(01)
(ⅰ)
1 (1) P∨ Q A
2 (2) ~P&~Q A
3 (3) P A
2 (4) ~P 2&E
23 (5) P&~P 34&I
3 (6)~(~P&~Q) 25RAA
7 (7) Q A
2 (8) ~Q 2&E
2 7 (9) Q&~Q 78&I
7 (ア)~(~P&~Q) 29RAA
1 (イ)~(~P&~Q) 1367ア∨E
ウ (ウ) ~P A
エ(エ) ~Q A
ウエ(オ) ~P&~Q ウエ&I
1 ウエ(カ)~(~P&~Q)&
(~P&~Q) 1オ&I
1 ウ (キ) ~~Q エカRAA
1 ウ (ク) Q キDN
1 (ケ) ~P→ Q ウクCP
(ⅱ)
1 (1) ~P→Q A
2 (2) ~(P∨Q) A
3(3) P A
3(4) P∨Q 3∨I
23(5) ~(P∨Q)&
(P∨Q) 24&I
2 (6) ~P 35RAA
12 (7) Q 16MPP
12 (8) P∨Q 7∨I
12 (9) ~(P∨Q)&
(P∨Q) 28&I
1 (ア)~~(P∨Q) 29RAA
1 (イ) P∨Q アDN
従って、
(01)により、
(02)
① P∨Q(Pか、または、 Qである)。
② ~P→Q(Pでないならば、Qである)。
に於いて、
①=② である(含意の定義)。
従って、
(02)により、
(03)
① P∨(Q&R)
②(P∨Q)&(P∨R)
といふ「論理式」は、それぞれ、
① ~P→(Q&R)
②(~P→Q)&(~P→R)
といふ「論理式」に「等しい」。
従って、
(03)により、
(04)
① ~P→(Q&R)
②(~P→Q)&(~P→R)
に於いて、
①=② であるならば、そのときに限って、
① P∨(Q&R)
②(P∨Q)&(P∨R)
に於いて、
①=② である。
然るに、
(05)
① ~P→(Q&R)
②(~P→Q)&(~P→R)
であって、尚且つ、
① ~P
② ~P
であるならば、そのときに限って、
① Q&R
② Q&R
である。
従って、
(05)により、
(06)
① ~P→(Q&R)
②(~P→Q)&(~P→R)
に於いて、
①=② である。
従って、
(04)(06)により、
(07)
① P∨(Q&R)
②(P∨Q)&(P∨R)
に於いて、
①=② である。
従って、
(02)~(07)により、
(08)
① P∨Q(Pか、または、 Qである)。
② ~P→Q(Pでないならば、Qである)。
に於いて、
①=② である(含意の定義)。
といふことが、「理解」出来るのであれば、
① P∨(Q&R)
②(P∨Q)&(P∨R)
に於いて、
①=② である(分配の法則)。
といふことが、「理解」出来る。
といふ、ことになる。
然るに、
(09)
① P∨Q(Pか、または、 Qである)。然るに、~P(Pでない)。故に、Q(Qである)。
② ~P→Q(Pでないならば、Qである)。然るに、~P(Pでない)。故に、Q(Qである)。
といふ「推論(選言三段論法)」は、「当然」である。
従って、
(08)(09)により、
(10)
① P∨(Q&R)
②(P∨Q)&(P∨R)
に於いて、
①=② である(分配の法則)。
といふことは、「当然」である。
然るに、
(11)
① P∨(Q&R)
②(P∨Q)&(P∨R)
といふ「論理式」は、
① A∪(B∩C)
②(A∪B)∩(A∪C)
といふ「集合の式」に、相当し、
①=② である(分配法則)。
といふことは、「高校数学」では、「ベン図」によって、「証明」される。
従って、
(08)(11)により、
(12)
① A∪(B∩C)
②(A∪B)∩(A∪C)
といふ「集合の式」が、
① P∨(Q&R)
②(P∨Q)&(P∨R)
といふ「論理式」に「相当」し、それ故、
① ~P→(Q&R)
②(~P→Q)&(~P→R)
といふ「論理式」に、すなはち、
① Pでないならば(Qであって、Rである)。
②(Pでないならば、Qであって)、(Pでないならば、Rである)。
といふ「日本語」に「相当」する。
といふことが、「理解」出来るのであれば、わざわざ、
のやうな「(分かり難い)ベン図」を用ゐる「必要」は無い。
令和03年10月30日、毛利太。
2021年10月30日土曜日
2021年10月29日金曜日
「コンニャクは太らない」の「述語論理」と「漢文」。
(01)
(ⅰ)
1 (1)∀x{蒟蒻x→~∃y(人y&食yx&太y)} A
1 (2) 蒟蒻a→~∃y(人y&食ya&太y) 1UE
3 (3) 蒟蒻a A
13 (4) ~∃y(人y&食ya&太y) 23MPP
13 (5) ∀y~(人y&食ya&太y) 4量化子の関係
13 (6) ~(人b&食ba&太b) 5UE
13 (7) ~人b∨~食ba∨~太b 6ド・モルガンの法則
13 (8) (~人b∨~食ba)∨~太b 7結合法則
9 (9) (~人b∨~食ba) A
9 (ア) ~(人b&食ba) 9ド・モルガンの法則
9 (イ) ~(人b&食ba)∨~太b 9∨I
ウ(ウ) ~太b A
ウ(エ) ~(人b&食ba)∨~太b ウ∨I
13 (オ) ~(人b&食ba)∨~太b 89イウエ∨E
13 (カ) 人b&食ba→~太b オ含意の定義
13 (キ) ∀y(人b&食ba→~太b) カUI
1 (ク) 蒟蒻a→∀y(人y&食ya→~太y) 3キCP
1 (ケ)∀x{蒟蒻x→∀y(人y&食yx→~太y)} クUI
(ⅱ)
1 (1)∀x{蒟蒻x→∀y(人y&食yx→~太y)} A
1 (2) 蒟蒻a→∀y(人y&食ya→~太y) 1UE
3 (3) 蒟蒻a A
13 (4) ∀y(人y&食ya→~太y 23MPP
13 (5) 人b&食ba→~太b 1UE
13 (6) ~(人b&食ba)∨~太b 5含意の定義
7 (7) ~(人b&食ba) A
7 (8) ~人b∨~食ba 7ド・モルガンの法則
7 (9) ~人b∨~食ba∨~太b 8∨I
ア(ア) ~太b A
ア(イ) ~人b∨~食ba∨~太b ア∨I
13 (ウ) ~人b∨~食ba∨~太b 679アイ∨E
13 (エ) ~(人b&食ba&太b) ウド・モルガンの法則
13 (オ) ∀y~(人b&食ba&太b) エUI
13 (カ) ~∃y(人b&食ba&太b) オ量化子の関係
1 (キ) 蒟蒻a→~∃y(人y&食ya&太y) 3カCP
1 (ク)∀x{蒟蒻x→~∃y(人y&食yx&太y)} キUI
従って、
(01)により、
(02)
② ∀x{蒟蒻x→~∃y(人y&食yx& 太y)}
③ ∀x{蒟蒻x→ ∀y(人y&食yx→~太y)}
に於いて、
②=③ である。
従って、
(02)により、
(03)
② すべてのxについて{xが蒟蒻であるならば、ある(yが人であり、yがxを食べ、yが太る)といふことはない}。
③ すべてのxについて{xが蒟蒻であるならば、いかなるyであっても(yが人であって、yがxを食べたとしても、yは太らない)}。
に於いて、
②=③ である。
従って、
(03)により、
(04)
② コンニャクは、それを食べて、太る者はゐない。
③ コンニャクは、どんな人が、それを食べても、その人は太らない。
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(05)
① コンニャクは、太らない。
といふことは、
② コンニャクは、それを食べて、太る者はゐない。
③ コンニャクは、どんな人が、それを食べても、その人は太らない。
といふことに、他ならない。
従って、
(05)により、
(06)
① コンニャクは、太らない。
② コンニャクは、それを食べて、太る者はゐない。
③ コンニャクは、どんな人が、それを食べても、その人は太らない。
に於いて、
①=②=③ である。
従って、
(01)~(06)により、
(07)
① コンニャクは、太らない。
② ∀x{蒟蒻x→~∃y(人y&食yx& 太y)}。
③ ∀x{蒟蒻x→ ∀y(人y&食yx→~太y)}。
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(08)
④ 蒟蒻無人食之而太者=
④ 蒟蒻無〔人食(之)而太者〕⇒
④ 蒟蒻〔人(之)食而太者〕無=
④ 蒟蒻は〔人にして(之れ)を食して太る者〕無し=
④ コンニャクは、これを食べて、太る者は、ゐない。
(09)
⑤ 蒟蒻人雖食之則不太=
⑤ 蒟蒻人雖〔食(之)〕則不(太)⇒
⑤ 蒟蒻人〔(之)食〕雖則(太)不=
⑤ 蒟蒻は人〔(之れを)食すと〕雖も則ち(太ら)ず=
⑤ コンニャクは、どんな人が、それを食べても、その人は太らない。
従って、
(07)(08)(09)により、
(10)
「番号」を付け直すと、
① コンニャクは、太らない。
② 蒟蒻無人食之而太者。
③ 蒟蒻人雖食之則不太。
④ ∀x{蒟蒻x→~∃y(人y&食yx& 太y)}。
⑤ ∀x{蒟蒻x→ ∀y(人y&食yx→~太y)}。
⑥ コンニャクは、これを食べて、太る者は、ゐない。
⑦ コンニャクは、どんな人が、それを食べても、その人は太らない。
に於いて、
①=②=③=④=⑤=⑥=⑦ である。
然るに、
(11)
② 蒟蒻無人食之而太者。
③ 蒟蒻人雖食之則不太。
といふ「漢文」は、もちろん、私による『作例』であって、尚且つ、
私の場合は、「漢文」も、「論理学」も、ほぼ100%を以て、「独学」である。
cf.
一般教養の科目として「論理学」を履修した際は、「真理値表」さへ理解せず、「単位」を取ることが、出来なかった。
然るに、
(12)
日本人が漢文を書く場合、漢文直訳体の日本語である漢文訓読は、有力な道具となり得る。実際に漢詩・漢文を自分で書いてみればわかることだが、日本人が音読直読だけで純正漢文を書くことは、なかなかに難しい(そもそも漢文の音読直読ができる現代中国人でも、純正漢文が書ける者は少ない)(加藤徹 他、「訓読」論、2008年、265頁改)。
従って、
(12)により、
(13)
加藤先生は、
④ 蒟蒻は、人にして之れを食して太る者無し。
⑤ 蒟蒻は、人之れを食すと雖も、則ち太らず。
といふ「日本語」が、「訓読」として「正しい」のであれば、
② 蒟蒻無人食之而太者。
③ 蒟蒻人雖食之則不太。
といふ「漢文」も、「正しい」。
といふ風に、述べてゐる。
然るに、
(14)
④ 蒟蒻は、人にして之れを食して太る者無し。
⑤ 蒟蒻は、人之れを食すと雖も、則ち太らず。
といふ「日本語」は、「訓読」として「正しい」に、違ひない。
従って、
(08)~(14)により、
(15)
② 蒟蒻無人食之而太者。
③ 蒟蒻人雖食之則不太。
といふ「漢文」は、「純正漢文」として、「正しい」に、違ひないし、私としては、
④ ∀x{蒟蒻x→~∃y(人y&食yx& 太y)}。
⑤ ∀x{蒟蒻x→ ∀y(人y&食yx→~太y)}。
といふ「述語論理式」が、「文法的に正しい」の同様に、
② 蒟蒻無人食之而太者。
③ 蒟蒻人雖食之則不太。
といふ「漢文」も、「純正漢文」として、「文法的に正しい」といふ風に、信じてゐる。
令和03年10月29日、毛利太。
(ⅰ)
1 (1)∀x{蒟蒻x→~∃y(人y&食yx&太y)} A
1 (2) 蒟蒻a→~∃y(人y&食ya&太y) 1UE
3 (3) 蒟蒻a A
13 (4) ~∃y(人y&食ya&太y) 23MPP
13 (5) ∀y~(人y&食ya&太y) 4量化子の関係
13 (6) ~(人b&食ba&太b) 5UE
13 (7) ~人b∨~食ba∨~太b 6ド・モルガンの法則
13 (8) (~人b∨~食ba)∨~太b 7結合法則
9 (9) (~人b∨~食ba) A
9 (ア) ~(人b&食ba) 9ド・モルガンの法則
9 (イ) ~(人b&食ba)∨~太b 9∨I
ウ(ウ) ~太b A
ウ(エ) ~(人b&食ba)∨~太b ウ∨I
13 (オ) ~(人b&食ba)∨~太b 89イウエ∨E
13 (カ) 人b&食ba→~太b オ含意の定義
13 (キ) ∀y(人b&食ba→~太b) カUI
1 (ク) 蒟蒻a→∀y(人y&食ya→~太y) 3キCP
1 (ケ)∀x{蒟蒻x→∀y(人y&食yx→~太y)} クUI
(ⅱ)
1 (1)∀x{蒟蒻x→∀y(人y&食yx→~太y)} A
1 (2) 蒟蒻a→∀y(人y&食ya→~太y) 1UE
3 (3) 蒟蒻a A
13 (4) ∀y(人y&食ya→~太y 23MPP
13 (5) 人b&食ba→~太b 1UE
13 (6) ~(人b&食ba)∨~太b 5含意の定義
7 (7) ~(人b&食ba) A
7 (8) ~人b∨~食ba 7ド・モルガンの法則
7 (9) ~人b∨~食ba∨~太b 8∨I
ア(ア) ~太b A
ア(イ) ~人b∨~食ba∨~太b ア∨I
13 (ウ) ~人b∨~食ba∨~太b 679アイ∨E
13 (エ) ~(人b&食ba&太b) ウド・モルガンの法則
13 (オ) ∀y~(人b&食ba&太b) エUI
13 (カ) ~∃y(人b&食ba&太b) オ量化子の関係
1 (キ) 蒟蒻a→~∃y(人y&食ya&太y) 3カCP
1 (ク)∀x{蒟蒻x→~∃y(人y&食yx&太y)} キUI
従って、
(01)により、
(02)
② ∀x{蒟蒻x→~∃y(人y&食yx& 太y)}
③ ∀x{蒟蒻x→ ∀y(人y&食yx→~太y)}
に於いて、
②=③ である。
従って、
(02)により、
(03)
② すべてのxについて{xが蒟蒻であるならば、ある(yが人であり、yがxを食べ、yが太る)といふことはない}。
③ すべてのxについて{xが蒟蒻であるならば、いかなるyであっても(yが人であって、yがxを食べたとしても、yは太らない)}。
に於いて、
②=③ である。
従って、
(03)により、
(04)
② コンニャクは、それを食べて、太る者はゐない。
③ コンニャクは、どんな人が、それを食べても、その人は太らない。
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(05)
① コンニャクは、太らない。
といふことは、
② コンニャクは、それを食べて、太る者はゐない。
③ コンニャクは、どんな人が、それを食べても、その人は太らない。
といふことに、他ならない。
従って、
(05)により、
(06)
① コンニャクは、太らない。
② コンニャクは、それを食べて、太る者はゐない。
③ コンニャクは、どんな人が、それを食べても、その人は太らない。
に於いて、
①=②=③ である。
従って、
(01)~(06)により、
(07)
① コンニャクは、太らない。
② ∀x{蒟蒻x→~∃y(人y&食yx& 太y)}。
③ ∀x{蒟蒻x→ ∀y(人y&食yx→~太y)}。
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(08)
④ 蒟蒻無人食之而太者=
④ 蒟蒻無〔人食(之)而太者〕⇒
④ 蒟蒻〔人(之)食而太者〕無=
④ 蒟蒻は〔人にして(之れ)を食して太る者〕無し=
④ コンニャクは、これを食べて、太る者は、ゐない。
(09)
⑤ 蒟蒻人雖食之則不太=
⑤ 蒟蒻人雖〔食(之)〕則不(太)⇒
⑤ 蒟蒻人〔(之)食〕雖則(太)不=
⑤ 蒟蒻は人〔(之れを)食すと〕雖も則ち(太ら)ず=
⑤ コンニャクは、どんな人が、それを食べても、その人は太らない。
従って、
(07)(08)(09)により、
(10)
「番号」を付け直すと、
① コンニャクは、太らない。
② 蒟蒻無人食之而太者。
③ 蒟蒻人雖食之則不太。
④ ∀x{蒟蒻x→~∃y(人y&食yx& 太y)}。
⑤ ∀x{蒟蒻x→ ∀y(人y&食yx→~太y)}。
⑥ コンニャクは、これを食べて、太る者は、ゐない。
⑦ コンニャクは、どんな人が、それを食べても、その人は太らない。
に於いて、
①=②=③=④=⑤=⑥=⑦ である。
然るに、
(11)
② 蒟蒻無人食之而太者。
③ 蒟蒻人雖食之則不太。
といふ「漢文」は、もちろん、私による『作例』であって、尚且つ、
私の場合は、「漢文」も、「論理学」も、ほぼ100%を以て、「独学」である。
cf.
一般教養の科目として「論理学」を履修した際は、「真理値表」さへ理解せず、「単位」を取ることが、出来なかった。
然るに、
(12)
日本人が漢文を書く場合、漢文直訳体の日本語である漢文訓読は、有力な道具となり得る。実際に漢詩・漢文を自分で書いてみればわかることだが、日本人が音読直読だけで純正漢文を書くことは、なかなかに難しい(そもそも漢文の音読直読ができる現代中国人でも、純正漢文が書ける者は少ない)(加藤徹 他、「訓読」論、2008年、265頁改)。
従って、
(12)により、
(13)
加藤先生は、
④ 蒟蒻は、人にして之れを食して太る者無し。
⑤ 蒟蒻は、人之れを食すと雖も、則ち太らず。
といふ「日本語」が、「訓読」として「正しい」のであれば、
② 蒟蒻無人食之而太者。
③ 蒟蒻人雖食之則不太。
といふ「漢文」も、「正しい」。
といふ風に、述べてゐる。
然るに、
(14)
④ 蒟蒻は、人にして之れを食して太る者無し。
⑤ 蒟蒻は、人之れを食すと雖も、則ち太らず。
といふ「日本語」は、「訓読」として「正しい」に、違ひない。
従って、
(08)~(14)により、
(15)
② 蒟蒻無人食之而太者。
③ 蒟蒻人雖食之則不太。
といふ「漢文」は、「純正漢文」として、「正しい」に、違ひないし、私としては、
④ ∀x{蒟蒻x→~∃y(人y&食yx& 太y)}。
⑤ ∀x{蒟蒻x→ ∀y(人y&食yx→~太y)}。
といふ「述語論理式」が、「文法的に正しい」の同様に、
② 蒟蒻無人食之而太者。
③ 蒟蒻人雖食之則不太。
といふ「漢文」も、「純正漢文」として、「文法的に正しい」といふ風に、信じてゐる。
令和03年10月29日、毛利太。
2021年10月28日木曜日
「コンニャクは太らない」の「述語論理」と「提示語」。
(01)
たとえば「こんにゃく文」と呼ばれるものです。「こんにゃくは太りません」という例文には主語があるでしょうか。
主語があるとしたら何であるかが問題になります。主語は述語と対応関係を形成します。述語の主人公が主語です。
主語が「こんにゃく(は)」で述語が「太りません」では、文の意味が[太らないとされる当事者がこんにゃく]ということになってしまいます。例文の文構造を、どう考えるべきでしょうか。
(投稿日: 2017-02-06 作成者: 丸山有彦)
然るに、
(02)
1 (1) ∀x{蒟蒻x→~∃y(人y&食yx&太y)} A
2 (2) ∀x{麺麭x→ ∃y(人y&食yx&太y)} A
3 (3) ∃x(蒟蒻x&麺麭x) A
1 (4) 蒟蒻a→~∃y(人y&食ya&太y) 1UE
2 (5) 蒟蒻a→ ∃y(人y&食ya&太y) 2UE
6 (6) 蒟蒻a&麺麭a A
6 (7) 蒟蒻a 6&E
6 (8) 麺麭a 6&E
1 6 (9) ~∃y(人y&食yx&太y) 47MPP
2 6 (ア) ∃y(人y&食yx&太y) 58MPP
12 6 (イ) ~∃y(人y&食yx&太y)&
∃y(人y&食yx&太y) 9ア&I
123 (ウ) ~∃y(人y&食yx&太y)&
∃y(人y&食yx&太y) 36イEE
12 (エ)~∃x(蒟蒻x&麺麭x) 3ウRAA
オ (オ) 蒟蒻a&麺麭a A
オ (カ) ∃x(蒟蒻x&麺麭x) オEI
12 オ (キ)~∃x(蒟蒻x&麺麭x)&∃x(蒟蒻x&麺麭x) オカ&I
12 (ク) ~(蒟蒻a&麺麭a) オキRAA
ケ (ケ) 蒟蒻a A
コ(コ) 麺麭a A
ケコ(サ) 蒟蒻a&麺麭a ケコ&I
12 ケコ(シ) ~(蒟蒻a&麺麭a)&(蒟蒻a&麺麭a) クサ&I
12 ケ (ス) ~麺麭a コシRAA
12 (セ) 蒟蒻a→~麺麭a ケスCP
12 (ソ)∀x(蒟蒻x→~麺麭x) セUI
従って、
(02)により、
(03)
① ∀x{蒟蒻x→~∃y(人y&食yx&太y)}。然るに、
② ∀x{麺麭x→ ∃y(人y&食yx&太y)}。従って、
③ ∀x(蒟蒻x→~麺麭x)。
といふ「推論(三段論法)」は、「妥当」である。
従って、
(03)により、
(04)
① すべてのxについて{xが蒟蒻であるならば、ある(yが人であり、yがxを食べ、yが太る)といふことはない}。然るに、
② すべてのxについて{xが麺麭であるならば、ある(yは人であり、yはxを食べ、yは太る)}。従って、
③ すべてのxについて(xが蒟蒻であるならば、xは麺麭ではない)。
といふ「推論(三段論法)」は、「妥当」である。
従って、
(04)により、
(05)
① コンニャクは、それを食べて、太る者はゐない。然るに、
② パンは、 それを食べて、太る者もゐる。 従って、
③ コンニャクは、パンではない。
といふ「推論(三段論法)」は、「妥当」である。
従って、
(02)~(05)により、
(06)
① コンニャクは、それを食べて、太る者はゐない。
③ コンニャクは、パンではない。
といふ「日本語」は、
① ∀x{蒟蒻x→~∃y(人y&食yx&太y)}。
③ ∀x(蒟蒻x→~麺麭x)。
といふ「述語論理式」に、「相当」する。
従って、
(06)により、
(07)
① コンニャクは、それを食べて、太る者はゐない。
③ コンニャクは、パンではない。
といふ「日本語」に於ける、
① コンニャクは、
③ コンニャクは、
といふ「日本語」は、両方とも、
① ∀x{蒟蒻x→
③ ∀x(蒟蒻x→
といふ「意味」、すなはち、
① すべてのxについて{xが蒟蒻であるならば、
③ すべてのxについて{xが蒟蒻であるならば、
といふ、「意味」である。
従って、
(07)により、
(08)
① コンニャクは、それを食べて、太る者はゐない。
③ コンニャクは、パンではない。
といふ「日本語」に於ける、
① コンニャクは、
③ コンニャクは、
に於いて、
① =② である。
然るに、
(09)
③ コンニャクはパンではない。
に於ける、
③ コンニャクは
は、「常識的」には、「主語」である。
従って、
(08)(09)により、
(10)
① コンニャクは、それを食べて、太る者はゐない。
③ コンニャクは、パンではない。
といふ「日本語」に於ける、
① コンニャクは、
③ コンニャクは、
に於いて、
① は「主語」であり、
② も「主語」である。
然るに、
(11)
② 蒟蒻無人食之而太者=
② 蒟蒻無〔人食(之)而太者〕⇒
② 蒟蒻〔人(之)食而太者〕無=
② 蒟蒻は〔人にして(之れ)を食して太る者〕無し=
② コンニャクは、これを食べて、太る者は、ゐない。
従って、
(10)(11)により、
(12)
① コンニャクは、それを食べて、太る者はゐない。
② 蒟蒻は〔人にして(之れ)を食して太る者〕無し。
③ コンニャクは、パンではない。
といふ「日本語」に於ける、
① コンニャクは、
③ コンニャクは、
に於いて、
① は「主語」であり、
② も「主語」であり、
③ も「主語」である。
然るに、
(13)
第17節 大主語・提示語
主語・述語の順序で並べられた文章で、述語の上に置かれる語が一つの主語ではなく、主語が重なっている場合がある。
また何かについて述べようとしてその語をまず先に掲げておいて、その次にそれについて具体的に説明する場合がある。
(西田太一郎、漢文の語法、1980年、120頁改)
従って、
(11)(12)(13)により、
(14)
① コンニャクは、それを食べて、太る者はゐない。
② 蒟蒻は〔人にして(之れ)を食して太る者〕無し。
といふ「日本語」に於ける、
① コンニャクは、
② 蒟蒻は、
に於いて、
① は「提示語」であり、
② も「提示語」である。
従って、
(01)~(14)により、
(15)
「述語論理」並びに、「漢文の文法」といふ「観点」からすれば、
① コンニャクは、太らない。
② 蒟蒻は〔人にして(之れ)を食して太る者〕無し。
といふ「日本語」に於ける、
① コンニャクは、
② 蒟蒻は、
に於いて、
① は「主語(提示語)」であり、
② も「主語(提示語)」である。
従って、
(15)により、
(16)
「述語論理」並びに、「漢文の文法」からすれば、
「主語(提示語)」といふ「用語」を、「廃止」すべきではない。
然るに、
(17)
学校文法は単純な英語文法からの輸入で、主語・述語関係を単純に当てはめたものだ。そのため、「象は、鼻が長い」という単純な文でさえ、どれが主語だか指摘できず、複数主語だとか、主語の入れ子だとか、奇矯な技を使う。これに対して三上は、日本語には主語はない、とする。「象は」は、テーマを提示する主題であり、これから象についてのことを述べますよというメンタルスペースのセットアップであり、そのメンタルスペースのスコープを形成する働きをもつと主張する(この場合は「長い」までをスコープとする)。また、「鼻が」は主格の補語にすぎなく、数ある補語と同じ格であるとする。基本文は述語である「長い」だけだ。
(三上文法! : wrong, rogue and log)
従って、
(17)により、
(18)
三上先生が所謂、「テーマを提示する主題」といふのは、
西田先生が所謂、「提示語」であるに、違ひない。
然るに、
(19)
「主語」を廃止しようというのは、この用語のままでは困るからである。困ることが前提である。だから、まず困ってもらわないと、困るのである。困ったことには、まず困るというところへも行かない人がかなり多いらしい。
(三上章、日本語の論理、1963年、148頁)
従って、
(13)(18)(19)により、
(20)
西田先生は、「主語」と「提示語」を、「矛盾」しないとしてゐるものの、
三上先生は、「主語」と「提示語」を、「矛盾」するものとして、捉えてゐる。
然るに、
(21)
まだ現物を見ていませんが、幻の書と言われた漢文の解説本が復刊されました。
2chの漢文参考書スレには必ずといっていいほど登場する本。
そして古本では必ず1万円以上する!! ―中略―、
知る人ぞ知る、『漢文法基礎』です。久々に「買い」の本が出ましたよ。
(古田島洋介、FC2ブログ、古代中国箚記)
然るに、
(22)
最近、神保町で購入した『漢文の語法』も、YAHOO!ショッピングでは、2万円近くするものの、
『二畳庵主人著、漢文法基礎』も、
『西田太一郎著、漢文の語法』も、
「主語」を廃止しようというのは、この用語のままでは困るからである。
といふ「立場」を、取ってはいない。
従って、
(19)(22)により、
(23)
三上先生は、「主語」を廃止しようというのは、この用語のままでは困るからである。
といふものの、『漢文の文法(語法)』を学ぼうと、する限り、「主語」といふ「用語」を、「無視」するわけには、行かない。
令和03年10月28日、毛利太。
たとえば「こんにゃく文」と呼ばれるものです。「こんにゃくは太りません」という例文には主語があるでしょうか。
主語があるとしたら何であるかが問題になります。主語は述語と対応関係を形成します。述語の主人公が主語です。
主語が「こんにゃく(は)」で述語が「太りません」では、文の意味が[太らないとされる当事者がこんにゃく]ということになってしまいます。例文の文構造を、どう考えるべきでしょうか。
(投稿日: 2017-02-06 作成者: 丸山有彦)
然るに、
(02)
1 (1) ∀x{蒟蒻x→~∃y(人y&食yx&太y)} A
2 (2) ∀x{麺麭x→ ∃y(人y&食yx&太y)} A
3 (3) ∃x(蒟蒻x&麺麭x) A
1 (4) 蒟蒻a→~∃y(人y&食ya&太y) 1UE
2 (5) 蒟蒻a→ ∃y(人y&食ya&太y) 2UE
6 (6) 蒟蒻a&麺麭a A
6 (7) 蒟蒻a 6&E
6 (8) 麺麭a 6&E
1 6 (9) ~∃y(人y&食yx&太y) 47MPP
2 6 (ア) ∃y(人y&食yx&太y) 58MPP
12 6 (イ) ~∃y(人y&食yx&太y)&
∃y(人y&食yx&太y) 9ア&I
123 (ウ) ~∃y(人y&食yx&太y)&
∃y(人y&食yx&太y) 36イEE
12 (エ)~∃x(蒟蒻x&麺麭x) 3ウRAA
オ (オ) 蒟蒻a&麺麭a A
オ (カ) ∃x(蒟蒻x&麺麭x) オEI
12 オ (キ)~∃x(蒟蒻x&麺麭x)&∃x(蒟蒻x&麺麭x) オカ&I
12 (ク) ~(蒟蒻a&麺麭a) オキRAA
ケ (ケ) 蒟蒻a A
コ(コ) 麺麭a A
ケコ(サ) 蒟蒻a&麺麭a ケコ&I
12 ケコ(シ) ~(蒟蒻a&麺麭a)&(蒟蒻a&麺麭a) クサ&I
12 ケ (ス) ~麺麭a コシRAA
12 (セ) 蒟蒻a→~麺麭a ケスCP
12 (ソ)∀x(蒟蒻x→~麺麭x) セUI
従って、
(02)により、
(03)
① ∀x{蒟蒻x→~∃y(人y&食yx&太y)}。然るに、
② ∀x{麺麭x→ ∃y(人y&食yx&太y)}。従って、
③ ∀x(蒟蒻x→~麺麭x)。
といふ「推論(三段論法)」は、「妥当」である。
従って、
(03)により、
(04)
① すべてのxについて{xが蒟蒻であるならば、ある(yが人であり、yがxを食べ、yが太る)といふことはない}。然るに、
② すべてのxについて{xが麺麭であるならば、ある(yは人であり、yはxを食べ、yは太る)}。従って、
③ すべてのxについて(xが蒟蒻であるならば、xは麺麭ではない)。
といふ「推論(三段論法)」は、「妥当」である。
従って、
(04)により、
(05)
① コンニャクは、それを食べて、太る者はゐない。然るに、
② パンは、 それを食べて、太る者もゐる。 従って、
③ コンニャクは、パンではない。
といふ「推論(三段論法)」は、「妥当」である。
従って、
(02)~(05)により、
(06)
① コンニャクは、それを食べて、太る者はゐない。
③ コンニャクは、パンではない。
といふ「日本語」は、
① ∀x{蒟蒻x→~∃y(人y&食yx&太y)}。
③ ∀x(蒟蒻x→~麺麭x)。
といふ「述語論理式」に、「相当」する。
従って、
(06)により、
(07)
① コンニャクは、それを食べて、太る者はゐない。
③ コンニャクは、パンではない。
といふ「日本語」に於ける、
① コンニャクは、
③ コンニャクは、
といふ「日本語」は、両方とも、
① ∀x{蒟蒻x→
③ ∀x(蒟蒻x→
といふ「意味」、すなはち、
① すべてのxについて{xが蒟蒻であるならば、
③ すべてのxについて{xが蒟蒻であるならば、
といふ、「意味」である。
従って、
(07)により、
(08)
① コンニャクは、それを食べて、太る者はゐない。
③ コンニャクは、パンではない。
といふ「日本語」に於ける、
① コンニャクは、
③ コンニャクは、
に於いて、
① =② である。
然るに、
(09)
③ コンニャクはパンではない。
に於ける、
③ コンニャクは
は、「常識的」には、「主語」である。
従って、
(08)(09)により、
(10)
① コンニャクは、それを食べて、太る者はゐない。
③ コンニャクは、パンではない。
といふ「日本語」に於ける、
① コンニャクは、
③ コンニャクは、
に於いて、
① は「主語」であり、
② も「主語」である。
然るに、
(11)
② 蒟蒻無人食之而太者=
② 蒟蒻無〔人食(之)而太者〕⇒
② 蒟蒻〔人(之)食而太者〕無=
② 蒟蒻は〔人にして(之れ)を食して太る者〕無し=
② コンニャクは、これを食べて、太る者は、ゐない。
従って、
(10)(11)により、
(12)
① コンニャクは、それを食べて、太る者はゐない。
② 蒟蒻は〔人にして(之れ)を食して太る者〕無し。
③ コンニャクは、パンではない。
といふ「日本語」に於ける、
① コンニャクは、
③ コンニャクは、
に於いて、
① は「主語」であり、
② も「主語」であり、
③ も「主語」である。
然るに、
(13)
第17節 大主語・提示語
主語・述語の順序で並べられた文章で、述語の上に置かれる語が一つの主語ではなく、主語が重なっている場合がある。
また何かについて述べようとしてその語をまず先に掲げておいて、その次にそれについて具体的に説明する場合がある。
(西田太一郎、漢文の語法、1980年、120頁改)
従って、
(11)(12)(13)により、
(14)
① コンニャクは、それを食べて、太る者はゐない。
② 蒟蒻は〔人にして(之れ)を食して太る者〕無し。
といふ「日本語」に於ける、
① コンニャクは、
② 蒟蒻は、
に於いて、
① は「提示語」であり、
② も「提示語」である。
従って、
(01)~(14)により、
(15)
「述語論理」並びに、「漢文の文法」といふ「観点」からすれば、
① コンニャクは、太らない。
② 蒟蒻は〔人にして(之れ)を食して太る者〕無し。
といふ「日本語」に於ける、
① コンニャクは、
② 蒟蒻は、
に於いて、
① は「主語(提示語)」であり、
② も「主語(提示語)」である。
従って、
(15)により、
(16)
「述語論理」並びに、「漢文の文法」からすれば、
「主語(提示語)」といふ「用語」を、「廃止」すべきではない。
然るに、
(17)
学校文法は単純な英語文法からの輸入で、主語・述語関係を単純に当てはめたものだ。そのため、「象は、鼻が長い」という単純な文でさえ、どれが主語だか指摘できず、複数主語だとか、主語の入れ子だとか、奇矯な技を使う。これに対して三上は、日本語には主語はない、とする。「象は」は、テーマを提示する主題であり、これから象についてのことを述べますよというメンタルスペースのセットアップであり、そのメンタルスペースのスコープを形成する働きをもつと主張する(この場合は「長い」までをスコープとする)。また、「鼻が」は主格の補語にすぎなく、数ある補語と同じ格であるとする。基本文は述語である「長い」だけだ。
(三上文法! : wrong, rogue and log)
従って、
(17)により、
(18)
三上先生が所謂、「テーマを提示する主題」といふのは、
西田先生が所謂、「提示語」であるに、違ひない。
然るに、
(19)
「主語」を廃止しようというのは、この用語のままでは困るからである。困ることが前提である。だから、まず困ってもらわないと、困るのである。困ったことには、まず困るというところへも行かない人がかなり多いらしい。
(三上章、日本語の論理、1963年、148頁)
従って、
(13)(18)(19)により、
(20)
西田先生は、「主語」と「提示語」を、「矛盾」しないとしてゐるものの、
三上先生は、「主語」と「提示語」を、「矛盾」するものとして、捉えてゐる。
然るに、
(21)
まだ現物を見ていませんが、幻の書と言われた漢文の解説本が復刊されました。
2chの漢文参考書スレには必ずといっていいほど登場する本。
そして古本では必ず1万円以上する!! ―中略―、
知る人ぞ知る、『漢文法基礎』です。久々に「買い」の本が出ましたよ。
(古田島洋介、FC2ブログ、古代中国箚記)
然るに、
(22)
最近、神保町で購入した『漢文の語法』も、YAHOO!ショッピングでは、2万円近くするものの、
『二畳庵主人著、漢文法基礎』も、
『西田太一郎著、漢文の語法』も、
「主語」を廃止しようというのは、この用語のままでは困るからである。
といふ「立場」を、取ってはいない。
従って、
(19)(22)により、
(23)
三上先生は、「主語」を廃止しようというのは、この用語のままでは困るからである。
といふものの、『漢文の文法(語法)』を学ぼうと、する限り、「主語」といふ「用語」を、「無視」するわけには、行かない。
令和03年10月28日、毛利太。
2021年10月27日水曜日
「返読文字」としての「有(have)」について。
(01)
返読文字とは、そのような「他動詞」や「助動詞」以外に、日本語と逆の語順になる漢字のことです。
入試で頻出となる返読文字は以下です。
① 有無を表す表現 …「有」「無」「多」「少」
(ViCOLLA Magazine)
然るに、
(02)
「有」は「もつ」が原義だから「・・・・がある」にあたり、「・・・・である」ではない。
(中沢希男、同訓異字辞典、1980年、21頁)
従って、
(01)(02)により、
(03)
「有(返読文字)」は、「他動詞」ではないと、言ふものの、
① 我有父母。
② I have parents.
に於いて、
①=② であるため、
「有(have)」は、「他動詞」である。
然るに、
(04)
① 有父母。
② have parents.
に於いて、
①=② であるが、
① は、「漢文」として、「正しい」が、
② は、「英文」として、「正しく」はない。
従って、
(04)により、
(05)
① 有父母(父母あり)。
② 父母有(父母あり)。
といふ「語順」に於いて、
① は、「漢文」として、「正しい」が、
② は、「漢文」として、「正しく」はない。
従って、
(05)により、
(06)
① 世有伯楽 (世に伯楽有り)。
② 千里馬常有 (千里の馬は常に有り)。
③ 千里馬常有之(千里の馬は常に、之れ有り)。
といふ「語順」に於いて、
② の「語順」は、「漢文」としては、「破格」である。
然るに、
(07)
② 常識、常備、常駐、常在
等がさうであるやうに、
② 常有
が、「名詞」であるならば、
② 千里馬(主語)+常有(述語)。
であるため、
② 千里馬常有(千里の馬は常に有り)。
であっても、「破格」ではない。
然るに、
(08)
(ⅰ)
1 (1) ~∀x(Fx) A
2 (2) ~∃x(~Fx) A
3(3) ~Fa A
3(4) ∃x(~Fx) 3EI
23(5) ~∃x(~Fx)&
∃x(~Fx) 24&I
2 (6) ~~Fa 3RAA
2 (7) Fa 6DN
2 (8) ∀x(Fx) 7UI
12 (9) ~∀x(Fx)&
∀x(Fx) 18&I
1 (ア)~~∃x(~Fx) 29RAA
1 (イ) ∃x(~Fx) アDN
(ⅱ)
1 (1) ∃x(~Fx) A
2 (2) ∀x(Fx) A
3(3) ~Fa A
2 (4) Fa 2UE
23(5) ~Fa&Fa 34&I
3(6) ~∀x(Fx) 25RAA
1 (7) ~∀x(Fx) 136EE
従って、
(08)により、
(09)
① ~∀x(Fx)
② ∃x(~Fx)
に於いて、すなはち、
① すべてのxが、Fである。といふわけではない。
② あるxは、Fでない。
に於いて、
①=② である(量化子の関係)。
従って、
(09)により、
(10)
① ~∀x{千里馬x→∃y(伯楽yx)}
② ∃x~{千里馬x→∃y(伯楽yx)}
に於いて、
①=② である(量化子の関係)。
然るに、
(11)
(ⅰ)
1 (1)~∀x{千里馬x→∃y(伯楽yx)} A
1 (2)∃x~{千里馬x→∃y(伯楽yx)} 1量化子の関係
3(3) ~{千里馬a→∃y(伯楽ya)} A
3(4) ~{~千里馬a∨∃y(伯楽ya)} 3含意の定義
3(5) 千里馬a&~∃y(伯楽ya) 4ド・モルガンの法則
3(6)∃x{千里馬x&~∃y(伯楽yx)} 5EI
1 (7)∃x{千里馬x&~∃y(伯楽yx)} 136EE
(ⅱ)
1 (1)∃x{千里馬x&~∃y(伯楽yx)} A
2(2) 千里馬a&~∃y(伯楽ya) A
2(3) ~{~千里馬a∨∃y(伯楽ya)} 2ド・モルガンの法則
2(4) ~{千里馬a→∃y(伯楽ya)} 3含意の定義
2(5)∃x~{千里馬x→∃y(伯楽yx)} 4EI
1 (6)∃x~{千里馬x→∃y(伯楽yx)} 125EE
1 (7)~∀x{千里馬x→∃y(伯楽yx)} 6量化子の関係
従って、
(11)により、
(12)
① ~∀x{千里馬x→∃y(伯楽yx)}
② ∃x{千里馬x&~∃y(伯楽yx)}
に於いて、すなはち、
① すべてのxについて、xが千里馬であるならば、あるyがxの伯楽である。といふわけではない。
② あるxは、千里馬であって、xの伯楽であるyは、存在しない。
に於いて、すなはち、
① すべての千里馬に対して、伯楽がゐる。といふわけではない。
② 伯楽がゐない所の、千里の馬がゐる。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(13)
千里馬常有、而伯楽不二常有一。
千里の馬は常有れども、伯楽は常には有らず。
一日に千里走る名馬はいつもいるのであるが、(これを見わける)伯楽はいつもいるとはかぎらないのである。
◇ 千里馬常有、而伯楽不二常有一。
「不二常~一」は「常ニハ~ず」と読み、「いつも~とはかぎらない」の意を示す一部否定の形。
全部否定は「常不二~一」の形で「常に~ず」と読み、「いつもかならず~ない」の意味をあらわす。
(旺文社、漢文の基礎、1973年、153・4・5頁)
従って、
(12)(13)により、
(14)
① 千里馬常有、而伯楽不二常有一。
といふ「漢文(部分否定)」は、
① ~∀x{千里馬x→∃y(伯楽yx)}
といふ「述語論理式」に、「相当」する。
令和03年10月27日、毛利太。
返読文字とは、そのような「他動詞」や「助動詞」以外に、日本語と逆の語順になる漢字のことです。
入試で頻出となる返読文字は以下です。
① 有無を表す表現 …「有」「無」「多」「少」
(ViCOLLA Magazine)
然るに、
(02)
「有」は「もつ」が原義だから「・・・・がある」にあたり、「・・・・である」ではない。
(中沢希男、同訓異字辞典、1980年、21頁)
従って、
(01)(02)により、
(03)
「有(返読文字)」は、「他動詞」ではないと、言ふものの、
① 我有父母。
② I have parents.
に於いて、
①=② であるため、
「有(have)」は、「他動詞」である。
然るに、
(04)
① 有父母。
② have parents.
に於いて、
①=② であるが、
① は、「漢文」として、「正しい」が、
② は、「英文」として、「正しく」はない。
従って、
(04)により、
(05)
① 有父母(父母あり)。
② 父母有(父母あり)。
といふ「語順」に於いて、
① は、「漢文」として、「正しい」が、
② は、「漢文」として、「正しく」はない。
従って、
(05)により、
(06)
① 世有伯楽 (世に伯楽有り)。
② 千里馬常有 (千里の馬は常に有り)。
③ 千里馬常有之(千里の馬は常に、之れ有り)。
といふ「語順」に於いて、
② の「語順」は、「漢文」としては、「破格」である。
然るに、
(07)
② 常識、常備、常駐、常在
等がさうであるやうに、
② 常有
が、「名詞」であるならば、
② 千里馬(主語)+常有(述語)。
であるため、
② 千里馬常有(千里の馬は常に有り)。
であっても、「破格」ではない。
然るに、
(08)
(ⅰ)
1 (1) ~∀x(Fx) A
2 (2) ~∃x(~Fx) A
3(3) ~Fa A
3(4) ∃x(~Fx) 3EI
23(5) ~∃x(~Fx)&
∃x(~Fx) 24&I
2 (6) ~~Fa 3RAA
2 (7) Fa 6DN
2 (8) ∀x(Fx) 7UI
12 (9) ~∀x(Fx)&
∀x(Fx) 18&I
1 (ア)~~∃x(~Fx) 29RAA
1 (イ) ∃x(~Fx) アDN
(ⅱ)
1 (1) ∃x(~Fx) A
2 (2) ∀x(Fx) A
3(3) ~Fa A
2 (4) Fa 2UE
23(5) ~Fa&Fa 34&I
3(6) ~∀x(Fx) 25RAA
1 (7) ~∀x(Fx) 136EE
従って、
(08)により、
(09)
① ~∀x(Fx)
② ∃x(~Fx)
に於いて、すなはち、
① すべてのxが、Fである。といふわけではない。
② あるxは、Fでない。
に於いて、
①=② である(量化子の関係)。
従って、
(09)により、
(10)
① ~∀x{千里馬x→∃y(伯楽yx)}
② ∃x~{千里馬x→∃y(伯楽yx)}
に於いて、
①=② である(量化子の関係)。
然るに、
(11)
(ⅰ)
1 (1)~∀x{千里馬x→∃y(伯楽yx)} A
1 (2)∃x~{千里馬x→∃y(伯楽yx)} 1量化子の関係
3(3) ~{千里馬a→∃y(伯楽ya)} A
3(4) ~{~千里馬a∨∃y(伯楽ya)} 3含意の定義
3(5) 千里馬a&~∃y(伯楽ya) 4ド・モルガンの法則
3(6)∃x{千里馬x&~∃y(伯楽yx)} 5EI
1 (7)∃x{千里馬x&~∃y(伯楽yx)} 136EE
(ⅱ)
1 (1)∃x{千里馬x&~∃y(伯楽yx)} A
2(2) 千里馬a&~∃y(伯楽ya) A
2(3) ~{~千里馬a∨∃y(伯楽ya)} 2ド・モルガンの法則
2(4) ~{千里馬a→∃y(伯楽ya)} 3含意の定義
2(5)∃x~{千里馬x→∃y(伯楽yx)} 4EI
1 (6)∃x~{千里馬x→∃y(伯楽yx)} 125EE
1 (7)~∀x{千里馬x→∃y(伯楽yx)} 6量化子の関係
従って、
(11)により、
(12)
① ~∀x{千里馬x→∃y(伯楽yx)}
② ∃x{千里馬x&~∃y(伯楽yx)}
に於いて、すなはち、
① すべてのxについて、xが千里馬であるならば、あるyがxの伯楽である。といふわけではない。
② あるxは、千里馬であって、xの伯楽であるyは、存在しない。
に於いて、すなはち、
① すべての千里馬に対して、伯楽がゐる。といふわけではない。
② 伯楽がゐない所の、千里の馬がゐる。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(13)
千里馬常有、而伯楽不二常有一。
千里の馬は常有れども、伯楽は常には有らず。
一日に千里走る名馬はいつもいるのであるが、(これを見わける)伯楽はいつもいるとはかぎらないのである。
◇ 千里馬常有、而伯楽不二常有一。
「不二常~一」は「常ニハ~ず」と読み、「いつも~とはかぎらない」の意を示す一部否定の形。
全部否定は「常不二~一」の形で「常に~ず」と読み、「いつもかならず~ない」の意味をあらわす。
(旺文社、漢文の基礎、1973年、153・4・5頁)
従って、
(12)(13)により、
(14)
① 千里馬常有、而伯楽不二常有一。
といふ「漢文(部分否定)」は、
① ~∀x{千里馬x→∃y(伯楽yx)}
といふ「述語論理式」に、「相当」する。
令和03年10月27日、毛利太。
2021年10月26日火曜日
「クラスの理論」と「命題計算」の「類似点」。
(01)
231 ├ α⊆β⇔α∩β=α
231 の非形式的な証明を考えよう。
(ⅰ)
最初に、
α⊆β と仮定して、
aεα としよう。すると、明らかに、
aεβ である。
従って、
(ⅰ)により、
(ⅱ)
α⊆β と仮定すると、
aεα∩β である。
然るに、
(ⅲ)
aεα∩β であるならば、固より、
aεα である。
従って、
(ⅰ)(ⅱ)(ⅲ)により、
(ⅳ)
α⊆β であって、
aεα ならば、
aεα∩β であって、尚且つ、
aεα∩β であるならば、
aεα である。
∴
①α⊆β→α∩β=α
然るに、
(ⅴ)
α∩β=α であるとして、
aεα であるならば、
aεβ である。
従って、
(ⅴ)により、
(ⅵ)
α∩β=α であるならば、
α⊆β である。
∴
②α∩β=α→α⊆β
従って、
(ⅳ)(ⅵ)により、
(ⅶ)
①α⊆β→α∩β=α
②α∩β=α→α⊆β
であって、それ故、
③α⊆β⇔α∩β=α
である。
(論理学初歩、E.J.レモン著、竹尾 治一郎・浅野 楢英 翻訳、1973年、269頁改)
(02)
ここで初等的クラスの理論をこれ以上展開することはしないであろう。しかし読者はこの理論と命題計算の間には多くの類似点(たとえば、231をトートロジー'P→Q⇔(P&Q⇔P)'と比較せよ)があることに気付かれたに相違なかろうし、またこの比較に基づいてクラスについての他の定理をも、望むならば考え出し、証明することが出来るであろう。
(論理学初歩、E.J.レモン著、竹尾 治一郎・浅野 楢英 翻訳、1973年、269頁)
然るに、
(03)
(ⅳ)
1 (1) P→Q A
2 (2) P&Q A
2 (3) P 2&E
(4) P&Q→P 23CP
5 (5) P A
1 5 (6) Q 15MPP
1 5 (7) P&Q 56&I
1 (8) P→P&Q 57&I
1 (9) (P&Q→P)&(P→P&Q) 48&I
(ア) (P→Q)→[(P&Q→P)&(P→P&Q)] 19CP
イ (イ) (P&Q→P)&(P→P&Q) A
イ (ウ) P→P&Q 1&E
エ(エ) P A
イエ(オ) P&Q ウエMPP
イエ(カ) Q オ&E
イ (キ) P→Q エカCP
(ク)[(P&Q→P)&(P→P&Q)]→(P→Q) イキCP
(ケ){(P→Q)→[(P&Q→P)&(P→P&Q)]}&
{[(P&Q→P)&(P→P&Q)]→(P→Q)} アク&I
(コ) (P→Q)⇔[(P&Q→P)&(P→P&Q)] ケDf.⇔
(サ) P→Q ⇔(P&Q⇔P) コDf.⇔
従って、
(02)(03)により、
(04)
確かに、「命題計算(Propositional calculus)」の「結果」が示す通り、
④ P→Q⇔(P&Q⇔P)
といふ「論理式」は、「トートロジー(恒真式)」である。
然るに、
(05)
実際、その第1の段階においては、クラスの理論は命題計算よりも難しいものではなく、また以下に見られる通リ、それに密接な類似性をもっている。
(論理学初歩、E.J.レモン著、竹尾 治一郎・浅野 楢英 翻訳、1973年、259頁)
然るに、
(06)
③ A⊆B⇔A∩B=A
④ P→Q⇔(P&Q⇔P)
に於いて、
③ は、思ふに、「高校数学の集合(ベン図)」でも、習ふはずであり(?)、確かに、
③ は、④ よりも、「分かり易い」。
令和03年10月26日、毛利太。
231 ├ α⊆β⇔α∩β=α
231 の非形式的な証明を考えよう。
(ⅰ)
最初に、
α⊆β と仮定して、
aεα としよう。すると、明らかに、
aεβ である。
従って、
(ⅰ)により、
(ⅱ)
α⊆β と仮定すると、
aεα∩β である。
然るに、
(ⅲ)
aεα∩β であるならば、固より、
aεα である。
従って、
(ⅰ)(ⅱ)(ⅲ)により、
(ⅳ)
α⊆β であって、
aεα ならば、
aεα∩β であって、尚且つ、
aεα∩β であるならば、
aεα である。
∴
①α⊆β→α∩β=α
然るに、
(ⅴ)
α∩β=α であるとして、
aεα であるならば、
aεβ である。
従って、
(ⅴ)により、
(ⅵ)
α∩β=α であるならば、
α⊆β である。
∴
②α∩β=α→α⊆β
従って、
(ⅳ)(ⅵ)により、
(ⅶ)
①α⊆β→α∩β=α
②α∩β=α→α⊆β
であって、それ故、
③α⊆β⇔α∩β=α
である。
(論理学初歩、E.J.レモン著、竹尾 治一郎・浅野 楢英 翻訳、1973年、269頁改)
(02)
ここで初等的クラスの理論をこれ以上展開することはしないであろう。しかし読者はこの理論と命題計算の間には多くの類似点(たとえば、231をトートロジー'P→Q⇔(P&Q⇔P)'と比較せよ)があることに気付かれたに相違なかろうし、またこの比較に基づいてクラスについての他の定理をも、望むならば考え出し、証明することが出来るであろう。
(論理学初歩、E.J.レモン著、竹尾 治一郎・浅野 楢英 翻訳、1973年、269頁)
然るに、
(03)
(ⅳ)
1 (1) P→Q A
2 (2) P&Q A
2 (3) P 2&E
(4) P&Q→P 23CP
5 (5) P A
1 5 (6) Q 15MPP
1 5 (7) P&Q 56&I
1 (8) P→P&Q 57&I
1 (9) (P&Q→P)&(P→P&Q) 48&I
(ア) (P→Q)→[(P&Q→P)&(P→P&Q)] 19CP
イ (イ) (P&Q→P)&(P→P&Q) A
イ (ウ) P→P&Q 1&E
エ(エ) P A
イエ(オ) P&Q ウエMPP
イエ(カ) Q オ&E
イ (キ) P→Q エカCP
(ク)[(P&Q→P)&(P→P&Q)]→(P→Q) イキCP
(ケ){(P→Q)→[(P&Q→P)&(P→P&Q)]}&
{[(P&Q→P)&(P→P&Q)]→(P→Q)} アク&I
(コ) (P→Q)⇔[(P&Q→P)&(P→P&Q)] ケDf.⇔
(サ) P→Q ⇔(P&Q⇔P) コDf.⇔
従って、
(02)(03)により、
(04)
確かに、「命題計算(Propositional calculus)」の「結果」が示す通り、
④ P→Q⇔(P&Q⇔P)
といふ「論理式」は、「トートロジー(恒真式)」である。
然るに、
(05)
実際、その第1の段階においては、クラスの理論は命題計算よりも難しいものではなく、また以下に見られる通リ、それに密接な類似性をもっている。
(論理学初歩、E.J.レモン著、竹尾 治一郎・浅野 楢英 翻訳、1973年、259頁)
然るに、
(06)
③ A⊆B⇔A∩B=A
④ P→Q⇔(P&Q⇔P)
に於いて、
③ は、思ふに、「高校数学の集合(ベン図)」でも、習ふはずであり(?)、確かに、
③ は、④ よりも、「分かり易い」。
令和03年10月26日、毛利太。
2021年10月23日土曜日
「漢文」に於ける「提示語」について。
(01)
① 鳥吾知其能飛=
① 鳥吾知(其能飛)⇒
① 鳥吾(其能飛)知=
① 鳥は吾(其の能く飛ぶを)知る=
① 鳥についていえば、(わたしはそれが飛ぶ能力のあることを)知っている(西田太一郎 訳)。
(02)
② Birds,I know that they can fly=
② Birds,I know[that〔they can(fly)〕]⇒
② Birds,I [〔they (fly)can〕that]know=
② 鳥たち、私は[〔彼らが(飛べ)る〕といふことを]知ってゐる。
従って、
(01)(02)により、
(03)
① 鳥吾知其能飛。
② Birds,I know that they can fly.
に於いて、
①=② である。
然るに、
(04)
that の作る名詞節が主節の目的語になる場合:
主節の動詞が日常会話でよく使う、think、say、know、hear などの場合には省略されることが多いです。
I know (that) he went with her.(彼が彼女と付き合っていたのを知っている)
(英文中のthatが「省略」される場合はどんな時か?)
従って、
(03)(04)により、
(05)
① 鳥、吾知其能飛。
② Birds,I know they can fly.
に於いて、
①=② である。
然るに、
(06)
① 鳥=其
② Birds=they
従って、
(05)(06)により、
(07)
「番号」を付け直すと、
① 鳥、吾知其能飛。
② 鳥、吾知鳥能飛。
③ Birds,I know they can fly.
④ Birds,I know Birds can fly.
に於いて、
①=②=③=④ である。
従って、
(07)により、
(08)
① 鳥、吾知其能飛。
③ Birds,I know they can fly.
といふ、
① 漢文
③ 英文
は、両方とも、
①『「従属節の主語β」が、「主節の主語α」の前に、前置されて、「従属節の主語β」が、「代名詞γ」に置き換はった、「文型」である。』
②『「従属節の主語β」が、「主節の主語α」の前に、前置されて、「従属節の主語β」が、「代名詞γ」に置き換はった、「文型」である。』
然るに、
(09)
第17節 大主語・提示語・副詞的修飾語
主語・述語の順序で並べられた文章で、述語の上に置かれる語が一つの主語ではなく、主語が重なっている場合がある。
また何かについて述べようとしてその語をまず先に掲げておいて、その次にそれについて具体的に説明する場合がある。
そのほか行為や事件のあった時や所を何の媒介する語もなしで述語より前に置くことがある。
(西田太一郎、漢文の語法、1980年、120頁)
従って、
(09)により、
(10)
「提示語」とは、 「何かについて述べようとしてその語をまず先に掲げておいて、その次にそれについて具体的に説明する場合の語」を言ふ。
従って、
(08)(09)(10)により、
(11)
① 鳥、吾知其能飛。
③ Birds,I know they can fly.
といふ、
① 漢文
③ 英文
は、両方とも、
①『「従属節の主語β」が、「提示語」として、「主節の主語α」の前に、前置されて、「従属節の主語β」が、「代名詞γ」に置き換はった、「文型」である。』
②『「従属節の主語β」が、「提示語」として、「主節の主語α」の前に、前置されて、「従属節の主語β」が、「代名詞γ」に置き換はった、「文型」である。』
従って、
(12)
① 鳥吾知其能飛。
といふ「漢文(史記、老荘申韓列伝)」は、「提示語・主節の主語・従属節の主語」といふ「用語」によって、「高校生にも理解可能な形」で「説明」出来る。
従って、
(13)
逆に言ふと、「主節の主語・従属節の主語」といふ「用語」を用ひなければ、
① 鳥吾知其能飛。
といふ「漢文(史記、老荘申韓列伝)」は、「高校生にも理解可能な形」で「説明」することは、出来ない。
cf. これを、諸君たち得意の英文法の用語でいえば、「従属節の主語が主節の主語の前に置かれた強意の構文」てなことになろう。
(二畳庵主人、漢文法基礎、1984年、329頁)
然るに、
(14)
「主語」を廃止しようというのは、この用語のままでは困るからである。困ることが前提である。だから、まず困ってもらわないと、困るのである。困ったことには、まず困るというところへも行かない人がかなり多いらしい。
(三上章、日本語の論理、1963年、148頁)
従って、
(13)(14)により、
(15)
(ⅰ)これを、諸君たち得意の英文法の用語でいえば、「従属節の主語が主節の主語の前に置かれた強意の構文」てなことになろう。
(ⅱ)「主語」を廃止しようというのは、この用語のままでは困るからである。困ることが前提である。
とは、言ふものの、
(ⅱ)「主語」といふ「用語」を廃止する。
といふのであれば、私自身は、例へば、
① 鳥吾知其能飛=
① 鳥吾知(其能飛)⇒
① 鳥吾(其能飛)知=
① 鳥は吾(其の能く飛ぶを)知る=
① 鳥についていえば、(わたしはそれが飛ぶ能力のあることを)知っている(西田太一郎 訳)。
といふ「漢文訓読」を、「理解」出来ない。
といふ、ことになる。
従って、
(16)
(ⅱ)「主語」といふ「用語」を廃止する。
といふのであれば、私自身は、「大いに、困る」ことになる。
(17)
困ったことには、まず困るというところへも行かない人がかなり多いらしい。
とは、言ふものの、「三上文法」は、「日本語の古典文法(学校文法)」よりも、はるかに難しくて、困ったことに、私には、全く、理解出来ない。
令和03年10月23日、毛利太。
① 鳥吾知其能飛=
① 鳥吾知(其能飛)⇒
① 鳥吾(其能飛)知=
① 鳥は吾(其の能く飛ぶを)知る=
① 鳥についていえば、(わたしはそれが飛ぶ能力のあることを)知っている(西田太一郎 訳)。
(02)
② Birds,I know that they can fly=
② Birds,I know[that〔they can(fly)〕]⇒
② Birds,I [〔they (fly)can〕that]know=
② 鳥たち、私は[〔彼らが(飛べ)る〕といふことを]知ってゐる。
従って、
(01)(02)により、
(03)
① 鳥吾知其能飛。
② Birds,I know that they can fly.
に於いて、
①=② である。
然るに、
(04)
that の作る名詞節が主節の目的語になる場合:
主節の動詞が日常会話でよく使う、think、say、know、hear などの場合には省略されることが多いです。
I know (that) he went with her.(彼が彼女と付き合っていたのを知っている)
(英文中のthatが「省略」される場合はどんな時か?)
従って、
(03)(04)により、
(05)
① 鳥、吾知其能飛。
② Birds,I know they can fly.
に於いて、
①=② である。
然るに、
(06)
① 鳥=其
② Birds=they
従って、
(05)(06)により、
(07)
「番号」を付け直すと、
① 鳥、吾知其能飛。
② 鳥、吾知鳥能飛。
③ Birds,I know they can fly.
④ Birds,I know Birds can fly.
に於いて、
①=②=③=④ である。
従って、
(07)により、
(08)
① 鳥、吾知其能飛。
③ Birds,I know they can fly.
といふ、
① 漢文
③ 英文
は、両方とも、
①『「従属節の主語β」が、「主節の主語α」の前に、前置されて、「従属節の主語β」が、「代名詞γ」に置き換はった、「文型」である。』
②『「従属節の主語β」が、「主節の主語α」の前に、前置されて、「従属節の主語β」が、「代名詞γ」に置き換はった、「文型」である。』
然るに、
(09)
第17節 大主語・提示語・副詞的修飾語
主語・述語の順序で並べられた文章で、述語の上に置かれる語が一つの主語ではなく、主語が重なっている場合がある。
また何かについて述べようとしてその語をまず先に掲げておいて、その次にそれについて具体的に説明する場合がある。
そのほか行為や事件のあった時や所を何の媒介する語もなしで述語より前に置くことがある。
(西田太一郎、漢文の語法、1980年、120頁)
従って、
(09)により、
(10)
「提示語」とは、 「何かについて述べようとしてその語をまず先に掲げておいて、その次にそれについて具体的に説明する場合の語」を言ふ。
従って、
(08)(09)(10)により、
(11)
① 鳥、吾知其能飛。
③ Birds,I know they can fly.
といふ、
① 漢文
③ 英文
は、両方とも、
①『「従属節の主語β」が、「提示語」として、「主節の主語α」の前に、前置されて、「従属節の主語β」が、「代名詞γ」に置き換はった、「文型」である。』
②『「従属節の主語β」が、「提示語」として、「主節の主語α」の前に、前置されて、「従属節の主語β」が、「代名詞γ」に置き換はった、「文型」である。』
従って、
(12)
① 鳥吾知其能飛。
といふ「漢文(史記、老荘申韓列伝)」は、「提示語・主節の主語・従属節の主語」といふ「用語」によって、「高校生にも理解可能な形」で「説明」出来る。
従って、
(13)
逆に言ふと、「主節の主語・従属節の主語」といふ「用語」を用ひなければ、
① 鳥吾知其能飛。
といふ「漢文(史記、老荘申韓列伝)」は、「高校生にも理解可能な形」で「説明」することは、出来ない。
cf. これを、諸君たち得意の英文法の用語でいえば、「従属節の主語が主節の主語の前に置かれた強意の構文」てなことになろう。
(二畳庵主人、漢文法基礎、1984年、329頁)
然るに、
(14)
「主語」を廃止しようというのは、この用語のままでは困るからである。困ることが前提である。だから、まず困ってもらわないと、困るのである。困ったことには、まず困るというところへも行かない人がかなり多いらしい。
(三上章、日本語の論理、1963年、148頁)
従って、
(13)(14)により、
(15)
(ⅰ)これを、諸君たち得意の英文法の用語でいえば、「従属節の主語が主節の主語の前に置かれた強意の構文」てなことになろう。
(ⅱ)「主語」を廃止しようというのは、この用語のままでは困るからである。困ることが前提である。
とは、言ふものの、
(ⅱ)「主語」といふ「用語」を廃止する。
といふのであれば、私自身は、例へば、
① 鳥吾知其能飛=
① 鳥吾知(其能飛)⇒
① 鳥吾(其能飛)知=
① 鳥は吾(其の能く飛ぶを)知る=
① 鳥についていえば、(わたしはそれが飛ぶ能力のあることを)知っている(西田太一郎 訳)。
といふ「漢文訓読」を、「理解」出来ない。
といふ、ことになる。
従って、
(16)
(ⅱ)「主語」といふ「用語」を廃止する。
といふのであれば、私自身は、「大いに、困る」ことになる。
(17)
困ったことには、まず困るというところへも行かない人がかなり多いらしい。
とは、言ふものの、「三上文法」は、「日本語の古典文法(学校文法)」よりも、はるかに難しくて、困ったことに、私には、全く、理解出来ない。
令和03年10月23日、毛利太。
2021年10月15日金曜日
「選言命題」としての「仮言命題」。
(01)
(ⅰ)
1 (1) P∨ Q A
2 (2) ~P&~Q A
3 (3) P A
2 (4) ~P 2&E
23 (5) P&~P 34&I
2 (6)~(~P&~Q) 25RAA
7 (7) Q A
2 (8) ~Q 2&E
2 7 (9) Q&~Q 78&I
7 (ア)~(~P&~Q) 29RAA
1 (イ)~(~P&~Q) 1267ア∨E
ウ (ウ) ~P A
エ (エ) ~Q A
ウエ (オ) ~P&~Q ウエ&I
1 ウエ (カ)~(~P&~Q)&
(~P&~Q) 6オ&I
1 ウ (キ) ~~Q エカRAA
1 ウ (ク) Q キDN
1 (ケ) ~P→ Q ウクCP
(ⅱ)
1 (1) ~P→ Q A
2 (2) ~P&~Q A
2 (3) ~P 2&E
12 (4) Q 13MPP
2 (5) ~Q 2&E
12 (6) Q&~Q 45&I
1 (7)~(~P&~Q) 26RAA
8 (8) ~(P∨ Q) A
9 (9) P A
9 (ア) P∨ Q 9∨I
89 (イ) ~(P∨ Q)&
(P∨ Q) 8ア&I
8 (ウ) ~P 9イRAA
エ(エ) Q A
エ(オ) P∨ Q エ∨I
8 エ(カ) ~(P∨ Q)&
(P∨ Q) 8オ&I
8 (キ) ~Q エカRAA
8 (ク) ~P&~Q ウキ&I
1 8 (ケ)~(~P&~Q)&
(~P&~Q) 7ク&I
1 (コ)~~(P∨ Q) 8ケRAA
1 (サ) P∨ Q コDN
従って、
(01)により、
(02)
① P∨Q
② ~P→Q
といふ、
① 選言命題
② 仮言命題
に於いて、
①=② である。
然るに、
(03)
(ⅱ)
1 (1) ~P→Q A
2 (2) ~Q A
3(3) ~P A
1 3(4) Q 13MPP
123(5) ~Q&Q 24&I
12 (4)~~P 35RAA
12 (5) P 4DN
1 (6) ~Q→P 25CP
(ⅲ)
1 (1) ~Q→P A
2 (2) ~P A
3(3) ~Q A
1 3(4) P 13MPP
123(5) ~P&P 24&I
12 (6)~~Q 3RAA
12 (7) Q 6DN
1 (8) ~P→Q 27CP
従って、
(03)により、
(04)
② ~P→Q
③ ~Q→P
といふ、
② 仮言命題
③ 仮言命題
に於いて、
②=③ である。
従って、
(02)(04)により、
(05)
① P∨Q
② ~P→Q
③ ~Q→P
といふ、
① 選言命題
② 仮言命題
③ 仮言命題
に於いて、
①=②=③ である。
従って、
(05)により、
(06)
「日本語」でいふと、
① Pであるか、または、Qである。
② Pでないならば、 Qである。
③ Qでないならば、 Pでない。
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(07)
① P∨Q
② ~P→Q
③ ~Q→P
に於いて、
P=~P
といふ「代入(Substitution)」を行ふと、
① ~P∨Q
② ~~P→Q
③ ~Q→~P
に於いて、
①=②=③ である。
従って、
(07)により、
(08)
「二重否定律(DN)」により、
① ~P∨ Q
② P→ Q
③ ~Q→~P
に於いて、
①=②=③ である。
従って、
(08)により、
(09)
「日本語」でいふと、
① Pでないか、または、Qである。
② Pであるならば、 Qである。
③ Qでないならば、 Pでない。
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(10)
① Pでないか、または、Qである。
④ Pでない。
⑤ Qである。
に於いて、
④ ならば、① であり、
⑤ ならば、① である。
従って、
(09)(10)により、
(11)
① Pでないか、または、Qである。
② Pであるならば、 Qである。
③ Qでないならば、 Pでない。
④ Pでない。
⑤ Qである。
に於いて、
④ ならば、① であり、
④ ならば、② であり、
④ ならば、③ であり、
⑤ ならば、① であり、
⑤ ならば、② であり、
⑤ ならば、③ であり、
従って、
(11)により、
(12)
④(Pでない)ならば、(Pでないか、または、Qである。)
④(Pでない)ならば、(Pであるならば、 Qである。)
④(Pでない)ならば、(Qでないならば、 Pでない。)
⑤(Qである)ならば、(Pでないか、または、Qである。)
⑤(Qである)ならば、(Pであるならば、 Qである。)
⑤(Qである)ならば、(Qでないならば、 Pでない。)
従って、
(12)により、
(13)
「記号」で書くと、
④ ~P→(~P∨ Q)
④ ~P→( P→ Q)
④ ~P→(~Q→~P)
⑤ Q→(~P∨ Q)
⑤ Q→( P→ Q)
⑤ Q→(~Q→~P)
である。
然るに、
(14)
(ⅳ)
1(1)~P A
1(2)~P∨Q 1∨I
(ⅳ)
1(1)~P A
1(2)~P∨Q 1∨I
1(3) P→Q 2含意の定義
(ⅳ)
1 (1)~P A
1 (2)~P∨Q 1∨I
1 (3) P→Q 2含意の定義
4 (4) ~Q A
5(5) P A
1 5(6) Q 35MPP
145(7)~Q&Q 46&I
14 (8)~P 57RAA
1 (9)~Q→~P 48CP
(ⅴ)
1(1) Q A
1(2)~P∨Q 1∨
(ⅴ)
1(1) Q A
1(2)~P∨Q 1∨
1(3) P→Q 2含意の定義
(ⅴ)
1 (1) Q A
1 (2)~P∨Q 1∨
1 (3) P→Q 2含意の定義
4 (4) ~Q A
5(5) P A
1 5(6) Q 35MPP
145(7)~Q&Q 46&I
14 (8)~P 57RAA
1 (9)~Q→~P 48CP
従って、
(13)(14)により、
(15)
「記号」で書くと、
④ ~P→(~P∨ Q)
④ ~P→( P→ Q)
④ ~P→(~Q→~P)
⑤ Q→(~P∨ Q)
⑤ Q→( P→ Q)
⑤ Q→(~Q→~P)
といふ「論理式」は、「古典論理」として、「恒真式(トートロジー)」である。
従って、
(12)(13)(15)により、
(16)
④(Pでない)ならば、(Pでないか、または、Qである。)
④(Pでない)ならば、(Pであるならば、 Qである。)
④(Pでない)ならば、(Qでないならば、 Pでない。)
⑤(Qである)ならば、(Pでないか、または、Qである。)
⑤(Qである)ならば、(Pであるならば、 Qである。)
⑤(Qである)ならば、(Qでないならば、 Pでない。)
といふ「日本語」は、「古典論理」として、「恒に(アプリオリに)真」である。
令和03年10月15日、毛利太。
(ⅰ)
1 (1) P∨ Q A
2 (2) ~P&~Q A
3 (3) P A
2 (4) ~P 2&E
23 (5) P&~P 34&I
2 (6)~(~P&~Q) 25RAA
7 (7) Q A
2 (8) ~Q 2&E
2 7 (9) Q&~Q 78&I
7 (ア)~(~P&~Q) 29RAA
1 (イ)~(~P&~Q) 1267ア∨E
ウ (ウ) ~P A
エ (エ) ~Q A
ウエ (オ) ~P&~Q ウエ&I
1 ウエ (カ)~(~P&~Q)&
(~P&~Q) 6オ&I
1 ウ (キ) ~~Q エカRAA
1 ウ (ク) Q キDN
1 (ケ) ~P→ Q ウクCP
(ⅱ)
1 (1) ~P→ Q A
2 (2) ~P&~Q A
2 (3) ~P 2&E
12 (4) Q 13MPP
2 (5) ~Q 2&E
12 (6) Q&~Q 45&I
1 (7)~(~P&~Q) 26RAA
8 (8) ~(P∨ Q) A
9 (9) P A
9 (ア) P∨ Q 9∨I
89 (イ) ~(P∨ Q)&
(P∨ Q) 8ア&I
8 (ウ) ~P 9イRAA
エ(エ) Q A
エ(オ) P∨ Q エ∨I
8 エ(カ) ~(P∨ Q)&
(P∨ Q) 8オ&I
8 (キ) ~Q エカRAA
8 (ク) ~P&~Q ウキ&I
1 8 (ケ)~(~P&~Q)&
(~P&~Q) 7ク&I
1 (コ)~~(P∨ Q) 8ケRAA
1 (サ) P∨ Q コDN
従って、
(01)により、
(02)
① P∨Q
② ~P→Q
といふ、
① 選言命題
② 仮言命題
に於いて、
①=② である。
然るに、
(03)
(ⅱ)
1 (1) ~P→Q A
2 (2) ~Q A
3(3) ~P A
1 3(4) Q 13MPP
123(5) ~Q&Q 24&I
12 (4)~~P 35RAA
12 (5) P 4DN
1 (6) ~Q→P 25CP
(ⅲ)
1 (1) ~Q→P A
2 (2) ~P A
3(3) ~Q A
1 3(4) P 13MPP
123(5) ~P&P 24&I
12 (6)~~Q 3RAA
12 (7) Q 6DN
1 (8) ~P→Q 27CP
従って、
(03)により、
(04)
② ~P→Q
③ ~Q→P
といふ、
② 仮言命題
③ 仮言命題
に於いて、
②=③ である。
従って、
(02)(04)により、
(05)
① P∨Q
② ~P→Q
③ ~Q→P
といふ、
① 選言命題
② 仮言命題
③ 仮言命題
に於いて、
①=②=③ である。
従って、
(05)により、
(06)
「日本語」でいふと、
① Pであるか、または、Qである。
② Pでないならば、 Qである。
③ Qでないならば、 Pでない。
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(07)
① P∨Q
② ~P→Q
③ ~Q→P
に於いて、
P=~P
といふ「代入(Substitution)」を行ふと、
① ~P∨Q
② ~~P→Q
③ ~Q→~P
に於いて、
①=②=③ である。
従って、
(07)により、
(08)
「二重否定律(DN)」により、
① ~P∨ Q
② P→ Q
③ ~Q→~P
に於いて、
①=②=③ である。
従って、
(08)により、
(09)
「日本語」でいふと、
① Pでないか、または、Qである。
② Pであるならば、 Qである。
③ Qでないならば、 Pでない。
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(10)
① Pでないか、または、Qである。
④ Pでない。
⑤ Qである。
に於いて、
④ ならば、① であり、
⑤ ならば、① である。
従って、
(09)(10)により、
(11)
① Pでないか、または、Qである。
② Pであるならば、 Qである。
③ Qでないならば、 Pでない。
④ Pでない。
⑤ Qである。
に於いて、
④ ならば、① であり、
④ ならば、② であり、
④ ならば、③ であり、
⑤ ならば、① であり、
⑤ ならば、② であり、
⑤ ならば、③ であり、
従って、
(11)により、
(12)
④(Pでない)ならば、(Pでないか、または、Qである。)
④(Pでない)ならば、(Pであるならば、 Qである。)
④(Pでない)ならば、(Qでないならば、 Pでない。)
⑤(Qである)ならば、(Pでないか、または、Qである。)
⑤(Qである)ならば、(Pであるならば、 Qである。)
⑤(Qである)ならば、(Qでないならば、 Pでない。)
従って、
(12)により、
(13)
「記号」で書くと、
④ ~P→(~P∨ Q)
④ ~P→( P→ Q)
④ ~P→(~Q→~P)
⑤ Q→(~P∨ Q)
⑤ Q→( P→ Q)
⑤ Q→(~Q→~P)
である。
然るに、
(14)
(ⅳ)
1(1)~P A
1(2)~P∨Q 1∨I
(ⅳ)
1(1)~P A
1(2)~P∨Q 1∨I
1(3) P→Q 2含意の定義
(ⅳ)
1 (1)~P A
1 (2)~P∨Q 1∨I
1 (3) P→Q 2含意の定義
4 (4) ~Q A
5(5) P A
1 5(6) Q 35MPP
145(7)~Q&Q 46&I
14 (8)~P 57RAA
1 (9)~Q→~P 48CP
(ⅴ)
1(1) Q A
1(2)~P∨Q 1∨
(ⅴ)
1(1) Q A
1(2)~P∨Q 1∨
1(3) P→Q 2含意の定義
(ⅴ)
1 (1) Q A
1 (2)~P∨Q 1∨
1 (3) P→Q 2含意の定義
4 (4) ~Q A
5(5) P A
1 5(6) Q 35MPP
145(7)~Q&Q 46&I
14 (8)~P 57RAA
1 (9)~Q→~P 48CP
従って、
(13)(14)により、
(15)
「記号」で書くと、
④ ~P→(~P∨ Q)
④ ~P→( P→ Q)
④ ~P→(~Q→~P)
⑤ Q→(~P∨ Q)
⑤ Q→( P→ Q)
⑤ Q→(~Q→~P)
といふ「論理式」は、「古典論理」として、「恒真式(トートロジー)」である。
従って、
(12)(13)(15)により、
(16)
④(Pでない)ならば、(Pでないか、または、Qである。)
④(Pでない)ならば、(Pであるならば、 Qである。)
④(Pでない)ならば、(Qでないならば、 Pでない。)
⑤(Qである)ならば、(Pでないか、または、Qである。)
⑤(Qである)ならば、(Pであるならば、 Qである。)
⑤(Qである)ならば、(Qでないならば、 Pでない。)
といふ「日本語」は、「古典論理」として、「恒に(アプリオリに)真」である。
令和03年10月15日、毛利太。
2021年10月13日水曜日
誰もが知ってゐる「ド・モルガンの法則」と「選言三段論法」。
(01)
① Pか、Qの、少なくとも一方は、真(本当)である。
②(Pが、真(本当)ではなく、その上、Qも、真(本当)ではない。)といふことはない。
といふ「日本語」に於いて、
①=② である(ド・モルガンの法則)。
然るに、
(02)
②(Pが、真(本当)ではなく、その上、Qも、真(本当)ではない。)といふことはない。
③ Pが、真(本当)でないならば、 Qは、真(本当)である。
といふ「日本語」に於いて、
②=③ である。
従って、
(01)(02)により、
(03)
① Pか、Qの、少なくとも一方は、真(本当)である。
②(Pが、真(本当)ではなく、その上、Qも、真(本当)ではない。)といふことはない。
③ Pが、真(本当)でないならば、 Qは、真(本当)である。
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(04)
(ⅰ)Pが、真(本当)でないならば、Qは、真(本当)である。 然るに、
(ⅱ)Pは、真(本当)ではない。 従って、
(ⅲ)Qは、Qは、真(本当)である。
といふ「推論」は、明らかに、「妥当」である。
従って、
(03)(04)により、
(05)
(ⅰ)Pか、Qの、少なくとも一方は、真(本当)である。 然るに、
(ⅱ)Pは、真(本当)ではない。 従って、
(ⅲ)Qは、真(本当)である。
といふ「推論(選言三段論法)」は、「妥当」である。
従って、
(05)により、
(06)
「記号」で書くと、
(ⅰ) P∨Q 然るに、
(ⅱ)~P 従って、
(ⅲ) Q
といふ「推論(選言三段論法)」は、「妥当」である。
然るに、
(07)
1 (1) P∨ Q A
2 (2) ~P&~Q A
3 (3) P A
2 (4) ~P 2&E
23 (5) P&~P 34&I
2 (6)~(~P&~Q) 25RAA
7 (7) Q A
2 (8) ~Q 2&E
2 7 (9) Q&~Q 78&I
7 (ア)~(~P&~Q) 29RAA
1 (イ)~(~P&~Q) 1267ア∨E
ウ (ウ) ~P A
エ (エ) ~Q A
ウエ (オ) ~P&~Q ウエ&I
1 ウエ (カ)~(~P&~Q)&
(~P&~Q) 6オ&I
1 ウ (キ) ~~Q エカRAA
1 ウ (ク) Q キDN
1 (ケ) ~P→ Q ウクCP
コ(コ) ~P A
1 コ(サ) Q ケコMPP
従って、
(07)により、
(08)
果たして、「記号」で書くと、
(ⅰ) P∨Q 然るに、
(ⅱ)~P 従って、
(ⅲ) Q
といふ「推論(選言三段論法)」は、「命題計算」として「妥当」である。
従って、
(05)~(08)により、
(09)
(ⅰ) P∨Q 然るに、
(ⅱ)~P 従って、
(ⅲ) Q
といふ「推論」、すなはち、
(ⅰ)Pか、Qの、少なくとも一方は、真(本当)である。 然るに、
(ⅱ)Pは、真(本当)ではない。 従って、
(ⅲ)Qは、真(本当)である。
といふ「推論(選言三段論法)」は、
「 日本語 」としても、
「命題計算」としても、「妥当」である。
然るに、
(10)
5 練習問題5:10個の原始的規則あるいは導出された規則を、既に証明されたどのような連式あるいは定理とでもともに用いて、証明せよ。
(論理学初歩、E.J.レモン著、竹尾治一郎・浅野楢英 翻訳、1973年、80頁)
(l)~Q├ P∨Q⇔P
〔私による解答〕
1 (1) ~Q A
2 (2) P∨Q A
3 (3) P A(3の選言項・左)
3 (4)~~Q∨P 3∨I
3 (5) ~Q→P 4含意の定義
1 3 (6) P 15MPP
7 (7) Q A(3の選言項・右)
7 (8) ~~Q 7DN
7 (9)~~Q∨P 8∨I
7 (ア) ~Q→P 9含意の定義
1 (イ) ~Q→P 2357ア∨E
12 (ウ) P 1イ
1 (エ)P∨Q→P 2ウCP
オ(オ)P A
オ(カ)P∨Q オ∨I
(キ)P→P∨Q オカCP
1 (ク)P∨Q→P&
P→P∨Q エキ&I
1 (ケ)P∨Q⇔P クDf.⇔
従って、
(10)により、
(11)
(l)~Q├ P∨Q⇔P
(〃)Qではないので、(Pであるか、または、Qである)といふことは、Pに等しい。
といふ「連式(推論)」は、「命題計算」として、「妥当」である。
然るに、
(12)
(m)├(P∨Q)&~Q→P
1 (1) ~Q A
2 (2) P∨Q A
3 (3) P A(3の選言項・左)
3 (4)~~Q∨P 3∨I
3 (5) ~Q→P 4含意の定義
1 3 (6) P 15MPP
7 (7) Q A(3の選言項・右)
7 (8) ~~Q 7DN
7 (9)~~Q∨P 8∨I
7 (ア) ~Q→P 9含意の定義
1 (イ) ~Q→P 2357ア∨E
12 (ウ) P 1イ
1 (エ)P∨Q→P 2ウCP
(オ)~Q→(P∨Q→P) 1エCP
カ(カ)(P∨Q)&~Q A
カ(キ)~Q カ&E
カ(ク) (P∨Q→P) オキMPP
カ(ケ) P∨Q カ&E
カ(コ) P クケMPP
(サ)(P∨Q)&~Q→P カコCP
従って、
(12)により、
(13)
(m)├(P∨Q)&~Q→P
(〃)Pか、Qの、少なくとも一方は、本当であるとして、Qが、本当ではないならば、Pは本当である。
といふ「連式(選言三段論法)」は、「恒真式(トートロジー)」である。
然るに、
(14)
(m)Pか、Qの、少なくとも一方は、本当であるとして、Qが、本当ではないならば、Pは本当である。
といふ「論理」が「正しい」といふことは、「孩提之童(二、三才の幼児)」であっても、知ってゐる。
従って、
(12)(13)(14)により、
(15)
「二、三才の幼児(孩提之童)」であっても、あるいは、
(m)├(P∨Q)&~Q→P
1 (1) ~Q A
2 (2) P∨Q A
3 (3) P A(3の選言項・左)
3 (4)~~Q∨P 3∨I
3 (5) ~Q→P 4含意の定義
1 3 (6) P 15MPP
7 (7) Q A(3の選言項・右)
7 (8) ~~Q 7DN
7 (9)~~Q∨P 8∨I
7 (ア) ~Q→P 9含意の定義
1 (イ) ~Q→P 2357ア∨E
12 (ウ) P 1イ
1 (エ)P∨Q→P 2ウCP
(オ)~Q→(P∨Q→P) 1エCP
カ(カ)(P∨Q)&~Q A
カ(キ)~Q カ&E
カ(ク) (P∨Q→P) オキMPP
カ(ケ) P∨Q カ&E
カ(コ) P クケMPP
(サ)(P∨Q)&~Q→P カコCP
といふ「命題計算(Prpositional calculus)」が、知ってゐるのかも知れない。
令和03年10月13日、毛利太。
① Pか、Qの、少なくとも一方は、真(本当)である。
②(Pが、真(本当)ではなく、その上、Qも、真(本当)ではない。)といふことはない。
といふ「日本語」に於いて、
①=② である(ド・モルガンの法則)。
然るに、
(02)
②(Pが、真(本当)ではなく、その上、Qも、真(本当)ではない。)といふことはない。
③ Pが、真(本当)でないならば、 Qは、真(本当)である。
といふ「日本語」に於いて、
②=③ である。
従って、
(01)(02)により、
(03)
① Pか、Qの、少なくとも一方は、真(本当)である。
②(Pが、真(本当)ではなく、その上、Qも、真(本当)ではない。)といふことはない。
③ Pが、真(本当)でないならば、 Qは、真(本当)である。
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(04)
(ⅰ)Pが、真(本当)でないならば、Qは、真(本当)である。 然るに、
(ⅱ)Pは、真(本当)ではない。 従って、
(ⅲ)Qは、Qは、真(本当)である。
といふ「推論」は、明らかに、「妥当」である。
従って、
(03)(04)により、
(05)
(ⅰ)Pか、Qの、少なくとも一方は、真(本当)である。 然るに、
(ⅱ)Pは、真(本当)ではない。 従って、
(ⅲ)Qは、真(本当)である。
といふ「推論(選言三段論法)」は、「妥当」である。
従って、
(05)により、
(06)
「記号」で書くと、
(ⅰ) P∨Q 然るに、
(ⅱ)~P 従って、
(ⅲ) Q
といふ「推論(選言三段論法)」は、「妥当」である。
然るに、
(07)
1 (1) P∨ Q A
2 (2) ~P&~Q A
3 (3) P A
2 (4) ~P 2&E
23 (5) P&~P 34&I
2 (6)~(~P&~Q) 25RAA
7 (7) Q A
2 (8) ~Q 2&E
2 7 (9) Q&~Q 78&I
7 (ア)~(~P&~Q) 29RAA
1 (イ)~(~P&~Q) 1267ア∨E
ウ (ウ) ~P A
エ (エ) ~Q A
ウエ (オ) ~P&~Q ウエ&I
1 ウエ (カ)~(~P&~Q)&
(~P&~Q) 6オ&I
1 ウ (キ) ~~Q エカRAA
1 ウ (ク) Q キDN
1 (ケ) ~P→ Q ウクCP
コ(コ) ~P A
1 コ(サ) Q ケコMPP
従って、
(07)により、
(08)
果たして、「記号」で書くと、
(ⅰ) P∨Q 然るに、
(ⅱ)~P 従って、
(ⅲ) Q
といふ「推論(選言三段論法)」は、「命題計算」として「妥当」である。
従って、
(05)~(08)により、
(09)
(ⅰ) P∨Q 然るに、
(ⅱ)~P 従って、
(ⅲ) Q
といふ「推論」、すなはち、
(ⅰ)Pか、Qの、少なくとも一方は、真(本当)である。 然るに、
(ⅱ)Pは、真(本当)ではない。 従って、
(ⅲ)Qは、真(本当)である。
といふ「推論(選言三段論法)」は、
「 日本語 」としても、
「命題計算」としても、「妥当」である。
然るに、
(10)
5 練習問題5:10個の原始的規則あるいは導出された規則を、既に証明されたどのような連式あるいは定理とでもともに用いて、証明せよ。
(論理学初歩、E.J.レモン著、竹尾治一郎・浅野楢英 翻訳、1973年、80頁)
(l)~Q├ P∨Q⇔P
〔私による解答〕
1 (1) ~Q A
2 (2) P∨Q A
3 (3) P A(3の選言項・左)
3 (4)~~Q∨P 3∨I
3 (5) ~Q→P 4含意の定義
1 3 (6) P 15MPP
7 (7) Q A(3の選言項・右)
7 (8) ~~Q 7DN
7 (9)~~Q∨P 8∨I
7 (ア) ~Q→P 9含意の定義
1 (イ) ~Q→P 2357ア∨E
12 (ウ) P 1イ
1 (エ)P∨Q→P 2ウCP
オ(オ)P A
オ(カ)P∨Q オ∨I
(キ)P→P∨Q オカCP
1 (ク)P∨Q→P&
P→P∨Q エキ&I
1 (ケ)P∨Q⇔P クDf.⇔
従って、
(10)により、
(11)
(l)~Q├ P∨Q⇔P
(〃)Qではないので、(Pであるか、または、Qである)といふことは、Pに等しい。
といふ「連式(推論)」は、「命題計算」として、「妥当」である。
然るに、
(12)
(m)├(P∨Q)&~Q→P
1 (1) ~Q A
2 (2) P∨Q A
3 (3) P A(3の選言項・左)
3 (4)~~Q∨P 3∨I
3 (5) ~Q→P 4含意の定義
1 3 (6) P 15MPP
7 (7) Q A(3の選言項・右)
7 (8) ~~Q 7DN
7 (9)~~Q∨P 8∨I
7 (ア) ~Q→P 9含意の定義
1 (イ) ~Q→P 2357ア∨E
12 (ウ) P 1イ
1 (エ)P∨Q→P 2ウCP
(オ)~Q→(P∨Q→P) 1エCP
カ(カ)(P∨Q)&~Q A
カ(キ)~Q カ&E
カ(ク) (P∨Q→P) オキMPP
カ(ケ) P∨Q カ&E
カ(コ) P クケMPP
(サ)(P∨Q)&~Q→P カコCP
従って、
(12)により、
(13)
(m)├(P∨Q)&~Q→P
(〃)Pか、Qの、少なくとも一方は、本当であるとして、Qが、本当ではないならば、Pは本当である。
といふ「連式(選言三段論法)」は、「恒真式(トートロジー)」である。
然るに、
(14)
(m)Pか、Qの、少なくとも一方は、本当であるとして、Qが、本当ではないならば、Pは本当である。
といふ「論理」が「正しい」といふことは、「孩提之童(二、三才の幼児)」であっても、知ってゐる。
従って、
(12)(13)(14)により、
(15)
「二、三才の幼児(孩提之童)」であっても、あるいは、
(m)├(P∨Q)&~Q→P
1 (1) ~Q A
2 (2) P∨Q A
3 (3) P A(3の選言項・左)
3 (4)~~Q∨P 3∨I
3 (5) ~Q→P 4含意の定義
1 3 (6) P 15MPP
7 (7) Q A(3の選言項・右)
7 (8) ~~Q 7DN
7 (9)~~Q∨P 8∨I
7 (ア) ~Q→P 9含意の定義
1 (イ) ~Q→P 2357ア∨E
12 (ウ) P 1イ
1 (エ)P∨Q→P 2ウCP
(オ)~Q→(P∨Q→P) 1エCP
カ(カ)(P∨Q)&~Q A
カ(キ)~Q カ&E
カ(ク) (P∨Q→P) オキMPP
カ(ケ) P∨Q カ&E
カ(コ) P クケMPP
(サ)(P∨Q)&~Q→P カコCP
といふ「命題計算(Prpositional calculus)」が、知ってゐるのかも知れない。
令和03年10月13日、毛利太。
2021年10月10日日曜日
「兎不可復得(守株)」について。
(01)
① 不二甚善一=
① 不(甚善)⇒
① (甚善)不=
① (甚だしくは善か)ら不。
(02)
② 甚不善⇔
② 甚不レ善⇔
② 甚不(善)⇒
② 甚(善)不=
② 甚だ(善から)不。
然るに、
(03)
つまり、「否定語+副詞」のときはその副詞をふくめた内容が否定されるので、否定されることがらが副詞によって修飾されて部分的に限定されることになる。
逆に「副詞+否定詞」のときは、副詞が不定語を修飾することになるので、否定されることがらは否定語の下におかれた全般にわたることになる。
(旺文社、漢文の基礎、1973年、73頁)
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
「漢文訓読」といふ「語法」からすれば、
①(甚だしくは、善から)不。
② 甚だ(善から)不。
に於いて、
①(大変、善い)とまでは、言へない。
② 大変(、善くない)。
である。
従って、
(04)により、
(05)
①(甚だしくは、善から)不。
② 甚だ(、善から)不。
に於いて、
① それなりに、善い。
② とても、善くない。
である。
従って、
(05)により、
(06)
①(驚くほどは、上手く)ない。
② 驚くほど、(上手く)ない。
に於いて、
① それなりに、上手いが、驚くほどではない。
② とても、下手で、驚いてしまふ。
である。
然るに、
(07)
①(アマチュアである、あなたの演奏は)それなりに、上手いが、驚くほどではない。
②(アマチュアである、あなたの演奏は)とても、下手で、驚いてしまふ。
に於いて、
② のやうに言はれれば、「傷付く」であらうが、
① のやうに言はれても、「傷付く」ことは、ないはずである。
然るに、
(08)
私の場合は、私よりも一つ年上の女性に対して、
②(あなたの演奏は、)驚くほど、上手くない。
とは言はず、
①(あなたの演奏は、)驚くほどは上手くない。
と言ったところ、『ものすごい剣幕で、怒られた』といふことを、経験してゐる。
然るに、
(09)
ひとりの人間の発達史において、文系・理系の区分が初めて明確に意識されるようになるのは、一般には大学受験に備える高校の高学年からである。[12]しかしながら、大学受験という一回のチャンスに人生が大きく影響されるという考えが根強い日本では、幼いころから「この子は算数や理科が得意だから理系」「この子は社会や国語を好むから文系」などと言われるようである。
(ウィキペディア)
然るに、
(10)
その方は、「理系の高校生」であったため、「文系の高校生」であった、私ほどには、「漢文」を、勉強していなかったに違ひない。
従って、
(04)(07)(10)により、
(11)
「漢文の語法」といふ「日本語の語法」に従って、
①(アマチュアである、あなたの演奏は)それなりに、上手いが、驚くほどではない。
と、私が、発言したにも拘はらず、
②(アマチュアである、あなたの演奏は)とても、下手で、驚いてしまふ。
といふ「意味」に、「誤解」してしまひ、その「結果」として、その女性は、『ものすごい剣幕で、怒られた』のではないのか。
といふ風に、私自身は、思ってゐる。
(12)
守株(韓非子)
〔返り点〕
① 宋人有 耕二田者一。
② 田中有レ株、兎走觸レ株、折レ頸而死。
③ 因釋其耒一而守株、冀二復得一レ兎。
④ 兎不レ可二復得一、而身爲二宋國笑一。
⑤ 今、欲下以二先王之政一、治中當世之民上、皆守株之類也。
〔括弧〕
① 宋人有〔耕(田)者〕。
② 田中有(株)、兎走觸(株)、折(頸)而死。
③ 因釋(其耒)而守(株)、冀〔復得(兎)〕。
④ 兎不〔可(復得)〕、而身爲(宋國笑)。
⑤ 今欲〔以(先王之政)、治(當世之民)〕、皆守(株)之類也。
〔訓読〕
① 宋人に〔(田を)耕す者〕有り。
② 田中に(株)有り、兎走りて(株に)觸れ、(頸を)折りて死す。
③ 因りて(其の耒を)釋てて(株を)守り、〔復た(兎を)得んことを〕冀ふ。
④ 兎〔(復た得)可から〕ずして、身は(宋國の笑ひと)爲れり。
⑤ 今〔(先王之政)以て、(當世之民)治〕欲、皆(株)守の類なり。
〔通釈〕
① 宋の国の人で、畑を耕作しているものがあった。
② 畑の中に、木の切り株があって、兎が走ってきて、切り株に突っ込み、首の骨を折って死んだ。
③ そこで、畑を耕作しているものは、耒を手放し、株を見守り、もう一度、兎を手に入れるたいものだと、願った。
④ 兎は、二度とは、手に入らず、その人は、宋の国の、笑い者になった。
⑤ 昔の聖王の行なった政治によって、今の国民を治めようとすることは、すべて、このような話と、同じことである。
(13)
④ 兎不〔可(復得)〕。
⑭ 兎復不〔可(得)〕。
であれば、「訓読の語順」は、両方とも、
④ 兎〔(復得)可〕不。
⑭ 兎復〔(得)可〕不。
である。
従って、
(13)により、
(14)
④ 兎不〔可(復得)〕。
⑭ 兎復不〔可(得)〕。
であれば、
④ 兎、復た、得べからず。
⑭ 兎、復た、得べからず。
となって、「訓読」すれば、「区別」が無い。
然るに、
(03)(13)(14)により、
(15)
④ 兎不〔可(復得)〕。
⑭ 兎復不〔可(得)〕。
に於いて、それぞれ、
④ 兎を、「2度得る」ことは、出来なかった。 ⇒「兎を、1度は、得ること」が出来た。
⑭ 兎を、「得ること出来ない」ことが、2度、続いた。⇒「兎を、1度も、得ること」が出来なかった。
である。
従って、
(14)(15)により、
(16)
④ 兎不〔可(復得)〕。
⑭ 兎復不〔可(得)〕。
であれば、
④ 兎、復た、得べからず。
⑭ 兎、復た、得べからず。
となって、「訓読」すれば、「区別」が無いが、
④ 兎を、一度は、得ることが出来た。
⑭ 兎を、一度も、得ることが出来なかった。
となるため、「命題」としては、
④=⑭ ではない。
従って、
(03)(16)により、
(17)
④ 兎不可復得。
⑭ 兎復不可得。
といふ「漢文」の、
④ 兎不〔可(復得)〕。
⑭ 兎復不〔可(得)〕。
といふ「括弧」は、極めて、「重要」である。
令和03年10月10日、毛利太。
① 不二甚善一=
① 不(甚善)⇒
① (甚善)不=
① (甚だしくは善か)ら不。
(02)
② 甚不善⇔
② 甚不レ善⇔
② 甚不(善)⇒
② 甚(善)不=
② 甚だ(善から)不。
然るに、
(03)
つまり、「否定語+副詞」のときはその副詞をふくめた内容が否定されるので、否定されることがらが副詞によって修飾されて部分的に限定されることになる。
逆に「副詞+否定詞」のときは、副詞が不定語を修飾することになるので、否定されることがらは否定語の下におかれた全般にわたることになる。
(旺文社、漢文の基礎、1973年、73頁)
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
「漢文訓読」といふ「語法」からすれば、
①(甚だしくは、善から)不。
② 甚だ(善から)不。
に於いて、
①(大変、善い)とまでは、言へない。
② 大変(、善くない)。
である。
従って、
(04)により、
(05)
①(甚だしくは、善から)不。
② 甚だ(、善から)不。
に於いて、
① それなりに、善い。
② とても、善くない。
である。
従って、
(05)により、
(06)
①(驚くほどは、上手く)ない。
② 驚くほど、(上手く)ない。
に於いて、
① それなりに、上手いが、驚くほどではない。
② とても、下手で、驚いてしまふ。
である。
然るに、
(07)
①(アマチュアである、あなたの演奏は)それなりに、上手いが、驚くほどではない。
②(アマチュアである、あなたの演奏は)とても、下手で、驚いてしまふ。
に於いて、
② のやうに言はれれば、「傷付く」であらうが、
① のやうに言はれても、「傷付く」ことは、ないはずである。
然るに、
(08)
私の場合は、私よりも一つ年上の女性に対して、
②(あなたの演奏は、)驚くほど、上手くない。
とは言はず、
①(あなたの演奏は、)驚くほどは上手くない。
と言ったところ、『ものすごい剣幕で、怒られた』といふことを、経験してゐる。
然るに、
(09)
ひとりの人間の発達史において、文系・理系の区分が初めて明確に意識されるようになるのは、一般には大学受験に備える高校の高学年からである。[12]しかしながら、大学受験という一回のチャンスに人生が大きく影響されるという考えが根強い日本では、幼いころから「この子は算数や理科が得意だから理系」「この子は社会や国語を好むから文系」などと言われるようである。
(ウィキペディア)
然るに、
(10)
その方は、「理系の高校生」であったため、「文系の高校生」であった、私ほどには、「漢文」を、勉強していなかったに違ひない。
従って、
(04)(07)(10)により、
(11)
「漢文の語法」といふ「日本語の語法」に従って、
①(アマチュアである、あなたの演奏は)それなりに、上手いが、驚くほどではない。
と、私が、発言したにも拘はらず、
②(アマチュアである、あなたの演奏は)とても、下手で、驚いてしまふ。
といふ「意味」に、「誤解」してしまひ、その「結果」として、その女性は、『ものすごい剣幕で、怒られた』のではないのか。
といふ風に、私自身は、思ってゐる。
(12)
守株(韓非子)
〔返り点〕
① 宋人有 耕二田者一。
② 田中有レ株、兎走觸レ株、折レ頸而死。
③ 因釋其耒一而守株、冀二復得一レ兎。
④ 兎不レ可二復得一、而身爲二宋國笑一。
⑤ 今、欲下以二先王之政一、治中當世之民上、皆守株之類也。
〔括弧〕
① 宋人有〔耕(田)者〕。
② 田中有(株)、兎走觸(株)、折(頸)而死。
③ 因釋(其耒)而守(株)、冀〔復得(兎)〕。
④ 兎不〔可(復得)〕、而身爲(宋國笑)。
⑤ 今欲〔以(先王之政)、治(當世之民)〕、皆守(株)之類也。
〔訓読〕
① 宋人に〔(田を)耕す者〕有り。
② 田中に(株)有り、兎走りて(株に)觸れ、(頸を)折りて死す。
③ 因りて(其の耒を)釋てて(株を)守り、〔復た(兎を)得んことを〕冀ふ。
④ 兎〔(復た得)可から〕ずして、身は(宋國の笑ひと)爲れり。
⑤ 今〔(先王之政)以て、(當世之民)治〕欲、皆(株)守の類なり。
〔通釈〕
① 宋の国の人で、畑を耕作しているものがあった。
② 畑の中に、木の切り株があって、兎が走ってきて、切り株に突っ込み、首の骨を折って死んだ。
③ そこで、畑を耕作しているものは、耒を手放し、株を見守り、もう一度、兎を手に入れるたいものだと、願った。
④ 兎は、二度とは、手に入らず、その人は、宋の国の、笑い者になった。
⑤ 昔の聖王の行なった政治によって、今の国民を治めようとすることは、すべて、このような話と、同じことである。
(13)
④ 兎不〔可(復得)〕。
⑭ 兎復不〔可(得)〕。
であれば、「訓読の語順」は、両方とも、
④ 兎〔(復得)可〕不。
⑭ 兎復〔(得)可〕不。
である。
従って、
(13)により、
(14)
④ 兎不〔可(復得)〕。
⑭ 兎復不〔可(得)〕。
であれば、
④ 兎、復た、得べからず。
⑭ 兎、復た、得べからず。
となって、「訓読」すれば、「区別」が無い。
然るに、
(03)(13)(14)により、
(15)
④ 兎不〔可(復得)〕。
⑭ 兎復不〔可(得)〕。
に於いて、それぞれ、
④ 兎を、「2度得る」ことは、出来なかった。 ⇒「兎を、1度は、得ること」が出来た。
⑭ 兎を、「得ること出来ない」ことが、2度、続いた。⇒「兎を、1度も、得ること」が出来なかった。
である。
従って、
(14)(15)により、
(16)
④ 兎不〔可(復得)〕。
⑭ 兎復不〔可(得)〕。
であれば、
④ 兎、復た、得べからず。
⑭ 兎、復た、得べからず。
となって、「訓読」すれば、「区別」が無いが、
④ 兎を、一度は、得ることが出来た。
⑭ 兎を、一度も、得ることが出来なかった。
となるため、「命題」としては、
④=⑭ ではない。
従って、
(03)(16)により、
(17)
④ 兎不可復得。
⑭ 兎復不可得。
といふ「漢文」の、
④ 兎不〔可(復得)〕。
⑭ 兎復不〔可(得)〕。
といふ「括弧」は、極めて、「重要」である。
令和03年10月10日、毛利太。
2021年10月9日土曜日
「弟子不必不如師(韓愈、師説)」と「述語論理(人工言語)」。
(01)
(ⅰ)
1 (1) ∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]} A
1 (2) 弟子a→∃y[師匠ya&(a<y)]} 1UE
3(3) 弟子a&∀y[師匠ya→(a≧y)] A
3(4) 弟子a 3&E
3(5) ∀y[師匠ya→(a≧y)] 3&E
3(6) 師匠ba→(a≧b) 1UE
3(7) ~師匠ba∨(a≧b) 6含意の定義
3(8) ~[師匠ba&(a<b)] 7ド・モルガンの法則
3(9) ∀y~[師匠ya&(a<y)] 8UI
3(ア) ~∃y[師匠ya&(a<y)] 9量化子の関係
13(イ) ∃y[師匠ya&(a<y)] 24MPP
13(ウ) ~∃y[師匠ya&(a<y)]&
∃y[師匠ya&(a<y)] アイ&I
1 (エ) ~{弟子a&∀y[師匠ya→(a≧b)]} 3ウRAA
1 (オ)∀x~{弟子x&∀y[師匠yx→(x≧y)]} エUI
1 (カ)~∃x{弟子x&∀y[師匠yx→(x≧y)]} オ量化子の関係
(ⅱ)
1 (1)~∃x{弟子x&∀y[師匠yx→(x≧y)]} A
1 (2)∀x~{弟子x&∀y[師匠yx→(x≧y)]} 1量化子の関係
1 (3) ~{弟子a&∀y[師匠ya→(a≧y)]} 2UE
1 (4) ~弟子a∨~∀y[師匠ya→(a≧y)] 3ド・モルガンの法則
5 (5) ~∀y[師匠ya→(a≧y)] A
5 (6) ∃y~[師匠ya→(a≧y)] 5量化子の関係
7 (7) ~[師匠ba→(a≧b)] A
7 (8) ~[~師匠ba∨(a≧b)] 7含意の定義
7 (9) [師匠ba&(a<b)] 8ド・モルガンの法則
7 (ア) ∃y[師匠ya&(a<y)] 9EI
5 (イ) ∃y[師匠ya&(a<y)] 57ア
5 (ウ) ~弟子a∨∃y[師匠ya&(a<y)] イ∨I
エ(エ) ~弟子a A
エ(オ) ~弟子a∨∃y[師匠ya&(a<y)] エ∨I
1 (カ) ~弟子a∨∃y[師匠ya&(a<y)] 45ウエオ∨E
1 (キ) 弟子a→∃y[師匠ya&(a<y)] カ含意の定義
1 (ク) ∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]} キUI
(02)
(ⅲ)
1 (1)~∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]} A
1 (2)∃x~{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]} 1含意の定義
3(3) ~{弟子a→∃y[師匠ya&(a<y)]} A
3(4) ~{~弟子a∨∃y[師匠ya&(a<y)]} 3含意の定義
3(5) 弟子a&~∃y[師匠ya&(a<y) 4ド・モルガンの法則
3(6) 弟子a 5&E
3(7) ~∃y[師匠ya&(a<y)] 5&E
3(8) ∀y~[師匠ya&(a<y)] 7量化子の関係
3(9) ~[師匠ba&(a<b)] 8UE
3(ア) ~師匠ba∨(a≧b) 9ド・モルガンの法則
3(イ) 師匠ba→(a≧b) ア含意の定義
3(ウ) ∀y[師匠ya→(a≧y)] イUI
3(エ) 弟子a&∀y[師匠ya→(a≧y)] 6U&I
3(オ) ∃x{弟子x&∀y[師匠yx→(x≧y)]} エEI
1 (カ) ∃x{弟子x&∀y[師匠yx→(x≧y)]} 23オEE
(ⅳ)
1 (1) ∃x{弟子x&∀y[師匠yx→(x≧y)]} A
2(2) 弟子a&∀y[師匠ya→(a≧y)] A
2(3) 弟子a 2&E
2(4) ∀y[師匠ya→(a≧y)] 2&E
2(5) 師匠ba→(a≧b) 4UE
2(6) ~師匠ba∨(a≧b) 5含意の定義
2(7) ~[師匠ba&(a<b)] 6ド・モルガンの法則
2(8) ∀y~[師匠ya&(a<y)] 7UI
2(9) ~∃y[師匠ya&(a<y)] 8量化子の関係
2(ア) 弟子a&~∃y[師匠ya&(a<y)] 39&I
2(イ) ~{~弟子a∨∃y[師匠ya&(a<y)]} 9ド・モルガンの法則
2(ウ) ~{弟子a→∃y[師匠ya&(a<y)]} イ含意の定義
2(エ)∃x~{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]} ウEI
1 (オ)∃x~{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]} 12エEE
1 (カ)~∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]} オ量化子の関係
従って、
(01)(02)により、
(03)
「それぞれの計算」により、
① ∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]}
② ~∃x{弟子x&∀y[師匠yx→(x≧y)]}
③ ~∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]}
④ ~~∃x{弟子x&∀y[師匠yx→(x≧y)]}
に於いて、
①=② であって、
③=④ である。
従って、
(03)により、
(04)
③ ~∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]}
④ ∃x{弟子x&∀y[師匠yx→(x≧y)]}
に於いて、すなはち、
③ すべてのxについて{xが弟子であるならば、あるyは[xの弟子であって、(xはyに及ばない)]}といふわけではない。
④ あるxは{弟子であって、すべてのyについて[yがxの師匠であるならば、(xはy以上である)]}。
に於いて、
③=④ である。
従って、
(05)
③ すべてのxについて{xが弟子であるならば、あるyは[xの弟子であって、(xはyに及ばない)]}といふわけではない。
④ あるxは{弟子であって、すべてのyについて[yがxの師匠であるならば、(xはy以上である)]}。
に於いて、すなはち、
③ すべての弟子が、自分の師匠に、及ばない、といふわけではない。
④ ある弟子は、自分の師匠、以上である。
に於いて、
③=④ である。
然るに、
(06)
③ 弟子不二必不一レ如レ師=
③ 弟子不[必不〔如(師)〕]⇒
③ 弟子[必〔(師)如〕不]不=
③ 弟子は[必ずしも〔(師に)如か〕不んば]あら不=
③ 弟子は、必ずしも、師匠に及ばない、といふわけではない。
従って、
(05)(06)により、
(07)
「番号」を付け直すとして、
① 弟子不必不如師。
② 弟子は必ずしも、師に如か不んばあら不。
③ ~∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]}。
④ すべてのxについて{xが弟子であるならば、あるyは[xの弟子であって、(xはyに及ばない)]}といふわけではない。
に於いて、
①=②=③=④ である。
然るに、
(08)
日常言語の文から述語計算の文の翻訳のためには、一般にあたまが柔軟であることが必要である。なんら確定的な規則があるわけでなく、量記号に十分に馴れるまでには、練習を積むことが必要である。そこに含まれている仕事は翻訳の仕事に違いないけれども、しかしそこへ翻訳が行われる形式言語(formal language)は、自然言語のシンタックスとは幾らか違ったシンタックスをもっており、また限られた述語 ― 論理的結合記号、変数、固有名、述語文字、および2つの量記号 ― しかもたない。その言語のおもな長所は、記法上の制限にもかかわらず、非常に広範な表現能力をもっていることである(E.J.レモン 著、武生治一郎・浅野楢英 訳、論理学初歩、1973年、130頁)。
従って、
(07)(08)により
(09)
② 弟子は必ずしも、師に如か不んばあら不。
といふ「日本語」が、「日常言語」であるのに対して、
③ ~∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]}。
といふ「述語論理」は、「人工言語」である。
然るに、
(10)
自然言語の外国人向けの教科書は、まず「こんにちは!」「ありがとう」のような簡単な言葉(ネイティブスピーカーの子供でもわかる言葉)から入る。いっぽう、漢文は自然言語ではなかった。また「聞いて話す」音声言語ではなく、「読んで書く」ための書記言語である。漢字の習得者だけが、漢文を学習できる。「ネイティブライター」は原理的に存在できない。― 中略 ―、「ネイティブライター」が存在できないという点では、中国人も外国人も平等である(加藤徹 著、白文後略 漢文一人学び、2013年、8・9頁)。
従って、
(07)(10)により、
(11)
② 弟子は必ずしも、師に如か不んばあら不。
といふ「日本語」が、「日常言語」であるのに対して、
① 弟子不必不如師。
といふ「漢文(文言文)」は、「人工言語(formal language)」である。
従って、
(09)(10)(11)により、
(12)
「番号」を付け直すと、
① 弟子不必不如師。
② ~∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]}。
に於いて、
① は、「人工言語」であって、
② も、「人工言語」であるが故に、「ネイティブライター」が存在できないという点では、中国人も、日本人も、アメリカ人も平等である。
然るに、
(13)
江戸時代には、荻生徂来(おぎゅう・そらい、1666-1728)が、漢文訓読法を排斥して、漢詩文は唐音(中国語音)で音読すべきだと主張しました。荻生徂来は、長崎通詞であった岡島冠山(おかじま・かんざん、1674-1728)から唐話(とうわ=中国語)を学んでいました。漢詩文を唐音で読むという徂来の主張は強固なもので、彼の古文辞学(擬古的な漢文)とともに一世を風靡する大流行となりました。ただし、当時のいわゆる唐音というのは、中国南方の方言音で、現在の北京語を基礎とした普通話(pŭ tōng huà)とはかなり違うものでした。当時、わが国は清国と正式の国交はなく、貿易は長崎において清国商人に信牌(貿易許可証)を与え、私貿易という形で許可していました。そのため、長崎で用いられる中国語も、清国商人が用いる南方方言だったのです(Webサイト:日本漢文の世界)。
然るに、
(14)
(倉石)徂徠は、単に唐音を操るといふ様なことに満足せず、漢文を学ぶには先ず支那語からとりかり、支那の俗語をば支那語で暗誦させ、これを日本語の俗語に訳し、決して和訓の顚倒読みをしてはならない、始めは零細な二字三字の句から始めて、遂に纏った書物を読ます、支那語が支那人ほど熟達してから、古い書物を読ませば、破竹の勢いで進歩すると説いたこれは、今日の様に外国語に対する理念が発達した時代から見れば、何の不思議もない「ことであるが、その当時、つとに、かかる意見を吐いたのは、たしかに一世に抜きんでた見識に相違ない(勉誠出版、「訓読」論、2008年、56頁)。
従って、
(12)(13)(14)により、
(15)
荻生徂来(1666-1728)だけでなく、
倉石武四郎(1897-1975)先生も、
① 弟子不必不如師。
といふ「漢文(文言文)」は、「人工言語」ではなく、「自然言語」であると、信じてゐたことになるが、
荻生徂徠はともかく、
倉石武四郎先生は、
② ~∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]}。
といふ「述語論理(Predicate logic)」の存在を、知ってゐない、とは思へない。
従って、
(15)により、
(16)
倉石武四郎(1897-1975)先生は、
① 弟子不必不如師。
② ~∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]}。
といふ「2つの言語」を、「全く異なる」ものとして、捉へていたはずであるが、
少なくとも、私にとっては、
① 弟子不[必不〔如(師)〕]。
② ~∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]}。
といふ「言語」は、両方とも、「理屈(論理)が先行する所の、(人工)言語)」である。
(17)
① 我非生而知文言文(我は生まれながらにして、文言文を知る者に非ず)。
② 我非生而知論理学(我は生まれながらにして、論理学を知る者に非ず)。
といふことに関しては、
① と、
② は、「同様」であるが、
その一方で、
① 弟子不[必不〔如(師)〕]。
② ~∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]}。
に於いて、
①=② である。
といふことは、
③ 生まれながらにして、「それを知ることが出来る仕組み」が、「頭(脳)」の中に、(生得的に、)備はってゐたものと、思はれる。
令和03年10月09日、毛利太。
(ⅰ)
1 (1) ∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]} A
1 (2) 弟子a→∃y[師匠ya&(a<y)]} 1UE
3(3) 弟子a&∀y[師匠ya→(a≧y)] A
3(4) 弟子a 3&E
3(5) ∀y[師匠ya→(a≧y)] 3&E
3(6) 師匠ba→(a≧b) 1UE
3(7) ~師匠ba∨(a≧b) 6含意の定義
3(8) ~[師匠ba&(a<b)] 7ド・モルガンの法則
3(9) ∀y~[師匠ya&(a<y)] 8UI
3(ア) ~∃y[師匠ya&(a<y)] 9量化子の関係
13(イ) ∃y[師匠ya&(a<y)] 24MPP
13(ウ) ~∃y[師匠ya&(a<y)]&
∃y[師匠ya&(a<y)] アイ&I
1 (エ) ~{弟子a&∀y[師匠ya→(a≧b)]} 3ウRAA
1 (オ)∀x~{弟子x&∀y[師匠yx→(x≧y)]} エUI
1 (カ)~∃x{弟子x&∀y[師匠yx→(x≧y)]} オ量化子の関係
(ⅱ)
1 (1)~∃x{弟子x&∀y[師匠yx→(x≧y)]} A
1 (2)∀x~{弟子x&∀y[師匠yx→(x≧y)]} 1量化子の関係
1 (3) ~{弟子a&∀y[師匠ya→(a≧y)]} 2UE
1 (4) ~弟子a∨~∀y[師匠ya→(a≧y)] 3ド・モルガンの法則
5 (5) ~∀y[師匠ya→(a≧y)] A
5 (6) ∃y~[師匠ya→(a≧y)] 5量化子の関係
7 (7) ~[師匠ba→(a≧b)] A
7 (8) ~[~師匠ba∨(a≧b)] 7含意の定義
7 (9) [師匠ba&(a<b)] 8ド・モルガンの法則
7 (ア) ∃y[師匠ya&(a<y)] 9EI
5 (イ) ∃y[師匠ya&(a<y)] 57ア
5 (ウ) ~弟子a∨∃y[師匠ya&(a<y)] イ∨I
エ(エ) ~弟子a A
エ(オ) ~弟子a∨∃y[師匠ya&(a<y)] エ∨I
1 (カ) ~弟子a∨∃y[師匠ya&(a<y)] 45ウエオ∨E
1 (キ) 弟子a→∃y[師匠ya&(a<y)] カ含意の定義
1 (ク) ∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]} キUI
(02)
(ⅲ)
1 (1)~∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]} A
1 (2)∃x~{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]} 1含意の定義
3(3) ~{弟子a→∃y[師匠ya&(a<y)]} A
3(4) ~{~弟子a∨∃y[師匠ya&(a<y)]} 3含意の定義
3(5) 弟子a&~∃y[師匠ya&(a<y) 4ド・モルガンの法則
3(6) 弟子a 5&E
3(7) ~∃y[師匠ya&(a<y)] 5&E
3(8) ∀y~[師匠ya&(a<y)] 7量化子の関係
3(9) ~[師匠ba&(a<b)] 8UE
3(ア) ~師匠ba∨(a≧b) 9ド・モルガンの法則
3(イ) 師匠ba→(a≧b) ア含意の定義
3(ウ) ∀y[師匠ya→(a≧y)] イUI
3(エ) 弟子a&∀y[師匠ya→(a≧y)] 6U&I
3(オ) ∃x{弟子x&∀y[師匠yx→(x≧y)]} エEI
1 (カ) ∃x{弟子x&∀y[師匠yx→(x≧y)]} 23オEE
(ⅳ)
1 (1) ∃x{弟子x&∀y[師匠yx→(x≧y)]} A
2(2) 弟子a&∀y[師匠ya→(a≧y)] A
2(3) 弟子a 2&E
2(4) ∀y[師匠ya→(a≧y)] 2&E
2(5) 師匠ba→(a≧b) 4UE
2(6) ~師匠ba∨(a≧b) 5含意の定義
2(7) ~[師匠ba&(a<b)] 6ド・モルガンの法則
2(8) ∀y~[師匠ya&(a<y)] 7UI
2(9) ~∃y[師匠ya&(a<y)] 8量化子の関係
2(ア) 弟子a&~∃y[師匠ya&(a<y)] 39&I
2(イ) ~{~弟子a∨∃y[師匠ya&(a<y)]} 9ド・モルガンの法則
2(ウ) ~{弟子a→∃y[師匠ya&(a<y)]} イ含意の定義
2(エ)∃x~{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]} ウEI
1 (オ)∃x~{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]} 12エEE
1 (カ)~∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]} オ量化子の関係
従って、
(01)(02)により、
(03)
「それぞれの計算」により、
① ∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]}
② ~∃x{弟子x&∀y[師匠yx→(x≧y)]}
③ ~∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]}
④ ~~∃x{弟子x&∀y[師匠yx→(x≧y)]}
に於いて、
①=② であって、
③=④ である。
従って、
(03)により、
(04)
③ ~∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]}
④ ∃x{弟子x&∀y[師匠yx→(x≧y)]}
に於いて、すなはち、
③ すべてのxについて{xが弟子であるならば、あるyは[xの弟子であって、(xはyに及ばない)]}といふわけではない。
④ あるxは{弟子であって、すべてのyについて[yがxの師匠であるならば、(xはy以上である)]}。
に於いて、
③=④ である。
従って、
(05)
③ すべてのxについて{xが弟子であるならば、あるyは[xの弟子であって、(xはyに及ばない)]}といふわけではない。
④ あるxは{弟子であって、すべてのyについて[yがxの師匠であるならば、(xはy以上である)]}。
に於いて、すなはち、
③ すべての弟子が、自分の師匠に、及ばない、といふわけではない。
④ ある弟子は、自分の師匠、以上である。
に於いて、
③=④ である。
然るに、
(06)
③ 弟子不二必不一レ如レ師=
③ 弟子不[必不〔如(師)〕]⇒
③ 弟子[必〔(師)如〕不]不=
③ 弟子は[必ずしも〔(師に)如か〕不んば]あら不=
③ 弟子は、必ずしも、師匠に及ばない、といふわけではない。
従って、
(05)(06)により、
(07)
「番号」を付け直すとして、
① 弟子不必不如師。
② 弟子は必ずしも、師に如か不んばあら不。
③ ~∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]}。
④ すべてのxについて{xが弟子であるならば、あるyは[xの弟子であって、(xはyに及ばない)]}といふわけではない。
に於いて、
①=②=③=④ である。
然るに、
(08)
日常言語の文から述語計算の文の翻訳のためには、一般にあたまが柔軟であることが必要である。なんら確定的な規則があるわけでなく、量記号に十分に馴れるまでには、練習を積むことが必要である。そこに含まれている仕事は翻訳の仕事に違いないけれども、しかしそこへ翻訳が行われる形式言語(formal language)は、自然言語のシンタックスとは幾らか違ったシンタックスをもっており、また限られた述語 ― 論理的結合記号、変数、固有名、述語文字、および2つの量記号 ― しかもたない。その言語のおもな長所は、記法上の制限にもかかわらず、非常に広範な表現能力をもっていることである(E.J.レモン 著、武生治一郎・浅野楢英 訳、論理学初歩、1973年、130頁)。
従って、
(07)(08)により
(09)
② 弟子は必ずしも、師に如か不んばあら不。
といふ「日本語」が、「日常言語」であるのに対して、
③ ~∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]}。
といふ「述語論理」は、「人工言語」である。
然るに、
(10)
自然言語の外国人向けの教科書は、まず「こんにちは!」「ありがとう」のような簡単な言葉(ネイティブスピーカーの子供でもわかる言葉)から入る。いっぽう、漢文は自然言語ではなかった。また「聞いて話す」音声言語ではなく、「読んで書く」ための書記言語である。漢字の習得者だけが、漢文を学習できる。「ネイティブライター」は原理的に存在できない。― 中略 ―、「ネイティブライター」が存在できないという点では、中国人も外国人も平等である(加藤徹 著、白文後略 漢文一人学び、2013年、8・9頁)。
従って、
(07)(10)により、
(11)
② 弟子は必ずしも、師に如か不んばあら不。
といふ「日本語」が、「日常言語」であるのに対して、
① 弟子不必不如師。
といふ「漢文(文言文)」は、「人工言語(formal language)」である。
従って、
(09)(10)(11)により、
(12)
「番号」を付け直すと、
① 弟子不必不如師。
② ~∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]}。
に於いて、
① は、「人工言語」であって、
② も、「人工言語」であるが故に、「ネイティブライター」が存在できないという点では、中国人も、日本人も、アメリカ人も平等である。
然るに、
(13)
江戸時代には、荻生徂来(おぎゅう・そらい、1666-1728)が、漢文訓読法を排斥して、漢詩文は唐音(中国語音)で音読すべきだと主張しました。荻生徂来は、長崎通詞であった岡島冠山(おかじま・かんざん、1674-1728)から唐話(とうわ=中国語)を学んでいました。漢詩文を唐音で読むという徂来の主張は強固なもので、彼の古文辞学(擬古的な漢文)とともに一世を風靡する大流行となりました。ただし、当時のいわゆる唐音というのは、中国南方の方言音で、現在の北京語を基礎とした普通話(pŭ tōng huà)とはかなり違うものでした。当時、わが国は清国と正式の国交はなく、貿易は長崎において清国商人に信牌(貿易許可証)を与え、私貿易という形で許可していました。そのため、長崎で用いられる中国語も、清国商人が用いる南方方言だったのです(Webサイト:日本漢文の世界)。
然るに、
(14)
(倉石)徂徠は、単に唐音を操るといふ様なことに満足せず、漢文を学ぶには先ず支那語からとりかり、支那の俗語をば支那語で暗誦させ、これを日本語の俗語に訳し、決して和訓の顚倒読みをしてはならない、始めは零細な二字三字の句から始めて、遂に纏った書物を読ます、支那語が支那人ほど熟達してから、古い書物を読ませば、破竹の勢いで進歩すると説いたこれは、今日の様に外国語に対する理念が発達した時代から見れば、何の不思議もない「ことであるが、その当時、つとに、かかる意見を吐いたのは、たしかに一世に抜きんでた見識に相違ない(勉誠出版、「訓読」論、2008年、56頁)。
従って、
(12)(13)(14)により、
(15)
荻生徂来(1666-1728)だけでなく、
倉石武四郎(1897-1975)先生も、
① 弟子不必不如師。
といふ「漢文(文言文)」は、「人工言語」ではなく、「自然言語」であると、信じてゐたことになるが、
荻生徂徠はともかく、
倉石武四郎先生は、
② ~∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]}。
といふ「述語論理(Predicate logic)」の存在を、知ってゐない、とは思へない。
従って、
(15)により、
(16)
倉石武四郎(1897-1975)先生は、
① 弟子不必不如師。
② ~∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]}。
といふ「2つの言語」を、「全く異なる」ものとして、捉へていたはずであるが、
少なくとも、私にとっては、
① 弟子不[必不〔如(師)〕]。
② ~∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]}。
といふ「言語」は、両方とも、「理屈(論理)が先行する所の、(人工)言語)」である。
(17)
① 我非生而知文言文(我は生まれながらにして、文言文を知る者に非ず)。
② 我非生而知論理学(我は生まれながらにして、論理学を知る者に非ず)。
といふことに関しては、
① と、
② は、「同様」であるが、
その一方で、
① 弟子不[必不〔如(師)〕]。
② ~∀x{弟子x→∃y[師匠yx&(x<y)]}。
に於いて、
①=② である。
といふことは、
③ 生まれながらにして、「それを知ることが出来る仕組み」が、「頭(脳)」の中に、(生得的に、)備はってゐたものと、思はれる。
令和03年10月09日、毛利太。
2021年10月8日金曜日
「無A無B(AとしてB無きは無し。)」の「述語論理」。
(01)
(ⅰ)
1 (1) ∀x{親x→ ∃y(子yx&愛xy)} A
1 (2) 親a→ ∃y(子ya&愛ay) 1UE
3(3) 親a&~∃y(子ya&愛ay) A
3(4) 親a 3&E
13(5) ∃y(子ya&愛ay) 24MPP
3(6) ~∃y(子ya&愛ay) 3&E
13(7) ∃y(子ya&愛ay)&
~∃y(子ya&愛ay) 56&I
1 (8) ~{親a&~∃y(子ya&愛ay)} 37CP
1 (9)∀x~{親x&~∃y(子yx&愛xy)} 8UI
1 (ア)~∃x{親x&~∃y(子yx&愛xy)} 9量化子の関係
(ⅱ)
1 (1)~∃x{親x&~∃y(子yx&愛xy)} A
1 (2)∀x~{親x&~∃y(子yx&愛xy)} 1量化子の関係
1 (3) ~{親a&~∃y(子ya&愛ay)} 2UE
1 (4) ~親a∨ ∃y(子ya&愛ay) 3ド・モルガンの法則
1 (5) 親a→ ∃y(子ya&愛ay) 4含意の定義
1 (6) ∀x{親x→ ∃y(子yx&愛xy)} 5UI
従って、
(01)により、
(02)
① ∀x{親x→ ∃y(子yx&愛xy)}
② ~∃x{親x&~∃y(子yx&愛xy)}
に於いて、
①=② である。
従って、
(02)により、
(03)
① すべてのxについて{xが親であるならば、あるy(はxの子であって、xはyを愛す)。}
② ある{xが親であって、あるy(がxの子であって、xがyをするといふことが)ない}といふことはない。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(04)
(ⅰ)
親皆有其所愛之子=
親皆有〔其所(愛)之子〕⇒
親皆〔其(愛)所之子〕有=
親皆〔其の(愛する)所の子〕有り。
(ⅱ)
無親無其所愛之子=
無[親無〔其所(愛)之子〕]⇒
[親〔其(愛)所之子〕無]無=
[親として〔其の(愛する)所の子〕無きは]無し。
従って、
(04)により、
(05)
① 親皆有其所愛之子。
② 無親無其所愛之子。
に於いて、
①=② である。
従って、
(01)~(05)により、
(06)
① 親皆有其所愛之子。
② 無親無其所愛之子。
といふ「漢文」は、
① ∀x{親x→ ∃y(子yx&愛xy)}
② ~∃x{親x&~∃y(子yx&愛xy)}
といふ「述語論理式」の、「直訳」である。
従って、
(06)により、
(07)
② ~∃x{親x&~∃y(子yx&愛xy)}
といふ「述語論理式」に対する、
② 無親無其所愛之子。
といふ「作例」がさうであるやうに、
② 無A無B(Aとして、B無きは、無し)。
といふ『句形』が有るに、違ひない。
然るに、
(08)
② 子美無一字無来処=
② 子美無〔一字無(来処)〕⇒
② 子美〔一字(来処)無〕無=
② 子美は〔一字として(来処)無きは〕無し=
② 杜甫の詩は一字たりとも典拠の無い字は無い(どんな字にも皆典拠がある)。〈李沂・秋星閣詩話〉
従って、
(08)により、
(09)
② 無一字無来処=
② 無〔一字無(来処)〕⇒
② 〔一字(来処)無〕無=
② 〔一字として(来処)無きは〕無し=
② 一字たりとも典拠の無い字は無い(どんな字にも皆典拠がある)。
従って、
(07)(08)(09)により、
(10)
果たして、
② 無一字無来処。
② 無親無其所愛之子。
といふ「例文」がさうであるやうに、「漢文」には、
② 無A無B(Aとして、B無きは、無し)。
といふ『句形』は、有る。
令和03年10月08日、毛利太。
(ⅰ)
1 (1) ∀x{親x→ ∃y(子yx&愛xy)} A
1 (2) 親a→ ∃y(子ya&愛ay) 1UE
3(3) 親a&~∃y(子ya&愛ay) A
3(4) 親a 3&E
13(5) ∃y(子ya&愛ay) 24MPP
3(6) ~∃y(子ya&愛ay) 3&E
13(7) ∃y(子ya&愛ay)&
~∃y(子ya&愛ay) 56&I
1 (8) ~{親a&~∃y(子ya&愛ay)} 37CP
1 (9)∀x~{親x&~∃y(子yx&愛xy)} 8UI
1 (ア)~∃x{親x&~∃y(子yx&愛xy)} 9量化子の関係
(ⅱ)
1 (1)~∃x{親x&~∃y(子yx&愛xy)} A
1 (2)∀x~{親x&~∃y(子yx&愛xy)} 1量化子の関係
1 (3) ~{親a&~∃y(子ya&愛ay)} 2UE
1 (4) ~親a∨ ∃y(子ya&愛ay) 3ド・モルガンの法則
1 (5) 親a→ ∃y(子ya&愛ay) 4含意の定義
1 (6) ∀x{親x→ ∃y(子yx&愛xy)} 5UI
従って、
(01)により、
(02)
① ∀x{親x→ ∃y(子yx&愛xy)}
② ~∃x{親x&~∃y(子yx&愛xy)}
に於いて、
①=② である。
従って、
(02)により、
(03)
① すべてのxについて{xが親であるならば、あるy(はxの子であって、xはyを愛す)。}
② ある{xが親であって、あるy(がxの子であって、xがyをするといふことが)ない}といふことはない。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(04)
(ⅰ)
親皆有其所愛之子=
親皆有〔其所(愛)之子〕⇒
親皆〔其(愛)所之子〕有=
親皆〔其の(愛する)所の子〕有り。
(ⅱ)
無親無其所愛之子=
無[親無〔其所(愛)之子〕]⇒
[親〔其(愛)所之子〕無]無=
[親として〔其の(愛する)所の子〕無きは]無し。
従って、
(04)により、
(05)
① 親皆有其所愛之子。
② 無親無其所愛之子。
に於いて、
①=② である。
従って、
(01)~(05)により、
(06)
① 親皆有其所愛之子。
② 無親無其所愛之子。
といふ「漢文」は、
① ∀x{親x→ ∃y(子yx&愛xy)}
② ~∃x{親x&~∃y(子yx&愛xy)}
といふ「述語論理式」の、「直訳」である。
従って、
(06)により、
(07)
② ~∃x{親x&~∃y(子yx&愛xy)}
といふ「述語論理式」に対する、
② 無親無其所愛之子。
といふ「作例」がさうであるやうに、
② 無A無B(Aとして、B無きは、無し)。
といふ『句形』が有るに、違ひない。
然るに、
(08)
② 子美無一字無来処=
② 子美無〔一字無(来処)〕⇒
② 子美〔一字(来処)無〕無=
② 子美は〔一字として(来処)無きは〕無し=
② 杜甫の詩は一字たりとも典拠の無い字は無い(どんな字にも皆典拠がある)。〈李沂・秋星閣詩話〉
従って、
(08)により、
(09)
② 無一字無来処=
② 無〔一字無(来処)〕⇒
② 〔一字(来処)無〕無=
② 〔一字として(来処)無きは〕無し=
② 一字たりとも典拠の無い字は無い(どんな字にも皆典拠がある)。
従って、
(07)(08)(09)により、
(10)
果たして、
② 無一字無来処。
② 無親無其所愛之子。
といふ「例文」がさうであるやうに、「漢文」には、
② 無A無B(Aとして、B無きは、無し)。
といふ『句形』は、有る。
令和03年10月08日、毛利太。
2021年10月6日水曜日
「驚く程は、上手くない。」の「は」について。
(01)
① The Incredible Jazz Guitar of Wes Montgomery.
② ウェス・モンゴメリーの驚くべきジャズ・ギター。
に於いて、
① は、「アルバムのタイトル」であって、
② は、「Weblio 翻訳 英語翻訳」である。
cf.
① The Incredible Jazz Guitar of Wes Montgomery.
② ウェス・モンゴメリーの驚くべきジャズ・ギター。
に於いて、
① は、「アルバムのタイトル」であって、
② は、「Weblio 翻訳 英語翻訳」である。
cf.
従って、
(02)
① 彼のギターは、ウェス・モンゴメリーの驚くべきジャズ・ギター程は、上手くない。
と言えば、
① 彼は、かなり、ギターが、上手い。
従って、
(03)
①(彼のギターは、ウェス・モンゴメリーの)驚く(べきジャズ・ギター)程は、上手くない。
といふ「意味」で、
① 驚く程は、上手くない。
と言えば、
① 彼のギターは、決して、下手ではない。
然るに、
(04)
② 驚く程、上手くない。 といふのであれば、
② 上手くなさ過ぎて、驚いてしまふ。
といふ「意味」である。
従って、
(05)
② 驚く程、上手くない。
に於いて、
② 驚く程 は、
② 上手くない といふ「形容詞」の「意味」を、「強めている」。
従って、
(01)~(04)により、
(06)
① 驚く程は、上手くない。
② 驚く程、 上手くない。
に於いて、
② 驚く程、
は、「副詞(句)」であるが、
① 驚く程は、 少なくとも、
は、「副詞(句)」ではない。
然るに、
(07)
① 驚く程は、上手くない。 といふ「日本語」が、
①(彼のギターは、ウェス・モンゴメリーの)驚く(べきジャズ・ギター)程は、上手くない。
といふ「意味」であるならば、
① 上手くない。
のは、
① 驚く程 ではない。
従って、
(08)
① 驚く程は、上手くない。
に於いて、
① 驚く程 は、「主語」ではない。
然るに、
(09)
主題というのは、〝 についていえば〝 のように範囲を示す、いわば副詞のようなものだと考える。副詞なら主語になれない(外山滋比古)。
然るに、
(10)
① 驚く程は、上手くない。
といふ「日本語」は、
① 驚く程 についていえば、上手くない。
といふ「意味」ではない。
従って、
(09)(10)により、
(11)
① 驚く程は、上手くない。
に於いて、
① 驚く程 は、「主題」ではない。
従って、
(08)(11)により、
(12)
① 驚く程は、上手くない。
に於いて、
① 驚く程 は、「主語」ではないし、「主題」でもない。
令和03年10月06日、毛利太。
(02)
① 彼のギターは、ウェス・モンゴメリーの驚くべきジャズ・ギター程は、上手くない。
と言えば、
① 彼は、かなり、ギターが、上手い。
従って、
(03)
①(彼のギターは、ウェス・モンゴメリーの)驚く(べきジャズ・ギター)程は、上手くない。
といふ「意味」で、
① 驚く程は、上手くない。
と言えば、
① 彼のギターは、決して、下手ではない。
然るに、
(04)
② 驚く程、上手くない。 といふのであれば、
② 上手くなさ過ぎて、驚いてしまふ。
といふ「意味」である。
従って、
(05)
② 驚く程、上手くない。
に於いて、
② 驚く程 は、
② 上手くない といふ「形容詞」の「意味」を、「強めている」。
従って、
(01)~(04)により、
(06)
① 驚く程は、上手くない。
② 驚く程、 上手くない。
に於いて、
② 驚く程、
は、「副詞(句)」であるが、
① 驚く程は、 少なくとも、
は、「副詞(句)」ではない。
然るに、
(07)
① 驚く程は、上手くない。 といふ「日本語」が、
①(彼のギターは、ウェス・モンゴメリーの)驚く(べきジャズ・ギター)程は、上手くない。
といふ「意味」であるならば、
① 上手くない。
のは、
① 驚く程 ではない。
従って、
(08)
① 驚く程は、上手くない。
に於いて、
① 驚く程 は、「主語」ではない。
然るに、
(09)
主題というのは、〝 についていえば〝 のように範囲を示す、いわば副詞のようなものだと考える。副詞なら主語になれない(外山滋比古)。
然るに、
(10)
① 驚く程は、上手くない。
といふ「日本語」は、
① 驚く程 についていえば、上手くない。
といふ「意味」ではない。
従って、
(09)(10)により、
(11)
① 驚く程は、上手くない。
に於いて、
① 驚く程 は、「主題」ではない。
従って、
(08)(11)により、
(12)
① 驚く程は、上手くない。
に於いて、
① 驚く程 は、「主語」ではないし、「主題」でもない。
令和03年10月06日、毛利太。
2021年10月3日日曜日
「選言導入の規則」と「含意の定義」。
(01)
① P=太陽が西から昇る。
といふ「命題」は、「偽(ウソ)」であって、それ故、
② ~P=太陽は西から昇らない。
といふ「命題」は、「真(本当)」である。
然るに、
(02)
③ ~P∨Q
といふ「論理式」は、
③ ~P か、または、Q の、少なくとも一方は「真(本当)」である。
といふ「意味」である。
従って、
(01)(02)により、
(03)
② ~P=太陽は西から昇らない。
といふ「命題」が、「真(本当)」であるが故に、
③ ~P∨Q
といふ「命題」は、「真(本当)」である。
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
1(1)~P A
1(2)~P∨Q 1∨I(選言導入)
といふ「計算(選言導入)」は、「妥当」である。
然るに、
(05)
―「含意の定義」の「証明」―
(ⅲ)
1 (1) ~P∨ Q A
2 (2) P&~Q A
3 (3) ~P A
2 (4) P 2&E
23 (5) ~P&P 34&I
3 (6)~(P&~Q) 25RAA
7 (8) Q A
2 (9) ~Q 2&E
2 7 (ア) Q&~Q 89&I
7 (イ)~(P&~Q) 2アRAA
1 (ウ)~(P&~Q) 1367イ∨E
エ (エ) P A
オ(オ) ~Q A
エオ(カ) P&~Q エオ&I
1 エオ(キ)~(P&~Q)&
(P&~Q) ウカ&I
1 エ (ク) ~~Q オキRAA
1 エ (ケ) Q エDN
1 (コ) P→ Q エケCP
(ⅳ)
1 (1) P→Q A
2 (2) ~(~P∨Q) A
3 (3) ~P A
3 (4) ~P∨Q 3∨I
23 (5) ~(~P∨Q)&
(~P∨Q) 24&I
2 (6) ~~P 35RAA
2 (7) P 6DN
8(8) Q A
8(9) ~P∨Q 8∨I
2 8(ア) ~(~P∨Q)&
(~P∨Q) 29&I
2 (イ) ~Q 8アRAA
12 (ウ) Q 17MPP
12 (エ) ~Q&Q イウ&I
1 (オ)~~(~P∨Q) 2エDN
1 (カ) ~P∨Q オDN
従って、
(05)により、
(06)
③ ~P∨Q
④ P→Q
に於いて、
③=④ である(含意の定義)。
従って、
(04)(05)(06)により、
(07)
1(1)~P A
1(2)~P∨Q 1∨I(選言導入)
1(3) P→Q 2含意の定義
といふ「計算(選言導入・含意の定義)」は、「妥当」である。
従って、
(07)により、
(08)
1 (1)~P A
1 (2)~P∨Q 1∨I
1 (3) P→Q 2含意の定義
2(4) P A(1とは矛盾する)
12(5) Q 34MPP
といふ「命題計算」は、「妥当」である。
従って、
(08)により、
(09)
① P=太陽が西から昇る。
② ~P=太陽は西から昇らない。
③ Q=バカボンのパパは天才である。
④ ~Q=バカボンのパパは天才ではない。
として、
(ⅰ)「太陽が西から昇る。」といふ「命題(P)」が、「偽(ウソ)」であるならば、
(ⅱ)「太陽が西から昇るならば、バカボンのパパは天才である。」といふ「含意(P→Q)」は、「真(本当)」である。
然るに、
(09)により、
(10)
(ⅰ)「太陽が西から昇る。」といふ「命題(P)」が、「偽(ウソ)」である以上、
(ⅱ)「太陽が西から昇るならば、バカボンのパパは天才である。」といふ「含意(P→Q)」は、「真(本当)」であるとしても、
(ⅲ)「バカボンのパパは天才である。」といふ「命題(Q)」は、「真(本当)」にはならない。
然るに、
(11)
1 (1) P⇔Q A
1 (2)(P→Q)&(Q→P) 1Df.⇔
1 (3) Q→P 2&E
4 (4) ~P A
14 (5) ~Q 34MTT
1 (6) ~P→~Q 45CP
7(7) ~P A
1 7(8) ~Q 67MPP
従って、
(11)により、
(12)
① P=太陽が西から昇る。
② ~P=太陽は西から昇らない。
③ Q=バカボンのパパは天才である。
④ ~Q=バカボンのパパは天才ではない。
として、
(ⅰ)「太陽が西から昇る。」 といふ「命題( P)」が、「偽(ウソ)」であるとしても、すなはち、
(〃)「太陽は西から昇らない。」といふ「命題(~P)」が、「真(本当)」であるならば、 その上で、
(ⅱ)「太陽が西から昇るならば(、そのときに限って)、バカボンのパパは天才である。」といふ「相互含意(P⇔Q)」が、「真(本当)」であるならば、
(ⅲ)「バカボンのパパは天才ではない。」といふ「命題(~Q)」は、「真(本当)」である。
従って、
(12)により、
(13)
(ⅰ)「太陽は西から昇らない。」といふ「命題(~P)」が「真(本当)」であるということを、「前提」とした、
(ⅱ)「太陽が西から昇るならば(、そのときに限って)、バカボンのパパは天才である。」といふ「命題(P⇔Q)」は、
(ⅲ)「バカボンのパパは天才ではない。」といふ「命題(~Q)」の、「婉曲的な表現」である。
従って、
(10)(13)により、
(14)
(ⅱ)「太陽が西から昇るならば、バカボンのパパは天才である。」
(〃)「太陽が西から昇るならば(、そのときに限って)、バカボンのパパは天才である。」
に於いて
(ⅱ)=(〃) であるならば、そのときに限って、
(ⅱ)「太陽が西から昇るならば、バカボンのパパは天才である。」
といふ「命題(P⇔Q)」は、
(ⅲ)「バカボンのパパは天才ではない。」といふ「命題(~Q)」の、「婉曲的な表現」である。
令和03年10月03日、毛利太。
① P=太陽が西から昇る。
といふ「命題」は、「偽(ウソ)」であって、それ故、
② ~P=太陽は西から昇らない。
といふ「命題」は、「真(本当)」である。
然るに、
(02)
③ ~P∨Q
といふ「論理式」は、
③ ~P か、または、Q の、少なくとも一方は「真(本当)」である。
といふ「意味」である。
従って、
(01)(02)により、
(03)
② ~P=太陽は西から昇らない。
といふ「命題」が、「真(本当)」であるが故に、
③ ~P∨Q
といふ「命題」は、「真(本当)」である。
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
1(1)~P A
1(2)~P∨Q 1∨I(選言導入)
といふ「計算(選言導入)」は、「妥当」である。
然るに、
(05)
―「含意の定義」の「証明」―
(ⅲ)
1 (1) ~P∨ Q A
2 (2) P&~Q A
3 (3) ~P A
2 (4) P 2&E
23 (5) ~P&P 34&I
3 (6)~(P&~Q) 25RAA
7 (8) Q A
2 (9) ~Q 2&E
2 7 (ア) Q&~Q 89&I
7 (イ)~(P&~Q) 2アRAA
1 (ウ)~(P&~Q) 1367イ∨E
エ (エ) P A
オ(オ) ~Q A
エオ(カ) P&~Q エオ&I
1 エオ(キ)~(P&~Q)&
(P&~Q) ウカ&I
1 エ (ク) ~~Q オキRAA
1 エ (ケ) Q エDN
1 (コ) P→ Q エケCP
(ⅳ)
1 (1) P→Q A
2 (2) ~(~P∨Q) A
3 (3) ~P A
3 (4) ~P∨Q 3∨I
23 (5) ~(~P∨Q)&
(~P∨Q) 24&I
2 (6) ~~P 35RAA
2 (7) P 6DN
8(8) Q A
8(9) ~P∨Q 8∨I
2 8(ア) ~(~P∨Q)&
(~P∨Q) 29&I
2 (イ) ~Q 8アRAA
12 (ウ) Q 17MPP
12 (エ) ~Q&Q イウ&I
1 (オ)~~(~P∨Q) 2エDN
1 (カ) ~P∨Q オDN
従って、
(05)により、
(06)
③ ~P∨Q
④ P→Q
に於いて、
③=④ である(含意の定義)。
従って、
(04)(05)(06)により、
(07)
1(1)~P A
1(2)~P∨Q 1∨I(選言導入)
1(3) P→Q 2含意の定義
といふ「計算(選言導入・含意の定義)」は、「妥当」である。
従って、
(07)により、
(08)
1 (1)~P A
1 (2)~P∨Q 1∨I
1 (3) P→Q 2含意の定義
2(4) P A(1とは矛盾する)
12(5) Q 34MPP
といふ「命題計算」は、「妥当」である。
従って、
(08)により、
(09)
① P=太陽が西から昇る。
② ~P=太陽は西から昇らない。
③ Q=バカボンのパパは天才である。
④ ~Q=バカボンのパパは天才ではない。
として、
(ⅰ)「太陽が西から昇る。」といふ「命題(P)」が、「偽(ウソ)」であるならば、
(ⅱ)「太陽が西から昇るならば、バカボンのパパは天才である。」といふ「含意(P→Q)」は、「真(本当)」である。
然るに、
(09)により、
(10)
(ⅰ)「太陽が西から昇る。」といふ「命題(P)」が、「偽(ウソ)」である以上、
(ⅱ)「太陽が西から昇るならば、バカボンのパパは天才である。」といふ「含意(P→Q)」は、「真(本当)」であるとしても、
(ⅲ)「バカボンのパパは天才である。」といふ「命題(Q)」は、「真(本当)」にはならない。
然るに、
(11)
1 (1) P⇔Q A
1 (2)(P→Q)&(Q→P) 1Df.⇔
1 (3) Q→P 2&E
4 (4) ~P A
14 (5) ~Q 34MTT
1 (6) ~P→~Q 45CP
7(7) ~P A
1 7(8) ~Q 67MPP
従って、
(11)により、
(12)
① P=太陽が西から昇る。
② ~P=太陽は西から昇らない。
③ Q=バカボンのパパは天才である。
④ ~Q=バカボンのパパは天才ではない。
として、
(ⅰ)「太陽が西から昇る。」 といふ「命題( P)」が、「偽(ウソ)」であるとしても、すなはち、
(〃)「太陽は西から昇らない。」といふ「命題(~P)」が、「真(本当)」であるならば、 その上で、
(ⅱ)「太陽が西から昇るならば(、そのときに限って)、バカボンのパパは天才である。」といふ「相互含意(P⇔Q)」が、「真(本当)」であるならば、
(ⅲ)「バカボンのパパは天才ではない。」といふ「命題(~Q)」は、「真(本当)」である。
従って、
(12)により、
(13)
(ⅰ)「太陽は西から昇らない。」といふ「命題(~P)」が「真(本当)」であるということを、「前提」とした、
(ⅱ)「太陽が西から昇るならば(、そのときに限って)、バカボンのパパは天才である。」といふ「命題(P⇔Q)」は、
(ⅲ)「バカボンのパパは天才ではない。」といふ「命題(~Q)」の、「婉曲的な表現」である。
従って、
(10)(13)により、
(14)
(ⅱ)「太陽が西から昇るならば、バカボンのパパは天才である。」
(〃)「太陽が西から昇るならば(、そのときに限って)、バカボンのパパは天才である。」
に於いて
(ⅱ)=(〃) であるならば、そのときに限って、
(ⅱ)「太陽が西から昇るならば、バカボンのパパは天才である。」
といふ「命題(P⇔Q)」は、
(ⅲ)「バカボンのパパは天才ではない。」といふ「命題(~Q)」の、「婉曲的な表現」である。
令和03年10月03日、毛利太。
2021年10月2日土曜日
E.J.レモンの「練習問題5(b)」他。
―「先程(令和03年10月02日)の記事を書き直します。―
(01)
練習問題5:10個の原始的規則あるいは導出された規則を、既に証明されたどのような連式あるいは定理とでもともに用いて、証明せよ。
(論理学初歩、E.J.レモン著、竹尾治一郎・浅野楢英 翻訳、1973年、80頁)
(d)~Q├ P→(Q→R)
〔私による解答〕
1(1) ~Q A
1(2) ~Q∨R 1∨I
1(3) Q→R 2含意の定義
1(4)~P∨(Q→R) 3∨I
1(5) P→(Q→R) 4含意の定義
従って、
(01)により、
(02)
(d)~Q├ P→(Q→R)
といふ「連式」は、「妥当」である。
然るに、
(03)
(ⅰ)
1 (1)P→(Q→R) A
2 (2) Q A
3(3)P A
1 3(4) Q→R 13MPP
123(5) R 24MPP
12 (6) P→R 35CP
1 (7)Q→(P→R) 26CP
(ⅱ)
1 (1)Q→(P→R) A
2 (2) P A
3(3)Q A
1 3(4) P→R 13MPP
123(5) R 24MPP
12 (6) Q→R 35CP
1 (7)P→(Q→R) 26CP
従って、
(03)により、
(04)
① ~Q├ P→(Q→R)
② ~Q├ Q→(P→R)
に於いて、
①=② である。
然るに、
(05)
(ⅱ)
1 (1)Q→(P→R) A
2(2)Q& P A
2(3)Q 2&E
12(4) P→R 13MPP
2(5) P 2&E
12(6) R 45MPP
1 (7) Q&P→R 26CP
(ⅲ)
1 (1) Q&P→R A
2 (2) Q A
3(3) P A
23(4) Q&P 23&I
123(5) R 14MPP
12 (6) P→R 35CP
1 (7)Q→(P→R) 26CP
従って、
(05)により、
(06)
② ~Q├ Q→(P→R)
③ ~Q├(Q&P)→R
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(07)
(ⅲ)
1 (1) (Q&P)→R A
1 (2)~(Q&P)∨R 1含意の定義
3 (3)~(Q&P) A
3 (4) ~Q∨~P 3ド・モルガンの法則
3 (5) ~Q∨~P∨R 4∨I
6(6) R A
6(7) ~P∨R 6∨I
6(8) ~Q∨~P∨R 7∨I
1 (9) ~Q∨~P∨R 23568∨E
(ⅳ)
1 (1) ~Q∨~P∨R A
1 (2)(~Q∨~P)∨R 1結合法則
3 (3)(~Q∨~P) A
3 (4)~(Q&P) 3ド・モルガンの法則
3 (5)~(Q&P)∨R 4∨I
6(6) R A
6(7)~(Q&P)∨R 6∨I
1 (8)~(Q&P)∨R 23567∨E
従って、
(07)により、
(08)
③ ~Q├ (Q&P)→R
④ ~Q├ ~Q∨~P∨R
に於いて、
③=④ である。
従って、
(04)(06)(08)により、
(09)
① ~Q├ P→(Q→R)
② ~Q├ Q→(P→R)
③ ~Q├ (Q&P)→R
④ ~Q├ ~Q∨~P∨R
に於いて、
①=②=③=④ である。
従って、
(09)により、
(10)
① Qではない。従って、 Pならば、(QならばRである)。
② Qではない。従って、 Qならば、(PならばRである)。
③ Qではない。従って、(Qであって、Pである)ならばRである。
④ Qではない。従って、(Qでないか、Pでないか、Rである。)
に於いて、
①=②=③=④ である。
然るに、
(11)
(ⅰ)(Qでないか、Pでないか、Rである。)然るに、
(ⅱ)(Qであって、Pである。)従って、
(ⅲ) Rである。
といふ「推論」は、「妥当」である。
(12)
(ⅰ)(Qであって、Pである)ならばRである。然るに、
(ⅱ) Qである。
(ⅲ) Pである。従って、
(ⅳ) Rである。
といふ「推論」は、「妥当」である。
(13)
(ⅰ)Qならば、(PならばRである)。然るに、
(ⅱ) Pである。
(ⅲ)Qである。従って、
(ⅳ) Rである。
といふ「推論」は、「妥当」である。
令和03年10月02日、毛利太。
(01)
練習問題5:10個の原始的規則あるいは導出された規則を、既に証明されたどのような連式あるいは定理とでもともに用いて、証明せよ。
(論理学初歩、E.J.レモン著、竹尾治一郎・浅野楢英 翻訳、1973年、80頁)
(d)~Q├ P→(Q→R)
〔私による解答〕
1(1) ~Q A
1(2) ~Q∨R 1∨I
1(3) Q→R 2含意の定義
1(4)~P∨(Q→R) 3∨I
1(5) P→(Q→R) 4含意の定義
従って、
(01)により、
(02)
(d)~Q├ P→(Q→R)
といふ「連式」は、「妥当」である。
然るに、
(03)
(ⅰ)
1 (1)P→(Q→R) A
2 (2) Q A
3(3)P A
1 3(4) Q→R 13MPP
123(5) R 24MPP
12 (6) P→R 35CP
1 (7)Q→(P→R) 26CP
(ⅱ)
1 (1)Q→(P→R) A
2 (2) P A
3(3)Q A
1 3(4) P→R 13MPP
123(5) R 24MPP
12 (6) Q→R 35CP
1 (7)P→(Q→R) 26CP
従って、
(03)により、
(04)
① ~Q├ P→(Q→R)
② ~Q├ Q→(P→R)
に於いて、
①=② である。
然るに、
(05)
(ⅱ)
1 (1)Q→(P→R) A
2(2)Q& P A
2(3)Q 2&E
12(4) P→R 13MPP
2(5) P 2&E
12(6) R 45MPP
1 (7) Q&P→R 26CP
(ⅲ)
1 (1) Q&P→R A
2 (2) Q A
3(3) P A
23(4) Q&P 23&I
123(5) R 14MPP
12 (6) P→R 35CP
1 (7)Q→(P→R) 26CP
従って、
(05)により、
(06)
② ~Q├ Q→(P→R)
③ ~Q├(Q&P)→R
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(07)
(ⅲ)
1 (1) (Q&P)→R A
1 (2)~(Q&P)∨R 1含意の定義
3 (3)~(Q&P) A
3 (4) ~Q∨~P 3ド・モルガンの法則
3 (5) ~Q∨~P∨R 4∨I
6(6) R A
6(7) ~P∨R 6∨I
6(8) ~Q∨~P∨R 7∨I
1 (9) ~Q∨~P∨R 23568∨E
(ⅳ)
1 (1) ~Q∨~P∨R A
1 (2)(~Q∨~P)∨R 1結合法則
3 (3)(~Q∨~P) A
3 (4)~(Q&P) 3ド・モルガンの法則
3 (5)~(Q&P)∨R 4∨I
6(6) R A
6(7)~(Q&P)∨R 6∨I
1 (8)~(Q&P)∨R 23567∨E
従って、
(07)により、
(08)
③ ~Q├ (Q&P)→R
④ ~Q├ ~Q∨~P∨R
に於いて、
③=④ である。
従って、
(04)(06)(08)により、
(09)
① ~Q├ P→(Q→R)
② ~Q├ Q→(P→R)
③ ~Q├ (Q&P)→R
④ ~Q├ ~Q∨~P∨R
に於いて、
①=②=③=④ である。
従って、
(09)により、
(10)
① Qではない。従って、 Pならば、(QならばRである)。
② Qではない。従って、 Qならば、(PならばRである)。
③ Qではない。従って、(Qであって、Pである)ならばRである。
④ Qではない。従って、(Qでないか、Pでないか、Rである。)
に於いて、
①=②=③=④ である。
然るに、
(11)
(ⅰ)(Qでないか、Pでないか、Rである。)然るに、
(ⅱ)(Qであって、Pである。)従って、
(ⅲ) Rである。
といふ「推論」は、「妥当」である。
(12)
(ⅰ)(Qであって、Pである)ならばRである。然るに、
(ⅱ) Qである。
(ⅲ) Pである。従って、
(ⅳ) Rである。
といふ「推論」は、「妥当」である。
(13)
(ⅰ)Qならば、(PならばRである)。然るに、
(ⅱ) Pである。
(ⅲ)Qである。従って、
(ⅳ) Rである。
といふ「推論」は、「妥当」である。
令和03年10月02日、毛利太。
2021年10月1日金曜日
「排中律」と(P→Q)∨(Q→R)と「常識」(Ⅲ)。
―「昨日(令和03年10月30日)の記事」を書き直します。―
(01)
① 真→真
② 真→偽
③ 偽→真
④ 偽→偽
に於いて、
② だけが、「偽」である。
従って、
(01)により、
(02)
「番号」を付け直すと、
① 真→真
② 偽→真
③ 偽→偽
は、3つとも「真」である。
従って、
(02)により、
(03)
「番号」を付け直すと、
① □→真
② 偽→□
であれば、2つとも、「真」である。
従って、
(03)により、
(04)
① □→真
② 偽→□
であれば、2つとも、「真」である、が故に、
① P→Q
② Q→R
に於いて、
③ Qが「真」であれば、① が「真」であり、
④ Qが「偽」であれば、② が「真」である。
然るに、
(05)
「排中律」により、
③ Qは「真」であるか、
④ Qは「偽」であるかの、いづれかである。
従って、
(04)(05)により、
(06)
① P→Q
② Q→R
に於いて、
① が「真」であるか、
② が「真」であるかの、いづれかである。
従って、
(06)により、
(07)
① P→Q
② Q→R
に於いて、
① または、② が「真」である。
然るに、
(08)
① P→Q
② Q→R
に於いて、
① または、② が「真」である。
といふことが、 「真」である。
といふことを、
③(P→Q)∨(Q→R)
といふ風に書く。
従って、
(07)(08)により、
(09)
③(P→Q)∨(Q→R)
といふ「論理式」は、「恒真式」である。
然るに、
(10)
練習問題5:10個の原始的規則だけを用いて、つぎの連式を証明せよ。
(論理学初歩、E.J.レモン著、竹尾治一郎・浅野楢英 翻訳、1973年、80頁改)
〔私による解答〕
(b)├(P→Q)∨(Q→R)
1 (1) ~(Q∨~Q) A
2 (2) Q A
2 (3) Q∨~Q 2∨I
12 (4) ~(Q∨~Q)&
(Q∨~Q) 13&I
1 (5) ~Q 24RAA
1 (6) Q∨~Q 5∨I
1 (7) ~(Q∨~Q)&
(Q∨~Q) 16&I
(8)~~(Q∨~Q) 17RAA
(9) Q∨~Q 8DN
ア (ア) Q A(9の選言項左)
ア (イ)~P∨Q ア∨I
ウ (ウ)P&~Q A
エ (エ)~P A(イの選言項左)
ウ (オ)P ウ&E
ウエ (カ)~P&P エオ&I
エ (キ)~(P&~Q) ウカRAA
ク (ク) Q A(イの選言項右)
ウ (ケ) ~Q ウ&E
ウ ク (コ)Q&~Q クケ&I
ク (サ)~(P&~Q) ウコRAA
ア (シ)~(P&~Q) アエキクサ∨E
ス (ス) P A
セ (セ) ~Q A
スセ (ソ) P&~Q スセ&I
ア スセ (タ)~(P&~Q)&
(P&~Q) シソ&I
ア ス (チ) ~~Q セタRAA
ア ス (ツ) Q チDN
ア (テ) P→Q スツCP
ア (ト)(P→Q)∨(Q→R) テ∨I
ナ (ナ) ~Q A(9の選言項右)
ナ (ニ) ~Q∨R ナ∨I
ヌ (ヌ) Q&~R A
ネ (ネ) ~Q A(ニの選言項左)
ヌ (ノ) Q ヌ&E
ヌネ (ハ) ~Q&Q ネノ&I
ネ (ヒ) ~(Q&~R) ヌハRAA
フ (フ) R A(ニの選言項右)
ヌ (ヘ) ~R ヌ&E
ヌ フ (ホ) R&~R フヘ&I
フ (マ) ~(Q&~R) ヌホRAA
ナ (ミ) ~(Q&~R) ナネヒフマ∨E
ム (ム) Q A
メ(メ) ~R A
ムメ(モ) Q&~R ムメ&I
ナ ムメ(ヤ) ~(Q&~R)&
(Q&~R) ミモ&I
ナ ム (イ) ~~R メヤRAA
ナ ム (ユ) R イDN
ナ (エ) Q→R ムユCP
ナ (ヨ)(P→Q)∨(Q→R) エ∨I
(ラ)(P→Q)∨(Q→R) _アトナヨ∨E
従って、
(09)(10)により、
(11)
果たして、
③(P→Q)∨(Q→R)
といふ「論理式」は、「恒真式」である。
従って、
(01)~(11)により、
(12)
① 真→真
② 真→偽
③ 偽→真
④ 偽→偽
に於いて、
② だけが、「偽」である。
とした「結果」として、
③(P→Q)∨(Q→R)
といふ「論理式」は、「恒真式(トートロジー)」である。
然るに、
(13)
(ⅰ)
1 (1) P→ Q A
2(2) P&~Q A
2(3) P 2&E
12(4) Q 13MPP
2(5) ~Q 2&E
12(6) Q&~Q 45&I
1 (7)~(P&~Q) 26RAA
(ⅱ)
1 (1)~(P&~Q) A
2 (2) P A
3(3) ~Q A
23(4) P&~Q 23&I
123(5)~(P&~Q)&
(P&~Q) 14&I
12 (6) ~~Q 35RAA
12 (7) Q 6DN
1 (8) P→ Q 27DN
従って、
(13)により、
(14)
① P→ Q
② ~(P&~Q)
に於いて、
①=② である。
従って、
(14)により、
(15)
① Pであるならば、Qである。
②(Pであって、Qでない)といふことはない。
に於いて、
①=② である。
従って、
(15)により、
(16)
① Pが真であるならば、Qも真である。
②(Pが真であって、Qが偽である)といふことは偽である。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(17)
① Pが真であるならば、Qも真である。
②(Pが真であって、Qが偽である)といふことは偽である。
に於いて、
①=② である。
といふことは、
① 真→真
② 真→偽
③ 偽→真
④ 偽→偽
に於ける、
② が、「偽」である。
といふことに、他ならない。
従って、
(12)(17)により、
(18)
① 真→真
② 真→偽
③ 偽→真
④ 偽→偽
に於ける、
② だけが「偽」であるが故に、
③(P→Q)∨(Q→R)
といふ「論理式」は、「恒真式」である。
従って、
(19)
③(P→Q)∨(Q→R)
に於いて、例へば、
P=東洋人である。
Q=日本人である。
R=男性である。
として、
③(東洋人であるならば、日本人であるか、)または、(日本人であるならば、男性である。)
といふ「命題」は、「真(本当)」である。
令和03年10月01日、毛利太。
(01)
① 真→真
② 真→偽
③ 偽→真
④ 偽→偽
に於いて、
② だけが、「偽」である。
従って、
(01)により、
(02)
「番号」を付け直すと、
① 真→真
② 偽→真
③ 偽→偽
は、3つとも「真」である。
従って、
(02)により、
(03)
「番号」を付け直すと、
① □→真
② 偽→□
であれば、2つとも、「真」である。
従って、
(03)により、
(04)
① □→真
② 偽→□
であれば、2つとも、「真」である、が故に、
① P→Q
② Q→R
に於いて、
③ Qが「真」であれば、① が「真」であり、
④ Qが「偽」であれば、② が「真」である。
然るに、
(05)
「排中律」により、
③ Qは「真」であるか、
④ Qは「偽」であるかの、いづれかである。
従って、
(04)(05)により、
(06)
① P→Q
② Q→R
に於いて、
① が「真」であるか、
② が「真」であるかの、いづれかである。
従って、
(06)により、
(07)
① P→Q
② Q→R
に於いて、
① または、② が「真」である。
然るに、
(08)
① P→Q
② Q→R
に於いて、
① または、② が「真」である。
といふことが、 「真」である。
といふことを、
③(P→Q)∨(Q→R)
といふ風に書く。
従って、
(07)(08)により、
(09)
③(P→Q)∨(Q→R)
といふ「論理式」は、「恒真式」である。
然るに、
(10)
練習問題5:10個の原始的規則だけを用いて、つぎの連式を証明せよ。
(論理学初歩、E.J.レモン著、竹尾治一郎・浅野楢英 翻訳、1973年、80頁改)
〔私による解答〕
(b)├(P→Q)∨(Q→R)
1 (1) ~(Q∨~Q) A
2 (2) Q A
2 (3) Q∨~Q 2∨I
12 (4) ~(Q∨~Q)&
(Q∨~Q) 13&I
1 (5) ~Q 24RAA
1 (6) Q∨~Q 5∨I
1 (7) ~(Q∨~Q)&
(Q∨~Q) 16&I
(8)~~(Q∨~Q) 17RAA
(9) Q∨~Q 8DN
ア (ア) Q A(9の選言項左)
ア (イ)~P∨Q ア∨I
ウ (ウ)P&~Q A
エ (エ)~P A(イの選言項左)
ウ (オ)P ウ&E
ウエ (カ)~P&P エオ&I
エ (キ)~(P&~Q) ウカRAA
ク (ク) Q A(イの選言項右)
ウ (ケ) ~Q ウ&E
ウ ク (コ)Q&~Q クケ&I
ク (サ)~(P&~Q) ウコRAA
ア (シ)~(P&~Q) アエキクサ∨E
ス (ス) P A
セ (セ) ~Q A
スセ (ソ) P&~Q スセ&I
ア スセ (タ)~(P&~Q)&
(P&~Q) シソ&I
ア ス (チ) ~~Q セタRAA
ア ス (ツ) Q チDN
ア (テ) P→Q スツCP
ア (ト)(P→Q)∨(Q→R) テ∨I
ナ (ナ) ~Q A(9の選言項右)
ナ (ニ) ~Q∨R ナ∨I
ヌ (ヌ) Q&~R A
ネ (ネ) ~Q A(ニの選言項左)
ヌ (ノ) Q ヌ&E
ヌネ (ハ) ~Q&Q ネノ&I
ネ (ヒ) ~(Q&~R) ヌハRAA
フ (フ) R A(ニの選言項右)
ヌ (ヘ) ~R ヌ&E
ヌ フ (ホ) R&~R フヘ&I
フ (マ) ~(Q&~R) ヌホRAA
ナ (ミ) ~(Q&~R) ナネヒフマ∨E
ム (ム) Q A
メ(メ) ~R A
ムメ(モ) Q&~R ムメ&I
ナ ムメ(ヤ) ~(Q&~R)&
(Q&~R) ミモ&I
ナ ム (イ) ~~R メヤRAA
ナ ム (ユ) R イDN
ナ (エ) Q→R ムユCP
ナ (ヨ)(P→Q)∨(Q→R) エ∨I
(ラ)(P→Q)∨(Q→R) _アトナヨ∨E
従って、
(09)(10)により、
(11)
果たして、
③(P→Q)∨(Q→R)
といふ「論理式」は、「恒真式」である。
従って、
(01)~(11)により、
(12)
① 真→真
② 真→偽
③ 偽→真
④ 偽→偽
に於いて、
② だけが、「偽」である。
とした「結果」として、
③(P→Q)∨(Q→R)
といふ「論理式」は、「恒真式(トートロジー)」である。
然るに、
(13)
(ⅰ)
1 (1) P→ Q A
2(2) P&~Q A
2(3) P 2&E
12(4) Q 13MPP
2(5) ~Q 2&E
12(6) Q&~Q 45&I
1 (7)~(P&~Q) 26RAA
(ⅱ)
1 (1)~(P&~Q) A
2 (2) P A
3(3) ~Q A
23(4) P&~Q 23&I
123(5)~(P&~Q)&
(P&~Q) 14&I
12 (6) ~~Q 35RAA
12 (7) Q 6DN
1 (8) P→ Q 27DN
従って、
(13)により、
(14)
① P→ Q
② ~(P&~Q)
に於いて、
①=② である。
従って、
(14)により、
(15)
① Pであるならば、Qである。
②(Pであって、Qでない)といふことはない。
に於いて、
①=② である。
従って、
(15)により、
(16)
① Pが真であるならば、Qも真である。
②(Pが真であって、Qが偽である)といふことは偽である。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(17)
① Pが真であるならば、Qも真である。
②(Pが真であって、Qが偽である)といふことは偽である。
に於いて、
①=② である。
といふことは、
① 真→真
② 真→偽
③ 偽→真
④ 偽→偽
に於ける、
② が、「偽」である。
といふことに、他ならない。
従って、
(12)(17)により、
(18)
① 真→真
② 真→偽
③ 偽→真
④ 偽→偽
に於ける、
② だけが「偽」であるが故に、
③(P→Q)∨(Q→R)
といふ「論理式」は、「恒真式」である。
従って、
(19)
③(P→Q)∨(Q→R)
に於いて、例へば、
P=東洋人である。
Q=日本人である。
R=男性である。
として、
③(東洋人であるならば、日本人であるか、)または、(日本人であるならば、男性である。)
といふ「命題」は、「真(本当)」である。
令和03年10月01日、毛利太。
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