2016年4月24日日曜日

『括弧・返り点』の研究(Ⅱ)。

(01)
( )
〔 〕
[ ]
{ }
〈 〉
を「括弧」とする。
(02)
( )の中には、「括弧」は無く、
〔 〕の中には、一つ以上の( )が有り、
[ ]の中には、一つ以上の〔 〕が有り、
{ }の中には、一つ以上の[ ]が有る。
ならば、その時に限って、『括弧』とする。
従って、
(01)(02)により、
(03)
  ( )
 〔( )〕
 〔( )( )〕
[〔( )〕( )]
等は、『括弧』であるが、
〔( 〕)
(〔 )〕
等は、『括弧』ではない。
(04)
「ルール」により、
(Ⅰ)囗の右側が、{[〔( と接してゐないならば、「普通に、読む」。
(Ⅱ)囗の右側が、{[〔( と接してゐる ならば、『より内側の「括弧」の中の囗』を「先に読む」。
従って、
(05)
    読(漢文)。
 不〔読(漢文)〕。
 有〔読(漢文)者〕。
我不〔必読(漢文)〕。
であれば、
      3(12)  =漢文を読む。
 4〔3(12)〕 =漢文を読まず。
 5〔3(12)4〕=漢文を読む者有り。
16〔25(34)〕=我、必ずしも漢文を読まず。
といふ「順番」で、「括弧」の中を「先に読む」。
従って、
(06)
2囗1
に於いて、
1 を、2 よりも「先に読む」ためには、
2(囗1)
としなければ、ならない。
然るに、
(07)
2(囗1)
に於いて、
  囗=3
であれば、
2(31)
であるため、
1 だけでなく、3 も、2 よりも「先に読む」ことになる。
然るに、
(08)
213
に於いて、
1 を、2 よりも「先に読む」ためには、
2(1)3
とすれば、良い。
(09)
2囗13
に於いて、
1 を、2 よりも「先に読む」ためには、
2(囗1)3
としなければ、ならない。
然るに、
(10)
2(囗1)3
に於いて、
  囗=4
であれば、
2(41)3
であるため、
1 だけでなく、4 も、2 よりも「先に読む」ことになる。
然るに、
(11)
2143
に於いて、
1 を、2 よりも「先に読み」、
3 を、4 よりも「先に読む」ためには、
2(1)4(3)
とすれば、良い。
(12)
5囗3(12)4
に於いて、
3(12)4 を、5 よりも「先に読む」ためには、
5〔囗3(12)4〕
としなければ、ならない。
然るに、
(13)
5〔囗3(12)4〕
に於いて、
  囗=6
であれば、
5〔63(12)4〕
であるため、
3(12)4 だけでなく、6 も、5 より「先に読む」ことになる。
然るに、
(14)
5〔3(12)4〕6
であれば、
12 を 読んだ後で、34 を 読み、
34 を 読んだ後で、5 を 読み、その後で、6 を読む。ことになる。
e.g.
非〔読(漢文)者〕也=
5〔3(12)4〕6⇒
〔(12)34〕56=
〔(漢文)読者〕非也=
漢文を読む者に非ざるなり。
従って、
(06)~(14)により、
(15)
2(1)3
2(1)4(3)
5〔3(12)4〕6
ではなく、
2(31)
2(41)3
5〔63(12)4〕
に於ける、
2<3>1(3-1=2)
2<4>1(4-1=3)
5<6>4(6-4=2)
のやうな、
N+1<N+A>N(NとAは自然数で、A≧2)
といふ「順番」を含む「順番」は、『括弧』を用ゐて、
N<N+1<N+A
といふ「順番」に「並び替へ(ソートす)る」ことは、出来ない。
然るに、
(16)
4〔2(1)3〕
4〔2(1)3〕5
5〔2(1)34〕6
6〔3(12)45〕7
7〔14(23)56〕8
18〔25(34)67〕9
である。
従って、
(17)
例へば、
4213
42135
521346
6312457
71423568
182534679
といふ「順番」は、
N+1<N+A>N(NとAは自然数で、A≧2)
といふ「順番」を含んでゐない。
(18)

二 一レ
下 上レ
乙 甲レ
地 天レ
一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
上 中 下
甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
天 地 人
は、「返り点」である。
然るに、
(19)

従って、
(20)

二 一レ
下 上レ
乙 甲レ
地 天レ
の場合は、
二 一
三 二 一
下 中 上
丙 乙 甲
人 地 天
に「置き換へ」ることが出来る。
従って、
(18)(19)(20)により、
(21)
一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
上 中 下
甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
天 地 人
といふ「四種類」を、「返り点」とする。
(22)
(a)「下(右)から上(左)へ返る点」であって、「上(左)から下(右)へ返る点」ではない。
(b)天・地点の間には甲・乙点が有り、甲・乙点の間には上・下点(か、一・二点)が有り、上・下点の間には一・二点が有る。
といふ「ルール」に適ふならば、その時に限って、『返り点』であるとする。
然るに、
(23)
① 2 3 1
② 2 3 4 1
に付く「返り点」は、
① 二 三 一
② 二 三 四 一
以外には、有り得ない。
加へて、
(24)
① 1 5 2 6 3 4
② 5 1 6 2 7 3
に付く「それ」も、
① 二 三 一
② 二 三 四 一
以外には、有り得ない。
cf.

従って、
(23)(24)により、
(25)
① 2 3 1
① 1 5 2 6 3 4
② 2 3 4 1
② 5 1 6 2 7 3 4
に付く「それ」は、
① 二 三 一
② 二 三 四 一
以外には、有り得ない。
然るに、
(26)
① 二 三 一
② 二 三 四 一
であれば、
① 二 → 三
② 二 → 三 → 四
であるため、「左(上)から右(下)へ返ってゐる」。
然るに、
(22)により、
(27)
(a)「左(上)から右(下)へ返ってゐる場合」は『返り点』ではない。
従って、
(26)(27)により、
(28)
① 二 三 一
② 二 三 四 一
といふ「それ」は、『返り点』ではない。
従って、
(25)(28)により、
(29)
① 2 3 1
① 1 5 2 6 3 4
② 2 3 4 1
② 5 1 6 2 7 3 4
に付く、
① 二 三 一
② 二 三 四 一
といふ「それ」は、『返り点』ではない。
従って、
(29)により、
(30)
① 2 3 1
① 1 5 2 6 3 4
② 2 3 4 1
② 5 1 6 2 7 3 4
といふ「順番」に対しては、『返り点』を付けることは、出来ない。
然るに、
(31)
① 2 3 1
① 1 5 2 6 3 4
② 2 3 4 1
② 5 1 6 2 7 3 4
に於いて、
① 2<3>1
① 5<6>4
② 2<3>4>1
② 5<6<7>4
である。
従って、
(31)により、
(32)
① 2 3 1
① 1 5 2 6 3 4
② 2 3 4 1
② 5 1 6 2 7 3 4
といふ「順番」は、
N+1<N+A>N(NとAは自然数で、A≧2)
といふ「順番」を含む「順番」を含んでゐる。
従って、
(15)(32)により、
(33)
① 2 3 1
① 1 5 2 6 3 4
② 2 3 4 1
② 5 1 6 2 7 3 4
といふ「順番」に対して、『括弧』を付けることは、出来ない。
従って、
(30)~(33)により、
(34)
① 2 3 1
① 1 5 2 6 3 4
② 2 3 4 1
② 5 1 6 2 7 3 4
のやうに、
① 2<3>1
① 5<6>4
② 2<3>4>1
② 5<6<7>4
といふ「順番」をふくむ、「順番」に対して、『括弧・返り点』を付けることは、出来ない。
(35)
「16進数」では足りないため、
A=10
B=11
C=12
D=13
E=14
F=15
G=16
H=17
は、「18進数」である。
然るに、
(36)
例へば、
③ 二 下 丙 人 中 乙 地 上 甲 天 一
③ 2<5<8<C>4<7<B>3<6<A>1
ではなく、
③ B 8 5 2 1 4 3 7 6 A 9
③ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 地 天
であれば、これらの中に、
N+1<N+A>N(NとAは自然数で、A≧2)
といふ「順番」は、表れない。
従って、
(15)(36)により、
(37)
③ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 地 天
といふ『返り点』を伴ふ。
③ B 8 5 2 1 4 3 7 6 A 9
といふ「順番」は、
③ B{8[5〔2(1)4(3)〕7(6)]A(9)}
といふ『括弧』を用ゐて、
③ {[〔(1)2(3)4〕5(6)7]8A(9)}B
③     1<2<3<4<5<6<7<8<9<A<B
といふ「順番」に、「並び替へ(ソートす)る」ことが出来る。
然るに、
(38)
③ H 1 D 2 9 5 3 4 8 6 7 C A B G E F
③ 人   丙   下 二   一 中   上 乙   甲 地   天
③     1<  2<    3<    6<    A<    E<
とすれば、これらの中に、
N+1<N+A>N(NとAは自然数で、A≧2)
といふ「順番」は、表れない。
従って、
(15)(38)により、
(39)
③ 人   丙   下 二   一 中   上 乙   甲 地   天
といふ『返り点』を伴ふ、
③ H 1 D 2 9 5 3 4 8 6 7 C A B G E F
といふ「順番」は、
③ H{1 D[2 9〔5(3 4)8(6 7)〕C(A B)]G(E F)}
といふ『括弧』を用ゐて、
③ {1 [2 〔(3 4)5(6 7)8〕9(A B)C]D(E F)G}H
③  1< 2<  3<4<5<6<7<8<9<A<B<C<D<E<F<G<H
といふ「順番」に、「並び替へ(ソートす)る」ことが出来る。
然るに、
(40)
例へば、
③ B 8 5 2 1 4 3 7 6 A 9
③ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 地 天
ではなく、
④ B 8 5 2  1  7 6 A 9
④ 人 丙 下 二  一  乙 甲 地 天
であるならば、
④          → 
④          → 
であるため、
(a)「左(上)から右(下)へ返ってゐる場合」は『返り点』ではない。
といふことから、
④ B 8 5 2  1  7 6 A 9
④ 人 丙 下 二  一  乙 甲 地 天
は、全体として、『返り点』ではない。
加へて、
(41)
④       2  1
④       二  一
であるため、
(b)上・下点の間には一・二点が有る。
とは言へず、この点に於いても、
④ B 8 5 2  1 4 7 6 A 9
④ 人 丙 下 二  一 中 乙 甲 地 天
は、全体として、『返り点』ではない。
然るに、
(42)
 1 D 2 9 5 3 4 8 6 7 C A B G E F
   丙   下 二   一 中   上 乙   甲 地   天
ではなく、
④ 1 D  2 9 5 3 4 8 6 7 C A B G E F
④   丙    下 二   一 中   上 乙   甲 地   天
とするならば、
④   丙                  乙
であるため、
(b)天・地点の間には甲・乙点が有る。とは言へないため、
④ 1 D  2 9 5 3 4 8 6 7 C A B G E F
④   丙    下 二   一 中   上 乙   甲 地   天
は、全体として、『返り点』ではない。
然るに、
(43)
④ B 8 5 2  1 4 7 6 A 9
④ 人 丙 下 二 上 一 中 乙 甲 地 天
であれば、
④       2<>1
であって、
④ 1 D  2 9 5 3 4 8 6 7 C A B G E F
④   丙 人   下 二   一 中   上 乙   甲 地   天
であれば、
④   D<                >C
である。
従って、
(15)(43)により、
(44)
④ B 8 5 2  1 4 7 6 A 9
④ 1 D  2 9 5 3 4 8 6 7 C A B G E F
といふ「順番」は、『括弧』を用ゐて、
④ 1<2<3<4<5<6<7<8<9<A<B
④ 1<2<3<4<5<6<7<8<9<A<B<C<D<E<F<G<H
といふ「順番」に、「並び替へ(ソートす)る」ことが出来ない。
従って、
(36)~(44)により、
(45)
③ B 8 5 2 1  4 7 6 A 9
 1 D 2 9 5 3 4 8 6 7 C A B G E F
であれば、
③ B{8[5〔2(1)4(3)〕7(6)]A(9)}
③ 人 丙 下 二 一 中 上  乙 甲  地 天
③ H{1 D[2 9〔5(3 4)8(6 7)〕C(A B)]G(E F)}
③ 人   丙   下 二   一 中   上  乙   甲  地   天
といふ『括弧・返り点』を、付けることが出来、
その一方で、
④ B 8 5 2  1 4 7 6 A 9
④ 1 D  2 9 5 3 4 8 6 7 C A B G E F
の場合は、『括弧・返り点』を、付けることが出来ない。
従って、
(34)(45)により、
(46)
③ B 8 5 2 1  4 7 6 A 9
 1 D 2 9 5 3 4 8 6 7 C A B G E F
であれば、『括弧・返り点』を、付けることが出来、
その一方で、
① 2 3 1
① 1 5 2 6 3 4
② 2 3 4 1
② 5 1 6 2 7 3 4
④ B 8 5 2  1 4 7 6 A 9
④ 1 D  2 9 5 3 4 8 6 7 C A B G E F
の場合は、『括弧・返り点』を、付けることが出来ない。
然るに、
(47)
① 2 3 1
① 1 5 2 6 3 4
② 2 3 4 1
② 5 1 6 2 7 3 4
の場合は、例へば、
① 3 1 2
① 1 4 2 3 6 5
② 4 1 3 2
② 1 2 7 3 5 4 6 
とすれば、
① 2<3>1
① 5<6>4
② 2<3>4>1
② 5<6<7>4
といふ「順番」は解消され、その際の『括弧』は、
① 3(1 2)
① 1 4(2 3)6(5)
② 4〔1 3(2)〕
② 1 2 7〔3 5(4)6〕
であって、『返り点』は、
① 二 一
① 二 一 レ
② 二 一レ
② 二 レ 一
である。
従って、
cf.

従って、
(20)(21)(45)(46)(47)により、
(48)
( )
〔 〕
[ ]
{ }
といふ「括弧」と、

二 一レ
下 上レ
乙 甲レ
地 天レ
一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
上 中 下
甲 乙 丙 丁 戊 ・ ・ ・ ・ ・
天 地 人
といふ「返り点」の間に、「過不足」が生じない限り、
『括弧』 によって表すことが出来る「返読の順番の集合」は、
『返り点』によって表すことが出来る「返読の順番の集合」に等しい。
従って、
(49)
これで「ヲシマイ(Q.E.D.)」であると思ふものの、実際にさうか、次の「40個の順番」等で、確かめることにする。
① 1243
② 1324
④ 1423
⑤ 1432
⑥ 2143
⑫ 3214
⑯ 4132
⑰ 4213
⑲ 4312
⑳ 4321
③ 1342 *
⑦ 2314 *
⑧ 2341 *
⑨ 2413 *
⑩ 2431 *
⑪ 3142 *
⑬ 3241 *
⑭ 3412 *
⑮ 3421 *
⑱ 4231 *
① 1234756
② 1253467
④ 1273456
⑤ 1273645
⑥ 3124756
⑫ 5142367
⑯ 7123645
⑰ 7142536
⑲ 7162345
⑳ 7162534
① 2347561 *
② 2534671 *
④ 2734561 *
⑤ 2736451 *
⑥ 2475631 *
⑫ 4236751 *
⑯ 2364571 *
⑰ 4253671 *
⑲ 6234571 *
⑳ 6253471 *
(50)
4P4=4×3×2×1=24個
であるため、
① 1243
② 1324
③ 1342 *
④ 1423
⑤ 1432
⑥ 2143
⑦ 2314 *
⑧ 2341 *
⑨ 2413 *
⑩ 2431 *
⑪ 3142 *
⑫ 3214
⑬ 3241 *
⑭ 3412 *
⑮ 3421 *
⑯ 4132
⑰ 4213
⑱ 4231 *
⑲ 4312
⑳ 4321
の中には、
  1234
  2134
  3124
  4123
が、入っていない。
然るに、
(51)
① 1234
② 2134
③ 3124
④ 4123
に対する『括弧』は、
① 1234
② 2(1)34
③ 3(12)4
④ 4(123)
であって、尚且つ、『返り点』は、

② レ
③ 二 一
④ 二 一
である。
cf.

然るに、
(52)
① 1<2<3<4
② 2>1<3<4
③ 3>1<2<4
④ 4>1<2<3
であるため、
① 1234
② 2134
③ 3124
④ 4123
の場合は、確かに、
N+1<N+A>N(NとAは自然数で、A≧2)
といふ「順番」を含んでいない。
然るに、
(53)
① 1243
② 1324
③ 1342 *
④ 1423
⑤ 1432
⑥ 2143
⑦ 2314 *
⑧ 2341 *
⑨ 2413 *
⑩ 2431 *
⑪ 3142 *
⑫ 3214
⑬ 3241 *
⑭ 3412 *
⑮ 3421 *
⑯ 4132
⑰ 4213
⑱ 4231 *
⑲ 4312
⑳ 4321
にあって、
① 1243
② 1324
④ 1423
⑤ 1432
⑥ 2143
⑫ 3214
⑯ 4132
⑰ 4213
⑲ 4312
⑳ 4321
の場合は、
N+1<N+A>N(NとAは自然数で、A≧2)
といふ「順番」を含んでいない。
然るに、
(54)
① 1243
② 1324
④ 1423
⑤ 1432
⑥ 2143
⑫ 3214
⑯ 4132
⑰ 4213
⑲ 4312
⑳ 4321
に対する『括弧』は、
① 124(3)
② 13(2)4
④ 14(23)
⑤ 14〔3(2)〕
⑥ 2(1)4(3)
⑫ 3〔2(1)〕4
⑯ 4〔13(2)〕
⑰ 4〔2(1)3〕
⑲ 4〔3(12)〕
⑳ 4[3〔2(1)〕]
である。
然るに、
(55)
① 124(3)
② 13(2)4
④ 14(23)
⑤ 14〔3(2)〕
⑥ 2(1)4(3)
⑫ 3〔2(1)〕4
⑯ 4〔13(2)〕
⑰ 4〔2(1)3〕
⑲ 4〔3(12)〕
⑳ 4[3〔2(1)〕]
に対する『返り点』は、
① レ
② レ
④ 二 一
⑤ レ レ
⑥ レ レ
⑫ レ レ
⑯ 二 一レ
⑰ 二 レ 一
⑲ レ 二 一
⑳ レ レ レ
である。
cf.

然るに、
(56)
③ 1342 *
⑦ 2314 *
⑧ 2341 *
⑨ 2413 *
⑩ 2431 *
⑪ 3142 *
⑬ 3241 *
⑭ 3412 *
⑮ 3421 *
⑱ 4231 *
といふ「10個の順番」は、
③ 3<4>2   *
⑦ 2<3>1   *
⑧ 2<3<4>1 *
⑨ 2<4>1   *
⑩ 2<4>3>1 *
⑪ 3<4>2   *
⑬ 2<4>1   *
⑭ 3<4>1   *
⑮ 3<4>2   *
⑱ 2<3>1   *
といふ風に、
N+1<N+A>N(NとAは自然数で、A≧2)
といふ「順番」を、含んでゐる。
然るに、
(57)
尚且つ、この場合は、
③ 13(42)   *
⑦ 2(31)4   *
⑧ 2(341)   *
⑨ 2(41)3   *
⑩ 2(431)   *
⑪ 3(142)   *
⑬ 3〔2(41)〕 *
⑭ 3(412)   *
⑮ 3〔42(1)〕 *
⑱ 4〔2(31)〕 *
といふ『括弧』を用ゐても、
③ 1(42)3   *
⑦ (31)24   *
⑧ (341)2   *
⑨ (41)23   *
⑩ (431)2   *
⑪ (142)3   *
⑬ 〔(41)2〕3 *
⑭ (412)3   *
⑮ 〔4(1)2〕3 *
⑱ 〔(31)2〕4 *
といふ「順番」にしか、ならない。
加へて、
(58)
③  二 三 一  *
⑦ 二 三 一   *
⑧ 二 三 四 一 *
⑨ 二 下 一 上 *
⑩ 二 四 三 一 *
⑪ 三 一 四 二 *
⑬ 三 二 四 一 *
⑭ 二 三   一  *
⑮ 三 四 二 一 *
⑱ 下 二 上 一 *
であるものの、これらは全て、
(a)『返り点』は、「下(右)から上(左)へ返る点」であって、「上(左)から下(右)へ返る点」ではない。
(b)天・地点の間には甲・乙点が有り、甲・乙点の間には上・下点(か、一・二点)が有り、上・下点の間には一・二点が有る。
といふ「ルール」に「違反」する。
すなはち、
(59)
⑨ 二 下 一   *
⑱ 二 上 一   *
であれば、却って、
一・二点の間に、上・下点が有り、
③  二 三    *
⑦ 二 三     *
⑧ 二 三 四   *
⑩ 二   三   *
⑪ 三   四   *
⑬ 三   四   *
⑭ 二 三      *
⑮ 三 四     *
であれば、「上(左)から下(右)へ、返ってゐる」。
cf.

従って、
(53)~(59)により、
(60)
① 1243
② 1324
③ 1342 *
④ 1423
⑤ 1432
⑥ 2143
⑦ 2314 *
⑧ 2341 *
⑨ 2413 *
⑩ 2431 *
⑪ 3142 *
⑫ 3214
⑬ 3241 *
⑭ 3412 *
⑮ 3421 *
⑯ 4132
⑰ 4213
⑱ 4231 *
⑲ 4312
⑳ 4321
といふ「20個の順番」が与へられた際に、これらの内の「任意の順番」は、
N+1<N+A>N(NとAは自然数で、A≧2)
といふ「順番*」を、含んでゐない。ならば、その時に限って、『括弧・返り点』を付けることが、出来る。
然るに、
(61)
① 1243
に対する、
① 1囗2囗4囗3
に於いて、
①  囗 囗 囗
には、「返り点」は付かない。とするならば、
① 1<囗>2<囗>4>囗>3
ではなく、
① 1<囗<2<囗<4>囗<3
でなければ、ならない。
(62)
① 1<囗>2
であれば、例へば、
① 1<3>2
① 1<4>2
① 1<5>2
であるため、
① 1<3>2
の場合で言へば、
① 3 と 2 の間に、
①   レ が有って、その
①    レ が、
① 3 に付くことになり、それ故、
① 1囗2囗4囗3
に於いて、
①  囗 囗 囗
には、「返り点」は付かない。とするならば、
① 1<囗<2<囗<4>囗<3
でなければ、ならない。
然るに、
(63)
①  囗 囗 囗
は、「自然数」である。
従って、
(62)(63)により、
(64)
① 1<囗<2<囗<4>囗<3
の場合であれば
① 1<2<3<4<7>5<6
でなければ、ならない。
従って、
(64)により、
(65)
① 1243
② 1324
④ 1423
⑤ 1432
⑥ 2143
⑫ 3214
⑯ 4132
⑰ 4213
⑲ 4312
⑳ 4321
に対して、例へば、
① 1囗2囗4囗3
② 1囗3囗2囗4
④ 1囗4囗2囗3
⑤ 1囗4囗3囗2
⑥ 2囗1囗4囗3
⑫ 3囗2囗1囗4
⑯ 4囗1囗3囗2
⑰ 4囗2囗1囗3
⑲ 4囗3囗1囗2
⑳ 4囗3囗2囗1
といふ風に、囗を加へたとして、囗には、『返り点』が付かないとすれば、
① 1234756
② 1253467
④ 1273456
⑤ 1273645
⑥ 3124756
⑫ 5142367
⑯ 7123645
⑰ 7142356
⑲ 7162345
⑳ 7162534
といふ「順番」になる。
然るに、
(66)
① 1243
① 1234756
であれば、
① 1 2 4 3
① 1 3 7 6
① 1234756
である。
従って、
(67)
① 1 2 4 3
といふ「順番」が、
N+1<N+A>N(NとAは自然数で、A≧2)
といふ「順番*」を、含んでゐないのであれば、
① 1234756
といふ「順番」も、
N+1<N+A>N(NとAは自然数で、A≧2)
といふ「順番*」を、含んでゐない。
従って、
(53)(65)(66)(67)により、
(68)
① 1243
② 1324
④ 1423
⑤ 1432
⑥ 2143
⑫ 3214
⑯ 4132
⑰ 4213
⑲ 4312
⑳ 4321
が、さうであるやうに、
① 1234756
② 1253467
④ 1273456
⑤ 1273645
⑥ 3124756
⑫ 5142367
⑯ 7123645
⑰ 7142356
⑲ 7162345
⑳ 7162534
といふ「順番」は、
N+1<N+A>N(NとAは自然数で、A≧2)
といふ「順番」を含んでゐない。
従って、
(15)(16)(54)(68)により、
(69)
① 1234756
② 1253467
④ 1273456
⑤ 1273645
⑥ 3124756
⑫ 5142367
⑯ 7123645
⑰ 7142356
⑲ 7162345
⑳ 7162534
に対する『括弧』も、
① 1 2 4 3
② 1 3 2 4
④ 1 4 2 3
⑤ 1 4 3 2
⑥ 2 1 4 3
⑫ 3 2 1 4
⑯ 4 1 3 2
⑰ 4 2 1 3
⑲ 4 3 1 2
⑳ 4 3 2 1
と同じく、
① 12347(56)
② 125(34)67
④ 127(3456)
⑤ 127〔36(45)〕
⑥ 3(12)47(56)
⑫ 5〔14(23)〕67
⑯ 7〔1236(45)〕
⑰ 7〔14(23)56〕
⑲ 7〔16(2345)〕
⑳ 7[16〔25(34)〕]
である。
然るに、
(70)
① 1234756
② 1253467
④ 1273456
⑤ 1273645
⑥ 3124756
⑫ 5142367
⑯ 7123645
⑰ 7142356
⑲ 7162345
⑳ 7162534
に対して、「レ点」は、付かないため、『返り点』は、
① レ
② レ
④ 二 一
⑤ レ レ
⑥ レ レ
⑫ レ レ
⑯ 二 一レ
⑰ 二 レ 一
⑲ レ 二 一
⑳ レ レ レ
ではなく、
① 二 一
② 二 一
④ 二 一
⑤ 三 二 一
⑥ 二 一 二 一
⑫ 三 二 一
⑯ 三 二 一
⑰ 下 二 一 上
⑲ 三 二 一
⑳ 四 三 二 一
である。
cf.

従って、
(60)(69)(70)により、
(71)
① 1243
② 1324
④ 1423
⑤ 1432
⑥ 2143
⑫ 3214
⑯ 4132
⑰ 4213
⑲ 4312
⑳ 4321
③ 1342 *
⑦ 2314 *
⑧ 2341 *
⑨ 2413 *
⑩ 2431 *
⑪ 3142 *
⑬ 3241 *
⑭ 3412 *
⑮ 3421 *
⑱ 4231 *
といふ「20個の順番」に対して、
① 1234756
② 1253467
④ 1273456
⑤ 1273645
⑥ 3124756
⑫ 5142367
⑯ 7123645
⑰ 7142356
⑲ 7162345
⑳ 7162534
といふ「10個の順番」が加はった、「30個の順番」が与へられた際に、これらの内の「任意の順番」は、
N+1<N+A>N(NとAは自然数で、A≧2)
といふ「順番*」を、含んでゐない。ならば、その時に限って、『括弧・返り点』を付けることが、出来る。
(72)
① 1│234756
② 1│253467
④ 1│273456
⑤ 1│273645
⑥ 31│24756
⑫ 51│42367
⑯ 71│23645
⑰ 71│42356
⑲ 71│62345
⑳ 71│62534
といふ「順番」を、「│の位置で、前後を入れ換へる」と、
① │2347561
② │2534671
④ │2734561
⑤ │2736451
⑥ │2475631
⑫ │4236751
⑯ │2364571
⑰ │4235671
⑲ │6234571
⑳ │6253471
となって、これらは全て、少なくとも、
① │2<3>1
② │2<5>1
④ │2<7>1
⑤ │2<7>1
⑥ │2<4>1
⑫ │2<3>1
⑯ │2<3>1
⑰ │2<3>1
⑲ │2<3>1
⑳ │2<5>1
といふ「順番」を含んでゐる。
従って、
(72)により、
(73)
① 2347561 *
② 2534671 *
④ 2734561 *
⑤ 2736451 *
⑥ 2475631 *
⑫ 4236751 *
⑯ 2364571 *
⑰ 4235671 *
⑲ 6234571 *
⑳ 6253471 *
といふ「順番」は、
N+1<N+A>N(NとAは自然数で、A≧2)
といふ「順番*」を、含んでゐる。
然るに、
(74)
例へば、
① 2347561 *
であれば、
① 2‐3‐475‐61 *
のやうに、「ハイフン」を用ゐることにする。
従って、
(75)
① 2‐3‐475‐61 *
② 253‐46‐71  *
④ 273‐4‐5‐61 *
⑤ 27364‐51   *
⑥ 2475‐631   *
⑫ 42‐36‐751  *
⑯ 2‐364‐571  *
⑰ 42‐35‐6‐71 *
⑲ 62‐3‐4‐571 *
⑳ 6253‐471   *
に於ける、
① 2‐3‐4 5‐6
② 3‐4 6‐7
④ 3‐4‐5‐6
⑤ 4‐5
⑥ 5‐6
⑫ 2‐3 6‐7
⑯ 2‐3 4‐5
⑰ 2‐3 5‐6‐7
⑲ 2‐3‐4‐5
⑳ 3‐4
等は、それぞれが、「熟語(a word)」でなければならない。
従って、
(75)により、
(76)
例えば、
① 2‐3‐475‐61 *
であれば、
①「七文字」からなる「四語」である。
cf.
WORD は、 「四文字」からなる「一語」。
漢字 は、通常、「一文字」からなる「一語」。
従って、
(75)(76)により、
(77)
例へば、
① 2347561 *
① 2‐3‐475‐61 *
であれば、
① 2<7>5>1 *
① 2<4>3>1 *
であると「見做し」、それ故、
① 2347561 *
② 2534671 *
④ 2734561 *
⑤ 2736451 *
⑥ 2475631 *
⑫ 4236751 *
⑯ 2364571 *
⑰ 4235671 *
⑲ 6234571 *
⑳ 6253471 *
といふ「順番」は、
①  2431   *
②  24351  *
④  2431   *
⑤  263541 *
⑥  246531 *
⑫ 32541   *
⑯  24351  *
⑰ 3241    *
⑲ 3241    *
⑳ 524361  *
といふ風に、「見做す」ことが出来る。
然るに、
(78)
①  2囗囗1   *
②  2囗囗囗1  *
④  2囗囗1   *
⑤  2囗囗囗囗1 *
⑥  2囗囗囗囗1 *
⑫ 32囗囗1   *
⑯  2囗囗囗1  *
⑰ 32囗1    *
⑲ 32囗1    *
⑳ 52囗囗囗1  *
に於いて、囗≠1であって、囗≠2であるため、囗≧3 である。
従って、
(73)~(78)により、
(79)
① 2431   *
② 24351  *
④ 2431   *
⑤ 263541 *
⑥ 246531 *
⑫ 32541  *
⑯ 24351  *
⑰ 3241   *
⑲ 3241   *
⑳ 524361 *
といふ「順番」も、当然、
N+1<N+A>N(NとAは自然数で、A≧2)
といふ「順番*」を、含んでゐる。
然るに、
(80)
① 2431   *
② 24351  *
④ 2431   *
⑤ 263541 *
⑥ 246531 *
⑫ 32541  *
⑯ 24351  *
⑰ 3241   *
⑲ 3241   *
⑳ 524361 *
に対する「返り点」は、
① 二 四 三 一
② 二 四 三 五 一
④ 二 四 三 一
⑤ 二 下 三 上 四 一
⑥ 二 四 六 五 三 一
⑫ 三 二 五 四 一
⑯ 二 四 三 五 一
⑰ 三 二 四 一
⑲ 三 二 四 一
⑳ 五 二 四 三 六 一
である。
cf.

然るに、
(81)
③  二 三 一  *
⑦ 二 三 一   *
⑧ 二 三 四 一 *
⑨ 二 下 一 上 *
⑩ 二 四 三 一 *
⑪ 三 一 四 二 *
⑬ 三 二 四 一 *
⑭ 二 三   一  *
⑮ 三 四 二 一 *
⑱ 下 二 上 一 *
に加へて、
① 二 四 三 一     *
② 二 四 三 五 一   *
④ 二 四 三 一     *
⑤ 二 下 三 上 四 一 *
⑥ 二 四 六 五 三 一 *
⑫ 三 二 五 四 一   *
⑯ 二 四 三 五 一   *
⑰ 四 二 五 一     *
⑲ 三 二 四 一     *
⑳ 五 二 四 三 六 一 *
といふ「それら」は、
(a)『返り点』は、「下(右)から上(左)へ返る点」であって、「上(左)から下(右)へ返る点」ではない。
(b)天・地点の間には甲・乙点が有り、甲・乙点の間には上・下点(か、一・二点)が有り、上・下点の間には一・二点が有る。
といふ「ルール」を「無視」してゐるため、『返り点』ではない。
然るに、
(82)
⑳ 4[3〔2(1)〕]
に於いて、
⑳ 2( )⇒( )2
⑳ 3〔 〕⇒〔 〕3
⑳ 4[ ]⇒[ ]4
といふ「倒置」を行ふと、
⑳ 4[3〔2(1)〕]⇒
⑳ [〔(1)2〕3]4=
⑳    1<2<3<4。
といふ「ソート(並び替へ)」が、成立する。
従って、
(83)
⑩ 2(431) *
の『括弧』を、
⑩ 2(4[3〔1)〕] *
といふ「それ」に「書き換へ」た上で、
⑩ 2( )⇒( )2
⑩ 3〔 〕⇒〔 〕3
⑩ 4[ ]⇒[ ]4
といふ「倒置」を行ふと、
⑩ 2(4[3〔1)〕]⇒
⑩ ([〔1)2〕3]4=
⑩    1<2<3<4。
といふ「ソート(並び替へ)」が、成立する。
然るに、
(01)(02)(03)により、
(84)
⑳ 4[3〔2(1)〕]
⑩ 2(4[3〔1)〕]
に於いて、
⑳ [〔( )〕] は、『括弧』であるが、
⑩ ([〔 )〕] は、『括弧』ではない。
従って、
(85)
必ずしも、『括弧』である「必要」がない。のであれば、
① 2(4[3〔1)〕]
② 2(4[3〔5{1)〕]}
④ 2(4[3〔1)〕]
⑤ 2(6〈3〔5{4[1)〕]}〉
⑥ 2(4[6〈5{3〔1)〕]}〉
⑫ 3〔2(5{4[1)〕]}
⑯ 2(4[3〔5{1)〕]}
⑰ 3〔2(4[1)〕]
⑲ 3〔2(4[1)〕]
⑳ 5{2(4[3〔6〈1)〕]}〉
① 2‐3-4(7[5‐6〔1)〕]
② 2(5[3‐4〔6‐7{1)〕]}
④ 2(7[3‐4‐5‐6〔1)〕]
⑤ 2(7〈3〔6{4‐5[1)〕]}〉
⑥ 2(4[7〈5‐6{3〔1)〕]}〉
⑫ 4〔2‐3(6‐7{5[1)〕]}
⑯ 2‐3(6[4‐5〔7{1)〕]}
⑰ 4〔2‐3(5‐6‐7[1)〕]
⑲ 6〔2‐3‐4‐5(7[1)〕]
⑳ 6{2(5[3‐4〔7〈1)〕]}〉
といふ「括弧」により、
① ([〔1)2〕3]4
② ([〔{1)2〕3]4}5
④ ([〔1)2〕3]4
⑤ (〈〔{[1)2〕3]4}5〉6
⑥ ([〈{〔1)2〕3]4}5〉6
⑫ 〔({[1)2〕3]4}5
⑯ ([〔{1)2〕3]4}5
⑰ 〔([1)2〕3]4
⑲ 〔([1)2〕3]4
⑳ {([〔〈1)2〕3]4}5〉6
① ([〔1)2‐3-4〕5‐6]7
② ([〔{1)2〕3‐4]5}6‐7
④ ([〔1)2〕3‐4‐5‐6]7
⑤ (〈〔{[1)2〕3]4‐5}6〉7
⑥ ([〈{〔1)2〕3]4}5-6〉7
⑫ [(〔〈{1)2〕3]4}5〉6‐7
⑯ ([〔{1)2‐3〕4‐5]6}7
⑰ 〔([1)2‐3〕4]5‐6‐7
⑲ 〔([1)2‐3‐4‐5〕6]7
⑳ {([〔〈1)2〕3‐4]5}6〉7
といふ「順番」を表すことも、出来ないわけではない。
然るに、
(01)(02)により、
(86)
① 1234756
② 1253467
④ 1273456
⑤ 1273645
⑥ 3124756
⑫ 5142367
⑯ 7123645
⑰ 7142536
⑲ 7162345
⑳ 7162534
に対する、
① ( )
② ( )
④ ( )
⑤ 〔(  )〕
⑥ ( )( )
⑫ 〔( )〕
⑯ 〔( )〕
⑰ 〔( )〕
⑲ 〔( )〕
⑳ [〔( )〕]
が、『括弧』であるのに対して、
① 2431   *
② 24351  *
④ 2431   *
⑤ 263541 *
⑥ 246531 *
⑫ 32541  *
⑯ 24351  *
⑰ 3241   *
⑲ 3241   *
⑳ 524361 *
に対する、
① ([〔 )〕]
② ([〔{ )〕]}
④ ([〔 )〕]
⑤ (〈〔{[ )〕]}〉
⑥ ([〈{〔 )〕]}〉
⑫ 〔({[ )〕]}
⑯ ([〔{ )〕]}
⑰ 〔([ )〕]
⑲ 〔([ )〕]
⑳ {([〔〈 )〕]}〉
といふ「それ」は、もちろん、『括弧』ではない。
従って、
(73)(79)(81)(86)により、
(87)
① 2347561 *
② 2534671 *
④ 2734561 *
⑤ 2736451 *
⑥ 2475631 *
⑫ 4236751 *
⑯ 2364571 *
⑰ 4235671 *
⑲ 6234571 *
⑳ 6253471 *
といふ「順番」は、
N+1<N+A>N(NとAは自然数で、A≧2)
といふ「順番*」を、含んでゐて、尚かつ、『括弧・返り点』を付けることが出来ない。
従って、
(71)(87)により、
(88)
① 1243
② 1324
④ 1423
⑤ 1432
⑥ 2143
⑫ 3214
⑯ 4132
⑰ 4213
⑲ 4312
⑳ 4321
③ 1342 *
⑦ 2314 *
⑧ 2341 *
⑨ 2413 *
⑩ 2431 *
⑪ 3142 *
⑬ 3241 *
⑭ 3412 *
⑮ 3421 *
⑱ 4231 *
① 1234756
② 1253467
④ 1273456
⑤ 1273645
⑥ 3124756
⑫ 5142367
⑯ 7123645
⑰ 7142356
⑲ 7162345
⑳ 7162534
といふ「30個の順番」に対して、
① 2347561 *
② 2534671 *
④ 2734561 *
⑤ 2736451 *
⑥ 2475631 *
⑫ 4236751 *
⑯ 2364571 *
⑰ 4235671 *
⑲ 6234571 *
⑳ 6253471 *
といふ「10個の順番」が加はった、「40個の順番」が与へられた際に、これらの内の「任意の順番」は、
N+1<N+A>N(NとAは自然数で、A≧2)
といふ「順番*」を含んでゐない。ならば、その時に限って、『括弧・返り点』を付けることが、出来る。
従って、
(89)
『括弧』 によって表すことが出来ない「返読の順番*の集合」は、
『返り点』によって表すことが出来ない「返読の順番*の集合」に等しい。
従って、
(90)
『括弧』 によって表すことが出来る「返読の順番の集合」は、
『返り点』によって表すことが出来る「返読の順番の集合」に等しい。
従って、
(88)(90)により、
(91)
① 1243
② 1324
④ 1423
⑤ 1432
⑥ 2143
⑫ 3214
⑯ 4132
⑰ 4213
⑲ 4312
⑳ 4321
① 1234756
② 1253467
④ 1273456
⑤ 1273645
⑥ 3124756
⑫ 5142367
⑯ 7123645
⑰ 7142356
⑲ 7162345
⑳ 7162534
に対する、
① レ
② レ
④ 二 一
⑤ レ レ
⑥ レ レ
⑫ レ レ
⑯ 二 一レ
⑰ 二 レ 一
⑲ レ 二 一
⑳ レ レ レ
① 二 一
② 二 一
④ 二 一
⑤ 三 二 一
⑥ 二 一 二 一
⑫ 三 二 一
⑯ 三 二 一
⑰ 下 二 一 上
⑲ 三 二 一
⑳ 四 三 二 一
は、『返り点』であって、
① 124(3)
② 13(2)4
④ 14(23)
⑤ 14〔3(2)〕
⑥ 2(1)4(3)
⑫ 3〔2(1)〕4
⑯ 4〔13(2)〕
⑰ 4〔2(1)3〕
⑲ 4〔3(12)〕
⑳ 4[3〔2(1)〕]
① 12347(56)
② 125(34)67
④ 127(3456)
⑤ 127〔36(45)〕
⑥ 3(12)47(56)
⑫ 5〔14(23)〕67
⑯ 7〔1236(45)〕
⑰ 7〔14(23)56〕
⑲ 7〔16(2345)〕
⑳ 7[16〔25(34)〕]
は、『括弧』である。
(92)
⑰ 有読書者=
⑰ 書を読む者有り。
といふ「漢文」には、
⑰ 有〔読(書)者〕。
といふ「補足構造」が、初めから有って、その一方で、
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である(鈴木直治、

中国語と漢文、1975年、二九六頁)。
とすれば、
⑰ 有読書者=
⑰ 有〔読(書)者〕=
⑰ 4〔2(1)3〕⇒
⑰ 〔(1)23〕4=
⑰ 〔(書)読者〕有=
⑰ 〔(書を)読む者〕有り。
といふ「漢文訓読」が成立することは、「当然」である。
然るに、
(93)
このやうな「事情」が、「全ての漢文訓読」に於いて、成立してゐるとすれば、
( )
〔 〕
[ ]
{ }
といふ「括弧」と、

二 一レ
下 上レ
乙 甲レ
地 天レ
一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
上 中 下
甲 乙 丙 丁 戊 ・ ・ ・ ・ ・
天 地 人
といふ「返り点」の間に、「過不足」が生じない限り、
『返り点』が表す「返読の順番」を、『括弧』でも表すことが出来ることは、当然である。
平成28年04月24日、毛利太。
 ― 関連サイト ―
(01)『括弧』と『返り点』と「白話文」。 :http://kannbunn.blogspot.com/2016/04/blog-post_34.html

(02)『括弧・返り点』の研究(Ⅲ)。   :http://kannbunn.blogspot.com/2016/05/blog-post_5.html
(03)「返り点」を完璧に説明します。   :http://kannbunn.blogspot.com/2016/03/blog-post_31.html
(04)「返り点」と「括弧」と「補足構造」。:http://kannbunn.blogspot.com/2016/05/blog-post_39.html

2016年4月23日土曜日

『括弧』と『返り点』と「白話文(中国語)」。

(01)
本書は中国歴代の口語文の典型的なものを選んでこれに解説を付し訳注を加へ、中国語を学習する人々の便に供するものである(太田辰夫、新訂 中国歴代口語文、1998年、はしかぎ)。
でいふ「本書」に目を通して分ることは、「中国歴代口語文」と「漢文」は、「完全に別の言語」である。といふことである。
例へば、
(02)
街上東西是很多,老李只想不出買什麼好(離婚)。
這金蓮慌忙梳頭畢,和玉樓同過李瓶兒這邊來(金瓶梅詞話第二十一回)。
他見那矮胖女人合安老爺嘈嘈,湊到跟前把安老爺上下打量兩眼,一把推開那個女人便笑嘻嘻的望着安老爺説道(兒女英雄傳第三十八回):
のやうなテキストは、100%、「漢文」ではない。
(03)
印象としては、
Our Father in heaven,
hallowed be your name,
your kingdom come,
your will be done,
on earth as in heaven.
Give us today our daily bread.
Forgive us our sins
as we forgive those who sin against us.
Save us from the time of trial
and deliver us from evil.
For the kingdom, the power, and the glory are yours

now and for ever.
Amen.
に対する「古英語」である、
Fæder ūre þū þe eart on heofonum,
Sī þīn nama ġehālgod.
Tōbecume þīn rīċe,
ġewurþe þīn willa, on eorðan swā swā on heofonum.
Ūre ġedæġhwāmlīcan hlāf syle ūs tō dæġ,
and forgyf ūs ūre gyltas, swā swā wē forgyfað ūrum gyltendum.
And ne ġelǣd þū ūs on costnunge, ac ālȳs ūs of yfele.
Sōþlīċe.
よりも、「異なってゐる」。
(04)
「画像(05)」で示す通り、
① 只-管要纏擾我。
② 端‐的看不出這婆‐子的本‐事来。
③ 西門慶促‐忙促‐急儧‐造不出床来。
④ 吃‐了不多酒。
といふ「白話(漢文)」に付く「それ」は、
① 下 二 上 一
② 二 五 三 一 四
③ 二 五 三 一 四
④ 二 三レ 一
である。
(05)

然るに、
(06)
① 下 二 上 一
であれば、
① 下 二 上
①   二 上 一
であるため、
「上・下点」が、「一・二点」をまたいでゐると同時に、
「一・二点」も、「上・下点」をまたいでゐる。
然るに、
(07)
上中下点(上・下、上・中・下)
必ず一二点をまたいで返る場合に用いる(数学の式における( )が一二点で、{ }が上中下点に相当するものと考えるとわかりやすい)。
(原田種成、私の漢文講義、1995年、四三頁)
従って、
(04)~(07)により、
(08)
① 只-管要纏擾我。
に付く、
① 下 二 上 一
といふ「それ」は、明らかに、『返り点』ではない。
(09)
〔説明〕二つの返り点がいっしょになるのは、一とレ、上とレ、甲とレ、天とレの四つだけである(志村和久、漢文はやわかり、18頁)。
従って、
(04)(05)(09)により、
(10)
④ 吃‐了不多酒。
④ 二 三レ 一
には、
④   三レ
が有るため、
④ 吃‐了不多酒。
に付く「それ」も、明らかに、『返り点』ではない。
然るに、
(11)
② 端‐的看不出這婆‐子的本‐事来。
③ 西門慶促‐忙促‐急儧‐造不出床来。
に付く、
② 二 五 三 一 四
③ 二 五 三 一 四
といふ「それ」が、『返り点』ではない。
といふことを示してゐる「参考書」の類を、見つけることが出来ない。
然るに、
(12)
「下から上へ返る点」が、『返り点』であって、
「上から下へ返る点」は、『返り点』ではない。ものの、
② 二 五 三 一 四
③ 二 五 三 一 四
は、二つとも、
② 二   三   四
であるため、
③ 二 五 三 一 四
といふ「それ」は、「上から下へ返ってゐる」。
従って、
(08)(10)(12)により、
(13)
① 下 二 上 一
② 二 五 三 一 四
③ 二 五 三 一 四
④ 二 三レ 一
といふ「これら」は、『返り点』ではないし、いづれにせよ、「漢文」であれば、このやうな「返り点」は、絶対に有り得ない。
従って、
(14)
中国語の文章は文言と白話に大別されるが、漢文とは文章語の文言のことであり、白話文や日本語化された漢字文などは漢文とは呼ばない。通常、日本における漢文とは、訓読という法則ある方法で日本語に訳して読む場合のことを指し、訓読で適用し得る文言のみを対象とする。もし強いて白話文を訓読するとたいへん奇妙な日本語になるため、白話文はその対象にならない(漢文:ウィキペディア)。しかし私が専門にしている中国明清の白話小説は必ずしも漢文訓読の方法では読めません。「白話」というのは話し言葉をもとにした書面語で、それを読むためには現代中国語の知識が必要になります(Webサイト:中川諭|大東文化大学)。
といふよりも、固より、「漢文」ではない所の、「白話文(口頭語)」に対しては、『返り点』すら、「付ける」ことが出来ない。
従って、
(03)(13)により、
(15)
「漢文」と「白話文(中国語)」は、「完全に別の言語」で、尚且つ、
「白話文(中国語)」には、『返り点』すら「付ける」ことが出来ない。
然るに、
(16)
「結論」から言ふと、「述語論理」には『返り点』を付けることが出来るため、
「漢文」と「白話文(中国語)」が、「完全に別の言語」である。といふことと、
「白話文(中国語)」には、『返り点』すら「付ける」ことが出来ない。といふことは、「別の話である」。
(17)
「述語論理」の場合は、
F(x) と書いて、
F(x)=xはFである。
と読む。
(18)
Fx と書いて、
Fx=xはFである。
と読む場合も多いものの、「命題函数」といふ「言ひ方」からすれば、
y=f(x)
にならって、
F(x) と書くのが「正しい」。
(19)
~(F(x)) と書いて、
~(F(x))=xはFでない。
と読むものの、
    ~(F(x))  =xはFでない。
  ~(~(F(x))) =xはFでない。ではない。
~(~(~(F(x))))=xはFでない。ではない。ではない。
等の場合は、
    ~〔F(x)〕  =xはFでない。
  ~[~〔F(x)〕] =xはFでない。ではない。
~{~[~〔F(x)〕]}=xはFでない。ではない。ではない。
のやうに、
( )〔 〕[ ]{ }
の「順」でを用ゐる、ことにする。
然るに、
(20)
「ルール」により、
(Ⅰ)囗の右側が、{[〔( と接してゐないならば、「普通に、読む」。
(Ⅱ)囗の右側が、{[〔( と接してゐる ならば、『より内側の「括弧」の中の囗』を「先に読む」。
とする。
(21)
    ~=ではない。
    ∨=または、
    &=尚且つ、
    →=ならば、
  ( )=といふ
   ∃x=そのやうなxが存在する。
   ∀x=ことは、全てのxに於いて、正しい。
P(x) =xはPである。
P(xy)=xはyに対してPである。
とする。
従って、
(19)(20)(21)により、
(22)
① ~[∃x〔F(x)〕]=
① xはFである。といふ、そのやうなxは存在しない。
といふ風に、「右から左に読む」。
然るに、
(23)
。む読たまき書に左らか右は語イラブヘ
ヘブライ語は右から左に書きまた読む(片山徹、旧約聖書ヘブライ語入門、1986年、1頁)。
加へて、
(24)
だが二十世紀のはじめには、日本語も右から左へ書いていた(黒田龍之助、もっとにぎやかな外国語の世界、2014年、33頁)。
従って、
(22)(23)(24)により、
(25)
① ~[∃x〔F(x)〕]
であっても、ヘブライ語と同様に、「右から左に書き、右から左に読む」としても、「支障」はない。
然るに、
(26)
「記号」などというものは歴史的経緯や何やらの「人間的な事情」に依存して決まっている便宜的なものにすぎず、数学の本質そのものではない。そして、現在一般的に使われている数学の記号は欧米起源のものなので、日本語とは「すれ違う」側面がある、というだけである。実際に、a+bの代わりに、日本語の「aとbを足す」という表現に応じて、ab+という記号で足し算を表しても支障はない。「ab+なんて思いっきりヘン」と感じるかもしれないが、それは「慣れていないだけ」である。その証拠に、ab+のような「日本語の語順に応じた記号」の体系が構成されていて、それが有益であることが実証されている(中島匠一、集合・写像・論理、2012年、190頁)。
従って、
(22)~(26)により、
(27)
① ~[∃x〔F(x)〕]
であれば、
① [〔(x)F〕∃x]~=
① [〔(xは)Fである。〕といふ、そのやうなxは存在し]ない。
と読んでも、「支障」はない。
従って、
(28)
① ~[∃x〔F(x)〕]
といふ風に、欧米人が書いた「論理式」を、
① ~[∃x〔F(x)〕]⇒
① [〔(x)F〕∃x]~=
① [〔(xは)Fである。〕といふ、そのやうなxは存在し]ない。
といふ風に「訓読」したとしても、「問題」はない。
従って、
(29)
② 如犬有頭其頭不当為牛馬頭=
② 如し犬に頭有らば、其の頭、当に牛馬の頭為る可からず=
② xが犬である所のyの頭であるならば、xは牛や馬である所のyの頭ではない=
② ∀x{∃y〔犬(y)&頭(xy)〕→~[∃y〔牛(y)∨馬(y)&頭(xy)〕]}⇒
② {〔(y)犬&(xy)頭〕∃y→[〔(y)牛∨(y)馬&(xy)頭〕∃y]~}∀x=
② {〔(yは)犬であって、尚且つ、(xはyの)頭である。〕といふ、そのやうなyが存在する。のであれば、[〔(yは)牛であるか、または、(yは)馬であり、尚且つ、(xはyの)頭である。〕といふ、そのやうなyが存在し]ない。}といふことは、全てのxに於いて、正しい。
といふ風に「訓読」したとしても、「問題」はない。
然るに、
(30)
② ∀x{∃y〔犬(y)&頭(xy)〕→~[∃y〔牛(y)∨馬(y)&頭(xy)〕]}
に対する「返り点」は、「画像(31)」で示す通り、
② 下‐ 三‐ レ 二 一 上レ 三‐ レ レ 二 一
である。
(31)

cf.
P=yは犬である。
Q=xはyの頭である。
R=yは牛である。
S=yは馬である。
として、「命題論理」であれば、
(yは犬であって、尚且つ、xがyの頭である。)ならば〔(yは牛であるか、yは馬であって、)尚且つ、xはyの頭である。〕といふことはない=
 (P&Q)→〔(R∨S)&Q〕~ 
 (P&Q)→~〔(R∨S)&Q〕 
~(P&Q)∨~〔(R∨S)&Q〕 
~(P&Q)∨〔~(R∨S)∨~Q〕 
~(P&Q)∨〔(~R&~S)∨~Q〕 
~(P&Q)∨〔~Q∨(~R&~S)〕
~(P&Q)∨〔Q→(~R&~S)〕
~P∨~Q ∨〔Q→(~R&~S)〕
~P∨[~Q∨〔Q→(~R&~S)〕]
~P∨[Q→ 〔Q→(~R&~S)〕]
 P→[Q→ 〔Q→(~R&~S)〕]=
yが犬ならば[xがyの頭ならば〔xがyの頭ならば(yは牛ではなく、尚且つ、yは馬ではない)〕]。
然るに、
(32)
04月24日の記事」で説明する通り、
( )
〔 〕
[ ]
{ }
といふ「括弧」と、

二 一レ
下 上レ
乙 甲レ
地 天レ
一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
上 中 下
甲 乙 丙 丁 戊 ・ ・ ・ ・ ・
天 地 人
といふ「返り点」の間に、「過不足」が生じない限り、
『括弧』 によって表すことが出来る「返読の順番の集合」は、
『返り点』によって表すことが出来る「返読の順番の集合」に等しい。
従って、
(01)(02)(03)(32)により、
(33)
「白話文(話し言葉)」は、『括弧・返り点』を用ゐて、「訓読」することが、出来ず、
「漢文」と「述語論理」は、『括弧・返り点』を用ゐて、「訓読」することが、出来る。
(34)
③ ~{∃x[人(x)&~〔死(x)〕]}⇒
③ {[(x)人&〔(x)死〕~]∃x}~=
③ {[(xは)人であって、尚且つ〔(xは)死な〕ない]といふ、そのやうなxは存在し}ない。
に対する『返り点』は、
③ レ 二‐ レ 一レ レ
である。
(35)
③ 不[有〔人而不(死)〕]⇒
③ [〔人而(死)不〕有]不=
③ [〔人にして(死せ)ざるは〕有ら]ず。
に対する『返り点』は、
③ レ 二 一レ
である。
然るに、
(36)
③ 不[有〔人而不(死)〕]。
に対して、
③ x (x)(x)
を加へると、
③ 不{有x[人(x)而不〔死(x)〕]}=
③ ~{∃x[人(x)&~〔死(x)〕]}。
といふ「等式」が、成立する。
加へて、
(37)
この「文言文」とは、端的に言えば、前近代の統治に関わる士大夫層の文化の中で流通した特殊な書記言語であり、口頭語の表記すなわち「白文」に対して言えば、ニュアンスを示す語などを簡約していわば記号化された表記の文章言語である(「訓読」論 東アジア漢文世界と日本語、中村春作・市來津由彦・田尻祐一郎・前田勉 共編、2008年、300頁)。
従って、
(36)(37)により、
(38)
「漢文」は、「述語論理」のやうな「記号化された言語」であって、
「白話」は、「述語論理」のやうな「記号化された言語」ではない。
従って、
(38)により、
(39)
③ ~{∃x[人(x)&~〔死(x)〕]}⇒
③ {[(x)人&〔(x)死〕~]∃x}~=
③ {[(xは)人であって、尚且つ〔(xは)死な〕ない]といふ、そのやうなxは存在し}ない。
④ ∃x[少女(x)&∀y〔少年(y)→愛(yx)〕]⇒
④ [(x)少女&〔(y)少年→(yx)愛〕∀y]∃x=
④ [(xは)少女であって、尚且つ、〔(yが)少年である。ならば、(yはxを)愛する。〕といふことが、全てのyに於いて、正しい。]といふ、そのやうなxが存在する。
⑤ ∀x[少年(x)→∃y(少女(y)&愛(xy)〕]⇒
⑤ [(x)少年→((y)少女&(xy)愛〕∃y]∀x=
⑤ [(xが)少年であるならば、〔(yは)少女であって、尚且つ、(xはyを)愛する。〕といふ、そのやうなyが存在する。]といふことは、全てのxに於いて、正しい。
といふ「述語論理訓読」を「否定」しないのであれば、
③ 不有人而不死。
④ 少女為全少年所愛。
⑤ 少年皆有其所愛少女。
といふ「漢文」を、
⑨ [〔人にして(死せ)ざるは〕有ら]ず。
⑩ 少女〔全少年の(愛する)所と〕為る。
⑪ 少年皆〔其の(愛する)所の少女〕有り。
といふ風に「訓読」することも、「否定」すべきではない。
然るに、
(40)
「どこの国に外国語を母国語の語順で読む国があろう」かと嘆く人は、「述語論理」といふ「言語」を、念頭に置いてゐない。
従って、
(41)
「漢文訓読」は、「白話文」よりも、むしろ「述語論理訓読」と「比較」すべきである。といふ「発想」が有れば、
数年前、ある言語学教育関連の新聞の連載のコラムに、西洋文化研究者の発言が載せられていた。誰もが知る、孟浩然の『春眠』「春眠暁を覚えず・・・・・・」の引用から始まるそのコラムでは、なぜ高校の教科書にいまだに漢文訓読があるのかと疑問を呈し、「返り点」をたよりに「上がったり下がったりしながら、シラミつぶしに漢字にたどる」読み方はすでに時代遅れの代物であって、早くこうした状況から脱するべきだと主張する。「どこの国に外国語を母国語の語順で読む国があろう」かと嘆く筆者は、かつては漢文訓読が中国の歴史や文学を学ぶ唯一の手段であり「必要から編み出された苦肉の知恵であった」かもしれないが、いまや中国語を日本にいても学べる時代であり「漢文訓読を卒業するとき」だと主張するのである(「訓読」論 東アジア漢文世界と日本語、中村春作・市來津由彦・田尻祐一郎・前田勉 共編、2008年、1頁)。
といふやうな「発言」は、なされないものと、思はれる。
(42)
そして重野の講演を後れること七年、文化大学の講師を務めていたイギリス人チャンバレン氏も一八八六年『東洋学芸雑誌』第六一号に「支那語読法ノ改良ヲ望ム」を発表し、「疑ハシキハ日本人ノ此支那語ヲ通読スル伝法ナリ、前ヲ後ニ変へ、下ヲ上ニ遡ラシ、本文ニ見へザル語尾ヲ附シ虚辞ヲ黙シ、若クハ再用スル等ハ、漢文ヲ通読スルコトニアランヤ。寧ロ漢文ヲ破砕シテ、其片塊ヲ以テ随意ニ別類ノ一科奇物ヲ増加セリト云フヲ免カレンヤ。」「畢竟日本語ハ日本ノ言序アリ、英語ハ英ノ語次存スルコトは皆々承知セリ、唯支那語ニノミ治外法権ヲ許ルサズシ権内ニ置クハ何ソヤ」(「訓読」論 東アジア漢文世界と日本語、中村春作・市來津由彦・田尻祐一郎・前田勉 共編、2008年、50頁)。
といふ風に、イギリス人チャンバレン氏が、一八八六年に書いた時、チャンバレン氏は、
「漢文訓読」は、「英語」や「白話文」よりも、むしろ「述語論理訓読」と「比較」すべきである。
といふ風には、思はなかったと、思はれる。
(43)
大学(京都帝国大学)に入った二年め(昭和5年)の秋、倉石武四郎先生が中国の留学から帰られ、授業を開始されたことは、私だけではなく、当時の在学生に一大衝撃を与えた。先生は従来の漢文訓読を全くすてて、漢籍を読むのにまず中国語の現代の発音に従って音読し、それをただちに口語に訳することにすると宣言されたのである。この説はすぐさま教室で実行された。私どもは魯迅の小説集『吶喊』と江永の『音学弁徴』を教わった。これは破天荒のことであって、教室で中国の現代小説を読むことも、京都大学では最初であり、全国のほかの大学でもまだなかったろうと思われる(『心の履歴』、「小川環樹著作集 第五巻」、筑摩書房、176頁)。
とあるやうに、昭和5年に、倉石武四郎先生が「漢籍音読」を始めた時、倉石武四郎先生は、
「漢文」は、「白話文」よりも、むしろ「述語論理」に近い。
といふ風には、思はなかったと、思はれる。
然るに、
(44)
(36)を「逆に言ふ」と、
③ 不{有[人(x)而不〔死(x)〕]}=
③ ~{∃[人(x)&~〔死(x)〕]}⇒
③ {[(x)人&〔(x)死〕~]∃}~=
③ {[(x)人&〔(x)死〕不]有}不=
③ {[(xは)人であって、尚且つ〔(xは)死な〕ない]といふ、そのやうな人は存在し}ない。
のやうに、
③ x (x) (x)
を除くと、
③ 不[有〔人而不(死)〕]=
③ ~[∃〔人&~(死)〕]⇒
③ [〔人&(死)~〕∃]~=
③ [〔人であって(死な)ない者は〕存在し]ない。
といふ風に、読むことになるし、このことを、「文語」で言へば、
③ 不有人而不死=
③ 不[有〔人而不(死)〕]⇒
③[〔人而(死)不〕有] 不=
③[〔人にして(死せ)ざるは〕有ら]ず。
といふことに、他ならない。
cf.
「に(断定・ナリの連用形)して(接続詞)」。
「ざる(連体形)」は「死なない人(準体法)」。
従って、
(45)
③ 不{有x[人(x)而不〔死(x)〕]}=
③ ~{∃x[人(x)&~〔死(x)〕]}⇒
③ {[(x)人&〔(x)死〕~]∃x}~=
③ {[(x)人&〔(x)死〕不]有x}不=
⑨ {[(xは)人であって、尚且つ〔(xは)死な〕ない]といふ、そのやうな人は存在し}ない。
といふ「述語論理訓読」が、「認められる」のであれば、その一方で、
③ 不有人而不死=
③ 不[有〔人而不(死)〕]⇒
③[〔人而(死)不〕有] 不=
③ [〔人にして(死せ)ざるは〕有ら]ず。
といふ「漢文訓読」を、「認めない」とすれば、明らかに、「不当」である。
更に言へば、
(46)
③ ~{∃x[人(x)&~〔死(x)〕]}
といふ「述語論理」には『括弧』が有る。一方で、
③ 不[有〔人而不(死)〕]
といふ 「漢文」 には『括弧』が無い。といふことは、考へにくい。
従って、
(47)
③ ~{∃x[人(x)&~〔死(x)〕]}
といふ「述語論理」に『括弧』が有るやうに、
③ 不有人而不死=
③ 不[有〔人而不(死)〕]
といふ「漢文」にも、『括弧』が有ると、すべきである。
従って、
(48)
倉石武四郎先生が、「述語論理訓読」は「否定」せずに、その一方で、「漢文訓読」を、「認めない」のであれば、
論語でも孟子でも、訓読をしないと気分が出ないといふ人もあるが、これは孔子や孟子に日本人になってもらはないと気が済まないのと同様で、漢籍が国書であり、漢文が国語であった時代の遺風である。支那の書物が、好い国語に翻訳されることは、もっとも望ましいことであるが、翻訳された結果は、多かれ少なかれその書物の持ち味を棄てることは免れない、立体的なものが平面化することが想像される。持ち味を棄て、平面化したものに慣れると、その方が好くなるのは、恐るべき麻痺であって、いはば信州に育ったものが、生きのよい魚よりも、塩鮭をうまいと思ふ様なものである(「訓読」論 東アジア漢文世界と日本語、中村春作・市來津由彦・田尻祐一郎・前田勉 共編、2008年、60頁)。
といふ「言ひやう」は、「不当」である。
(49)
さすがに、現在においては、「漢文訓読法」でなければ、日本人だけでなく、中国人も中国古典は理解できない、などという倒錯した主張をなす者はいなくなった。今から考えてみれば「漢文訓読法」派は単に現代中国語ができなかっただけのことではなかったか、そのようにさえ思えてくる(「訓読」論 東アジア漢文世界と日本語、中村春作・市來津由彦・田尻祐一郎・前田勉 共編、2008年、2頁)。
然るに、
(50)
他見那矮胖女人合安老爺嘈嘈,湊到跟前把安老爺上下打量兩眼,一把推開那個女人便笑嘻嘻的望着安老爺説道:『你老別計較他。他喝兩盅子猫溺就是這麼着。也有造了人家的脚倒合人家批禮的?』(兒女英雄傳第三十八回)
のやうな、「北京語(中国語)」は、断じて「漢文」とは「関係」が無い。
cf.
本書に用いられた言語は純粋な北京語であるが、人物によってはその土地の方言を語らせているところがある(太田辰夫、新訂 中国歴代口語文、1998年、17頁)。
cf.
私の後輩に、中国語をずいぶん熱心に勉強している女性がいます。彼女は中国語の検定試験にもチャレンジしている達人ですが、この『論語』の文章を一目みて、「これも中国語ですか? 私には全く分かりません!」と言いました(Webサイト:日本漢文の世界)。
(51)
「漢文音読」が、「訓読」よりも優れてゐるのであれば、「訓読」は、淘汰されてゐなればならないものの、
ともかく筆者が言いたいのは、大学でも漢文の授業の方はしっかりと訓読だけを教えればよいということである。以前このようなことをある講演の際に述べたら、他の大学に勤めている先輩から、自分のところでは音読も取り入れて学生もみな読めるようになっていると力まれて困った。それならばその大学出身の若手が中国学会をリードしているはずである(土田健次郎、大学における訓読教育の必要性)。
との、ことである。
平成成28年04月23日、毛利太。
 ―「関連サイト」―

(01)『括弧・返り点』の研究(Ⅱ)。    :http://kannbunn.blogspot.com/2016/04/blog-post_24.html
(02)『括弧・返り点』の研究(Ⅲ)。    :http://kannbunn.blogspot.com/2016/05/blog-post._5html
(03)「返り点」を完璧に説明します。    :http://kannbunn.blogspot.com/2016/03/blog-post_31.html
(04)「返り点」と「括弧」と「補足構造」。:http://kannbunn.blogspot.com/2016/05/blog-post_39.html

2016年4月9日土曜日

「括弧」、「返り点」、「漢文横書き」。

(01)
( )
〔 〕
[ ]
{ }
を「括弧」とする。
(02)
( )の中には、「括弧」は無く、
〔 〕の中には、一つ以上の( )が有り、
[ ]の中には、一つ以上の〔 〕が有り、
{ }の中には、一つ以上の[ ]が有る。
ならば、その時に限って、『括弧』とする。
従って、
(01)(02)により、
(03)
① ( )
② 〔( )〕
③ 〔( )( )〕
は、全て『括弧』である。
然るに、
(04)
④ (〔 )〕

であれば、
④  〔  〕の中に有るのは、
④     ) であって、
④   ( ) ではない。
従って、
(01)~(04)により、
(05)
① ( )
② 〔( )〕
③ 〔( )( )〕
④ (〔 )〕
に於いて、
④は、『括弧』ではない。
(06)
「ルール」により、
(Ⅰ)囗の右側が、{[〔( と接してゐる。 ならば、「『括弧』の中を先に読む」。
(Ⅱ)囗の右側が、{[〔( と接してゐない。ならば、「順に(左から右へ)読む」。
従って、
(Ⅰ)(Ⅱ)により、
(07)
⑤ 囗(囗囗)
であれば、
⑤ C(AB)
の「順で読む」。
従って、
(Ⅰ)(Ⅱ)(07)により、
(08)
⑤ C(AB)囗(囗囗)
であれば、
⑤ C(AB)F(DE)
の「順で読む」。
従って、
(Ⅰ)(08)により、
(09)
⑤ 囗〔C(AB)F(DE)〕
であれば、
⑤ G〔C(AB)F(DE)〕
の「順で読む」。
従って、
(Ⅰ)(Ⅱ)(09)により、
(10)
⑤ G〔C(AB)F(DE)〕囗(囗)
であれば、
⑤ G〔C(AB)F(DE)〕I(H)
の「順で読む」。
従って、
(Ⅰ)(10)により、
(11)
⑤ 囗[G〔C(AB)F(DE)〕I(H)]
であれば、
⑤ J[G〔C(AB)F(DE)〕I(H)]
の「順で読む」。
従って、
(Ⅰ)(Ⅱ)(11)により、
(12)
⑤ J[G〔C(AB)F(DE)〕I(H)]囗(囗囗)囗
であれば、
⑤ J[G〔C(AB)F(DE)〕I(H)]M(KL)N
の「順で読む」。
従って、
(Ⅰ)(Ⅱ)(12)により、
(13)
⑤ J[G〔C(AB)F(DE)〕I(H)]M(KL)N囗(囗囗)
であれば、
⑤ J[G〔C(AB)F(DE)〕I(H)]M(KL)NQ(OP)
の「順で読む」。
(14)
1<2<A
であるとする。
従って、
(Ⅱ)(13)(14)により、
(15)
⑤ 囗囗J[G〔C(AB)F(DE)〕I(H)]M(KL)NQ(OP)
であれば、
⑤ 12J[G〔C(AB)F(DE)〕I(H)]M(KL)NQ(OP)
の「順である」。
従って、
(14)(15)により、
(16)
⑤ 囗囗J[G〔C(AB)F(DE)〕I(H)]M(KL)NQ(OP)
であれば、
⑤ ABL[I〔E(CD)H(FG)〕K(J)]O(MN)PS(QR)
の「順で読む」。
従って、
(Ⅰ)(16)により、
(17)
⑤ 囗{ABL[I〔E(CD)H(FG)〕K(J)]O(MN)PS(QR)}
であれば、
⑤ T{ABL[I〔E(CD)H(FG)〕K(J)]O(MN)PS(QR)}
の「順で読む」。
従って、
(18)
⑤ T{ABL[I〔E(CD)H(FG)〕K(J)]O(MN)PS(QR)}。
⑤ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(心)]有(銭財)以済(医薬)}。
であれば、
使=T=20
籍=A= 1
誠=B= 2
不=L=12
以=I= 9
畜=E= 5
妻=C= 3
子=D= 4
憂=H= 8
飢=F= 6
寒=G= 7
乱=K=11
心=J=10
有=O=15
銭=M=13
財=N=14
以=P=16
済=S=19
医=Q=18
薬=R=17
の「順で読む」。
従って、
(18)により、
(19)
⑤ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱心有銭財以済医薬=
⑤ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(心)]有(銭財)以済(医薬)}=
⑤ T{ABL[I〔E(CD)H(FG)〕K(J)]O(MN)PS(QR)}⇒
⑤ {AB[〔(CD)E(FG)H〕I(J)K]L(MN)OP(QR)S}T=
⑤ {籍誠[〔(妻子)畜(飢寒)憂〕以(心)乱]不(銭財)有以(医薬)済}使=
⑤ 籍をして誠に妻子を畜ひ飢寒を憂ふるを以て心を乱さず銭財有りて以て医薬を済さ使む。
といふ「順番で読む」。
従って、
(19)により、
(20)
⑤ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱心有銭財以済医薬=
⑤ 籍をして誠に妻子を畜ひ飢寒を憂ふるを以て心を乱さず銭財有りて以て医薬を済さ使む。
に対する「返り点」は、
⑤ 人 乙 下 二 一 中 上 甲レ 二 一 地 天 
であるが、
⑤ 乙 甲レ
の場合は、
⑤ 丙 乙 甲
であっても、「同じこと」である。
従って、
(20)により、
(21)
⑤ 人 乙 下 二 一 中 上 甲レ  二 一 地 天
⑥ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 二 一 地 天
に於いて、
⑤=⑥ である。
cf.

然るに、
(22)
⑥ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(心)]有(銭財)以済(医薬)}=
⑥ T{ABL[I〔E(CD)H(FG)〕K(J)]O(MN)PS(QR)}=
⑥ 人{AB丙[下〔二(C一)中(F上)〕乙(甲)]二(M一)P地(Q天)}。
に於いて、
⑥ 畜妻子=妻子を畜ふ=
⑥ ECD=妻子を畜ふ。
ではなく、
⑦ 子畜妻=妻子を畜ふ=
⑦ 453=妻子を畜ふ。
であると、する。
然るに、
(Ⅰ)により、
(23)
⑦ 453。
に於いて、
⑦ 3 を、
⑦ 4 よりも「先に読む」のであれば、
⑦ 4(53)。
でなければ、ならない。
然るに、
(Ⅰ)(Ⅱ)により、
(24)
⑦ 4(53)。
であれば、
⑦ (53)となってゐる、
⑦   53  を、 4 よりも「先に読ま」ざるを、得ない。
従って、
(23)(24)により、
(25)
『括弧』を用ゐて、
⑦ 4<5>3。
といふ「順番」を、
⑦ 3<4<5
といふ「順番」に「並び替へ(ソートす)る」ことは、出来ない。
然るに、
(26)
⑧ 4563。
に於いて、
⑧ 3 を、
⑧ 4 よりも「先に読む」のであれば、
⑧ 4(563)。
でなければ、ならない。
然るに、
(Ⅰ)(Ⅱ)により、
(27)
⑧ 4(563)。
であれば、
⑧ (563)となってゐる、
⑧   563  を、 4 よりも「先に読ま」ざるを、得ない。
従って、
(26)(27)により、
(28)
『括弧』を用ゐて、
⑧ 4<5<6>3。
といふ「順番」を、
⑧ 3<4<5<6
といふ「順番」に「並び替へ(ソートす)る」ことは、出来ない。
(01)(02)(Ⅰ)(Ⅱ)により、
(29)
⑨ 46(5)3。
に於いて、
⑨ 3 を、
⑨ 4 よりも「先に読む」のであれば、
⑨ 4〔6(5)3〕。
でなければ、ならない。
然るに、
(Ⅰ)(Ⅱ)により、
(30)
⑨ 4〔6(5)3〕。
であれば、
⑨ 3 4 5 6。
ではなく、
⑨ 5 6 3 4。
といふ「順で読む」ことになる。

従って、
(29)(30)により、
(31)
『括弧』を用ゐて、
⑨ 4<6>5>3。
といふ「順番」を、
⑨ 3<4<5<6
といふ「順番」に「並び替へ(ソートす)る」ことは、出来ない。
従って、
(25)(28)(31)により、
(32)
『括弧』を用ゐて、
⑦ 4<5>3。
⑧ 4<5<6>3。
⑨ 4<6>5>3。
といふ「順番」を、
⑦ 3<4<5
⑧ 3<4<5<6
⑨ 3<4<5<6
といふ「順番」に「並び替へ(ソートす)る」ことは、出来ない。
従って、
(33)
『括弧』を用ゐて、
 N+1<N+M>N(NとMは自然数で、M≧2)
といふ「順番」を含む「順番」を、
 1<2<3<4<5 ・ ・ ・ ・ ・
といふ「順番」に「並び替へ(ソートす)る」ことは、出来ない。
然るに、
(34)
「返り点」が付いてゐない「漢字」と、
「返り点」が付いてゐる 「漢字」が、有る場合、
「返り点」が付いてゐない「漢字」を、「先に読む」。
従って、
(34)により、
(35)
文=2
読=3
漢=1
に対して、「返り点」を付ける際に、
文=2=二
読=3
漢=1=一
とするならば、「返り点」が付いてゐない、
読=3
を、「先に読む」ことになる。

cf.

従って、
(35)により、
(36)
文=2
読=3
漢=1
といふ、「数字の順で読む」場合の「返り点」は、
⑦ 二 三 一
といふ風に、せざるを得ない。
cf.

然るに、
(37)

 レ
 二 一レ
 下 中 上レ
 丙 乙 甲レ 
 人 地 天レ 
 五 四 三 二 一
 下 中 上
 戊 丁 丙 乙 甲
 人 地 天
を用ゐる限り、「返り点」は、
「下(右)から上(左)へ返る点」であって、
「上(左)から下(右)へ返る点」ではない。
従って、
(37)により、
(38)
⑥ 二 → 三
のやうに、「上(左)から下(右)へ返る点」は、「返り点」ではない。
従って、
(36)(38)により、
(39)
読=2
不=3
書=1
といふ、「数字の順で読む」場合の「返り点」は、
二 三 一
といふ風に、せざるを得ない。ものの、その一方で、
⑦ 二 三 一
といふ「返り点」は、有り得ない。
同様に、
(40)

⑧ 二 → 三 → 四
⑨ 二 → 三
といふ「順番」を含む、
⑧ 二 三 四 一
⑨ 二 四 三 一
といふ「返り点」は、有り得ない。
従って、
(39)(40)により、
(41)
『返り点』を用ゐて、
 N+1<N+M>N(NとMは自然数で、M≧2)
といふ「順番」を含む「順番」を、
 1<2<3<4<5 ・ ・ ・ ・ ・
といふ「順番」に「並び替へ(ソートす)る」ことは、出来ない。
従って、
(33)(41)により、
(42)
『括弧・返り点』を用ゐて、
 N+1<N+M>N(NとMは自然数で、M≧2)
といふ「順番」を含む「順番」を、
 1<2<3<4<5 ・ ・ ・ ・ ・
といふ「順番」に「並び替へ(ソートす)る」ことは、出来ない。
然るに、
(43)
「与えられる順番」は、
使籍誠不以 畜妻子 憂飢寒 乱心 有銭財 以 済医薬
のやうに、
⑥ N+1<N+M>N(NとMは自然数で、M-N≧2)
といふ「順番」を含まない。か、
⑦ 籍誠不以 子畜妻 寒憂飢 使財有銭薬済医
のやうに、
⑦ N+1<N+M>N(NとMは自然数で、M-N≧2)
といふ「順番」を含んでゐる。かの、いづれかである。
従って、
(19)(42)(43)により、
(44)
( )
〔 〕
[ ]
{ }
といふ「括弧」によって、「訓読が可能な、漢文の、集合」は、
 レ
 一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
 上 中 下
 甲 乙 丙 丁 戊 ・ ・ ・ ・ ・
 天 地 人
といふ「返り点」で、「不足」が生じない限り、「返り点」によって、「訓読が可能な、漢文の、集合」であって、
 レ
 一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
 上 中 下
 甲 乙 丙 丁 戊 ・ ・ ・ ・ ・
 天 地 人
といふ「返り点」によって、「訓読が可能な、漢文の、集合」は、
( )
〔 〕
[ ]
{ }
といふ「括弧」で、「不足」が生じない限り、「括弧」によって、「訓読が可能な、漢文の、集合」である。
といふ、ことになる。
然るに、
(45)
( )
〔 〕
[ ]
{ }
といふ「括弧」で「不足」が生じるのであれば、
〈 〉
を加へることが、出来る。
(46)
 レ
 一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
 上 中 下
 甲 乙 丙 丁 戊 ・ ・ ・ ・ ・
 天 地 人
といふ「返り点」で「不足」が「不足」が生じるのであれば、
 レ
 一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・ 
 甲 乙 丙 丁 戊 ・ ・ ・ ・ ・
 上 中 下 囗 囗
 天 地 人 囗 囗
とすることが、出来る。
従って、
(44)(45)(46)により、
(47)

「漢文訓読」に於いて、
「括弧」 によって表すことが出来る「返読の順番の集合」は、

「返り点」によって表すことが出来る「返読の順番の集合」に等しい。
然るに、
(48)
⑩ 2 5 3 1 4
であれば、
⑩ 2<5>1
⑩ 2<3>1
である。
従って、
(48)により、
(49)
⑩ 2 5 3 1 4
であれば、
⑩ N+1<N+M>N(NとMは自然数で、M≧2)
といふ「順番」を含んでゐる。
従って、
(33)(47)(49)により、
(50)
『括弧・返り点』を用ゐて、
⑩ 2<5 3>1 4
といふ「順番」を、
⑩ 1<2<3<4<5
といふ「順番」に「並び替へ(ソートす)る」ことは、出来ない。
然るに、
(51)

然るに、
(52)
上中下点(上・下、上・中・下)
必ず一二点をまたいで返る場合に用いる(数学の式における( )が一二点で、{ }が上中下点に相当するものと考えるとわかりやすい)。
(原田種成、私の漢文講義、1995年、四三頁)
従って、
(53)
⑩ 二 五 三 一 四
であれば、
⑩ 二  三 一 
でなければ、ならない。
然るに、
(54)
⑩ 二  三 一 
であれば、
⑩ 二  一
であるため、却って、
上下点を、一二点がまたいで返ってゐる。
従って、
(52)(53)(54)により、
(55)
原田種成先生の「説明」によれば、
⑩ 二 五 三 一 四
⑩ 二  三 一 
といふ「返り点」は、有り得ない。
従って、
(56)
少なくとも、原田先生は、それが「漢文」である限り、
⑩ 二 五 三 一 四
⑩ 二  三 一 
といふ「返り点」を、見たことが無かった。といふ、ことになる。

従って、
(57)
川島優子先生が、原田先生による、
上中下点(上・下、上・中・下)
必ず一二点をまたいで返る場合に用いる(数学の式における( )が一二点で、{ }が上中下点に相当するものと考えるとわかりやすい)。
といふ「説明」を「否定」しないのであれば、『続「訓読」論』の中で、川島先生が言ふ所の「こうした複雑な訓点」といふ言ひ方は、「こうした複雑な返り点」といふ「意味」であることは、出来ない。

(58)
HTMLを使へば、
⑤ 使 籍誠不 妻子 飢寒甲レ 銭財 以済 医薬天 
⑥ 使 籍誠不 妻子 飢寒 銭財 以済 医薬天 
⑥ 籍誠妻子 飢寒 銭財 以 医薬 使
⑤ 籍をして誠に妻子を畜ひ、飢寒を憂ふるを以て心を乱さ不、銭財有りて以て医薬を済さ使む。

といふ風に、書くことが出来る。
しかしながら、
(59)
「横書き」で良いのであれば、HTMLなど使はずに、そのまま、
⑤ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱心有銭財以済医薬 =
⑤ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(心)]有(銭財)以済(医薬)}=
⑤ {籍誠[〔(妻子)畜(飢寒)憂〕以(心)乱]不(銭財)有以(医薬)済}使=
⑤ 籍をして誠に妻子を畜ひ、飢寒を憂ふるを以て心を乱さず、銭財有りて以て医薬を済さ使む。
と書く方が、「読みやすい」。
加へて、
(60)
「括弧」に比べて、「返り点」は、それなりに「難しい」。
従って、
(61)
「漢文を横書き」するのであれば、わざわざ、「返り点」を使ふ「必要」はない。
平成28年09年04月09日、毛利太。

2016年4月4日月曜日

「述語論理と漢文」に於ける「括弧」の用法。

(01)
( )
〔 〕
[ ]
{ }
〈 〉
を「括弧」とする。
(02)
( )の中には、「括弧」は無く、
〔 〕の中には、一つ以上の( )が有り、
[ ]の中には、一つ以上の〔 〕が有り、
{ }の中には、一つ以上の[ ]が有り、
〈 〉の中には、一つ以上の{ }が有る。

ならば、その時に限って、『括弧』とする。
従って、
(01)(02)により、
(03)
① ( )
② 〔( )〕
③ 〔( )( )〕
は、全て『括弧』である。
然るに、
(04)
④ 〔( 〕)
であれば、
④ 〔  〕の中に有るのは、
④  (  であって、
④  ( )ではない。
従って、
(01)~(04)により、
(05)
① ( )
② 〔( )〕
③ 〔( )( )〕
④ 〔( 〕)
に於いて、
④は、『括弧』ではない。
(06)
『括弧』の中には、
囗=漢字
囗=16進数
囗=論理記号
囗=アルファベット
等が、入ってゐる。
(07)
AF〈E{D[C〔B(
に於いて、
A 以外は、
  〈{[〔( と接してゐる。
(08)
「ルール」により、
囗の右側が、〈{[〔( と接してゐるならば、その時に限って、『より内側の「括弧」の中の囗』を「先に読む」。
従って、
(08)により、
(09)
⑤ 囗(A)囗囗
であれば、
⑤ B(A)CD
の「順で読む」。
従って、
(08)(09)により、
(10)
⑤ B(A)CD(囗囗)
であれば、
⑤ B(A)CF(DE)
の「順で読む」。
従って、
(08)(10)により、
(11)
⑤ 囗〔B(A)CF(DE)〕囗
であれば、
⑤ G〔B(A)CF(DE)〕H
の「順で読む」。
従って、
(08)(11)により、
(12)
⑤ G〔B(A)CF(DE)〕H囗(囗)囗
であれば、
⑤ G〔B(A)CF(DE)〕HJ(I)K
の「順で読む」。
従って、
(08)(12)により、
(13)
⑤ G〔B(A)CF(DE)〕HJ(I)K囗(囗)囗
であれば、
⑤ G〔B(A)CF(DE)〕HJ(I)KM(L)N
の「順で読む」。
従って、
(08)(13)により、
(14)
⑤ G〔B(A)CF(DE)〕HJ(I)KM(L)N囗(囗囗)
であれば、
⑤ G〔B(A)CF(DE)〕HJ(I)KM(L)NQ(OP)
の「順で読む」。
従って、
(08)(14)により、
(15)
⑤ 囗{G〔B(A)CF(DE)〕H囗[囗〔J(I)KM(L)NQ(OP)〕]}
であれば、
⑤ T{G〔B(A)CF(DE)〕HS[R〔J(I)KM(L)NQ(OP)〕]}
の「順で読む」。
従って、
(15)により、
(16)
⑤  T{ G〔B(A)CF(DE)〕HS[ R〔J(I)KM(L)NQ(OP)〕]}
⑤ ∀x{∃y〔犬(y)&頭(xy)〕→~[∃y〔牛(y)∨馬(y)&頭(xy)〕]}
であるならば、
A=y
B=犬
C=&
D=x
E=y
F=頭
G=∃y
H=→
I=y
J=牛
K=∨
L=y
M=馬
N=&
O=x
P=y
Q=頭
R=∃y
S=~
T=∀x
といふ「順番で読む」。
然るに、
(17)
    ~=ではない。
    ∨=または、
    &=尚且つ、
    →=ならば、
 「括弧」=といふ
   ∃x=そのやうなxが存在する。
   ∀x=ことは、全てのxに於いて、正しい。
P(x) =xはPである。
P(xy)=xはyに対してPである。
とする。
従って、
(16)(17)により、
(18)
囗の右側が、〈{[〔( と接してゐるならば、その時に限って、『より内側の「括弧」の中の囗』を「先に読む」。
といふ「シンプルなルール」により、
⑤ 犬の頭は、牛の頭でも、馬の頭でもない=
⑤ xが犬である所のyの頭であるならば、xは牛や馬である所のyの頭ではない=
⑤ ∀x{∃y〔犬(y)&頭(xy)〕→~[∃y〔牛(y)∨馬(y)&頭(xy)〕]}⇒
⑤ {〔(y)犬&(xy)頭〕∃y→[〔(y)牛∨(y)馬&(xy)頭〕∃y]~}∀x=
⑤ {〔(yは)犬であって、尚且つ、(xはyの)頭である。〕といふ、そのやうなyが存在する。のであれば、[〔(yは)牛であるか、または、(yは)馬であり、尚且つ、(xはyの)頭である。〕といふ、そのやうなyが存在し]ない。}といふことは、全てのxに於いて、正しい。
といふ「述語論理訓読」が、成立する。
(08)により、
(19)
⑥ 囗(12)囗
であれば、
⑥ 3(12)4
の「順で読む」。
従って、
(08)(19)により、
(20)
⑥ 囗〔3(12)4〕囗
であれば、
⑥ 5〔3(12)4〕6
の「順で読む」。
従って、
(08)(20)により、
(21)
⑥ 5〔3(12)4〕6(囗囗)
であれば、
⑥ 5〔3(12)4〕8(67)
の「順で読む」。
従って、
(08)(21)により、
(22)
⑥ 囗[5〔3(12)4〕8(67)]
であれば、
⑥ 9[5〔3(12)4〕8(67)]
の「順で読む」。
従って、
(08)(22)により、
(23)
⑥ 囗9[5〔3(12)4〕8(67)]
であれば、
⑥ 1A[6〔4(23)5〕9(78)]
の「順で読む」。
従って、
(08)(23)により、
(24)
⑥ 囗{1A[6〔4(23)5〕9(78)]}
であれば、
⑥ B{1A[6〔4(23)5〕9(78)]}
の「順で読む」。
従って、
(08)(24)により、
(25)
⑥ 囗〈B{1A[6〔4(23)5〕9(78)]}囗〉
であれば、
⑥ D〈B{1A[6〔4(23)5〕9(78)]}C〉
の「順で読む」。
従って、
(08)(25)により、
(26)
⑥ 囗囗D〈B{1A[6〔4(23)5〕9(78)]}C〉。
であれば、
⑥ 12F〈D{3C[8〔6(45)7〕B(9A)]}E〉。
の「順で読む」。
従って、
(26)により、
(27)
⑥ 中野有〈不{必求[以〔解(白話)法〕解(漢文)]}者〉。
⑥ 12F〈D{3C[8〔6(45)7〕B(9A)]}E〉。
であれば、
中=1
野=2
必=3
白=4
話=5
解=6
法=7
以=8
漢=9
文=A
解=B
求=C
不=D
者=E
有=F
の「順で読む」。
従って、
(27)により、
(28)
囗の右側が、〈{[〔( と接してゐるならば、その時に限って、『より内側の「括弧」の中の囗』を「先に読む」。
といふ「シンプルなルール」により、
⑥ 中野有〈不{必求[以〔解(白話)法〕解(漢文)]}者〉⇒
⑥ 中野〈{必[〔(白話)解法〕以(漢文)解]求}不者〉有=
⑥ 中野に必ずしも白話を解する法を以て漢文を解せんことを求めざる者有り。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
然るに、
(29)
この「文言文」とは、端的に言えば、前近代の統治に関わる士大夫層の文化の中で流通した特殊な書記言語であり、口頭語の表記すなわち「白話」に対して言えば、ニュアンスを示す語などを簡約していわば記号化された表記の文章言語である(「訓読」論 東アジア漢文世界と日本語、中村春作・市來津由彦・田尻祐一郎・前田勉 共編、2008年、300頁)。
cf.
中国語の文章は文言と白話に大別されるが、漢文とは文章語の文言のことであり、白話文や日本語化された漢字文などは漢文とは呼ばない。通常、日本における漢文とは、訓読という法則ある方法で日本語に訳して読む場合のことを指し、訓読で適用し得る文言のみを対象とする。もし強いて白話文を訓読するとたいへん奇妙な日本語になるため、白話文はその対象にならない。白話文は直接口語訳するのがよく、より原文の語気に近い訳となる(ウィキペディア:漢文)。
従って、
(18)(28)(29)により、
(30)
囗の右側が、〈{[〔( と接してゐるならば、その時に限って、『より内側の「括弧」の中の囗』を「先に読む」。
といふ「シンプルなルール」により、「記号論理・訓読」が成立し、「記号化された表記の文章言語・訓読」が成立する。
平成28年04月04日、毛利太。

2016年3月31日木曜日

「返り点」を完璧に説明します。

―「03月30日の記事」に加筆します。―
(01)
(a)レ
(b)一レ 上レ 甲レ 天レ
(c)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(d)上 下 中
(e)甲 乙 丙 丁 戊 ・ ・ ・ ・ ・
(f)天 地 人
(g)│(ハイフン)
(h)再読文字
をパーフェクトに「説明」したいのですが、その前に、次のやうな「前提」を確認させて貰います。
(02)
「返り点」は、
「下から上へ返る点」であって、
「上から下へ返る点」ではありません。
ところが、
(03)

のやうに、すなはち、
2=WHO=誰
3=ARE=であるか。
1=YOU=あなたは、
であれば、
2=誰
1=あなたは、
といふ風に、「下から上へ返り」、
2=誰
3=であるか。
といふ風に、「上から下へ返る」ことになります。
そのため、
(02)(03)により、
(04)
「返り点」は、例へば、
2<3>1
2<3 4>1
2<4 3>1
2<4>1 3
2<4 5>1 3
といふ「順番」を、表すことが出来ません。
(05)
 ○
 囗
 ○
 囗
 ○
 囗
に於いて、
○ には「返り点」は付いてゐないとし、
囗 には「返り点」が付いてゐるとします。
然るに、
(06)
「漢字○」は、「そのまま、上から下へ読む」⇔
「漢字○」から「上の漢字へ、返ることはない」。
といふことを、「公理(06)」とします。
(07)
「返り点」は、
「下から上へ返る点」であって、
「上から下へ返る点」ではない。
といふことから、
「漢字囗」は、「上の漢字囗だけへ返る」⇔
「漢字囗」は、「下の漢字囗へ返ることはない」。
といふことを、「公理(07)」とします。
従って、
(05)(06)(07)により、
(08)
 ○=①番
 囗
 ○=②番
 囗
 ○
 囗
といふ「語順」が、「確定」します。
然るに、
(09)
 ○=①番
 囗
 ○=②番
 囗=3
 ○
 囗
であれば、
 ○=①番
 囗=4
 ○=②番
 囗=3
 ○
 囗=5
となって、
 囗=4番 から、下にある、
 ○=②番
 囗=3
 ○
 囗=5番 へ「返る」ため、「公理(07)」と「矛盾」する。
従って、
(10)
 ○=①番
 囗
 ○=②番
 囗=3
 ○
 囗
ではなく、
 ○=①番
 囗
 ○=②番
 囗
 ○=③番
 囗
である。
(11)
 ○=①番
 囗=4番
 ○=②番
 囗=5番
 ○=③番
 囗=6番
であれば、 
 囗=4番 から、下にある、
 ○=②番
 囗=5番 へ「返る」ため、「公理(07)」と「矛盾」する。
(12)
 ○=①番
 囗=4番 から、下にある、
 ○=②番
 囗=6番
 ○=③番
 囗=5番 へ「返る」ため、「公理(07)」と「矛盾」する。
(13)
 ○=①番
 囗=5番 から、下にある、
 ○=②番
 囗=6番 へ「返る」ため、「公理(07)」と「矛盾」する。
 ○=③番
 囗=4番
(14)
 ○=①番
 囗=5番 から、下にある、
 ○=②番
 囗=4番
 ○=③番
 囗=6番 へ「返る」ため、「公理(07)」と「矛盾」する。
然るに、
(15)
 ○=①番
 囗=6番
 ○=②番
 囗=4番
 囗=3番
 囗=5番
であれば、「返り点」は、「二 レ 一」であるものの、
 囗=4番
 ○=③番
であって、
 囗=4番
 囗=3番
ではない。
従って、
(16)
 ○=①番
 囗=6番
 ○=②番
 囗=4番
 ○=③番
 囗=5番
であっても、
 囗=4番 から、下にある、
 ○=③番
 囗=5番 へ「返る」ため、「公理(07)」と「矛盾」する。
然るに、
(17)
 ○=①番
 囗=6番
 ○=②番
 囗=5番
 ○=③番
 囗=4番
であれば、「公理(07)」と「矛盾」しない。
従って、
(05)~(17)により、
(18)
 ○
 囗
 ○
 囗
 ○
 囗
に於いて、
○ には「返り点」は付いてゐない。
囗 には「返り点」が付いてゐる。
とした上で、「公理(06)」と「公理(07)」を「定めた時点」で、
 ○=①番
 囗=6番
 ○=②番
 囗=5番
 ○=③番
 囗=4番
といふ「順番」は、「確定」してゐたことになる。
従って、
(19)
⑲ 我不常読漢文=
⑲ 我常には漢文を読まず。
の場合であれば、
⑲ 三 二 一
といふ「返り点」の代はりに、
○=我
囗=不
○=常
囗=読
○=漢
囗=文
とするだけて、
○=我=①番
囗=不=6番=三
○=常=②番
囗=読=5番=二
○=漢=③番
囗=文=4番=一
といふ「語順」が、「確定」することになる。
といふわけで、
(20)
「返り点」は、例へば、
2<3>1
2<3 4>1
2<4 3>1
2<4>1 3
2<4 5>1 3
といふ「順番」を、表すことが出来ない。
「返り点」が付いてゐない「漢字」は、「そのまま、上から下へ読む」⇔
「返り点」が付いてゐない「漢字」から「上の漢字へ、返ることはない」。
「返り点」が付いてゐる 「漢字」は、「上の漢字へ返る」⇔
「返り点」が付いてゐる 「漢字」は、「下の漢字へ返ることはない」。
といふことを、確認した上で、
(a)レ
(b)一レ 上レ 甲レ 天レ
(c)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(d)上 下 中
(e)甲 乙 丙 丁 戊 ・ ・ ・ ・ ・
(f)天 地 人
(g)│(ハイフン)
(h)再読文字
といふ(7+1)個を、次の「例文」で、説明することにします。
(21)

(22)
「書き下し文」は、次の通りです。
① 書を読まざるに非ず。
② 籍をして誠に妻 を畜ひ飢ゑを憂ふるを以て 心を乱さず 財有りて以て医 を済(な)さ使む。
③ 籍をして誠に妻 を畜ひ飢ゑを憂ふるを以て 心を乱さず 財有りて以て医 を済(な)さ使む。
④ 籍をして誠に妻子を畜ひ飢寒を憂ふるを以て良心を乱さず銭財有りて以て医薬を済(な)さ使む。
⑤ 我の小節を羞ぢずして功名の必ずしも天下に顕(あら)はれざるを恥づるを知ればなり。
⑥ 我の小節を羞ぢずして功名の天下に顕(あら)はれざるを恥づるを知ればなり(管鮑の交はり)。
⑦ 衆狙の己に馴れざるを恐る。
⑧ 衆狙の己に馴れざるを恐る(朝三暮四)。
⑨ 衆狙の常には己に馴れざるを恐る。
⑩ 天下を三分す。
⑪ 人を治める所以を知る。
⑫ 人を治める所以を知る。
⑬ 夫(そ)れ庸(なん)ぞ其の年の先後生なるを知らんや。
⑭ 未だ嘗て桓霊に嘆息痛恨せずんばあらざるなり。
⑮ 未だ可否を知らず。
⑯ 尚(なほ)可否を知らず。
⑰ 盍ぞ各々爾(なんじ)の志を言はざる。
⑱ 書を読まざるに非ず。
⑲ 我常には漢文を読まず。
(23)
(a)レ点 は、
① 非不読書=
① 書を読まざるに非ず。
がそうであるやうに、
(a)「一字だけ上の字に返る」際に用ゐます。
そのため、
(24)
① 非不読書=
① 書を読まざるに非ず。
に於ける、
① レ レ レ
のような場合であれば、極めて「簡単」です。

しかしながら、
(25)
大学生に返り点を打たせると、レ点の原則違反から生じる誤りが大半をしめます(古田島洋介、これならわかる返り点、2009年、60頁)。
といふことからも分るやうに、実際には、「一番分りにくい」のが「レ点」です。
(26)
(b)一レ 上レ 甲レ 天レ は、
② 使籍誠不以畜妻憂飢乱心有財以済医=
② 籍をして誠に妻を畜ひ飢ゑを憂ふるを以て心を乱さず財有りて以て薬を済(な)さ使む。
がそうであるやうに、
(b)「一字だけ上に返り、更に、二字以上、上の字に返る」際に用ゐます。
(27)
(b)一レ に対して、
(b)二レ は、
(b)二レ 一 に、相当します。
然るに、
(28)
(b)二レ 一  は、
(b)二 一 一 といふ「一二点」に、相当する一方で、
(b)二 一 一 
であれば、
(b)二 に対して、
(b)一 から「返り」、その上、もう一度、
(b)一 から「返る」ことになる。
従って、
(27)(28)により、
(29)
(b)一レ   に対して、
(b)二レ 一 は有り得ません。
従って、
(30)
(b)一レ 上レ 甲レ 天レ に対して、それぞれ、
(b)二レ 中レ 乙レ 地レ 等の「返り点」も、有り得ません。
(31)
(d)上 中 下 は、
「二字」を用ゐる際は、
(d)上 → 下
の「順」で用ゐ、
「三字」を用いる際は、
(d)上 → 中 → 下
の「順」で用ゐます。
(32)
(c)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(d)上 中 上
(e)甲 乙 丙 丁 戊 ・ ・ ・ ・ ・
(f)天 地 人
の四つは、
④ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱良心有財以済医薬=
④ 籍をして誠に妻子を畜ひ飢寒を憂ふるを以て良心を乱さず銭財有りて以て医薬を済(な)さ使む。
がそうであるやうに、「二字以上、上の字に返る」際に用ゐます。
然るに、
(33)
古田島氏が返り点を非論理的だと指摘する根拠は、足りなくなる可能性があるからということらしい。しかし、これは簡単に解決できる。すべて一二点に変換すればいいのである。一二点は無限にあるから、どんなに複雑な構文が出現しても対応できる。実際、一二点しか施していないものも過去にはあった(ブログ:困窮庵日乗)。
然るに、
(34)
② 乙 下 二 レ   一レ  上レ  レ   甲レ
④ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 二 一 地 天
を「一二点」に変換すると、
③ 十三 八 五 二 一 四 三 七 六 十 九 十二 十一
となるものの、
③ 十三 八 五 二 一 四 三 七 六 十 九 十二 十一
の場合は、
③ 五 二 一 四 三
だけを見ても、
③ 右(一)から左(二)へ返ってゐて、尚且つ、
③ 左(二)から右(三)へ返ってゐる。
従って、
(35)
③ 十三 八 五 二 一 四 三 七 六 十 九 十二 十一
の場合は、「縦書き」であれば、
③ 下から上へ返り、
③ 上から下へ返る。
といふ、ことになる。
然るに、
(36)
② 乙 下 二 レ   一レ  上レ  レ   甲レ
④ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 二 一 地 天
の場合は、
④ 下 二 一 中 上
であれば、
④ 二 一
に対して、
④ 下 中 上 
は、「別の、返り点」であるため、
④ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 二 一 地 天
に於ける、
④ 二 一
④ 下 中 上
④ 丙 乙 甲
④ 二 一
④ 人 地 天
の場合は、
③ 下から上へ返る。
だけであって、
③ 上から下へ返る。
といふことが無い。
そのため、
(37)
一二点は無限にあるから、どんなに複雑な構文が出現しても対応できる。実際、一二点しか施していないものも過去にはあった(ブログ:困窮庵日乗)。
としても、
(c)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 十一 十二 十三 ・ ・ ・ ・ ・
だけからなる「返り点」は、「極めて、読みにくい」。
(38)
(c)一レ & 一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(d)上レ & 上 下 中
(e)甲レ & 甲 乙 丙 丁 戊 ・ ・ ・ ・ ・
(f)天レ & 天 地 人
の四つは、
② 使籍誠不以畜妻憂飢乱心有財以済医=
② 籍をして誠に妻を畜ひ飢ゑを憂ふるを以て心を乱さず財有りて以て薬を済(な)さ使む。
④ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱良心有財以済医薬=
④ 籍をして誠に妻子を畜ひ飢寒を憂ふるを以て良心を乱さず財有りて以て医薬を済(な)さ使む。
がそうであるやうに、
(a)を「挟んで返る」場合に、(c)を用ゐ、
(c)を「挟んで返る」場合に、(d)を用ゐ、
(d)を「挟んで返る」場合に、(e)を用ゐ、
(e)を「挟んで返る」場合に、(f)を用ゐます。
ただし、
(39)
(a)レ
(c)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
を挟んで、
(d)上 下
(d)上 中 下
を用ゐようとする時に、
(d)上 中 下
の三つでは「足りない」場合は、
⑤ 知我不羞小節而恥功名不常顕于天下也=
⑤ 我の小節を羞ぢずして功名の必ずしも天下に顕(あら)はれざるを恥づるを知ればなり。
がそうであるやうに、已むを得ず、
⑤ 囗 レ 二 一 囗 下 中 上
ではなく、
⑤ 戊 レ 二 一 丁 丙 乙 甲
を用ゐます。
従って、
(40)
⑤ 知我不羞小節而恥功名不常顕于天下也=
⑤ 我の小節を羞ぢずして功名の必ずしも天下に顕(あら)はれざるを恥づるを知ればなり。
から、
⑤ 常 の「一字」を除くと、
⑥ 知我不羞小節而恥功名不顕于天下也=
⑥ 我の小節を羞ぢずして功名の天下に顕(あら)はれざるを恥づるを知ればなり。
となって、「返り点」は、
⑤ 戊 レ 二 一 丁 丙  乙 甲 から、
⑥ 下 レ 二 一 中 上レ 二 一 に、変はります。
(41)
⑦ 恐衆狙之不馴_己。
⑧ 恐衆狙之不馴於己。
に於いて、
⑧       於
は、「置き字」なので、読みません。
そのため、
(42)
「書き下し文」は、両方とも、
⑦ 衆狙の己に馴れざるを恐る。
⑧ 衆狙の己に馴れざるを恐る。
という風に、「同じ」になります。
ただし、
(43)
(a)レ点  は、「一字だけ上の字に返る」際に用ゐる。
(b)一レ  は、「一字だけ上に返り、更に、二字以上、上の字に返る」際に用ゐる。
(b)一レ  は、「一二点や、上下点」等と、「合はせて」用ゐることが出来る。
(c)一二点 は、「二字以上、上の字に返る」際に用ゐる。
といふことから、
⑦ 恐衆狙之不馴_己。
⑧ 恐衆狙之不馴於己。
の「返り点」は、
⑦ 二 一レ レ
⑧ 二 一レ 二 一
といふことになり、「同じ」にはなりません。
然るに、
(44)
(c)一二点 は、「二字以上、上の字に返る」際に用ゐる。
といふことから、
⑨ 恐衆狙之不必馴於己。
⑨ 衆狙の常には己に馴れざるを恐る。
の「返り点」は、
⑨ 四 三 二 一
になります。
従って、
(43)(44)により、
(45)
(c)一二点 は、「二字以上、上の字に返る」際に用ゐる。
といふ「ルール」を、
(c)一二点 は、「一字以上、上の字に返る」際に用ゐる。
といふ「ルール」に「変更」すれば、
⑦ 恐衆狙之不_馴_己。
⑧ 恐衆狙之不_馴於己。
⑨ 恐衆狙之不必馴於己。
の「返り点」は、三つとも、
⑦ 四 三 二 一
⑧ 四 三 二 一
⑨ 四 三 二 一
といふ風に、「同じ」になります。
従って、
(46)
「初学者」の方であれば、取りあへず、
⑦ 恐衆狙之不馴己。
⑧ 恐衆狙之不馴於己。
⑨ 恐衆狙之不必馴於己。
に対して、
⑦ 四 三 二 一
⑧ 四 三 二 一
⑨ 四 三 二 一
といふ「返り点」を打ってみて、その上で、
(a)レ   は、「一字だけ上の字に返る」際に用ゐる。
(b)一レ  は、「一字だけ上に返り、更に、二字以上、上の字に返る」際に用ゐる。
(b)一レ  は、「一二点や、上下点」等と、「合はせて」用ゐることが出来る。
(c)一二点 は、「二字以上、上の字に返る」際に用ゐる。
といふ「(煩雑な)ルール」から「判断」して、
⑦ 恐衆狙之不馴己。
⑧ 恐衆狙之不馴於己。
⑨ 恐衆狙之不必馴於己。
の「返り点」としては、
⑦ 二 一レ レ
⑧ 二 一レ 二 一
⑨ 四 三  二 一
が「正しい」といふことを、「導き出す」ことを、勧めます。
(47)
「返り点」は、
(g)│(ハイフン)
の、「左側」に付きます。
(48)
(g)│(ハイフン) は、
⑩ 三‐分天下=
⑩ 天下を三‐分す。
がそうであるやうに、
(g)「返る先の語」に限って、それが「熟語(WORD)」であることを、示してゐます。
従って、
(49)
三分 も、
天下 も、両方とも「熟語」ではあっても、
三分 の方は、三-分 となり、
天下 の方は、天-下 にはなりません。
(50)
「漢文のすすめ、原田種成、1992年、112頁」を参考にすると、
⑪ 知所‐以治人=
⑪ 人を治める所以を知る。
の「返り点」は、
 三 
 二│ 
 一
 レ
とするのが、「一般的」であるやうです。
ところが、
(51)
「中西 清 (著)、月洞 譲 (著)、漢文公式と問題正解法 (1967年) 、12頁」に於いて、
⑫ 知所‐以治人=
⑫ 人を治める所以を知る。
の「返り点」は、
 レ
 二│
 一
 レ
とされてゐます。
(52)
⑬ 夫庸知其年之 先‐後‐生 於吾乎=
⑬ 夫(そ)れ庸(なん)ぞ其の年の先-後-生なるを知らんや。
に於ける「先‐後‐生(三文字熟語)」は、「三省堂、明解古典学習シリーズ20、1973年、50頁」を見る限り、(21)で示した通りになってゐます。
(53)
⑭ 未嘗不 嘆‐息‐痛‐恨 於桓霊也=
⑭ 未だ嘗て桓霊に 嘆‐息‐痛‐恨せ ずんばあらざるなり。
に於ける「嘆‐息‐痛‐恨(四文字熟語)」は、「三省堂、明解古典学習シリーズ20、1973年、12頁」を見る限り、(19)で示した通りになってゐます。
従って、
(54)
 歎
二│
 息
 痛
三│
 恨
のように、「返り点」を打つと、
(02)で確認した、
「返り点」は、
「下から上へ返る点」であって、
「上から下へ返る点」ではありません。
といふ「原則」に「違反する」ものの、「四文字熟語」は、「例外」である。といふことに、なります。
(55)
(2)「未」は「未ダ~ズ」とよみ、「まだ~しない」の意で、「尚不」と同じである。
(中澤希男、澁谷玲子、漢文訓読の基礎、1985年、90頁)
従って、
(55)により、
(56)
⑮ 未_知可否=
⑮ 尚不知可否=
⑮ いまだ可否を知らず。
である。
従って、
(56)により、
(57)
⑮ 未知可否=
⑮ いまだ可否を知らず。
の場合は、「最初」に、
⑯ 尚不 の、
⑯ 尚  を、
⑯ いまだ と読み、「レ点」で戻って来た時に、
⑯  不 を
⑯ ず と読んでゐる。
従って、
(48)(57)により、
(58)
⑩ 三‐分 は、「二字」で「一語(WORD)」 であり、
⑮ 未   は、「一字」で「二語(WORDS)」である。
(59)
[句法]
* 盍囗 再読文字で、音カフ。「何不」が合わさったもの。「何不囗」と同じ。
(三省堂、明解古典学習シリーズ16、1973年、16頁)
従って、
(60)
⑰ 盍言爾志=
⑰ 盍ぞ各々爾(なんじ)の志を言はざる。
に於ける、
⑰ 盍=何不 こそは、「一字」で「二語(WORDS)」である。
(61)
① 非不読書=
① 書を読まざるに非ず。
⑱ 非不読書=
⑱ 書を読まざるに非ず。
であるが故に、
レ=四
レ=三
レ=二
 =一 
である。
然るに、
(62)
四=レ
三=レ
二=レ
一=
に於いて、「右辺」の方が、「左辺」よりも、「簡単」である。
従って、
(63)
「レ点」は、「一二点」等に対する、「省略形」であって、特に、
四=レ
三=レ
二=レ
一= 
のやうな場合の、「一番下のそれ」は、「完全に省略」される結果として「書かれない」とする。
従って、
(62)(63)により、
(64)
 レ点を含め、「返り点」は「返り点の、上の字の、左下」についてゐる。
従って、
(65)
私自身は、「レ点は下の字に属して左肩につけ、その他の一二点などは字の左下につける(原田種成、私の漢文講義、1995年、41頁)。」といふ風には、考へません。
(66)

とのことですが、「画像」にある通り、
(A)欲取捨之=之を取捨せんと欲す。
(B)欲取捨之=之を取捨せんと欲す。
に於いて、「取捨」には、「ハイフン」が付いてゐません。
従って、
(67)
ハイフォンはなくとてもかまわない(二畳庵主人、漢文法基礎、1977年、31頁)。
といふことになるものの、「試験の際」にどうかと。といふことは、別の問題である。と、思はれます。
(68)
(c)一二点 は、「二字以上、上の字に返る」際に用ゐる。
(d)上下点 は、「二字以上、上の字に返る」際に用ゐる。
(e)甲乙点 は、「二字以上、上の字に返る」際に用ゐる。
(d)天地点 は、「二字以上、上の字に返る」際に用ゐる。
といふ「ルール」を、
(c)一二点 は、「一字以上、上の字に返る」際に用ゐる。
(d)上下点 は、「一字以上、上の字に返る」際に用ゐる。
(e)甲乙点 は、「一字以上、上の字に返る」際に用ゐる。
(d)天地点 は、「一字以上、上の字に返る」際に用ゐる。
とした上で、
(c)を「挟んで返る」場合に、(d)を用ゐ、
(d)を「挟んで返る」場合に、(e)を用ゐ、
(e)を「挟んで返る」場合に、(f)を用ゐ、
(e)を「挟んで返る」場合に、(f)を用ゐる。
とするならば、
(a)レ
(b)一レ 上レ 甲レ 天レ
(c)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(d)上 下 中
(e)甲 乙 丙 丁 戊 ・ ・ ・ ・ ・
(f)天 地 人
に於いて、
(a)レ
(b)一レ 上レ 甲レ 天レ
は、「不要」になります。
(69)
(21)に於いて、「レ点」を含んでゐる「返り点」を、
(c)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(d)上 下 中
(e)甲 乙 丙 丁 戊 ・ ・ ・ ・ ・
(f)天 地 人
だけを使って書き直すと、次のやうに、なります。
(70)

(71)
大学生に返り点を打たせると、レ点の原則違反から生じる誤りが大半をしめます(古田島洋介、これならわかる返り点、2009年、60頁)。
とあるため、(70)に対して、「レ点」を加へることが出来れば、「大半の誤り」は、防ぐことが出来る。といふ、ことになります。
(72)
「返り点」は、「合理的」には出来てゐません。
しかしながら、「特別に難しい」。といふわけでも、ありません。
平成28年03月31日、毛利太。

  ― 関連サイト ―
(01)『括弧』と『返り点』と「白話文」。 :http://kannbunn.blogspot.com/2016/04/blog-post_34.html
(02)『括弧・返り点』の研究(Ⅱ)。   :http://kannbunn.blogspot.com/2016/04/blog-post_24.html
(03)『括弧・返り点』の研究(Ⅲ)。   :http://kannbunn.blogspot.com/2016/05/blog-post_5.html
(04)「返り点」と「括弧」と「補足構造」。:http://kannbunn.blogspot.com/2016/05/blog-post_39.html

2016年3月30日水曜日

「述語論理」は「訓読」出来ます。

(01)
① 犬の頭であるといふのであれば、その頭は、当然、牛や馬の頭であるべきではない。
といふ「言ひ方」は、
① 如犬有頭其頭不当為牛馬頭。
といふ風に、書くことが出来る。
(02)
② 犬の頭は牛の頭ではないし馬の頭でもない。
② Anything that is a head of a dog is not a head of an bull or a head of a horse.
に対する「述語論理」は、
② ∀x{∃y〔犬(y)&頭(xy)〕→~[∃y〔牛(y)∨馬(y)&頭(xy)〕]}
といふ風に、書くことが出来る。
(03)
① 如犬有頭其頭不当為牛馬頭=
① 如犬有(頭)其頭不[当〔為(牛馬頭)〕]。
に於いて、
① 左から右へ読むものの、その「右側」が、[〔( と接してゐる限り、より内側の[〔( )〕]の中を、先に読む。
然るに、
(04)
① 如犬有(頭)其頭不[当〔為(牛馬頭)〕]。
に於いて、
① 左から右へ読むものの、その「右側」が、[〔( と接してゐる限り、より内側の[〔( )〕]の中を、先に読む。
のであれば、
 1= 如
 2= 犬
の次は、
 3= 有
ではなく、
 3=(頭)
であり、その次が、
 4= 有
である。
従って、
(03)(04)により、
(05)
① 如犬有頭其頭不当為牛馬頭=
① 如犬有(頭)其頭不[当〔為(牛馬頭)〕]。
に於いて、
① 左から右へ読むものの、その「右側」が、[〔( と接してゐる限り、より内側の[〔( )〕]の中を、先に読む。
とすると、「結果」として、
有( )⇒( )有
為( )⇒( )為
当〔 〕⇒〔 〕可
不[ ]⇒[ ]不
といふ「倒置」が成立し、それ故、
① 如犬有頭其頭不当為牛馬頭=
① 如犬有(頭)其頭不[当〔為(牛馬頭)〕]⇒
① 如犬(頭)有其頭[当〔(牛馬頭)為〕可]不。
といふ「語順」を、得ることになる。
(06)
② ∀x{∃y〔犬(y)&頭(xy)〕→~[∃y〔牛(y)∨馬(y)&頭(xy)〕]}
に於いて、
② 左から右へ読むものの、その「右側」が、{[〔( と接してゐる限り、より内側の{[〔( )〕]}の中を、先に読む。
とすると、「結果」として、
 犬( )⇒( )犬
 頭( )⇒( )頭
∃y〔 〕⇒〔 〕∃y 
 牛( )⇒( )牛
 馬( )⇒( )馬
 頭( )⇒( )頭
∃y〔 〕⇒〔 〕∃y
 ~[ ]⇒[ ]=
∀x{ }⇒{ }∀x
といふ「倒置」が成立し、それ故、
② {〔(y)犬&(xy)頭〕∃y→[〔(y)牛∨(y)馬&(xy)頭〕∃y]~}∀x
といふ「語順」を、得ることになる。
然るに、
(07)
「記号」などというものは歴史的経緯や何やらの「人間的な事情」に依存して決まっている便宜的なものにすぎず、数学の本質そのものではない。そして、現在一般的に使われている数学の記号は欧米起源のものなので、日本語とは「すれ違う」側面がある、というだけである。実際に、a+bの代わりに、日本語の「aとbを足す」という表現に応じて、ab+という記号で足し算を表しても支障はない。「ab+なんて思いっきりヘン」と感じるかもしれないが、それは「慣れていないだけ」である。その証拠に、ab+のような「日本語の語順に応じた記号」の体系が構成されていて、それが有益であることが実証されている。
(中島匠一、集合・写像・論理、2012年、190頁)
従って、
(06)(07)により、
(08)
② ∀x{∃y〔犬(y)&頭(xy)〕→~[∃y〔牛(y)∨馬(y)&頭(xy)〕]}
といふ「述語論理」は、
② {〔(y)犬&(xy)頭〕∃y→[〔(y)牛∨(y)馬&(xy)頭〕∃y]~}∀x
といふ「述語論理」に等しい。
(09)
① 如犬(頭)有其頭[当〔(牛馬頭)為〕可]不=
① 如し犬に頭有らば、其の頭は当に牛馬の頭為るべからず。
といふ風に、「読むこと」が出来る。
(10)
    ~=ではない。
    ∨=または、
    &=尚且つ、
    →=ならば、
  ( )=といふ
   ∃x=そのやうなxが存在する。
   ∀x=ことは、全てのxに於いて、正しい。
P(x) =xはPである。
P(xy)=xはyに対してPである。
として、
② ∀x{∃y〔犬(y)&頭(xy)〕→~[∃y〔牛(y)∨馬(y)&頭(xy)〕]}=
② {〔(yは)犬であって、尚且つ、(xはyの)頭である。〕といふ、そのやうなyが存在する。のであれば、[〔(yは)牛であるか、または、(yは)馬であり、尚且つ、(xはyの)頭である。〕といふ、そのやうなyが存在し]ない。}といふことは、全てのxに於いて、正しい。
といふ風に、「読むこと」が出来る。
然るに、
(11)

(12)
① 如犬有(頭)其頭不[当〔為(牛馬頭)〕]⇒
① 如犬(頭)有其頭[当〔(牛馬頭)為〕可]不。
② ∀x{∃y〔犬(y)&頭(xy)〕→~[∃y〔牛(y)∨馬(y)&頭(xy)〕]}⇒
② {〔(y)犬&(xy)頭〕∃y→[〔(y)牛∨(y)馬&(xy)頭〕∃y]~}∀x。
に対する「返り点」は、
① レ レ レ 二 一
② 下│ 三│ レ 二 一 上レ 三│ レ レ 二 一
である。
従って、
(13)
① 如犬有頭其頭不当為牛馬頭=
① 如犬有(頭)其頭不[当〔為(牛馬頭)〕]⇒
① 如犬(頭)有其頭[当〔(牛馬頭)為〕可]=
① 如し犬に頭有らば、其の頭は当に牛馬の頭為るべからず。
といふ風に読むことを、「訓読」とするのであれば、
② ∀x{∃y〔犬(y)&頭(xy)〕→~[∃y〔牛(y)∨馬(y)&頭(xy)〕]}⇒
② {〔(y)犬&(xy)頭〕∃y→[〔(y)牛∨(y)馬&(xy)頭〕∃y]~}∀x=
② {〔(yは)犬であって、尚且つ、(xはyの)頭である。〕といふ、そのやうなyが存在する。のであれば、[〔(yは)牛であるか、または、(yは)馬であり、尚且つ、(xはyの)頭である。〕といふ、そのやうなyが存在し]ない。}といふことは、全てのxに於いて、正しい。
といふ風に読むことも、「訓読」である。
従って、
(14)により、
(15)
② ∀x{∃y〔犬(y)&頭(xy)〕→~[∃y〔牛(y)∨馬(y)&頭(xy)〕]}=
② {〔(yは)犬であって、尚且つ、(xはyの)頭である。〕といふ、そのやうなyが存在する。のであれば、[〔(yは)牛であるか、または、(yは)馬であり、尚且つ、(xはyの)頭である。〕といふ、そのやうなyが存在し]ない。}といふことは、全てのxに於いて、正しい。
といふ「読み方」は、「述語論理訓読」である。
平成28年03月31日、毛利太。

2016年3月23日水曜日

述語論理訓読、漢文訓読(Ⅲ)。

―「03月21日の記事」を書き直します。―
(01)
① ∀y∃x親(xy)
② ∀y∃x親(yx)
③ ∃y∀x親(yx)
④ ∃y∀x親(xy)
然るに、
(02)
括弧は曖昧さがない場合は適当に省略される(赤間世紀、AIプログラミング、2008年、13頁)。
むやみに括弧が多くなることは我慢でないのである(E.J.レモン、論理学初歩、1973年、59頁)。
括弧は、論理演算子のスコープ(scope)を明示する働きを持つ。スコープは、論理演算子の働きが及ぶ範囲のことをいう(産業図書、数理言語学辞典、2013年、四七頁:命題論理、今仁生美)。
従って、
(01)(02)により、
(03)
① ∀y(∃x(親(xy)))
② ∀y(∃x(親(yx)))
③ ∃y(∀x(親(yx)))
④ ∃y(∀x(親(xy)))
然るに、
(04)
① ∀y(∃x(親(xy)))
② ∀y(∃x(親(yx)))
③ ∃y(∀x(親(yx)))
④ ∃y(∀x(親(xy)))
に於いて、「左から右へ読むものの、その右側が、( )と接してゐる限り、より内側の( )の中を、先に読むことにする」。
従って、
(01)~(04)により、
(05)
① ∀y∃x親(xy)
② ∀y∃x親(yx)
③ ∃y∀x親(yx)
④ ∃y∀x親(xy)
といふ「述語論理」は、
① ∀y(∃x(親(xy)))
② ∀y(∃x(親(yx)))
③ ∃y(∀x(親(yx)))
④ ∃y(∀x(親(xy)))
といふ「述語論理」と、
① (((xy)親)∃x)∀y
② (((yx)親)∃x)∀y
③ (((yx)親)∀x)∃y
④ (((xy)親)∀x)∃y
といふ「述語論理」に等しい。
然るに、
(06)
  ~=ではない。
  ∨=または、
  &=尚且つ、
  →=ならば、
( )=といふ
 ∃x=そのやうなxが存在する。
 ∀x=ことは、全てのxに於いて、正しい。
といふ風に、読むことにする。
従って、
(05)(06)により、
(07)
① ∀y∃x親(xy)
② ∀y∃x親(yx)
③ ∃y∀x親(yx)
④ ∃y∀x親(xy)
といふ「述語論理」に対して、「括弧」を用ゐて、
① (((xy)親)∃x)∀y=
① (((xはyの)親である。)といふ、そのやうなxが存在する。)といふことは、全てのyに於いて、正しい。
② (((yx)親)∃x)∀y=
② (((yはxの)親である。)といふ、そのやうなxが存在する。)といふことは、全てのyに於いて、正しい。
③ (((yx)親)∀x)∃y=
③ (((yはxの)親である。)といふことが、全てのxに於いて、正しい。)といふ、そのやうなyが存在する。
④ (((xy)親)∀x)∃y=
④ (((xはyの)親である。)といふことが、全てのxに於いて、正しい。)といふ、そのやうなyが存在する。
といふ風に、読むことにする。
然るに、
(08)
① (((xy)親)∃x)∀y=
① (((xはyの)親である。)といふ、そのやうな親xが存在する。)といふことは、全てのyに於いて、正しい。
といふことは、
① 全てのyには、親であるxがゐる。
といふことである。
(09)
② (((yx)親)∃x)∀y=
② (((yはxの)親である。)といふ、そのやうなxが存在する。)といふことは、全てのyに於いて、正しい。
といふことは、①とは「逆」に、
② 全てのyには、子であるxがゐる。
といふことである。
(10)
③ (((yx)親)∀x)∃y=
③ (((yはxの)親である。)といふことが、全てのxに於いて、正しい。)といふ、そのやうなyが存在する。
といふことは、
③ 全てのxの親はyである。
といふことである。
(11)
④ (((xy)親)∀x)∃y=
④ (((xはyの)親である。)といふことが、全てのxに於いて、正しい。)といふ、そのやうなyが存在する。
といふことは、③とは「逆」に、
④ 全てのxの子はyである。
といふことである。
従って、
(08)~(11)により、
(12)
① 全てのyには、親であるxがゐる。
② 全てのyには、子であるxがゐる。
③ 全てのxの親はyである。
④ 全てのxの子はyである。
然るに、
(13)
「xとy」は、この場合は、「人間」である。
従って、
(12)(13)により、
(14)
① 全ての人には、親であるxがゐる。
② 全ての人には、子であるxがゐる。
③ 全ての人の親はyである。
④ 全ての人の子はyである。
然るに、
(15)
① 全ての人には、親であるxがゐる(た)。
といふ「命題」は「真(本当)」であるが、
② 全ての人には、子であるxがゐる。
といふのは、「明らかに例外のある一般化である(E.J.レモン、論理学初歩、1973年、126頁)」。
(16)
③ 全ての人の親はyである。
といふのであれば、「ある人はすべての人の親であるという、明らかに偽なることを主張しており、また
④ 全ての人の子はyである。
は、ある人がすべての人を親としてもつということ主張しているが、これはなさら明らかに偽である(E.J.レモン、論理学初歩、1973年、126頁)」。
従って、
(15)(16)により、
(17)
① ∀y(∃x(親(xy)))=
① (((xはyの)親である。)といふ、そのやうなxが存在する。)といふことは、全てのyに於いて、正しい。
② ∀y(∃x(親(yx)))=
② (((yはxの)親である。)といふ、そのやうなxが存在する。)といふことは、全てのyに於いて、正しい。
③ ∃y(∀x(親(yx)))=
③ (((yはxの)親である。)といふことが、全てのxに於いて、正しい。)といふ、そのやうなyが存在する。
④ ∃y(∀x(親(xy)))=
④ (((xはyの)親である。)といふことが、全てのxに於いて、正しい。)といふ、そのやうなyが存在する。
といふ「解釈」は、正しい。
然るに、
(18)
「xとy」は、「変数(仮の名前)」であるため、
① 全ての人には、親であるxがゐる。
② 全ての人には、子であるxがゐる。
③ 全ての人の親はyである。
④ 全ての人の子はyである。
といふ「言ひ方」は、
① 全ての人には、親であるyがゐる。
② 全ての人には、子であるyがゐる。
③ 全ての人の親はxである。
④ 全ての人の子はxである。
といふ「言ひ方」と、「同じこと」である。
従って、
(18)により、
(19)
② ∀y(∃x(親(yx))) は、
② ∀x(∃y(親(xy))) と、「同じこと」である。
然るに、
(15)(16)により、
(20)
② ∀y(∃x(親(yx))) と、
④ ∃y(∀x(親(xy))) は、「同じ」ではない。
従って、
(19)(20)により、
(21)
② ∀x(∃y(親(xy))) と、
④ ∃y(∀x(親(xy))) は、「同じ」ではない。
従って、
(22)
述語論理
www.brl.ntt.co.jp/people/fujita/2012ai/materials/AI06.pdf
の「書き方」に合はせるならば、
② ∀x∃yp(x,y) と、
④ ∃y∀xp(x,y) は、「同じ」ではない。
然るに、
(23)
藤田(fujita)氏は、
② ∀x∃yp(x,y) 
④ ∃y∀xp(x,y)
といふ「述語論理」を、
② すべてのxについて、それぞれp(x,y)であるようなxが存在する。
④ あるyが存在し、そのyに対してすべてのxについてp(x,y)である。
といふ風に、読んでゐる。
従って、
(24)
② ∀x(∃y(P(xy)))=
② (((xはyに対して)Pである。)といふ、そのやうなyが存在する。)といふことは、全てのxに於いて、正しい。
④ ∃y(∀x(P(xy)))=
④ (((xはyに対して)Pである。)といふことが、全てのxに於いて、正しい。)といふ、そのやうなyが存在する。
といふ「読み方」は、普通は、なされない。
然るに、
(25)
② ∀x∃yP(xy)=
② ∀x[∃y〔P(xy)〕]
に於いて、
 P( )⇒( )P
∃y〔 〕⇒〔 〕∃y
∀x[ ]⇒[ ]∀x
といふ「倒置」を行ふと、
② ∀x[∃y〔P(xy)〕]⇒
② [〔(xy)P〕∃y]∀x=
② [〔(xはyに対して)Pである〕といふ、そのようなyが存在する。]といふことは、全てのxに於いて、正しい。
といふ「読み方」が、成立する。
然るに、
(26)
② 非不読漢文=
② 非[不〔読(漢文)〕]
読( )⇒( )読
不〔 〕⇒〔 〕不
非[ ]⇒[ ]非
といふ「倒置」を行ふと、
② 非[不〔読(漢文)〕]⇒
② [〔(漢文)読〕不]非=
② [〔(漢文を)読ま〕不る]非ず。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
然るに、
(27)
② ∀y∃x親(yx)=
② take any y:then there is x such that y is parent of x(Beginning Logic by E.J. Lemmon,1965年、99頁改).
であるため、
② ∀y∃x親(yx)
のオリジナルは、「英語」である。
従って、
(05)(24)~(27)により、
(28)
② ∀y∃x親(yx)=
② take any y:then there is x such that y is parent of x.
といふ「読み方」に対して、
② ∀x[∃y〔P(xy)〕]⇒
② [〔(xy)P〕∃y]∀x=
② [〔(xはyに対して)Pである〕といふ、そのようなyが存在する。]といふことは、全てのxに於いて、正しい。
といふ「読み方」を、「述語論理訓読」と呼ぶことにする。
従って、
(29)
⑤ ∃x[少女(x)&∀y〔少年(y)→愛(yx)〕]⇒
⑤ [(x)少女&〔(y)少年→(yx)愛〕∀y]∃x=
⑤ [(xは)少女であって、尚且つ、〔(yが)少年であるならば、(yはxを)愛する。〕といふことが、全てのyに於いて、正しい。]といふ、そのやうなxが存在する。
といふ「読み方」は、「述語論理訓読」である。
(30)
⑥ ∀x[少年(x)→∃y〔少女(y)&愛(xy)〕]⇒
⑥ [(x)少年→〔(y)少女&(xy)愛〕∃y]∀x=
⑥ [(xが)少年であるならば、〔(yは)少女であって、尚且つ、(xはyを)愛する。〕といふ、そのやうなyが存在する。]といふことは、全てのxに於いて、正しい。
といふ「読み方」は、「述語論理訓読」である。
(31)
⑦ ∀x[∃y〔馬(y)&頭(xy)〕→∃y〔動物(y)&頭(xy)〕]⇒
⑦ (((y)馬&(xy)頭)∃y→〔(y)動物&(xy)頭〕∃y)∀x=
⑦ [〔(yは)馬であって、尚且つ、(xはyの)頭である。〕といふ、そのやうなyが存在する。のであれば、〔(yは)動物であって、尚且つ、(xはyの)頭である。〕といふ、そのやうなyが存在する。]といふことは、全てのxに於いて、正しい。
といふ「読み方」は、「述語論理訓読」である。
cf.
⑦ 馬の頭は、必ず、動物の頭である=
⑦ 馬に頭が有るならば、その頭は動物の頭である=
⑦ xが或る馬の頭であるならば、xは或る動物の頭である。といふことに、例外は無い=
⑦ xが或る馬の頭であるならば、xは或る動物の頭である。といふことは、全てのxに於いて、正しい=
⑦ Anything that is a head of a horse is a head of an animal(Beginning Logic by E.J. Lemmon,1965年、131頁).


然るに、
(32)
⑤ ∃x[少女(x)&∀y〔少年(y)→愛(yx)〕]
といふ「述語論理」は、
⑤ 少女為全少年所愛=
⑤ 少女為〔全少年所(愛)〕⇒
⑤ 少女〔全少年(愛)所〕為=
⑤ 少女〔全少年の(愛する)所と〕為る=
⑤ 全ての少年が愛してゐる所の少女が存在する。
といふ「漢文」に相当する。
(33)

⑥ ∀x[少年(x)→∃y〔少女(y)&愛(xy)〕]
といふ「述語論理」は、
⑥ 少年皆有其所愛少女=
⑥ 少年皆有〔其所(愛)少女〕⇒
⑥ 少年皆〔其(愛)所少女〕有=
⑥ 少年皆〔其の(愛する)所の少女〕有り=
⑥ 全ての、それぞれの少年には、愛してゐる所の少女がゐる。
といふ「漢文」に相当する。
(34)
⑦ ∀x[∃y〔馬(y)&頭(xy)〕→∃y〔動物(y)&頭(xy)〕]
といふ「述語論理」は、例へば、
⑦ 如馬有頭則其頭当為動物頭=
⑦ 如馬有(頭)則其頭当〔為(動物頭)〕⇒
⑦ 如馬(頭)有則其頭当〔(動物頭)為〕=
⑦ 如し馬に(頭)有らば則ち其の頭は当に〔(動物の頭)為る〕べし=
⑦ もし馬に頭が有るならば、その頭は当然、動物の頭でなければならない。
といふ「漢文」に相当する。
従って、
(28)~(34)により、
(35)
「漢文訓読」が可能であるやうに、「述語論理訓読」も可能である。
「述語論理訓読」が可能であるやうに、「漢文訓読」も可能である。
然るに、
(36)
同じ意味内容ものが修辞とか倒置法とかによっていろいろの形態で表現されうるが、論理学では、表現形態が相異なったいくつかの文が同じ意味内容を示すかぎり、それらを同一の命題としてとりあつかう、また日本語で表わそうと外国語で書こうと、同一の主張内容を示すかぎり、同一の命題と見なされる(上田泰治、論理学、1967年、40頁)。
従って、
(35)(36)により、
(37)
⑧ ∀x{∃y〔馬(y)&頭(xy)〕→~[∃y〔牛(y)&頭(xy)〕]}⇒
⑧{〔(y)馬&(xy)頭〕∃y→[〔(y)牛&(xy)頭〕∃y]~} ∀x=
⑧{〔(yは)馬であって、尚且つ、(xはyの)頭である。〕といふ、そのやうなyが存在する。のであれば、[〔(yは)牛であって、尚且つ、(xはyの)頭である。〕といふ、そのやうなyは存在し]ない。}といふことは、全てのxに於いて、正しい。
といふ「述語論理訓読」を行ふことには、何らの「問題」も無い。
従って、
(38)
⑧ ∀x{∃y〔馬(y)&頭(xy)〕→~[∃y〔牛(y)&頭(xy)〕]}⇒
⑧{〔(y)馬&(xy)頭〕∃y→[〔(y)牛&(xy)頭〕∃y]~} ∀x=
⑧{〔(yは)馬であって、尚且つ、(xはyの)頭である。〕といふ、そのやうなyが存在する。のであれば、[〔(yは)牛であって、尚且つ、(xはyの)頭である。〕といふ、そのやうなyが存在し]ない。}といふことは、全てのxに於いて、正しい。
といふ「述語論理訓読」を行ふことが、「正しい」のであれば、
⑧ 如馬有頭則其頭不当為牛頭=
⑧ 如馬有(頭)則其頭不[当〔為(牛頭)〕]⇒
⑧ 如馬(頭)有則其頭[当〔(牛頭)為〕]不=
⑧ 如し馬に(頭)有らば則ち其の頭は[当に〔(牛の頭)為る〕べから]不。
⑧ もしも馬に頭が有るのであれば、その頭は、当然、牛の頭であるべきではない。
といふ「漢文訓読」を行ふことにも、何らの「問題」も無い。
然るに、
(39)
如=J
馬=B
有=Y
頭=Z
則=S
其=K
頭=Z
不=F
当=T
為=W
動=A
物=R
頭=Z
とすれば、
⑦ 如馬有頭則其頭不当為動物頭=
⑦ JBYZSKZFTWARZ。
である。
従って、
(40)
⑦ 如馬有頭則其頭不当為動物頭=
⑦ JBYZSKZ不TWARZ。
であることから、「漢文」は、「xやy」といふ「変数」を必要としない、「述語論理(のやうな言語)」である。
従って、
(38)(40)により、
(41)
「漢文」は、固より、「述語論理」のやうな「言語」である。と、するならば、
数年前、ある言語学教育関連の新聞の連載のコラムに、西洋文化研究者の発言が載せられていた。誰もが知る、孟浩然の『春眠』「春眠暁を覚えず・・・・・・」の引用から始まるそのコラムでは、なぜ高校の教科書にいまだに漢文訓読があるのかと疑問を呈し、「返り点」をたよりに「上がったり下がったりしながら、シラミつぶしに漢字にたどる」読み方はすでに時代遅れの代物であって、早くこうした状況から脱するべきだと主張する。「どこの国に外国語を母国語の語順で読む国があろう」かと嘆く筆者は、かつては漢文訓読が中国の歴史や文学を学ぶ唯一の手段であり「必要から編み出された苦肉の知恵であった」かもしれないが、いまや中国語を日本にいても学べる時代であり「漢文訓読を卒業するとき」だと主張するのである(「訓読」論 東アジア漢文世界と日本語、中村春作・市來津由彦・田尻祐一郎・前田勉 共編、2008年、1頁)。
といふ具合に、「どこの国に外国語を母国語の語順で読む国があろう」かと、嘆く、必要は、無い。
(42)
大学(京都帝国大学)に入った二年め(昭和5年)の秋、倉石武四郎先生が中国の留学から帰られ、授業を開始されたことは、私だけではなく、当時の在学生に一大衝撃を与えた。先生は従来の漢文訓読を全くすてて、漢籍を読むのにまず中国語の現代の発音に従って音読し、それをただちに口語に訳することにすると宣言されたのである。この説はすぐさま教室で実行された。私どもは魯迅の小説集『吶喊』と江永の『音学弁徴』を教わった。これは破天荒のことであって、教室で中国の現代小説を読むことも、京都大学では最初であり、全国のほかの大学でもまだなかったろうと思われる(『心の履歴』、「小川環樹著作集 第五巻」、筑摩書房、176頁)。
然るに、
(43)
この辞典では、音韻論によって復元できる発音の姿を「上古(周・秦・漢)―中古(隋・唐)―中世(宋・元・明)―現代(北京式ローマ字綴りもそえた)」四段式に分けて、おもな親字につけた(学研漢和大辞典、1978年、編者のことば)。
従って、
(44)
「論語や孟子」を読むのにまず中国語の現代の発音に従って音読するのでなく、「上古(周・秦・漢)」で読むのであれば、分らないでもない。
(45)
① ∀y∃xP(xy)=
① take any y:then there is x such that x is parent of y.
に於いて、
① take any y:then there is x such that x is parent of y.
は「英語」であるが、
① ∀y∃xP(xy)
は「英語」ではない。
然るに、
(46)
漢文はその発生の初めから知的に整理された中国の文章語で、紀元前の文献である『論語』や『孟子』のころにはすでに記載語として成立していた。その文章は当時の口語の煩雑さを整理して、より簡潔な形に凝集させたものである。― 中略 ―、このようにして文章語が口語よりもより簡潔な形であると意識されたとき、文章語は意識的に簡潔な上にも簡潔な方向へと自らを練り上げて行った。『論語』の文章はすでにその段階にあり、当時の口語とは相当の違いがあったと推察される(ウィキペディア:漢文)。
従って、
(45)(46)により、
(47)
① take any y:then there is x such that x is parent of y.
に対する、
① ∀y∃xP(xy)
といふ「述語論理」が、「英語」ではないやうに、
① 毎个人都有自己的父母(グーグル翻訳)。
に対する、
① 人皆有親。
といふ「漢文」は、「中国語(北京語)」ではない。
従って、
(41)~(47)により、
(48)
従来の漢文訓読を全くすてて、漢籍を読むのにまず中国語の現代の発音に従って音読し、それをただちに口語に訳することにする。
といふ「方法」が、「正しい方法」であるとは、私には、思へない。
平成28年03月23日、毛利太。

2016年3月20日日曜日

括弧、集合数、順序数、返り点。

―「03月19日の記事」を書き直します。―
(01)
管到というのは「上の語が、下のことばのどこまでかかるか」ということである。
(二畳庵主人、漢文法基礎、1984年、三八九頁)
然るに、
(02)
① 読(漢文)⇒
① (漢文)読=
① (漢文を)読む。
に於いて、
① 読 は、
① 漢文 といふ「2つの漢字」に係ってゐる。
(03)
② 不〔読(漢文)〕⇒
② 〔(漢文)読〕不=
② 〔(漢文を)読ま〕ず。
に於いて、
② 不 は、
② 読漢文 といふ「3つの漢字」に係ってゐる。
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
② 不読漢文。
に於いて、
② 読 の「管到」は、「2字」であり、
② 不 の「管到」は、「3字」である。
然るに、
(05)
K(囗)=N
と書いて、「囗 の管到は、N字である。」と、読むことにする。
従って、
(01)~(05)により、
(06)
③ 中野有不必求以解英文法解漢文者=
③ 12FD3C86457B9AE。
に於いて、
K(有)=K(F)=12
K(不)=K(D)=10
K(求)=K(C)= 8
K(以)=K(8)= 4
K(解)=K(6)= 2
K(解)=K(B)= 2
であるならば、
③ 中野有不必求以解英文法解漢文者=
③ 12FD3C86457B9AE=
③ 中野有〈不{必求[以〔解(英文)法〕解(漢文)]}者〉=
③ 12F〈D{3C[8〔6(45)7〕B(9A)]}E〉。
然るに、
(07)
③ 中野有不必求以解英文法解漢文者=
③ 12FD3C86457B9AE=
③ 中野有〈不{必求[以〔解(英文)法〕解(漢文)]}者〉=
③ 12F〈D{3C[8〔6(45)7〕B(9A)]}E〉。
に於いて、
6( )⇒( )6
8〔 〕⇒〔 〕8
B( )⇒( )B
C[ ]⇒[ ]C
D{ }⇒{ }D
F〈 〉⇒〈 〉F
といふ「倒置」を行ふと、
③ 12〈{3[〔6(45)7〕8(9A)B]C}DE〉F=
③ 中野〈{必[〔(英文)解法〕以(漢文)解]求}不者〉有=
③ 中野に必ずしも英文を解する法を以て漢文解せんことを求めざる者有り。
然るに、
(08)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、二九六頁)
従って、
(07)(08)により、
(09)
③ 中野有不必求以解英文法解漢文者=
③ 中野有〈不{必求[以〔解(英文)法〕解(漢文)]}者〉。
に於ける、
③       〈 {  [ 〔 (  ) 〕 (  )]} 〉
といふ「括弧」は、「管到」を表してゐて、尚且つ、「管到」は、「補足構造」に他ならない。
然るに、
(10)
③ 中野有不必求以解英文法解漢文者=
③ 12FD3C86457B9AE。
に於いて、
③ 12FD3C86457B9AE⇒
③ 123456789ABCDEF。
といふ「並び替へ(ソート)」を行ふと、
③ 中野有不必求以解英文法解漢文者=
③ 12FD3C86457B9AE⇒
③ 123456789ABCDEF=
③ 中野に必ずしも英文を解する法を以て漢文解せんことを求めざる者有り。
従って、
(07)(10)により、
(11)
③ 中野有不必求以解英文法解漢文者=
③ 12FD3C86457B9AE=
③ 中野有〈不{必求[以〔解(英文)法〕解(漢文)]}者〉=
③ 12F〈D{3C[8〔6(45)7〕B(9A)]}E〉⇒
③ 12〈{3[〔6(45)7〕8(9A)B]C}DE〉F=
③ 中野〈{必[〔(英文)解法〕以(漢文)解]求}不者〉有=
③ 中野に必ずしも英文を解する法を以て漢文解せんことを求めざる者有り。
に於ける、
③       〈 {  [ 〔 (  ) 〕 (  )]} 〉
③ 12F D 3C 8 6 45 7 B 9A   E
といふ「括弧」と「数」は、「管到」を表してゐて、尚且つ、「管到」は、「補足構造」に、他ならない。
然るに、
(12)
〔問題1〕
数字の順序で読めるように返り点を付けよ。
③ 12FD3C86457B9AE。
cf.

従って、
(11)(12)により、
(13)
③       〈 {  [ 〔 (  ) 〕 (  )]} 〉
③ 12F D 3C 8 6 45 7 B 9A   E
③   地 丁  丙 下 二  一 上 乙  甲   天
といふ「括弧」と「数」と「返り点」は、「管到」を表してゐて、尚且つ、「管到」は、「補足構造」に、他ならない。
然るに、
(14)
数は実際の使い方によって,ものの集まりの大きさ(集合の要素の数)を表す集合数(計量数)と,ある物の順番を表す順序数の2つがあります。
教科書では,前から4番目の人を指す順序数としての4と,前から4人を指す集合数としての4を取り上げ,その違いをはっきりさせています。
(Webサイト:集合数・順序数|算数用語集)
従って、
(14)により、
(15)
③ 1番 2番 15番 3番 13番 12番 8番 6番 4番 5番 7番 11番 9番 10番 14番
③ 1個 2個 15個 3個 13個 12個 8個 6個 4個 5個 7個 11個 9個 10個 14個
に於いて、「前者」は「順序数」であって、「後者」は「集合数」である。
従って、
(15)により、
(16)
例へば、
3=囗囗囗 といふ「集合数」は、
2=囗囗  といふ「集合数」と、
1=囗   といふ「集合数」を「含んでゐる」。
従って、
(16)により、
(17)
1=(囗)
2=(囗囗)
F=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)
D=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)
3=(囗囗囗)
C=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)
8=(囗囗囗囗囗囗囗囗)
6=(囗囗囗囗囗囗)
4=(囗囗囗囗)
5=(囗囗囗囗囗)
7=(囗囗囗囗囗囗囗)
B=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)
9=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗)
A=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)
E=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)
に於いて、
F=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)は、
E=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)から、
3=(囗囗囗)までの、「12個の集合数」を、「含んでゐる」。
(18)
D=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)
3=(囗囗囗)
C=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)
8=(囗囗囗囗囗囗囗囗)
6=(囗囗囗囗囗囗)
4=(囗囗囗囗)
5=(囗囗囗囗囗)
7=(囗囗囗囗囗囗囗)
B=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)
9=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗)
A=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)
に於いて、
D=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)は、
C=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)から、
3=(囗囗囗)までの、「10個の集合数」を、「含んでゐる」。
(19)
C=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)
8=(囗囗囗囗囗囗囗囗)
6=(囗囗囗囗囗囗)
4=(囗囗囗囗)
5=(囗囗囗囗囗)
7=(囗囗囗囗囗囗囗)
B=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)
9=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗)
A=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)
に於いて、
C=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)は、
B=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)から、
4=(囗囗囗囗)までの、「8個の集合数」を、「含んでゐる」。
(20)
8=(囗囗囗囗囗囗囗囗)
6=(囗囗囗囗囗囗)
4=(囗囗囗囗)
5=(囗囗囗囗囗)
7=(囗囗囗囗囗囗囗)
に於いて、
8=(囗囗囗囗囗囗囗囗)は、
7=(囗囗囗囗囗囗囗)から、
4=(囗囗囗囗)までの、「4個の集合数」を、「含んでゐる」。
(21)
6=(囗囗囗囗囗囗)
4=(囗囗囗囗)
5=(囗囗囗囗囗)
に於いて、
6=(囗囗囗囗囗囗)は、
5=(囗囗囗囗囗)から、
4=(囗囗囗囗)までの、「2個の集合数」を、「含んでゐる」。
(22)
B=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)
9=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗)
A=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)
に於いて、
B=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)は、
A=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗囗)から、
9=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗)までの、「2個の集合数」を、「含んでゐる」。
然るに、
(23)
S(囗)=N
と書いて、「囗 は、N個の集合数を含んでゐる。」と、読むことにする。
従って、
(05)(23)により、
(24)
K(囗)=N
と書いて、「囗 の管到は、N字である。」    と、読むことにする。
S(囗)=N
と書いて、「囗 は、N個の集合数を含んでゐる。」と、読むことにする。
従って、
(04)(11)(17)~(24)により、
(25)
③ 中野有不必求以解英文法解漢文者=
③ 12FD3C86457B9AE=
③ 中野有〈不{必求[以〔解(英文)法〕解(漢文)]}者〉。
に於いて、
K(F)=S(F)=12
K(D)=S(D)=10
K(C)=S(C)= 8
K(8)=S(8)= 4
K(6)=S(6)= 2
K(B)=S(B)= 2
である。
従って、
(26)
(11)(24)(25)により、
(27)
③ 中野有不必求以解英文法解漢文者=
③ 12FD3C86457B9AE=
③ 中野有〈不{必求[以〔解(英文)法〕解(漢文)]}者〉=
③ 12F〈D{3C[8〔6(45)7〕B(9A)]}E〉⇒
③ 12〈{3[〔6(45)7〕8(9A)B]C}DE〉F=
③ 中野〈{必[〔(英文)解法〕以(漢文)解]求}不者〉有=
③ 中野に必ずしも英文を解する法を以て漢文解せんことを求めざる者有り。
に於ける、
③       〈 {  [ 〔 (  ) 〕 (  )]} 〉
③ 12F D 3C 8 6 45 7 B 9A   E
といふ「括弧」と「集合数」は、「管到」を表してゐて、尚且つ、「管到」は、「補足構造」に他ならない。
然るに、
(28)
数年前、ある言語学教育関連の新聞の連載のコラムに、西洋文化研究者の発言が載せられていた。誰もが知る、孟浩然の『春眠』「春眠暁を覚えず・・・・・・」の引用から始まるそのコラムでは、なぜ高校の教科書にいまだに漢文訓読があるのかと疑問を呈し、「返り点」をたよりに「上がったり下がったりしながら、シラミつぶしに漢字にたどる」読み方はすでに時代遅れの代物であって、早くこうした状況から脱するべきだと主張する。「どこの国に外国語を母国語の語順で読む国があろう」かと嘆く筆者は、かつては漢文訓読が中国の歴史や文学を学ぶ唯一の手段であり「必要から編み出された苦肉の知恵であった」かもしれないが、いまや中国語を日本にいても学べる時代であり「漢文訓読を卒業するとき」だと主張するのである。
(「訓読」論 東アジア漢文世界と日本語、中村春作・市來津由彦・田尻祐一郎・前田勉 共編、2008年、1頁)
従って、
(17)~(28)により、
(29)
「どこの国に外国語を母国語の語順で読む国があろう」かと嘆く筆者は、
「順序数(音声)」として、
③ 中野有不必求以解英文法解漢文者=
③ 123456789ABCDEF。
であるべきである。といふ風にだけ、述べてゐて、
「集合数(視覚)」として見れば、
③ 中野有不必求以解英文法解漢文者=
③ 12FD3C86457B9AE。
である。といふことについては、関心を、示してゐない。
(30)
④ ∃x(少女(x)&∀y(少年(y)→愛(yx)))
⑤ ∀x(少年(x)→∃y(少女(y)&愛(xy)))
に於いて、
左から右へ読むものの、その右側の単語が、( と接してゐる限り、より内側の( )の中を先に読む。
とするのであれば、
④ x 少女 & y 少年 → yx 愛 ∀y ∃x
⑤ x 少年 → y 少女 & xy 愛 ∃y ∀x
といふ「順番」で、読むことになる。
従って、
(31)
④ ∃x(少女(x)&∀y(少年(y)→愛(yx)))
に於いて、
左から右へ読むものの、その右側の単語が、( と接してゐる限り、より内側の( )の中を先に読む。
とするならば、
④ ((xは)少女であって、尚且つ、((yが)少年である、ならば、(yはxを)愛する。)といふことが、全てのyに於いて、正しい。)といふ、そのやうなxが存在する。
といふ風に、読むことが、出来る。
(32)
⑤ ∀x(少年(x)→∃y(少女(y)&愛(xy)))
に於いて、
左から右へ読むものの、その右側が、( )と接してゐる限り、より内側の( )の中を先に読む。
のであれば、
⑤ ((xが)少年であるならば、((yは)少女であって、尚且つ、(xはyを)愛する。)といふ、そのやうなyが存在する。)といふことは、全てのxに於いて、正しい。
といふ風に、読むことが、出来る。
然るに、
(33)
④ ∃x(少女(x)&∀y(少年(y)→愛(yx)))=
④ ((xは)少女であって、尚且つ、((yが)少年である、ならば、(yはxを)愛する。)といふことが、全てのyに於いて、正しい。)といふ、そのやうなxが存在する。
といふ「述語論理」は、
④ 少女為全少年所愛=
④ 少女為〔全少年所(愛)〕⇒
④ 少女〔全少年(愛)所〕為=
④ 少女〔全少年の(愛する)所と〕為る=
④ 全ての少年が愛してゐる所の少女が存在する。
といふ「漢文」に相当する。

(34)
⑤ ∀x(少年(x)→∃y(少女(y)&愛(xy)))=
⑤ ((xが)少年であるならば、((yは)少女であって、尚且つ、(xはyを)愛する。)といふ、そのやうなyが存在する。)といふことは、全てのxに於いて、正しい。
といふ「述語論理」は、
⑤ 少年皆有其所愛少女=
⑤ 少年皆有〔其所(愛)少女〕⇒
⑤ 少年皆〔其(愛)所少女〕有=
⑤ 少年皆〔其の(愛する)所の少女〕有り=
⑤ 全ての、それぞれの少年には、愛してゐる所の少女がゐる。
といふ「漢文」に相当する。
従って、
(35)
④ 少女為全少年所愛。
⑤ 少年皆有其所愛少女。
といふ「漢文」を、
④ 全ての少年が愛してゐる所の少女が存在する。
⑤ 全ての、それぞれの少年には、愛してゐる所の少女がゐる。
といふ風に、「訓読」してはならない。とすることは、
④ ∃x(少女(x)&∀y(少年(y)→愛(yx)))
⑤ ∀x(少年(x)→∃y(少女(y)&愛(xy)))
といふ「述語論理」を、
④ ((xは)少女であって、尚且つ、((yが)少年である、ならば、(yはxを)愛する。)といふことが、全てのyに於いて、正しい。)といふ、そのやうなxが存在する。
⑤ ((xが)少年であるならば、((yは)少女であって、尚且つ、(xはyを)愛する。)といふ、そのやうなyが存在する。)といふことは、全てのxに於いて、正しい。
といふ風に、「訓読」してはならない。としてゐることに、等しい。
然るに、

(36)
④ ∃x(少女(x)&∀y(少年(y)→愛(yx)))
⑤ ∀x(少年(x)→∃y(少女(y)&愛(xy)))
は、「学習しなければ読めない」といふ意味では、「外国語の一種」である。
従って、
(34)(35)により、
(37)
「どこの国に外国語を母国語の語順で読む国があろう」か。
といふのであれば、
④ ∃x(少女(x)&∀y(少年(y)→愛(yx)))
⑤ ∀x(少年(x)→∃y(少女(y)&愛(xy)))
の場合は、「母国語の語順で読んでも良い、外国語」である。
といふことになる。
従って、
(34)~(37)により、
(37)
だとすれば、
④ 少女為全少年所愛=
④ 少女為〔全少年所(愛)〕。
⑤ 少年皆有其所愛少女=
⑤ 少年皆有〔其所(愛)少女〕。
であっても、
④ 少女、全少年の愛する所と為る。
⑤ 少年皆、其の愛する所の少女有り。
といふ風に、「訓読」してはならないとは、言へないはずである。

平成28年03月20日、毛利太(onomameus)。