(01)
1は(0) を含んでゐる。
2は(1,0) を含んでゐる。
3は(2,1,0) を含んでゐる。
4は(3,2,1,0) を含んでゐる。
5は(4,3,2,1,0) を含んでゐる。
6は(5,4,3,2,1,0) を含んでゐる。
7は(6,5,4,3,2,1,0) を含んでゐる。
8は(7,6,5,4,3,2,1,0) を含んでゐる。
9は(8,7,6,5,4,3,2,1,0)を含んでゐる。
従って,
(01)により,
(02)
9は(7,4,2,1,0,3,6,5,8)を含んでゐる。
7は(4,2,1,0,3,6,5) を含んでゐる。
4は(2,1,0,3) を含んでゐる。
2は(1,0) を含んでゐる。
1は(0) を含んでゐる。
6は(5) を含んでゐる。
従って,
(02)により,
(03)
9は〈7,4,2,1,0,3,6,5,8〉を含んでゐる。
7は{4,2,1,0,3,6,5} を含んでゐる。
4は[2,1,0,3] を含んでゐる。
2は〔1,0〕 を含んでゐる。
1は(0) を含んでゐる。
6は(5) を含んでゐる。
従って、
(03)により、
(04)
9〈7{4[2〔1(0)〕3]6(5)}8〉。
(05)
有の〈補語〉は〈喜,与,不,如,己,者,為,友,心〉である。
喜の{補語}は{与,不,如,己,者,為,友} である。
与の[補語]は[不,如,己,者] である。
不の〔補語〕は〔如,己〕 である。
如の(補語)は(己) である。
為の(補語)は(友) である。
従って、
(05)により、
(06)
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
従って、
(04)(06)により、
(07)
9〈7{4[2〔1(0)〕3]6(5)}8〉。
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
従って、
(07)により、
(08)
9 7 4 2 1 0 3 6 5 8。
といふ「数値」に対して、
9〈7{4[2〔1(0)〕3]6(5)}8〉。
といふ「括弧」を与へるやうにして、
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対して、
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
といふ「括弧」を与へることが、出来る。
然るに、
(09)
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉=
9〈7{4[2〔1(0)〕3]6(5)}8〉。
に於いて、
9〈 〉⇒〈 〉9
7{ }⇒{ }7
4[ ]⇒[ ]4
2〔 〕⇒〔 〕2
1( )⇒( )1
6( )⇒( )6
といふ「移動」を行ふと、
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉=
9〈7{4[2〔1(0)〕3]6(5)}8〉⇒
〈{[〔(0)1〕23]4(5)6}78〉9=
〈{[〔(己)如〕不者]与(友)為}喜心〉有=
〈{[〔(己に)如か〕ざる者]と(友と)為るを}喜ぶの心〉有り。
従って、
(08)(09)により、
(10)
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対して、
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
といふ「括弧」を与へることは、
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対して、
9 7 4 2 1 0 3 6 5 8。
といふ「順番」を与へることに、「等しい」。
然るに、
(11)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、二九六頁)
従って、
(09)(11)により、
(12)
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉=
9〈7{4[2〔1(0)〕3]6(5)}8〉⇒
〈{[〔(己)如〕不者]与(友)為}喜心〉有=
〈{[〔(己に)如か〕ざる者]と(友と)為るを}喜ぶの心〉有り。
に於ける、
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
といふ「括弧」は、「漢文の補足構造」に、他ならない。
従って、
(10)(12)により、
(13)
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対して、
9 7 4 2 1 0 3 6 5 8。
といふ「順番」を与へることは、
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文の補足構造」を「把握」することに、他ならない。
然るに、
(14)
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対して、
9 7 4 2 1 0 3 6 5 8。
といふ「順番」を与へることは、
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対して、「返り点」を与へることに、他ならない。
従って、
(14)により、
(15)
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対して、「返り点(順番)」を与へることは、
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文の補足構造」を、「把握」することに、他ならない。
平成29年03月13日、毛利太。
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