2019年10月31日木曜日

「漢文の暗唱」と「返り点」と「括弧」。

(01)
(a)
① 楚人有鬻盾與矛者。
② 譽之曰、吾盾之堅、莫能陷也。
③ 又譽其矛曰、吾矛之利、於物無不陷也。
④ 或曰、以子之矛、陷子之盾、何如。
⑤ 其人弗能應也。
に対して、「括弧」を加へると、
(a)
① 楚人有{鬻[盾〔與(矛)〕]者}。
② 譽(之)曰、吾盾之堅、莫(能陷)也。
③ 又譽(其矛)曰、吾矛之利、於(物)無〔不(陷)〕也。
④ 或曰、以(子之矛)、陷(子之盾)何如。
⑤ 其人弗〔能(應)〕也。
(02)
(a)
① 楚人有{鬻[盾〔與(矛)〕]者}。
② 譽(之)曰、吾盾之堅、莫(能陷)也。
③ 又譽(其矛)曰、吾矛之利、於(物)無〔不(陷)〕也。
④ 或曰、以(子之矛)、陷(子之盾)何如。
⑤ 其人弗〔能(應)〕也。
に於いて、
 □( )⇒( )□
 □〔 〕⇒〔 〕□
 □[ ]⇒[ ]□
 □{ }⇒{ }□
といふ「移動」を行ふと、
(b)
① 楚人{[盾〔(矛)與〕鬻]者}有。
② (之)譽曰、吾盾之堅、(能陷)莫也。
③ 又(其矛)譽曰、吾矛之利、(物)於〔(陷)不〕無也。
④ 或曰、(子之矛)以、(子之盾)陷何如。
(03)
(b)
① 楚人{[盾〔(矛)與〕鬻]者}有。
② (之)譽曰、吾盾之堅、(能陷)莫也。
③ 又(其矛)譽曰、吾矛之利、(物)於〔(陷)不〕無也。
④ 或曰、(子之矛)以、(子之盾)陷何如。
に対して、「平仮名」を加へると、
(b)
① 楚人に{[盾と〔(矛)與を〕鬻く]者}有り。
② (之を)譽めて曰く、吾盾の堅きこと、(能く陷す)莫き也。
③ 又た(其の矛を)譽めて曰く、吾矛之利なること、(物に)於いて〔(陷さ)不る〕無き也。
④ 或ひと曰く、(子之矛を)以て(子の盾を)陷さば何如。
⑤ 其の人〔(應ふる)能は〕弗る也。
然るに、
(04)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。しかし、訓読は、国語の語順に置きかえて読むことが、その大きな原則となっている。それでその補足構造によっている文も、返り点によって、国語としての語順が示されている(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)。
従って、
(01)~(04)により、
(05)
① 楚人有{鬻[盾〔與(矛)〕]者}。
② 譽(之)曰、吾盾之堅、莫(能陷)也。
③ 又譽(其矛)曰、吾矛之利、於(物)無〔不(陷)〕也。
④ 或曰、以(子之矛)、陷(子之盾)何如。
⑤ 其人弗〔能(應)〕也。
に於ける、
①{ [ 〔 ( ) 〕 ] }
②( )( )
③( )( )〔 ( ) 〕
④( )( )
⑤〔 ( ) 〕
といふ「括弧」は、
(a)
① 楚人有鬻盾與矛者。
② 譽之曰、吾盾之堅、莫能陷也。
③ 又譽其矛曰、吾矛之利、於物無不陷也。
④ 或曰、以子之矛、陷子之盾、何如。
⑤ 其人弗能應也。
といふ「漢文の補足構造」と、
(b)
① 楚人に盾與矛とを鬻ぐ者有り。
② 之を譽めて曰はく、吾が盾之堅きこと、能く陷す莫き也。と。
③ 又た其の矛を譽めて曰はく、吾が矛之利なること、物に於いて陷さ不る無き也。と。
④ 或ひと曰はく、子之矛を以て、子之盾を陷さば何如。と。
⑤ 其の人應ふる能は弗る也。
といふ「訓読の語順」の、両方を、表してゐる。
従って、
(06)
① 楚人有盾與一レ矛者
② 譽之曰、吾盾之堅、莫能陷也。
③ 又譽其矛曰、吾矛之利、於物無陷也。
④ 或曰、以子之矛、陷子之盾、何如。
⑤ 其人弗也。
に於ける、
① 下 二 一レ 上
② レ 二 一
③ 二 一 レ レ レ
④ 二 一 二 一
⑤ レ レ
といふ「返り点」も、「漢文の補足構造」と、「訓読の語順」を表してゐる。
従って、
(04)(05)(06)により、
(07)
『その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。』といふ「漢文の語順」を「熟知」すれば、例へば、
① 塞上に近き之人に、術を善する者有り。
② 馬、故無くして亡げ而胡に入る。
③ 人皆之を弔す。
④ 其の父曰はく、此れ何遽ぞ福と爲ら不らん乎。
⑤ 居ること数月、其の馬、胡の駿馬を將ゐ而歸る。
⑥ 人皆之を賀す。
⑦ 其の父曰はく、此れ何遽ぞ禍と爲る能は不らん乎。
⑧ 家良馬に富む。
⑨ 其の子、騎を好み、堕ち而其の髀を折る。
⑩ 人皆之を弔す。
⑪ 其の父曰はく、此れ何遽ぞ福と爲ら不らん乎。
⑫ 居ること一年、胡人大いに塞いに入る。
⑬ 丁壮なる者、弦を引き而戦ひ、塞に近き之人、死する者十に九なり。
⑭ 此れ独り跛之故を以て、父子相保てり。
⑮ 故に、福之禍と爲り、禍之福と爲るは、化極む可から不、深測る可から不る也。
といふ「訓読」の中の「漢字」を、「頭の中」で、
① 近塞上之人、有善術者。
② 馬無故亡而入胡。
③ 人皆弔之。
④ 其父曰、此何遽不爲福乎。
⑤ 居數月、其馬將胡駿馬而歸。
⑥ 人皆賀之。
⑦ 其父曰、此何遽不能爲禍乎。
⑧ 家富良馬。
⑨ 其子好騎、墮而折其髀。
⑩ 人皆弔之。
⑪ 其父曰、此何遽不爲福乎。
⑫ 居一年、胡人大入塞。
⑬ 丁壯者引弦而戰、近塞之人、死者十九。
⑭ 此獨以跛之故、父子相保。
⑮ 故、福之爲禍、禍之爲福、化不可極、深不可測也。
といふ「漢文の語順」に「置き換へ」て、「それらの漢字」を、
① キンサイジョウシジン、イウゼンジュツシャ。
② バムコボウジ二ュウコ。
③ ジンカイチョウシ。
④ キホヱツ、シカキョフツヰフクコ。
⑤ キョスウゲツ、キバショウコシュンメジキ。
⑥ ジンカイガシ。
⑦ キホヱツ、シカキョフツノウヰフクコ。
⑧ カフリョウバ。
⑨ キシコウキ、ダジセツキヒ。
⑩ ジンカイチョウシ。
⑪ キホヱツ、シカキョフツヰフクコ。
⑫ キョイチネン、コジンタイ二ュウサイ。
⑬ テイソウシャインゲンジセン、キンサイジョウシジン、シシャジュウキュウ。
⑭ シドクイハシコ、フシソウホ。
⑮ コ、フクシヰカ、カシヰフク、カフツカキョク、シンフツカソクヤ。
といふ風に、「日本漢字音」で、「音読(復文)」することが、出来る。
従って、
(07)により、
(08)
「教科書」等にある「塞翁が馬(淮南子)」の「訓読」を「暗記」することは、「塞翁が馬(淮南子)」の「原文(漢文)」を「暗記」することと、「ほとんど同じ」であって、因みに、私自身は、「教科書」等にある「塞翁が馬(淮南子)」の「原文(漢文)」他を「暗記」してゐる。
然るに、
(09)
例へば、
A: Hodie ad scholam ire nolo.
B: Cur non vis?
A: Magister noster interrogabit me, tenuerimne memoria versus Vergili. Nullum versum memoria teneo.
B: Nisi versus recitare poteris, magister iratus te ferula verberabit.
A: Itaque ad eum ire cunctor. Quid mihi prodest versus memoria tenere?
(岩崎務、CDエクスプレス ラテン語、2004年、111頁)
には、「漢字」が無いし、「ラテン語の語順と、日本語の語順」の間には、「漢文の語順と、日本語の語順」のやうな「関係」が無い
従って、
(07)(08)(09)により、
(10)
漢文の原文」を「暗唱」することと、「ラテン語の原文」を「暗唱」することは、「同様」ではない
然るに、
(11)
数年前、ある言語学教育関連の新聞の連載のコラムに、西洋文化研究者の発言が載せられていた。誰もが知る、孟浩然の『春眠』「春眠暁を覚えず・・・・・・」の引用から始まるそのコラムでは、なぜ高校の教科書にいまだに漢文訓読があるのかと疑問を呈し、「返り点」をたよりに「上がったり下がったりしながら、シラミつぶしに漢字にたどる」読み方はすでに時代遅れの代物であって、早くこうした状況から脱するべきだと主張する。「どこの国に外国語を母国語の語順で読む国があろう」かと嘆く筆者は、かつては漢文訓読が中国の歴史や文学を学ぶ唯一の手段であり「必要から編み出された苦肉の知恵であった」かもしれないが、いまや中国語を日本にいても学べる時代であり「漢文訓読を卒業するとき」だと主張するのである(「訓読」論 東アジア漢文世界と日本語、中村春作・市來津由彦・田尻祐一郎・前田勉 共編、2008年、1頁)。
従って、
(10)(11)により、
(12)
「どこの国に外国語を母国語の語順で読む国があろう。」といふ「言ひ方」は、「ラテン語」等に関しては当たってゐても、「漢文」に関しては、当たらない
令和元年10月31日、毛利太。

0 件のコメント:

コメントを投稿