―「返り点」と「括弧」については、併せて、『「一二点・上下点」について(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)』他を、お読み下さい。―
(01)
① 読(書)。
に於いて、
① 読( )⇒( )
といふ「移動」を行ふと、
① 読(書)⇒
① (書)読=
① (書を)読む。
といふ「漢文訓読」が成立する。
然るに、
(02)
① 読(書)。
に於いて、
① ( )の中を読んだ後で、
① 読 を読んだとしても、
① (書を)読む。
といふ「漢文訓読」が成立する。
然るに、
(03)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。しかし、訓読は、国語の語順に置きかえて読むことが、その大きな原則となっている。それでその補足構造によっている文も、返り点によって、国語としての語順が示されている。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
① 読(書)。
に於ける、
① ( )
といふ「括弧」は、
① 読書。
といふ「漢文」の、「補足構造」を示してゐる。
(05)
② 我不〔常読(漢文)〕。
に於いて、
② 不〔 〕⇒〔 〕不
② 読( )⇒( )読
といふ「移動」を行ふと、
② 我不〔常読(漢文)〕⇒
② 我〔常(漢文)読〕不=
② 我〔常には(漢文を)読ま〕ず。
といふ「漢文訓読」が成立する。
然るに、
(06)
② 我不〔常読(漢文)〕。
に於いて、
② 我 は、そのまま読み、
② 〔 〕の中を読んだ後で、
② 不 を、読み、
② 常 は、そのまま読み、
② ( )の中を読んだ後で、
② 読 を読むならば、
② 我常には(漢文を)読まず。
といふ「漢文訓読」が成立する。
従って、
(03)(05)(06)により、
(07)
② 我不〔常読(漢文)〕。
に於ける、
② 〔 ( )〕
といふ「括弧」は、
② 我不常読漢文。
といふ「漢文」の、「補足構造」を示してゐる。
然るに、
(08)
② 我不〔常読(漢文)〕。
に於いて、
② 我 は、そのまま読み、
② 常 も、そのまま読む。
といふのであれば、わざわざ、
② 我 は、そのまま読み、
② 常 は、そのまま読み、
といふ風に、「書く」必要はない。
従って、
(07)(08)により、
(09)
② 我不〔常読(漢文)〕。
に於いて、
② 不 は、〔 〕の中を読んだ後で、読み、
② 読 は、( )の中を読んだ後で、読むならば、
② 我常には(漢文を)読まず。
といふ「漢文訓読」が成立する。
然るに、
(10)
③ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極=
③ 是以大学始教必使〈学者即(凡天下之物)莫{不[因(其已知之理)而益極(之)以求〔至(乎其極)〕]}〉。
に於いて、
③ 使〈 〉⇒〈 〉使
③ 即( )⇒( )即
③ 莫{ }⇒{ }莫
③ 不[ ]⇒[ ]不
③ 因( )⇒( )因
③ 極( )⇒( )極
③ 求〔 〕⇒〔 〕求
③ 至( )⇒( )至
といふ「移動」を行ふと、
③ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極=
③ 是以大学始教必使〈学者即(凡天下之物)莫{不[因(其已知之理)而益極(之)以求〔至(乎其極)〕]}〉⇒
③ 是以大学始教必〈学者(凡天下之物)即{[(其已知之理)因而益(之)極以〔(乎其極)至〕求]不}莫〉使=
③ 是を以て、大学の始教は、必ず〈学者をして(凡そ天下の物に)即きて{[(其の已に知るの理に)因って、益々(之を)極め、以て〔(其の極に)至るを〕求め]不るを}莫から〉使む=
③ そのため、大学の教へを始める際には、必ず〈学者をして(凡そ天下の物に)ついて{[(その学者がすでに知っているの理に)依って、益々(これを)極め、以て〔(その極点に)至ることを〕求め]ないことが}無いやうに〉させる。
といふ「漢文訓読」が成立する。
従って、
(09)(10)により、
(11)
③ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極=
③ 是以大学始教必使〈学者即(凡天下之物)莫{不[因(其已知之理)而益極(之)以求〔至(乎其極)〕]}〉。
に於いて、
③ 使 は、〈 〉の中を読んだ後で、読み、
③ 即 は、( )の中を読んだ後で、読み、
③ 莫 は、{ }の中を読んだ後で、読み、
③ 不 は、[ ]の中を読んだ後で、読み、
③ 因 は、( )の中を読んだ後で、読み、
③ 極 は、( )の中を読んだ後で、読み、
③ 求 は、〔 〕の中を読んだ後で、読み、
③ 至 は、( )の中を読んだ後で、読むならば、
③ 是以大学始教必〈学者(凡天下之物)即{[(其已知之理)因而益(之)極以〔(乎其極)至〕求]不}莫〉使=
③ 是を以て、大学の始教は、必ず〈学者をして(凡そ天下の物に)即きて{[(其の已に知るの理に)因って、益々(之を)極め、以て〔(其の極に)至るを〕求め]不るを}莫から〉使む。
といふ「漢文訓読」が成立する。
従って、
(03)(10)(11)により、
(12)
③ 是以大学始教必使〈学者即(凡天下之物)莫{不[因(其已知之理)而益極(之)以求〔至(乎其極)〕]}〉。
に於ける、
③ 〈 ( ) { [ ( ) ( ) 〔 ( )〕]}〉
といふ「括弧」は、
③ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極。
といふ「漢文」の、「補足構造」を示してゐる。
従って、
(01)~(12)により、
(13)
① 読(書)。
② 我不〔常読(漢文)〕。
③ 是以大学始教必使〈学者即(凡天下之物)莫{不[因(其已知之理)而益極(之)以求〔至(乎其極)〕]}〉。
に於ける、
① ( )
② 〔 ( )〕
③ 〈 ( ) { [ ( ) ( ) 〔 ( )〕]}〉
といふ「括弧」は、
① 読書。
② 我不常読漢文。
③ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極。
といふ「漢文」の、「補足構造」を示してゐると、「同時」に、
① 書を読む。
② 我、常には書を読まず。
③ 是を以て、大学の始教は、必ず学者をして、凡そ天下の物に即きて、其の已に知るの理に因って、益々、之を極め、以て、其の極に至るを求め不るを莫から使む。
といふ「訓読」の「語順」を示してゐる。
従って、
(13)により、
(14)
私自身は、「括弧」は、単なる「返り点」の「代用」であるとは、思ってはゐなくて、例へば、
① 読書。
② 我不常読漢文。
③ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極。
といふ「漢文」には、
① ( )
② 〔 ( ) 〕
③ 〈 ( ){ [ ( )( )〔 ( ) 〕 ] } 〉
といふ「括弧(補足構造)」が「実在」する。といふ風に、思ってゐる。
然るに、
(15)
③ 己 二 一 戊 丁 二 一 二 一 丙 乙 甲
といふ「返り点」は、
③ 己乙 二二 一一 戊戊 丁丁 二二 一一 二二 一一 丙丙 乙乙 甲甲
といふ風に、「返り点」が付いてゐる「漢字」とする。
然るに、
(16)
③ 己〈二(一)戊{丁[二(一)二(一)丙〔乙(甲)〕]}〉。
に於いて、
③ 乙〈 〉⇒〈 〉乙
③ 二( )⇒( )二
③ 戊{ }⇒{ }戊
③ 丁[ ]⇒[ ]丁
③ 二( )⇒( )二
③ 二( )⇒( )二
③ 丙〔 〕⇒〔 〕丙
③ 乙( )⇒( )乙
といふ「移動」を行ふと、
③ 己〈二(一)戊{丁[二(一)二(一)丙〔乙(甲)〕]}〉⇒
③ 〈(一)二{[(一)二(一)二〔(甲)乙〕丙]丁}戊〉己。
といふ「並び替へ(ソート)」が、成立する。
然るに、
(17)
従って、
(17)により、
(18)
③ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極=
③ 是以、大学始教、必使己 学者即二 凡天下之物一、莫戊 不丁 因二 其已知之理一、而益々極二 之一、以求丙 至乙 乎其極甲。
に於いて、
③ 己 が付いてゐる「漢字」は、
③ 戊 が付いてゐる「漢字」を読んだ後で読み、
③ 二 が付いてゐる「漢字」は、
③ 一 が付いてゐる「漢字」を読んだ後で読み、
③ 戊 が付いてゐる「漢字」は、
③ 丁 が付いてゐる「漢字」を読んだ後で読み、
③ 二 が付いてゐる「漢字」は、
③ 一 が付いてゐる「漢字」を読んだ後で読み、
③ 丁 が付いてゐる「漢字」は、
③ 丙 が付いてゐる「漢字」を読んだ後で読み、
③ 二 が付いてゐる「漢字」は、
③ 一 が付いてゐる「漢字」を読んだ後で読み、
③ 二 が付いてゐる「漢字」は、
③ 一 が付いてゐる「漢字」を読んだ後で読み、
③ 丙 が付いてゐる「漢字」は、
③ 乙 が付いてゐる「漢字」を読んだ後で読み、
③ 乙 が付いてゐる「漢字」は、
③ 甲 が付いてゐる「漢字」を読んだ後で読むならば、
③ 是以、大学始教、必学者凡天下之物一 即二、其已知之理一 因二、而益々之一極二、以乎其極甲 至乙 求丙 不丁 莫戊 使己=
③ 是を以て、大学の始教は、必ず学者をして凡そ天下の物一に 即二きて、其の已に知るの理一に 因二りて、益々之一を 極二め、以て其の極甲に 至乙るを 求丙め 不丁るを、莫戊から 使己む。
といふ「漢文訓読」が成立する。
従って、
(15)~(17)により、
(19)
③ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極=
③ 是以大学始教必使己 学者即二 凡天下之物一莫戊 不丁 因二 其已知之理一而益々極二 之一以求丙 至乙 乎其極甲⇒
③ 是以大学始教必学者凡天下之物一 即二其已知之理一 因二而益々之一極二以乎其極甲 至乙 求丙 不丁 莫戊 使己=
③ 是を以て、大学の始教は、必ず学者をして凡そ天下の物一に 即二きて、其の已に知るの理一に 因二りて、益々之一を 極二め、以て其の極甲に 至乙るを 求丙め 不丁るを、莫戊から 使己む。
に於ける。
③ 己 二 一 戊 丁 二 一 二 一 丙 乙 甲
といふ「返り点」も、
③ 是以大学始教必使学者即凡天下之物莫不因其已知之理而益極之以求至乎其極。
といふ「漢文」の、「補足構造」を示してゐると、「同時」に、
③ 是を以て、大学の始教は、必ず学者をして、凡そ天下の物に即きて、其の已に知るの理に因って、益々、之を極め、以て、其の極に至るを求め不るを莫から使む。
といふ「訓読」の「語順」を示してゐる。
然るに、
(20)
「学校で習ふ、返り点」は、
③ 是以大学始教必使下 学者即二 凡天下之物一莫上レ 不下 因二 其已知之理一益々極レ 之以求上レ 至二 乎其極一。
に於ける、
③ 下 二 一 上レ 下 二 一 レ 上レ 二 一
であって
③ 是以大学始教必使己 学者即二 凡天下之物一莫戊 不丁 因二 其已知之理一而益々極二 之一以求丙 至乙 乎其極甲。
に於ける、
③ 己 二 一 戊 丁 二 一 二 一 丙 乙 甲
ではない。
然るに、
(18)により、
(21)
③ 下 二 一 上レ 下 二 一 レ 上レ 二 一
といふ「返り点」が示す「順番」を説明することは、
③ 己 二 一 戊 丁 二 一 二 一 丙 乙 甲
といふ「返り点」が示す「順番」を説明することよりも、「むずかしい」。
加へて、
(16)により、
(22)
③ 己 二 一 戊 丁 二 一 二 一 丙 乙 甲
であれば、
③ 己〈二(一)戊{丁[二(一)二(一)丙〔乙(甲)〕]}〉。
のやうに、「括弧」を加へることが、出来るものの、
③ 下 二 一 上レ 下 二 一 レ 上レ 二 一
に対しては、「括弧」を加へることが、出来ない。
従って、
(19)(22)により、
(23)
「学校で習ふ」ところの、
③ 是以大学始教必使下 学者即二 凡天下之物一莫上レ 不下 因二 其已知之理一益々極レ 之以求上レ 至二 乎其極一。
に於ける、
③ 下 二 一 上レ 下 二 一 レ 上レ 二 一
といふ「返り点」は、「補足構造」ではなく、「語順」を表してゐる。
然るに、
(03)により、
(24)
漢語における補足構造における語順は、国語とは全く反対である。それでその補足構造によっている文も、返り点によって、国語としての語順が示されている。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁改)
従って、
(23)(24)により、
(25)
「漢文の語順」を「国語の語順」に直すこと自体が、「漢文の補足構造」を示すことであって、それ故、
③ 是以大学始教必使下 学者即二 凡天下之物一莫上レ 不下 因二 其已知之理一益々極レ 之以求上レ 至二 乎其極一。
に於ける、
③ 下 二 一 上レ 下 二 一 レ 上レ 二 一
といふ「返り点」は、「語順」を表してゐると「同時」に、「不完全な形」で、「補足構造」を表してゐる。
然るに、
(26)
【定義】返り点とは、漢文すなわち古典中国語の語順を、日本語の語順に変換する符号である(古田島洋介、湯城吉信、漢文訓読入門、2011年、45頁)。
といふ【定義】には、「補足構造」といふ「言葉」が無く、それ故、【定義】としては、「一面的」であって、「十分」ではない。
従って、
(25)(26)により、
(27)
【定義】返り点とは、漢文すなわち古典中国語の「補足構造」を表すと同時に、古典中国語の語順を日本語の語順に変換する符号である。
とするのが、「正しい」。
然るに、
(28)
漢文にネイティブはいない『白文攻略 漢文法ひとり学び』
漢文は外国語。この当り前の事実に気づかないことが多い。ラテン語ならば動詞の活用や名詞の格変化を覚えなければならないから、たとえ欧米の高校生でも外国語だと意識する。ところが漢文では変化を暗記する必要がない。しかも日本では伝統的にレ点とか一二点といった符号をつけて読むので、漢文の学習が返り点の読み解き方に終始してしまう。あとはフィーリングで漢字を適当に解釈するものだから、いつまで経ても読めるようにならない(黒田龍之介、寝るまえ5分の外国語、2016年、194頁)。
(29)
まず「学習の前に」では、漢文を読むための基礎知識が紹介されている。はじめに漢文は自然言語を土台にして作り上げられた人口的な書記言語であることを確認する。話すのではなく、読んで書くために作られたのである(黒田龍之介、寝るまえ5分の外国語、2016年、194・195頁)。
従って、
(28)(29)により、
(30)
「漢文」は、ネイティブがゐない所の、「自然言語を土台にして作り上げられた人口的な書記言語」である。
従って、
(27)(30)により、
(31)
【定義】返り点とは、「人口的な書記言語」の「補足構造」を表すと同時に、「その言語の語順」を、「日本語の語順」に変換する符号である。
とするのが、「正しい」。
従って、
(31)により、
(32)
固より、「漢文(人工言語)」は、「中国語(chinese)」ではないし、
ここに上海で出版された非常に便利な『文言読本』の前書きの一、二行を引用したい。まず中国語の原文:「…我們認為、在名副其實的文言跟現代口語之間已有很大的距離。我們學習文言的時候應該多少採取一點學習外国語的態度和方法、一切從根本上做起、處處注意它踉現代口語的同異…」、敢えて日本語に翻訳すれば、次の意味になる:「本物の漢文と現代口語のあいだにはたいへん大きな距離があるとわれわれは思う。漢文を勉強する時、外国語を勉強するような態度と方法を取らねばならないものであって、すべて基礎より初め、ところどころ現代口語との相違に注意するべきである」。現代中国語と漢文(文言)を別々のものとして勉強するのは一番確かな方法である(Webサイト:二十一世紀の漢文-死語の将来、ジャン-ノエル ロベール、パリ国立高等研究院 教授)。
然るに、
(33)
古典を正しく理解するためには、訓読によるのではなく、まず中国語を学習して中国語音を身につけ、中国人と同様になる必要があると、主張する徂徠は、自らの学塾に岡島冠山を講師として招き、自身も冠山の指導のもと中国語を学んだ。
(続訓読論、川島優子 他、2010年、316頁)
従って、
(32)(33)により、
(34)
古典(漢文)を正しく理解するためには、訓読によるのではなく、まず中国語を学習して中国語音を身につけ、中国人と同様になる必要がある。
とする、荻生徂徠(1666~1728)の主張は、アテには、ならない。
従って、
(34)により、
(35)
支那の言語や文字を研究するのに、漢文と支那語の様な区別を設けてゐるのは、世界中、日本だけで、支那はもとより、ヨーロッパやアメリカで支那学を研究するにも、そんな意味のない区別など夢にも考へてゐない。西洋人が支那のことを研究するには、何よりも先き、支那の現代の言葉を学び、現代人の書く文章を読み、それから次第に順序を追うて、古い言葉で書いた書物を読んで、支那民族の文化の深淵を理解する。アメリカの大学で支那のことを研究する学生は、最初の年に現代語学現代文学を学び、次の年に歴史の書物を読み経書を習ふさうである(勉誠出版、「訓読」論、2008年、57頁)が故に、日本人もアメリカ人を見習ふべきである。
とする、倉石武四郎(1897~1975)の主張も、正しいとは、思へない。
平成30年01月07日、毛利太。
―「関連記事」―
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)。
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)。
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ) :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)。
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)。
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)。
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)。
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)。
(ι)「返り点」の「付け方」を教へます。:(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post_3.html)。
2018年1月7日日曜日
2018年1月6日土曜日
「返り点」を「横書き」で示す「方法」について。
―「返り点」と「括弧」については、『「一二点・上下点」について(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)』他を、お読み下さい。―
(01)
① 不常読漢文。
三 二 一
であれば、
① 不三常読二漢文一=常には漢文を読まず。
であるとする。
(02)
返り点は、「レ点」を含めて「字の下」につける(志村和久、漢文早わかり、1982年、11頁改)。
とはせずに、
「レ点」は、「下の字の上」につけ、その他の「一二点など」は「字の下」につける(原田種成、私の漢文講義、1995年、41頁改)。
とする。
従って、
(02)により、
(03)
レレレ
② 非不読書。
であれば、
② 非レ不レ読レ書=書を読ま不るに非ず。
である。
(04)
「一レ」という特殊な返り点があるわけではなく、「漢字の下につく、一」と「漢字の上につく、レ」が一緒になって、「一レ」の形となる(原田種成、私の漢文講義、1995年、41頁改)。
とする。
従って、
(04)により、
(05)
レ
③ 不常読書。
二 一
であれば、
③ 不二常読一レ書=常には書を読まず。
である。
(06)
④ 訓二読漢文一=漢文を訓‐読す。
のやうな場合は、
④ 訓‐読漢文。
二 一
といふ風に、「ハイフン(‐)」の下に、「二」を書くことにする。
従って、
(01)~(06)により、
(07)
であれば、
レレレ
① 不可不告。
レ
② 我聞鳥啼樹。
二 一
レ レ レ
③ 鳥獣不可与之同群。
二 一
レ
④ 不足為外人道也。
下二 一上
レ
⑤ 耕者不可以不益急矣。
三 二 一
レ レレ
⑥ 無友不如己者。
二 一
レ
⑦ 当世士大夫無不知有劉老人者。
下 二 一上
レレ レ レ
⑧ 聖人所不知未必不為愚人所知也。
二 一二 一
レレ レレ
⑨ 曽子之母非不知子不殺人也。
二 一
レ レ レ レ レ
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。
乙 下二 一 上 甲
⑪ 欲取‐捨之。
三 二 一
⑫ 未嘗不嘆‐息痛‐恨於桓霊也。
五 四 二 三 一
といふ、ことになる。
(08)
レ レ レ レ レ
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。
乙 下二 一 上 甲
などは、特にさうであるものの、かうした「書き方」は、初めて見る、私以外の方にとって、おそらくは、「読みにくい」。
しかしながら、
(09)
レ レ レ レ レ
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。
乙 下二 一 上 甲
を、「縦に、並び替へ」れば、そのまま、
⑩
使
乙
籍
誠
不
下
以
二
畜
レ
子
憂
一
レ
寒
乱
上
レ
心
有
レ
財
以
済
甲
レ
薬
。
となって、すなはち、
⑩
使
乙
籍
誠
不
下
以
二
畜
レ
子
憂
一
レ
寒
乱
上
レ
心
有
レ
財
以
済
甲
レ
薬
。
といふ、ことになる。
従って、
(09)
HTMLが使へない「ヤフー知恵袋」などで、
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。
といふ「漢文」に、「返り点」を付けて下さい。
といふ「質問」が有った際に、その質問者が、
レ レ レ レ レ
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。
乙 下二 一 上 甲
といふ「書き方」を知ってゐてくれるのであれば、回答者としては、ずいぶんと、楽になる。
平成30年01月06日、毛利太。
―「関連記事」―
「返り点」の「付け方」を教へます。:(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)。
(01)
① 不常読漢文。
三 二 一
であれば、
① 不三常読二漢文一=常には漢文を読まず。
であるとする。
(02)
返り点は、「レ点」を含めて「字の下」につける(志村和久、漢文早わかり、1982年、11頁改)。
とはせずに、
「レ点」は、「下の字の上」につけ、その他の「一二点など」は「字の下」につける(原田種成、私の漢文講義、1995年、41頁改)。
とする。
従って、
(02)により、
(03)
レレレ
② 非不読書。
であれば、
② 非レ不レ読レ書=書を読ま不るに非ず。
である。
(04)
「一レ」という特殊な返り点があるわけではなく、「漢字の下につく、一」と「漢字の上につく、レ」が一緒になって、「一レ」の形となる(原田種成、私の漢文講義、1995年、41頁改)。
とする。
従って、
(04)により、
(05)
レ
③ 不常読書。
二 一
であれば、
③ 不二常読一レ書=常には書を読まず。
である。
(06)
④ 訓二読漢文一=漢文を訓‐読す。
のやうな場合は、
④ 訓‐読漢文。
二 一
といふ風に、「ハイフン(‐)」の下に、「二」を書くことにする。
従って、
(01)~(06)により、
(07)
であれば、
レレレ
① 不可不告。
レ
② 我聞鳥啼樹。
二 一
レ レ レ
③ 鳥獣不可与之同群。
二 一
レ
④ 不足為外人道也。
下二 一上
レ
⑤ 耕者不可以不益急矣。
三 二 一
レ レレ
⑥ 無友不如己者。
二 一
レ
⑦ 当世士大夫無不知有劉老人者。
下 二 一上
レレ レ レ
⑧ 聖人所不知未必不為愚人所知也。
二 一二 一
レレ レレ
⑨ 曽子之母非不知子不殺人也。
二 一
レ レ レ レ レ
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。
乙 下二 一 上 甲
⑪ 欲取‐捨之。
三 二 一
⑫ 未嘗不嘆‐息痛‐恨於桓霊也。
五 四 二 三 一
といふ、ことになる。
(08)
レ レ レ レ レ
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。
乙 下二 一 上 甲
などは、特にさうであるものの、かうした「書き方」は、初めて見る、私以外の方にとって、おそらくは、「読みにくい」。
しかしながら、
(09)
レ レ レ レ レ
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。
乙 下二 一 上 甲
を、「縦に、並び替へ」れば、そのまま、
⑩
使
乙
籍
誠
不
下
以
二
畜
レ
子
憂
一
レ
寒
乱
上
レ
心
有
レ
財
以
済
甲
レ
薬
。
となって、すなはち、
⑩
使
乙
籍
誠
不
下
以
二
畜
レ
子
憂
一
レ
寒
乱
上
レ
心
有
レ
財
以
済
甲
レ
薬
。
といふ、ことになる。
従って、
(09)
HTMLが使へない「ヤフー知恵袋」などで、
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。
といふ「漢文」に、「返り点」を付けて下さい。
といふ「質問」が有った際に、その質問者が、
レ レ レ レ レ
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。
乙 下二 一 上 甲
といふ「書き方」を知ってゐてくれるのであれば、回答者としては、ずいぶんと、楽になる。
平成30年01月06日、毛利太。
―「関連記事」―
「返り点」の「付け方」を教へます。:(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)。
2018年1月3日水曜日
「返り点」の「付け方」を教へます。
―「返り点」と「括弧」については、併せて、『「一二点・上下点」について(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)』他を、お読み下さい。―
(01)
に於いて、
(Ⅰ)「青」で書かれてゐる漢字には、「返り点」が付かない。
(Ⅱ)「矣」は、「置き字(語気詞)」であるため、「読まない」。
(Ⅲ)「未」は、「いまだ(副詞)+不」からなる「再読文字」である。
(Ⅳ)⑫ の「取‐捨」には、「ハイフン(接続線)」が、付いてゐる。
従って、
(01)により、
(02)
① レ レ レ
② 二 一レ
③ レ 二 レ 一レ
④ レ 下 二 一 上
⑤ レ 三 二 一
⑥ レ 二 レ レ 一
⑦ 下 レ レ 二 一 上
⑧ レ レ 二 一レ 二 一レ
⑨ レ レ 二 一レ レ
⑩ 乙 下 二 レ 一レ 上レ レ 甲レ
⑪ レ 二‐ 一
⑫ レ ‐
といふ「レ点を含む、返り点」は、
① 四 三 二 一
② 三 二 一
③ 丁 丙 二 一 乙 甲
④ 下 中 二 一 上
⑤ 四 三 二 一
⑥ 下 三 二 一 上
⑦ 下 四 三 二 一 上
⑧ 三 二 一、五 四 三 二 一
⑨ 六 五 四 三 二 一
⑩ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 二 一 地 天
⑪ 三 二 一
⑫ 三 二 一
といふ「レ点を含まない、返り点」に、「置き換へ」ることが、出来る。
然るに、
(03)
大学生に返り点を打たせると、レ点の原則違反から生じる誤りが大半をしめます。
(古田島洋介、これならわかる返り点、2009年、60頁)
従って、
(03)により、
(04)
「返り点は、レ点が有るからこそ難しい。」といふ、ことになる。
従って、
(02)(04)により、
(05)
① 不可不告。
② 我聞鳥啼樹。
③ 鳥獣不可与之同群。
④ 不足為外人道也。
⑤ 耕者不可以不益急矣。
⑥ 無友不如己者。
⑦ 当世士大夫無不知有劉老人者。
⑧ 聖人所不知未必不為愚人所知也。
⑨ 曽子之母非不知子不殺人也。
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。
⑪ 欲取之。
⑫ 欲取捨之。
といふ「漢文」に対して、
① 四 三 二 一
② 三 二 一
③ 丁 丙 二 一 乙 甲
④ 下 中 二 一 上
⑤ 四 三 二 一
⑥ 下 三 二 一 上
⑦ 下 四 三 二 一 上
⑧ 三 二 一、五 四 三 二 一
⑨ 六 五 四 三 二 一
⑩ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 二 一 地 天
⑪ 三 二 一
⑫ 三 二 一
といふ、「レ点を含まない、返り点」を、付けられないのであれば、固より、
① レ レ レ
② 二 一レ
③ レ 二 レ 一レ
④ レ 下 二 一 上
⑤ レ 三 二 一
⑥ レ 二 レ レ 一
⑦ 下 レ レ 二 一 上
⑧ レ レ 二 一レ 二 一レ
⑨ レ レ 二 一レ レ
⑩ 乙 下 二 レ 一レ 上レ レ 甲レ
⑪ レ レ
⑫ レ 二‐ 一
といふ、「レ点を含む、返り点」を、付けることは、出来ない。
従って、
(05)により、
(06)
① 四 三 二 一
② 三 二 一
③ 丁 丙 二 一 乙 甲
④ 下 中 二 一 上
⑤ 四 三 二 一
⑥ 下 三 二 一 上
⑦ 下 四 三 二 一 上
⑧ 三 二 一、五 四 三 二 一
⑨ 六 五 四 三 二 一
⑩ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 二 一 地 天
⑪ 三 二 一
⑫ 二 一
といふ「レ点を含まない、返り点」を、「確実に、付けられる」やうになった「時点」で、それらの「返り点」を、(01)の「画像」を参考にして、
① レ レ レ
② 二 一レ
③ レ 二 レ 一レ
④ レ 下 二 一 上
⑤ レ 三 二 一
⑥ レ 二 レ レ 一
⑦ 下 レ レ 二 一 上
⑧ レ レ 二 一レ 二 一レ
⑨ レ レ 二 一レ レ
⑩ 乙 下 二 レ 一レ 上レ レ 甲レ
⑪ レ レ
⑫ 三 二 一
といふ「レ点を含む、返り点」に、「書き換へらる」やうに、すべきである。
(07)
① 不可不告。
の「訓読」は、
① 告げ不る可から不=告げざるべからず。
である。
従って、
(07)により、
(08)
① 不可不告。
に於いて、
① 告から、
① 不へ、返り、
① 不から、
① 可へ、返り、
① 可から、
① 不へ、返ってゐる。
従って、
(08)により、
(09)
① 不可不告 に付く「一二点」を、
① 不可不告。 の下に書くと、
① 四三二一 といふことになる。
然るに、
(10)
〔説明〕一字から一字へ返る時はレ点をつける。返り点は、字の左下につける。
(志村和久、漢文早わかり、1982年、11頁)
従って、
(01)(09)(10)により、
(11)
「学校で習ふ、返り点」として、志村先生の説に従ふと、
① 不可不告。
① レ レ レ
といふことになる。
然るに、
(12)
〔注意〕レ点は下の字に属して左肩につけ、その他の一二点などは字の左下につける。
(原田種成、私の漢文講義、1995年、41頁)
従って、
(01)(09)(12)により、
(13)
「学校で習ふ、返り点」として、原田先生の説に従ふと、
① レ レ レ
① 不可不告。 といふことになる。
(14)
② 我聞鳥啼樹。
の「訓読」は、
② 我、鳥の樹に啼くを聞く。
である。
従って、
(14)により、
(15)
② 我聞鳥啼樹。
に於いて、
② 我 鳥 樹=我 鳥の 樹に
と読んだ上で、
② 樹から、
② 啼へ、返り、
② 啼から、
② 聞へ、返ってゐる。
従って、
(15)により、
(16)
② 聞 鳴樹 に付く「返り点」を、
② 我聞鳥啼樹。 の下に書くと、
② 三 二一 といふことになる。
(17)
③ 鳥獣不可与之同群。
の「訓読」は、
③ 鳥獣は之と与に群を同じくす可から不=鳥獣はこれとともに群を同じくすべからず。
である、
従って、
(17)により、
(18)
③ 鳥獣吾不可与之同群。
に於いて、
③ 鳥獣吾=鳥獣は、吾之と
と読んだ上で、
③ 之から、
③ 与へ、返り、
③ 群から、
③ 同へ、返り、
③ 同から、
③ 可へ、返り、
③ 可から、
③ 不へ、返ってゐる。
従って、
(18)により、
(19)
③ 不可与之同群 に付く「返り点」を、
③ 鳥獣吾不可与之同群。 の下に書くと、一応、
③ 六五二一四三 といふことになる。
然るに、
(20)
「返り点」とは、「縦書き」であれば、飽く迄も、「下から上へ、返る点」であるため、
「返り点」とは、「横書き」であれば、飽く迄も、「右から左へ、返る点」である。
従って、
(20)により、
(21)
③ 六五二一四三 に於ける、
③ 二 → 三
といふ「それ」は、「返り点」では、有り得ない。
然るに、
(22)
(3)上中下点(上・下、上・中・下)
レ点・一二点だけで示しきれない場合。必ず一二点をまたいで返る場合に用いる(数学の式における( )が一二点で、{ }が上中下点に相当するものと考えるとわかりやすい)。
(原田種成、私の漢文講義、1995年、43頁)
従って、
(21)(22)により、
(23)
③ 六五二一四三 ではなく、
③ 囗下二一中上 でなければ、ならない。
然るに、
(24)
③ 上中下点=上、中、下。
であって、
③ 上中下点=上、中、下、囗
ではないため、
③ 囗下二一中上 でなければ、ならないとしても、
③ 囗 に相当する「上下点」は無い。
従って、
(22)(23)(24)により、
(25)
③「一二点」を挟んで、「三つ以上、返る」場合は、「上下点」ではなく、「甲乙点」を用ゐることになる。
従って、
(19)~(25)により、
(26)
③ 不可与之同群 に付く「返り点」を、
③ 鳥獣吾不可与之同群。 の下に書くと、
③ 丁丙二一乙甲 といふことになる。
(27)
④ 不足為外人道也。
の「訓読」は、
④ 外人の為に道ふに足ら不る也=外人のためにいふに足らざるなり。
である。
従って、
(27)により、
(28)
④ 不足為外人道也。
に於いて、
④ 外人の
と読んだ上で、
④ 人から、
④ 為へ、返り、
④ 道から、
④ 足へ、返り、
④ 足から、
④ 不へ、返ってゐる。
従って、
(22)(28)により、
(29)
④ 不足為 人道 に付く「返り点」を、
④ 不足為外人道也。 の下に書くと、
④ 下中二 一上 といふことになる。
(30)
⑤ 耕者不可以不益急矣。
の「訓読」は、
⑤ 耕す者、以て益々急なら不る可から不=耕す者、以て益々急ならざるべからず。
である。
従って、
(30)により、
(31)
⑤ 耕者不可以不益急矣。
に於いて、
⑤ 耕者 以 益急=耕す者、以て益々急なら
と読んだ上で、
⑤ 急から、
⑤ 不へ、返り、
⑤ 不から、
⑤ 可へ、返り、
⑤ 可から、
⑤ 不へ、返ってゐる。
従って、
(31)により、
(32)
⑤ 不可 不 急 に付く「返り点」を、
⑤ 耕者不可以不益急矣。 の下に書くと、
⑤ 四三 二 一 といふことになる。
(33)
⑥ 無友不如己者。
の「訓読」は、
⑥ 己に如か不る者を友とする無かれ=おのれにしかざる者を友とする無かれ。
である。
従って、
(33)により、
(34)
⑥ 無友不如己者。
に於いて、
⑥ 己に
と読んだ上で、
⑥ 己から、
⑥ 如へ、返り、
⑥ 如から、
⑥ 不へ、返り、
⑥ 者から、
⑥ 友へ、返り、
⑥ 無へ、返ってゐる。
従って、
(22)(34)により、
(35)
⑥ 無友不如己者 に付く「返り点」を、
⑥ 無友不如己者。 の下に書くと、
⑥ 下中三二一上 といふことになる。
(36)
⑦ 当世士大夫無不知有劉老人者。
の「訓読」は、
⑦ 当世の士大夫、劉老人有るを知ら不る者無し=とうせいのしたいふ、劉老人有るを知らざる者無し。
従って、
(36)により、
(37)
⑦ 当世士大夫無不知有劉老人者。
に於いて、
⑦ 当世士大夫 劉老人=当世の士大夫、劉老人
と読んだ上で、
⑦ 人から、
⑦ 有へ、返り、
⑦ 有から、
⑦ 知へ、返り、
⑦ 知から、
⑦ 不へ返り、
⑦ 者から、
⑦ 無へ、返ってゐる。
従って、
(22)(37)により、
(38)
⑦ 無不知有 人者 に付く「返り点」を、
⑦ 当世士大夫無不知有劉老人者。 の下に書くと、
⑦ 下四三二 一上 といふことになる。
(39)
⑧ 聖人所不知未必不為愚人所知也。
の場合は、
⑧ 聖人所不知 といふ「主語」と、
⑧ 未必不為愚人所知也。 といふ「述語」からなってゐる。
然るに、
(40)
⑧ 聖人所不知、
の「訓読」は、
⑧ 聖人の知ら不る所=聖人の知らざる所、
である。
従って、
(40)により、
(41)
⑧ 聖人所不知、
に於いて、
⑧ 聖人 知=聖人の知ら
と読んだ上で、
⑧ 知から、
⑧ 不へ、返り、
⑧ 所へ、返ってゐる。
(42)
⑧ 未必不為愚人所知也。
の「訓読」は、
⑧ 未だ必ずしも、愚人の知る所と為さ不んばあらざる也=いまだ必ずしも愚人の知る所となさずんばあらざるなり。
である。
然るに、
(43)
⑧ 未 の場合は、「漢字」としては、「一文字」であるが、「意味」としては、
⑧ 未=いまだ(副詞)+不
であって、尚且つ、
⑧ 未必不為愚人所知也。
⑧ いまだ(副詞)
に対しては、「返り点」が付かない。ものの、
⑧ 不
には、「返り点」が付く、
従って、
(44)
⑧ 未必不為愚人所知也。
に於いて、
⑧ 未必 愚人 知=いまだ必ずしも愚人の知る
と読んだ上で、
⑧ 知から、
⑧ 所へ、返り、
⑧ 所から、
⑧ 為へ、返り、
⑧ 為から、
⑧ 不へ、返り、
⑧ 不から、
⑧ 未=いまだ(副詞)+不
であるところの、
⑧ 不へ、返ってゐる。
従って、
(39)(41)(44)により、
(45)
⑧ 所不知未 不為 所知 に付く「返り点」を、
⑧ 聖人所不知未必不為愚人所知也。 の下に書くと、
⑧ 三二一、五四三 二一 といふことになる。
(46)
⑨ 曽子之母非不知子不殺人也。
の「訓読」は、
⑨ 曽子之母、子の人を殺さ不るを知ら不るに非ざる也=曽子の母、子の人を殺さざるを知らざるにあらざるなり。
である。
従って、
(46)により、
(47)
⑨ 曽子之母非不知子不殺人也。
に於いて。
⑨ 曽子之母 子 人=曽子の母、子の人を
と読んだ上で、
⑨ 人から、
⑨ 殺へ、返り、
⑨ 殺から、
⑨ 不へ、返り、
⑨ 不から、
⑨ 知へ、返り、
⑨ 知から、
⑨ 不へ、返り、
⑨ 不から、
⑨ 非へ、返ってゐる。
従って、
(47)により、
(48)
⑨ 非不知 不殺人 に付く「返り点」を、
⑨ 曽子之母非不知子不殺人也。 の下に書くと、
⑨ 六五四 三二一 といふことになる。
(49)
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。
の「訓読」は、
⑩ 籍をして、誠に子を畜ひ寒さを憂ふるを以て心を乱さ不、財有りて以て薬を剤さ使む=籍をして、誠に子をやしなひ寒さを憂ふるを以て心を乱さず、財有りて以て薬をなさしむ。
である。
従って、
(49)により、
(50)
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。
に於いて、
⑩ 使籍誠 子=籍をして誠に子を
と読んだ上で、
⑩ 子から、
⑩ 畜へ、返り、
⑩ 寒から、
⑩ 憂へ、返り、
⑩ 憂から、
⑩ 以へ、返り、
⑩ 心から、
⑩ 乱へ、返り、
⑩ 乱から、
⑩ 不へ、返り、
⑩ 財から、
⑩ 有へ、返り、
⑩ 以(返り点は付いてゐない)を読んで、
⑩ 薬から、
⑩ 使へ、返ってゐる。
然るに、
(51)
(Ⅰ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅵ)天 地 人
に於いて、
(Ⅰ)を挟んで返る際には、
(Ⅱ)を用ゐ、
(Ⅱ)を挟んで返る際には、
(Ⅲ)を用ゐ、
(Ⅲ)を挟んで返る際には、
(Ⅳ)を用ゐる。
従って、
(50)(51)により、
(52)
⑩ 使 不以畜子憂寒乱心有財 済薬 に付く「返り点」を、
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。 の下に書くと、
⑩ 人 丙下二一中上乙甲二一 地天 といふことになる。
(53)
⑪ 欲取之。
の「訓読」は、
⑪ 之を取る=これをとる。
である。
従って、
(53)により、
(54)
⑪ 欲取之。
に於いて、
⑪ 欲取之=之を
と読んだ上で、
⑪ 之から、
⑪ 取へ、返り、
⑪ 取から、
⑪ 欲へ、返ってゐる。
従って、
(54)により、
(55)
⑪ 欲取之 に付く「返り点」を、
⑪ 欲取之。 の下に書くと、
⑪ 三二一 といふことになる。
(56)
⑫ 欲取‐捨之。
の「訓読」は、
⑫ 之を取捨せんと欲す=これを取捨せんとほっす。
である。
然るに、
(57)
⑫ 取‐捨 のような「熟語」の場合は、「二字」であっても、「一語」とみなす。
従って、
(55)(56)(57)により、
(58)
「レ点」は、「一語下の語」から「一語上の語」に返る際に、「上の字」の「下」に付く。
とするならば、
⑪ 欲取之。
⑪ レレ
であって、尚且つ、
⑫ 欲取‐捨之。
⑫ レ レ
でなければ、ならない。
然るに、
(59)
⑪ 欲取之。
⑪ レレ
ではあっても、
⑫ 欲取‐捨之。
⑫ レ レ
ではなく、
⑫ 欲取‐捨之。
⑫ レ 二 一
でもないし、何故か、
⑫ 欲取‐捨之。
⑫ 三 二 一
だけが、「正しい」と、されてゐる。
(60)
⑬ 登竜門。
の「訓読」は、
⑬ 竜門に登る。
である。
従って、
(60)により、
(61)
⑬ 登竜門。
に於いて、
⑬ 登竜門=竜門に
と読んだ上で、
⑬ 門から、
⑬ 登へ、返ってゐる。
従って、
(61)により、
(62)
⑬ 登 門 に付く「返り点」を、
⑬ 登竜門。 の下に書くと、
⑬ 二 一 といふことになる。
然るに、
(63)
たとえば「登竜門」を「竜門に登る」と訓読するならば、次のような「返り点」を打つこともあったのです。
【誤】登レ竜‐門
(古田島洋介、これならわかる返り点、2009年、58頁)
従って、
(62)(63)により、
(64)
⑬ 登竜‐門。
のやうな、
⑬ 動詞+補‐語。
の場合は、
⑬ 補‐語 に付く「ハイフン」は、「不要」である。
然るに、
(65)
⑫ 取‐捨之=之を取捨す。
⑫ 二 一
でなくて、
⑫ 取捨之。
⑫ レ
であるならば、
⑫ 取捨之=取りて之を捨てる。
といふ風に、読むことになるし、
⑫ 取捨之。
⑫ 二 一
であるならば、
⑫ 取捨之=捨てて之を取る。
といふ風に、読むことになる。
従って、
(59)(65)により、
(66)
⑫ 取‐捨之。
のやうな、
⑫ 動‐詞+補語。
の場合は、
⑫ 動‐詞 に付く「ハイフン」が、「必要」となる。
然るに、
(67)
ハイフンは初心者用の符号であって、入試問題ではついていないこともある。
(志村和久、漢文早わかり、1982年、14頁)
従って、
(65)(66)(67)により、
(68)
⑫ 取‐捨之=之を取捨す。
⑫ 二 一
であるものの、
⑫ 取捨之=之を取捨す。
⑫ 二 一
であることもあるため、「注意」しなければ、ならない。
従って、
(01)~(68)により、
(69)
① 告げ不る可から不。
② 我、鳥の樹に啼くを聞く。
③ 鳥獣は之と与に群を同じくす可から不。
④ 外人の為に道ふに足ら不る也。
⑤ 耕す者、以て益々急なら不る可から不。
⑥ 己に如か不る者を友とする無かれ。
⑦ 当世の士大夫、劉老人有るを知ら不る者無し。
⑧ 聖人の知らざる所、未だ必ずしも、愚人の知る所と為さ不んばあらざる也。
⑨ 曽子之母、子の人を殺さ不るを知ら不るに非ざる也。
⑩ 籍をして、誠に子を畜ひ寒さを憂ふるを以て心を乱さ不、財有りて以て薬を剤さ使む。
⑪ 之を取らんと欲す。
⑫ 之を取捨せんと欲す。
といふ「訓読」に基づき、
① 不可不告。
② 我聞鳥啼樹。
③ 鳥獣不可与之同群。
④ 不足為外人道也。
⑤ 耕者不可以不益急矣。
⑥ 無友不如己者。
⑦ 当世士大夫無不知有劉老人者。
⑧ 聖人所不知未必不為愚人所知也。
⑨ 曽子之母非不知子不殺人也。
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。
⑪ 欲取之。
⑫ 欲取捨之。
といふ「漢文」に対して、
(Ⅰ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅵ)天 地 人
といふ、「レ点を含まない、返り点」を付けると、
といふ、ことになる。
然るに。
(70)
同じく、
(Ⅰ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅵ)天 地 人
(Ⅴ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
といふ、「レ点を含む、返り点」を付けると、
といふ、ことになり、「学校で習ふ、返り点」としては、「これ」が、「正しい、返り点」である。
然るに、
(71)
① 不可不告。
② 我聞鳥啼樹。
③ 鳥獣不可与之同群。
④ 不足為外人道也。
⑤ 耕者不可以不益急矣。
⑥ 無友不如己者。
⑦ 当世士大夫無不知有劉老人者。
⑧ 聖人所不知未必不為愚人所知也。
⑨ 曽子之母非不知子不殺人也。
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。
⑪ 欲取之。
⑫ 欲取‐捨之。
に対して、「括弧」を加へると、次のやうになる。
① 不[可〔不(告)〕]。
② 我聞〔鳥啼(樹)〕。
③ 鳥獣不[可〔与(之)同(群)〕]。
④ 不[足〔為(外人)道〕]也。
⑤ 耕者不[可〔以不(益急)〕]矣。
⑥ 無{友[不〔如(己)者〕]}。
⑦ 当世士大夫無{不[知〔有(劉老人)〕]者}。
⑧ 聖人所〔不(知)〕未{必不[為〔愚人所(知)〕]}也。
⑨ 曽子之母非〈 不{知[子不〔殺(人)〕]}〉也。
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(子)憂(寒)〕乱(心)]有(財)以済(薬)}。
⑪ 欲〔取(之)〕。
⑫ 欲〔取‐捨(之)〕。
然るに、
(72)
例へば、
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}。
に於いて、
⑩ 使{ }⇒{ }使
⑩ 不[ ]⇒[ ]不
⑩ 以〔 〕⇒〔 〕以
⑩ 畜( )⇒( )畜
⑩ 憂( )⇒( )憂
⑩ 乱( )⇒( )乱
⑩ 有( )⇒( )有
⑩ 済( )⇒( )済
といふ「移動」を行ふと、
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}⇒
⑩ {籍誠[〔(妻子)畜(飢寒)憂〕以(良心)乱]不(銭財)有以(医薬)済}使=
⑩ {籍をして誠に[〔(妻子を)畜ひ(飢寒を)憂ふるを〕以て(良心を)乱さ]不(銭財)有りて以て(医薬を)済さ}使む。
といふ「並び替へ(ソート)」が、成立する。
従って、
(72)により、
(73)
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}。
であるとして、「左から順」に、
⑩ 使{ }に於ける、使 は、{ }の中を「読んだ後で、読む」。
⑩ 不[ ]に於ける、不 は、[ ]の中を「読んだ後で、読む」。
⑩ 以〔 〕に於ける、以 は、〔 〕の中を「読んだ後で、読む」。
⑩ 畜( )に於ける、畜 は、( )の中を「読んだ後で、読む」。
⑩ 憂( )に於ける、憂 は、( )の中を「読んだ後で、読む」。
⑩ 乱( )に於ける、乱 は、( )の中を「読んだ後で、読む」。
⑩ 有( )に於ける、有 は、( )の中を「読んだ後で、読む」。
⑩ 済( )に於ける、済 は、( )の中を「読んだ後で、読む」。
とするならば、
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}。
といふ「語順」を、
⑩ {籍誠[〔(妻子)畜(飢寒)憂〕以(良心)乱]不(銭財)有以(医薬)済}使=
⑩ {籍をして誠に[〔(妻子を)畜ひ(飢寒を)憂ふるを〕以て(良心を)乱さ]不(銭財)有りて以て(医薬を)済さ}使む。
といふ「順番」で、「左から右へ」読んでゐるに、「等しい」。
従って、
(73)により、
(74)
例へば、
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}。
に於ける、
⑩ { [ 〔 ( ) ( )〕 ( )] ( ) ( )}
といふ「括弧」は、
⑩ 使人籍誠不丙以下畜二妻子一憂中飢寒上乱乙良心甲有二銭財一以済地医薬天。
に於ける、
⑩ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 二 一 地 天。
といふ「返り点」に、「相当」する。
然るに、
(75)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。しかし、訓読は、国語の語順に置きかえて読むことが、その大きな原則となっている。それでその補足構造によっている文も、返り点によって、国語としての語順が示されている。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)
従って、
(72)~(75)により、
(76)
⑩ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱良心有銭財以済医薬。
といふ「漢文」には、
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}。
といふ「補足構造」が有って、
⑩ 籍をして、誠に妻子を畜ひ飢寒を憂ふるを以て良心を乱さ不、銭財有りて以て医薬を剤さ使む。
といふ「国語」には、
⑩ {籍をして誠に[〔(妻子を)畜ひ(飢寒を)憂ふるを〕以て(良心を)乱さ]不(銭財)有りて以て(医薬を)済さ}使む。
といふ「補足構造」が有る。が故に、
⑩ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱良心有財以済薬=
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}。
に於いて、
⑩ 使{ }⇒{ }使
⑩ 不[ ]⇒[ ]不
⑩ 以〔 〕⇒〔 〕以
⑩ 畜( )⇒( )畜
⑩ 憂( )⇒( )憂
⑩ 乱( )⇒( )乱
⑩ 有( )⇒( )有
⑩ 済( )⇒( )済
といふ「移動」を行ふと、
⑩ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱良心有財以済薬=
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}⇒
⑩ {籍誠[〔(妻子)畜(飢寒)憂〕以(良心)乱]不(銭財)有以(医薬)済}使=
⑩ {籍をして誠に[〔(妻子を)畜ひ(飢寒を)憂ふるを〕以て(良心を)乱さ]不(銭財)有りて以て(医薬を)済さ}使む。
といふ「並び替へ(ソート)」が、成立する。
といふ、ことなる。
従って、
(74)(76)により、
(77)
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}。
に於ける、
⑩ { [ 〔 ( ) ( )〕 ( )] ( ) ( )}
といふ「括弧」は、
⑩ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱良心有財以済薬。
といふ「漢文」の、「補足構造」を表すと、「同時」に、
⑩ 籍をして誠に妻子を畜ひ飢寒を憂ふるを以て良心を乱さず銭財有りて以て医薬を済さ使む。
といふ「訓読」の「語順」を表してゐる。
然るに、
(78)
⑩ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱良心有財以済薬。
といふ「漢文」を、
⑩ シセキセイフイチクサイシキカンランリョウシンユウセンザイイサイイヤク。
といふ風に、「音読」するだけならば、「漢文」を一切、学んだことの無い、「帰国子女のA君」にも出来るはずである。
加へて、
(79)
⑩ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱良心有銭財以済医薬。
といふ「漢文」を、
⑩ Shǐ jí chéng bù yǐ chù qīzi yōu jīhán luàn liángxīn yǒu qián cái yǐ jì yīyào.
といふ風に、「音読」するだけならば、「グーグル翻訳(AI)」であっても、可能である。
然るに、
(77)により、
(80)
⑩ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱良心有財以済薬。
といふ「漢文」を、
⑩ 籍をして誠に妻子を畜ひ飢寒を憂ふるを以て良心を乱さず銭財有りて以て医薬を済さ使む。
といふ風に、「訓読」するためには、
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}。
といふ「補足構造」を、「把握」してゐなければ、ならない。
然るに、
(81)
博士課程後期に六年間在学して訓読が達者になった中国の某君があるとき言った。「自分たちは古典を中国音で音読することができる。しかし、往々にして自ら欺くことがあり、助詞などいいかげんに飛ばして読むことがある。しかし日本式の訓読では、「欲」「将」「当」「謂」などの字が、どこまで管到して(かかって)いるか、どの字から上に返って読むか、一字もいいかげんにできず正確に読まなければならない」と、訓読が一字もいやしくしないことに感心していた。これによれば倉石武四郎氏が、訓読は助詞の類を正確に読まないと非難していたが、それは誤りで、訓読こそ中国音で音読するよりも正確な読み方なのである。
(原田種成、私の漢文 講義、1995年、27頁)
然るに、
(82)
どこまで管到して(かかって)ゐるか。
といふことであれば、
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}。
に於ける、
⑩ 使 は、{籍誠不以畜妻子憂飢寒乱良心有銭財以済医薬}に管到して(かかって)ゐて、
⑩ 不 は、[以畜妻子憂飢寒乱良心]に管到して(かかって)ゐて、
⑩ 以 は、〔畜妻子憂飢寒〕に管到して(かかって)ゐて、
⑩ 畜 は、(妻子)に管到して(かかって)ゐて、
⑩ 乱 は、(良心)に管到して(かかって)ゐて、
⑩ 有 は、(銭財)に管到して(かかって)ゐて、
⑩ 済 は、(医薬)に管到して(かかって)ゐる。
従って、
(77)~(82)により、
(83)
⑩ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱良心有財以済薬。
といふ「漢文」を、「読解」するためには、
⑩ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱良心有財以済薬。
といふ「漢文」の、
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}。
といふ「補足構造(管到)」を「把握」出来なければならないし、その為には、
⑩ 使人籍誠不丙以下畜二妻子一憂中飢寒上乱乙良心甲有二銭財一以済地医薬天。
に於ける、
⑩ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 二 一 地 天。
といふ「返り点」が、「有効」である。
といふ風に、「博士課程後期に六年間在学して訓読が達者になった中国の某君」が、述べてゐる。
加へて、
(84)
また、本書を訳してみて、日本における漢文読解の方法としての訓読の威力を痛感した。こころみに本書を英訳したとしても、専門家以外の人にわかるように訳すことは至難の技であると思われるが、原文と書下し文を並べるだけで、一般の日本人には、著者の中国人に対して述べている内容がほぼ正確に伝達されるのである。これを現代日本語訳を並べただけでは、もう一つ別の手立てを必要とする。訓読については功罪それぞれ議論があるが、訳者としてはたいそう助かったといえる。
(鮑善淳 著、増田栄次 訳、漢文をどう読みこなすか、1995年、238頁)
従って、
(83)(84)により、
(85)
日本人が、独学で、「漢文」を読めるやうになるためには、「漢文訓読法」以外には、現実には有り得ないはずであるが、然るに、
かつて漢文学科だった学科や漢文学専攻は、いま、そのほとんすべてが中国文学科や中国文学専攻になってしまっている。そこでは、当然、中国語も履修することになっていて、そこで学んだ方々は、古代の中国文も現代の中国音で発音できるし、またそういう出身の先生は、得意げにそういうように読んでも聞かせたりするもののようである。そこで、日本文学科出身の国語科の先生や、教育学部の国語専修などの出身の先生は、漢文は嫌いではないのだが、生徒からなにか、偽者のように思われて辛い、と聞くことがあったりするのである(中村幸弘・杉本完治、漢文文型 訓読の語法、2012年、36頁)。との、ことである。
然るに、
(81)(85)により、
(86)
中国の某君でさえ、「自分たちは古典を中国音で音読することができる。しかし、往々にして自ら欺くことがあり、助詞などいいかげんに飛ばして読むことがある。」と言ってゐるのだから、「古代の中国文も現代の中国音で発音できるし、またそういう出身の先生は、得意げにそういうように読んでも聞かせたりする。」といふのであれば、アホらしい。としか、言ひやうが無い。
然るに、
(87)
大学(京都帝国大学)に入った二年め(昭和5年)の秋、倉石武四郎先生が中国の留学から帰られ、授業を開始されたことは、私だけではなく、当時の在学生に一大衝撃を与えた。先生は従来の漢文訓読を全くすてて、漢籍を読むのにまず中国語の現代の発音に従って音読し、それをただちに口語に訳することにすると宣言されたのである。この説はすぐさま教室で実行された。私どもは魯迅の小説集『吶喊』と江永の『音学弁徴』を教わった。これは破天荒のことであって、教室で中国の現代小説を読むことも、京都大学では最初であり、全国のほかの大学でもまだなかったろうと思われる。 (『心の履歴』、「小川環樹著作集 第五巻」、筑摩書房、176頁)
然るに、
(88)
「漢文訓読」に関する「書籍」は、「いくらでも有る」のに対して、昭和5年を去ること、約90年の今に至っても、「中国語の現代の発音による、漢文の、読み方」に関する、「日本語の、書籍」は、寡聞にして、一冊、知らない。
従って、
(85)(87)(88)により、
(89)
昭和5年に、倉石武四郎先生が中国の留学から帰られて、試みた所の「漢籍を読むのにまず中国語の現代の発音に従って音読し、それをただちに口語に訳することにする」方法は、88年後の「大学の外にゐる日本人」に対して、「何も、教へてない」。
従って、
(89)により、
(90)
数年前、ある言語学教育関連の新聞の連載のコラムに、西洋文化研究者の発言が載せられていた。誰もが知る、孟浩然の『春眠』「春眠暁を覚えず・・・・・・」の引用から始まるそのコラムでは、なぜ高校の教科書にいまだに漢文訓読があるのかと疑問を呈し、「返り点」をたよりに「上がったり下がったりしながら、シラミつぶしに漢字にたどる」読み方はすでに時代遅れの代物であって、早くこうした状況から脱するべきだと主張する。「どこの国に外国語を母国語の語順で読む国があろう」かと嘆く筆者は、かつては漢文訓読が中国の歴史や文学を学ぶ唯一の手段であり「必要から編み出された苦肉の知恵であった」かもしれないが、いまや中国語を日本にいても学べる時代であり「漢文訓読を卒業するとき」だと主張するのである(「訓読」論 東アジア漢文世界と日本語、中村春作・市來津由彦・田尻祐一郎・前田勉 共編、2008年、1頁)。
といふ、西洋文化研究者の見解は、マチガイである。
(91)
漢語におけるこのような表現のしかたは、単語の間の関係を文法的な形式によって示すことを重んじている西欧の言語になれている人にとっては、まことに奇妙なことに思われるものと考えられる。カールグレン氏は、その著書《中国の言語》において、このような奇妙な孤立的な漢語の文法は、「非常に貧弱なものであり」、「漢語においては、文法的な分析は、あまり役に立たず、実際に役立つのは、広い読書を通じて習得した経験、つまり、中国人がどのようにして文をつくりあげているかということに対する感覚が、唯一のものである」と説き、更に、漢語の文の意味を理解するためには、「豊富な直観が、必要である」とも述べている。
(鈴木直治著、中国語と漢文、1975年、293頁)
従って、
(90)(91)により、
(92)
「漢文」と、「ラテン語」のやうな「西洋の言語」とを、「同列」に論じるべきではない。
(93)
門外漢の私には、本当かどうか、分からないものの、
専門家と称する人たちの大部分、99.9パーセントは(外国語として扱えという人ももちろん含めて)実は「訓読」すなわち日本語流に理解しているのである。これは厳たる事実である。といって悲しむ必要はない。なにも「外国語として理解」するということが最上の方法だとはいえないからである(二畳庵主人、漢文法基礎、1984年、62頁)。 とのことである。
平成30年01月03日、毛利太。
―「関連記事」―
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)。
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)。
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)。
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)。
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)。
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)。
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)。
(01)
に於いて、
(Ⅰ)「青」で書かれてゐる漢字には、「返り点」が付かない。
(Ⅱ)「矣」は、「置き字(語気詞)」であるため、「読まない」。
(Ⅲ)「未」は、「いまだ(副詞)+不」からなる「再読文字」である。
(Ⅳ)⑫ の「取‐捨」には、「ハイフン(接続線)」が、付いてゐる。
従って、
(01)により、
(02)
① レ レ レ
② 二 一レ
③ レ 二 レ 一レ
④ レ 下 二 一 上
⑤ レ 三 二 一
⑥ レ 二 レ レ 一
⑦ 下 レ レ 二 一 上
⑧ レ レ 二 一レ 二 一レ
⑨ レ レ 二 一レ レ
⑩ 乙 下 二 レ 一レ 上レ レ 甲レ
⑪ レ 二‐ 一
⑫ レ ‐
といふ「レ点を含む、返り点」は、
① 四 三 二 一
② 三 二 一
③ 丁 丙 二 一 乙 甲
④ 下 中 二 一 上
⑤ 四 三 二 一
⑥ 下 三 二 一 上
⑦ 下 四 三 二 一 上
⑧ 三 二 一、五 四 三 二 一
⑨ 六 五 四 三 二 一
⑩ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 二 一 地 天
⑪ 三 二 一
⑫ 三 二 一
といふ「レ点を含まない、返り点」に、「置き換へ」ることが、出来る。
然るに、
(03)
大学生に返り点を打たせると、レ点の原則違反から生じる誤りが大半をしめます。
(古田島洋介、これならわかる返り点、2009年、60頁)
従って、
(03)により、
(04)
「返り点は、レ点が有るからこそ難しい。」といふ、ことになる。
従って、
(02)(04)により、
(05)
① 不可不告。
② 我聞鳥啼樹。
③ 鳥獣不可与之同群。
④ 不足為外人道也。
⑤ 耕者不可以不益急矣。
⑥ 無友不如己者。
⑦ 当世士大夫無不知有劉老人者。
⑧ 聖人所不知未必不為愚人所知也。
⑨ 曽子之母非不知子不殺人也。
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。
⑪ 欲取之。
⑫ 欲取捨之。
といふ「漢文」に対して、
① 四 三 二 一
② 三 二 一
③ 丁 丙 二 一 乙 甲
④ 下 中 二 一 上
⑤ 四 三 二 一
⑥ 下 三 二 一 上
⑦ 下 四 三 二 一 上
⑧ 三 二 一、五 四 三 二 一
⑨ 六 五 四 三 二 一
⑩ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 二 一 地 天
⑪ 三 二 一
⑫ 三 二 一
といふ、「レ点を含まない、返り点」を、付けられないのであれば、固より、
① レ レ レ
② 二 一レ
③ レ 二 レ 一レ
④ レ 下 二 一 上
⑤ レ 三 二 一
⑥ レ 二 レ レ 一
⑦ 下 レ レ 二 一 上
⑧ レ レ 二 一レ 二 一レ
⑨ レ レ 二 一レ レ
⑩ 乙 下 二 レ 一レ 上レ レ 甲レ
⑪ レ レ
⑫ レ 二‐ 一
といふ、「レ点を含む、返り点」を、付けることは、出来ない。
従って、
(05)により、
(06)
① 四 三 二 一
② 三 二 一
③ 丁 丙 二 一 乙 甲
④ 下 中 二 一 上
⑤ 四 三 二 一
⑥ 下 三 二 一 上
⑦ 下 四 三 二 一 上
⑧ 三 二 一、五 四 三 二 一
⑨ 六 五 四 三 二 一
⑩ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 二 一 地 天
⑪ 三 二 一
⑫ 二 一
といふ「レ点を含まない、返り点」を、「確実に、付けられる」やうになった「時点」で、それらの「返り点」を、(01)の「画像」を参考にして、
① レ レ レ
② 二 一レ
③ レ 二 レ 一レ
④ レ 下 二 一 上
⑤ レ 三 二 一
⑥ レ 二 レ レ 一
⑦ 下 レ レ 二 一 上
⑧ レ レ 二 一レ 二 一レ
⑨ レ レ 二 一レ レ
⑩ 乙 下 二 レ 一レ 上レ レ 甲レ
⑪ レ レ
⑫ 三 二 一
といふ「レ点を含む、返り点」に、「書き換へらる」やうに、すべきである。
(07)
① 不可不告。
の「訓読」は、
① 告げ不る可から不=告げざるべからず。
である。
従って、
(07)により、
(08)
① 不可不告。
に於いて、
① 告から、
① 不へ、返り、
① 不から、
① 可へ、返り、
① 可から、
① 不へ、返ってゐる。
従って、
(08)により、
(09)
① 不可不告 に付く「一二点」を、
① 不可不告。 の下に書くと、
① 四三二一 といふことになる。
然るに、
(10)
〔説明〕一字から一字へ返る時はレ点をつける。返り点は、字の左下につける。
(志村和久、漢文早わかり、1982年、11頁)
従って、
(01)(09)(10)により、
(11)
「学校で習ふ、返り点」として、志村先生の説に従ふと、
① 不可不告。
① レ レ レ
といふことになる。
然るに、
(12)
〔注意〕レ点は下の字に属して左肩につけ、その他の一二点などは字の左下につける。
(原田種成、私の漢文講義、1995年、41頁)
従って、
(01)(09)(12)により、
(13)
「学校で習ふ、返り点」として、原田先生の説に従ふと、
① レ レ レ
① 不可不告。 といふことになる。
(14)
② 我聞鳥啼樹。
の「訓読」は、
② 我、鳥の樹に啼くを聞く。
である。
従って、
(14)により、
(15)
② 我聞鳥啼樹。
に於いて、
② 我 鳥 樹=我 鳥の 樹に
と読んだ上で、
② 樹から、
② 啼へ、返り、
② 啼から、
② 聞へ、返ってゐる。
従って、
(15)により、
(16)
② 聞 鳴樹 に付く「返り点」を、
② 我聞鳥啼樹。 の下に書くと、
② 三 二一 といふことになる。
(17)
③ 鳥獣不可与之同群。
の「訓読」は、
③ 鳥獣は之と与に群を同じくす可から不=鳥獣はこれとともに群を同じくすべからず。
である、
従って、
(17)により、
(18)
③ 鳥獣吾不可与之同群。
に於いて、
③ 鳥獣吾=鳥獣は、吾之と
と読んだ上で、
③ 之から、
③ 与へ、返り、
③ 群から、
③ 同へ、返り、
③ 同から、
③ 可へ、返り、
③ 可から、
③ 不へ、返ってゐる。
従って、
(18)により、
(19)
③ 不可与之同群 に付く「返り点」を、
③ 鳥獣吾不可与之同群。 の下に書くと、一応、
③ 六五二一四三 といふことになる。
然るに、
(20)
「返り点」とは、「縦書き」であれば、飽く迄も、「下から上へ、返る点」であるため、
「返り点」とは、「横書き」であれば、飽く迄も、「右から左へ、返る点」である。
従って、
(20)により、
(21)
③ 六五二一四三 に於ける、
③ 二 → 三
といふ「それ」は、「返り点」では、有り得ない。
然るに、
(22)
(3)上中下点(上・下、上・中・下)
レ点・一二点だけで示しきれない場合。必ず一二点をまたいで返る場合に用いる(数学の式における( )が一二点で、{ }が上中下点に相当するものと考えるとわかりやすい)。
(原田種成、私の漢文講義、1995年、43頁)
従って、
(21)(22)により、
(23)
③ 六五二一四三 ではなく、
③ 囗下二一中上 でなければ、ならない。
然るに、
(24)
③ 上中下点=上、中、下。
であって、
③ 上中下点=上、中、下、囗
ではないため、
③ 囗下二一中上 でなければ、ならないとしても、
③ 囗 に相当する「上下点」は無い。
従って、
(22)(23)(24)により、
(25)
③「一二点」を挟んで、「三つ以上、返る」場合は、「上下点」ではなく、「甲乙点」を用ゐることになる。
従って、
(19)~(25)により、
(26)
③ 不可与之同群 に付く「返り点」を、
③ 鳥獣吾不可与之同群。 の下に書くと、
③ 丁丙二一乙甲 といふことになる。
(27)
④ 不足為外人道也。
の「訓読」は、
④ 外人の為に道ふに足ら不る也=外人のためにいふに足らざるなり。
である。
従って、
(27)により、
(28)
④ 不足為外人道也。
に於いて、
④ 外人の
と読んだ上で、
④ 人から、
④ 為へ、返り、
④ 道から、
④ 足へ、返り、
④ 足から、
④ 不へ、返ってゐる。
従って、
(22)(28)により、
(29)
④ 不足為 人道 に付く「返り点」を、
④ 不足為外人道也。 の下に書くと、
④ 下中二 一上 といふことになる。
(30)
⑤ 耕者不可以不益急矣。
の「訓読」は、
⑤ 耕す者、以て益々急なら不る可から不=耕す者、以て益々急ならざるべからず。
である。
従って、
(30)により、
(31)
⑤ 耕者不可以不益急矣。
に於いて、
⑤ 耕者 以 益急=耕す者、以て益々急なら
と読んだ上で、
⑤ 急から、
⑤ 不へ、返り、
⑤ 不から、
⑤ 可へ、返り、
⑤ 可から、
⑤ 不へ、返ってゐる。
従って、
(31)により、
(32)
⑤ 不可 不 急 に付く「返り点」を、
⑤ 耕者不可以不益急矣。 の下に書くと、
⑤ 四三 二 一 といふことになる。
(33)
⑥ 無友不如己者。
の「訓読」は、
⑥ 己に如か不る者を友とする無かれ=おのれにしかざる者を友とする無かれ。
である。
従って、
(33)により、
(34)
⑥ 無友不如己者。
に於いて、
⑥ 己に
と読んだ上で、
⑥ 己から、
⑥ 如へ、返り、
⑥ 如から、
⑥ 不へ、返り、
⑥ 者から、
⑥ 友へ、返り、
⑥ 無へ、返ってゐる。
従って、
(22)(34)により、
(35)
⑥ 無友不如己者 に付く「返り点」を、
⑥ 無友不如己者。 の下に書くと、
⑥ 下中三二一上 といふことになる。
(36)
⑦ 当世士大夫無不知有劉老人者。
の「訓読」は、
⑦ 当世の士大夫、劉老人有るを知ら不る者無し=とうせいのしたいふ、劉老人有るを知らざる者無し。
従って、
(36)により、
(37)
⑦ 当世士大夫無不知有劉老人者。
に於いて、
⑦ 当世士大夫 劉老人=当世の士大夫、劉老人
と読んだ上で、
⑦ 人から、
⑦ 有へ、返り、
⑦ 有から、
⑦ 知へ、返り、
⑦ 知から、
⑦ 不へ返り、
⑦ 者から、
⑦ 無へ、返ってゐる。
従って、
(22)(37)により、
(38)
⑦ 無不知有 人者 に付く「返り点」を、
⑦ 当世士大夫無不知有劉老人者。 の下に書くと、
⑦ 下四三二 一上 といふことになる。
(39)
⑧ 聖人所不知未必不為愚人所知也。
の場合は、
⑧ 聖人所不知 といふ「主語」と、
⑧ 未必不為愚人所知也。 といふ「述語」からなってゐる。
然るに、
(40)
⑧ 聖人所不知、
の「訓読」は、
⑧ 聖人の知ら不る所=聖人の知らざる所、
である。
従って、
(40)により、
(41)
⑧ 聖人所不知、
に於いて、
⑧ 聖人 知=聖人の知ら
と読んだ上で、
⑧ 知から、
⑧ 不へ、返り、
⑧ 所へ、返ってゐる。
(42)
⑧ 未必不為愚人所知也。
の「訓読」は、
⑧ 未だ必ずしも、愚人の知る所と為さ不んばあらざる也=いまだ必ずしも愚人の知る所となさずんばあらざるなり。
である。
然るに、
(43)
⑧ 未 の場合は、「漢字」としては、「一文字」であるが、「意味」としては、
⑧ 未=いまだ(副詞)+不
であって、尚且つ、
⑧ 未必不為愚人所知也。
⑧ いまだ(副詞)
に対しては、「返り点」が付かない。ものの、
⑧ 不
には、「返り点」が付く、
従って、
(44)
⑧ 未必不為愚人所知也。
に於いて、
⑧ 未必 愚人 知=いまだ必ずしも愚人の知る
と読んだ上で、
⑧ 知から、
⑧ 所へ、返り、
⑧ 所から、
⑧ 為へ、返り、
⑧ 為から、
⑧ 不へ、返り、
⑧ 不から、
⑧ 未=いまだ(副詞)+不
であるところの、
⑧ 不へ、返ってゐる。
従って、
(39)(41)(44)により、
(45)
⑧ 所不知未 不為 所知 に付く「返り点」を、
⑧ 聖人所不知未必不為愚人所知也。 の下に書くと、
⑧ 三二一、五四三 二一 といふことになる。
(46)
⑨ 曽子之母非不知子不殺人也。
の「訓読」は、
⑨ 曽子之母、子の人を殺さ不るを知ら不るに非ざる也=曽子の母、子の人を殺さざるを知らざるにあらざるなり。
である。
従って、
(46)により、
(47)
⑨ 曽子之母非不知子不殺人也。
に於いて。
⑨ 曽子之母 子 人=曽子の母、子の人を
と読んだ上で、
⑨ 人から、
⑨ 殺へ、返り、
⑨ 殺から、
⑨ 不へ、返り、
⑨ 不から、
⑨ 知へ、返り、
⑨ 知から、
⑨ 不へ、返り、
⑨ 不から、
⑨ 非へ、返ってゐる。
従って、
(47)により、
(48)
⑨ 非不知 不殺人 に付く「返り点」を、
⑨ 曽子之母非不知子不殺人也。 の下に書くと、
⑨ 六五四 三二一 といふことになる。
(49)
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。
の「訓読」は、
⑩ 籍をして、誠に子を畜ひ寒さを憂ふるを以て心を乱さ不、財有りて以て薬を剤さ使む=籍をして、誠に子をやしなひ寒さを憂ふるを以て心を乱さず、財有りて以て薬をなさしむ。
である。
従って、
(49)により、
(50)
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。
に於いて、
⑩ 使籍誠 子=籍をして誠に子を
と読んだ上で、
⑩ 子から、
⑩ 畜へ、返り、
⑩ 寒から、
⑩ 憂へ、返り、
⑩ 憂から、
⑩ 以へ、返り、
⑩ 心から、
⑩ 乱へ、返り、
⑩ 乱から、
⑩ 不へ、返り、
⑩ 財から、
⑩ 有へ、返り、
⑩ 以(返り点は付いてゐない)を読んで、
⑩ 薬から、
⑩ 使へ、返ってゐる。
然るに、
(51)
(Ⅰ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅵ)天 地 人
に於いて、
(Ⅰ)を挟んで返る際には、
(Ⅱ)を用ゐ、
(Ⅱ)を挟んで返る際には、
(Ⅲ)を用ゐ、
(Ⅲ)を挟んで返る際には、
(Ⅳ)を用ゐる。
従って、
(50)(51)により、
(52)
⑩ 使 不以畜子憂寒乱心有財 済薬 に付く「返り点」を、
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。 の下に書くと、
⑩ 人 丙下二一中上乙甲二一 地天 といふことになる。
(53)
⑪ 欲取之。
の「訓読」は、
⑪ 之を取る=これをとる。
である。
従って、
(53)により、
(54)
⑪ 欲取之。
に於いて、
⑪ 欲取之=之を
と読んだ上で、
⑪ 之から、
⑪ 取へ、返り、
⑪ 取から、
⑪ 欲へ、返ってゐる。
従って、
(54)により、
(55)
⑪ 欲取之 に付く「返り点」を、
⑪ 欲取之。 の下に書くと、
⑪ 三二一 といふことになる。
(56)
⑫ 欲取‐捨之。
の「訓読」は、
⑫ 之を取捨せんと欲す=これを取捨せんとほっす。
である。
然るに、
(57)
⑫ 取‐捨 のような「熟語」の場合は、「二字」であっても、「一語」とみなす。
従って、
(55)(56)(57)により、
(58)
「レ点」は、「一語下の語」から「一語上の語」に返る際に、「上の字」の「下」に付く。
とするならば、
⑪ 欲取之。
⑪ レレ
であって、尚且つ、
⑫ 欲取‐捨之。
⑫ レ レ
でなければ、ならない。
然るに、
(59)
⑪ 欲取之。
⑪ レレ
ではあっても、
⑫ 欲取‐捨之。
⑫ レ レ
ではなく、
⑫ 欲取‐捨之。
⑫ レ 二 一
でもないし、何故か、
⑫ 欲取‐捨之。
⑫ 三 二 一
だけが、「正しい」と、されてゐる。
(60)
⑬ 登竜門。
の「訓読」は、
⑬ 竜門に登る。
である。
従って、
(60)により、
(61)
⑬ 登竜門。
に於いて、
⑬ 登竜門=竜門に
と読んだ上で、
⑬ 門から、
⑬ 登へ、返ってゐる。
従って、
(61)により、
(62)
⑬ 登 門 に付く「返り点」を、
⑬ 登竜門。 の下に書くと、
⑬ 二 一 といふことになる。
然るに、
(63)
たとえば「登竜門」を「竜門に登る」と訓読するならば、次のような「返り点」を打つこともあったのです。
【誤】登レ竜‐門
(古田島洋介、これならわかる返り点、2009年、58頁)
従って、
(62)(63)により、
(64)
⑬ 登竜‐門。
のやうな、
⑬ 動詞+補‐語。
の場合は、
⑬ 補‐語 に付く「ハイフン」は、「不要」である。
然るに、
(65)
⑫ 取‐捨之=之を取捨す。
⑫ 二 一
でなくて、
⑫ 取捨之。
⑫ レ
であるならば、
⑫ 取捨之=取りて之を捨てる。
といふ風に、読むことになるし、
⑫ 取捨之。
⑫ 二 一
であるならば、
⑫ 取捨之=捨てて之を取る。
といふ風に、読むことになる。
従って、
(59)(65)により、
(66)
⑫ 取‐捨之。
のやうな、
⑫ 動‐詞+補語。
の場合は、
⑫ 動‐詞 に付く「ハイフン」が、「必要」となる。
然るに、
(67)
ハイフンは初心者用の符号であって、入試問題ではついていないこともある。
(志村和久、漢文早わかり、1982年、14頁)
従って、
(65)(66)(67)により、
(68)
⑫ 取‐捨之=之を取捨す。
⑫ 二 一
であるものの、
⑫ 取捨之=之を取捨す。
⑫ 二 一
であることもあるため、「注意」しなければ、ならない。
従って、
(01)~(68)により、
(69)
① 告げ不る可から不。
② 我、鳥の樹に啼くを聞く。
③ 鳥獣は之と与に群を同じくす可から不。
④ 外人の為に道ふに足ら不る也。
⑤ 耕す者、以て益々急なら不る可から不。
⑥ 己に如か不る者を友とする無かれ。
⑦ 当世の士大夫、劉老人有るを知ら不る者無し。
⑧ 聖人の知らざる所、未だ必ずしも、愚人の知る所と為さ不んばあらざる也。
⑨ 曽子之母、子の人を殺さ不るを知ら不るに非ざる也。
⑩ 籍をして、誠に子を畜ひ寒さを憂ふるを以て心を乱さ不、財有りて以て薬を剤さ使む。
⑪ 之を取らんと欲す。
⑫ 之を取捨せんと欲す。
といふ「訓読」に基づき、
① 不可不告。
② 我聞鳥啼樹。
③ 鳥獣不可与之同群。
④ 不足為外人道也。
⑤ 耕者不可以不益急矣。
⑥ 無友不如己者。
⑦ 当世士大夫無不知有劉老人者。
⑧ 聖人所不知未必不為愚人所知也。
⑨ 曽子之母非不知子不殺人也。
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。
⑪ 欲取之。
⑫ 欲取捨之。
といふ「漢文」に対して、
(Ⅰ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅵ)天 地 人
といふ、「レ点を含まない、返り点」を付けると、
といふ、ことになる。
然るに。
(70)
同じく、
(Ⅰ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅱ)上 中 下
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅵ)天 地 人
(Ⅴ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
といふ、「レ点を含む、返り点」を付けると、
といふ、ことになり、「学校で習ふ、返り点」としては、「これ」が、「正しい、返り点」である。
然るに、
(71)
① 不可不告。
② 我聞鳥啼樹。
③ 鳥獣不可与之同群。
④ 不足為外人道也。
⑤ 耕者不可以不益急矣。
⑥ 無友不如己者。
⑦ 当世士大夫無不知有劉老人者。
⑧ 聖人所不知未必不為愚人所知也。
⑨ 曽子之母非不知子不殺人也。
⑩ 使籍誠不以畜子憂寒乱心有財以済薬。
⑪ 欲取之。
⑫ 欲取‐捨之。
に対して、「括弧」を加へると、次のやうになる。
① 不[可〔不(告)〕]。
② 我聞〔鳥啼(樹)〕。
③ 鳥獣不[可〔与(之)同(群)〕]。
④ 不[足〔為(外人)道〕]也。
⑤ 耕者不[可〔以不(益急)〕]矣。
⑥ 無{友[不〔如(己)者〕]}。
⑦ 当世士大夫無{不[知〔有(劉老人)〕]者}。
⑧ 聖人所〔不(知)〕未{必不[為〔愚人所(知)〕]}也。
⑨ 曽子之母非〈 不{知[子不〔殺(人)〕]}〉也。
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(子)憂(寒)〕乱(心)]有(財)以済(薬)}。
⑪ 欲〔取(之)〕。
⑫ 欲〔取‐捨(之)〕。
然るに、
(72)
例へば、
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}。
に於いて、
⑩ 使{ }⇒{ }使
⑩ 不[ ]⇒[ ]不
⑩ 以〔 〕⇒〔 〕以
⑩ 畜( )⇒( )畜
⑩ 憂( )⇒( )憂
⑩ 乱( )⇒( )乱
⑩ 有( )⇒( )有
⑩ 済( )⇒( )済
といふ「移動」を行ふと、
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}⇒
⑩ {籍誠[〔(妻子)畜(飢寒)憂〕以(良心)乱]不(銭財)有以(医薬)済}使=
⑩ {籍をして誠に[〔(妻子を)畜ひ(飢寒を)憂ふるを〕以て(良心を)乱さ]不(銭財)有りて以て(医薬を)済さ}使む。
といふ「並び替へ(ソート)」が、成立する。
従って、
(72)により、
(73)
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}。
であるとして、「左から順」に、
⑩ 使{ }に於ける、使 は、{ }の中を「読んだ後で、読む」。
⑩ 不[ ]に於ける、不 は、[ ]の中を「読んだ後で、読む」。
⑩ 以〔 〕に於ける、以 は、〔 〕の中を「読んだ後で、読む」。
⑩ 畜( )に於ける、畜 は、( )の中を「読んだ後で、読む」。
⑩ 憂( )に於ける、憂 は、( )の中を「読んだ後で、読む」。
⑩ 乱( )に於ける、乱 は、( )の中を「読んだ後で、読む」。
⑩ 有( )に於ける、有 は、( )の中を「読んだ後で、読む」。
⑩ 済( )に於ける、済 は、( )の中を「読んだ後で、読む」。
とするならば、
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}。
といふ「語順」を、
⑩ {籍誠[〔(妻子)畜(飢寒)憂〕以(良心)乱]不(銭財)有以(医薬)済}使=
⑩ {籍をして誠に[〔(妻子を)畜ひ(飢寒を)憂ふるを〕以て(良心を)乱さ]不(銭財)有りて以て(医薬を)済さ}使む。
といふ「順番」で、「左から右へ」読んでゐるに、「等しい」。
従って、
(73)により、
(74)
例へば、
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}。
に於ける、
⑩ { [ 〔 ( ) ( )〕 ( )] ( ) ( )}
といふ「括弧」は、
⑩ 使人籍誠不丙以下畜二妻子一憂中飢寒上乱乙良心甲有二銭財一以済地医薬天。
に於ける、
⑩ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 二 一 地 天。
といふ「返り点」に、「相当」する。
然るに、
(75)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。しかし、訓読は、国語の語順に置きかえて読むことが、その大きな原則となっている。それでその補足構造によっている文も、返り点によって、国語としての語順が示されている。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)
従って、
(72)~(75)により、
(76)
⑩ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱良心有銭財以済医薬。
といふ「漢文」には、
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}。
といふ「補足構造」が有って、
⑩ 籍をして、誠に妻子を畜ひ飢寒を憂ふるを以て良心を乱さ不、銭財有りて以て医薬を剤さ使む。
といふ「国語」には、
⑩ {籍をして誠に[〔(妻子を)畜ひ(飢寒を)憂ふるを〕以て(良心を)乱さ]不(銭財)有りて以て(医薬を)済さ}使む。
といふ「補足構造」が有る。が故に、
⑩ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱良心有財以済薬=
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}。
に於いて、
⑩ 使{ }⇒{ }使
⑩ 不[ ]⇒[ ]不
⑩ 以〔 〕⇒〔 〕以
⑩ 畜( )⇒( )畜
⑩ 憂( )⇒( )憂
⑩ 乱( )⇒( )乱
⑩ 有( )⇒( )有
⑩ 済( )⇒( )済
といふ「移動」を行ふと、
⑩ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱良心有財以済薬=
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}⇒
⑩ {籍誠[〔(妻子)畜(飢寒)憂〕以(良心)乱]不(銭財)有以(医薬)済}使=
⑩ {籍をして誠に[〔(妻子を)畜ひ(飢寒を)憂ふるを〕以て(良心を)乱さ]不(銭財)有りて以て(医薬を)済さ}使む。
といふ「並び替へ(ソート)」が、成立する。
といふ、ことなる。
従って、
(74)(76)により、
(77)
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}。
に於ける、
⑩ { [ 〔 ( ) ( )〕 ( )] ( ) ( )}
といふ「括弧」は、
⑩ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱良心有財以済薬。
といふ「漢文」の、「補足構造」を表すと、「同時」に、
⑩ 籍をして誠に妻子を畜ひ飢寒を憂ふるを以て良心を乱さず銭財有りて以て医薬を済さ使む。
といふ「訓読」の「語順」を表してゐる。
然るに、
(78)
⑩ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱良心有財以済薬。
といふ「漢文」を、
⑩ シセキセイフイチクサイシキカンランリョウシンユウセンザイイサイイヤク。
といふ風に、「音読」するだけならば、「漢文」を一切、学んだことの無い、「帰国子女のA君」にも出来るはずである。
加へて、
(79)
⑩ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱良心有銭財以済医薬。
といふ「漢文」を、
⑩ Shǐ jí chéng bù yǐ chù qīzi yōu jīhán luàn liángxīn yǒu qián cái yǐ jì yīyào.
といふ風に、「音読」するだけならば、「グーグル翻訳(AI)」であっても、可能である。
然るに、
(77)により、
(80)
⑩ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱良心有財以済薬。
といふ「漢文」を、
⑩ 籍をして誠に妻子を畜ひ飢寒を憂ふるを以て良心を乱さず銭財有りて以て医薬を済さ使む。
といふ風に、「訓読」するためには、
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}。
といふ「補足構造」を、「把握」してゐなければ、ならない。
然るに、
(81)
博士課程後期に六年間在学して訓読が達者になった中国の某君があるとき言った。「自分たちは古典を中国音で音読することができる。しかし、往々にして自ら欺くことがあり、助詞などいいかげんに飛ばして読むことがある。しかし日本式の訓読では、「欲」「将」「当」「謂」などの字が、どこまで管到して(かかって)いるか、どの字から上に返って読むか、一字もいいかげんにできず正確に読まなければならない」と、訓読が一字もいやしくしないことに感心していた。これによれば倉石武四郎氏が、訓読は助詞の類を正確に読まないと非難していたが、それは誤りで、訓読こそ中国音で音読するよりも正確な読み方なのである。
(原田種成、私の漢文 講義、1995年、27頁)
然るに、
(82)
どこまで管到して(かかって)ゐるか。
といふことであれば、
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}。
に於ける、
⑩ 使 は、{籍誠不以畜妻子憂飢寒乱良心有銭財以済医薬}に管到して(かかって)ゐて、
⑩ 不 は、[以畜妻子憂飢寒乱良心]に管到して(かかって)ゐて、
⑩ 以 は、〔畜妻子憂飢寒〕に管到して(かかって)ゐて、
⑩ 畜 は、(妻子)に管到して(かかって)ゐて、
⑩ 乱 は、(良心)に管到して(かかって)ゐて、
⑩ 有 は、(銭財)に管到して(かかって)ゐて、
⑩ 済 は、(医薬)に管到して(かかって)ゐる。
従って、
(77)~(82)により、
(83)
⑩ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱良心有財以済薬。
といふ「漢文」を、「読解」するためには、
⑩ 使籍誠不以畜妻子憂飢寒乱良心有財以済薬。
といふ「漢文」の、
⑩ 使{籍誠不[以〔畜(妻子)憂(飢寒)〕乱(良心)]有(銭財)以済(医薬)}。
といふ「補足構造(管到)」を「把握」出来なければならないし、その為には、
⑩ 使人籍誠不丙以下畜二妻子一憂中飢寒上乱乙良心甲有二銭財一以済地医薬天。
に於ける、
⑩ 人 丙 下 二 一 中 上 乙 甲 二 一 地 天。
といふ「返り点」が、「有効」である。
といふ風に、「博士課程後期に六年間在学して訓読が達者になった中国の某君」が、述べてゐる。
加へて、
(84)
また、本書を訳してみて、日本における漢文読解の方法としての訓読の威力を痛感した。こころみに本書を英訳したとしても、専門家以外の人にわかるように訳すことは至難の技であると思われるが、原文と書下し文を並べるだけで、一般の日本人には、著者の中国人に対して述べている内容がほぼ正確に伝達されるのである。これを現代日本語訳を並べただけでは、もう一つ別の手立てを必要とする。訓読については功罪それぞれ議論があるが、訳者としてはたいそう助かったといえる。
(鮑善淳 著、増田栄次 訳、漢文をどう読みこなすか、1995年、238頁)
従って、
(83)(84)により、
(85)
日本人が、独学で、「漢文」を読めるやうになるためには、「漢文訓読法」以外には、現実には有り得ないはずであるが、然るに、
かつて漢文学科だった学科や漢文学専攻は、いま、そのほとんすべてが中国文学科や中国文学専攻になってしまっている。そこでは、当然、中国語も履修することになっていて、そこで学んだ方々は、古代の中国文も現代の中国音で発音できるし、またそういう出身の先生は、得意げにそういうように読んでも聞かせたりするもののようである。そこで、日本文学科出身の国語科の先生や、教育学部の国語専修などの出身の先生は、漢文は嫌いではないのだが、生徒からなにか、偽者のように思われて辛い、と聞くことがあったりするのである(中村幸弘・杉本完治、漢文文型 訓読の語法、2012年、36頁)。との、ことである。
然るに、
(81)(85)により、
(86)
中国の某君でさえ、「自分たちは古典を中国音で音読することができる。しかし、往々にして自ら欺くことがあり、助詞などいいかげんに飛ばして読むことがある。」と言ってゐるのだから、「古代の中国文も現代の中国音で発音できるし、またそういう出身の先生は、得意げにそういうように読んでも聞かせたりする。」といふのであれば、アホらしい。としか、言ひやうが無い。
然るに、
(87)
大学(京都帝国大学)に入った二年め(昭和5年)の秋、倉石武四郎先生が中国の留学から帰られ、授業を開始されたことは、私だけではなく、当時の在学生に一大衝撃を与えた。先生は従来の漢文訓読を全くすてて、漢籍を読むのにまず中国語の現代の発音に従って音読し、それをただちに口語に訳することにすると宣言されたのである。この説はすぐさま教室で実行された。私どもは魯迅の小説集『吶喊』と江永の『音学弁徴』を教わった。これは破天荒のことであって、教室で中国の現代小説を読むことも、京都大学では最初であり、全国のほかの大学でもまだなかったろうと思われる。 (『心の履歴』、「小川環樹著作集 第五巻」、筑摩書房、176頁)
然るに、
(88)
「漢文訓読」に関する「書籍」は、「いくらでも有る」のに対して、昭和5年を去ること、約90年の今に至っても、「中国語の現代の発音による、漢文の、読み方」に関する、「日本語の、書籍」は、寡聞にして、一冊、知らない。
従って、
(85)(87)(88)により、
(89)
昭和5年に、倉石武四郎先生が中国の留学から帰られて、試みた所の「漢籍を読むのにまず中国語の現代の発音に従って音読し、それをただちに口語に訳することにする」方法は、88年後の「大学の外にゐる日本人」に対して、「何も、教へてない」。
従って、
(89)により、
(90)
数年前、ある言語学教育関連の新聞の連載のコラムに、西洋文化研究者の発言が載せられていた。誰もが知る、孟浩然の『春眠』「春眠暁を覚えず・・・・・・」の引用から始まるそのコラムでは、なぜ高校の教科書にいまだに漢文訓読があるのかと疑問を呈し、「返り点」をたよりに「上がったり下がったりしながら、シラミつぶしに漢字にたどる」読み方はすでに時代遅れの代物であって、早くこうした状況から脱するべきだと主張する。「どこの国に外国語を母国語の語順で読む国があろう」かと嘆く筆者は、かつては漢文訓読が中国の歴史や文学を学ぶ唯一の手段であり「必要から編み出された苦肉の知恵であった」かもしれないが、いまや中国語を日本にいても学べる時代であり「漢文訓読を卒業するとき」だと主張するのである(「訓読」論 東アジア漢文世界と日本語、中村春作・市來津由彦・田尻祐一郎・前田勉 共編、2008年、1頁)。
といふ、西洋文化研究者の見解は、マチガイである。
(91)
漢語におけるこのような表現のしかたは、単語の間の関係を文法的な形式によって示すことを重んじている西欧の言語になれている人にとっては、まことに奇妙なことに思われるものと考えられる。カールグレン氏は、その著書《中国の言語》において、このような奇妙な孤立的な漢語の文法は、「非常に貧弱なものであり」、「漢語においては、文法的な分析は、あまり役に立たず、実際に役立つのは、広い読書を通じて習得した経験、つまり、中国人がどのようにして文をつくりあげているかということに対する感覚が、唯一のものである」と説き、更に、漢語の文の意味を理解するためには、「豊富な直観が、必要である」とも述べている。
(鈴木直治著、中国語と漢文、1975年、293頁)
従って、
(90)(91)により、
(92)
「漢文」と、「ラテン語」のやうな「西洋の言語」とを、「同列」に論じるべきではない。
(93)
門外漢の私には、本当かどうか、分からないものの、
専門家と称する人たちの大部分、99.9パーセントは(外国語として扱えという人ももちろん含めて)実は「訓読」すなわち日本語流に理解しているのである。これは厳たる事実である。といって悲しむ必要はない。なにも「外国語として理解」するということが最上の方法だとはいえないからである(二畳庵主人、漢文法基礎、1984年、62頁)。 とのことである。
平成30年01月03日、毛利太。
―「関連記事」―
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)。
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)。
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)。
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)。
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)。
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)。
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)。
2018年1月2日火曜日
「括弧」の「順番」。
―「返り点」と「括弧」については、併せて、『「一二点・上下点」について(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)』他を、お読み下さい。―
(01)
① 非以刀断麻=
① 非〔以(刀)断(麻)〕。
に於いて、
① 非 は、
① 〔 〕の「直前の一字(単語)」であって、
① 以 は、
① ( )の「直前の一字(単語)」であって、
① 断 は、
① ( )の「直前の一字(単語)」である。
然るに、
(02)
① 非以刀断麻=
① 非〔以(快刀)断(乱麻)〕。
に於いて、
① 非〔 〕⇒〔 〕非
① 以( )⇒( )以
① 断( )⇒( )断
といふ「移動」を行ふと、
① 非〔以(刀)断(麻)〕⇒
① 〔(刀)以(麻)断〕非=
① 〔(刀を)以て(麻)断つに〕非ず。
といふ「漢文訓読」が成立する。
(03)
② 我非常以快刀断乱麻者也=
② 我非〔常以(快刀)断(乱麻)者〕也。
に於いて、
② 非 は、
② 〔 〕の「直前の一字(単語)」であって、
② 以 は、
② ( )の「直前の一字(単語)」であって、
② 断 は、
② ( )の「直前の一字(単語)」である。
然るに、
(04)
② 我非常以快刀断乱麻者也=
② 我非〔常以(快刀)断(乱麻)者〕也。
に於いて、
② 我非〔常以(快刀)断(乱麻)者〕也。
② 非〔 〕⇒〔 〕非
② 以( )⇒( )以
② 断( )⇒( )断
といふ「移動」を行ふと、
② 我非〔常以(快刀)断(乱麻)者〕也⇒
② 我〔常(快刀)以(乱麻)断者〕非也=
② 我は〔常には(快刀を)以て(乱麻を)断つ者に〕非ざるなり。
といふ「漢文訓読」が成立する。
従って、
(01)~(04)により、
(05)
(Ⅰ)「左から右へ読む」ことを「前提」として、但し、〔 〕の「直前の一字(単語)」は、〔 〕の中を「読んだ直後に読む」。
(Ⅱ)「左から右へ読む」ことを「前提」として、但し、( )の「直前の一字(単語)」は、( )の中を「読んだ直後に読む」。
とするならば、
① 非〔以(刀)断(麻)〕⇒
① 〔(刀)以(麻)断〕非=
① 〔(刀)以て(麻)断つに〕非ず。
といふ「漢文訓読」と、
② 我非〔常以(快刀)断(乱麻)者〕也⇒
② 我〔常(快刀)以(乱麻)断者〕非也=
② 我は〔常には(快刀を)以て(乱麻を)断つ者に〕非ざるなり。
といふ「漢文訓読」が成立する。
然るに、
(06)
② 我非〔常以(快刀)断(乱麻)者〕也。
に於ける、
② 我 常 快 乱 者 也
といふ「漢字(単語)」は、「左から順」に、
② 我=主語
② 常=連用修飾語
② 快=連体修飾語
② 乱=連体修飾語
② 者=被連体修飾語
② 也=語気詞
であって、これらの「語順」は、「国語(日本語)」の「語順」と、「共通」である。
然るに、
(07)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。しかし、訓読は、国語の語順に置きかえて読むことが、その大きな原則となっている。それでその補足構造によっている文も、返り点によって、国語としての語順が示されている。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)
従って、
(01)~(07)により、
(08)
① 非〔以(刀)断(麻)〕=快刀を以て乱麻を断つに非ず。
② 我非〔常以(快刀)断(乱麻)者〕也=我は、常には、快刀を以て乱麻を断つ者に非ざるなり。
に於ける、
① 〔 ( ) ( ) 〕
② 〔 ( ) ( ) 〕
といふ「括弧」は、
① 非以刀断麻。
② 我非常以快刀断乱麻者也。
といふ「漢文」の、「補足構造」を、表してゐる。
然るに、
(09)
① 非以刀断麻=非二以レ刀断一レ麻=刀を以て麻を断つに非ず。
② 我非下常以二快刀一断二乱麻一者下也=我は常には快刀を以て乱麻を断つ者に非ざるなり。
従って、
(09)により、
(10)
① 非以刀断麻。
② 我非常以快刀断乱麻者也。
に対する「返り点」は、
① 二 レ 一レ
② 下 二 一 二 一 上
である。
然るに、
(11)
① 非以刀断麻=非二以レ刀断一レ麻=刀を以て麻を断つに非ず。
② 我非下常以二快刀一断二乱麻一者下也=我は常には快刀を以て乱麻を断つ者に非ざるなり。
に於ける、
① 二 レ 一レ
② 下 二 一 二 一 上
に於いて、
①と② は、「同じ」ではない。
然るに、
(12)
② 下 二 一 二 一 上
② 〔 ( ) ( ) 〕
であるため、
② 下 二 一 二 一 上
の場合は、
② 〔 ( ) ( ) 〕
の上に、重ねることが、出来る。
従って、
(12)により、
(13)
② 下 二 一 二 一 上
といふ「返り点」は、
② 〔 ( ) ( ) 〕
といふ「括弧」に、「等しい」。
従って、
(08)(11)(13)により、
(14)
① 非〔以(刀)断(麻)〕=刀を以て麻を断つに非ず。
② 我非〔常以(快刀)断(乱麻)者〕也=我は、常には、快刀を以て乱麻を断つ者に非ざるなり。
② 我非下常以二快刀一断二乱麻一者下也=我は常には快刀を以て乱麻を断つ者に非ざるなり。
に於ける、
① 〔 ( ) ( ) 〕
② 〔 ( ) ( ) 〕
② 下 二 一 二 一 上
といふ「括弧」と「返り点」は、
① 非以刀断麻。
② 我非常以快刀断乱麻者也。
といふ「漢文」の、「補足構造」を、表してゐる。ものの、
① 非以刀断麻=非二以レ刀断一レ麻=快刀を以て乱麻を断つに非ず。
に於ける、
① 二 レ 一レ
といふ「(レ点を含む)返り点」は、
① 非以刀断麻。
といふ「漢文」の、「補足構造」を、表してはゐない。
然るに、
(15)
① 非以刀断麻。
ではなく、
③ 非以刀断麻Φ。
であれば、
③ 非以刀断麻Φ=非二以レ刀断レ麻Φ一=快刀を以て乱麻を断つΦに非ず。
であって、
③ 非以刀断麻Φ=非二以レ刀断レ麻Φ一=快刀を以て乱麻を断つΦに非ず。
であれば、
③ 下 二 一 二 一 上
を用ゐて、
③ 非以刀断麻Φ=非下以二刀一断二麻一Φ下=快刀を以て乱麻を断つΦに非ず。
といふ風に、書くことが出来る。
然るに、
(16)
③ 非以刀断麻Φ=非下以二刀一断二麻一Φ下=快刀を以て乱麻を断つΦに非ず。
に於いて、
③ Φ は、「黙字(サイレント)」であって、「黙字(サイレント)」は「書かない」とするならば、
③ 非以刀断麻=非下以二刀一断二麻一下=刀を以て乱麻を断つに非ず。
である。
従って、
(14)(15)(16)により、
(17)
③ Φ は、「黙字(サイレント)」であって、「黙字(サイレント)」は「書かない」とするならば、
① 非以刀断麻=非二以レ刀断一レ麻=刀を以て麻を断つに非ず。
に於ける、
① 二 レ 一レ
といふ「(レ点を含む)返り点」は、
① 下 二 一 二 一 上
といふ「返り点」に、すなはち、
① 〔 ( ) ( ) 〕
といふ「括弧」に、「置き換へ」ることが、出来る。
平成30年01月02日、毛利太。
―「関連記事」―
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)。
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)。
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)。
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)。
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)。
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)。
(01)
① 非以刀断麻=
① 非〔以(刀)断(麻)〕。
に於いて、
① 非 は、
① 〔 〕の「直前の一字(単語)」であって、
① 以 は、
① ( )の「直前の一字(単語)」であって、
① 断 は、
① ( )の「直前の一字(単語)」である。
然るに、
(02)
① 非以刀断麻=
① 非〔以(快刀)断(乱麻)〕。
に於いて、
① 非〔 〕⇒〔 〕非
① 以( )⇒( )以
① 断( )⇒( )断
といふ「移動」を行ふと、
① 非〔以(刀)断(麻)〕⇒
① 〔(刀)以(麻)断〕非=
① 〔(刀を)以て(麻)断つに〕非ず。
といふ「漢文訓読」が成立する。
(03)
② 我非常以快刀断乱麻者也=
② 我非〔常以(快刀)断(乱麻)者〕也。
に於いて、
② 非 は、
② 〔 〕の「直前の一字(単語)」であって、
② 以 は、
② ( )の「直前の一字(単語)」であって、
② 断 は、
② ( )の「直前の一字(単語)」である。
然るに、
(04)
② 我非常以快刀断乱麻者也=
② 我非〔常以(快刀)断(乱麻)者〕也。
に於いて、
② 我非〔常以(快刀)断(乱麻)者〕也。
② 非〔 〕⇒〔 〕非
② 以( )⇒( )以
② 断( )⇒( )断
といふ「移動」を行ふと、
② 我非〔常以(快刀)断(乱麻)者〕也⇒
② 我〔常(快刀)以(乱麻)断者〕非也=
② 我は〔常には(快刀を)以て(乱麻を)断つ者に〕非ざるなり。
といふ「漢文訓読」が成立する。
従って、
(01)~(04)により、
(05)
(Ⅰ)「左から右へ読む」ことを「前提」として、但し、〔 〕の「直前の一字(単語)」は、〔 〕の中を「読んだ直後に読む」。
(Ⅱ)「左から右へ読む」ことを「前提」として、但し、( )の「直前の一字(単語)」は、( )の中を「読んだ直後に読む」。
とするならば、
① 非〔以(刀)断(麻)〕⇒
① 〔(刀)以(麻)断〕非=
① 〔(刀)以て(麻)断つに〕非ず。
といふ「漢文訓読」と、
② 我非〔常以(快刀)断(乱麻)者〕也⇒
② 我〔常(快刀)以(乱麻)断者〕非也=
② 我は〔常には(快刀を)以て(乱麻を)断つ者に〕非ざるなり。
といふ「漢文訓読」が成立する。
然るに、
(06)
② 我非〔常以(快刀)断(乱麻)者〕也。
に於ける、
② 我 常 快 乱 者 也
といふ「漢字(単語)」は、「左から順」に、
② 我=主語
② 常=連用修飾語
② 快=連体修飾語
② 乱=連体修飾語
② 者=被連体修飾語
② 也=語気詞
であって、これらの「語順」は、「国語(日本語)」の「語順」と、「共通」である。
然るに、
(07)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。しかし、訓読は、国語の語順に置きかえて読むことが、その大きな原則となっている。それでその補足構造によっている文も、返り点によって、国語としての語順が示されている。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)
従って、
(01)~(07)により、
(08)
① 非〔以(刀)断(麻)〕=快刀を以て乱麻を断つに非ず。
② 我非〔常以(快刀)断(乱麻)者〕也=我は、常には、快刀を以て乱麻を断つ者に非ざるなり。
に於ける、
① 〔 ( ) ( ) 〕
② 〔 ( ) ( ) 〕
といふ「括弧」は、
① 非以刀断麻。
② 我非常以快刀断乱麻者也。
といふ「漢文」の、「補足構造」を、表してゐる。
然るに、
(09)
① 非以刀断麻=非二以レ刀断一レ麻=刀を以て麻を断つに非ず。
② 我非下常以二快刀一断二乱麻一者下也=我は常には快刀を以て乱麻を断つ者に非ざるなり。
従って、
(09)により、
(10)
① 非以刀断麻。
② 我非常以快刀断乱麻者也。
に対する「返り点」は、
① 二 レ 一レ
② 下 二 一 二 一 上
である。
然るに、
(11)
① 非以刀断麻=非二以レ刀断一レ麻=刀を以て麻を断つに非ず。
② 我非下常以二快刀一断二乱麻一者下也=我は常には快刀を以て乱麻を断つ者に非ざるなり。
に於ける、
① 二 レ 一レ
② 下 二 一 二 一 上
に於いて、
①と② は、「同じ」ではない。
然るに、
(12)
② 下 二 一 二 一 上
② 〔 ( ) ( ) 〕
であるため、
② 下 二 一 二 一 上
の場合は、
② 〔 ( ) ( ) 〕
の上に、重ねることが、出来る。
従って、
(12)により、
(13)
② 下 二 一 二 一 上
といふ「返り点」は、
② 〔 ( ) ( ) 〕
といふ「括弧」に、「等しい」。
従って、
(08)(11)(13)により、
(14)
① 非〔以(刀)断(麻)〕=刀を以て麻を断つに非ず。
② 我非〔常以(快刀)断(乱麻)者〕也=我は、常には、快刀を以て乱麻を断つ者に非ざるなり。
② 我非下常以二快刀一断二乱麻一者下也=我は常には快刀を以て乱麻を断つ者に非ざるなり。
に於ける、
① 〔 ( ) ( ) 〕
② 〔 ( ) ( ) 〕
② 下 二 一 二 一 上
といふ「括弧」と「返り点」は、
① 非以刀断麻。
② 我非常以快刀断乱麻者也。
といふ「漢文」の、「補足構造」を、表してゐる。ものの、
① 非以刀断麻=非二以レ刀断一レ麻=快刀を以て乱麻を断つに非ず。
に於ける、
① 二 レ 一レ
といふ「(レ点を含む)返り点」は、
① 非以刀断麻。
といふ「漢文」の、「補足構造」を、表してはゐない。
然るに、
(15)
① 非以刀断麻。
ではなく、
③ 非以刀断麻Φ。
であれば、
③ 非以刀断麻Φ=非二以レ刀断レ麻Φ一=快刀を以て乱麻を断つΦに非ず。
であって、
③ 非以刀断麻Φ=非二以レ刀断レ麻Φ一=快刀を以て乱麻を断つΦに非ず。
であれば、
③ 下 二 一 二 一 上
を用ゐて、
③ 非以刀断麻Φ=非下以二刀一断二麻一Φ下=快刀を以て乱麻を断つΦに非ず。
といふ風に、書くことが出来る。
然るに、
(16)
③ 非以刀断麻Φ=非下以二刀一断二麻一Φ下=快刀を以て乱麻を断つΦに非ず。
に於いて、
③ Φ は、「黙字(サイレント)」であって、「黙字(サイレント)」は「書かない」とするならば、
③ 非以刀断麻=非下以二刀一断二麻一下=刀を以て乱麻を断つに非ず。
である。
従って、
(14)(15)(16)により、
(17)
③ Φ は、「黙字(サイレント)」であって、「黙字(サイレント)」は「書かない」とするならば、
① 非以刀断麻=非二以レ刀断一レ麻=刀を以て麻を断つに非ず。
に於ける、
① 二 レ 一レ
といふ「(レ点を含む)返り点」は、
① 下 二 一 二 一 上
といふ「返り点」に、すなはち、
① 〔 ( ) ( ) 〕
といふ「括弧」に、「置き換へ」ることが、出来る。
平成30年01月02日、毛利太。
―「関連記事」―
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)。
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)。
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)。
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)。
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)。
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)。
2017年12月31日日曜日
「代々木ゼミ方式、多久の漢文公式110」のマチガイについて。
―「昨日と、一昨日の記事」を、書き直します。―
―「返り点」と「括弧」については、『「一二点・上下点」について(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)』他を、お読み下さい。―
(01)
P=賈島の才能を愛す。
Q=賈島の短命を惜しむ。
とするならば、
① 賈島の才能を愛して、賈島の短命を惜しむ。といふことはない。
② 賈島の才能を愛するならば、賈島の短命を惜しまない。
といふ「日本語」は、
① ~(P& Q)
② P→~Q
といふ風に、書くことが、出来る。
然るに、
(02)
1 (1)~(P&Q) A
2 (2) P A
3(3) Q A
23(4) P&Q 23&I
123(5)~(P&Q)&(P&Q)24&I
12 (6) ~Q 35RAA
1 (7) P→~Q 26CP
(03)
1 (1) P→~Q A
2 (2) P& Q A
2 (3) P 2&E
2 (4) Q 2&E
12 (5) ~Q 13MPP
12 (6) ~Q&Q 45&I
1 (7)~(P&Q) 26RAA
従って、
(02)(03)により、
(04)
① ~(P& Q)
② P→~Q
に於いて、
①=② である。
従って、
(01)(04)により、
(05)
① 賈島の才能を愛して、賈島の短命を惜しむ。といふことはない。
② 賈島の才能を愛するならば、賈島の短命を惜しまない。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(06)
① 賈島の才能を愛して、賈島の短命を惜しむ。といふことはない。
といふ「日本語」は、
① 其の=賈島
であるとして、
① 不愛其才而惜其命薄=
① 不〔愛(其才)而惜(其命薄)〕⇒
① 〔(其才)愛而(其命薄)惜〕不=
① 〔(其の才を)愛して(其の命の薄きを)惜しま〕ず。
といふ風に、書くことが、出来る。
然るに、
(07)
① 不愛其才而惜其命薄。
に対して、
③ 誰不愛其才而惜其命薄。
③ 誰不〔愛(其才)而惜(其命薄)〕⇒
③ 誰〔(其才)愛而(其命薄)惜〕不=
③ 誰か〔(其の才を)愛して(其の命の薄きを)惜しま〕ざらんや。
は、「反語」である。
然るに、
(08)
反語とは、表現されている内容と反対のことを意味する言い方で、多くは疑問形と同じ形であり、けっきょく、肯定している場合は否定に、否定している場合は肯定の内容になる。
(赤塚忠・遠藤哲夫、漢文の基礎、45頁、1973年)
従って、
(07)(08)により、
(09)
① 不愛其才而惜其命薄。
③ 誰不愛其才而惜其命薄。
に於いて、
③ は、① の「否定(反語)」である。
従って、
(01)(05)(09)により、
(10)
③ 誰不愛其才而惜其命薄。
といふ「漢文」は、
①=② であるところの、
① 賈島の才能を愛して、賈島の短命を惜しむ。といふことはない:~(P&Q)。
② 賈島の才能を愛するならば、賈島の短命を惜しまない:P→~Q。
に対する、「否定」である。
然るに、
(11)
② 賈島の才能を愛するならば、賈島の短命を惜しまない:P→~Q。
に対する、「否定」は、
④ 賈島の才能を愛するならば、賈島の短命を惜しまない。といふことはない:~(P→~Q)。
である。
従って、
(10)(11)により、
(12)
③ 誰不愛其才而惜其命薄。
といふ「漢文」は、
④ 賈島の才能を愛するならば、賈島の短命を惜しまない。といふことはない:~(P→~Q)。
といふ「意味」になる。
然るに、
(13)
④ 賈島の才能を愛するならば、賈島の短命を惜しまない。といふことはない。
といふことは、
④ 賈島の才能を愛する者であれば、誰もが、賈島の短命を惜しむ。
といふことに、他ならない。
然るに、
(14)
④ 賈島の才能を愛する者であれば、誰もが、賈島の短命を惜しむ。
といふ「命題」と、
⑤ 誰もが賈島の才能を愛し、 誰もが、賈島の短命を惜しむ。
といふ「命題」は、「同じ」ではない。
然るに、
(15)
④ 臨死之日、家無一銭、惟病驢古琴而已。当時誰不愛其才而惜其命薄=
④ 臨(死)之日、家無(一銭)、惟病驢古琴而已。当時誰不〔愛(其才)而惜(其命薄)〕⇒
④ (死)臨之日臨、家(一銭)無、惟病驢古琴而已。当時誰〔(其才)愛而(其命薄)惜〕不=
④ (死に)臨むの日、家に(一銭)無く、惟だ病驢古琴のみ。当時誰か〔(其の才を)愛して(其の命の薄きを)惜しま〕ざらんや=
④ 死に臨んだ日、家には一銭もなく、ただ、病気のロバがゐて、古い琴だけがあった。その当時、誰がその(詩人賈島の)才能を愛して、その(賈島の)命の短いことを惜しまないことがあろうか。
(cf.多久弘一、多久の漢文公式110、1988年、85頁)
然るに、
(15)
⑤ 誰もが賈島の才能を愛した。
とするならば、裕福なパトロンがゐても、「をかしく」はないため、
④ 死に臨んだ日、家には一銭もなく、ただ、病気のロバがゐて、古い琴だけがあった。
といふことは、「をかしい」。
加へて、
(16)
⑥ 賈島自題曰、二句三年得、一吟双涙流。知音如不賞、帰-臥故山秋=
⑥ 賈島自題曰、二句三年得、一吟双涙流。知音如不(賞)、帰-臥(故山秋)⇒
⑥ 賈島自題曰、二句三年得、一吟双涙流。知音如(賞)不、(故山秋)帰-臥=
⑥ 賈島自ら題して曰く、二句三年にして得、一吟双涙流る。知音如し(賞せ)ずんば、(故山の秋に)帰-臥せんと=
⑥ 賈島が自ら書いて言った、二句からなる詩を三年も掛けて作り上げ、その詩を吟ずると、涙が流れる。それでも、友人が、この詩を誉めないならば、秋の故郷に隠居してしまおう。
(cf.多久弘一、多久の漢文公式110、1988年、35頁)
従って、
(16)により、
(17)
⑤ 誰もが、賈島の才能を理解し愛した。
といふわけではない。
従って、
(12)~(17)により、
(18)
③ 誰不愛其才而惜其命薄。
といふ「漢文」は、
④ 賈島の才能を愛する者であれば、誰もが、賈島の短命を惜しむ(はずであるが、そのやうな者は、あまりにも、少なかった)。
といふ「意味」になる。
然るに、
(19)
⑤ 誰がその(詩人賈島の)才能を愛さず、賈島の命の短いことを惜しまないことがあろうか、その才能と短命を愛惜した。
(cf.多久弘一、多久の漢文公式110、1988年、85頁)
といふのであれば、
⑤ 誰がその(詩人賈島の)才能を愛さないことがあろうか、誰が賈島の命の短いことを惜しまないことがあろうか、誰もがその才能と短命を愛惜した。
といふ「意味」に、取れるはずである。
然るに、
(20)
④ 賈島の才能を愛する者であれば、誰もが、賈島の短命を惜しむ(はずであるが、そのやうな者は、あまりにも、少なかった)。
といふ「命題」と、
⑤ 誰がその(詩人賈島の)才能を愛さないことがあろうか、誰が賈島の命の短いことを惜しまないことがあろうか、誰もがその才能と短命を愛惜した。
といふ「命題」は、「同じ」ではない。
従って、
(14)(18)(19)(20)により、
(21)
⑤ 誰がその(詩人賈島の)才能を愛さず、賈島の命の短いことを惜しまないことがあろうか、その才能と短命を愛惜した。
といふ「解釈」は、マチガイである。
平成29年12月31日、毛利太。
―「返り点」と「括弧」については、『「一二点・上下点」について(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)』他を、お読み下さい。―
(01)
P=賈島の才能を愛す。
Q=賈島の短命を惜しむ。
とするならば、
① 賈島の才能を愛して、賈島の短命を惜しむ。といふことはない。
② 賈島の才能を愛するならば、賈島の短命を惜しまない。
といふ「日本語」は、
① ~(P& Q)
② P→~Q
といふ風に、書くことが、出来る。
然るに、
(02)
1 (1)~(P&Q) A
2 (2) P A
3(3) Q A
23(4) P&Q 23&I
123(5)~(P&Q)&(P&Q)24&I
12 (6) ~Q 35RAA
1 (7) P→~Q 26CP
(03)
1 (1) P→~Q A
2 (2) P& Q A
2 (3) P 2&E
2 (4) Q 2&E
12 (5) ~Q 13MPP
12 (6) ~Q&Q 45&I
1 (7)~(P&Q) 26RAA
従って、
(02)(03)により、
(04)
① ~(P& Q)
② P→~Q
に於いて、
①=② である。
従って、
(01)(04)により、
(05)
① 賈島の才能を愛して、賈島の短命を惜しむ。といふことはない。
② 賈島の才能を愛するならば、賈島の短命を惜しまない。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(06)
① 賈島の才能を愛して、賈島の短命を惜しむ。といふことはない。
といふ「日本語」は、
① 其の=賈島
であるとして、
① 不愛其才而惜其命薄=
① 不〔愛(其才)而惜(其命薄)〕⇒
① 〔(其才)愛而(其命薄)惜〕不=
① 〔(其の才を)愛して(其の命の薄きを)惜しま〕ず。
といふ風に、書くことが、出来る。
然るに、
(07)
① 不愛其才而惜其命薄。
に対して、
③ 誰不愛其才而惜其命薄。
③ 誰不〔愛(其才)而惜(其命薄)〕⇒
③ 誰〔(其才)愛而(其命薄)惜〕不=
③ 誰か〔(其の才を)愛して(其の命の薄きを)惜しま〕ざらんや。
は、「反語」である。
然るに、
(08)
反語とは、表現されている内容と反対のことを意味する言い方で、多くは疑問形と同じ形であり、けっきょく、肯定している場合は否定に、否定している場合は肯定の内容になる。
(赤塚忠・遠藤哲夫、漢文の基礎、45頁、1973年)
従って、
(07)(08)により、
(09)
① 不愛其才而惜其命薄。
③ 誰不愛其才而惜其命薄。
に於いて、
③ は、① の「否定(反語)」である。
従って、
(01)(05)(09)により、
(10)
③ 誰不愛其才而惜其命薄。
といふ「漢文」は、
①=② であるところの、
① 賈島の才能を愛して、賈島の短命を惜しむ。といふことはない:~(P&Q)。
② 賈島の才能を愛するならば、賈島の短命を惜しまない:P→~Q。
に対する、「否定」である。
然るに、
(11)
② 賈島の才能を愛するならば、賈島の短命を惜しまない:P→~Q。
に対する、「否定」は、
④ 賈島の才能を愛するならば、賈島の短命を惜しまない。といふことはない:~(P→~Q)。
である。
従って、
(10)(11)により、
(12)
③ 誰不愛其才而惜其命薄。
といふ「漢文」は、
④ 賈島の才能を愛するならば、賈島の短命を惜しまない。といふことはない:~(P→~Q)。
といふ「意味」になる。
然るに、
(13)
④ 賈島の才能を愛するならば、賈島の短命を惜しまない。といふことはない。
といふことは、
④ 賈島の才能を愛する者であれば、誰もが、賈島の短命を惜しむ。
といふことに、他ならない。
然るに、
(14)
④ 賈島の才能を愛する者であれば、誰もが、賈島の短命を惜しむ。
といふ「命題」と、
⑤ 誰もが賈島の才能を愛し、 誰もが、賈島の短命を惜しむ。
といふ「命題」は、「同じ」ではない。
然るに、
(15)
④ 臨死之日、家無一銭、惟病驢古琴而已。当時誰不愛其才而惜其命薄=
④ 臨(死)之日、家無(一銭)、惟病驢古琴而已。当時誰不〔愛(其才)而惜(其命薄)〕⇒
④ (死)臨之日臨、家(一銭)無、惟病驢古琴而已。当時誰〔(其才)愛而(其命薄)惜〕不=
④ (死に)臨むの日、家に(一銭)無く、惟だ病驢古琴のみ。当時誰か〔(其の才を)愛して(其の命の薄きを)惜しま〕ざらんや=
④ 死に臨んだ日、家には一銭もなく、ただ、病気のロバがゐて、古い琴だけがあった。その当時、誰がその(詩人賈島の)才能を愛して、その(賈島の)命の短いことを惜しまないことがあろうか。
(cf.多久弘一、多久の漢文公式110、1988年、85頁)
然るに、
(15)
⑤ 誰もが賈島の才能を愛した。
とするならば、裕福なパトロンがゐても、「をかしく」はないため、
④ 死に臨んだ日、家には一銭もなく、ただ、病気のロバがゐて、古い琴だけがあった。
といふことは、「をかしい」。
加へて、
(16)
⑥ 賈島自題曰、二句三年得、一吟双涙流。知音如不賞、帰-臥故山秋=
⑥ 賈島自題曰、二句三年得、一吟双涙流。知音如不(賞)、帰-臥(故山秋)⇒
⑥ 賈島自題曰、二句三年得、一吟双涙流。知音如(賞)不、(故山秋)帰-臥=
⑥ 賈島自ら題して曰く、二句三年にして得、一吟双涙流る。知音如し(賞せ)ずんば、(故山の秋に)帰-臥せんと=
⑥ 賈島が自ら書いて言った、二句からなる詩を三年も掛けて作り上げ、その詩を吟ずると、涙が流れる。それでも、友人が、この詩を誉めないならば、秋の故郷に隠居してしまおう。
(cf.多久弘一、多久の漢文公式110、1988年、35頁)
従って、
(16)により、
(17)
⑤ 誰もが、賈島の才能を理解し愛した。
といふわけではない。
従って、
(12)~(17)により、
(18)
③ 誰不愛其才而惜其命薄。
といふ「漢文」は、
④ 賈島の才能を愛する者であれば、誰もが、賈島の短命を惜しむ(はずであるが、そのやうな者は、あまりにも、少なかった)。
といふ「意味」になる。
然るに、
(19)
⑤ 誰がその(詩人賈島の)才能を愛さず、賈島の命の短いことを惜しまないことがあろうか、その才能と短命を愛惜した。
(cf.多久弘一、多久の漢文公式110、1988年、85頁)
といふのであれば、
⑤ 誰がその(詩人賈島の)才能を愛さないことがあろうか、誰が賈島の命の短いことを惜しまないことがあろうか、誰もがその才能と短命を愛惜した。
といふ「意味」に、取れるはずである。
然るに、
(20)
④ 賈島の才能を愛する者であれば、誰もが、賈島の短命を惜しむ(はずであるが、そのやうな者は、あまりにも、少なかった)。
といふ「命題」と、
⑤ 誰がその(詩人賈島の)才能を愛さないことがあろうか、誰が賈島の命の短いことを惜しまないことがあろうか、誰もがその才能と短命を愛惜した。
といふ「命題」は、「同じ」ではない。
従って、
(14)(18)(19)(20)により、
(21)
⑤ 誰がその(詩人賈島の)才能を愛さず、賈島の命の短いことを惜しまないことがあろうか、その才能と短命を愛惜した。
といふ「解釈」は、マチガイである。
平成29年12月31日、毛利太。
2017年12月28日木曜日
「其成居幸也」の「其」について。
―「返り点」と「括弧」については、『「一二点・上下点」について(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)』他を、お読み下さい。―
(01)
君が世。君が行く道。
君の道。君の行く道。
といふ「日本語」は、四つとも、「正しい」。
従って、
(01)により、
(02)
「の」と「が」は、本来的には、「同じ意味」である。
従って、
(01)(02)により、
(03)
① 鳥の(格助詞)啼く(連体形)を聞く。
② 鳥が(格助詞)啼いている(連体形)の(形式名詞)が聞こえる。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(04)
そ【其・夫】〔代名(指示・人称)〕
① それ。そこ。その人。そのこと。前にある人や事物をさす。[例]そが言ひけらく[その人が言ったことには]〈土佐日記〉
(大修館書店、古語林、1997年、766頁)。〔ポイント〕現代語では一語の連体詞とするが、古語では「そ(其)」が独立した代名詞として用いられるので、代名詞に格助詞「の」がついた連語として扱う(大修館書店、古語林、1997年、778頁)。
従って、
(01)~(04)により、
(05)
① 其=それ=鳥
② 其=それ=鳥
であるならば、
① 其の声を聞く =鳥の声が聞こえる。。
② 其の啼くを聞く=鳥が啼いているのが聞こえる。
である。
従って、
(05)により、
(06)
① 聞二其声一=其の声を聞く。
② 聞二其啼一=其の啼くを聞く。
に於いて、
① 其の=所有格(属格)。
② 其の=主語(主格)。
であって、
② に関しては、正確には、
② 其の=(主節の主語ではなく、名詞節の)主語。
である。
従って、
(06)により、
(07)
③ 其の
といふ「訓読」は、
③「所有格」であるか、
③「 主語 」であるかの、いづれかである。
従って、
(07)により、
(08)
③ 其の子を嫁す。
③ 其の居を成す。
に於ける、
③ 其の
といふ「訓読」は、
③「所有格」であるか、
③「 主語 」であるかの、いづれかである。
然るに、
(09)
③ 衛人嫁其子而教之曰、必私積聚。為人婦而出常也。其成居幸也⇒
③ 衛人嫁(其子)而教(之)曰、必私積聚。為(人婦)而出常也。其成(居)幸也⇒
③ 衛人(其子)嫁而(之)教曰、必私積聚。(人婦)為而出常也。其(居)成幸也=
③ 衛人(其の子を)嫁して(之に)教へて曰く、必ず私か積聚せよ。(人の婦と)為りて出さるる常なり。其の(居を)成さば幸いなり=
③ 衛の人がその娘を嫁にやる時に、娘に教ヘて言ふには、必ず、ひそかに、金品を貯へよ。人の妻となって離縁されることは、普通である。その家に居つくことが出来るとしたら、幸せである。
然るに、
(09)により、
(10)
③ 其の子を嫁す=衛人である、その人の子を、嫁す。
に於ける、
③ 其の子 の、
③ 其の は、明らかに、「所有格」である。
従って、
(09)(10)により、
(11)
③ 衛人 が、父親 であるならば、
③ 其の子=His child.
であって、
③ 衛人 が、母親 であるならば、
③ 其の子=Her child.
である。
然るに、
(09)により、
(12)
③ 嫁其子=動詞+目的語。
であるのに対して、
③ 其成居。
の場合は、
③ 成其居=動詞+目的語。
といふ「語順」には、なってゐない。
すなはち、
(13)
③ 其成居。
の場合は、
③ 成其居=動詞+目的語。
といふ「語順」ではなく、
③ 其成居=主語+動詞+目的語。
といふ「語順」である。
従って、
(13)により、
(14)
③ 其の居を成す=其の人の(Her)居を成す。
ではなく、
③ 其の居を成す=其の人(She)が居を成す。
である。
従って、
(02)(09)(14)により、
(14)
③ 其成居幸也=
③ 其の居を成すは幸いなり=
③ 其の人(She)が居を成すことは、幸いなことである。
といふ、「意味」になる。
従って、
(11)(14)により、
(15)
漢文に於ける、「其」には、「she/her」や、「He/His」といふ、「意味」があることになる。
然るに、
(16)
④ 鳥吾知其能飛=
④ 鳥吾知(其能飛)⇒
④ 鳥吾(其能飛)知=
④ 鳥、吾(其の能く飛ぶを)知る=
④ Birds, I know that they can fly.
従って、
(15)(16)により、
(17)
「其」には、少なくとも、「she/her.He/His.They/Their」といふ、「意味」があることになる。
然るに、
(18)
中国語は知らないものの、気になったので、「辞書」で調べたところ、
其 qi[1](所属を表し、”他的、她的、它的”に同じ)その.彼(ら)の.彼女(ら)の.それ(ら)の.2 彼(ら).彼女(ら).それ(ら).(小学館、中日辞典、1992年、1096頁)
との、ことである。
従って、
(17)(18)により、
(19)
漢文の「其」だけでなく、中国語の「其」にも、「she/her.He/His.They/Their」といふ、「意味」があると、思はれる。
平成29年12月28日、毛利太。
(01)
君が世。君が行く道。
君の道。君の行く道。
といふ「日本語」は、四つとも、「正しい」。
従って、
(01)により、
(02)
「の」と「が」は、本来的には、「同じ意味」である。
従って、
(01)(02)により、
(03)
① 鳥の(格助詞)啼く(連体形)を聞く。
② 鳥が(格助詞)啼いている(連体形)の(形式名詞)が聞こえる。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(04)
そ【其・夫】〔代名(指示・人称)〕
① それ。そこ。その人。そのこと。前にある人や事物をさす。[例]そが言ひけらく[その人が言ったことには]〈土佐日記〉
(大修館書店、古語林、1997年、766頁)。〔ポイント〕現代語では一語の連体詞とするが、古語では「そ(其)」が独立した代名詞として用いられるので、代名詞に格助詞「の」がついた連語として扱う(大修館書店、古語林、1997年、778頁)。
従って、
(01)~(04)により、
(05)
① 其=それ=鳥
② 其=それ=鳥
であるならば、
① 其の声を聞く =鳥の声が聞こえる。。
② 其の啼くを聞く=鳥が啼いているのが聞こえる。
である。
従って、
(05)により、
(06)
① 聞二其声一=其の声を聞く。
② 聞二其啼一=其の啼くを聞く。
に於いて、
① 其の=所有格(属格)。
② 其の=主語(主格)。
であって、
② に関しては、正確には、
② 其の=(主節の主語ではなく、名詞節の)主語。
である。
従って、
(06)により、
(07)
③ 其の
といふ「訓読」は、
③「所有格」であるか、
③「 主語 」であるかの、いづれかである。
従って、
(07)により、
(08)
③ 其の子を嫁す。
③ 其の居を成す。
に於ける、
③ 其の
といふ「訓読」は、
③「所有格」であるか、
③「 主語 」であるかの、いづれかである。
然るに、
(09)
③ 衛人嫁其子而教之曰、必私積聚。為人婦而出常也。其成居幸也⇒
③ 衛人嫁(其子)而教(之)曰、必私積聚。為(人婦)而出常也。其成(居)幸也⇒
③ 衛人(其子)嫁而(之)教曰、必私積聚。(人婦)為而出常也。其(居)成幸也=
③ 衛人(其の子を)嫁して(之に)教へて曰く、必ず私か積聚せよ。(人の婦と)為りて出さるる常なり。其の(居を)成さば幸いなり=
③ 衛の人がその娘を嫁にやる時に、娘に教ヘて言ふには、必ず、ひそかに、金品を貯へよ。人の妻となって離縁されることは、普通である。その家に居つくことが出来るとしたら、幸せである。
然るに、
(09)により、
(10)
③ 其の子を嫁す=衛人である、その人の子を、嫁す。
に於ける、
③ 其の子 の、
③ 其の は、明らかに、「所有格」である。
従って、
(09)(10)により、
(11)
③ 衛人 が、父親 であるならば、
③ 其の子=His child.
であって、
③ 衛人 が、母親 であるならば、
③ 其の子=Her child.
である。
然るに、
(09)により、
(12)
③ 嫁其子=動詞+目的語。
であるのに対して、
③ 其成居。
の場合は、
③ 成其居=動詞+目的語。
といふ「語順」には、なってゐない。
すなはち、
(13)
③ 其成居。
の場合は、
③ 成其居=動詞+目的語。
といふ「語順」ではなく、
③ 其成居=主語+動詞+目的語。
といふ「語順」である。
従って、
(13)により、
(14)
③ 其の居を成す=其の人の(Her)居を成す。
ではなく、
③ 其の居を成す=其の人(She)が居を成す。
である。
従って、
(02)(09)(14)により、
(14)
③ 其成居幸也=
③ 其の居を成すは幸いなり=
③ 其の人(She)が居を成すことは、幸いなことである。
といふ、「意味」になる。
従って、
(11)(14)により、
(15)
漢文に於ける、「其」には、「she/her」や、「He/His」といふ、「意味」があることになる。
然るに、
(16)
④ 鳥吾知其能飛=
④ 鳥吾知(其能飛)⇒
④ 鳥吾(其能飛)知=
④ 鳥、吾(其の能く飛ぶを)知る=
④ Birds, I know that they can fly.
従って、
(15)(16)により、
(17)
「其」には、少なくとも、「she/her.He/His.They/Their」といふ、「意味」があることになる。
然るに、
(18)
中国語は知らないものの、気になったので、「辞書」で調べたところ、
其 qi[1](所属を表し、”他的、她的、它的”に同じ)その.彼(ら)の.彼女(ら)の.それ(ら)の.2 彼(ら).彼女(ら).それ(ら).(小学館、中日辞典、1992年、1096頁)
との、ことである。
従って、
(17)(18)により、
(19)
漢文の「其」だけでなく、中国語の「其」にも、「she/her.He/His.They/Their」といふ、「意味」があると、思はれる。
平成29年12月28日、毛利太。
2017年12月26日火曜日
「一二点・上下点」について。
― 「12月24日」の記事(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)の補足を、書きます。―
(01)
(Ⅰ)一 < 二 < 三
(Ⅱ)上 < 中 < 下
であって、尚且つ、(Ⅰ)<(Ⅱ)
であるとする。
(02)
① 下 三 二 一 中 三 二 一 上
に於いて、左にある、
(三 二 一)の方が、右にある、
(三 二 一)よりも「小さい」。とする。
然るに、
(03)
① 下 三 二 一 中 三 二 一 上
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7
に於いて、
①=② であるならば、
① 下 三 二 一 中 三 二 一 上
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7
といふ「それ」は、
(01)を満たしてゐて、
(02)も満たしてゐる。
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
(01)といふ「条件」に加へて、
(02)といふ「条件」を与へることは、
① 下 三 二 一 中 三 二 一 上
に対して、
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7
といふ「順番」を与へることに、他ならない。
従って、
(04)により、
(05)
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7。
といふ「数字」を、
② 1 2 3 4 5 6 7 8 9。
といふ「順番」で読みたいのであれば、
② 9下 3三 2二 1一 8中 6三 5二 4一 7上 。
といふ風に、
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7。
といふ「数字」に対して、
② 下 三 二 一 中 三 二 一 上
といふ「返り点」を加へれば、良いことになる。
(06)
③ 下 囗 三 囗 二 囗 一 中 囗 三 囗 二 囗 一 上。
に於いて、
③ 囗 囗 囗 囗 囗 囗
だけが、「返り点」が付かない「任意の文字」であるとし、
③ 1~F は、「16進数」であるとする。
従って、
(06)により、
(07)
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
といふ「数字」を、
③ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F。
といふ「順番」で読みたいのであれば、
③ F下 1 6三 2 5二 3 4一 E中 7 C三 8 B二 9 A一 D上。
といふ風に、
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
といふ「数字」に対して、
③ 下 三 二 一 中 三 二 一 上
といふ「返り点」を加へれば、良いことになる。
然るに、
(08)
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7=
② 9{3〔2(1)〕8[6〔5(4)〕7]}。
に於いて、
② 9{ }⇒{ }9
② 3〔 〕⇒〔 〕3
② 2( )⇒( )2
② 8[ ]⇒[ ]8
② 6〔 〕⇒〔 〕6
② 5( )⇒( )5
といふ「移動」を行ふと、
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7=
② 9{3〔2(1)〕8[6〔5(4)〕7]}⇒
② {〔(1)2〕3[〔(4)5〕67]8}9=
② 1 2 3 4 5 6 7 8 9。
といふ「並び換へ(ソート)」が成立する。
(09)
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D=
③ F{16〔25(34)〕E[7C〔8B(9A)〕D]}。
に於いて、
③ F{ }⇒{ }F
③ 6〔 〕⇒〔 〕6
③ 5( )⇒( )5
③ E[ ]⇒[ ]E
③ C〔 〕⇒〔 〕C
③ B( )⇒( )B
といふ「移動」を行ふと、
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D=
③ F{16〔25(34)〕E[7C〔8B(9A)〕D]}⇒
③ {1〔2(34)5〕6[7〔8(9A)B〕CD]E}F=
③ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F。
といふ「並び換へ(ソート)」が成立する。
従って、
(05)~(09)により、
(10)
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7。
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
といふ「文字」を、
② 1 2 3 4 5 6 7 8 9。
③ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F。
といふ「順番」で読みたいのであれば、
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7。
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
といふ「文字」に対して、
② 下 三 二 一 中 三 二 一 上
③ { 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] }
といふ「返り点・括弧」を加へれば、良いことになる。
然るに、
(11)
例へば、
④ 2<3>1
が、さうであるやうに、
④ M<N>M-1
であるならば、その時に限って、
④ M-1<M<N
である。
然るに、
(12)
④ M(N{M-1)}。
に於いて、
④ M( )⇒( )M
④ N{ }⇒{ }N
といふ「移動」を行ふと、
④ M(N{M-1)}⇒
④ ({M-1)M}N=
④ M-1<M<N。
である。
然るに、
(13)
④ M(N{M-1)}。
に於いて、
④ ({ )}
といふ「それ」は、
④ {( )}
ではない。が故に、「括弧」ではない。
従って、
(11)(12)(13)により、
(14)
例へば、
④ 2<3>1
⑤ E<F>D
が、さうであるやうな、
④ M<N>M-1
といふ「順番」に対して、「括弧」を加へることは出来ない。
従って、
(10)(14)により、
(15)
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7。
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
といふ「順番」とは、異なり、
④ 9 2 3 1 8 6 5 4 7。
⑤ E 1 6 2 5 3 4 F 7 C 8 B 9 A D。
といふ「順番」に対して、「括弧」を用ゐて、
④ 1 2 3 4 5 6 7 8 9。
⑤ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F。
といふ「順番」に、「並び替へ(ソートす)る」ことは、出来ない。
然るに、
(05)(06)(07)により、
(16)
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7。
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
に対して、
② 下 三 二 一 中 三 二 一 上
③ 下 囗 三 囗 二 囗 一 中 囗 三 囗 二 囗 一 上
であるため、
④ 9 2 3 1 8 6 5 4 7。
⑤ E 1 6 2 5 3 4 F 7 C 8 B 9 A D。
に対する「返り点」は、
④ 下 二 三 一 中 三 二 一 上
⑤ 中 三 二 一 下 三 二 一 上
である。
然るに、
(17)
④ 二 < 三 > 一
⑤ 中 < 下 > 上
であるならば、
④ 二 → 三
⑤ 中 → 下
のやうに、「左から右へ、戻る」ことになる。
然るに、
(18)
「返り点」とは、「縦書き」であれば、飽く迄も、「下から上へ、返る点」であるため、
「返り点」とは、「横書き」であれば、飽く迄も、「右から左へ、返る点」である。
従って、
(18)により、
(19)
「縦書き」であれば、「上から下へ、戻る点」は、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
「横書き」であれば、「左から右へ、戻る点」は、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
従って、
(16)~(19)により、
(20)
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7。
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
といふ「順番」とは、異なり、
④ 9 2 3 1 8 6 5 4 7。
⑤ E 1 6 2 5 3 4 F 7 C 8 B 9 A D。
といふ「順番」に対して、「返り点」を用ゐて、
④ 1 2 3 4 5 6 7 8 9。
⑤ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F。
といふ「順番」に、「並び替へ(ソートす)る」ことは、出来ない。
従って、
(14)(15)(20)により、
(21)
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7。
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
といふ「順番」とは、異なり、
④ 2<3>1
⑤ E<F>D
といふ「順番」を含むところの、
④ 9 2 3 1 8 6 5 4 7。
⑤ E 1 6 2 5 3 4 F 7 C 8 B 9 A D。
といふ「順番」に対して、
④ 下 三 二 一 中 三 二 一 上
⑤ { 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] }
といふ「返り点・括弧」を用ひて
④ 1 2 3 4 5 6 7 8 9。
⑤ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F。
といふ「順番」に、「並び替へ(ソートす)る」ことは、出来ない。
然るに、
(22)
「アルファベット」は、「26文字」なので、「A=10」とすると、「Z=35」である。
然るに、
(23)
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
の「文字数」は、「15個」である。
従って、
(22)(23)により、
(24)
③ 1~F= 1~15
⑥ G~U=16~30
従って、
(25)
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
⑥ U G L H K I J T M R N Q O P S。
に於いて、
③ の「括弧・返り点」と、
⑥ の「括弧・返り点」は、「等しい」。
従って、
(25)により、
(26)
③+⑥=F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D U G L H K I J T M R N Q O P S。
に対する、「括弧・返り点」は
⑥=下{三〔二(一)中[三〔二(一)〕上]}下{三〔二(一)中[三〔二(一)〕上]}
である。
従って、
(27)
⑥=下{三〔二(一)中[三〔二(一)〕上]}下{三〔二(一)中[三〔二(一)〕上]}
に対して、
⑥ 丙 乙 甲
を加へるならば、「括弧・返り点」は、
⑥ 丙《下{三〔二(一)中[三〔二(一)〕上]}乙〈下{三〔二(一)中[三〔二(一)〕上]}甲〉》
である。
然るに、
(28)
⑥ 丙 下 三 二 一 中 三 二 一 上 乙 下 三 二 一 中 三 二 一 上 甲=
⑥ 丙《下{三〔二(一)中[三〔二(一)〕上]}乙〈下{三〔二(一)中[三〔二(一)〕上]}甲〉》。
に於いて、
⑥ 丙《 》⇒《 》丙
⑥ 下{ }⇒{ }下
⑥ 三〔 〕⇒〔 〕三
⑥ 二( )⇒( )二
⑥ 中[ ]⇒[ ]中
⑥ 三〔 〕⇒〔 〕三
⑥ 二( )⇒( )二
⑥ 乙〈 〉⇒〈 〉乙
⑥ 下{ }⇒{ }下
⑥ 三〔 〕⇒〔 〕三
⑥ 二( )⇒( )二
⑥ 中[ ]⇒[ ]中
⑥ 三〔 〕⇒〔 〕三
⑥ 二( )⇒( )二
といふ「移動」を行ふと、
⑥ 丙 下 三 二 一 中 三 二 一 上 乙 下 三 二 一 中 三 二 一 上 甲=
⑥ 丙《下{三〔二(一)〕中[三〔二(一)〕上]}乙〈下{三〔二(一)〕中[三〔二(一)〕上]}甲〉》⇒
⑥ 《{〔(一)二〕三[〔(一)二〕三上]中下}〈{〔(一)二〕三[〔(一)二〕三中上]}下甲〉乙》丙=
⑥ 一 二 三 一 二 三 上 中 下 一 二 三 一 二 三 上 中 下 甲 乙 丙。
といふ「並び換へ(ソート)」が成立する。
然るに、
(29)
⑥ X F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D W U G L H K I J T M R N Q O P S V=
⑥ X《F{16〔25(34)〕E[7C〔8B(9A)〕D]}W〈U{GL〔HK(IJ)〕T[MR〔NQ(OP)〕S]}〉V》。
に於いて、
⑥ X《 》⇒《 》X
⑥ F{ }⇒{ }F
⑥ 6〔 〕⇒〔 〕6
⑥ 5( )⇒( )5
⑥ E[ ]⇒[ ]E
⑥ C〔 〕⇒〔 〕C
⑥ B( )⇒( )B
⑥ W〈 〉⇒〈 〉W
⑥ U{ }⇒{ }U
⑥ L〔 〕⇒〔 〕L
⑥ K( )⇒( )K
⑥ T[ ]⇒[ ]T
⑥ R〔 〕⇒〔 〕R
⑥ Q( )⇒( )Q
といふ「移動」を行ふと、
⑥ X F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D W U G L H K I J T M R N Q O P S V=
⑥ X《F{16〔25(34)〕E[7C〔8B(9A)〕D]}W〈U{GL〔HK(IJ)〕T[MR〔NQ(OP)〕S]}V〉》⇒
⑥ 《{1〔2(34)5〕6[7〔8(9A)B〕CD]E}F〈{G〔H(IJ)K〕L[M〔N(OP)Q〕RS]T}UV〉W》X=
⑥ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F G H I J K L M N O P Q R S T U V W X。
といふ「並び換へ(ソート)」が成立する。
従って、
(10)(27)(28)(29)により、
(30)
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7。
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
⑥ X F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D W U G L H K I J T M R N Q O P S V。
といふ「文字」を、
② 1 2 3 4 5 6 7 8 9。
③ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F。
⑥ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F G H I J K L M N O P Q R S T U V W X。
といふ「順番」で、読む場合は、
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7。
③ 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
⑥ X F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D W U G L H K I J T M R N Q O P S V。
といふ「文字」に対して、
② 下 三 二 一 中 三 二 一 上
③ { 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] }
⑥ 丙 下 三 二 一 中 三 二 一 上 乙 下 三 二 一 中 三 二 一 上 甲
⑥ 《{ 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] }〈{ 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] } 〉》
といふ「返り点・括弧」を、加へる、ことになる。
平成29年12月26日、毛利太。
―「関連記事」―
(δ)「下中上点」等が必要な「理由」:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)。
(01)
(Ⅰ)一 < 二 < 三
(Ⅱ)上 < 中 < 下
であって、尚且つ、(Ⅰ)<(Ⅱ)
であるとする。
(02)
① 下 三 二 一 中 三 二 一 上
に於いて、左にある、
(三 二 一)の方が、右にある、
(三 二 一)よりも「小さい」。とする。
然るに、
(03)
① 下 三 二 一 中 三 二 一 上
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7
に於いて、
①=② であるならば、
① 下 三 二 一 中 三 二 一 上
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7
といふ「それ」は、
(01)を満たしてゐて、
(02)も満たしてゐる。
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
(01)といふ「条件」に加へて、
(02)といふ「条件」を与へることは、
① 下 三 二 一 中 三 二 一 上
に対して、
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7
といふ「順番」を与へることに、他ならない。
従って、
(04)により、
(05)
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7。
といふ「数字」を、
② 1 2 3 4 5 6 7 8 9。
といふ「順番」で読みたいのであれば、
② 9下 3三 2二 1一 8中 6三 5二 4一 7上 。
といふ風に、
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7。
といふ「数字」に対して、
② 下 三 二 一 中 三 二 一 上
といふ「返り点」を加へれば、良いことになる。
(06)
③ 下 囗 三 囗 二 囗 一 中 囗 三 囗 二 囗 一 上。
に於いて、
③ 囗 囗 囗 囗 囗 囗
だけが、「返り点」が付かない「任意の文字」であるとし、
③ 1~F は、「16進数」であるとする。
従って、
(06)により、
(07)
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
といふ「数字」を、
③ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F。
といふ「順番」で読みたいのであれば、
③ F下 1 6三 2 5二 3 4一 E中 7 C三 8 B二 9 A一 D上。
といふ風に、
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
といふ「数字」に対して、
③ 下 三 二 一 中 三 二 一 上
といふ「返り点」を加へれば、良いことになる。
然るに、
(08)
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7=
② 9{3〔2(1)〕8[6〔5(4)〕7]}。
に於いて、
② 9{ }⇒{ }9
② 3〔 〕⇒〔 〕3
② 2( )⇒( )2
② 8[ ]⇒[ ]8
② 6〔 〕⇒〔 〕6
② 5( )⇒( )5
といふ「移動」を行ふと、
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7=
② 9{3〔2(1)〕8[6〔5(4)〕7]}⇒
② {〔(1)2〕3[〔(4)5〕67]8}9=
② 1 2 3 4 5 6 7 8 9。
といふ「並び換へ(ソート)」が成立する。
(09)
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D=
③ F{16〔25(34)〕E[7C〔8B(9A)〕D]}。
に於いて、
③ F{ }⇒{ }F
③ 6〔 〕⇒〔 〕6
③ 5( )⇒( )5
③ E[ ]⇒[ ]E
③ C〔 〕⇒〔 〕C
③ B( )⇒( )B
といふ「移動」を行ふと、
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D=
③ F{16〔25(34)〕E[7C〔8B(9A)〕D]}⇒
③ {1〔2(34)5〕6[7〔8(9A)B〕CD]E}F=
③ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F。
といふ「並び換へ(ソート)」が成立する。
従って、
(05)~(09)により、
(10)
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7。
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
といふ「文字」を、
② 1 2 3 4 5 6 7 8 9。
③ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F。
といふ「順番」で読みたいのであれば、
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7。
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
といふ「文字」に対して、
② 下 三 二 一 中 三 二 一 上
③ { 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] }
といふ「返り点・括弧」を加へれば、良いことになる。
然るに、
(11)
例へば、
④ 2<3>1
が、さうであるやうに、
④ M<N>M-1
であるならば、その時に限って、
④ M-1<M<N
である。
然るに、
(12)
④ M(N{M-1)}。
に於いて、
④ M( )⇒( )M
④ N{ }⇒{ }N
といふ「移動」を行ふと、
④ M(N{M-1)}⇒
④ ({M-1)M}N=
④ M-1<M<N。
である。
然るに、
(13)
④ M(N{M-1)}。
に於いて、
④ ({ )}
といふ「それ」は、
④ {( )}
ではない。が故に、「括弧」ではない。
従って、
(11)(12)(13)により、
(14)
例へば、
④ 2<3>1
⑤ E<F>D
が、さうであるやうな、
④ M<N>M-1
といふ「順番」に対して、「括弧」を加へることは出来ない。
従って、
(10)(14)により、
(15)
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7。
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
といふ「順番」とは、異なり、
④ 9 2 3 1 8 6 5 4 7。
⑤ E 1 6 2 5 3 4 F 7 C 8 B 9 A D。
といふ「順番」に対して、「括弧」を用ゐて、
④ 1 2 3 4 5 6 7 8 9。
⑤ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F。
といふ「順番」に、「並び替へ(ソートす)る」ことは、出来ない。
然るに、
(05)(06)(07)により、
(16)
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7。
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
に対して、
② 下 三 二 一 中 三 二 一 上
③ 下 囗 三 囗 二 囗 一 中 囗 三 囗 二 囗 一 上
であるため、
④ 9 2 3 1 8 6 5 4 7。
⑤ E 1 6 2 5 3 4 F 7 C 8 B 9 A D。
に対する「返り点」は、
④ 下 二 三 一 中 三 二 一 上
⑤ 中 三 二 一 下 三 二 一 上
である。
然るに、
(17)
④ 二 < 三 > 一
⑤ 中 < 下 > 上
であるならば、
④ 二 → 三
⑤ 中 → 下
のやうに、「左から右へ、戻る」ことになる。
然るに、
(18)
「返り点」とは、「縦書き」であれば、飽く迄も、「下から上へ、返る点」であるため、
「返り点」とは、「横書き」であれば、飽く迄も、「右から左へ、返る点」である。
従って、
(18)により、
(19)
「縦書き」であれば、「上から下へ、戻る点」は、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
「横書き」であれば、「左から右へ、戻る点」は、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
従って、
(16)~(19)により、
(20)
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7。
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
といふ「順番」とは、異なり、
④ 9 2 3 1 8 6 5 4 7。
⑤ E 1 6 2 5 3 4 F 7 C 8 B 9 A D。
といふ「順番」に対して、「返り点」を用ゐて、
④ 1 2 3 4 5 6 7 8 9。
⑤ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F。
といふ「順番」に、「並び替へ(ソートす)る」ことは、出来ない。
従って、
(14)(15)(20)により、
(21)
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7。
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
といふ「順番」とは、異なり、
④ 2<3>1
⑤ E<F>D
といふ「順番」を含むところの、
④ 9 2 3 1 8 6 5 4 7。
⑤ E 1 6 2 5 3 4 F 7 C 8 B 9 A D。
といふ「順番」に対して、
④ 下 三 二 一 中 三 二 一 上
⑤ { 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] }
といふ「返り点・括弧」を用ひて
④ 1 2 3 4 5 6 7 8 9。
⑤ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F。
といふ「順番」に、「並び替へ(ソートす)る」ことは、出来ない。
然るに、
(22)
「アルファベット」は、「26文字」なので、「A=10」とすると、「Z=35」である。
然るに、
(23)
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
の「文字数」は、「15個」である。
従って、
(22)(23)により、
(24)
③ 1~F= 1~15
⑥ G~U=16~30
従って、
(25)
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
⑥ U G L H K I J T M R N Q O P S。
に於いて、
③ の「括弧・返り点」と、
⑥ の「括弧・返り点」は、「等しい」。
従って、
(25)により、
(26)
③+⑥=F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D U G L H K I J T M R N Q O P S。
に対する、「括弧・返り点」は
⑥=下{三〔二(一)中[三〔二(一)〕上]}下{三〔二(一)中[三〔二(一)〕上]}
である。
従って、
(27)
⑥=下{三〔二(一)中[三〔二(一)〕上]}下{三〔二(一)中[三〔二(一)〕上]}
に対して、
⑥ 丙 乙 甲
を加へるならば、「括弧・返り点」は、
⑥ 丙《下{三〔二(一)中[三〔二(一)〕上]}乙〈下{三〔二(一)中[三〔二(一)〕上]}甲〉》
である。
然るに、
(28)
⑥ 丙 下 三 二 一 中 三 二 一 上 乙 下 三 二 一 中 三 二 一 上 甲=
⑥ 丙《下{三〔二(一)中[三〔二(一)〕上]}乙〈下{三〔二(一)中[三〔二(一)〕上]}甲〉》。
に於いて、
⑥ 丙《 》⇒《 》丙
⑥ 下{ }⇒{ }下
⑥ 三〔 〕⇒〔 〕三
⑥ 二( )⇒( )二
⑥ 中[ ]⇒[ ]中
⑥ 三〔 〕⇒〔 〕三
⑥ 二( )⇒( )二
⑥ 乙〈 〉⇒〈 〉乙
⑥ 下{ }⇒{ }下
⑥ 三〔 〕⇒〔 〕三
⑥ 二( )⇒( )二
⑥ 中[ ]⇒[ ]中
⑥ 三〔 〕⇒〔 〕三
⑥ 二( )⇒( )二
といふ「移動」を行ふと、
⑥ 丙 下 三 二 一 中 三 二 一 上 乙 下 三 二 一 中 三 二 一 上 甲=
⑥ 丙《下{三〔二(一)〕中[三〔二(一)〕上]}乙〈下{三〔二(一)〕中[三〔二(一)〕上]}甲〉》⇒
⑥ 《{〔(一)二〕三[〔(一)二〕三上]中下}〈{〔(一)二〕三[〔(一)二〕三中上]}下甲〉乙》丙=
⑥ 一 二 三 一 二 三 上 中 下 一 二 三 一 二 三 上 中 下 甲 乙 丙。
といふ「並び換へ(ソート)」が成立する。
然るに、
(29)
⑥ X F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D W U G L H K I J T M R N Q O P S V=
⑥ X《F{16〔25(34)〕E[7C〔8B(9A)〕D]}W〈U{GL〔HK(IJ)〕T[MR〔NQ(OP)〕S]}〉V》。
に於いて、
⑥ X《 》⇒《 》X
⑥ F{ }⇒{ }F
⑥ 6〔 〕⇒〔 〕6
⑥ 5( )⇒( )5
⑥ E[ ]⇒[ ]E
⑥ C〔 〕⇒〔 〕C
⑥ B( )⇒( )B
⑥ W〈 〉⇒〈 〉W
⑥ U{ }⇒{ }U
⑥ L〔 〕⇒〔 〕L
⑥ K( )⇒( )K
⑥ T[ ]⇒[ ]T
⑥ R〔 〕⇒〔 〕R
⑥ Q( )⇒( )Q
といふ「移動」を行ふと、
⑥ X F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D W U G L H K I J T M R N Q O P S V=
⑥ X《F{16〔25(34)〕E[7C〔8B(9A)〕D]}W〈U{GL〔HK(IJ)〕T[MR〔NQ(OP)〕S]}V〉》⇒
⑥ 《{1〔2(34)5〕6[7〔8(9A)B〕CD]E}F〈{G〔H(IJ)K〕L[M〔N(OP)Q〕RS]T}UV〉W》X=
⑥ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F G H I J K L M N O P Q R S T U V W X。
といふ「並び換へ(ソート)」が成立する。
従って、
(10)(27)(28)(29)により、
(30)
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7。
③ F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
⑥ X F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D W U G L H K I J T M R N Q O P S V。
といふ「文字」を、
② 1 2 3 4 5 6 7 8 9。
③ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F。
⑥ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F G H I J K L M N O P Q R S T U V W X。
といふ「順番」で、読む場合は、
② 9 3 2 1 8 6 5 4 7。
③ 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D。
⑥ X F 1 6 2 5 3 4 E 7 C 8 B 9 A D W U G L H K I J T M R N Q O P S V。
といふ「文字」に対して、
② 下 三 二 一 中 三 二 一 上
③ { 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] }
⑥ 丙 下 三 二 一 中 三 二 一 上 乙 下 三 二 一 中 三 二 一 上 甲
⑥ 《{ 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] }〈{ 〔 ( ) 〕[ 〔 ( ) 〕 ] } 〉》
といふ「返り点・括弧」を、加へる、ことになる。
平成29年12月26日、毛利太。
―「関連記事」―
(δ)「下中上点」等が必要な「理由」:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)。
2017年12月24日日曜日
「返り点・モドキ」と「Wh疑問文」。
― 一昨日昨日(12月22日)の記事(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)の補足を、書きます。―
(01)
「レ点」が無くて、「一二点、上下点、甲乙点、天地点」だけが有っても、「返り点」は成立するため、「一レ、上レ、甲レ、天レ」を含め、「レ点」は、無いものとする。
(02)
「縦書き」であれば、「上から下へ読む」ことを、「順読」とし、
「横書き」であれば、「左から右へ読む」ことを、「順読」とする。
(03)
「順読」でないことを、「返読」とし、
「返読」でないことを、「順読」とする。
(04)
{1、2、3、4、5}を、「返り点」が付いてゐる 「任意の漢字」とし、
{A、B、C、D、E}を、「返り点」が付いてゐない「任意の漢字」とし、
{Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ}を、「左から数へてN番目」の「任意の漢字」とする。
従って、
(02)~(04)により、
(05)
① ABC。
であれば、
① A=Ⅰ
① B=Ⅱ
① C=Ⅲ
であって、例へば、
① ABC=東京都。
がさうであるやうに、
① Ⅰ→Ⅱ→Ⅲ。
の「順」で、「順読」される。
従って、
(01)~(05)により、
(06)
② 21。
であれば、
② 2=Ⅰ
② 1=Ⅱ
であって、例へば、
② 21=読二書一=書を読む。
がさうであるやうに、
② Ⅱ→Ⅰ
の「順」で、「返読」される。
従って、
(01)~(06)により、
(07)
③ 21A。
であれば、
③ 2=Ⅰ
③ 1=Ⅱ
③ A=Ⅲ
であって、例へば、
③ 21A=読二書一者=書を読む者。
がさうであるやうに、
③ Ⅱ→Ⅰ→Ⅲ
の「順」で、「返読」される。
従って、
(01)~(07)により、
(08)
④ 4213。
であれば、
④ 4=Ⅰ
④ 2=Ⅱ
④ 1=Ⅲ
④ 3=Ⅳ
であって、例へば、
④ 4213=有四読二書一者三=書を読む者有り。
がさうであるやうに、
④ Ⅲ→Ⅱ→Ⅳ→Ⅰ
の「順」で「返読」される。
然るに、
(07)(08)により、
(09)
③ 2=Ⅰ=読を
③ 1=Ⅱ=書を
③ A=Ⅲ=者
であって、
④ 4=Ⅰ=有り
④ 2=Ⅱ=読む
④ 1=Ⅲ=書を
④ 3=Ⅳ=者
である。
従って、
(09)により、
(10)
③ A=Ⅲ=者
④ 3=Ⅳ=者
である。
然るに、
(04)(09)(10)により、
(11)
③ A=Ⅲ=者
④ 3=Ⅳ=者
である。といふことは、
④ 4=Ⅰ=有り
④ 2=Ⅱ=読む
④ 1=Ⅲ=書を
④ 3=Ⅳ=者
に於ける、
④ 3
といふ「数字」は、
④ 4
に「返る」ためにだけ「必要」である。
といふことを、示してゐる。
従って、
(11)により、
(12)
④ 4=Ⅰ=有り
④ 2=Ⅱ=読む
④ 1=Ⅲ=書を
④ 3=Ⅳ=者
の場合は、
④
4
2
↑ ↑
1
3
といふ風に、「上にだけ、二回、返ってゐる。」
従って、
(12)により、
(13)
④ 4=Ⅰ=有り
④ 2=Ⅱ=読む
④ 1=Ⅲ=書を
④ 3=Ⅳ=者
の場合は、
④
4
2 2
↑ ↓ ↑
1
3 3
といふ風に、「下から上へ返り、上から下に戻り、下から上へ返ってゐる。」
といふ、わけではない。
従って、
(12)(13)により、
(14)
④ 下=Ⅰ=有り
④ 二=Ⅱ=読む
④ 一=Ⅲ=書を
④ 上=Ⅳ=者
といふ風に、書き換へた場合も、
④
下
二
↑ ↑
一
上
といふ風に、「下から、上にだけ、二回、返ってゐる。」のであって、
④
下
二 二
↑ ↓ ↑
一
上 上
といふ風に、「下から上へ返り、上から下に戻り、下から上へ返ってゐる。」
といふ、わけではない。
然るに、
(15)
実際には、「有り得ない」ものの、
④ 下=Ⅰ=有り
④ 二=Ⅱ=読む
④ 一=Ⅲ=書を
④ 上=Ⅳ=者
に対して、
⑤ 下=Ⅰ=有り
⑤ 二=Ⅱ=読む
⑤ 上=Ⅲ=者
⑤ 一=Ⅳ=書を
といふ「それ」を、「仮定」する。
従って、
(15)により、
(16)
実際には、「有り得ない」ものの、
⑤ 4=Ⅰ=有り
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ 3=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
といふ「それ」を、「仮定」する。
然るに、
(07)(08)により、
(17)
⑤ 4=Ⅰ=有り
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ 3=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
ではなく、
④ 4=Ⅰ=有り
④ 2=Ⅱ=読む
④ 1=Ⅲ=書を
④ 3=Ⅳ=者
から、
④ 4=Ⅰ=有り
を除くならば、
④ 2=Ⅱ=読む
④ 1=Ⅲ=書を
④ A=Ⅳ=者
であるため、
④ 21A==読二書一者=書を読む者。
である。
然るに、
(18)
⑤ 4=Ⅰ=有り
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ 3=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
から、
⑤ 4=Ⅰ=有り
を除いた際、
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ 3=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
ではなく、
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ A=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
であるとするならば、この場合は、
⑤ 2A1=読二者三書一=者書を読む。
であって、
⑤ 231=読二者三書一=書を読む者。
とは、ならない。
従って、
(17)(18)により、
(19)
④ 4=Ⅰ=有り
④ 2=Ⅱ=読む
④ 1=Ⅲ=書を
④ 3=Ⅳ=者
から、
④ 4=Ⅰ=有り
を除くならば、
④ 21A=読二書一者=書を読む者。
であって、
⑤ 4=Ⅰ=有り
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ 3=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
から、
⑤ 4=Ⅰ=有り
を除くならば、
⑤ 2A1=読二者三書一=者書を読む。
である。
従って、
(19)により、
(20)
それでも尚、
⑤ 231=読二者三書一=書を読む者。
である。とするならば、
⑤ 4=Ⅰ=有り
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ 3=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
から、
⑤ 4=Ⅰ=有り
を除いた場合は、
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ A=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
ではなく、
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ 3=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
ではなければ、ならない。
然るに、
(21)
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ 3=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
に対して、
⑤ 4=Ⅰ=有り
を加へるならば、
⑤ 4231=有四読二者三書一=書を読む者有り。
である。
然るに、
(21)により、
(22)
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ 3=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
に対して、
⑤ 4=Ⅰ=有り
を加へた「結果」が、
⑤ 4231=有四読二者三書一=書を読む者有り。
である。といふのであれば、この場合は、
⑤
4
2 2
↑ ↓ ↑
3 3
1
といふ風に、「下から上へ返り、上から下に戻り、下から上へ返ってゐる。」
従って、
(22)により、
(23)
⑤ 4=Ⅰ=有り
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ 3=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
に於ける、
⑤ 4231
といふ「それ」を、
⑤ 下二上一
とするならば、
⑤ 下=Ⅰ=有り
⑤ 二=Ⅱ=読む
⑤ 上=Ⅲ=者
⑤ 一=Ⅳ=書を
といふ「それ」は、
⑤
下
二 二
↑ ↓ ↑
上 上
一
といふ風に、「下から上へ返り、上から下に戻り、下から上へ返ってゐる。」
従って、
(14)(23)により、
(24)
④ 下=Ⅰ=有り
④ 二=Ⅱ=読む
④ 一=Ⅲ=書を
④ 上=Ⅳ=者
といふ「返り点」が、
④
下
二
↑ ↑
一
上
といふ風に、「下から、上にだけ、二回、返ってゐる。」のに対して、
⑤ 下=Ⅰ=有り
⑤ 二=Ⅱ=読む
⑤ 上=Ⅲ=者
⑤ 一=Ⅳ=書を
といふ「それ」は、
⑤
下
二 二
↑ ↓ ↑
上 上
一
といふ風に、「下から上へ返り、上から下に戻り、下から上へ返ってゐる。」
然るに、
(25)
「返り点」とは、「縦書き」であれば、飽く迄も、「下から上へ、返る点」であるため、
「返り点」とは、「横書き」であれば、飽く迄も、「右から左へ、返る点」である。
従って、
(25)により、
(26)
「縦書き」であれば、「上から下へ、戻る点」は、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
「横書き」であれば、「左から右へ、戻る点」は、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
従って、
(24)(26)により、
(27)
④ 下=Ⅰ=有り
④ 二=Ⅱ=読む
④ 一=Ⅲ=書を
④ 上=Ⅳ=者
に於ける、
④
下
二
↑ ↑
一
上
は、「返り点」であるが、
⑤ 下=Ⅰ=有り
⑤ 二=Ⅱ=読む
⑤ 上=Ⅲ=者
⑤ 一=Ⅳ=書を
に於ける、
⑤
下
二 二
↑ ↓ ↑
上 上
一
は、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
然るに、
(28)
(3)上中下点(上・下、上・中・下)
レ点・一二点だけで示しきれない場合。必ず一二点をまたいで返る場合に用いる(数学の式における( )が一二点で、{ }が上中下点に相当するものと考えるとわかりやすい)。
(原田種成、私の漢文講義、1995年、43頁)
従って、
(27)(28)により、
(29)
④ 下 二 一 上
ではないが故に、
⑤ 下 二 上 一
は、固より、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
然るに、
(30)
従って、
(29)(30)により、
(31)
⑤ 只‐管要下 纏二 擾上 我一=ヒタスラ、我ガヤッカイニナル。
といふ、「中国語(白話文)訓読」に付く、
⑤ 下 二 上 一
といふ「それ」は、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
然るに、
(32)
⑥ 二 四 一 三
は、
⑥ 二 四 一 三
といふ「返り点」が付いてゐる「単語」とする。
然るに、
(33)
⑥ 二(四〔一)三〕?
に於いて、
⑥ 二( )⇒( )二
⑥ 四〔 〕⇒〔 〕四
といふ「移動」を行ふと、
⑥ 二(四〔一)三〕⇒
⑥ (〔一)二 三〕四=
⑥ 一 二 三 四?
といふ「並び替へ(ソート)」が、成立し、尚且つ、
⑥ What(are〔you)doing〕?
に於いて、
⑥ What( )⇒( )What
⑥ are〔 〕⇒〔 〕are
といふ「移動」を行ふと、
⑥ What(are〔you)doing〕? ⇒
⑥ (〔you)What doing〕are?=
⑥ (〔あなたは)何をして〕ゐる か。
といふ「並び替へ(ソート)」が、成立する。
cf.
⑥ (〔 )〕は、「括弧」ではなく、「括弧・モドキ」である。
⑥ are=be動詞=(exist=ゐる)。?=か。
然るに、
(34)
⑥ 二 四 一 三
であれば、
⑥ 二 → → 三
に於いて、
⑥ 左 から 右 へ、戻ってゐる。
従って、
従って、
(26)(32)(33)(34)により、
(35)
⑥ What二 are四 you一 doing三 ?=あなたは何をしてゐるか。
に付いてゐる、
⑥ 二 四 一 三
といふ「それ」は、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
(36)
⑦ 一 四 三 二
は、
⑦ 一 四 三 二
といふ「返り点」が付いてゐる「単語」とする。
然るに、
(37)
⑦ 一(四[三〔 )二〕]?
に於いて、
⑦ 一( )⇒( )一
⑦ 四[ ]⇒[ ]四
⑦ 三〔 〕⇒〔 〕三
といふ「移動」を行ふと、
⑦ 一(四[三〔 )二〕]?⇒
⑦ ([〔 )一二〕三]四?=
⑦ 一 二 三 四?
といふ「並び替へ(ソート)」が、成立し、尚且つ、
⑦ Where(did[you come〔 )from〕]?
に於いて、
⑦ Where( )⇒( )Where
⑦ did[ ]⇒[ ]did
⑦ come〔 〕⇒〔 〕come
といふ「移動」を行ふと、
⑦ Where(did[you come〔 )from〕]?⇒
⑦ ([you〔 )Where from〕come]did?=
⑦ ([あなたは〔 )何処から〕来まし]た か。
といふ「並び替へ(ソート)」が、成立する。
cf.
⑦ ([〔 )〕]は、「括弧」ではなく、「括弧・モドキ」である。
然るに、
(38)
⑦ 一 四 三 二
であれば、
⑦ 一 → → 二
に於いて、
⑦ 左 から 右 へ、戻ってゐる。
従って、
(26)(36)(37)(38)により、
(39)
⑦ Where一 did四 you come三 from二?=あなたはどから来ました か。
に付いてゐる、
⑦ 一 四 三 二
といふ「それ」は、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
従って、
(35)(39)により、
(40)
⑥ What are you doing?
⑦ Where did you come from?
のやうな「Wh疑問文」に対しては、「返り点」を付けることが、出来ない。
然るに、
(41)
⑥ What are you doing?
⑦ Where did you come from?
のやうな「Wh移動(生成文法)」のやうな「語順」は、むしろ、「異常」なのであって、どうにか、「返り点」を付け得るのが、「英語」である。
例へば、
(42)
⑧ You must study English much harder to become a googler like your father in the future.
を、「グーグル翻訳」すると、
⑧ 将来あなたの父親のようなgooglerになるためには、英語をもっと勉強する必要があります。
といふ「日本語」が、「出力」されて、何故か、
⑧ あなたは将来あなたの父親のようなgooglerになるためには、英語をもっと勉強する必要があります。
とは、ならない。
然るに、
(43)
⑧ must study English much harder to become a googler like your father in the future.
ではなく、
⑧ You must study English much harder to become a googler like your father in the future.
ではないため、
⑧ 将来あなたの父親のようなgooglerになるためには、英語をもっと勉強する必要があります。
ではなく、
⑧ あなたは将来あなたの父親のようなgooglerになるためには、英語をもっと勉強する必要があります。
でなければ、ならない。
従って、
(43)により、
(44)
⑧ You must study English much harder to become a googler like your father in the future.
に対して、
⑧ I am thiking that
を加へるならば、
⑧ あなたは将来あなたの父親のようなgooglerになるためには、英語をもっと勉強する必要があります。といふ風に、私は思っています。
といふ「意味」に、なるはずである。
然るに、
(45)
⑧ I am thiking that you must study English much harder to become a googler like your father in the future=
⑧ I am{thiking[that〔you must(study【English『much‐harder「to《become〈a‐googler{like[your‐father〔in(the‐future)〕]}〉》」』】)〕]}⇒
⑧ I {[〔you (【『「《〈{[〔(the‐future)in〕your‐father]like}a‐googler〉become》to」much‐harder』English】study)must〕that]thiking}am=
⑧ 私は{[〔あなたが(【『「《〈{[〔(将来)に於いて〕あなたの父親の]ような}グーグルの社員に〉なる》ために」もっと一生懸命』英語を】勉強)しなければならない〕といふ風に]思って}います。
といふ、「英文訓読」が、成立する。
cf.
⑧ I am thiking that you must study English much harder(for you)to become a googler like your father in the future.
⑧ 私は、あなたが、将来において、あなたの父親のようなグーグルの社員になるために、(あなたには、)もっと一生懸命、英語を勉強して欲しい。といふ風に思っています。
然るに、
(46)
⑧ 十四 十三 十二 十一 十 九 八 七 六 五 四 三 二 一
に対して、「括弧」を加へるならば、
⑧ 十四{十三[十二〔十一(十【九『八「七《六〈五{四[三〔二(一)〕]}〉》」』】)〕]}
である。
(46)により、
(47)
⑧ I am thiking that you must study English much harder to become a googler like your father in the future⇒
⑧ 私は、あなたが、将来に於いて、あなたの父親のようなグーグルの社員になるために、(あなたは、)もっと一生懸命、英語を勉強しなければならない。といふ風に思っています。
といふ「英文訓読」に付く「返り点」と「括弧」は、
⑧ 十四 十三 十二 十一 十 九 八 七 六 五 四 三 二 一
⑧ {[〔(【『「《〈{[〔( )〕]}〉》」』】)〕]}
である。
然るに、
(48)
「漢文訓読」であれば、「極端に多い場合」であっても、
⑧ 六 五 四 三 二 一
⑧ 〈{[〔( )〕]}〉
に、過ぎない。
平成29年12月24日、毛利太。
(01)
「レ点」が無くて、「一二点、上下点、甲乙点、天地点」だけが有っても、「返り点」は成立するため、「一レ、上レ、甲レ、天レ」を含め、「レ点」は、無いものとする。
(02)
「縦書き」であれば、「上から下へ読む」ことを、「順読」とし、
「横書き」であれば、「左から右へ読む」ことを、「順読」とする。
(03)
「順読」でないことを、「返読」とし、
「返読」でないことを、「順読」とする。
(04)
{1、2、3、4、5}を、「返り点」が付いてゐる 「任意の漢字」とし、
{A、B、C、D、E}を、「返り点」が付いてゐない「任意の漢字」とし、
{Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ}を、「左から数へてN番目」の「任意の漢字」とする。
従って、
(02)~(04)により、
(05)
① ABC。
であれば、
① A=Ⅰ
① B=Ⅱ
① C=Ⅲ
であって、例へば、
① ABC=東京都。
がさうであるやうに、
① Ⅰ→Ⅱ→Ⅲ。
の「順」で、「順読」される。
従って、
(01)~(05)により、
(06)
② 21。
であれば、
② 2=Ⅰ
② 1=Ⅱ
であって、例へば、
② 21=読二書一=書を読む。
がさうであるやうに、
② Ⅱ→Ⅰ
の「順」で、「返読」される。
従って、
(01)~(06)により、
(07)
③ 21A。
であれば、
③ 2=Ⅰ
③ 1=Ⅱ
③ A=Ⅲ
であって、例へば、
③ 21A=読二書一者=書を読む者。
がさうであるやうに、
③ Ⅱ→Ⅰ→Ⅲ
の「順」で、「返読」される。
従って、
(01)~(07)により、
(08)
④ 4213。
であれば、
④ 4=Ⅰ
④ 2=Ⅱ
④ 1=Ⅲ
④ 3=Ⅳ
であって、例へば、
④ 4213=有四読二書一者三=書を読む者有り。
がさうであるやうに、
④ Ⅲ→Ⅱ→Ⅳ→Ⅰ
の「順」で「返読」される。
然るに、
(07)(08)により、
(09)
③ 2=Ⅰ=読を
③ 1=Ⅱ=書を
③ A=Ⅲ=者
であって、
④ 4=Ⅰ=有り
④ 2=Ⅱ=読む
④ 1=Ⅲ=書を
④ 3=Ⅳ=者
である。
従って、
(09)により、
(10)
③ A=Ⅲ=者
④ 3=Ⅳ=者
である。
然るに、
(04)(09)(10)により、
(11)
③ A=Ⅲ=者
④ 3=Ⅳ=者
である。といふことは、
④ 4=Ⅰ=有り
④ 2=Ⅱ=読む
④ 1=Ⅲ=書を
④ 3=Ⅳ=者
に於ける、
④ 3
といふ「数字」は、
④ 4
に「返る」ためにだけ「必要」である。
といふことを、示してゐる。
従って、
(11)により、
(12)
④ 4=Ⅰ=有り
④ 2=Ⅱ=読む
④ 1=Ⅲ=書を
④ 3=Ⅳ=者
の場合は、
④
4
2
↑ ↑
1
3
といふ風に、「上にだけ、二回、返ってゐる。」
従って、
(12)により、
(13)
④ 4=Ⅰ=有り
④ 2=Ⅱ=読む
④ 1=Ⅲ=書を
④ 3=Ⅳ=者
の場合は、
④
4
2 2
↑ ↓ ↑
1
3 3
といふ風に、「下から上へ返り、上から下に戻り、下から上へ返ってゐる。」
といふ、わけではない。
従って、
(12)(13)により、
(14)
④ 下=Ⅰ=有り
④ 二=Ⅱ=読む
④ 一=Ⅲ=書を
④ 上=Ⅳ=者
といふ風に、書き換へた場合も、
④
下
二
↑ ↑
一
上
といふ風に、「下から、上にだけ、二回、返ってゐる。」のであって、
④
下
二 二
↑ ↓ ↑
一
上 上
といふ風に、「下から上へ返り、上から下に戻り、下から上へ返ってゐる。」
といふ、わけではない。
然るに、
(15)
実際には、「有り得ない」ものの、
④ 下=Ⅰ=有り
④ 二=Ⅱ=読む
④ 一=Ⅲ=書を
④ 上=Ⅳ=者
に対して、
⑤ 下=Ⅰ=有り
⑤ 二=Ⅱ=読む
⑤ 上=Ⅲ=者
⑤ 一=Ⅳ=書を
といふ「それ」を、「仮定」する。
従って、
(15)により、
(16)
実際には、「有り得ない」ものの、
⑤ 4=Ⅰ=有り
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ 3=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
といふ「それ」を、「仮定」する。
然るに、
(07)(08)により、
(17)
⑤ 4=Ⅰ=有り
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ 3=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
ではなく、
④ 4=Ⅰ=有り
④ 2=Ⅱ=読む
④ 1=Ⅲ=書を
④ 3=Ⅳ=者
から、
④ 4=Ⅰ=有り
を除くならば、
④ 2=Ⅱ=読む
④ 1=Ⅲ=書を
④ A=Ⅳ=者
であるため、
④ 21A==読二書一者=書を読む者。
である。
然るに、
(18)
⑤ 4=Ⅰ=有り
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ 3=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
から、
⑤ 4=Ⅰ=有り
を除いた際、
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ 3=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
ではなく、
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ A=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
であるとするならば、この場合は、
⑤ 2A1=読二者三書一=者書を読む。
であって、
⑤ 231=読二者三書一=書を読む者。
とは、ならない。
従って、
(17)(18)により、
(19)
④ 4=Ⅰ=有り
④ 2=Ⅱ=読む
④ 1=Ⅲ=書を
④ 3=Ⅳ=者
から、
④ 4=Ⅰ=有り
を除くならば、
④ 21A=読二書一者=書を読む者。
であって、
⑤ 4=Ⅰ=有り
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ 3=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
から、
⑤ 4=Ⅰ=有り
を除くならば、
⑤ 2A1=読二者三書一=者書を読む。
である。
従って、
(19)により、
(20)
それでも尚、
⑤ 231=読二者三書一=書を読む者。
である。とするならば、
⑤ 4=Ⅰ=有り
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ 3=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
から、
⑤ 4=Ⅰ=有り
を除いた場合は、
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ A=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
ではなく、
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ 3=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
ではなければ、ならない。
然るに、
(21)
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ 3=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
に対して、
⑤ 4=Ⅰ=有り
を加へるならば、
⑤ 4231=有四読二者三書一=書を読む者有り。
である。
然るに、
(21)により、
(22)
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ 3=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
に対して、
⑤ 4=Ⅰ=有り
を加へた「結果」が、
⑤ 4231=有四読二者三書一=書を読む者有り。
である。といふのであれば、この場合は、
⑤
4
2 2
↑ ↓ ↑
3 3
1
といふ風に、「下から上へ返り、上から下に戻り、下から上へ返ってゐる。」
従って、
(22)により、
(23)
⑤ 4=Ⅰ=有り
⑤ 2=Ⅱ=読む
⑤ 3=Ⅲ=者
⑤ 1=Ⅳ=書を
に於ける、
⑤ 4231
といふ「それ」を、
⑤ 下二上一
とするならば、
⑤ 下=Ⅰ=有り
⑤ 二=Ⅱ=読む
⑤ 上=Ⅲ=者
⑤ 一=Ⅳ=書を
といふ「それ」は、
⑤
下
二 二
↑ ↓ ↑
上 上
一
といふ風に、「下から上へ返り、上から下に戻り、下から上へ返ってゐる。」
従って、
(14)(23)により、
(24)
④ 下=Ⅰ=有り
④ 二=Ⅱ=読む
④ 一=Ⅲ=書を
④ 上=Ⅳ=者
といふ「返り点」が、
④
下
二
↑ ↑
一
上
といふ風に、「下から、上にだけ、二回、返ってゐる。」のに対して、
⑤ 下=Ⅰ=有り
⑤ 二=Ⅱ=読む
⑤ 上=Ⅲ=者
⑤ 一=Ⅳ=書を
といふ「それ」は、
⑤
下
二 二
↑ ↓ ↑
上 上
一
といふ風に、「下から上へ返り、上から下に戻り、下から上へ返ってゐる。」
然るに、
(25)
「返り点」とは、「縦書き」であれば、飽く迄も、「下から上へ、返る点」であるため、
「返り点」とは、「横書き」であれば、飽く迄も、「右から左へ、返る点」である。
従って、
(25)により、
(26)
「縦書き」であれば、「上から下へ、戻る点」は、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
「横書き」であれば、「左から右へ、戻る点」は、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
従って、
(24)(26)により、
(27)
④ 下=Ⅰ=有り
④ 二=Ⅱ=読む
④ 一=Ⅲ=書を
④ 上=Ⅳ=者
に於ける、
④
下
二
↑ ↑
一
上
は、「返り点」であるが、
⑤ 下=Ⅰ=有り
⑤ 二=Ⅱ=読む
⑤ 上=Ⅲ=者
⑤ 一=Ⅳ=書を
に於ける、
⑤
下
二 二
↑ ↓ ↑
上 上
一
は、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
然るに、
(28)
(3)上中下点(上・下、上・中・下)
レ点・一二点だけで示しきれない場合。必ず一二点をまたいで返る場合に用いる(数学の式における( )が一二点で、{ }が上中下点に相当するものと考えるとわかりやすい)。
(原田種成、私の漢文講義、1995年、43頁)
従って、
(27)(28)により、
(29)
④ 下 二 一 上
ではないが故に、
⑤ 下 二 上 一
は、固より、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
然るに、
(30)
従って、
(29)(30)により、
(31)
⑤ 只‐管要下 纏二 擾上 我一=ヒタスラ、我ガヤッカイニナル。
といふ、「中国語(白話文)訓読」に付く、
⑤ 下 二 上 一
といふ「それ」は、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
然るに、
(32)
⑥ 二 四 一 三
は、
⑥ 二 四 一 三
といふ「返り点」が付いてゐる「単語」とする。
然るに、
(33)
⑥ 二(四〔一)三〕?
に於いて、
⑥ 二( )⇒( )二
⑥ 四〔 〕⇒〔 〕四
といふ「移動」を行ふと、
⑥ 二(四〔一)三〕⇒
⑥ (〔一)二 三〕四=
⑥ 一 二 三 四?
といふ「並び替へ(ソート)」が、成立し、尚且つ、
⑥ What(are〔you)doing〕?
に於いて、
⑥ What( )⇒( )What
⑥ are〔 〕⇒〔 〕are
といふ「移動」を行ふと、
⑥ What(are〔you)doing〕? ⇒
⑥ (〔you)What doing〕are?=
⑥ (〔あなたは)何をして〕ゐる か。
といふ「並び替へ(ソート)」が、成立する。
cf.
⑥ (〔 )〕は、「括弧」ではなく、「括弧・モドキ」である。
⑥ are=be動詞=(exist=ゐる)。?=か。
然るに、
(34)
⑥ 二 四 一 三
であれば、
⑥ 二 → → 三
に於いて、
⑥ 左 から 右 へ、戻ってゐる。
従って、
従って、
(26)(32)(33)(34)により、
(35)
⑥ What二 are四 you一 doing三 ?=あなたは何をしてゐるか。
に付いてゐる、
⑥ 二 四 一 三
といふ「それ」は、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
(36)
⑦ 一 四 三 二
は、
⑦ 一 四 三 二
といふ「返り点」が付いてゐる「単語」とする。
然るに、
(37)
⑦ 一(四[三〔 )二〕]?
に於いて、
⑦ 一( )⇒( )一
⑦ 四[ ]⇒[ ]四
⑦ 三〔 〕⇒〔 〕三
といふ「移動」を行ふと、
⑦ 一(四[三〔 )二〕]?⇒
⑦ ([〔 )一二〕三]四?=
⑦ 一 二 三 四?
といふ「並び替へ(ソート)」が、成立し、尚且つ、
⑦ Where(did[you come〔 )from〕]?
に於いて、
⑦ Where( )⇒( )Where
⑦ did[ ]⇒[ ]did
⑦ come〔 〕⇒〔 〕come
といふ「移動」を行ふと、
⑦ Where(did[you come〔 )from〕]?⇒
⑦ ([you〔 )Where from〕come]did?=
⑦ ([あなたは〔 )何処から〕来まし]た か。
といふ「並び替へ(ソート)」が、成立する。
cf.
⑦ ([〔 )〕]は、「括弧」ではなく、「括弧・モドキ」である。
然るに、
(38)
⑦ 一 四 三 二
であれば、
⑦ 一 → → 二
に於いて、
⑦ 左 から 右 へ、戻ってゐる。
従って、
(26)(36)(37)(38)により、
(39)
⑦ Where一 did四 you come三 from二?=あなたはどから来ました か。
に付いてゐる、
⑦ 一 四 三 二
といふ「それ」は、「返り点」ではなく、「返り点・モドキ」である。
従って、
(35)(39)により、
(40)
⑥ What are you doing?
⑦ Where did you come from?
のやうな「Wh疑問文」に対しては、「返り点」を付けることが、出来ない。
然るに、
(41)
⑥ What are you doing?
⑦ Where did you come from?
のやうな「Wh移動(生成文法)」のやうな「語順」は、むしろ、「異常」なのであって、どうにか、「返り点」を付け得るのが、「英語」である。
例へば、
(42)
⑧ You must study English much harder to become a googler like your father in the future.
を、「グーグル翻訳」すると、
⑧ 将来あなたの父親のようなgooglerになるためには、英語をもっと勉強する必要があります。
といふ「日本語」が、「出力」されて、何故か、
⑧ あなたは将来あなたの父親のようなgooglerになるためには、英語をもっと勉強する必要があります。
とは、ならない。
然るに、
(43)
⑧ must study English much harder to become a googler like your father in the future.
ではなく、
⑧ You must study English much harder to become a googler like your father in the future.
ではないため、
⑧ 将来あなたの父親のようなgooglerになるためには、英語をもっと勉強する必要があります。
ではなく、
⑧ あなたは将来あなたの父親のようなgooglerになるためには、英語をもっと勉強する必要があります。
でなければ、ならない。
従って、
(43)により、
(44)
⑧ You must study English much harder to become a googler like your father in the future.
に対して、
⑧ I am thiking that
を加へるならば、
⑧ あなたは将来あなたの父親のようなgooglerになるためには、英語をもっと勉強する必要があります。といふ風に、私は思っています。
といふ「意味」に、なるはずである。
然るに、
(45)
⑧ I am thiking that you must study English much harder to become a googler like your father in the future=
⑧ I am{thiking[that〔you must(study【English『much‐harder「to《become〈a‐googler{like[your‐father〔in(the‐future)〕]}〉》」』】)〕]}⇒
⑧ I {[〔you (【『「《〈{[〔(the‐future)in〕your‐father]like}a‐googler〉become》to」much‐harder』English】study)must〕that]thiking}am=
⑧ 私は{[〔あなたが(【『「《〈{[〔(将来)に於いて〕あなたの父親の]ような}グーグルの社員に〉なる》ために」もっと一生懸命』英語を】勉強)しなければならない〕といふ風に]思って}います。
といふ、「英文訓読」が、成立する。
cf.
⑧ I am thiking that you must study English much harder(for you)to become a googler like your father in the future.
⑧ 私は、あなたが、将来において、あなたの父親のようなグーグルの社員になるために、(あなたには、)もっと一生懸命、英語を勉強して欲しい。といふ風に思っています。
然るに、
(46)
⑧ 十四 十三 十二 十一 十 九 八 七 六 五 四 三 二 一
に対して、「括弧」を加へるならば、
⑧ 十四{十三[十二〔十一(十【九『八「七《六〈五{四[三〔二(一)〕]}〉》」』】)〕]}
である。
(46)により、
(47)
⑧ I am thiking that you must study English much harder to become a googler like your father in the future⇒
⑧ 私は、あなたが、将来に於いて、あなたの父親のようなグーグルの社員になるために、(あなたは、)もっと一生懸命、英語を勉強しなければならない。といふ風に思っています。
といふ「英文訓読」に付く「返り点」と「括弧」は、
⑧ 十四 十三 十二 十一 十 九 八 七 六 五 四 三 二 一
⑧ {[〔(【『「《〈{[〔( )〕]}〉》」』】)〕]}
である。
然るに、
(48)
「漢文訓読」であれば、「極端に多い場合」であっても、
⑧ 六 五 四 三 二 一
⑧ 〈{[〔( )〕]}〉
に、過ぎない。
平成29年12月24日、毛利太。
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