2016年12月23日金曜日

「漢文のWH移動」と「中国語の非WH移動」と「強調」と「排他的命題」。

(01)
動詞についての目的語は、その動詞の後に置かれるのが、漢語における基本的構造としての単語の配列のしかたである。
(鈴木直治、中国語漢文、1975年、334頁)
(02)
しかし、古代漢語においては、それらの目的語が、疑問詞である場合には、いずれも、その動詞・介詞の前に置かれる
(鈴木直治、中国語漢文、1975年、334頁)
従って、
(01)(02)により、
(03)
① 汝 愛=S++V
② 汝 愛 我=S+V+
といふ「古代漢語の語順」は、「現代英語」であれば、
① You who love=S++V
② You love me  =S+V+
といふ、「語順」に相当する。
然るに、
(04)
賓語(目的語)が疑問代名詞であるばあい、上古漢語では倒置して動詞の前におく。現代語ではこのように倒置せず、動詞の後におくことは言うまでもない。
(太田辰夫、中国語通史考、1988年、28頁改)
従って、
(03)(04)により、
(05)
① 汝 愛=S++V
② 你 愛 =S+V+
に於いて、
① は、「古代漢語の語順」であって、
② は、「現代漢語の語順」である。
然るに、
(06)
然るに、
(7)你   看見   了 谁?
   Nǐ   kàn jiàn le  shuí?
      あなた 見る   相 誰
  「あなたは誰を見たのですか?」
                                          (Huang 1982 から)
この文では、疑問詞「谁 shuí」は直接目的語の通常の位置に残っている。英語と違い、疑問詞は文頭の位置に動く必要がない。このような事実から、なぜ言語によって疑問詞の現れる位置がことなるのか、という興味深い疑問が出てくる。
(言語類型論入門―言語の普遍性と多様性 2006/10/18リンゼイ・J. ウェイリー、 Lindsay J. Whaley、33頁)
従って、
(07)
① 汝 愛。
② 你 愛
Who do you love?
といふ「古代漢語と、現代漢語と、現代英語」に於いて、何故、「疑問詞の現れる位置」が異なるのか、という興味深い疑問が出てくる。
cf.
語順が比較的固定している。
疑問詞を前に移動する(wh-移動、ただし中国語は当てはまらない)。
英:What is this? 〔ウィキペディア:SVO〕
(08)
① 汝  =汝、誰をか愛す。
汝  =誰か汝を愛せん。
汝 者=誰か汝を愛する者ぞ。
に於いて、
① 誰=目的語
② 誰=主語
③ 誰=主語
である。
然るに、
(09)
「三省堂、新明漢和辞典、第四版、1095頁」によると、
汝  =誰か汝を愛せん。
汝 者=誰か汝を愛する者ぞ。
に於いて、
② は、多くは、「反語」であって、
② 誰 愛汝  =誰か汝を愛せん(Nobody loves you)。
といふ「意味」であり、
③ は、「他意」はなく、普通に、
③ 誰 愛汝 者=誰か汝を愛する者ぞ(Who loves you)。
といふ「意味」である。
然るに、
(10)
「三省堂、新明漢和辞典、第四版、1095頁」によると、
② 誰 愛汝  =誰か汝を愛せん。
③ 誰 愛汝 者=誰か汝を愛する者ぞ。
④ 愛  =汝を愛する は誰ぞ。
に於いて、
④ の場合は、
また「誰」を述語として文末に用い、〈・・・・・たぞ〉〈・・・・・たれぞ〉と読んで、「・・・・・するのは誰か」の意になる。ただしこの語法は単純な疑問ではなく、自問自答する場合に用いたり、詰問の調子を帯びたりして、やや語調が切迫し、その点、右の「誰・・・・・者」が特に他意なく尋ねるのとは異なる。
との、ことである。
cf.
④ 愛
④ Loves you who
然るに、
(11)
漢語としての通常の語順を変えて、目的語疑問詞前置することは、疑問文において、その疑問の中心になっている疑問詞を、特に強調したものにちがいない。
(鈴木直治、中国語と漢文、334・335頁)
(12)
この後置による強調にも上古的な特異な語順によっているものと、いうべきものである。しかし、前述の前置による強調は、漢語における語順としては、いずれも、異常な上古的なものであるのに対して、この後置による強調のものは、その多くは、漢語における語順として、異常のものということができない。
(鈴木直治、中国語と漢文、345頁)
従って、
(08)~(12)により、
(13)
① 汝  =汝、誰をか愛す。
汝  =誰か汝を愛せん。
汝 者=誰か汝を愛する者ぞ。
④ 愛  =汝を愛する は誰ぞ。
に於いて、
① は、「目的語(object)の置」による「強調形」であって、
② に対する、
④ は、「主語 (subject)の置」による「強調形」である。
然るに、
(14)
汝=誰か汝を愛せん。
④ 愛=汝を愛するは誰ぞ。
に於いて、その「答へ」が、
は汝を愛す。
④ 汝を愛するはなり。
であるならば、「論理的」に、
④ 私はあなたを愛し(、私以外は、あなたを愛さない)。
といふ、「意味」になる。
然るに、
(15)
〔63〕a.TOM sent Mary flowers.
    b.Ton SENT Mary flowers.
    c.Tom sent MARY flowers.
    d.Tom sent Mary FLOWERS.
”Tom sent Mary flowers.”(トムはメアリーに花を送った)という文は、四つの単語からできていますが、どの単語を強調して発音するかによって少しずつ意味が違ってきます。
〔63〕では、強調して発音される単語は全部大文字で示してあります。
Tom を強調して発音すれば、「他の誰でもないトムがメアリーに花を送った」という意味になります。つまり、主語として、「トム」という人間が他の人間と対比されているということです。
(町田健、チョムスキー入門、2006年、150頁)
然るに、
(16)
他の誰でもないトムがメアリーに花を送った。
といふのであれば、
⑤ トムはメアリーに花を送ったが(、トム以外はメアリーに花を送っていない)。
といふ、ことになる。
然るに、
(17)
④ 私はあなたを愛し、私以外は、あなたを愛さない
⑤ トムはメアリーに花を送ったが、トム以外はメアリーに花を送っていない
のやうな「命題」を、「排他的命題(exclusive proposition)」と言ふ。
従って、
(13)~(17)により、
(18)
④ 愛 =汝を愛するは誰ぞ。
TOM sent Mary flowers.
に於いて、
④ は、「主語 (subject)の後置」による「強調形」であって、尚且つ、「排他的命題」である。
⑤ は、「強調して、発音すること」による「強調形」であって、尚且つ、「排他的命題」である。
然るに、
(11)(13)により、
(19)
先=何をか先にせん。
⑦ 先兵=兵 を先にせん。
に於いて、
⑥ は、「目的語(object)の前置」による「強調形」である。
然るに、
(20)
子貢問政。子曰、足食足兵、民信之矣。子貢曰、必不得已而去、於斯三者先。曰、去兵=
子貢問(政)。子曰、足(食)足(兵)、民信(之)矣。子貢曰、必不〔得(已)〕而去、於(斯三者)先。曰、去(兵)⇒
子貢(政を)問ふ。子曰はく、(食を)足し(兵を)足し、民(之を)信ぜしむ。子貢曰はく、必ず〔(已むを)得〕不し而去らば、(斯の三者に)於いて何をか先にせん。曰く、(兵を)去らん。
(21)
子貢が政治のことをおたずねした。先生はいわれた、「食糧を十分にし軍備を十分にして、人民には信を持たせることだ。」子貢が「どうしてもやむををえずに捨てるなら、この三つの中でどれを先にしますか。」というと、先生は「軍備を捨てる。」といわれた。
(金谷治・訳注、論語、1963年、230頁)
然るに、
(22)
⑥「この三つの中でどれを先に捨てますか。」といふ「質問」に対して、
⑥ 食は捨てない
⑥ 兵は捨てる。
⑥ 信は捨てない
といふことは、
⑥ 兵は捨てるが(兵以外は捨てない)。
といふことに、他ならない。
従って、
(13)(18)(22)により、
(23)
④ 愛 =汝を愛するは誰ぞ。
TOM sent Mary flowers.
⑥ 子 先=子は、何をか先にせん。
に於いて、
④ は、「主語 (subject)の後置」による「強調形」であって、尚且つ、「排他的命題」である。
⑤ は、「強調して、発音すること」による「強調形」であって、尚且つ、「排他的命題」である。
⑥ は、「目的語(object)の前置」による「強調形」であって、尚且つ、「排他的命題」である。
従って
(24)
① 汝 愛=S+O+V
といふ、
①「古代漢語の語順」に関しては、
①「排他的命題」を「主張」することを「目的」とした、「目的語の前置」による「強調形」である。
といふ風に、「説明」出来る。
然るに、
(25)
抽象的なレベルでは、英語も中国も同じ語順をもっている。その順序は全ての言語にあてはまる原理から導かれる。しかし英語と中国語は、動詞の一致(Arg)というパラメータが異なっている。英語はテンスが現在の時に一致標識 ‐s が現れることからわかる通り、+Argである(I run vs. He runs)。一方、中国語は-Argである。中国語は動詞の一致を全く示さない。これまでの研究でなされた主張によれば、このパラメータの変異が疑問詞の文頭への配置を義務的に行うか否かを決定する要因である。英語のような+Agr言語は文頭への配置が要求され、-Agr言語では言語では要求されないといふわけだ(Huang 1982)。
(言語類型論入門―言語の普遍性と多様性 2006/10/18リンゼイ・J. ウェイリー、 Lindsay J. Whaley、33頁)
然るに、
(26)
① 汝 愛(古代漢語)。
② 你 愛現代漢語)。
に関しては、「動詞の一致(Arg)というパラメータの変異」が無いにも拘らず、「疑問詞の位置」が、一致しない
従って、
(27)
「動詞の一致(Arg)というパラメータの変異」なるものが、「疑問詞の位置」を「決定」するとは、思へない
平成28年12月23日、毛利太。
―「関連記事」―
「Wh疑問文」は「括弧」を用ゐて、「訓読」出来ない(http://kannbunn.blogspot.com/2016/10/blog-post_7.html)。
 「が」と「は」と「強調」と「排他的命題」と「WH移動(前置)」(平成28年10月25日)(http://kannbunn.blogspot.com/2016/10/blog-post_25.html)。

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