(古田島洋介、湯城吉信、漢文訓読入門、2011年、45頁)
然るに、
(27)
⑧ 無人不仁。
に於いて。
⑧ 無=莫
⑧ 人=帝王
⑧ 不=不
⑧ 仁=得之於艱難失之於安逸
といふ「代入(replacement)」を行ふと、
① 莫帝王不得之於艱難失之於安逸。
といふ「漢文」になる。
然るに、
(28)
① 無帝王不得之於艱難失之於安逸=
① 無[帝王不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]⇒
① [帝王〔(之於艱難)得(之於安逸)失〕不]無=
① [帝王にして〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]無し。
従って、
(27)(28)により、
(29)
①「十八史略、創業守成」に於ける、
① 帝王莫不得之於艱難失之於安逸。
といふ「語順」が、
① 無帝王不得之於艱難失之於安逸。
であったならば、「大枠」として、
④ 無〔夕不(飲)〕。
⑤ 無〔書不(読)〕。
⑥ 莫〔行不(可)〕。
⑦ 無〔物不(長)〕。
⑧ 無〔人不(仁)〕。
と「同じ構造」である。といふことになる。
従って、
(03)(04)(29)により、
(30)
① 帝王にして之を艱難に得て之を安逸に失はざるは無し。
といふ「書き下し文」であるならば、
② [帝王にして〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]無し。
であって、
③ [帝王にして(之を艱難に)得て〔(之を安逸に)失は〕不ふは]無し。
ではない。といふことが、「分りやすい」。
然るに、
(31)
(2)「倒置」により、次の各分は文の成分の位置が変わっている。
① 詠嘆 ・・・ 賢人哉回也(賢なるかな回や)。
② 強意 ・・・ 何亡国敗家之有(何ぞ国を亡ぼし家を敗ること之有らん)。
③ 提示 ・・・ 故人不可以成敗論也(古人をば成敗を以て論ずべからざるなり)。
(中村幸弘・杉本完治、漢文文型 訓読の語法、2012年、36頁を参照)
従って、
(31)により、
(32)
③ 故人不可以成敗論也=
③ 古人不[可〔以(成敗)論〕]也⇒
③ 古人[〔(成敗)以論〕可]不也=
③ 古人をば[〔(成敗を)以て論ず〕可から]不るなり。
といふ「漢文訓読」は、
④ 不可以成敗論故人也=
④ 不[可〔以(成敗)論(故人)〕]也⇒
④ [〔(成敗)以(故人)論〕可]不也=
④ [〔(成敗を)以て(故人を)論ず〕可から]不るなり。
に対する、
③「提示(倒置)」である。
従って、
(33)
③ 帝王無不得之於艱難失之於安逸=
③ 帝王無[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]⇒
③ 帝王[〔(之於艱難)得(之於安逸)失〕不]無=
③ 帝王[〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]無し。
といふ「漢文訓読」も、
① 無帝王不得之於艱難失之於安逸=
① 無[帝王不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]⇒
① [帝王〔(之於艱難)得(之於安逸)失〕不]無=
① [帝王にして〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]無し。
に対する、
③「倒置(提示)」である(はずである)。
然るに、
(32)(33)により、
(34)
③ 古人不[可〔以(成敗)論〕]。
① 帝王無[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]。
に於いて、
③ 古人 は、「補語」の「提示(倒置)」であるが、
① 帝王 は、「主語」の「提示(倒置)」である。
然るに、
(35)
「主語」の下(右)に有るの、「述語」であるため、
「主語」の下(右)に、「括弧」は、無い。
従って、
(35)により、
(36)
③ 帝王無[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]。
① 無[帝王不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]。
に於いて、
③ [ 〔 ( )( ) 〕 ]
① [ 〔 ( )( ) 〕 ]
といふ「括弧」自体に、「変り」はない。
従って、
(34)(35)(36)により、
(37)
③ 帝王無不得之於艱難失之於安逸。
に於ける、
③ 帝王 が、「倒置(提示)」である(?)かも知れない。
といふ風に、「気付く」ことが、出来るならば、
④ 無〔夕不(飲)〕。
⑤ 無〔書不(読)〕。
⑥ 莫〔行不(可)〕。
⑦ 無〔物不(長)〕。
⑧ 無〔人不(仁)〕。
といふ「句形」により、
① 無[帝王不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]。
といふ「漢文」に、「気付く」ことになる。
それ故、
(36)(37)により、
(38)
① 帝王無不得之於艱難失之於安逸。
に於ける、
① 帝王無[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]。
といふ「括弧(補足構造)」に、「気付く」ことになる。
然るに、
(39)
① 自古帝王無不得之於艱難失之於安逸。
であれば、
① 自古帝王~~得之於艱難失之於安逸。
であるため、「二重否定律」により、
① 自古帝王得之於艱難失之於安逸=
① 自(古)帝王得(之於艱難)失(之於安逸)⇒
①(古)自帝王(之於艱難)得(之於安逸)失=
①(古)より帝王(之を艱難に)得て(之を安逸に)失ふ。
は、「極めて、シンプル」である。
(40)
① 自古帝王無不得之於艱難失之於安逸=
① 自(古)帝王無[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]。
に於いて、「ド・モルガンの法則、含意の定義」により、
① 自古帝王無不得之於艱難失之於安逸=
① 自(古)帝王無[如得(之於艱難)則不〔失(之於安逸)〕]⇒
① (古)自帝王[如(之於艱難)得則〔(之於安逸)失〕不]無=
① (古)より帝王[もし(之を艱難に)得なば則ち〔(之を安逸に)失は〕不るは]無し。
といふ、ことになる。
然るに、
(41)
飽く迄も、「訓読」として、それを「見る」として、
① 古より、帝王、之を艱難に得て、之を安逸に失ふ。
② 古より、帝王、もし之を艱難に得なば、則ち、之を安逸に失は不るは無し。
に於いて、
② の方が、「力強く、印象深い」と、言ふべきである。
平成29年07月05日、毛利太。
(01)
① 帝王莫不得之於艱難失之於安逸=
② 帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]⇒
② 帝王[〔(之於艱難)得(之於安逸)失〕不]莫=
② 帝王[〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]莫し。
然るに、
(02)
③ 帝王莫得之於艱難不失之於安逸=
③ 帝王莫[得(之於艱難)不〔失(之於安逸)〕]⇒
③ 帝王[(之於艱難)得〔(之於安逸)失〕不]莫=
③ 帝王[(之を艱難に)得て〔(之を安逸に)失は〕不るは]莫し。
従って、
(01)(02)により、
(03)
② 帝王莫不得之於艱難失之於安逸。
③ 帝王莫得之於艱難不失之於安逸。
に対して、両方とも、
② 帝王[〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]莫し。
③ 帝王[(之を艱難に)得て〔(之を安逸に)失は〕不るは]莫し。
である。
従って、
(03)により、
(04)
② [ 〔 ( )( ) 〕 ]
③ [ ( )〔 ( ) 〕 ]
を「除いた」、
② 帝王、これを艱難に得て、これを安逸に失はざるは莫し。
③ 帝王、これを艱難に得て、これを安逸に失はざるは莫し。
といふ「書き下し文」からは、その「原文」が、
② 帝王莫不得之於艱難失之於安逸。
であるのか、
③ 帝王莫得之於艱難不失之於安逸。
であるのかが、「分からない」。
従って、
(04)により、
(05)
和文の否定は文の最後尾につきます。「・・・ではない」という形式です。すると、直前の語を否定しているのか、文全体を否定しているのか、別の語や句読点を補わない限り区別がつかなくなります(新井紀子、数学は言葉、2009年、123頁)。
といふ「指摘」は、「その通り」である。
然るに、
(06)
このように、管到でいちばん苦労するのは、否定形の場合である。だから、否定形がでてきたときには、どこまでかかるかという判断をしないとしっかり訳せないないわけだ(二畳庵主人、漢文文法基礎、1984年、390・391頁)。
従って、
(06)により、
(07)
① 帝王莫不得之於艱難失之於安逸。
であっても、初学者には、
① 莫 が、「どこまで係り」、
① 不 が、「どこまで係る」か、「分からない」。
然るに、
(08)
(ベルンハルド・カールグレンは、)「漢語においては、文法的な分析は、あまり役に立たず、実際に役立つのは、広い読書を通じて習得した経験、つまり、中国人がどのようにして文をつくりあげているかということに対する感覚が、唯一のものである」と説き、更に、漢語の文の意味を理解するためには、「豊富な直観が、必要である」とも述べている(鈴木直治著、中国語と漢文、1975年、293頁改)。
従って、
(07)(08)により、
(09)
① 莫不得之於艱難失之於安逸。
であっても、
① 莫 が、「どこまで係り」、
① 不 が、「どこまで係る」か、「分からない」。ものの、
① を、「普通に読む」ならば、
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸=
② 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]⇒
② (古)自帝王[〔(之於艱難)得(之於安逸)失〕不]莫=
② (古)より帝王[〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]莫し。
である。といふ、ことになる。
然るに、
(10)
gamtjjjjgamtさん2012/10/209:39:46
漢文の句型
無A不V
AとしてVせざるは無し。
について質問です。
AをVの主語か目的語かを判断するのにはどう見分ければいいですか?
従って、
(11)
④ 無夕不飲。
⑤ 無書不読。
⑥ 莫行不可。
⑦ 無物不長。
⑧ 無人不仁。
のやうな、「無A不V」であれば、「句形」であるため、「豊富な直観」など無くとも、
④ 無〔夕不(飲)〕。
⑤ 無〔書不(読)〕。
⑥ 莫〔行不(可)〕。
⑦ 無〔物不(長)〕。
⑧ 無〔人不(仁)〕。
であることは、「明らか」であり、尚且つ、
⑤ 無〔書不(読)〕。
であれば、「常識」として、
⑤ 書 は、「読まず」の「目的語」であって、
⑧ 無〔人不(仁)〕。
であれば、「常識」として、
⑧ 人 は、「仁ならず」の「主語」である。
然るに、
(12)
子曰。人而不仁。如禮何。
子、曰はく、人ひとにして仁ならずんば、礼を如何いかんせん(論語、八佾)。
cf.
而=て(接続助詞)。
従って、
(11)(12)により、
(13)
⑧ 無〔人不(仁)〕=
⑧ 無〔人而不(仁)〕。
然るに、
(14)
⑧ 無=不有
従って、
(13)(14)により、
(15)
⑧ 無〔人不(仁)〕=
⑧ 無〔人而不(仁)〕=
⑧ 不[有〔人而不(仁)〕]。
然るに、
(16)
⑧ 不[有〔人而不(仁)〕]。
に於いて、
⑧ 不[ ]⇒[ ]不
⑧ 有〔 〕⇒〔 〕有
⑧ 不( )⇒( )不
といふ「移動」を行ふと、
⑧ 不[有〔人而不(仁)〕]⇒
⑧ [〔人而(仁)不〕有]不=
⑧ [〔人にし而(仁なら)不るは〕有ら]不=
⑧ 人であって、人間らしい愛情がない者はゐない。
然るに、
(17)
⑧ 不[有〔人而不(仁)〕]。
に於いて
不=~
有=∃x
人=人(x)
而=&
不=~
仁=仁(x)
といふ「代入(replacement)」を行ふと、
⑧ ~{∃x[人(x)&~〔仁(x)〕]}.
然るに、
(18)
⑧ ~{∃x[人(x)&~〔仁(x)〕]}.
に於いて、
⑧ ~{ }⇒{ }~
⑧ ∃x[ ]⇒[ ]∃x
⑧ 人( )⇒( )人
⑧ ~〔 〕⇒〔 〕~
⑧ 仁( )⇒( )仁
といふ「移動」を行ふと、
⑧ ~∃x人(x)&~仁(x)=
⑧ ~{∃x[人(x)&~〔仁(x)〕]}⇒
⑧ {[(x)人&〔(x)仁〕~]∃x}~=
⑧ {[(xは)人であって〔(xは)仁〕でないといふ]そのやうなxは存在し}ない=
⑧ 人であって、人間らしい愛情がない者はゐない。
然るに、
(19)
つまり、むやみに括弧が多くなることは我慢できないのである(E.J.レモン、論理学初歩、1973年、59頁)。
従って、
(17)(19)により、
(20)
⑧ ~{∃x[人(x)&~〔仁(x)〕]}
ではなく、
⑧ ~∃x〔人x&~(仁x)〕
であったとしても、「同じこと」である。
従って、
(12)~(20)により、
(21)
⑧ 無〔人不(仁)〕。
といふ「漢文」に、
⑧ 〔 ( ) 〕
といふ「括弧」が有ることは、
⑧ ~∃x〔人x&~(仁x)〕
といふ「述語論理」に、
⑧ 〔 ( ) 〕
といふ「括弧」が有ることと、「同じ」ことである。
然るに、
(22)
⑧ ~∃x〔人x&~(仁x)〕
といふ「述語論理」は、
⑧ There is not an x such that x is 人 but x is not 仁.
といふ風に、「読まう」と、
⑧ xは人であって、xは仁でないといふ、そのやうなxは存在しない。
といふ風に、「読むまい」と、
⑧ xは人であって、xは仁でないといふ、そのやうなxは存在しない。
といふ「意味」であることに、「変り」は無い。
従って、
(22)により、
(23)
⑧ ~∃x〔人x&~(仁x)〕
といふ「述語論理」に、
⑧ ~{∃x[人(x)&~〔仁(x)〕]}
といふ「括弧」が有る「所以」は、
⑧ ~∃x人(x)&~仁(x)=
⑧ ~{∃x[人(x)&~〔仁(x)〕]}⇒
⑧ {[(x)人&〔(x)仁〕~]∃x}~=
⑧ {[(xは)人であって〔(xは)仁〕でないといふ]そのやうなxは存在し}ない。
といふ、「述語論理訓読」を行ふ「ため」ではない。
従って、
(24)
⑧ 無人不仁。
といふ「漢文」に、
⑧ 無〔人不(仁)〕。
といふ「括弧」がある「所以」も、
⑧ 無人不仁=
⑧ 無〔人不(仁)〕⇒
⑧ 〔人(仁)不〕無=
⑧ 〔人にして(仁なら)不るは〕無し。
といふ、「漢文訓読」を行ふ「ため」ではない。
従って、
(25)
⑧ 無人不仁。
といふ「漢文」には、
⑧ 無〔人不(仁)〕。
といふ「補足構造」が有って、
⑧ 人にして仁なら不るは無し。
といふ「国語」には、
⑧ 〔人にして(仁なら)不るは〕無し。
といふ「補足構造」が、有って、その「結果」として、
⑧ 無二人不一レ仁。
のやうに、
⑧ 無人不仁。
といふ「漢文」に対して、
⑧ 二 一レ
といふ「返り点」が、付いてゐるに、過ぎない。
従って、
(26)
「返り点」は、「そのやうに、意識しようと、意識しない」に拘らず、単なる、「返読」のための、「符号」ではない。
cf.
【定義】返り点とは、漢文すなわち古典中国語の語順を、日本語の語順に変換する符号である。
(古田島洋介、湯城吉信、漢文訓読入門、2011年、45頁)
然るに、
(27)
⑧ 無人不仁。
に於いて。
⑧ 無=莫
⑧ 人=帝王
⑧ 不=不
⑧ 仁=得之於艱難失之於安逸
といふ「代入(replacement)」を行ふと、
① 莫帝王不得之於艱難失之於安逸。
といふ「漢文」になる。
然るに、
(28)
① 無帝王不得之於艱難失之於安逸=
① 無[帝王不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]⇒
① [帝王〔(之於艱難)得(之於安逸)失〕不]無=
① [帝王にして〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]無し。
従って、
(27)(28)により、
(29)
①「十八史略、創業守成」に於ける、
① 帝王莫不得之於艱難失之於安逸。
といふ「語順」が、
① 無帝王不得之於艱難失之於安逸。
であったならば、「大枠」として、
④ 無〔夕不(飲)〕。
⑤ 無〔書不(読)〕。
⑥ 莫〔行不(可)〕。
⑦ 無〔物不(長)〕。
⑧ 無〔人不(仁)〕。
と「同じ構造」である。といふことになる。
従って、
(03)(04)(29)により、
(30)
① 帝王にして之を艱難に得て之を安逸に失はざるは無し。
といふ「書き下し文」であるならば、
② [帝王にして〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]無し。
であって、
③ [帝王にして(之を艱難に)得て〔(之を安逸に)失は〕不ふは]無し。
ではない。といふことが、「分りやすい」。
然るに、
(31)
(2)「倒置」により、次の各分は文の成分の位置が変わっている。
① 詠嘆 ・・・ 賢人哉回也(賢なるかな回や)。
② 強意 ・・・ 何亡国敗家之有(何ぞ国を亡ぼし家を敗ること之有らん)。
③ 提示 ・・・ 故人不可以成敗論也(古人をば成敗を以て論ずべからざるなり)。
(中村幸弘・杉本完治、漢文文型 訓読の語法、2012年、36頁を参照)
従って、
(31)により、
(32)
③ 故人不可以成敗論也=
③ 古人不[可〔以(成敗)論〕]也⇒
③ 古人[〔(成敗)以論〕可]不也=
③ 古人をば[〔(成敗を)以て論ず〕可から]不るなり。
といふ「漢文訓読」は、
④ 不可以成敗論故人也=
④ 不[可〔以(成敗)論(故人)〕]也⇒
④ [〔(成敗)以(故人)論〕可]不也=
④ [〔(成敗を)以て(故人を)論ず〕可から]不るなり。
に対する、
③「提示(倒置)」である。
従って、
(33)
③ 帝王無不得之於艱難失之於安逸=
③ 帝王無[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]⇒
③ 帝王[〔(之於艱難)得(之於安逸)失〕不]無=
③ 帝王[〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]無し。
といふ「漢文訓読」も、
① 無帝王不得之於艱難失之於安逸=
① 無[帝王不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]⇒
① [帝王〔(之於艱難)得(之於安逸)失〕不]無=
① [帝王にして〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]無し。
に対する、
③「倒置(提示)」である(はずである)。
然るに、
(32)(33)により、
(34)
③ 古人不[可〔以(成敗)論〕]。
① 帝王無[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]。
に於いて、
③ 古人 は、「補語」の「提示(倒置)」であるが、
① 帝王 は、「主語」の「提示(倒置)」である。
然るに、
(35)
「主語」の下(右)に有るの、「述語」であるため、
「主語」の下(右)に、「括弧」は、無い。
従って、
(35)により、
(36)
③ 帝王無[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]。
① 無[帝王不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]。
に於いて、
③ [ 〔 ( )( ) 〕 ]
① [ 〔 ( )( ) 〕 ]
といふ「括弧」自体に、「変り」はない。
従って、
(34)(35)(36)により、
(37)
③ 帝王無不得之於艱難失之於安逸。
に於ける、
③ 帝王 が、「倒置(提示)」である(?)かも知れない。
といふ風に、「気付く」ことが、出来るならば、
④ 無〔夕不(飲)〕。
⑤ 無〔書不(読)〕。
⑥ 莫〔行不(可)〕。
⑦ 無〔物不(長)〕。
⑧ 無〔人不(仁)〕。
といふ「句形」により、
① 無[帝王不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]。
といふ「漢文」に、「気付く」ことになる。
それ故、
(36)(37)により、
(38)
① 帝王無不得之於艱難失之於安逸。
に於ける、
① 帝王無[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]。
といふ「括弧(補足構造)」に、「気付く」ことになる。
然るに、
(39)
① 自古帝王無不得之於艱難失之於安逸。
であれば、
① 自古帝王~~得之於艱難失之於安逸。
であるため、「二重否定律」により、
① 自古帝王得之於艱難失之於安逸=
① 自(古)帝王得(之於艱難)失(之於安逸)⇒
①(古)自帝王(之於艱難)得(之於安逸)失=
①(古)より帝王(之を艱難に)得て(之を安逸に)失ふ。
は、「極めて、シンプル」である。
(40)
① 自古帝王無不得之於艱難失之於安逸=
① 自(古)帝王無[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]。
に於いて、「ド・モルガンの法則、含意の定義」により、
① 自古帝王無不得之於艱難失之於安逸=
① 自(古)帝王無[如得(之於艱難)則不〔失(之於安逸)〕]⇒
① (古)自帝王[如(之於艱難)得則〔(之於安逸)失〕不]無=
① (古)より帝王[もし(之を艱難に)得なば則ち〔(之を安逸に)失は〕不るは]無し。
といふ、ことになる。
然るに、
(41)
飽く迄も、「訓読」として、それを「見る」として、
① 古より、帝王、之を艱難に得て、之を安逸に失ふ。
② 古より、帝王、もし之を艱難に得なば、則ち、之を安逸に失は不るは無し。
に於いて、
② の方が、「力強く、印象深い」と、言ふべきである。
平成29年07月05日、毛利太。
2017年7月4日火曜日
『括弧』の「存在証明」(Ⅲ)。
―「07月03日の記事」を、書き換へます。―
(01)
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸。
① 自古帝王~~得之於艱難失之於安逸。
に於いて、
① 莫 は、「否定」であって、
① 不 は、「否定」であって、
① ~ は、「否定」である。
然るに、
(02)
このように、管到でいちばん苦労するのは、否定形の場合である。だから、否定形がでてきたときには、どこまでかかるかという判断をしないとしっかり訳せないないわけだ(二畳庵主人、漢文文法基礎、1984年、390・391頁)。
然るに、
(03)
括弧は、論理演算子のスコープ(scope)を明示する働きを持つ。スコープは、論理演算子の働きが及ぶ範囲のことをいう(産業図書、数理言語学辞典、2013年、四七頁:命題論理、今仁生美)。
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸。
① 自古帝王~~得之於艱難失之於安逸。
といふ「漢文」は、
② 自古帝王~〔~(得之於艱難失之於安逸)〕。
③ 自古帝王~〔~(得之於艱難)失之於安逸〕。
④ 自古帝王~〔~(得之於艱難)〕失之於安逸。
といふ「三通り」の内の、「どれか一つ」、すなはち、「返り点」であれば、
② 自レ古帝王莫レ不下得二之於艱難一失中之於安逸上。
③ 自レ古帝王莫下不レ得二之於艱難一失中之於安逸上。
④ 自レ古帝王莫レ不レ得二之於艱難一失二之於安逸一。
といふ「三通り」の内の、「どれか一つ」である。
然るに、
(05)
P = 得之於艱難=これを艱難に得る。
Q = 失之於安逸=これを安逸に失ふ。
~ = 否定詞
& = 接続助詞
→ = ならば
とする。
従って、
(04)(05)により、
(06)
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸。
① 自古帝王~~得之於艱難失之於安逸。
といふ「漢文」は、
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕。
③ 自古帝王~〔~(P)&Q〕。
④ 自古帝王~〔~(P)〕&Q。
といふ「三通り」の内の、「どれか一つ」である。
然るに、
(07)
「二重否定律」により、
② ~〔~(P&Q)〕=P&Q
④ ~〔~(P)〕&Q=P&Q
である。
従って、
(06)(07)により、
(08)
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕。
④ 自古帝王~〔~(P)〕&Q。
に於いて、「命題」としては、
②=④ である。
然るに、
(09)
② 1 &1 =1
② 1 &0 =0
② 0 &1 =0
② 0 &0 =0
であって、尚且つ、
③ ~〔~(1)&1〕=1
③ ~〔~(1)&0〕=1
③ ~〔~(0)&1〕=0
③ ~〔~(0)&0〕=1
である。
従って、
(08)(09)により、
(10)
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕。
③ 自古帝王~〔~(P)&Q〕。
の「真理値(ウソ・本当)」は、「一致」しない。
従って、
(10)により、
(11)
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕。
③ 自古帝王~〔~(P)&Q〕。
の場合は、「命題」としても、
②≠③ であって、
②=③ ではない。
従って、
(08)(11)により、
(12)
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕=P&Q。
③ 自古帝王~〔~(P)&Q〕≠P&Q。
④ 自古帝王~〔~(P)〕&Q=P&Q。
に於いて、「命題」として、
②=④ であるが、
②=③ ではない。
然るに、
(13)
② (Pであって、Qである。)といふことはない。
といふことは、要するに、
② Pならば、Qでない。
といふことに、他ならない。
然るに、
(14)
1 (01)~(P&Q) A
2 (02) P A
3 (03) Q A
23 (04) P&Q (02)(03)&I
123(05)~(P&Q)&(P&Q) (01)(04)&I
12 (06) ~Q (03)(05)RAA
1 (07) P→~Q (02)(06)CP
∴ (08)~(P&Q)├ P→~Q
1 (01) P→~Q A
2 (02) P&Q A
2 (03) P (02)&E
2 (04) Q (02)&E
12 (05) ~Q (01)(03)MPP
12 (06) ~Q&Q (04)(05)&I
1 (07)~(P&Q) (02)(06)RAA
∴ (08)P→~Q ├ ~(P& Q)
∴ (09) ~(P&Q) = P→~Q
∴ (10)~(~(P&Q))=~(P→~Q)
といふ「命題計算(Propositional calculation)」は、「正しい」。
然るに、
(15)
③ (Pでなくて、Qである。)といふことはない。
といふことは、要するに、
③ Pでないならば、Qでない。
といふことに、他ならない。
然るに、
(16)
Pに、~(P)を「代入(replace)」した「結果」である、
1 (01)~(~(P)&Q) A
2 (02) ~(P) A
3 (03) Q A
23 (04) ~(P)&Q (02)(03)&I
123(05)~(~(P)&Q)&(~(P)&Q) (01)(04)&I
12 (06) ~Q (03)(05)RAA
1 (07) ~(P)→~Q (02)(06)CP
∴ (08)~(~(P)&Q)├ ~(P)→~Q
1 (01) ~(P)→~Q A
2 (02) ~(P)&Q A
2 (03) ~(P) (02)&E
2 (04) Q (02)&E
12 (05) ~Q (01)(03)MPP
12 (06) ~Q&Q (04)(05)&I
1 (07)~(~(P)&Q) (02)(06)RAA
∴ (08)~(P)→~Q ├ ~(~(P)& Q)
∴ (09)~(~(P)&Q)= ~(P)→~Q
といふ「命題計算(Propositional calculation)」は、「正しい」。
従って、
(13)~(16)により、
(17)
② (Pであって、Qである。)といふことはない=~( P &Q)
③ (Pでなくて、Qである。)といふことはない=~(~(P)&Q)
といふことは、要するに、
② Pであるならば、Qでない= P →~Q
③ Pでないならば、Qでない=~(P)→~Q
といふことに、他ならない。
といふことは、「直観」としても、「命題計算」としても、「正しい」。
従って、
(17)により、
(18)
全ての「人類」が、「同じ論理」で「推論」を行ってゐる。のであれば、
② (Pであって、Qである。)といふことはない=~(P&Q)
③ (Pでなくて、Qである。)といふことはない=~〔~(P)&Q〕
といふことが、それぞれ、
② Pであるならば、Qでない= P →~Q
③ Pでないならば、Qでない=~(P)→~Q
といふ「命題」に、「等しい」。
といふことは、「日本語」で考へても、「英語」で考へても、「古代漢語」で考へても、「正しい」。
従って、
(06)(18)により、
(19)
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕。
③ 自古帝王~〔~(P)&Q〕。
といふ「命題」は、それぞれ、
② 自古帝王~(P→~Q)。
③ 自古帝王~(P)→~Q。
といふ「命題」に「等しい」。
然るに、
(20)
② 自古
② 自古
の「訓読」は、
② 自古=古自=古より=いにしへより
③ 自古=古自=古より=いにしへより
である。
然るに、
(21)
和文の否定は文の最後尾につきます。「・・・ではない」という形式です。すると、直前の語を否定しているのか、文全体を否定しているのか、別の語や句読点を補わない限り区別がつかなくなります(新井紀子、数学は言葉、2009年、123頁)。
従って、
(20)(21)により、
(22)
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕。
② 自古帝王~(P→~Q)。
③ 自古帝王~〔~(P)&Q〕。
③ 自古帝王~(P)→~Q。
といふ「それ」を、「和文の語順」にすると、
② 古より帝王〔(P&Q)~〕~。
② 古より帝王(P→Q~)~。
③ 古より帝王〔(P)~&Q〕~。
③ 古より帝王(P)~→Q~。
といふ、「語順」になる。
従って、
(05)(22)により、
(23)
② 古より帝王〔(P&Q)~〕~。
② 古より帝王(P→Q~)~。
③ 古より帝王〔(P)~&Q〕~。
③ 古より帝王(P)~→Q~。
に於いて、
P = これを艱難に得る。
Q = これを安逸に失ふ。
といふ「代入(replacement)」を行ふと、
② 古より帝王〔(これを艱難に得る&これを安逸に失ふ)~〕~。
② 古より帝王(これを艱難に得る→これを安逸に失ふ~)~。
③ 古より帝王〔(これを艱難に得る)~&これを安逸に失ふ〕~。
③ 古より帝王(これを艱難に得る)~→これを安逸に失ふ~。
といふ、ことになる。
従って、
(05)(06)(23)により、
(24)
② 古より帝王〔(P&Q)~〕~。
② 古より帝王(P→Q~)~。
③ 古より帝王〔(P)~&Q〕~。
③ 古より帝王(P)~→Q~。
といふ、「これら」は、
② 古より帝王〔(これを艱難に得て、これを安逸に失は)ざるは〕無し。
② 古より帝王(これを艱難に得るならば、これを安逸に失はない)といふことはない。
③ 古より帝王〔(これを艱難に得)ずして、これを安逸に失ふ〕といふことはない。
③ 古より帝王(これを艱難に得)ないならば、これを安逸に失はない。
といふ、「意味」になる。
然るに、
(25)
かんなん【艱難】つらいこと。難儀。hardships; difficulties.
あんいつ【安逸】① 気楽にたのしむ。ease ② ぶらぶら遊んでいること。indolence.
(旺文社、英訳つき 国語総合辞典、1990年、45・277頁)
従って、
(25)により、
(26)
~(P)=(これを艱難に得)ない=これを安逸に得る。
である。
(25)(26)により、
(27)
③ 古より帝王〔(これを艱難に得)ずして、これを安逸に失ふ〕といふことはない。
③ 古より帝王(これを艱難に得)ないならば、これを安逸に失はない。
に於いて、
③ (これを艱難に得)ない=これを安逸に得る。
といふ「代入(replacement)」を行ふと、
③ 古より帝王〔これを安逸に得て、これを安逸に失ふ〕といふことはない。
③ 古より帝王、これを安逸に得るならば、これを安逸に失はない。
といふ、ことになる。
然るに、
(28)
(Ⅰ)② 古より帝王〔(これを艱難に得て、これを安逸に失は)ざるは〕無し。
(Ⅱ)② 古より帝王(これを艱難に得たならば、これを安逸に失はない)といふことはない。
に於いて、明らかに、
(Ⅰ)=(Ⅱ) であって、
(Ⅲ)③ 古より帝王〔これを安逸に得て、これを安逸に失ふ〕といふことはない。
(Ⅳ)③ 古より帝王、これを安逸に得たならば、これを安逸に失はない。
に於いて、明らかに、
(Ⅲ)=(Ⅳ) である。
然るに、
(13)~(19)により、
(29)
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕は、② 自古帝王~(P→~Q)に、「等しい」。
③ 自古帝王~〔~(P)&Q〕は、③ 自古帝王~(P)→~Qに、「等しい」。
といふことは、「証明済み」であったため、
(Ⅰ)古より、帝王、これを艱難に得て、これを安逸に失はざるは無し。
(Ⅱ)古より、帝王、これを艱難に得るならば、これを安逸に失はない、といふことはない。
(Ⅲ)古より、帝王、これを安逸に得て、これを安逸に失ふ。といふことはない。
(Ⅳ)古より、帝王、これを安逸に得たならば、これを安逸に失はない。
に於いて、
(Ⅰ)=(Ⅱ) であって、
(Ⅲ)=(Ⅳ) であることも、実際には、「証明済み」であった。ことになる。
然るに、
(30)
(14)で「確認」した、
1 (01)~(P&Q) A
2 (02) P A
3 (03) Q A
23 (04) P&Q (02)(03)&I
123(05)~(P&Q)&(P&Q) (01)(04)&I
12 (06) ~Q (03)(05)RAA
1 (07) P→~Q (02)(06)CP
∴ (08)~(P&Q)├ P→~Q
1 (01) P→~Q A
2 (02) P&Q A
2 (03) P (02)&E
2 (04) Q (02)&E
12 (05) ~Q (01)(03)MPP
12 (06) ~Q&Q (04)(05)&I
1 (07)~(P&Q) (02)(06)RAA
∴ (08)P→~Q ├ ~(P& Q)
∴ (09) ~(P&Q) = P→~Q
∴ (10)~〔~(P&Q)〕=~(P→~Q)
といふ「命題計算(Propositional calculation)」に於いて、「括弧」を、「除く」ことは、出来ない。
すなはち、
(31)
1 (01)~(P&Q) A
から、 ( ) を除いて、
1 (01) ~P&Q A
とするならば、
1 (01) ~P&Q A
となるものの、
1 (01) ~P&Q A
といふ「式」は、
1 (01)~(P)&Q A
といふ「式」に「等しく」、
1 (01)~(P)&Q A
といふ「式」は、
1 (01)~(P&Q) A
といふ「式」とは、「異なる式」であるからである。
cf.
命題論理の「否定(~)」は、通常、文の最初につきます。「Not・・・」という形式です。すると、直後の文だけをを否定しているのか、文全体を否定しているのか、「括弧」を補わない限り区別がつかなくなります(新井紀子、数学は言葉、2009年、123頁改)。
従って、
(32)
(Ⅰ)自古帝王~〔~(P&Q)〕。
(Ⅱ)自古帝王~(P→~Q)。
(Ⅲ)自古帝王~〔~(P)&Q〕。
に於いて、
(Ⅰ)=(Ⅱ) である一方で、
(Ⅰ)=(Ⅲ) とはならず、
そのため、
(Ⅰ)古より、帝王、これを艱難に得て、これを安逸に失はざるは無し。
(Ⅱ)古より、帝王、これを艱難に得るならば、これを安逸に失はない、といふことはない。
(Ⅲ)古より、帝王、これを安逸に得て、これを安逸に失ふ。といふことはない。
に於いて、
(Ⅰ)=(Ⅱ) であったとしても、
(Ⅰ)=(Ⅲ) とはならない。
然るに、
(33)
嘗て侍臣に問ふ、
「創業と守成と孰れか難き。」と。
玄齢曰はく、
「草昧の初め、群雄並び起こり、力を角して而る後に之を臣とす。創業難し。」と。
魏徴曰はく、
「古より、帝王、之を艱難に得て之を安逸に失はざるは莫し。守成難し。」と。
上曰はく、
「玄齢は吾と共に天下を取り、百死を出でて一生を得たり。故に創業の難きを知る。
徴は吾と共に天下を安んじ、常に驕奢の富貴より生じ、禍乱は忽せにする所より生ずるを恐る。
故に守成の難きを知る。然れども創業の難きは往けり。守成の難きは、方に諸公と之を慎まん。」と。
(三省堂、明解古典学習シリーズ18 史記 十八史略、1973年、133頁)
然るに、
(33)により、
(34)
① 太宗は、天下を、艱難に得たものの、
① 昔から、帝王は、天下を艱難に得たならば、天下を安逸に失はない者はゐない。
従って、「これ迄の、前例」からすれば、
① 太宗もまた、安逸の内に、天下を失ふことになる。
従って、さうである以上、
① 太宗は、そのやうなことが、無いやうに、安逸を戒め、慎重に、国家を、運営すべきである。
といふ、ことになる。
従って、
(32)(33)(34)により、
(35)
「十八史略、創業守成」の「文脈」に適ふのは、
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕。
② 古より、帝王、これを艱難に得て、これを安逸に失はざるは無し。
であって、
③ 自古帝王~〔~(P)&Q〕。
③ 古より、帝王、これを安逸に得て、これを安逸に失ふ。といふことはない。
ではない。
従って、
(35)により、
(36)
③ 自古帝王~〔~(P)&Q〕。
③ 古より、帝王、これを安逸に得て、これを安逸に失ふ。といふことはない。
に関しては、もはや、「不要」である。
然るに、
(04)(08)により、
(37)
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕。
④ 自古帝王~〔~(P)〕&Q。
は、「命題」として「等しく」、尚且つ、
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕。
④ 自古帝王~〔~(P)〕&Q。
といふ「それ」は、
② 自古帝王~〔~(得之於艱難失之於安逸)〕。
④ 自古帝王~〔~(得之於艱難)〕失之於安逸。
であって、
② 自古帝王~〔~(得之於艱難失之於安逸)〕。
④ 自古帝王~〔~(得之於艱難)〕失之於安逸。
といふ「それ」は、
② 自古帝王莫〔不(得之於艱難失之於安逸)〕。
④ 自古帝王莫〔不(得之於艱難)〕失之於安逸。
であって、
② 自古帝王莫〔不(得之於艱難失之於安逸)〕。
④ 自古帝王莫〔不(得之於艱難)〕失之於安逸。
といふ「それ」の「返り点」は、
② 自レ古帝王莫レ不下得二之於艱難一失中之於安逸上。
④ 自レ古帝王莫レ不レ得二之於艱難一失二之於安逸一。
である。
然るに、
(38)
「三省堂、明解古典学習シリーズ18 史記 十八史略、1973年、133頁」の、「返り点」は、
② 自レ古帝王莫レ不下得二之於艱難一失中之於安逸上。
である。
従って、
(39)
「普通」は、
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕=
② 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]⇒
② (古)自帝王[〔(之於艱難)得(之於安逸)失〕不]莫=
② (古)より帝王[〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]莫し=
② 古より、帝王、これを艱難に得たならば、これを安逸に失はない。といふことはない。
であって、「まれ」には、
④ 自古帝王~〔~(P)〕&Q=
④ 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕]失(之於安逸)⇒
④ (古)自帝王[〔(之於艱難)得〕不]莫(之於安逸)失=
④ (古)より帝王[〔(之を艱難を)得〕不ること]莫くして(之を安逸に)失ふ。
である。といふことも、「完全に、有り得ない」とまでは、言へない。
然るに、
(40)
(ベルンハルド・カールグレンは、)「漢語においては、文法的な分析は、あまり役に立たず、実際に役立つのは、広い読書を通じて習得した経験、つまり、中国人がどのようにして文をつくりあげているかということに対する感覚が、唯一のものである」と説き、更に、漢語の文の意味を理解するためには、「豊富な直観が、必要である」とも述べている。
(鈴木直治著、中国語と漢文、1975年、293頁改)
従って、
(39)(40)により、
(41)
② 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]。
といふ「括弧(補足構造)」に対して、
④ 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕]失(之於安逸)。
といふ「括弧(補足構造)」は、恐らくは、無い。
然るに、
(42)
1 (01)~(P&Q) A
2 (02) P A
3 (03) Q A
23 (04) P&Q (02)(03)&I
123(05)~(P&Q)&(P&Q) (01)(04)&I
12 (06) ~Q (03)(05)RAA
1 (07) P→~Q (02)(06)CP
∴ (08)~(P&Q)├ P→~Q
1 (01) P→~Q A
2 (02) P&Q A
2 (03) P (02)&E
2 (04) Q (02)&E
12 (05) ~Q (01)(03)MPP
12 (06) ~Q&Q (04)(05)&I
1 (07)~(P&Q) (02)(06)RAA
∴ (08)P→~Q ├ ~(P& Q)
∴ (09) ~(P&Q) = P→~Q
∴ (10)~〔~(P&Q)〕=~(P→~Q)
に「命題計算(Propositional calculation)」於いて、
P=得之於艱難
Q=失之於安逸
といふ「代入(replacement)」を行ふと、
1 (01)~(得之於艱難&失之於安逸) A
2 (02) 得之於艱難 A
3 (03) 失之於安逸 A
23 (04) 得之於艱難&失之於安逸 (02)(03)&I
123(05)~(得之於艱難&失之於安逸)&(得之於艱難&失之於安逸)(01)(04)&I
12 (06) ~失之於安逸 (03)(05)RAA
1 (07) 得之於艱難→~失之於安逸 (02)(06)CP
∴ (08)~(得之於艱難&失之於安逸)├ 得之於艱難→~失之於安逸
1 (01) 得之於艱難→~失之於安逸 A
2 (02) 得之於艱難&失之於安逸 A
2 (03) 得之於艱難 (02)&E
2 (04) 失之於安逸 (02)&E
12 (05) ~失之於安逸 (01)(03)MPP
12 (06) ~失之於安逸&失之於安逸 (04)(05)&I
1 (07)~(得之於艱難&失之於安逸) (02)(06)RAA
∴ (08)得之於艱難→~失之於安逸 ├ ~(得之於艱難& 失之於安逸)
∴ (09) ~(得之於艱難&失之於安逸) = 得之於艱難→~失之於安逸
∴ (10)~〔~(得之於艱難&失之於安逸)〕=~(得之於艱難→~失之於安逸)
に「命題計算(Propositional calculation)」が、成立する。
然るに、
(43)
∴ (10)~〔~(得之於艱難&失之於安逸)〕=~(得之於艱難→~失之於安逸)
といふ「等式」は、「日本語の語順」で言へば、
(Ⅰ)これを艱難に得て、これを安逸に失はざるは無し。
(Ⅱ)これを艱難に得るならば、これを安逸に失はない、といふことはない。
に於いて、
(Ⅰ)=(Ⅱ) である。
といふことを、「意味」してゐる。
然るに、
(44)
(Ⅰ)~~得之於艱難&失之於安逸。
といふ「それ」は、
(Ⅰ)莫不得之於艱難而失之於安逸。
といふ「漢文」に「相当」する。
然るに、
(45)
「漢文」の場合は、
(Ⅰ)莫不得之於艱難失之於安逸。
と書いたとしても、
(Ⅰ)莫不得之於艱難而失之於安逸。
と書いたとしても、「同じこと」である。
従って、
(43)(44)(45)により、
(46)
(Ⅰ)莫不得之於艱難而失之於安逸。
といふ「漢文」が、
(Ⅰ)これを艱難に得て、これを安逸に失はざるは無し。
といふ「意味」、すなはち、
(Ⅱ)これを艱難に得るならば、これを安逸に失はない、といふことはない。
といふ「意味」であるならば、
(Ⅰ)莫不得之於艱難失之於安逸。
といふ「漢文」には、少なくとも、
(Ⅱ)莫〔不(得之於艱難失之於安逸)〕。
といふ「括弧」が有る。といふ、ことになる。
従って、
(18)(46)により、
(47)
(Ⅰ)莫不得之於艱難失之於安逸。
といふ「漢文」に関して、
このように、管到でいちばん苦労するのは、否定形の場合である。だから、否定形がでてきたときには、どこまでかかるかという判断をしないとしっかり訳せないないわけだ(二畳庵主人、漢文文法基礎、1984年、390・391頁)。
と言ふのであれば、
(Ⅰ)莫不得之於艱難失之於安逸。
といふ「漢文」に於いて、
(Ⅰ)莫 といふ「否定」は、〔不得之於艱難失之於安逸 〕にかかってゐて、
(Ⅰ)不 といふ「否定」は、 (得之於艱難失之於安逸) にかかってゐる。
といふ、ことになる。
平成29年07月04日、毛利太。
(01)
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸。
① 自古帝王~~得之於艱難失之於安逸。
に於いて、
① 莫 は、「否定」であって、
① 不 は、「否定」であって、
① ~ は、「否定」である。
然るに、
(02)
このように、管到でいちばん苦労するのは、否定形の場合である。だから、否定形がでてきたときには、どこまでかかるかという判断をしないとしっかり訳せないないわけだ(二畳庵主人、漢文文法基礎、1984年、390・391頁)。
然るに、
(03)
括弧は、論理演算子のスコープ(scope)を明示する働きを持つ。スコープは、論理演算子の働きが及ぶ範囲のことをいう(産業図書、数理言語学辞典、2013年、四七頁:命題論理、今仁生美)。
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸。
① 自古帝王~~得之於艱難失之於安逸。
といふ「漢文」は、
② 自古帝王~〔~(得之於艱難失之於安逸)〕。
③ 自古帝王~〔~(得之於艱難)失之於安逸〕。
④ 自古帝王~〔~(得之於艱難)〕失之於安逸。
といふ「三通り」の内の、「どれか一つ」、すなはち、「返り点」であれば、
② 自レ古帝王莫レ不下得二之於艱難一失中之於安逸上。
③ 自レ古帝王莫下不レ得二之於艱難一失中之於安逸上。
④ 自レ古帝王莫レ不レ得二之於艱難一失二之於安逸一。
といふ「三通り」の内の、「どれか一つ」である。
然るに、
(05)
P = 得之於艱難=これを艱難に得る。
Q = 失之於安逸=これを安逸に失ふ。
~ = 否定詞
& = 接続助詞
→ = ならば
とする。
従って、
(04)(05)により、
(06)
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸。
① 自古帝王~~得之於艱難失之於安逸。
といふ「漢文」は、
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕。
③ 自古帝王~〔~(P)&Q〕。
④ 自古帝王~〔~(P)〕&Q。
といふ「三通り」の内の、「どれか一つ」である。
然るに、
(07)
「二重否定律」により、
② ~〔~(P&Q)〕=P&Q
④ ~〔~(P)〕&Q=P&Q
である。
従って、
(06)(07)により、
(08)
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕。
④ 自古帝王~〔~(P)〕&Q。
に於いて、「命題」としては、
②=④ である。
然るに、
(09)
② 1 &1 =1
② 1 &0 =0
② 0 &1 =0
② 0 &0 =0
であって、尚且つ、
③ ~〔~(1)&1〕=1
③ ~〔~(1)&0〕=1
③ ~〔~(0)&1〕=0
③ ~〔~(0)&0〕=1
である。
従って、
(08)(09)により、
(10)
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕。
③ 自古帝王~〔~(P)&Q〕。
の「真理値(ウソ・本当)」は、「一致」しない。
従って、
(10)により、
(11)
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕。
③ 自古帝王~〔~(P)&Q〕。
の場合は、「命題」としても、
②≠③ であって、
②=③ ではない。
従って、
(08)(11)により、
(12)
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕=P&Q。
③ 自古帝王~〔~(P)&Q〕≠P&Q。
④ 自古帝王~〔~(P)〕&Q=P&Q。
に於いて、「命題」として、
②=④ であるが、
②=③ ではない。
然るに、
(13)
② (Pであって、Qである。)といふことはない。
といふことは、要するに、
② Pならば、Qでない。
といふことに、他ならない。
然るに、
(14)
1 (01)~(P&Q) A
2 (02) P A
3 (03) Q A
23 (04) P&Q (02)(03)&I
123(05)~(P&Q)&(P&Q) (01)(04)&I
12 (06) ~Q (03)(05)RAA
1 (07) P→~Q (02)(06)CP
∴ (08)~(P&Q)├ P→~Q
1 (01) P→~Q A
2 (02) P&Q A
2 (03) P (02)&E
2 (04) Q (02)&E
12 (05) ~Q (01)(03)MPP
12 (06) ~Q&Q (04)(05)&I
1 (07)~(P&Q) (02)(06)RAA
∴ (08)P→~Q ├ ~(P& Q)
∴ (09) ~(P&Q) = P→~Q
∴ (10)~(~(P&Q))=~(P→~Q)
といふ「命題計算(Propositional calculation)」は、「正しい」。
然るに、
(15)
③ (Pでなくて、Qである。)といふことはない。
といふことは、要するに、
③ Pでないならば、Qでない。
といふことに、他ならない。
然るに、
(16)
Pに、~(P)を「代入(replace)」した「結果」である、
1 (01)~(~(P)&Q) A
2 (02) ~(P) A
3 (03) Q A
23 (04) ~(P)&Q (02)(03)&I
123(05)~(~(P)&Q)&(~(P)&Q) (01)(04)&I
12 (06) ~Q (03)(05)RAA
1 (07) ~(P)→~Q (02)(06)CP
∴ (08)~(~(P)&Q)├ ~(P)→~Q
1 (01) ~(P)→~Q A
2 (02) ~(P)&Q A
2 (03) ~(P) (02)&E
2 (04) Q (02)&E
12 (05) ~Q (01)(03)MPP
12 (06) ~Q&Q (04)(05)&I
1 (07)~(~(P)&Q) (02)(06)RAA
∴ (08)~(P)→~Q ├ ~(~(P)& Q)
∴ (09)~(~(P)&Q)= ~(P)→~Q
といふ「命題計算(Propositional calculation)」は、「正しい」。
従って、
(13)~(16)により、
(17)
② (Pであって、Qである。)といふことはない=~( P &Q)
③ (Pでなくて、Qである。)といふことはない=~(~(P)&Q)
といふことは、要するに、
② Pであるならば、Qでない= P →~Q
③ Pでないならば、Qでない=~(P)→~Q
といふことに、他ならない。
といふことは、「直観」としても、「命題計算」としても、「正しい」。
従って、
(17)により、
(18)
全ての「人類」が、「同じ論理」で「推論」を行ってゐる。のであれば、
② (Pであって、Qである。)といふことはない=~(P&Q)
③ (Pでなくて、Qである。)といふことはない=~〔~(P)&Q〕
といふことが、それぞれ、
② Pであるならば、Qでない= P →~Q
③ Pでないならば、Qでない=~(P)→~Q
といふ「命題」に、「等しい」。
といふことは、「日本語」で考へても、「英語」で考へても、「古代漢語」で考へても、「正しい」。
従って、
(06)(18)により、
(19)
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕。
③ 自古帝王~〔~(P)&Q〕。
といふ「命題」は、それぞれ、
② 自古帝王~(P→~Q)。
③ 自古帝王~(P)→~Q。
といふ「命題」に「等しい」。
然るに、
(20)
② 自古
② 自古
の「訓読」は、
② 自古=古自=古より=いにしへより
③ 自古=古自=古より=いにしへより
である。
然るに、
(21)
和文の否定は文の最後尾につきます。「・・・ではない」という形式です。すると、直前の語を否定しているのか、文全体を否定しているのか、別の語や句読点を補わない限り区別がつかなくなります(新井紀子、数学は言葉、2009年、123頁)。
従って、
(20)(21)により、
(22)
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕。
② 自古帝王~(P→~Q)。
③ 自古帝王~〔~(P)&Q〕。
③ 自古帝王~(P)→~Q。
といふ「それ」を、「和文の語順」にすると、
② 古より帝王〔(P&Q)~〕~。
② 古より帝王(P→Q~)~。
③ 古より帝王〔(P)~&Q〕~。
③ 古より帝王(P)~→Q~。
といふ、「語順」になる。
従って、
(05)(22)により、
(23)
② 古より帝王〔(P&Q)~〕~。
② 古より帝王(P→Q~)~。
③ 古より帝王〔(P)~&Q〕~。
③ 古より帝王(P)~→Q~。
に於いて、
P = これを艱難に得る。
Q = これを安逸に失ふ。
といふ「代入(replacement)」を行ふと、
② 古より帝王〔(これを艱難に得る&これを安逸に失ふ)~〕~。
② 古より帝王(これを艱難に得る→これを安逸に失ふ~)~。
③ 古より帝王〔(これを艱難に得る)~&これを安逸に失ふ〕~。
③ 古より帝王(これを艱難に得る)~→これを安逸に失ふ~。
といふ、ことになる。
従って、
(05)(06)(23)により、
(24)
② 古より帝王〔(P&Q)~〕~。
② 古より帝王(P→Q~)~。
③ 古より帝王〔(P)~&Q〕~。
③ 古より帝王(P)~→Q~。
といふ、「これら」は、
② 古より帝王〔(これを艱難に得て、これを安逸に失は)ざるは〕無し。
② 古より帝王(これを艱難に得るならば、これを安逸に失はない)といふことはない。
③ 古より帝王〔(これを艱難に得)ずして、これを安逸に失ふ〕といふことはない。
③ 古より帝王(これを艱難に得)ないならば、これを安逸に失はない。
といふ、「意味」になる。
然るに、
(25)
かんなん【艱難】つらいこと。難儀。hardships; difficulties.
あんいつ【安逸】① 気楽にたのしむ。ease ② ぶらぶら遊んでいること。indolence.
(旺文社、英訳つき 国語総合辞典、1990年、45・277頁)
従って、
(25)により、
(26)
~(P)=(これを艱難に得)ない=これを安逸に得る。
である。
(25)(26)により、
(27)
③ 古より帝王〔(これを艱難に得)ずして、これを安逸に失ふ〕といふことはない。
③ 古より帝王(これを艱難に得)ないならば、これを安逸に失はない。
に於いて、
③ (これを艱難に得)ない=これを安逸に得る。
といふ「代入(replacement)」を行ふと、
③ 古より帝王〔これを安逸に得て、これを安逸に失ふ〕といふことはない。
③ 古より帝王、これを安逸に得るならば、これを安逸に失はない。
といふ、ことになる。
然るに、
(28)
(Ⅰ)② 古より帝王〔(これを艱難に得て、これを安逸に失は)ざるは〕無し。
(Ⅱ)② 古より帝王(これを艱難に得たならば、これを安逸に失はない)といふことはない。
に於いて、明らかに、
(Ⅰ)=(Ⅱ) であって、
(Ⅲ)③ 古より帝王〔これを安逸に得て、これを安逸に失ふ〕といふことはない。
(Ⅳ)③ 古より帝王、これを安逸に得たならば、これを安逸に失はない。
に於いて、明らかに、
(Ⅲ)=(Ⅳ) である。
然るに、
(13)~(19)により、
(29)
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕は、② 自古帝王~(P→~Q)に、「等しい」。
③ 自古帝王~〔~(P)&Q〕は、③ 自古帝王~(P)→~Qに、「等しい」。
といふことは、「証明済み」であったため、
(Ⅰ)古より、帝王、これを艱難に得て、これを安逸に失はざるは無し。
(Ⅱ)古より、帝王、これを艱難に得るならば、これを安逸に失はない、といふことはない。
(Ⅲ)古より、帝王、これを安逸に得て、これを安逸に失ふ。といふことはない。
(Ⅳ)古より、帝王、これを安逸に得たならば、これを安逸に失はない。
に於いて、
(Ⅰ)=(Ⅱ) であって、
(Ⅲ)=(Ⅳ) であることも、実際には、「証明済み」であった。ことになる。
然るに、
(30)
(14)で「確認」した、
1 (01)~(P&Q) A
2 (02) P A
3 (03) Q A
23 (04) P&Q (02)(03)&I
123(05)~(P&Q)&(P&Q) (01)(04)&I
12 (06) ~Q (03)(05)RAA
1 (07) P→~Q (02)(06)CP
∴ (08)~(P&Q)├ P→~Q
1 (01) P→~Q A
2 (02) P&Q A
2 (03) P (02)&E
2 (04) Q (02)&E
12 (05) ~Q (01)(03)MPP
12 (06) ~Q&Q (04)(05)&I
1 (07)~(P&Q) (02)(06)RAA
∴ (08)P→~Q ├ ~(P& Q)
∴ (09) ~(P&Q) = P→~Q
∴ (10)~〔~(P&Q)〕=~(P→~Q)
といふ「命題計算(Propositional calculation)」に於いて、「括弧」を、「除く」ことは、出来ない。
すなはち、
(31)
1 (01)~(P&Q) A
から、 ( ) を除いて、
1 (01) ~P&Q A
とするならば、
1 (01) ~P&Q A
となるものの、
1 (01) ~P&Q A
といふ「式」は、
1 (01)~(P)&Q A
といふ「式」に「等しく」、
1 (01)~(P)&Q A
といふ「式」は、
1 (01)~(P&Q) A
といふ「式」とは、「異なる式」であるからである。
cf.
命題論理の「否定(~)」は、通常、文の最初につきます。「Not・・・」という形式です。すると、直後の文だけをを否定しているのか、文全体を否定しているのか、「括弧」を補わない限り区別がつかなくなります(新井紀子、数学は言葉、2009年、123頁改)。
従って、
(32)
(Ⅰ)自古帝王~〔~(P&Q)〕。
(Ⅱ)自古帝王~(P→~Q)。
(Ⅲ)自古帝王~〔~(P)&Q〕。
に於いて、
(Ⅰ)=(Ⅱ) である一方で、
(Ⅰ)=(Ⅲ) とはならず、
そのため、
(Ⅰ)古より、帝王、これを艱難に得て、これを安逸に失はざるは無し。
(Ⅱ)古より、帝王、これを艱難に得るならば、これを安逸に失はない、といふことはない。
(Ⅲ)古より、帝王、これを安逸に得て、これを安逸に失ふ。といふことはない。
に於いて、
(Ⅰ)=(Ⅱ) であったとしても、
(Ⅰ)=(Ⅲ) とはならない。
然るに、
(33)
嘗て侍臣に問ふ、
「創業と守成と孰れか難き。」と。
玄齢曰はく、
「草昧の初め、群雄並び起こり、力を角して而る後に之を臣とす。創業難し。」と。
魏徴曰はく、
「古より、帝王、之を艱難に得て之を安逸に失はざるは莫し。守成難し。」と。
上曰はく、
「玄齢は吾と共に天下を取り、百死を出でて一生を得たり。故に創業の難きを知る。
徴は吾と共に天下を安んじ、常に驕奢の富貴より生じ、禍乱は忽せにする所より生ずるを恐る。
故に守成の難きを知る。然れども創業の難きは往けり。守成の難きは、方に諸公と之を慎まん。」と。
(三省堂、明解古典学習シリーズ18 史記 十八史略、1973年、133頁)
然るに、
(33)により、
(34)
① 太宗は、天下を、艱難に得たものの、
① 昔から、帝王は、天下を艱難に得たならば、天下を安逸に失はない者はゐない。
従って、「これ迄の、前例」からすれば、
① 太宗もまた、安逸の内に、天下を失ふことになる。
従って、さうである以上、
① 太宗は、そのやうなことが、無いやうに、安逸を戒め、慎重に、国家を、運営すべきである。
といふ、ことになる。
従って、
(32)(33)(34)により、
(35)
「十八史略、創業守成」の「文脈」に適ふのは、
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕。
② 古より、帝王、これを艱難に得て、これを安逸に失はざるは無し。
であって、
③ 自古帝王~〔~(P)&Q〕。
③ 古より、帝王、これを安逸に得て、これを安逸に失ふ。といふことはない。
ではない。
従って、
(35)により、
(36)
③ 自古帝王~〔~(P)&Q〕。
③ 古より、帝王、これを安逸に得て、これを安逸に失ふ。といふことはない。
に関しては、もはや、「不要」である。
然るに、
(04)(08)により、
(37)
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕。
④ 自古帝王~〔~(P)〕&Q。
は、「命題」として「等しく」、尚且つ、
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕。
④ 自古帝王~〔~(P)〕&Q。
といふ「それ」は、
② 自古帝王~〔~(得之於艱難失之於安逸)〕。
④ 自古帝王~〔~(得之於艱難)〕失之於安逸。
であって、
② 自古帝王~〔~(得之於艱難失之於安逸)〕。
④ 自古帝王~〔~(得之於艱難)〕失之於安逸。
といふ「それ」は、
② 自古帝王莫〔不(得之於艱難失之於安逸)〕。
④ 自古帝王莫〔不(得之於艱難)〕失之於安逸。
であって、
② 自古帝王莫〔不(得之於艱難失之於安逸)〕。
④ 自古帝王莫〔不(得之於艱難)〕失之於安逸。
といふ「それ」の「返り点」は、
② 自レ古帝王莫レ不下得二之於艱難一失中之於安逸上。
④ 自レ古帝王莫レ不レ得二之於艱難一失二之於安逸一。
である。
然るに、
(38)
「三省堂、明解古典学習シリーズ18 史記 十八史略、1973年、133頁」の、「返り点」は、
② 自レ古帝王莫レ不下得二之於艱難一失中之於安逸上。
である。
従って、
(39)
「普通」は、
② 自古帝王~〔~(P&Q)〕=
② 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]⇒
② (古)自帝王[〔(之於艱難)得(之於安逸)失〕不]莫=
② (古)より帝王[〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]莫し=
② 古より、帝王、これを艱難に得たならば、これを安逸に失はない。といふことはない。
であって、「まれ」には、
④ 自古帝王~〔~(P)〕&Q=
④ 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕]失(之於安逸)⇒
④ (古)自帝王[〔(之於艱難)得〕不]莫(之於安逸)失=
④ (古)より帝王[〔(之を艱難を)得〕不ること]莫くして(之を安逸に)失ふ。
である。といふことも、「完全に、有り得ない」とまでは、言へない。
然るに、
(40)
(ベルンハルド・カールグレンは、)「漢語においては、文法的な分析は、あまり役に立たず、実際に役立つのは、広い読書を通じて習得した経験、つまり、中国人がどのようにして文をつくりあげているかということに対する感覚が、唯一のものである」と説き、更に、漢語の文の意味を理解するためには、「豊富な直観が、必要である」とも述べている。
(鈴木直治著、中国語と漢文、1975年、293頁改)
従って、
(39)(40)により、
(41)
② 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]。
といふ「括弧(補足構造)」に対して、
④ 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕]失(之於安逸)。
といふ「括弧(補足構造)」は、恐らくは、無い。
然るに、
(42)
1 (01)~(P&Q) A
2 (02) P A
3 (03) Q A
23 (04) P&Q (02)(03)&I
123(05)~(P&Q)&(P&Q) (01)(04)&I
12 (06) ~Q (03)(05)RAA
1 (07) P→~Q (02)(06)CP
∴ (08)~(P&Q)├ P→~Q
1 (01) P→~Q A
2 (02) P&Q A
2 (03) P (02)&E
2 (04) Q (02)&E
12 (05) ~Q (01)(03)MPP
12 (06) ~Q&Q (04)(05)&I
1 (07)~(P&Q) (02)(06)RAA
∴ (08)P→~Q ├ ~(P& Q)
∴ (09) ~(P&Q) = P→~Q
∴ (10)~〔~(P&Q)〕=~(P→~Q)
に「命題計算(Propositional calculation)」於いて、
P=得之於艱難
Q=失之於安逸
といふ「代入(replacement)」を行ふと、
1 (01)~(得之於艱難&失之於安逸) A
2 (02) 得之於艱難 A
3 (03) 失之於安逸 A
23 (04) 得之於艱難&失之於安逸 (02)(03)&I
123(05)~(得之於艱難&失之於安逸)&(得之於艱難&失之於安逸)(01)(04)&I
12 (06) ~失之於安逸 (03)(05)RAA
1 (07) 得之於艱難→~失之於安逸 (02)(06)CP
∴ (08)~(得之於艱難&失之於安逸)├ 得之於艱難→~失之於安逸
1 (01) 得之於艱難→~失之於安逸 A
2 (02) 得之於艱難&失之於安逸 A
2 (03) 得之於艱難 (02)&E
2 (04) 失之於安逸 (02)&E
12 (05) ~失之於安逸 (01)(03)MPP
12 (06) ~失之於安逸&失之於安逸 (04)(05)&I
1 (07)~(得之於艱難&失之於安逸) (02)(06)RAA
∴ (08)得之於艱難→~失之於安逸 ├ ~(得之於艱難& 失之於安逸)
∴ (09) ~(得之於艱難&失之於安逸) = 得之於艱難→~失之於安逸
∴ (10)~〔~(得之於艱難&失之於安逸)〕=~(得之於艱難→~失之於安逸)
に「命題計算(Propositional calculation)」が、成立する。
然るに、
(43)
∴ (10)~〔~(得之於艱難&失之於安逸)〕=~(得之於艱難→~失之於安逸)
といふ「等式」は、「日本語の語順」で言へば、
(Ⅰ)これを艱難に得て、これを安逸に失はざるは無し。
(Ⅱ)これを艱難に得るならば、これを安逸に失はない、といふことはない。
に於いて、
(Ⅰ)=(Ⅱ) である。
といふことを、「意味」してゐる。
然るに、
(44)
(Ⅰ)~~得之於艱難&失之於安逸。
といふ「それ」は、
(Ⅰ)莫不得之於艱難而失之於安逸。
といふ「漢文」に「相当」する。
然るに、
(45)
「漢文」の場合は、
(Ⅰ)莫不得之於艱難失之於安逸。
と書いたとしても、
(Ⅰ)莫不得之於艱難而失之於安逸。
と書いたとしても、「同じこと」である。
従って、
(43)(44)(45)により、
(46)
(Ⅰ)莫不得之於艱難而失之於安逸。
といふ「漢文」が、
(Ⅰ)これを艱難に得て、これを安逸に失はざるは無し。
といふ「意味」、すなはち、
(Ⅱ)これを艱難に得るならば、これを安逸に失はない、といふことはない。
といふ「意味」であるならば、
(Ⅰ)莫不得之於艱難失之於安逸。
といふ「漢文」には、少なくとも、
(Ⅱ)莫〔不(得之於艱難失之於安逸)〕。
といふ「括弧」が有る。といふ、ことになる。
従って、
(18)(46)により、
(47)
(Ⅰ)莫不得之於艱難失之於安逸。
といふ「漢文」に関して、
このように、管到でいちばん苦労するのは、否定形の場合である。だから、否定形がでてきたときには、どこまでかかるかという判断をしないとしっかり訳せないないわけだ(二畳庵主人、漢文文法基礎、1984年、390・391頁)。
と言ふのであれば、
(Ⅰ)莫不得之於艱難失之於安逸。
といふ「漢文」に於いて、
(Ⅰ)莫 といふ「否定」は、〔不得之於艱難失之於安逸 〕にかかってゐて、
(Ⅰ)不 といふ「否定」は、 (得之於艱難失之於安逸) にかかってゐる。
といふ、ことになる。
平成29年07月04日、毛利太。
2017年7月3日月曜日
『括弧』の「存在証明」(Ⅱ)。
―「この記事」は、書き直します。―
(01)
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸。
は、有名な「十八史略、創業守成」である。
従って、
(01)により、
(02)
① とは、「不」の「位置」が「異なる」ため、
② 自古帝王莫得之於艱難不失之於安逸。
は、有名な「十八史略、創業守成」ではない。
然るに、
(03)
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸=
① 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]⇒
① (古)自帝王[〔(之於艱難)得(之於安逸)失〕不]莫=
① (古)自り帝王[〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]莫し。
然るに、
(04)
② 自古帝王莫得之於艱難不失之於安逸=
② 自(古)帝王莫[得(之於艱難)不〔失(之於安逸)〕]⇒
② (古)自帝王[(之於艱難)得〔(之於安逸)失〕不]莫=
② (古)自り帝王[(之を艱難に)得て〔(之を安逸に)失は〕不るは]莫し。
従って、
(01)~(04)により、
(05)
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸。
② 自古帝王莫得之於艱難不失之於安逸。
に対して、両方とも、
① (古)自り帝王[〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]莫し。
② (古)自り帝王[(之を艱難に)得て〔(之を安逸に)失は〕不るは]莫し。
である。
従って、
(05)により、
(06)
① 古より、帝王、これを艱難に得て、これを安逸に失はざるは莫し。
② 古より、帝王、これを艱難に得て、これを安逸に失はざるは莫し。
といふ「書き下し文」からは、その「原文」が、
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸。
であるのか、
② 自古帝王莫得之於艱難不失之於安逸。
であるのかが、「分からない」。
然るに、
(07)
その一方で、
① 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]。
② 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕失(之於安逸)]。
③ 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕]失(之於安逸)。
といふ「漢文」は、三つとも、
① Zìgǔ dìwáng mò dé zhī yú jiān nàn bù shī zhī yú ānyì.
② Zìgǔ dìwáng mò dé zhī yú jiān nàn bù shī zhī yú ānyì.
③ Zìgǔ dìwáng mò dé zhī yú jiān nàn bù shī zhī yú ānyì.
であるため、「区別」が、「付かない」。
然るに、
(08)
莫 は、「否定」であって、
不 は、「否定」であって、
~ は、「否定」である。
然るに、
(09)
P = 得(之於艱難)= これを艱難に得る。
Q = 失(之於安逸)= これを安逸に失ふ。
→ = ならば、
& = であって、
であるとする。
従って、
(07)(08)(09)により、
(10)
① 自(古)帝王 ~[~〔P&Q〕]。
② 自(古)帝王 ~[~〔P〕&Q]。
③ 自(古)帝王 ~[~〔P〕]&Q。
然るに、
(11)
かんなん【艱難】つらいこと。難儀。hardships; difficulties.
あんいつ【安逸】① 気楽にたのしむ。ease ② ぶらぶら遊んでいること。indolence.
(旺文社、英訳つき 国語総合辞典、1990年、45・277頁)
従って、
(09)(11)により、
(12)
~〔P〕=〔これを艱難に得〕ない=〔これを安逸に得る〕。
である。
然るに、
(13)
① ~〔P&Q〕=〔Pであって、Qである。〕といふことはない。
といふことは、要するに、
① P→~Q = Pならば、Qでない。
といふことに、他ならない。
従って、
(14)
1 (01)~〔P&Q〕 A
2 (02) P A
3 (03) Q A
23 (04) P&Q (02)(03)&I
123(05)~〔P&Q〕&〔P&Q〕 (01)(04)&I
12 (06) ~Q (03)(05)RAA
1 (07) P→~Q (02)(06)CP
∴ (08)~〔P&Q〕├ P→~Q
1 (01) P→~Q A
2 (02) P&Q A
2 (03) P (02)&E
2 (04) Q (02)&E
12 (05) ~Q (01)(03)MPP
12 (06) ~Q&Q (04)(05)&I
1 (07)~〔P&Q〕 (02)(06)RAA
∴ (08)P→~Q ├ ~〔P&Q〕
∴ (09)~〔P&Q〕⇔ P→~Q
といふ「といふ「命題計算(Propositional calculation)」は、「正しい」。
従って、
(10)(13)(14)により、
(15)
① 自(古)帝王 ~〔PならばQでない〕。
② 自(古)帝王 ~[~〔P〕&Q]。
③ 自(古)帝王 ~[~〔P〕]&Q。
である。
然るに、
(16)
~[P&Q]⇔ P→~Q
に於いて、
P=~〔P〕
といふ「代入(Replacement)」を行ふと、
~[~〔P〕&Q]⇔ ~〔P〕→~Q
従って、
(15)(16)により、
(17)
① 自(古)帝王 ~〔PならばQでない〕。
② 自(古)帝王 ~〔P〕ならばQでない。
③ 自(古)帝王 ~[~〔P〕]&Q。
然るに、
(18)
「二重否定律」により、
~[~〔P〕]=P
である。
従って、
(17)(18)により、
(19)
① 自(古)帝王 ~〔PならばQでない〕。
② 自(古)帝王 ~〔P〕ならばQでない。
③ 自(古)帝王 PであってQである。
従って、
(09)(12)(19)により、
(20)
① 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]。
② 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕失(之於安逸)]。
③ 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕]失(之於安逸)。
に於いて。それぞれ、
① 古より、帝王、これを艱難に得るならば、これを安逸に失はない。といふことはない。
② 古より、帝王、これを安逸に得るならば、これを安逸に失はない。
③ 古より、帝王、これを艱難に得て、 これを安逸に失ふ。
といふ、ことになる。
然るに、
(21)
① 古より、帝王、これを艱難に得るならば、これを安逸に失はない。といふことはない。
③ 古より、帝王、これを艱難に得て、 これを安逸に失ふ。
に於いて、
①=③ である。
然るに、
(22)
③ 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸=
③ 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕]失(之於安逸)⇒
③ (古)自帝王[〔(之於艱難)得〕不]莫(之於安逸)失=
③ (古)より自帝王[〔(之を艱難を)得〕不ること]莫くして(之を安逸に)失ふ。
といふ「漢文」は、恐らくは、無い。
cf.
③ 自レ帝王莫レ 不下得二之於艱難一失二之於安逸失一。
然るに、
(23)
(ベルンハルド・カールグレンは、)「漢語においては、文法的な分析は、あまり役に立たず、実際に役立つのは、広い読書を通じて習得した経験、つまり、中国人がどのようにして文をつくりあげているかということに対する感覚が、唯一のものである」と説き、更に、漢語の文の意味を理解するためには、「豊富な直観が、必要である」とも述べている。
(鈴木直治著、中国語と漢文、1975年、293頁)
従って、
(22)(23)により、
(24)
③ 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕]失(之於安逸)。
といふ「括弧(補足構造)」は、有っても、構はないものの、一応、「無いもの」とする。
然るに、
(25)
嘗て侍臣に問ふ、
「創業と守成と孰れか難き。」と。
玄齢曰はく、
「草昧の初め、群雄並び起こり、力を角して而る後に之を臣とす。創業難し。」と。
魏徴曰はく、
「古より、帝王、之を艱難に得て之を安逸に失はざるは莫し。守成難し。」と。
上曰はく、
「玄齢は吾と共に天下を取り、百死をを出でて一生を得たり。故に創業の難きを知る。
徴は吾と共に天下を安んじ、常に驕奢の富貴より生じ、禍乱は忽せにする所より生ずるを恐る。
故に守成の難きを知る。然れども創業の難きは往けり。守成の難きは、方に諸公と之を慎まん。」と。
(三省堂、明解古典学習シリーズ18 史記 十八史略、1973年、133頁)
然るに、
(25)により、
(26)
① 太宗は、天下を、艱難に得たものの、
① 昔から、帝王は、天下を艱難に得たならば、天下を安逸に失はない者はゐない。
従って、「これ迄の、前例」からすれば、
① 太宗もまた、安逸の内に、天下を失ふことになる。
従って、さうである以上、
① 太宗は、そのやうなことが、無いやうに、安逸を戒め、慎重に、国家を、運営すべきである。
といふ、ことになる。
然るに、
(03)(13)(20)により、
(27)
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸=
① 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]⇒
① (古)自帝王[〔(之於艱難)得(之於安逸)失〕不]莫=
① (古)より帝王[〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]莫し=
① (古)より帝王〔(之を艱難に)得たならば(之を安逸に)失はない者は〕ゐない。
であるものの、この場合の「返り点」は、
① 自レ帝王莫レ 不下得二之於艱難一失中之於安逸失上。
であって、尚且つ、「三省堂、明解古典学習シリーズ18 史記 十八史略、1973年、133頁」の、「返り点」も、「これ」である。
従って、
(26)(27)により、
(28)
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸=
① 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]⇒
① (古)自帝王[〔(之於艱難)得(之於安逸)失〕不]莫=
① (古)より帝王[〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]莫し=
① (古)より帝王〔(之を艱難に)得たならば(之を安逸に)失はない者は〕ゐない。
といふ「漢文訓読」は、明らかに、
玄齢曰はく、「草昧の初め、群雄並び起こり、力を角して而る後に之を臣とす。創業難し。」と。
魏徴曰はく、「古より、帝王、之を艱難に得て之を安逸に失はざるは莫し。守成難し。」と。
上曰はく、「玄齢は吾と共に天下を取り、百死を出でて一生を得たり。故に創業の難きを知る。徴は吾と共に天下を安んじ、常に驕奢の富貴より生じ、禍乱は忽せにする所より生ずるを恐る。故に守成の難きを知る。然れども創業の難きは往けり。守成の難きは、方に諸公と之を慎まん。」と。
といふ「文脈」に、適ってゐる。
然るに、
(20)により、
(29)
① 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]。
③ 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕]失(之於安逸)。
に対して、
② 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕失(之於安逸)]。
の場合は、すなはち、
① 古より、帝王、これを艱難に得るならば、これを安逸に失はない。といふことはない。
③ 古より、帝王、これを艱難に得て、 これを安逸に失ふ。
に対して、
② 古より、帝王、これを安逸に得るならば、これを安逸に失はない。
の場合は、明らかに、
玄齢曰はく、「草昧の初め、群雄並び起こり、力を角して而る後に之を臣とす。創業難し。」と。
魏徴曰はく、「古より、帝王、之を艱難に得て之を安逸に失はざるは莫し。守成難し。」と。
上曰はく、「玄齢は吾と共に天下を取り、百死を出でて一生を得たり。故に創業の難きを知る。徴は吾と共に天下を安んじ、常に驕奢の富貴より生じ、禍乱は忽せにする所より生ずるを恐る。故に守成の難きを知る。然れども創業の難きは往けり。守成の難きは、方に諸公と之を慎まん。」と。
といふ「文脈」に、適ってはゐない。
従って、
(20)(29)により、
(30)
① 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]。
② 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕失(之於安逸)]。
③ 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕]失(之於安逸)。
に於いて。それぞれ、
① 古より、帝王、これを艱難に得るならば、これを安逸に失はない。といふことはない。
② 古より、帝王、これを安逸に得るならば、これを安逸に失はない。
③ 古より、帝王、これを艱難に得て、 これを安逸に失ふ。
であるが故に、
② 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕失(之於安逸)]。
② 古より、帝王、これを安逸に得るならば、これを安逸に失はない。
といふ「それ」だけは、「有り得ない」。
然るに、
(31)
1 (01)~〔安&艱〕 A
2 (02) 安 A
3 (03) 艱 A
23 (04) 安&艱 (02)(03)&I
123(05)~〔安&艱〕&〔安&艱〕 (01)(04)&I
12 (06) ~艱 (03)(05)RAA
1 (07) 安→~艱 (02)(06)CP
∴ (08)~〔安&艱〕├ 安→~艱
1 (01) 安→~艱 A
2 (02) 安&艱 A
2 (03) 安 (02)&E
2 (04) 艱 (02)&E
12 (05) ~艱 (01)(03)MPP
12 (06) ~艱&艱 (04)(05)&I
1 (07)~〔安&艱〕 (02)(06)RAA
∴ (08)安→~艱 ├ ~〔安&艱〕
∴ (09) ~〔安&艱〕 ⇔ 安→~艱
∴ (10)~[~〔安&艱〕]⇔ ~〔安→~艱〕
といふ「命題計算(Propositional calculation)」は、「論理学の定理」であるため、
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸=
① 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]⇒
① (古)自帝王[〔(之於艱難)得(之於安逸)失〕不]莫=
① (古)より帝王[〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]莫し=
① (古)より帝王〔(之を艱難に)得たならば(之を安逸に)失はない者は〕ゐない。
に於ける、
① (古)より帝王[〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]莫し=
① (古)より帝王〔(之を艱難に)得たならば(之を安逸に)失はない者は〕ゐない。
といふ「等式」は、「英語」で考へても、「日本語」で考へても、「古代漢語」で考へても、「正しい」。
然るに、
(32)
任意の表述の否定は、その表述を’~( )’という空所にいれて書くことにしよう。しかし、丸括弧はその内部の表述が連言でないかぎり削除しよう(W.O.クワイン著、杖下隆英訳、現代論理学入門、1972年、15頁)。
従って、
(32)により、
(33)
① ~(安&艱)= 安→~艱
といふ「等式」は、「正しい」ものの、
① ( )
といふ「括弧」を「削除」した、
① ~安&艱 = 安→~艱
といふ「等式」は、「間違ひ」である。
といふ風に、W.O.クワインが、言ってゐる。
cf.
~安&艱 は、0&1 の時だけ、1 であるが、
安→~艱 は、1&1 の時だけ、0 であるため、「等式」は、成り立たない。
従って、
(31)(33)により、
(34)
1 (01)~(安&艱) A
2 (02) 安 A
3 (03) 艱 A
23 (04) 安&艱 (02)(03)&I
123(05)~(安&艱)&(安&艱) (01)(04)&I
12 (06) ~艱 (03)(05)RAA
1 (07) 安→~艱 (02)(06)CP
∴ (08)~(安&艱)├ 安→~艱
1 (01) 安→~艱 A
2 (02) 安&艱 A
2 (03) 安 (02)&E
2 (04) 艱 (02)&E
12 (05) ~艱 (01)(03)MPP
12 (06) ~艱&艱 (04)(05)&I
1 (07)~(安&艱) (02)(06)RAA
∴ (08)安→~艱 ├ ~(安&艱)
∴ (09) ~(安&艱) ⇔ 安→~艱
∴ (10)~(~(安&艱))⇔ ~(安→~艱)
といふ「命題計算(Propositional calculation)」は、「括弧」が無ければ、「成立」しない。
従って、
(31)(34)により、
(35)
「括弧」が無ければ、
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸=
① 自(古)帝王莫(不(得(之於艱難)失(之於安逸)))⇒
① (古)自帝王(((之於艱難)得(之於安逸)失)不)莫=
① (古)より帝王(((之を艱難に)得て(之を安逸に)失は)不るは)莫し=
① (古)より帝王((之を艱難に)得たならば(之を安逸に)失はない者は)ゐない。
といふ「漢文訓読」は、成立しない。
然るに、
(36)
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸=
① 自(古)帝王莫(不(得(之於艱難)失(之於安逸)))⇒
① (古)自帝王(((之於艱難)得(之於安逸)失)不)莫=
① (古)より帝王(((之を艱難に)得て(之を安逸に)失は)不るは)莫し=
① (古)より帝王((之を艱難に)得たならば(之を安逸に)失はない者は)ゐない。
といふ「漢文訓読」は、「約700年」の「此の方」、「正しい」。
従って、
(35)(36)により、
(37)
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸。
といふ「漢文」には、少なくとも、
① 自古帝王~(~(得之於艱難失之於安逸))。
① 自古帝王~(如 得之於艱難失 則 之於安逸)=
① 自古帝王~(if 得之於艱難失 then 之於安逸)。
といふ「括弧」が有ると、せざるを得ない。
Q.E.D.
(38)
いつまで経っても、一向に、「実物」が示されずに、「云々かんぬん」され続ける「スタップ細胞」とは異なり、「括弧」は、有ります!!
(39)
世間は、理研に騙されて、理研は、小保方氏に騙されたので、一番悪いのは、世間を騙した理研であって、小保方氏ではない。と、武田先生は、
言ってゐます。
平成29年07月03日、毛利太。
(01)
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸。
は、有名な「十八史略、創業守成」である。
従って、
(01)により、
(02)
① とは、「不」の「位置」が「異なる」ため、
② 自古帝王莫得之於艱難不失之於安逸。
は、有名な「十八史略、創業守成」ではない。
然るに、
(03)
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸=
① 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]⇒
① (古)自帝王[〔(之於艱難)得(之於安逸)失〕不]莫=
① (古)自り帝王[〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]莫し。
然るに、
(04)
② 自古帝王莫得之於艱難不失之於安逸=
② 自(古)帝王莫[得(之於艱難)不〔失(之於安逸)〕]⇒
② (古)自帝王[(之於艱難)得〔(之於安逸)失〕不]莫=
② (古)自り帝王[(之を艱難に)得て〔(之を安逸に)失は〕不るは]莫し。
従って、
(01)~(04)により、
(05)
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸。
② 自古帝王莫得之於艱難不失之於安逸。
に対して、両方とも、
① (古)自り帝王[〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]莫し。
② (古)自り帝王[(之を艱難に)得て〔(之を安逸に)失は〕不るは]莫し。
である。
従って、
(05)により、
(06)
① 古より、帝王、これを艱難に得て、これを安逸に失はざるは莫し。
② 古より、帝王、これを艱難に得て、これを安逸に失はざるは莫し。
といふ「書き下し文」からは、その「原文」が、
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸。
であるのか、
② 自古帝王莫得之於艱難不失之於安逸。
であるのかが、「分からない」。
然るに、
(07)
その一方で、
① 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]。
② 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕失(之於安逸)]。
③ 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕]失(之於安逸)。
といふ「漢文」は、三つとも、
① Zìgǔ dìwáng mò dé zhī yú jiān nàn bù shī zhī yú ānyì.
② Zìgǔ dìwáng mò dé zhī yú jiān nàn bù shī zhī yú ānyì.
③ Zìgǔ dìwáng mò dé zhī yú jiān nàn bù shī zhī yú ānyì.
であるため、「区別」が、「付かない」。
然るに、
(08)
莫 は、「否定」であって、
不 は、「否定」であって、
~ は、「否定」である。
然るに、
(09)
P = 得(之於艱難)= これを艱難に得る。
Q = 失(之於安逸)= これを安逸に失ふ。
→ = ならば、
& = であって、
であるとする。
従って、
(07)(08)(09)により、
(10)
① 自(古)帝王 ~[~〔P&Q〕]。
② 自(古)帝王 ~[~〔P〕&Q]。
③ 自(古)帝王 ~[~〔P〕]&Q。
然るに、
(11)
かんなん【艱難】つらいこと。難儀。hardships; difficulties.
あんいつ【安逸】① 気楽にたのしむ。ease ② ぶらぶら遊んでいること。indolence.
(旺文社、英訳つき 国語総合辞典、1990年、45・277頁)
従って、
(09)(11)により、
(12)
~〔P〕=〔これを艱難に得〕ない=〔これを安逸に得る〕。
である。
然るに、
(13)
① ~〔P&Q〕=〔Pであって、Qである。〕といふことはない。
といふことは、要するに、
① P→~Q = Pならば、Qでない。
といふことに、他ならない。
従って、
(14)
1 (01)~〔P&Q〕 A
2 (02) P A
3 (03) Q A
23 (04) P&Q (02)(03)&I
123(05)~〔P&Q〕&〔P&Q〕 (01)(04)&I
12 (06) ~Q (03)(05)RAA
1 (07) P→~Q (02)(06)CP
∴ (08)~〔P&Q〕├ P→~Q
1 (01) P→~Q A
2 (02) P&Q A
2 (03) P (02)&E
2 (04) Q (02)&E
12 (05) ~Q (01)(03)MPP
12 (06) ~Q&Q (04)(05)&I
1 (07)~〔P&Q〕 (02)(06)RAA
∴ (08)P→~Q ├ ~〔P&Q〕
∴ (09)~〔P&Q〕⇔ P→~Q
といふ「といふ「命題計算(Propositional calculation)」は、「正しい」。
従って、
(10)(13)(14)により、
(15)
① 自(古)帝王 ~〔PならばQでない〕。
② 自(古)帝王 ~[~〔P〕&Q]。
③ 自(古)帝王 ~[~〔P〕]&Q。
である。
然るに、
(16)
~[P&Q]⇔ P→~Q
に於いて、
P=~〔P〕
といふ「代入(Replacement)」を行ふと、
~[~〔P〕&Q]⇔ ~〔P〕→~Q
従って、
(15)(16)により、
(17)
① 自(古)帝王 ~〔PならばQでない〕。
② 自(古)帝王 ~〔P〕ならばQでない。
③ 自(古)帝王 ~[~〔P〕]&Q。
然るに、
(18)
「二重否定律」により、
~[~〔P〕]=P
である。
従って、
(17)(18)により、
(19)
① 自(古)帝王 ~〔PならばQでない〕。
② 自(古)帝王 ~〔P〕ならばQでない。
③ 自(古)帝王 PであってQである。
従って、
(09)(12)(19)により、
(20)
① 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]。
② 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕失(之於安逸)]。
③ 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕]失(之於安逸)。
に於いて。それぞれ、
① 古より、帝王、これを艱難に得るならば、これを安逸に失はない。といふことはない。
② 古より、帝王、これを安逸に得るならば、これを安逸に失はない。
③ 古より、帝王、これを艱難に得て、 これを安逸に失ふ。
といふ、ことになる。
然るに、
(21)
① 古より、帝王、これを艱難に得るならば、これを安逸に失はない。といふことはない。
③ 古より、帝王、これを艱難に得て、 これを安逸に失ふ。
に於いて、
①=③ である。
然るに、
(22)
③ 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸=
③ 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕]失(之於安逸)⇒
③ (古)自帝王[〔(之於艱難)得〕不]莫(之於安逸)失=
③ (古)より自帝王[〔(之を艱難を)得〕不ること]莫くして(之を安逸に)失ふ。
といふ「漢文」は、恐らくは、無い。
cf.
③ 自レ帝王莫レ 不下得二之於艱難一失二之於安逸失一。
然るに、
(23)
(ベルンハルド・カールグレンは、)「漢語においては、文法的な分析は、あまり役に立たず、実際に役立つのは、広い読書を通じて習得した経験、つまり、中国人がどのようにして文をつくりあげているかということに対する感覚が、唯一のものである」と説き、更に、漢語の文の意味を理解するためには、「豊富な直観が、必要である」とも述べている。
(鈴木直治著、中国語と漢文、1975年、293頁)
従って、
(22)(23)により、
(24)
③ 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕]失(之於安逸)。
といふ「括弧(補足構造)」は、有っても、構はないものの、一応、「無いもの」とする。
然るに、
(25)
嘗て侍臣に問ふ、
「創業と守成と孰れか難き。」と。
玄齢曰はく、
「草昧の初め、群雄並び起こり、力を角して而る後に之を臣とす。創業難し。」と。
魏徴曰はく、
「古より、帝王、之を艱難に得て之を安逸に失はざるは莫し。守成難し。」と。
上曰はく、
「玄齢は吾と共に天下を取り、百死をを出でて一生を得たり。故に創業の難きを知る。
徴は吾と共に天下を安んじ、常に驕奢の富貴より生じ、禍乱は忽せにする所より生ずるを恐る。
故に守成の難きを知る。然れども創業の難きは往けり。守成の難きは、方に諸公と之を慎まん。」と。
(三省堂、明解古典学習シリーズ18 史記 十八史略、1973年、133頁)
然るに、
(25)により、
(26)
① 太宗は、天下を、艱難に得たものの、
① 昔から、帝王は、天下を艱難に得たならば、天下を安逸に失はない者はゐない。
従って、「これ迄の、前例」からすれば、
① 太宗もまた、安逸の内に、天下を失ふことになる。
従って、さうである以上、
① 太宗は、そのやうなことが、無いやうに、安逸を戒め、慎重に、国家を、運営すべきである。
といふ、ことになる。
然るに、
(03)(13)(20)により、
(27)
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸=
① 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]⇒
① (古)自帝王[〔(之於艱難)得(之於安逸)失〕不]莫=
① (古)より帝王[〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]莫し=
① (古)より帝王〔(之を艱難に)得たならば(之を安逸に)失はない者は〕ゐない。
であるものの、この場合の「返り点」は、
① 自レ帝王莫レ 不下得二之於艱難一失中之於安逸失上。
であって、尚且つ、「三省堂、明解古典学習シリーズ18 史記 十八史略、1973年、133頁」の、「返り点」も、「これ」である。
従って、
(26)(27)により、
(28)
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸=
① 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]⇒
① (古)自帝王[〔(之於艱難)得(之於安逸)失〕不]莫=
① (古)より帝王[〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]莫し=
① (古)より帝王〔(之を艱難に)得たならば(之を安逸に)失はない者は〕ゐない。
といふ「漢文訓読」は、明らかに、
玄齢曰はく、「草昧の初め、群雄並び起こり、力を角して而る後に之を臣とす。創業難し。」と。
魏徴曰はく、「古より、帝王、之を艱難に得て之を安逸に失はざるは莫し。守成難し。」と。
上曰はく、「玄齢は吾と共に天下を取り、百死を出でて一生を得たり。故に創業の難きを知る。徴は吾と共に天下を安んじ、常に驕奢の富貴より生じ、禍乱は忽せにする所より生ずるを恐る。故に守成の難きを知る。然れども創業の難きは往けり。守成の難きは、方に諸公と之を慎まん。」と。
といふ「文脈」に、適ってゐる。
然るに、
(20)により、
(29)
① 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]。
③ 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕]失(之於安逸)。
に対して、
② 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕失(之於安逸)]。
の場合は、すなはち、
① 古より、帝王、これを艱難に得るならば、これを安逸に失はない。といふことはない。
③ 古より、帝王、これを艱難に得て、 これを安逸に失ふ。
に対して、
② 古より、帝王、これを安逸に得るならば、これを安逸に失はない。
の場合は、明らかに、
玄齢曰はく、「草昧の初め、群雄並び起こり、力を角して而る後に之を臣とす。創業難し。」と。
魏徴曰はく、「古より、帝王、之を艱難に得て之を安逸に失はざるは莫し。守成難し。」と。
上曰はく、「玄齢は吾と共に天下を取り、百死を出でて一生を得たり。故に創業の難きを知る。徴は吾と共に天下を安んじ、常に驕奢の富貴より生じ、禍乱は忽せにする所より生ずるを恐る。故に守成の難きを知る。然れども創業の難きは往けり。守成の難きは、方に諸公と之を慎まん。」と。
といふ「文脈」に、適ってはゐない。
従って、
(20)(29)により、
(30)
① 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]。
② 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕失(之於安逸)]。
③ 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕]失(之於安逸)。
に於いて。それぞれ、
① 古より、帝王、これを艱難に得るならば、これを安逸に失はない。といふことはない。
② 古より、帝王、これを安逸に得るならば、これを安逸に失はない。
③ 古より、帝王、これを艱難に得て、 これを安逸に失ふ。
であるが故に、
② 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)〕失(之於安逸)]。
② 古より、帝王、これを安逸に得るならば、これを安逸に失はない。
といふ「それ」だけは、「有り得ない」。
然るに、
(31)
1 (01)~〔安&艱〕 A
2 (02) 安 A
3 (03) 艱 A
23 (04) 安&艱 (02)(03)&I
123(05)~〔安&艱〕&〔安&艱〕 (01)(04)&I
12 (06) ~艱 (03)(05)RAA
1 (07) 安→~艱 (02)(06)CP
∴ (08)~〔安&艱〕├ 安→~艱
1 (01) 安→~艱 A
2 (02) 安&艱 A
2 (03) 安 (02)&E
2 (04) 艱 (02)&E
12 (05) ~艱 (01)(03)MPP
12 (06) ~艱&艱 (04)(05)&I
1 (07)~〔安&艱〕 (02)(06)RAA
∴ (08)安→~艱 ├ ~〔安&艱〕
∴ (09) ~〔安&艱〕 ⇔ 安→~艱
∴ (10)~[~〔安&艱〕]⇔ ~〔安→~艱〕
といふ「命題計算(Propositional calculation)」は、「論理学の定理」であるため、
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸=
① 自(古)帝王莫[不〔得(之於艱難)失(之於安逸)〕]⇒
① (古)自帝王[〔(之於艱難)得(之於安逸)失〕不]莫=
① (古)より帝王[〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]莫し=
① (古)より帝王〔(之を艱難に)得たならば(之を安逸に)失はない者は〕ゐない。
に於ける、
① (古)より帝王[〔(之を艱難に)得て(之を安逸に)失は〕不るは]莫し=
① (古)より帝王〔(之を艱難に)得たならば(之を安逸に)失はない者は〕ゐない。
といふ「等式」は、「英語」で考へても、「日本語」で考へても、「古代漢語」で考へても、「正しい」。
然るに、
(32)
任意の表述の否定は、その表述を’~( )’という空所にいれて書くことにしよう。しかし、丸括弧はその内部の表述が連言でないかぎり削除しよう(W.O.クワイン著、杖下隆英訳、現代論理学入門、1972年、15頁)。
従って、
(32)により、
(33)
① ~(安&艱)= 安→~艱
といふ「等式」は、「正しい」ものの、
① ( )
といふ「括弧」を「削除」した、
① ~安&艱 = 安→~艱
といふ「等式」は、「間違ひ」である。
といふ風に、W.O.クワインが、言ってゐる。
cf.
~安&艱 は、0&1 の時だけ、1 であるが、
安→~艱 は、1&1 の時だけ、0 であるため、「等式」は、成り立たない。
従って、
(31)(33)により、
(34)
1 (01)~(安&艱) A
2 (02) 安 A
3 (03) 艱 A
23 (04) 安&艱 (02)(03)&I
123(05)~(安&艱)&(安&艱) (01)(04)&I
12 (06) ~艱 (03)(05)RAA
1 (07) 安→~艱 (02)(06)CP
∴ (08)~(安&艱)├ 安→~艱
1 (01) 安→~艱 A
2 (02) 安&艱 A
2 (03) 安 (02)&E
2 (04) 艱 (02)&E
12 (05) ~艱 (01)(03)MPP
12 (06) ~艱&艱 (04)(05)&I
1 (07)~(安&艱) (02)(06)RAA
∴ (08)安→~艱 ├ ~(安&艱)
∴ (09) ~(安&艱) ⇔ 安→~艱
∴ (10)~(~(安&艱))⇔ ~(安→~艱)
といふ「命題計算(Propositional calculation)」は、「括弧」が無ければ、「成立」しない。
従って、
(31)(34)により、
(35)
「括弧」が無ければ、
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸=
① 自(古)帝王莫(不(得(之於艱難)失(之於安逸)))⇒
① (古)自帝王(((之於艱難)得(之於安逸)失)不)莫=
① (古)より帝王(((之を艱難に)得て(之を安逸に)失は)不るは)莫し=
① (古)より帝王((之を艱難に)得たならば(之を安逸に)失はない者は)ゐない。
といふ「漢文訓読」は、成立しない。
然るに、
(36)
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸=
① 自(古)帝王莫(不(得(之於艱難)失(之於安逸)))⇒
① (古)自帝王(((之於艱難)得(之於安逸)失)不)莫=
① (古)より帝王(((之を艱難に)得て(之を安逸に)失は)不るは)莫し=
① (古)より帝王((之を艱難に)得たならば(之を安逸に)失はない者は)ゐない。
といふ「漢文訓読」は、「約700年」の「此の方」、「正しい」。
従って、
(35)(36)により、
(37)
① 自古帝王莫不得之於艱難失之於安逸。
といふ「漢文」には、少なくとも、
① 自古帝王~(~(得之於艱難失之於安逸))。
① 自古帝王~(如 得之於艱難失 則 之於安逸)=
① 自古帝王~(if 得之於艱難失 then 之於安逸)。
といふ「括弧」が有ると、せざるを得ない。
Q.E.D.
(38)
いつまで経っても、一向に、「実物」が示されずに、「云々かんぬん」され続ける「スタップ細胞」とは異なり、「括弧」は、有ります!!
(39)
世間は、理研に騙されて、理研は、小保方氏に騙されたので、一番悪いのは、世間を騙した理研であって、小保方氏ではない。と、武田先生は、
言ってゐます。
平成29年07月03日、毛利太。
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