2017年12月22日金曜日

「下中上点」等が必要な「理由」。

― 一昨日昨日(12月20日)の記事(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)の補足を、書きます。―
(01)
 ①
     三
 二
 ↑   ↑
 一
     二
   三
   ↑ ↑
   二
   ↑ ↑
     一
     一
であるならば、
① 三 二 一 二 三 二 一 一
である。
(02)
 ②
     下
 二
 ↑   ↑
 一
     中
   三
   ↑ ↑
   二
   ↑ ↑
     一
     上
であるならば、
② 下 二 一 中 三 二 一 上
である。
従って、
(01)(02)により、
(03)
① 三 二 一 二 三 二 一 一
② 下 二 一 中 三 二 一 上
に於いて、「順番」としては、
①=② である。
然るに、
(04)
② 下 二 一 中 三 二 一 上
に対して、
① 三 二 一 二 三 二 一 一
の場合は、「ワケが、分からない」。
然るに、
(05)
(3)上中下点(上・下、上・中・下)
レ点・一二点だけで示しきれない場合。必ず一二点をまたいで返る場合に用いる(数学の式における( )が一二点で、{ }が上中下点に相当するものと考えるとわかりやすい)。
(原田種成、私の漢文講義、1995年、43頁)
従って、
(04)(05)により、
(06)
① 三 二 一 二 三 二 一 一
であれば、「ワケが、分からない」が故に、
 二 一  三 二 一 
のやうに、「一二点をまたいで返る場合」は、「上中下点」を用ゐる、ことになる。
(07)
 ③
           F
         D
 2         ↑
 ↑
 1       ↑
       A   ↑
   4
   ↑   ↑ ↑
   3       ↑
       9
     7   ↑
     ↑ ↑   ↑  
     6   ↑
     ↑ ↑
       5   ↑ ↑
       8
         C
         ↑ ↑
         B
           E
であるならば、「漢数字」では、
③ 十五 十三 二 一 十 四 三 九 七 六 五 八 十二 十一 十四
である。
然るに、
(08)
 ④
           地
         丙
 二         ↑
 ↑
 一       ↑
       下   ↑
   二
   ↑   ↑ ↑
   一       ↑
       中
     三   ↑
     ↑ ↑   ↑   
     二   ↑
     ↑ ↑
       一   ↑ ↑
       上
         乙
         ↑ ↑
         甲
           天
である。
従って、
(07)(08)により、
(09)
③ 十五 十三 二 一 十 四 三 九 七 六 五 八 十二 十一 十四
④  地   丙  二 一 下 二 一 中 三 二 一 上  乙   甲   天
に於いて、「順番」としては、
③=④ である。
然るに、
(10)
「縦書き」であるとして、
④                 中
であれば、それだけで、
④                 中 の上に、必ず、
④                     下 が有るものの、
③                 九
であれば、それだけでは
③                 九 の上に、
③                     十 が有るのか、
③                 九 の下に、
③                      十 が有るのか、が、「分からない」。
従って、
(09)(10)により、
(11)
④  地   丙  二 一 下 二 一 中 三 二 一 上  乙   甲   天
の方が、
③ 十五 十三 二 一 十 四 三 九 七 六 五 八 十二 十一 十四
よりも、「分りやすい」。
従って、
(06)(11)により、
(12)
(Ⅰ)「一二点をまたいで返る場合」は、「上下点」を用ゐ、
(Ⅱ)「上下点をまたいで返る場合」は、「甲乙点」を用ゐ、
(Ⅲ)「甲乙点をまたいで返る場合」は、「天地点」を用ゐる。
のは、その方が、
「一二点」だけを用ゐるよりも、「分りやすい」からである。
然るに、
(13)
 ④
           地
         丙
 二         ↑
 ↑
 一       ↑
       下   ↑
   二
   ↑   ↑ ↑
   一       ↑
       中
     三   ↑
     ↑ ↑   ↑   
     二   ↑
     ↑ ↑
       一   ↑ ↑
       上
         乙
         ↑ ↑
         甲
           天
であるところの、
 ③
           F
         D
 2         ↑
 ↑
 1       ↑
       A   ↑
   4
   ↑   ↑ ↑
   3       ↑
       9
     7   ↑
     ↑ ↑   ↑  
     6   ↑
     ↑ ↑
       5   ↑ ↑
       8
         C
         ↑ ↑
         B
           E
を見れば、分るやうに、
③ F D 2 1 A 4 3 9 7 6 5 8 C B E。
といふ「順番」の中には、
③ M<N>M-1
といふ「順番」が、現はれない。
すなはち、
(14)
③ 15(13 2 1 10 4 3 9 7 6 5 8 12 11)14。
に於ける、
③   (                             )
の中に、15 よりも「大きい数」は無く、
③ 13(2 1 10 4 3 9 7 6 5 8)12
に於ける、
③     (                     )
の中に、13 よりも「大きい数」は無く、
③ 10(4 3)9
に於ける、
③   (   )
の中に、10 よりも「大きい数」は無く、
③ 9(7 6 5)8
の中に、  9 よりも「大きい数」は無い。
従って、
(14)により、
(15)
③ F D 2 1 A 4 3 9 7 6 5 8 C B E=
③ F《D〈2(1)A{4(3)9[7〔6(5)〕8]}C(B)〉E》。
に於いて、
③ F《 》⇒《 》F
③ D〈 〉⇒〈 〉D
③ 2( )⇒( )2
③ A{ }⇒{ }A
③ 4( )⇒( )4
③ 9[ ]⇒[ ]9
③ 7〔 〕⇒〔 〕7
③ 5( )⇒( )5
③ C( )⇒( )C
といふ「移動」を行ふと、
③ F《D〈2(1)A{4(3)9[7〔6(5)〕8]}C(B)〉E》⇒
③ 《〈(1)2{(3)4[〔(5)6〕78]9}A(B)C〉DE》F=
③ 1<2<3<4<5<6<7<8<9<A<B<C<D<E<F。
といふ「並び替へ(ソート)」が成立する。
然るに、
(16)
③ F《D〈2(1)A{4(3)9[7〔6(5)〕8]}C(B)〉E》。
③ 地《丙〈二(一)下{二(一)中[三〔二(一)〕上]}乙(甲)〉天》。
に対して、例へば、
④ R《1P〈25(34)6L{7A(89)J[BH〔CF(DE)G〕I]K}O(MN)〉Q》。
④ 地《囗丙〈囗二(囗一)囗下{囗二(囗一)中[囗三〔囗二(囗一)上〕囗]囗}乙(囗甲)〉天》。
であって、囗といふ「任意の漢字」には、「返り点」が付かない
然るに、
(17)
④ R 1 P 2 5 3 4 6 L 7 A 8 9 J B H C F D E G I K O M N Q。
を「十進数」に直すと、
④ 27 1 25 2 5 3 4 6 21 7 10 8 9 19 11 17 12 15 13 14 16 18 20 24 22 23 26。
である。
然るに、
(18)
④ 27 1 25 2 5 3 4 6 21 7 10 8 9 19 11 17 12 15 13 14 16 18 20 24 22 23 26。
といふ「順番」の中にも、
④ M<N>M-1
といふ「順番」が、現はれない
すなはち、
(19)
27 1 25 2 5 3 4 6 21 7 10 8 9 19 11 17 12 15 13 14 16 18 20 24 22 23 26。
に於ける、
④   (                                                     )
の中に、27 よりも「大きい数」は無く、
25(2 5 3 4 6 21 7 10 8 9 19 11 17 12 15 13 14 16 18 20)24
に於ける
④   (                                          )
の中に、25 よりも「大きい数」は無く、
(3)4
に於ける、
④  ( )
の中に、  よりも「大きい数」は無く、
21(7 10 8 9 19 11 17 12 15 13 14 16 18)20
に於ける、
④   (                                                          )
の中に、21 よりも「大きい数」は無く、
10(8)9
に於ける、
④    ( )
の中に、10 よりも「大きい数」は無く、
19(11 17 12 15 13 14 16)18
に於ける、
④    (                 )
の中に、19 よりも「大きい数」は無く、
17(12 15 13 14)16
に於ける、
④    (         )
の中に、17 よりも「大きい数」は無く、
15(13)14
に於ける、
④    (  )
の中に、15 よりも「大きい数」は無く、
24(22)23
に於ける、
④    (  )
の中に、24 よりも「大きい数」は無い。
従って、
(19)により、
(20)
④ R 1 P 2 5 3 4 6 L 7 A 8 9 J B H C F D E G I K O M N Q=
④ R《1P〈25(34)6L{7A(89)J[BH〔CF(DE)G〕I]K}O(MN)〉Q》。
に於いて、
④ R《 》⇒《 》R
④ P〈 〉⇒〈 〉P
④ 5( )⇒( )5
④ L{ }⇒{ }L
④ A( )⇒( )A
④ J[ ]⇒[ ]J
④ H〔 〕⇒〔 〕H
④ F( )⇒( )F
④ O( )⇒( )O
といふ「移動」を行ふと、確かに、
④ R《1P〈25(34)6L{7A(89)J[BH〔CF(DE)G〕I]K}O(MN)〉Q》⇒
④ 《1〈2(34)56{7(89)A[B〔C(DE)FG〕HI]JK}L(MN)O〉PQ》R=
④ 1<2<3<4<5<6<7<8<9<A<B<C<D<E<F<G<H<I<J<K<L<M<N<O<P<Q<R。
といふ「並び替へ(ソート)」が成立する。
従って、
(12)~(20)により、
(21)
③ M<N>M-1
といふ「順番」が、その中には、現はれない。が故に、
(Ⅰ)「一二点をまたいで返る場合」は、「上下点」を用ゐ、
(Ⅱ)「上下点をまたいで返る場合」は、「甲乙点」を用ゐ、
(Ⅲ)「甲乙点をまたいで返る場合」は、「天地点」を用ゐる。
といふ「ルール」によって、「返り点」を付けることが出来る「順番」は、例へば、
③ F D 2 1 A 4 3 9 7 6 5 8 C B E=
③ F《D〈2(1)A{4(3)9[7〔6(5)〕8]}C(B)〉E》。
に於いて、
③ F《 》⇒《 》F
③ D〈 〉⇒〈 〉D
③ 2( )⇒( )2
③ A{ }⇒{ }A
③ 4( )⇒( )4
③ 9[ ]⇒[ ]9
③ 7〔 〕⇒〔 〕7
③ 5( )⇒( )5
③ C( )⇒( )C
といふ「移動」を行ふことによって、
③ F《D〈2(1)A{4(3)9[7〔6(5)〕8]}C(B)〉E》⇒
③ 《〈(1)2{(3)4[〔(5)6〕78]9}A(B)C〉DE》F=
③ 1<2<3<4<5<6<7<8<9<A<B<C<D<E<F。
といふ「並び替へ(ソート)」が成立する。
然るに、
(22)
③ M<N>M-1
であれば、
③ M-1<M<N
である。
然るに、
(23)
③ M(N{M-1)}。
に於いて、
③ M( )⇒( )M
③ N{ }⇒{ }N
といふ「移動」を行ふと、
③ M(N{M-1)}⇒
③ ({M-1)M}N=
③   M-1<M<N。
である。
然るに、
(24)
③ M(N{M-1)}。
に於ける、
③ ({ )
といふ「それ」は、
③ {( )}
ではないが故に、
③ ({ )
は、「括弧」ではない
従って、
(21)~(24)により、
(25)
④ M<N>M-1
といふ「順番」が、その中には、現はれない。が故に、
(Ⅰ)「一二点をまたいで返る場合」は、「上下点」を用ゐ、
(Ⅱ)「上下点をまたいで返る場合」は、「甲乙点」を用ゐ、
(Ⅲ)「甲乙点をまたいで返る場合」は、「天地点」を用ゐる。
といふ「ルール」によって、「返り点」を付けることが出来る「順番」は、その時に限って、例へば、
④ R 1 P 2 5 3 4 6 L 7 A 8 9 J B H C F D E G I K O M N Q=
④ R《1P〈25(34)6L{7A(89)J[BH〔CF(DE)G〕I]K}O(MN)〉Q》。
に於いて、
④ R《 》⇒《 》R
④ P〈 〉⇒〈 〉P
④ 5( )⇒( )5
④ L{ }⇒{ }L
④ A( )⇒( )A
④ J[ ]⇒[ ]J
④ H〔 〕⇒〔 〕H
④ F( )⇒( )F
④ O( )⇒( )O
といふ「移動」を行ふと、
④ R《1P〈25(34)6L{7A(89)J[BH〔CF(DE)G〕I]K}O(MN)〉Q》⇒
④ 《1〈2(34)56{7(89)A[B〔C(DE)FG〕HI]JK}L(MN)O〉PQ》R=
④ 1<2<3<4<5<6<7<8<9<A<B<C<D<E<F<G<H<I<J<K<L<M<N<O<P<Q<R。
といふ「並び替へ(ソート)」が成立する。
然るに、
(26)
(1)レ点
下の一字から上の一字に返る場合に用いる。
(原田種成、私の漢文講義、1995年、41頁)
然るに、
(27)
③ F《D〈2(1)A{4(3)9[7〔6(5)〕8]}C(B)〉E》。
に於ける、
③ F D 2 1 A 4 3 9 7 6 5 8 C B E
といふ「それ」を、
③ 地 丙 二 一 下 二 一 中 三 二 一 上 乙 甲 天
といふ「返り点」が付いた、「15個の、一字の、漢字」である。とする。
従って、
(13)(26)(27)により、
(28)
 ③
           F
         D
 2         ↑
 ↑
 1       ↑
       A   ↑
   4
   ↑   ↑ ↑
   3       ↑
       9
     7   ↑
     ↑ ↑   ↑  
     6   ↑
     ↑ ↑
       5   ↑ ↑
       8
         C
         ↑ ↑
         B
           E
であるところの、
 ④
           地
         丙
 二         ↑
 ↑
 一       ↑
       下   ↑
   二
   ↑   ↑ ↑
   一       ↑
       中
     三   ↑
     ↑ ↑   ↑   
     二   ↑
     ↑ ↑
       一   ↑ ↑
       上
         乙
         ↑ ↑
         甲
           天
といふ「返り点」は、
③ 地 丙 二 一 下 二 一 中 三 二 一 上 乙 甲 天
ではなく、
③ 乙 下   三   二 レ レ  一 上 甲
でなければ、ならない。
然るに、
(29)
逆に言へば、
(1)レ点
下の一字から上の一字に返る場合に用いる。
といふ「ルール」が無ければ、
③ 乙 下 レ  三 レ  二 レ レ  一 上レ 甲
といふ「返り点」は、
③ 地 丙 二 一 下 二 一 中 三 二 一 上 乙 甲 天
でなければ、ならない。
然るに、
(30)
(Ⅳ)レ   一レ  上レ  甲レ  天レ
といふ「返り点」は、
(Ⅳ)二 一、二 一、中 上、乙 甲、地 天
といふ「返り点」に、「置き換へ」ることが、出来る。
従って、
(25)~(30)により、
(31)
例へば、
③ F D 2 1 A 4 3 9 7 6 5 8 C B E。
といふ「順番」に付く、
③ 乙 下 レ  三 レ  二 レ レ  一 上レ 甲
といふ「(レ点を含む)返り点」は、
③ 地 丙 二 一 下 二 一 中 三 二 一 上 乙 甲 天
といふ「(レ点を含まない)返り点」に「置き換へ」ることが出来、尚且つ、
③ 地 丙 二 一 下 二 一 中 三 二 一 上 乙 甲 天
といふ「返り点」は、
(Ⅰ)「一二点をまたいで返る場合」は、「上下点」を用ゐ、
(Ⅱ)「上下点をまたいで返る場合」は、「甲乙点」を用ゐ、
(Ⅲ)「甲乙点をまたいで返る場合」は、「天地点」を用ゐる。
といふ「ルール」を満たしてゐる。が故に、
③ M<N>M-1
といふ「順番」が、その中には、現はれず、そのため、例へば、
③ F D 2 1 A 4 3 9 7 6 5 8 C B E=
③ F《D〈2(1)A{4(3)9[7〔6(5)〕8]}C(B)〉E》。
に於いて、
③ F《 》⇒《 》F
③ D〈 〉⇒〈 〉D
③ 2( )⇒( )2
③ A{ }⇒{ }A
③ 4( )⇒( )4
③ 9[ ]⇒[ ]9
③ 7〔 〕⇒〔 〕7
③ 5( )⇒( )5
③ C( )⇒( )C
といふ「移動」を行ふと、
③ F《D〈2(1)A{4(3)9[7〔6(5)〕8]}C(B)〉E》⇒
③ 《〈(1)2{(3)4[〔(5)6〕78]9}A(B)C〉DE》F=
③ 1<2<3<4<5<6<7<8<9<A<B<C<D<E<F。
といふ「並び替へ(ソート)」が成立する。
従って、
(32)
(Ⅰ)「一二点をまたいで返る場合」は、「上下点」を用ゐ、
(Ⅱ)「上下点をまたいで返る場合」は、「甲乙点」を用ゐ、
(Ⅲ)「甲乙点をまたいで返る場合」は、「天地点」を用ゐる。
といふ「ルール」を満たす所の、
(α)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(β)上 中 下
(γ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(δ)天 地 人
といふ「返り点」を加へることが出来る「順番」であれば、その場合の「返り点」は、例へば、
③ 地《丙〈二(一)下{二(一)中[三〔二(一)〕上]}乙(甲)〉天》。
といふ「括弧」で、「置き換へ」ることが、出来る。
従って、
(31)(32)により、
(33)
(α)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(β)上 中 下
(γ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(δ)天 地 人
(ε)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
といふ「返り点」で表すことが出来る「順番」は、その時に限って、「括弧」でも、表すことが、出来る。
然るに、
(34)
(α)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
で表すことが出来る「順番」は、「全ての順番」であると、思はれるかも、知れない。
然るに、
(13)(14)により、
(35)
既に、確認した通り、
③ 十五 十三 二 一 十 四 三 九 七 六 五 八 十二 十一 十四
の場合は、
③  地   丙  二 一 下 二 一 中 三 二 一 上  乙   甲   天
に「等しく」、尚且つ、
③ 十五 十三 二 一 十 四 三 九 七 六 五 八 十二 十一 十四
の中に、
③ M<N>M-1
といふ「順番」が、現はれない。
然るに、
(36)
③ 十五 十三 二 一 十 四 三 九 七 六 五 八 十二 十一 十四
③  地   丙  二 一 下 二 一 中 三 二 一 上  乙   甲   天
といふ「順番」を、例へば、
③ 十五 十三 二 一 十 十一 四 三 九 七 六 五 八 十二 十四
③  地   丙  二 一 下   二 一 中 三 二 一 上  乙   天
とするならば、
③                     十<十一    >九
③                     十< 甲     >九
であるため、
③                     M< N     >M-1
といふ「順番」を、含んでゐる。
然るに、
(37)
「返り点」とは、「縦書き」であれば、飽く迄も、「から上へ、返る点」であるため、
「返り点」とは、「横書き」であれば、飽く迄も、「から左へ、返る点」である。
従って、
(36)(37)により、
(38)
③                     十一    >九
③                     十< 甲     >九
③                     M< N     >M-1
であるならば、
③                     <十一
③                     十< 甲
③                     M< N
に於いて、
③          「から右へ、返ってゐる」し、更に、
③                                                      乙 ← 甲
ではなく、
③                            →  →  →  → 乙
に於いても、
③            「から右へ、返ってゐる」。
従って、
(37)(38)により、
(39)
③                     十<十一    >九
③                     十< 甲     >九
③                     M< N     >M-1
といふ「順番」を含むところの、
③ 十五 十三 二 一 十 十一 四 三 九 七 六 五 八 十二 十四
③  地   丙  二 一 下  甲  二 一 中 三 二 一 上  乙   天
といふ「それ」は、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
然るに、
(40)

従って、
(39)(40)により、
(41)
⑤ 只‐管要纏擾我。
⑥ 端的看不出這婆子的本字来。
といふ「中国語(白話文)訓読」に付くところの、
⑤ 下 二 上 一
⑤ 四 二<三>一
⑥ 二<五 三>一 四
といふ「それ」は、「(複雑な)返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
然るに、
(42)

然るに、
(43)
⑦ 何不令人謂韓公叔曰秦之敢絶周而伐韓者、信東周也、公何不与周地発質使之楚、秦必疑楚、不信周、是韓不伐也、又謂秦曰、韓彊与周地、将以疑周於秦也、周不敢不受=
⑦ 何不〈令{人謂(韓公叔)曰[秦之敢絶(周)而伐(韓)者、信(東周)也、公何不〔与(周地)発(質使)之(楚)〕、秦必疑(楚)、不〔信(周)〕、是韓不(伐)也]、又謂(秦)曰、[韓彊与(周地)、将〔以疑(周於秦)〕也、周不〔敢不(受)〕]}〉⇒
⑦ 何〈{人(韓公叔)謂[秦之敢(周)絶而(韓)伐者、(東周)信也、公何〔(周地)与(質使)発(楚)之〕不、秦必(楚)疑、〔(周)信〕不、是韓(伐)不也]曰、又(秦)謂、[韓彊(周地)与、将〔以(周於秦)疑〕也、周〔敢(受)不〕不]曰}令〉不=
⑦ 何ぞ〈{人をして(韓の公叔に)謂ひて[秦之敢へて(周を)絶つ而(韓を)伐んとする者、(東周を)信ずれば也、公何ぞ〔(周に地を)与へ(質使を)発して(楚に)之かしめ〕不る、秦必ず(楚を)疑ひ、〔(周を)信ぜ〕不らん、是れ韓(伐たれ)不らん也と]曰ひ、又(秦に)謂ひて、[韓彊ひて(周に地を)与ふるは、将に〔以て(周を於秦に)疑はしめんとする〕也、周〔敢へて(受け)不んば〕不ずと]曰は}令め〉不る=
⑦ 何ぞ人をして韓の公叔に謂ひて「秦の敢へて周を絶つて韓を伐たんとするは、東周を信ずればなり、公何ぞ周に地を与へ、質使を発して楚に之かしめざる、秦必ず楚を疑ひ、周を信ぜざらん、是れ韓伐たれざらん」と曰ひ、又秦に謂ひて「韓彊ひて周に地を与ふるは、将に以て周を秦に疑はしめんとするなり、周敢へて受けずんばあらず」と曰は令めざる。
従って、
(42)(43)により、
(44)
「あまりの複雑さゆえに嫌気のさす人」もゐるで有らうところの、
⑦ 何不人謂韓公叔秦之敢絶周而伐韓者、信東周也、公何不周地質使上レ楚、秦必疑楚、不周、是韓不伐也、又謂秦曰、韓彊与周地、将以疑周於秦也、周不敢不受。
といふ「返り点」であっても、
従って、

(30)により、「レ点」を除いた、
⑦ 何不人謂韓公叔秦之敢絶而伐者、信東周也、公何不周地質使、秦必疑、不、是韓不也、又謂、韓彊与周地、将以疑周於秦也、周不敢不
といふ「返り点」であっても、
⑦ M<N>M-1
といふ「順番」を含んではゐないが故に、
⑦ 何不〈令{人謂(韓公叔)曰[秦之敢絶(周)而伐(韓)者、信(東周)也、公何不〔与(周地)発(質使)之(楚)〕、秦必疑(楚)、不〔信(周)〕、是韓不(伐)也]、又謂(秦)曰、[韓彊与(周地)、将〔以疑(周於秦)〕也、周不〔敢不(受)〕]}〉。
といふ「括弧」に、「置き換へ」ることが、出来る。
従って、
(44)により、
(45)
「あまりの複雑さゆえに嫌気のさす人」もゐるで有らうところの、「返り点」であっても、
⑦ ( )〔 〕[ ]{ }〈 〉
といふ、「五種類の、括弧」で、間に合ふことになる。
従って、
(31)(45)により、
(46)
「漢文訓読」よりも、「極めて、多くの括弧」を必要とする、「英文訓読」ならば、ともかく、
③ F D 2 1 A 4 3 9 7 6 5 8 C B E=
③ F《D〈2(1)A{4(3)9[7〔6(5)〕8]}C(B)〉E》。
のやうに、
③ ( )〔 〕[ ]{ }〈 〉《 》
といふ、「六種類の、括弧」を必要とする、「漢文訓読」は、おそらくは、無いし、極めて希な場合を除く、ほとんどの場合は、
⑦ ( )〔 〕[ ]{ }
といふ、「四種類の、括弧」で、間に合ふのが、実際である。
(47)
⑧ E 3 1 2 D C 6 4 5 8 7 B A 9。
の中に、
⑧ M<N>M-1
といふ「順番」は、無い。
従って、
(21)(47)により、
(48)
⑧ E 3 1 2 D C 6 4 5 8 7 B A 9。
に対する「括弧」は、
⑧ E〈3(12)D{C[6(45)8(7)B〔A(9)〕]}〉。
であって、
⑧ E〈3(12)D{C[6(45)8(7)B〔A(9)〕]}〉。
に対する「返り点」は、
⑧ 己 二  一 戊 丁 二  一 二 一 丙 乙 甲
である。
然るに、
(49)
(26)にも、書いた通り、「決まり」として、
下の一字から上の一字に返る場合は、「点」を用ゐなければ、ならない。
従って、
(49)により、
(50)
⑧ 己 二  一 戊  丁 二  一 二 一 丙  乙 甲
といふ「返り点」は、実際には、
⑨ 下 二  一 上 下 二  一    上 二 一
といふ風に、書くことになる。
然るに、
(51)
 二  一    二  一 二 一    
 二  一 上レ  二  一 レ   上レ  
であれば、
⑧ の方が、
⑨ よりも、はるかに、「読みやすい」。
従って、
(51)により、
(52)
⑨ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極(大学、伝五章)。
に付く、
⑨ 是以、大学始教、必使学者即凡天下之物、莫上レ其已知之理、益々極之、以求上レ乎其極
といふ「返り点」は、
⑧ 是以、大学始教、必使学者即凡天下之物、莫其已知之理、而益々極、以求乎其極

といふ「返り点」よりも、はるかに、「読みにくい」。
加へて、
(42)により、
(53)
(Ⅰ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅳ)天 地 人
(Ⅴ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
といふ「返り点」の「順番」であれば、
(Ⅱ)上 中 下
といふ「三つ」では「不足」が生じ、更には、
(Ⅳ)天 地 人
といふ「三つ」であっても、「不足が生じ得る。 といふことが、「考慮」されてゐない。
従って、
(52)(53)により、
(54)
「返り点」といふ「システム」は、「昔(いにしへ)」からの、「成り行き」で出来てゐるのであって、「合理的」に出来てゐる。といふ風には、言へない。
平成29年12月22日、毛利太。

2017年12月20日水曜日

「返り点」は、「下には戻らない」。

―「12月17日と、19日の記事」を、書き直し、「12月16日の記事(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)」の「捕捉」を書きます。―
(01)
① 揮快刀者=
① 揮揮快刀者=
① 揮(快刀)者=
① 3(12)4⇒
① (12)34=
① (快刀)揮者=
① (快刀を)揮ふ者=
① 快刀を揮ふ者。
に於ける「返り点」は、
① 二 一
である。
然るに、
(02)
 ①
 二
 一
といふ「返り点」は、
 ①
 二
 ↑
 一
といふ具合に、「上にだけ、返ってゐて、には、戻らない」。
然るに、
(03)
揮快刀者=快刀を揮ふ者。
に対して、

を加へて、
揮快刀者=快刀を揮ふ者り。
とするならば、その時に、「初めて」、
②「者」から「」へ「返る」、「返り点(下 上)」が、「必要」となる。
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
② 有揮快刀者=
② 有快刀
② 有〔揮(快刀)者〕=
② 5〔3(12)4〕⇒
② 〔(12)34〕5=
② 〔(快刀)揮者〕有=
② 〔(快刀を)揮ふ者〕有り=
② 快刀を揮ふ者り。
に於ける「返り点」は、
② 下 二 一 上
であって、尚且つ、
 ②
   下
 二
 ↑ ↑
 一
   上
といふ風に、「上にだけ、返る」ことになる。
(05)
③ 揮快刀断乱麻=
③ 揮快刀乱麻
③ 揮(快刀)断(乱麻)=
③ 3(12)6(45)⇒
③ (12)3(45)6=
③ (快刀)揮(乱麻)断=
③ (快刀を)揮って(乱麻を)断つ=
③  快刀を揮って乱麻を断つ。
に於ける「返り点」は、
① 二 一 二 一
である。
然るに、
(06)
 ③
 二
 一
 二
 一
といふ「返り点」は、
 ③
 二
 ↑
 一
   二
   ↑
   一
といふ風に、「上にだけ、返ってゐて、下には、戻らない」。
然るに、
(07)
揮快刀断乱麻=快刀を揮って乱麻を断つ。
に対して、

を加へて、
揮快刀断乱麻=快刀を揮って乱麻を断つがし。
とするならば、その時に、「初めて
④「断」から「」へ返る」、「返り点(下 中 上)」が、「必要」となる。
従って、
(05)(06)(07)により、
(08)
④ 如揮快刀断乱麻=
④ 如快刀乱麻
④ 如〔揮(快刀)断(乱麻)〕=
④ 7〔3(12)6(45)〕⇒
④ 〔3(12)(45)6〕7=
④ 〔(快刀)揮(乱麻)断〕如=
④ 〔(快刀を)揮って(乱麻を)断つが〕如し=
④  快刀を揮って乱麻を断つが如し。
に於ける「返り点」は、
④ 下 二 一 中 上
であって、尚且つ、
 ④
   下
 二
 ↑ ↑
 一
   中
   ↑
    上
といふ風に、「上にだけ、返ってゐて、下には、戻らない」。
(09)
⑤ 不常得以快刀断=
⑤ 不常得快刀
⑤ 不[常得〔以(快刀)断〕]=
⑤ 7[16〔4(23)5〕]⇒
⑤ [1〔(23)45〕6]7=
⑤ [常〔(快刀)以断〕得]不=
⑤ [常には〔(快刀を)以て断つを〕得]ず=
⑤ 常には快刀を以て断つを得
に於ける「返り点」は、
⑤ 下 中 二 一 上
である。
然るに、
(04)により、
(10)
② 下 二 一 上
であって、尚且つ、
 ②
   下
 二
 ↑ ↑
 一
   上
といふ風に、「上にだけ、返る」ものの、
 ②
   下
 二
 ↑ ↑
 一
   上
といふ「返り点」は、
 ②
   
 二
 ↑ ↑
 一
   上
であっても、構はない。
然るに、
(11)
②    二 一 上
であって、尚且つ、
 ②
   
 二
 ↑ ↑
 一
   上
といふ風に、「上にだけ、返る」のであれば、
下 中 二 一 上
であって、尚且つ、
 ⑤
   
   ↑
   
 二
 ↑ ↑
 一
   上
といふ風に、「上にだけ、返る」ことになる。
従って、
(01)~(11)により、
(12)
① 揮揮快刀者。
② 有快刀
③ 揮快刀乱麻
④ 如快刀乱麻
⑤ 不常得快刀
に於ける、
① 二 一
② 下 二 一 上
③ 二 一 二 一
④ 下 二 一 中 上
⑤ 下 中 二 一 上
といふ「返り点」は、全て、「上にだけ、返って、には、戻らない」。
然るに、
(13)
④ 下 二 一 中 上
⑤ 下 中 二 一 上
であれば、
④+⑤=
⑥ 下 二 一 中 二 一 上
であるため、
⑥ 下 二 一 中 二 一 上
の場合も、
 ⑥
     下
 二
 ↑   ↑
 一
     中
   二
   ↑ ↑
   一
     上
といふ風に、「上にだけ、返って、には、戻らない」。
然るに、
(14)
(Ⅰ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅳ)天 地 人
(Ⅴ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
に於いて、
(Ⅴ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
が、表す「順番」は、
(Ⅴ)二一 中上 乙甲 地天
が、表す「順番」と、「同じ」である。
従って、
(14)により、
(15)
「返り点」が表す「順番」は、「レ点」を除いた、
(Ⅰ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅳ)天 地 人
といふ、「返り点」が表す「順番」に等しい。
然るに、
(16)
(Ⅰ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅳ)天 地 人
に於いて、
(Ⅰ)を挟んで返る場合には、
(Ⅱ)を用ゐ、
(Ⅱ)を挟んで返る場合には、
(Ⅲ)を用ゐ、
(Ⅲ)を挟んで返る場合には、
(Ⅳ)を用ゐる。
従って、
(16)により、
(17)
(Ⅰ)の、(Ⅱ)に対する「関係」は、
(Ⅱ)の、(Ⅲ)に対する「関係」に「等しく」、
(Ⅱ)の、(Ⅲ)に対する「関係」は、
(Ⅲ)の、(Ⅳ)に対する「関係」に「等しい」。
従って、
(12)(13)(17)により、
(18)
① 下 二 一 上
② 下 二 一 中 上
③ 下 中 二 一 上
といふ「返り点」は、「縦書き」であれば、「上にだけ返って、には戻らない」。
④ 乙 下 上 甲
⑤ 丙 下 上 乙 甲
⑥ 下 中 二 一 上
といふ「返り点」は、「縦書き」であれば、「上にだけ返って、には戻らない」。
⑦ 地 乙 甲 天
⑧ 人 乙 甲 地 天
⑨ 人 地 乙 甲 天
といふ「返り点」は、「縦書き」であれば、「上にだけ返って、には戻らない」。
従って、
(15)(18)により、
(19)
(Ⅰ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅳ)天 地 人
(Ⅴ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
といふ「返り点のセット」は、「上にだけ返って、には戻らない」。
然るに、
(20)

従って、
(20)により、
(21)
⑩ 只‐管要纏擾我=
⑩ 只‐管要
⑩ 只‐管 要[纏(擾〔我)〕]=
⑩ 1‐2 下[二(上〔一)〕]=
⑩ 1‐2 6[4(5〔3)〕]⇒
⑩ 1‐2 [(〔3)4〕5]6=
⑩ 1‐2 [(〔一)二〕上]下=
⑩ 只‐管 [(〔我)纏〕擾]要=
⑩ ひたすら、我が、やっかいになる。
は、「漢文訓読」ではなく、「中国語(白話文)訓読」である。
然るに、
(22)
(3)上中下点(上・下、上・中・下)
レ点・一二点だけで示しきれない場合。必ず一二点をまたいで返る場合に用いる(数学の式における( )が一二点で、{ }が上中下点に相当するものと考えるとわかりやすい)。
(原田種成、私の漢文講義、1995年、43頁)
従って、
(22)により、
(23)
⑩ 只‐管要
⑩ ひたすら、我が、やっかいになる。
といふ「中国語(白話文)訓読」に於ける、
 二  一
といふ「それ」は、
 二 一 
ではないため、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
加へて、
(24)
⑩ 只‐管 要[纏(擾〔我)〕]
に於ける、
⑩     [ ( 〔 )〕]
といふ「それ」は、
⑩     [ 〔 ( )〕]
ではないため、「括弧」ではなく、「括弧・モドキ」である。
然るに、
(25)

といふ「返り点」が付いてゐる「漢字」と、

といふ「返り点・モドキ」が付いてゐる「漢字」を、それぞれ、
② 下 二 一 
⑩ 下 二  一
といふ風に、書くことにする。
(26)
② 下 二 一 
⑩ 下 二  一
から、
②       
⑩     
といふ「上」を除いた「それ」を、
② 下 二 一 囗
⑩ 下 二 囗 一
といふ風に、書くことにする。
従って、
(27)
② 有
⑩ 有
であれば、
② 下 二 一 上
⑩ 下 二 上 一
であって、
② 有
⑩ 有
であれば、
② 下 二 一 囗
⑩ 下 二 囗 一
である。
然るに、
(28)
「返り点」が付いてゐない「漢字α」が、「返り点」が付いてゐる「漢字β」の「」に有る場合は、「漢字α」の方を、「漢字β」よりも、「先に読む」。
従って、
(26)(27)(28)により、
(29)
② 下 二 一 囗
であれば、
②     一   が「最初」であって、
②   二     が「二番」である。
然るに、
(28)(29)により、
(30)
⑩ 下 二 囗 一
であれば、
⑩     囗   が「最初」であって、
⑩             一 は「二番」である。
従って、
(29)(30)により、
(31)
⑩ 下 二 囗 一
に於いて、
⑩             一 を「一番に、読む」ためには、
⑩ 下 二 囗 一 ではなく、
⑩ 下 二  一 でなければ、ならない。
然るに、
(32)
⑩ 下 二 囗 一 ではなく、
⑩ 下 二  一 でなければ、ならない。
といふのであれば、
⑩ 下 二  一 は、
⑩ 四 二  一 に、「等しい」。
従って、
(32)により、
(33)
⑩ 四 二  一
である所の、
⑩ 下 二  一
の場合は、
 ⑩
     下
 二 二 ↑
 ↑ ↓ ↑
 ↑  
 一
といふ風に、「上に返って、下に戻り、上へ返ってゐる」。
然るに、
(04)により、
(34)
② 下 二 一 上
の場合は、
 ②
   下
 二
 ↑ ↑
 一
   上
といふ風に、「上にだけ、二回、返ってゐる」。
然るに、
(35)
(21)~(23)で、「確認」した通り、
⑩ 只‐管要
⑩ ひたすら、我が、やっかいになる。
といふ「中国語(白話文)訓読」に於ける、
 二  一
といふ「それ」は、
 二 一 
ではないため、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
従って、
(35)により、
(36)
⑩ 下 二  一
といふ「それ」が、「中国語(白話文)訓読」に、見られるからと言って、「上から、下へ、戻る、返り点」も有り得る。
といふことには、ならない
従って、
(37)
「返り点」は、「下には、戻れない」。
平成29年12月20日、毛利太。

2017年12月16日土曜日

「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ)。

― 昨日(12月15日)の記事(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)の補足を、書きます。―
(01)
① {( )}
② ({ })
に於いて、
① であれば、{ }の中に、( )が有り、
② であれば、( )の中に、{ }が有る。
然るに、
(02)
① {( })
② ({ )
に於いて、
① であれば、{ }の中に、( )が有る。とは、言へないし、
② であれば、( )の中に、{ }が有る。とも、言へない
従って、
(01)(02)により、
(03)
① {( )} は、「括弧」であって、
② ({ )} は、「括弧」ではない
従って、
(03)により、
(04)
① {( )} を、「括弧」とし、
② ({ )} を、「括弧・モドキ」とする。
然るに、
(05)
① 3{2(1)}。
に於いて、
① { の 左 には、3があり、
① ( の 左 には、2があり、
①  )の 左 には、1がある。
然るに。
(06)
② 2(3{1)}。
に於いても、
② { の 左 には、3があり、
② ( の 左 には、2があり、
②  )の 左 には、1がある。
従って、
(05)(06)により、
(07)
① 3{2(1)}。
② 2(3{1)}。
に於いて、
 { の 左 にある 3 を、}の右へ「移動」し、
 ( の 左 にある 2 を、)の右へ「移動」するならば、
① 3{2(1)}⇒ {(1)2}3。
② 2(3{1)}⇒ ({1)2}3。
といふ「並び替へ(ソート)」が、成立する。
従って、
(07)より、
(08)
① 3{2(1)}。
② 2(3{1)}。
に於いて、
  3{ }⇒{ }3
  2( )⇒( )2
といふ「移動」を行ふと、
① 3{2(1)}⇒ {(1)2}3。
② 2(3{1)}⇒ ({1)2}3。
といふ「並び替へ(ソート)」が、成立する。
従って、
(08)により、
(09)
③ 16{25(34)}。
④ 15(26{34)}。
に於いて、
  6{ }⇒{ }6
  5( )⇒( )5
といふ「移動」を行ふと、
③ 16{25(34)}⇒ 1{2(34)5}6。
④ 15(26{34)}⇒ 1(2{34)5}6。
といふ「並び替へ(ソート)」が、成立する。
然るに、
(10)
⑤ 15(28{34)67}。
に於いて、
  8{ }⇒{ }8
  5( )⇒( )5
といふ「移動」を行ふと、
⑤ 15(28{34)67}⇒ 1(2{34)567}8。
といふ「並び替へ(ソート)」が、成立する。
従って、
(04)(09)(10)により、
(11)
③ 16{25(34)}  ⇒ 1{2(34)5}6。
④ 15(2634}  ⇒ 1(2{34)5}6。
⑤ 15(283467}⇒ 1(2{34)567}8。
といふ「並び替へ(ソート)」が、成立し、
③ は、「括弧」であって、
④ は、「括弧・モドキ」であって、
⑤ は、「括弧・モドキ」である。
然るに、
(12)
③ 囗6{囗5(囗4)}。
④ 囗5(囗6{囗4)}。
⑤ 囗5(囗8{囗4)囗7}。
に於いて、
③ 囗  囗  囗
④ 囗  囗  囗
⑤ 囗  囗  囗  囗
には、「返り点」が付かない
従って、
(11)(12)により、
(13)
③ 囗三{囗二(囗一)}。
④ 囗二(囗三{囗一)}。
⑤ 囗二(囗四{囗一)囗三}。
といふ風に、書くならば、
③  三  二  一
④  二  三  一
⑤  二  四  一  三
といふ「それ」は、
③ 16{25(34)}。
④ 15(2634}。
⑤ 15(283467}。
に付くところの、「返り点」である。
然るに、
(14)
「返り点」とは、「縦書き」であれば、「下から上へ、返る点」であるため、
「返り点」とは、「横書き」であれば、「から左へ、返る点」である。
従って、
(14)により、
(15)
「横書き」であれば、「右から左へ、返る点」は、「返り点」であるが、
「横書き」であれば、「から右へ、返る点」は、「返り点」ではない
然るに、
(16)
③  三  二  一
④  二  三  一
⑤  二  四  一  三
であるならば、
④  二 → 三
⑤  二 →   →   → 三
であるため、
③  三  二  一
④      一
⑤    四  一  
に於いて、
④ は、「から右へ、返ってゐて」、
⑤ も、「から右へ、返ってゐる」。
従って、
(15)(16)により、
(17)
③  三  二  一
④      一
⑤    四  一  
に於いて、
③ は、「返り点」であるが、
④ は、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」であって、
⑤ も、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
然るに、
(18)
⑤  二  四  一  三
ではなく、
⑤   二    一  
であるとすれば、
⑤  二 →   →   → 三
ではないので、「左から右へ、返ってゐる」とは、言へない。
然るに、
(19)
(3)上中下点(上・下、上・中・下)
レ点・一二点だけで示しきれない場合。必ず一二点をまたいで返る場合に用いる(数学の式における( )が一二点で、{ }が上中下点に相当するものと考えるとわかりやすい)。
(原田種成、私の漢文講義、1995年、43頁)
従って、
(19)により、
(20)
⑤ 囗二(囗下{囗一)囗上}。
に於ける、
⑤   二    一  
といふ「それ」は、
⑤     二  一  
ではないが故に、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
従って、
(13)(17)(20)により、
(21)
③ 囗三{囗二(囗一)}。
④ 囗二(囗三囗一}。
⑤ 囗二(囗四囗一囗三}。
⑤ 囗二(囗下囗一囗上}。
に於いて、
③ は、「括弧」であって、「返り点」であるが、
④ は、「括弧・モドキ」であって、「返り点・モドキ」であって、
⑤ も、「括弧・モドキ」であって、「返り点・モドキ」である。
然るに、
(22)
③ 16{25(34)}。
④ 15(2{34)}。
⑤ 15(2{34)67}。
に於いて、
④  5<  >4
⑤   5<  >4
である。
従って、
(22)により、
(23)
③ 16{25(34)}。
④ 15(2{34)}。
⑤ 15(2{34)67}。
に於いて、
④ は、M<>M-1 といふ「順番」を含んでゐて、
⑤ も、M<>M-1 といふ「順番」を含んでゐる。
然るに、
(24)
④ M<>M-1
であるならば、
④ M-1<M<
である。
然るに、
(25)
④ M({M-1)}。
に於いて、
  N{ }⇒{ }N
  M( )⇒( )M
といふ「移動」を行ふと、
④ ({M-1)M}N ⇒ M-<M<
といふ「並び替へ(ソート)」が、成立する。
従って、
(21)(24)(25)により、
(26)
④ M<>M-1
といふ「順番」を含む「順番」を、
④ 1<2<3<4<5 ・ ・ ・ ・ ・
といふ「昇べき順」に「並び替へ(ソートす)る」ためには、
④ ({ )
といふ「括弧・モドキ」を、使はざるを得ず、尚且つ、
④      一
⑤    四  一  
⑤   二    一  
のやうな、「返り点・モドキ」を、使はざるを得ない。
従って、
(27)
例へば、
⑥ What are you doing now?=
⑥ What(are[you doing〔now)〕]? =
⑥ 3 ( [1    〔2 )〕]? ⇒
⑥  ([1    〔2 )3〕 ? =
⑥  ([you〔now)what〕doing]are?=
⑥ あなたは、今、何を、して、ゐる、のですか。
のやうな、「英文和訳」の場合は、
⑥ ( [ 〔 ) 〕
といふ「括弧・モドキ」と、
⑥ 二   一
といふ「返り点・モドキ」を、使はざるを得ない。
然るに、
(28)
⑦ Now you are doing what?=
⑦ 今、あなたは、何を、して、ゐる、のですか。
であれば、
⑦ Now you are〔doing(what)〕?
であるため、「括弧」と「返り点」は、
⑦ 三〔二(一)〕
である。
(29)
例へば、
⑧ 我非〈必不{求〔以〔解(中文)法〕解(漢文)〕}者〉。
⑧ 囗地〈囗{丙〔下〔二(囗一)上〕乙(囗甲)〕}天〉。
に於いて、
⑧ 下がって行く(右へ行く)のは、
⑧ 囗  囗        囗      囗
であって、
⑧  地  丁 丙 下 二  一 上 乙  甲   天
に於いて、
⑧         下      上 は、
⑧           二  一   を挟んで上(左)へ行き、
⑧     丁 丙          乙  甲 は、
⑧         下 二  一 上 を挟んで上(左)へ行き、
⑧  地                      天 は、
⑧     丁 丙 下 二  一 上 乙  甲 を挟んで上(左)へ行く。
従って、
(29)により、
(30)
「返り点」は、「横書き」であれば、「左にしか、戻らない」し、
「返り点」は、「縦書き」であれば、「上にしか、返らない」。
然るに、
(31)

然るに、
(32)
⑨ 端的看不出這婆子的本字来。
⑨ 西門慶促忙急儧造不出床来。
に付く、
 ⑨
 二
 五
 三
 一
 四
のやうな「返り点・モドキ」の場合は、
 ⑨
 二 二
 ↑ ↓   五
 ↑ 三 三 ↑
 一   ↓ ↑
     四 四
のやうに、「下から、上へ行き」、「上から下へ行き」、そのため、「極めて、読みにくい」。
然るに、
(33)
数年前、ある言語学教育関連の新聞の連載のコラムに、西洋文化研究者の発言が載せられていた。誰もが知る、孟浩然の『春眠』「春眠暁を覚えず・・・・・・」の引用から始まるそのコラムでは、なぜ高校の教科書にいまだに漢文訓読があるのかと疑問を呈し、「返り点」をたよりに「上がった下がったりしながら、シラミつぶしに漢字にたどる」読み方はすでに時代遅れの代物であって、早くこうした状況から脱するべきだと主張する。「どこの国に外国語を母国語の語順で読む国があろう」かと嘆く筆者は、かつては漢文訓読が中国の歴史や文学を学ぶ唯一の手段であり「必要から編み出された苦肉の知恵であった」かもしれないが、いまや中国語を日本にいても学べる時代であり「漢文訓読を卒業するとき」だと主張するのである(「訓読」論 東アジア漢文世界と日本語、中村春作・市來津由彦・田尻祐一郎・前田勉 共編、2008年、1頁)。
従って、
(30)~(33)により、
(34)
上がった下がったりしながら、シラミつぶしに漢字にたどる読み方」は、「中国語(白話文)訓読」に於ける、「返り点・モドキ」の場合であって、「漢文訓読に於ける、返り点の読み方」ではない
従って、
(27)(28)(31)(34)により、
(35)
「どのやうな言語」であっても、「返り点(括弧)」を用ゐて、「訓読」が出来るわけではないし、話し言葉に基づく中国語は、本来訓読には適していない(実際、現在では白話文の訓読はほとんど行われない)。しかし江戸時代、白話文は訓読されていた(勉誠出版、続「訓読」論、2010年、330頁改)。
といふ、ことになる。
平成29年12月16日、毛利太。

2017年12月15日金曜日

「括弧」と「返り点」の条件。

― 前回(12月11日)の記事(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)の補足を、書きます。―
(01)
(Ⅰ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅳ)天 地 人
(Ⅴ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
に於いて、
(Ⅴ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
に関しては、
(Ⅴ)二一、二一、中上、乙甲、地天
に「置き換へ」ることが出来る。
(02)
(Ⅰ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅳ)天 地 人
に於いて、
(Ⅰ)を挟んで返る場合には、
(Ⅱ)を用ゐ、
(Ⅱ)を挟んで返る場合には、
(Ⅲ)を用ゐ、
(Ⅲ)を挟んで返る場合には、
(Ⅳ)を用ゐる。
従って、
(02)により、
(03)
① 下 二 一 上
② 下 二 一 中 上
③ 下 中 二 一 上
④ 下 二 一 中 二 一 上
は、「返り点」であるが、例へば、
⑤ 下  上 
 下  上
⑦ 下  中  上 
等は、「返り点」ではなく、「返り点モドキ」である。
(04)
① 下 二 一 上
② 下 二 一 中 上
③ 下 中 二 一 上
④ 下 二 一 中 二 一 上
といふ「順番」を、「数字」で「置き換へ」るならば、
① 4 2 1 3
② 5 2 1 4 3
③ 5 4 2 1 3
④ 7 2  1 6 4 3 5
である。
(05)
⑤ 下 二 上 一
⑥ 二 下 一 上
⑦ 下 三 中 二 上 一
といふ「順番」を、「数字」で「置き換へ」るならば、
⑤ 4 2 3 1
⑥ 2 4 1 3
⑦ 6 3 5 2 4 1
である。
然るに、
(06)
① 4〔2(1)3〕。
② 5〔2(1)4(3)〕。
③ 5[4〔2(1)3〕]。
④ 7[2(1)6〔4(3)5〕]。
に於いて、
  囗( )⇒( )囗
  囗〔 〕⇒〔 〕囗
  囗[ ]⇒[ ]囗
といふ「移動」を行ふと、
① 〔(1)23〕4。
② 〔(1)2(3)4〕5。
③ [〔(1)23〕4]5。
④ [(1)2〔(3)45〕6]7。
といふ「順番」、すなはち、
① 1<2<3<4。
② 1<2<3<4<5。
③ 1<2<3<4<5。
④ 1<2<3<4<5<6<7。
といふ「昇べき順」になる。
(07)
⑤ 4[2(3〔1)〕]。
⑥ 2(4〔1)3〕。
⑦ 6〈3〔5{2(4[1)〕]}〉。
に於いて、
  囗( )⇒( )囗
  囗〔 〕⇒〔 〕囗
  囗[ ]⇒[ ]囗
  囗{ }⇒{ }囗
  囗〈 〉⇒〈 〉囗
といふ「移動」を行ふと、
⑤ [(〔1)2〕3]4。
⑥ (〔1)23〕4。
⑦ 〈〔{([1)2〕3]4}5〉6。
といふ「順番」、すなはち、
⑤ 1<2<3<4。
⑥ 1<2<3<4。
⑦ 1<2<3<4<5<6。
といふ「昇べき順」になる。
然るに、
(08)
① 4〔2(1)3〕。
② 5〔2(1)4(3)〕。
③ 5[4〔2(1)3〕]。
④ 7[2(1)6〔4(3)5〕]。
に於ける、
①  〔 ( ) 〕
②  〔 ( )( ) 〕
③  [ 〔 ( ) 〕 ]
④  [ ( )〔 ( ) 〕 ]
といふ「括弧」に対して、
⑤ 4[2(3〔1)〕]。
⑥ 2(4〔1)3〕。
⑦ 6〈3〔5{2(4[1)〕]}〉。
に於ける、
⑤  [ ( 〔 ) 〕 ]
⑥  ( 〔 )
⑦  〈 〔 { ( [ ) 〕 ] } 〉
といふ「それ」は、「括弧」であるとは、言へない。
従って、
(03)(08)により、
(09)
① 下 二 一 上
② 下 二 一 中 上
③ 下 中 二 一 上
④ 下 二 一 中 二 一 上
といふ「返り点」が表す「順番」、すなはち、
① 4 2 1 3
② 5 2 1 4 3
③ 5 4 2 1 3
④ 7 2  1 6 4 3 5
といふ「順番」は、「括弧」によって、「昇べき順」に「並び替へ(ソートす)る」ことが出来るものの、
⑤ 下 二 上 一
⑥ 二 下 一 上
⑦ 下 三 中 二 上 一
といふ「返り点モドキ」が表す「順番」、すなはち、
⑤ 4 2 3 1
⑥ 2 4 1 3
⑦ 6 3 5 2 4 1
といふ「順番」は、「括弧」によって、「昇べき順」に「並び替へ(ソートす)る」ことが出来ない
然るに、
(10)
① 4 2 1 3
② 5 2 1 4 3
③ 5 4 2 1 3
④ 7 2  1 6 4 3 5
といふ「順番」と、
⑤ 4 2 3 1
⑥ 2 4 1 3
⑦ 6 3 5 2 4 1
といふ「順番」とを比較すると、
⑤ 4 2<3>1
⑥ 2<4>1 3
⑦ 6 3<5>2<4>1
には、有るところの、
⑤ M<N>M-1
といふ「順番」が、
① 4 2 1 3
② 5 2 1 4 3
③ 5 4 2 1 3
④ 7 2  1 6 4 3 5
には、無い。
然るに、
(11)
① 囗下囗二囗一囗上囗。
であれば、
① 囗 囗 囗 囗 囗
には、「返り点」は、付かない。
従って、
(09)(11)により、
(12)
①   下   二   一   上。
①   4   2   1   3。
に対して、
① 囗 下 囗 二 囗 一 囗 上 囗。
① 1 8 2 5 3 4 6 7 9。
であるものの、
① 1 8 2 5 3 4 6 7 9。
の中には、
⑤ M<N>M-1
といふ「順番」が、無い。
然るに、
(13)
⑤ 囗下囗二囗上囗一囗。
であれば、
⑤ 囗 囗 囗 囗 囗
には、「返り点」は、付かない。
従って、
(09)(13)により、
(14)
⑤   下   二   上   一。
⑤   4   2   3   1。
に対して、
⑤ 囗 下 囗 二 囗 上 囗 一 囗。
⑤ 1 5 2 8 3 4 6 7 9。
であるものの、
⑤   4   2   3   1。
の中には、
⑤   4<  2  >3
といふ「順番」が有ったため、
⑤ 1 5 2 8 3 4 6 7 9。
の中にも、
⑤   5<  8  >4
といふ「順番」、すなはち、
⑤   M<  N  >M-1
といふ「順番」が、有る。
然るに、
(15)
⑧ 訓‐読 漢 文=漢文を訓読す。
⑧ 3‐4 1 2=漢文を訓読す。
とするならば、
⑧ 3<4>2
であるため、その場合も、
⑧ M<N>M-1
である。
然るに、
(16)
⑧ 訓‐読 は、「一語(熟語)」なので、
⑧ 訓‐読 漢 文=漢文を訓読す。
⑧  3  1 2=漢文を訓読す。
とする。
従って、
(09)~(16)により、、
(17)
「返り点(一二点と上下点)」と「括弧」は、
M<N>M-1
といふ「順番」を含んでゐない「順番」であるならば、その時に限って
1<2<3<4<5<6<7 ・ ・ ・ ・ ・ ・
といふ「昇べき順」に、「並び替へ(ソートす)る」ことが出来る。
然るに、
(02)により、
(18)
(Ⅰ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅳ)天 地 人
に於いて、
(Ⅰ)と(Ⅱ)の「関係」は、
(Ⅱ)と(Ⅲ)の「関係」に「等しく」、
(Ⅱ)と(Ⅲ)の「関係」は、
(Ⅲ)と(Ⅳ)の「関係」に「等しい」。
従って、
(01)(17)(18)により、
(19)
「返り点(レ点を含む)」と「括弧」は、
M<N>M-1
といふ「順番」を含んでゐない「順番」であるならば、その時に限って、
1<2<3<4<5<6<7<9< ・ ・ ・ ・ ・ ・
といふ「昇べき順」に、「並び替へ(ソートす)る」ことが出来る。
然るに、
(20)
 大学 伝五章
⑨ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極=
⑨ 是以、大学始教、必使 学者即 凡天下之物、莫上レ 其已知之理、益々極 之、以求上レ 乎其極
⑨ 是以、大学始教、必使〈学者即(凡天下之物)、莫{不[因(其已知之理)而益極(之)、以求〔至(乎其極)〕]}〉⇒
⑨ 是以、大学始教、必〈学者(凡天下之物)即、{[(其已知之理)因而益(之)極、以〔(乎其極)至〕求]不}莫〉使=
⑨ 是を以て、大学の始教は、必ず〈学者をして(凡そ天下の物に)即きて、{[(其の已に知るの理に)因って、益々(之を)極め、以て〔(其の極に)至るを〕求め]不るを}莫から〉使む=
⑨ そのため、大学の教へを始める際には、必ず〈学者をして(凡そ天下の物に)ついて、{[(その学者がすでに知っているの理に)依って、益々(これを)極め、以て〔(その極点に)至ることを〕求め]ないことが}無いやうに〉させる。
従って、
(19)(20)により、
(21)
⑨ 1~9= 1~ 9
⑨ A~W=10~32
であるとして、
⑨ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極。
から、「黙示(サイレント)」である、
⑨                         而      乎
を除いて、
⑨ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理益極之以求至其極。
とした上で、
⑨ 1234567W89FABCDEVULGHIJKMONPTSQR。 
といふ、「訓読の順番」を与へ、その上で、
⑨ 1234567W89FABCDEVULGHIJKMONPTSQR。
といふ「番号」を、「10進数」に直し、
⑨ 1 2 3 4 5 6 7 32 8 9 15 10 11 12 13 14 31 30 21 16 17 18 19 20 22 24 23 25 29 28 26 27。
とするならば、この、「32個の、10進数」の中に、
⑨ M<N>M-1
といふ「順番」は、現はれない。
すなはち、
(22)
⑨ 32(8 9 15 10 11 12 13 14)31
に於いて、
⑨   (                     )の中に、「32よりも大きい数」は無く、
⑨        15(10 11 12 13)14
に於いて、
⑨          (           )の中に、「15よりも大きい数」は無く、
⑨ 21(16 17 18 19)20
に於いて、
⑨   (           )の中に、「21よりも大きい数」は無く、
⑨ 28(26)27
に於いて、
⑨   (  )の中に、「28よりも大きい数」は無い。
従って、
(19)~(22)により、
(23)
⑨ 是以大学始教必使〈学者即(凡天下之物)莫{不[因(其已知之理)益極(之)以求〔至(其極)〕]}〉=
⑨ 1234567W〈89F(ABCDE)V{U[L(GHIJK)MO(N)PT〔S(QR)〕]}〉。
の中には、
⑨ M<N>M-1
といふ「順番」は、現はれない。が、故に、
⑨ 是以大学始教必使〈学者即(凡天下之物)莫{不[因(其已知之理)益極(之)以求〔至(其極)〕]}〉=
⑨ 1234567W〈89F(ABCDE)V{U[L(GHIJK)MO(N)PT〔S(QR)〕]}〉。
に於いて、
⑨ W〈 〉⇒〈 〉W
⑨ F( )⇒( )F
⑨ V{ }⇒{ }V
⑨ U[ ]⇒[ ]U
⑨ L( )⇒( )L
⑨ O( )⇒( )O
⑨ T〔 〕⇒〔 〕T
⑨ S( )⇒( )S
といふ「移動」を行ふと、
⑨ 是以大学始教必使〈学者即(凡天下之物)莫{不[因(其已知之理)益極(之)以求〔至(其極)〕]}〉=
⑨ 1234567W〈89F(ABCDE)V{U[L(GHIJK)MO(N)PT〔S(QR)〕]}〉⇒
⑨ 1234567〈89(ABCDE)F{[(GHIJK)LM(N)OP〔(QR)S〕T]U}V〉W=
⑨ 是以、大学始教、必〈学者(凡天下之物)即、{[(其已知之理)因而益(之)極、以〔(乎其極)至〕求]不}莫〉使=
⑨ 是を以て、大学の始教は、必ず〈学者をして(凡そ天下の物に)即きて、{[(其の已に知るの理に)因って、益々(之を)極め、以て〔(其の極に)至るを〕求め]不るを}莫から〉使む=
⑨ そのため、大学の教へを始める際には、必ず〈学者をして(凡そ天下の物に)ついて、{[(その学者がすでに知っているの理に)依って、益々(これを)極め、以て〔(その極点に)至ることを〕求め]ないことが}無いやうに〉させる。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
然るに、
(24)

従って、
(24)により、
(25)
⑩ 端的看不出這婆子的本事来=
⑩ 端‐的看這婆-子的本-事
⑩ 端‐的看(不[出〔這婆‐子的本‐事)〕来]=
⑩ 1‐29(C[A〔34‐567‐8)〕B]。
に於いて、
⑩ 9( )⇒( )9
⑩ C[ ]⇒[ ]C
⑩ A〔 〕⇒〔 〕A
といふ「移動」を行ふと、
⑩ 端‐的看(不[出〔這婆‐子的本‐事)〕来]=
⑩ 1‐29(C[A〔34‐567‐8)〕B]⇒
⑩ 1‐2([〔34‐567‐8)9〕AB]C=
⑩ 端‐的([〔這婆‐子的本‐事)看〕出来]不=
⑩ 端‐的に([〔這の婆‐子の本‐事を)看〕出だし来たら]ず。
といふ「中国語(白話文)訓読」が、成立する。
然るに、
(26)
「返り点」とは、「縦書き」であれば、「下から上へ、返る点」であるため、
「返り点」とは、「横書き」であれば、「から左へ、返る点」である。
従って、
(26)により、
(27)
「横書き」であれば、「右から左へ、返る点」は、「返り点」であるが、
「横書き」であれば、「から右へ、返る点」は、「返り点」ではない
従って、
(27)により、
(28)
⑩ 端‐的看這婆-子的本-事
に於ける「それ」、すなはち、
 五  一 
といふ「それ」は、「返り点」ではなく、「返り点モドキ」である。
加へて、
(29)
⑩ 端‐的看(不[出〔這婆‐子的本‐事)〕来]。
に於ける「それ」、すなはち、
⑩     ( [ 〔        )〕 ]
といふ「それ」は、「括弧」ではなく、「括弧モドキ」である。
加へて、
(30)
⑩ 1‐2 9(C A 3 4‐5 6 7‐)8 B
に於いて、
⑩      (              )
の中には、
⑩       「9よりも大きい数」である、
⑩      C=12    が有って、
⑩       「9よりも大きい数」である、
⑩        A=10  が有る。
従って、
(25)(30)により、
(31)
⑩ 端‐的看(不[出〔這婆‐子的本‐事)〕来]=
⑩ 1‐29(〔34‐567‐8)〕B]。
といふ、「中国語(白話文)」の中には、
⑩ M<>M-1
といふ「順番」が、含まれてゐる。
従って、
(25)~(31)により、
(32)
⑩ 端的看不出這婆子的本事来=
⑩ 端‐的看這婆-子的本-事
⑩ 端‐的看(不[出〔這婆‐子的本‐事)〕来]=
⑩ 1‐29(〔34‐567‐8)〕B]。
といふ、「中国語(白話文)」の中には、
⑩ M<>M-1
といふ「順番」が、含まれてゐる。が故に、
⑩ 端的看不出這婆子的本事来。
といふ、「中国語(白話文)」に対しては、「返り点モドキ」と「括弧モドキ」しか、付けられない。
といふ、ことになる。
従って、
(20)(23)(32)により、
(33)
例へば、
⑨ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極。
といふ「漢文」には、
⑨ M<>M-1
といふ「順番」が、含まれてゐない。が故に、「返り点」と「括弧」を加へることが出来、
⑩ 端的看不出這婆子的本事来。
例へば、
といふ「中国語(白話文)」には、
⑩ M<>M-1
といふ「順番」が、含まれてゐる。が故に、「返り点モドキ」と「括弧モドキ」しか、付けられない。
といふ、ことになる。
然るに、
(34)

従って、
(01)(34)により、
(35)
⑨ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極。
に於ける、
⑨ 下 二 一 上レ 下 二 一 レ 上レ 二 一
といふ「返り点」は、
⑨ 乙 二 一 戊 丁 二 一 二 一 丙 乙 甲
といふ「返り点」に等しい。
然るに、
(36)
大学生に返り点を打たせると、レ点の原則違反から生じる誤りが大半をしめます(古田島洋介、これならわかる返り点、2009年、60頁)。
との、ことである。
従って、
(35)(36)により、
(37)
例へば、
⑨ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極。
といふ「漢文」に対して、「返り点」を付ける場合は、最初に、
⑨ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極。
に対して、
⑨ 乙 二 一 戊 丁 二 一 二 一 丙 乙 甲
といふ「返り点」を付けた上で、その次に、
⑨ 乙 二 一 戊 丁 二 一 二 一 丙 乙 甲
といふ、「レ点を含まない、返り点」を、
⑨ 下 二 一 上レ 下 二 一 レ 上レ 二 一
といふ、「レ点を含む、返り点」に、「書き換へる」ことを、勧めたい。
(38)
「返り点のセット」が、
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
(Ⅱ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
ではなく、「返り点のセット」が、
(Ⅱ)一 二 三 四 五 ・ ・ ・ ・ ・
だけであるならば、例へば、
⑨ 乙 二 一 戊 丁 二 一 二 一 丙 乙 甲
であれば、
⑨ 十二 二 一 十一 十 四 三 六 五 九 八 七
といふ、ことになる。
然るに、
(39)
⑨ 乙 二 一 戊 丁 二 一 二 一 丙 乙 甲
であれば、「右から左へだけ、返ってゐる」のに対して、、
⑨ 十二 二 一 十一 十 四 三 六 五 九 八 七
の場合は、「さうではなく」、そのため、
⑨ 十二 二 一 十一 十 四 三 六 五 九 八 七
のやうな、「一二点」だけの「返り点」は、「読みにくい」。
(40)
⑪ (( )((( )(( )))( ))( )(( ))
といふ「括弧」は、実際に、「正しくない」ものの、何故、さうなのかが、見えにくい。
然るに、
(41)
⑪ (( )((( )(( )))( ))( )(( ))
ではなく、
⑪ 〈( ){[( )〔( )〕]( )}( )〔( )〕
であれば、
⑪ 右端の、                       〉
が「足りない」ことが、「一目瞭然」である。
従って、
(42)
⑫ (( )((( )(( )))( ))( )(( )))
のやうな、
⑫ ( )だけしか無い「括弧」は、
⑫ 〈( ){[( )〔( )〕]( )}( )〔( )〕〉
のような、
⑫ ( )〔 〕[ ]{ }〈 〉からなる「括弧」よりも、「読みにくい」。
平成29年12月15日、毛利太。

2017年12月11日月曜日

「返り点」と「括弧」について。

―『返り点に対する「括弧」の用法。』といふタイトルから、予想される内容とは異なる「内容の記事」が続いてゐるため、『返り点に対する「括弧」の用法』といふタイトルに相応しい「記事」を、改めて、書くことにします。―
(01)
① 3〔2(1)〕。
に於いて、
① 2( )⇒( )2
① 3〔 〕⇒〔 〕3
といふ「移動」を行ふと、
① 3〔2(1)〕⇒
① 〔(1)2〕3=
①   1<2<3。
である。
(02)
② 5〔2(1)4(3)〕。
に於いて、
② 5〔 〕⇒〔 〕5
② 2( )⇒( )2
② 4( )⇒( )4
といふ「移動」を行ふと
② 5{2(1)4(3)}⇒
② 〔(1)2(3)4〕5=
③     1<2<3<4<5。
である。
(03)
③ 2(3〔1)〕。
に於いて、
③ 2( )⇒( )2
③ 3〔 〕⇒〔 〕3
といふ「移動」を行ふと、
③ 2(3〔1)〕⇒
③ (〔1)2〕3=
③     1<2<3。
である。
(04)
④ 4[2(3〔1)〕]。
に於いて、
④ 2( )⇒( )2
④ 3〔 〕⇒〔 〕3
④ 5[ ]⇒[ ]5
といふ「移動」を行ふと、
④ 4[2(3〔1)〕]⇒
④ [(〔1)2〕3]4=
④       1<2<3<4。
である。
(05)
⑤ 2(5[3〔1)〕4]。
に於いて、
⑤ 2( )⇒( )2
⑤ 3〔 〕⇒〔 〕3
⑤ 5[ ]⇒[ ]5
といふ「移動」を行ふと、
⑤ 2(5[3〔1)〕4]⇒
⑤ ([〔1)2〕34]5=
⑤       1<2<3<4<5。
である。
然るに、
(06)
① 3〔2(1)〕。
② 5〔2(1)4(3)〕。
③ 2(3〔1)〕。
④ 4[2(3〔1)〕]。
⑤ 2(5[3〔1)〕4]。
に於いて、
① 〔 ( ) 〕
② 〔 ( )( ) 〕
は、「括弧」であるが、
③ ( 〔 )
④ [ ( 〔 ) 〕 ]
⑤ ( 〔 ) 〕 ]
は、「括弧」であるとは、言へない
然るに、
(07)
① 3 2 1
② 5 2 1 4 3
③ 2 3 1
④ 4 2 3 1
⑤ 2 5 3 1 4
に於いて、
① 3 2 1
② 5 2 1 4 3
ではなく、
③ 2 3 1
④ 4 2 3 1
⑤ 2 5 3 1 4
の場合は、
③ 2<3>1
④ 4 2<3>1
⑤ 2<5 3>1 4
のやうに、
③ M<N>M-1
といふ「順番」を、含んでゐる。
従って、
(06)(07)により、
(08)
③ 2<3>1
④ 4 2<3>1
⑤ 2<5 3>1 4
のやうに、
③ M<N>M-1
といふ「順番」を、含んでゐる場合は、「括弧」を用ゐて、
③ 1<2<3
④ 1<2<3<4
⑤ 1<2<3<4<5
といふ「順番」に、「並び替へ(ソートす)る」ことが出来ない
然るに、
(09)
① 3 2 1
② 5 2 1 4 3
③ 2 3 1
④ 4 2 3 1
⑤ 2 5 3 1 4
に対する「返り点」は、
① 三 二 一
② 下 二 一 中 上
③ 二 三 一
④ 四 二 三 一
⑤ 二 五 三 一 四
である。
然るに、
(10)

従って、
(10)により、
(11)
④ 只‐管要纏擾我=
④ 只‐管4[2(3〔1)〕]=
④ 只‐管要
である。
従って、
(09)(11)により、
(12)
① 3 2 1
② 5 2 1 4 3
③ 2 3 1
④ 4 2 3 1
⑤ 2 5 3 1 4
に対する「返り点」は、
① 三 二 一
② 下 二 一 中 上
③ 二 三 一
④ 四 二 三 一
④ 下 二 上 一
⑤ 二 五 三 一 四
である。
然るに、
(13)
(3)上中下点(上・下、上・中・下)
レ点・一二点だけで示しきれない場合。必ず一二点をまたいで返る場合に用いる(数学の式における( )が一二点で、{ }が上中下点に相当するものと考えるとわかりやすい)。
(原田種成、私の漢文講義、1995年、43頁)
従って、
(12)(13)により、
(14)
④ 下 二 上 一
といふ「それ」は、
 二 一 
ではないが故に、「返り点」ではない
従って、
(12)(14)により、
(15)
① 3 2 1
② 5 2 1 4 3
③ 2 3 1
④ 4 2 3 1
⑤ 2 5 3 1 4
に対する「返り点」は、元に戻って、
① 三 二 一
② 下 二 一 中 上
③ 二 三 一
④ 四 二 三 一
⑤ 二 五 三 一 四
である。
然るに、
(16)
「返り点」とは、「縦書き」であれば、「下から上へ、返る点」であるため、
「返り点」とは、「横書き」であれば、「右から左へ、返る点」である。
従って、
(16)により、
(17)
「横書き」であれば、「右から左へ、返る点」は、「返り点」であるが、
「横書き」であれば、「から右へ、返る点」は、「返り点」ではない
然るに、
(18)
① 三 二 一
② 下 二 一 中 上
③ 二 三 一
④ 四 二 三 一
⑤ 二 五 三 一 四
に於いて、
① 三 二 一
② 下 二 一 中 上
ではなく、
③ 二 三 一
④ 四 二 三 一
⑤ 二 五 三 一 四
であるならば、
③ 二→三
④   二→三
⑤ 二 → 三
に於いて、「から右へ、返ってゐる。」
従って、
(17)(18)により、
(19)
① 三 二 一
② 下 二 一 中 上
③ 二 三 一
④ 四 二 三 一
⑤ 二 五 三 一 四
に於いて、
③ 二 三 一
④ 四 二 三 一
⑤ 二 五 三 一 四
といふ「それ」は、「返り点」ではない
従って、
(08)(19)により、
(20)
③ 2<3>1
④ 4 2<3>1
⑤ 2<5 3>1 4
のやうに、
③ M<N>M-1
といふ「順番」を、含んでゐるならば、その時に限って、「括弧」と「返り点」は、
③ 1<2<3
④ 1<2<3<4
⑤ 1<2<3<4<5
といふ「順番」に、「並び替へ(ソートす)る」ことが出来ない
従って、
(06)(19)(20)により、
(21)
① 〔 ( ) 〕
② 〔 ( )( ) 〕
といふ「括弧」に対する、
③ ( 〔 )
④ [ ( 〔 ) 〕 ]
⑤ ( [ 〔 ) 〕 ]
といふ「それ」は、「括弧モドキ」であって、
① 三 二 一
② 下 二 一 中 上
といふ「返り点」に対する、
  一
④ 四   一
 五  一 四
といふ「それ」は、「返り点モドキ」である。
然るに、
(22)

従って、
(10)(21)(22)により、
(23)
④ 只‐管要纏擾我=
④ 只‐管4[2(3〔1)〕]=
④ 只‐管要
に加へて、
⑤ 西門慶促‐忙促‐急儧‐造不出床来=
⑤ 西門慶促‐忙促‐急儧‐2(5[3〔1)〕4]=
⑤ 西門慶促‐忙促‐急儧造 不
といふ「それ」に対しては、「返り点」と「括弧」を加へることが、出来ない
然るに、
(24)
③ Who are you?=
③ Who(are〔you)〕?⇒
③ (〔you)Who〕are?=
③ (あなたは誰〕ですか。
の場合も、「括弧モドキ」である。
従って、
(20)~(24)により、
(25)
③ Who are you?
④ 只‐管要纏擾我。
⑤ 西門慶促‐忙促‐急儧‐造不出床来。
のやうな、「英語」や「中国語」に対しては、「返り点」と「括弧」を加へることが、出来ない
然るに、
(26)

従って、
(20)(26)により、
(27)
⑥ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬=
⑥ D{籍誠8〔5〔2(1)4(3)〕7(6)〕A(9)以C(B)}=
⑥ 使 籍誠不一レ 上レ 以済甲レ
⑥ 使 籍誠不 以済
であれば、「括弧」であって、「返り点」であって、「漢文」である。
cf.
「D 8 5 2 1 4 3 7 6 A 9 C B」は、「13個の、一桁の、16進数」。
然るに、
(28)

従って、
(20)(28)により、
(29)
⑦ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極=
⑦ 是以、大学始教、必C〈学者2(凡天下之1)、B{A[4(其已知之3)、而益6(5)、以9〔8(乎其7)〕]}〉=
⑦ 是以、大学始教、必使 学者即 凡天下之物、莫上レ 其已知之理、而益々極 之、以求上レ 乎其極
⑦ 是以、大学始教、必使 学者即 凡天下之物、莫 其已知之理、而益々極、以求 乎其極
であれば、「括弧」であって、「返り点」であって、「漢文」である。
cf.
「C 2 1 B A 4 3 6 5 9 8 7」は、「12個の、一桁の、16進数」。
然るに、
(30)
① 3〔2(1)〕=
① 不〔読(文)〕。
に於いて、
① 三=不
① 二=読
① 一=書
であれば、
① レ=不
① レ=読
①  =書
であるため、「レ点」による「返り点」は、「横書き」であれば、
① 不 書。
である。
従って、
(27)(29)(30)により、
(31)
① レ レ
⑥ 乙 下 二 レ 一レ 上レ レ 甲レ
⑦ 下 二 一 上レ 下 二 一 レ 上レ 二 一
といふ「レ点を含む、返り点」は、
① 三 二 一
⑥ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 二 一 地 天
⑦ 乙 二 一 戊 丁 二 一 二 一 丙 乙 甲
といふ「レ点を含まない、返り点」に、「置き換へ」ることが出来、
① 三 二 一
⑥ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 二 一 地 天
⑦ 乙 二 一 戊 丁 二 一 二 一 丙 乙 甲
といふ「レ点を含まない、返り点」は、
① 三〔二(一)〕
⑥ 人{丙[下〔二(一)中(上)〕乙(甲)]二(一)地(天)}}
⑦ 乙〈二(一)戊{丁[二(一)二(一)丙〔乙(甲)〕]}〉
に於ける、
①  〔 ( )〕
⑥  { [ 〔 ( ) ( )〕 ( )] ( ) ( )}}
⑦  〈 ( ) { [ ( ) ( ) 〔 ( )〕]}〉
といふ「括弧」に、「置き換へ」ることが出来る。
然るに、
(32)
例へば、
① -1×(2)+3+4=+5
② -1×(2+3)+4=-1
③ -1×(2+3+4)=-9
である。
従って、
(32)により、
(33)
「括弧」が無くとも、
① -1×2+3+4=+5
② -1×2+3+4=-1
③ -1×2+3+4=-9
であるならば、それだけで、
① -1×(2)+3+4=+5
② -1×(2+3)+4=-1
③ -1×(2+3+4)=-9
でなければ、ならない。
従って、
(33)により、
(34)
④ -1×2+3+4=囗
に於いて、
④          囗
の「値」が定まれば、
① -1×(2)+3+4=+5
② -1×(2+3)+4=-1
③ -1×(2+3+4)=-9
の内の、「どれか一つ」に、「確定」する。
従って、
(35)
① 囗=-1×2+3+4
がさうであるやうに、
⑦ 囗=是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極。
の場合も、
⑦ 囗
といふ「意味」が、「判明」するならば、例へば、
⑦ 是以、大学始教、必使〈学者即(凡天下之物)莫{不[因(其已知之理)而益極(之)以求〔至(乎其極)〕]}〉。
といふ風に、「括弧」が、「確定」する。
然るに、
(36)
⑦ 是以、大学始教、必使〈学者即(凡天下之物)莫{不[因(其已知之理)而益極(之)以求〔至(乎其極)〕]}〉。
に於ける、
⑦           〈   (     ) { [ (     )   ( )  〔 (   )〕]}〉
といふ「括弧」が、
⑦ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極。
といふ「漢文」の、「補足構造」を表してゐる。といふ風に、「仮定」する。
然るに、
(37)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。しかし、訓読は、国語の語順に置きかえて読むことが、その大きな原則となっている。それでその補足構造によっている文も、返り点によって、国語としての語順が示されている(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)。
然るに、
(38)
⑦ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極=
⑦ 是以、大学始教、必使〈学者即(凡天下之物)莫{不[因(其已知之理)而益極(之)以求〔至(乎其極)〕]}〉。
に於いて、
⑦ 使〈 〉⇒〈 〉使
⑦ 即( )⇒( )即
⑦ 莫{ }⇒{ }莫
⑦ 不[ ]⇒[ ]不
⑦ 因( )⇒( )因
⑦ 極( )⇒( )極
⑦ 求〔 〕⇒〔 〕求
⑦ 至( )⇒( )至
といふ「移動」を行ふと、「画像」でも示した通り、
⑦ 是以、大学始教、必使〈学者即(凡天下之物)、莫{不[因(其已知之理)、而益極(之)、以求〔至(乎其極)〕]}〉⇒
⑦ 是以、大学始教、必〈学者(凡天下之物)即、{[(其已知之理)因、而益(之)極、以〔(乎其極)至〕求]不}莫〉使=
⑦ 是を以て、大学の始教は、必ず〈学者をして(凡そ天下の物に)即きて、{[(其の已に知るの理に)因って、益々(之を)極め、以て〔(其の極に)至るを〕求め]不るを}莫から〉使む=
⑦ そのため、大学の教へを始める際には、必ず〈学者をして(凡そ天下の物に)ついて、{[(その学者がすでに知っているの理に)依って、益々(これを)極め、以て〔(その極点に)至ることを〕求め]ないことが}無いやうに〉させる。
といふ「漢文訓読」成立する。
従って、
(36)(37)(38)により、
(39)
⑦ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極=
⑦ 是以、大学始教、必使〈学者即(凡天下之物)莫{不[因(其已知之理)而益極(之)以求〔至(乎其極)〕]}〉。
といふ「漢文」を、
⑦ 是を以て、大学の始教は、必ず〈学者をして(凡そ天下の物に)即きて、{[(其の已に知るの理に)因って、益々(之を)極め、以て〔(其の極に)至るを〕求め]不るを}莫から〉使む。
といふ風に、「訓読」するといふことは、
⑦ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極=
⑦ 是以、大学始教、必使〈学者即(凡天下之物)莫{不[因(其已知之理)而益極(之)以求〔至(乎其極)〕]}〉。
といふ「漢文」の、
⑦           〈   (     ) { [ (     )   ( )  〔 (   )〕]}〉
といふ「補足構造」に従って、「読んでゐる」といふ、ことになる。
然るに、
(40)
中国語の文章は文言と白話に大別されるが、漢文とは文章語の文言のことであり、白話文や日本語化された漢字文などは漢文とは呼ばない。通常、日本における漢文とは、訓読という法則ある方法で日本語に訳して読む場合のことを指し、訓読で適用し得る文言のみを対象とする。もし強いて白話文を訓読するとたいへん奇妙な日本語になるため、白話文はその対象にならない(ウィキペディア)。
然るに、
(41)
もし強いて白話文(中国語)を訓読するとたいへん奇妙な日本語といふことは、「漢文」と「中国語(白話文)」とは、「全く異なる言語」である。といふことに、他ならない。
然るに、
(42)
江戸時代には、荻生徂来(おぎゅう・そらい、1666-1728)が、漢文訓読法を排斥して、漢詩文は唐音(中国語音)で音読すべきだと主張しました。荻生徂来は、長崎通詞であった岡島冠山(おかじま・かんざん、1674-1728)から唐話(とうわ=中国語)を学んでいました。漢詩文を唐音で読むという徂来の主張は強固なもので、彼の古文辞学(擬古的な漢文)とともに一世を風靡する大流行となりました。ただし、当時のいわゆる唐音というのは、中国南方の方言音で、現在の北京語を基礎とした普通話(pŭ tōng huà)とはかなり違うものでした。当時、わが国は清国と正式の国交はなく、貿易は長崎において清国商人に信牌(貿易許可証)を与え、私貿易という形で許可していました。そのため、長崎で用いられる中国語も、清国商人が用いる南方方言だったのです(Webサイト:日本漢文の世界)。
従って、
(41)(42)により、
(43)
⑦ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極。
といふ「漢文」を、「現在の北京語を基礎とした普通話(pŭ tōng huà)とはかなり違うものであった、荻生徂徠の当時の中国南方の方言」に訳した場合に、並びに、「現在の北京語を基礎とした普通話(pŭ tōng huà)」に訳した場合に、
⑦ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極=
⑦ 是以、大学始教、必使〈学者即(凡天下之物)莫{不[因(其已知之理)而益極(之)以求〔至(乎其極)〕]}〉。
といふ「漢文」の、
⑦           〈   (     ) { [ (     )   ( )  〔 (   )〕]}〉
といふ「補足構造」に従って、「読んでゐる」といふことに、なるとは、限らない
然るに、
(44)
「支那の言語や文字を研究するのに、漢文と支那語の様な区別を設けてゐるのは、世界中、日本だけで、支那はもとより、ヨーロッパやアメリカで支那学を研究するにも、そんな意味のない区別など夢にも考へてゐない。西洋人が支那のことを研究するには、何よりも先き、支那の現代の言葉を学び、現代人の書く文章を読み、それから次第に順序を追うて、古い言葉で書いた書物を読んで、支那民族の文化の深淵を理解する。アメリカの大学で支那のことを研究する学生は、最初の年に現代語学現代文学を学び、次の年に歴史の書物を読み経書を習ふさうである(勉誠出版、「訓読」論、2008年、57頁)。
(45)
大学(京都帝国大学)に入った二年め(昭和5年)の秋、倉石武四郎先生が中国の留学から帰られ、授業を開始されたことは、私だけではなく、当時の在学生に一大衝撃を与えた。先生は従来の漢文訓読を全くすてて、漢籍を読むのにまず中国語の現代の発音に従って音読し、それをただちに口語に訳することにすると宣言されたのである。この説はすぐさま教室で実行された。私どもは魯迅の小説集『吶喊』と江永の『音学弁徴』を教わった。これは破天荒のことであって、教室で中国の現代小説を読むことも、京都大学では最初であり、全国のほかの大学でもまだなかったろうと思われる(『心の履歴』、「小川環樹著作集 第五巻」、筑摩書房、176頁)。
然るに、
(46)
漢文にネイティブはいない『白文攻略 漢文法ひとり学び』
漢文は外国語。この当り前の事実に気づかないことが多い。ラテン語ならば動詞の活用や名詞の格変化を覚えなければならないから、たとえ欧米の高校生でも外国語だと意識する。ところが漢文では変化を暗記する必要がない。しかも日本では伝統的にレ点とか一二点といった符号をつけて読むので、漢文の学習が返り点の読み解き方に終始してしまう。あとはフィーリングで漢字を適当に解釈するものだから、いつまで経ても読めるようにならない(黒田龍之介、寝るまえ5分の外国語、2016年、194頁)。
(47)
まず「学習の前に」では、漢文を読むための基礎知識が紹介されている。はじめに漢文は自然言語を土台にして作り上げられた人口的な書記言語であることを確認する。話すのではなく、読んで書くために作られたのである。ただし音読はできる。だから音調を整えるためには工夫もされる(黒田龍之介、寝るまえ5分の外国語、2016年、194・195頁)。
従って、
(44)~(47)により、
(48)
「アメリカの大学で支那のことを研究する学生は、最初の年に現代語学現代文学を学び、次の年に歴史の書物を読み経書を習ふさうである(勉誠出版、「訓読」論、2008年、57頁)が故に、日本人が「漢文」を学ぶ際も、さうすべきである。」といふ「見解」は、「漢文は自然言語を土台にして作り上げられた人口的な書記言語である(漢文にはネイティブはいない)。」といふ「視点」が、完全に、欠落してゐる。
(49)
かつて漢文は、東洋のエスペラントであった。漢文で筆談すれば、日本人も、朝鮮人も、ベトナム人も、意思疎通することができた(加藤徹、漢文の素養、2006年、11頁)。
(50)
シナや極東の王国では、一般に文字をも語を表わすのではなく、事物あるいは観念を表わすような、実物符号で書くのがならいになっている。そしてそれゆえに、たがいに相手の言語を理解しない国々と地方、それにもかかわらず、たがいに相手の書き物を読むことができるのであるが、それは符号のほうが言語の及ばぬほど広い範囲に了解されるからである。そしてそれゆえに、語根語と(おそらく)同じほどばく大な数の符号があるのである(服部英次郎、多田英次、ベーコン、学問の進歩 他、2005年、124頁)。
然るに、
(51)
「エスペラントは、中立で使いやすい国際共通語です。 エスペラントは民族の言語や文化をその歴史的遺産として尊重し、大切にすると同時に、 それぞれの言語や文化の違いを越えて人々がコミュニケーションできるようにするために橋渡しの役目を果たすことを目的としています(エスペラント Esperanto - 東北大学文学部 - Tohoku University)。」といふことは、エスペラント語には、ネイティブがゐてはならない
従って、
(52)
「人口的な書記言語」である「漢文」が、「東アジアに於ける、国際共通書記言語」であるべき、であるならば、平安時代の「正音(漢音)」や、荻生徂徠の時代の「唐音(南方方言)」や、現在の「北京語(北方方言)」に対して、「特別な地位」を与へるべきではない。
cf.
 勅。明経之徒不レ 二 正音。発声誦読既致二 訛謬。宜習熟 漢音
 勅。明経之徒不〔習(正音)〕。発声誦読既致(訛謬)。宜〔習‐熟(漢音)〕⇒
 勅。明経之徒〔(正音)習〕不。発声誦読既(訛謬)致。宜〔(漢音)習‐熟〕=
 勅。明経の徒〔(正音を)習は〕ず。発声誦読既に(訛謬を)致す。宜しく〔(漢音を)習‐熟す〕べし。
(日本記略、延暦十一年閏十一月一月二十日)
(53)
桓武天皇の時代の「正音」が、「漢音」であるならば、桓武天皇にとって、「現代中国語(北京語)音」は、「音」ではなく、「音」である。
従って、
(54)
「現代中国語がしゃべれないような人は本当は漢文は読めないんです(Webサイト)。」といふことが本当であるか、どうかは、別にして、「漢文」に対して、「中国語(北京語)音」だけを、「特別待遇すべきではない
(55)
「荻生徂徠先生、太宰春台先生、倉石武四郎先生、牛島徳次先生」他の、先生方の「見解」は、「東アジアに於ける、国際共通書記言語としての漢文」といふ「理念」と、「逆向」である。

(56)
「言葉」が通じない者同士が、「互いに、自分の言葉を、他者に押し付け合ふ」のではなく、その代りに、「話し言葉」ではなく、「書き言葉」に関しては、「共通の言葉」にしようとした「結果」が、「漢文」であるとしたら、「北京語が話せない人は、本当は、漢文を理解できない。」とする「気分」は、「漢文といふ、思想」とは、「逆向き」である。
平成29年12月11日、毛利太。
  ―「関連記事」―
(α)「返り点」と「括弧」の条件。    :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)。
(β)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ)  :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)。
(γ)「返り点」は、下には戻らない。   :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)。
(δ)「下中上点」等が必要な「理由」。  :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)。
(ε)「返り点・モドキ」について。    :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)。
(ζ)「一二点・上下点」に付いて。    :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)。
(η)「括弧」の「順番」。        :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)。
(θ)「返り点」の「付け方」を教へます。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post_3.html)。
(ι)「括弧・返り点」の「読み方」。   :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post_7.html)。
(κ)「返り点」に代はる『括弧』の付け方。:(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post_8.html)。
(λ)白文に「括弧」を付けるプログラム。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post_52.html)。

2017年12月9日土曜日

「可以」について。

(01)
もし音を発音するときの物理的・身体的な口腔の膨張によって「音=大きい」とイメージがつくられているのだとしたら、面白いですね。この仮説が正しいとすると、なぜ英語話者や中国語話者も濁音に対して「大きい」というイメージを持っているか説明がつきます。
(川原繁人、音とことばの不思議な世界、2015年、13頁)。
従って、
(01)により、
(02)
① 何は(清音)
② 何音)
に於いて、
② 何(濁音) は、「音による、強調形」である。
である。
然るに、
(03)
前置による強調
動詞についての目的語は、その動詞の後に置かれるのが、漢語における基本構造としての単語の配列のしかたである。また、漢語における介詞は、ほとんど、動詞から発達したものであって、その目的語も、その介詞の後に置かれるのが、通則であるということができる。しかし、古代漢語においては、それらの目的語が疑問詞である場合には、いずれも、その動詞・介詞の前におかれている。このように、漢語としての通常の語順を変えて、目的語の疑問詞を前置することは、疑問文において、その疑問の中心になっている疑問詞を、特に強調したものにちがいない。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、334・5頁)
従って、
(03)により、
(04)
① 以(前置でない
以(前置である)
に於いて、
以(前置である) は、「前置による、強調形」である。
従って、
(02)(04)により、
(05)
② 何(濁音) は、「疑問詞であって、強調形」であって、
以(前置) は。「疑問詞であって、強調形」である。
cf.
② 何以(前置)⇒ WH移動(生成文法)。
然るに、
(06)
「前置」とは、「言ひ方」を換へると、「倒置」であり、
「強調」とは、「言ひ方」を換へると、「強意」である。
従って、
(05)(06)により、
(07)
② 何が は、「疑問詞であって、(濁音による)強意形」であって、
② 何以 は、「疑問詞であって、(倒置による)強意形」である。
(08)
(2)「倒置」により、次の各分は文の成分の位置が変わっている。
① 詠嘆 ・・・ 賢人哉回也(賢なるかな回や)。
強意 ・・・ 何亡国敗家之有(何ぞ国を亡ぼし家を敗ること之有らん)。
提示 ・・・ 古人不可以成敗論也(古人をば成敗を以て論ずべからざるなり)。
(中村幸弘・杉本完治、漢文文型 訓読の語法、2012年、36頁を参照。)
従って、
(07)(08)により、
(09)
② 何以遂得天下=何を以て遂に天下を得たる(十八史略)。
③ 覇道不可以得天下=覇道は以て天下を得るべからず(作例)。
に於いて、
② は、「(強意のための)倒置」であって、
③ は、「(提示のための)倒置」である。
従って、
(09)により、
(10)
③ 覇道不可以得天下=覇道は以て天下を得るべからず(作例)。
③ 夫興亡治乱之迹、為人君者可以鑒矣=夫れ、興亡治乱之迹、人君たる者以て鑒みるべし(朋党論)。
に於いて、
③ 覇道      は、「(提示のための)倒置」であって、
③ 興亡治乱之迹 も、「(提示のための)倒置」である。
従って、
(10)により、
(11)
③ 夫興亡治乱之迹、為人君者可以鑒矣(朋党論)。
の場合は、
③「(提示のための)倒置」をせずに、
③ 其治世(補語) を、加へて、「作例」するならば、
④ 為人君者可以興亡治乱之迹鑒其治世矣=
④ 為(人君)者可〔以(興亡治乱之迹)鑒(其治世)〕矣⇒
④ (人君)為者〔(興亡治乱之迹)以(其治世)鑒〕可矣=
④ (人君)たる者〔(興亡治乱の迹を)以て(其の治世を)鑑がみる〕べし矣=
④ (人に君主)たる者は〔(国家の興亡治乱の事跡を)以て(自分自身の治世と)照らし合はせる〕べきである!。
といふ、ことになる。
従って、
(11)により、
(12)
③ 夫興亡治乱之迹、為人君者可以鑒矣(朋党論)。
といふ「漢文」は、
③「(提示のための)倒置」を、「元に戻す」と、
③ 為人君者可以興亡治乱之迹鑒矣=人君たる者は、興亡治乱の迹を以て鑑がみるべし!(作例)。
といふ、ことになる。
然るに、
(13)
以Ⅴ」は、可能・許可の「Ⅴできる」意を表し、意味は「」のない「可Ⅴ」(Ⅴすべし)とほとんど同じです。
(古田島洋介、これならわかる復文の要領、2017年、154頁)
従って、
(12)(13)により、
(14)
③ 夫興亡治乱之迹、為人君者可以鑒矣(朋党論)。
といふ「漢文」は、
③「(提示のための)倒置」を、敢へて、「元に戻す」と、
③ 為人君者可以興亡治乱之迹鑒矣=
③ 人君たる者は、興亡治乱の迹を以て鑑がみるべし!(作例)。
といふ、ことになる。といふのは、飽く迄も、「私見」であって、漢文の先生や、中国語の先生が、そのやうに、言ってゐるわけではない。
平成29年12月09日、毛利太。