(01)
① ( P&~Q)→(~Q)→(~P∨~Q)
② (~P& Q)→(~P)→(~P∨~Q)
③ (~P&~Q)→(~P)→(~P∨~Q)
は、「連言除去」であって、「選言導入」である。
然るに、
(02)
④ (~P∨~Q)=~(P&Q)
は、「ド・モルガンの法則」である。
従って、
(01)(02)により、
(03)
① ( P&~Q)→~(P&Q)
② (~P& Q)→~(P&Q)
③ (~P&~Q)→~(P&Q)
従って、
(03)により、
(04)
(Ⅰ) P& Q:PであってQである。
(Ⅱ) P&~Q:PであってQでない。
(Ⅲ)~P& Q:PでなくてQである。
(Ⅳ)~P&~Q:PでなくてQでない。
に於いて、
(Ⅱ)が(Ⅰ)の「否定」であるならば、
(Ⅲ)も(Ⅰ)の「否定」であって、
(Ⅳ)も(Ⅰ)の「否定」である。
従って、
(04)により、
(05)
(Ⅰ) P& Q:PであってQである。
(Ⅱ) P&~Q:PであってQでない。
に於いて、
(Ⅱ)は(Ⅰ)の「否定」ではない。
(01)
「古典文法」でいふ所の、「体言」とは、
「活用しない自立語」であって、「主語となる語」を言ふ。
然るに、
(02)
「PであってQである」の「ある」は、「動詞(の終止形)」であって「体言」ではない。
従って、
(01)(02)により、
(03)
「PであってQである」は、「主語」にはなれない。
然るに、
(04)
「といふこと」の「こと」は「体言」である。
従って、
(03)(04)により、
(05)
「PであってQである」とは異なり、
「PであってQであるといふこと」は、「主語」になることが、可能である。
従って、
(05)により、
(06)
① PであってQであるはない。
② PであってQであるといふことはない。
に於いて、
① は、「間違ひ」である。
従って、
(07)
① PであってQである。
といふ「日本語」の「否定」は、
② PであってQであるといふことはない。
である。
然るに、
(08)
② P&Q=
② PであってQである。
然るに、
(09)
任意の表述の否定は、その表述を’~( )’という空所にいれて書くことにしよう。
(W.O.クワイン著、杖下隆英訳、現代論理学入門、1972年、15頁)
(08)(09)により、
(10)
① P&Q=PであってQである。
の「否定」は、
② ~(P&Q)=~(PであってQである)。
である。
然るに、
(11)
「日本語の語順」としては、
② P&Q=PであってQである。
の「否定」は、
② (P&Q)~=(PであってQである)~。
である。
従って、
(07)(11)により、
(12)
② PであってQであるといふことはない。
② (PであってQである)~。
である。
従って、
(12)により、
(13)
例へば、
③ (P&Q)~&(P&R)→(R=Q)~
③ PであってQであるといふことがなくて、PであってRであるといふことであるならば、RとQが等しいといふことはない。
に於いて、
( )=といふこと
~ =ない。
である。
従って、
(14)
( )~ =といふことはない。
(( )~)~ =といふことはない。といふことはない。
((( )~)~)~=といふことはない。といふことはない。といふことはない。
である。
平成29年03月30日、毛利太。
2017年3月30日木曜日
2017年3月28日火曜日
Aでない=非Aである。
(01)
① 孔子聖人=名詞+名詞。
② 孟子亜聖=名詞+名詞。
然るに、
(02)
① 孔子聖人=孔子は聖人なり。
② 孟子亜聖=孟子は亜聖なり。
従って、
(01)(02)により、
(03)
③ AB=名詞+名詞。
であるならば、
③ AB=AはBである。
といふ、「意味」である。
然るに、
(04)
【亜】[意味]〔一〕① つ-ぐ(ア)二番め。準ずる。「亜聖」
[亜聖]聖人である孔子に次ぐ賢人。
(旺文社、高校基礎漢和辞典、1984年、116頁改)
従って、
(02)(04)により、
(05)
② 孟子亜聖=孟子は亜聖なり。
に於いて、
② 亜聖 の、亜 は、「接頭語(prefix)」である。
然るに、
(06)
非+力=非力
非+非=非才
非+常識=非常識
非+公認=非公認
非+同盟=非同盟
従って、
(05)(06)により、
(07)
④ A非B。
に於いて、
④ 非B
は、「否定の接頭語」が付いた「一つの、名詞」であると、見なすことが出来る。
従って、
(03)(07)により、
(08)
④ A非B=AはBに非ず。
といふ「漢文」は、
④ A非B=A+非B=主語+名詞。
といふ、「肯定文」であると、見なすことが出来る。
然るに、
(09)
【非】ひ あらズ[連語] 《内容の否定》
【不】ず いなヤ[助動詞]《状態や動作を否定する》
(天野成之、漢文基本語辞典、1999年、283・293頁改)
不は、あとの動詞や形容詞を否定して「不行(行かない)」、「不良(良くない)」のように用いる。
(学研、漢和大辞典、1978年、1457頁)
従って、
(08)(09)により、
(10)
④ A非B=Aは非Bである。
といふ「漢文」を、
⑤ A不B=Aは不Bである。
といふ風に、「書き換へる」ことは、出来ないし、
⑤ A不B=AはBせず。
といふ「漢文」を、
⑤ A非B=AはBせず。
といふ風に、「書き換へる」ことは、出来ない。
然るに、
(11)
⑥ 何世何人非貴是法。
⑥ 何れの世、何れの人かこの法を貴ばざる。
⑥ どんな世の中でも、いかなる人でも、この法理をたうとばないことがあらうか。
(十七条の憲法、第二条、抜粋)
然るに、
(12)
⑥ 非貴是法。
に於いて、
⑥ 貴
は、「動詞」である。
従って、
(10)(11)(12)により、
(13)
⑥ 非貴是法。
ではなく、
⑥ 不貴是法。
でなければ、ならない。
(14)
「書名や著者」は覚えていないものの、
⑥ 非貴是法。
ではなく、
⑥ 不貴是法。
でなければならない。といふ指摘を、読んだ記憶がある。
平成29年03月28日、毛利太。
① 孔子聖人=名詞+名詞。
② 孟子亜聖=名詞+名詞。
然るに、
(02)
① 孔子聖人=孔子は聖人なり。
② 孟子亜聖=孟子は亜聖なり。
従って、
(01)(02)により、
(03)
③ AB=名詞+名詞。
であるならば、
③ AB=AはBである。
といふ、「意味」である。
然るに、
(04)
【亜】[意味]〔一〕① つ-ぐ(ア)二番め。準ずる。「亜聖」
[亜聖]聖人である孔子に次ぐ賢人。
(旺文社、高校基礎漢和辞典、1984年、116頁改)
従って、
(02)(04)により、
(05)
② 孟子亜聖=孟子は亜聖なり。
に於いて、
② 亜聖 の、亜 は、「接頭語(prefix)」である。
然るに、
(06)
非+力=非力
非+非=非才
非+常識=非常識
非+公認=非公認
非+同盟=非同盟
従って、
(05)(06)により、
(07)
④ A非B。
に於いて、
④ 非B
は、「否定の接頭語」が付いた「一つの、名詞」であると、見なすことが出来る。
従って、
(03)(07)により、
(08)
④ A非B=AはBに非ず。
といふ「漢文」は、
④ A非B=A+非B=主語+名詞。
といふ、「肯定文」であると、見なすことが出来る。
然るに、
(09)
【非】ひ あらズ[連語] 《内容の否定》
【不】ず いなヤ[助動詞]《状態や動作を否定する》
(天野成之、漢文基本語辞典、1999年、283・293頁改)
不は、あとの動詞や形容詞を否定して「不行(行かない)」、「不良(良くない)」のように用いる。
(学研、漢和大辞典、1978年、1457頁)
従って、
(08)(09)により、
(10)
④ A非B=Aは非Bである。
といふ「漢文」を、
⑤ A不B=Aは不Bである。
といふ風に、「書き換へる」ことは、出来ないし、
⑤ A不B=AはBせず。
といふ「漢文」を、
⑤ A非B=AはBせず。
といふ風に、「書き換へる」ことは、出来ない。
然るに、
(11)
⑥ 何世何人非貴是法。
⑥ 何れの世、何れの人かこの法を貴ばざる。
⑥ どんな世の中でも、いかなる人でも、この法理をたうとばないことがあらうか。
(十七条の憲法、第二条、抜粋)
然るに、
(12)
⑥ 非貴是法。
に於いて、
⑥ 貴
は、「動詞」である。
従って、
(10)(11)(12)により、
(13)
⑥ 非貴是法。
ではなく、
⑥ 不貴是法。
でなければ、ならない。
(14)
「書名や著者」は覚えていないものの、
⑥ 非貴是法。
ではなく、
⑥ 不貴是法。
でなければならない。といふ指摘を、読んだ記憶がある。
平成29年03月28日、毛利太。
2017年3月27日月曜日
ある・ある。
(01)
① 我在家。
② 我有家。
に於いて、
① 在り=あり
② 有り=あり
である。
然るに、
(02)
① 我在家=我 am in 家。
② 我有家=我 have 家。
である。
cf.
「有」は「もつ」が原義だから「・・・・・がある」にあたり「・・・・・である」ではない。
(中沢希男、同訓異字辞典、1980年、21頁)
従って、
(01)(02)により、
(03)
① 我在家=我 am in 家。
② 我有家=我 am in 家。
に於いて、
① は、有るが、
② は、無い。
然るに、
(04)
「於」は、置いたり置かれなかったりして一定していないし、いつどういうときに置くという規則もない。
(二畳庵主人、漢文法基礎、1984年、40頁)
【於】[句法]①〔於・・・・・・〕(前置詞)訓読せずにすますが、下に来る語に「に・を・より」などの送り仮名を添える。
(旺文社、漢文基礎語辞典、1984年、400頁)
従って、
(03)(04)により、
(05)
① 我在於家=我 am in 家。
② 我有於家=我 am in 家。
に於いて、
① は、有るが、
② は、無い。
従って、
(05)により、
(06)
③ 我有於家=我 am in 家。
が無いのであれば、
④ 有我於此=我 am here。
も無いと、思はれ、
④ 有我於此=我 am here。
が無いのであれば、
⑤ 有楚大夫於此=楚の大夫 is here.
も無いと、思はれる。
然るに、
(07)
然るに、
(08)
「括弧」であれば、
⑤ 有楚大夫於此=
⑤ 有〔楚‐大‐夫(於此)〕⇒
⑤ 〔(於此)楚‐大‐夫〕有=
⑤ 〔(ここに)楚の大夫〕有り。
である。
因みに、
(10)
「在る・有る」に関して、更に言へば、
英語では、特定者の存在を言ふ場合は、”I am here”(私、いる、ここ)という語順だが、不特定の存在を言う場合は、”Here
is a man”(ここ、いる、ある人)と語順が逆転する。漢文でも、特定者が主語なら「我在此」(我、此に在り)という語順だが、不特定者が主語だと「此有人」(此に人有り)と語順が逆転する。漢文と英語の類似性は、偶然の産物であるご、こんな細かい点まで似ているのである(加藤徹、絵で読む漢文、2010年、118頁)。
との、事である。
(11)
⑥ 楚に楚の大夫有り。
であれば、
⑥ 楚有二 楚大夫一。
であるため、
⑥ ここに楚の大夫有り。
であれば、
⑥ 此有二 楚大夫一。
で良いのではと、思はれる。
平成29年03月27日、毛利太。
① 我在家。
② 我有家。
に於いて、
① 在り=あり
② 有り=あり
である。
然るに、
(02)
① 我在家=我 am in 家。
② 我有家=我 have 家。
である。
cf.
「有」は「もつ」が原義だから「・・・・・がある」にあたり「・・・・・である」ではない。
(中沢希男、同訓異字辞典、1980年、21頁)
従って、
(01)(02)により、
(03)
① 我在家=我 am in 家。
② 我有家=我 am in 家。
に於いて、
① は、有るが、
② は、無い。
然るに、
(04)
「於」は、置いたり置かれなかったりして一定していないし、いつどういうときに置くという規則もない。
(二畳庵主人、漢文法基礎、1984年、40頁)
【於】[句法]①〔於・・・・・・〕(前置詞)訓読せずにすますが、下に来る語に「に・を・より」などの送り仮名を添える。
(旺文社、漢文基礎語辞典、1984年、400頁)
従って、
(03)(04)により、
(05)
① 我在於家=我 am in 家。
② 我有於家=我 am in 家。
に於いて、
① は、有るが、
② は、無い。
従って、
(05)により、
(06)
③ 我有於家=我 am in 家。
が無いのであれば、
④ 有我於此=我 am here。
も無いと、思はれ、
④ 有我於此=我 am here。
が無いのであれば、
⑤ 有楚大夫於此=楚の大夫 is here.
も無いと、思はれる。
然るに、
(07)
然るに、
(08)
「括弧」であれば、
⑤ 有楚大夫於此=
⑤ 有〔楚‐大‐夫(於此)〕⇒
⑤ 〔(於此)楚‐大‐夫〕有=
⑤ 〔(ここに)楚の大夫〕有り。
である。
因みに、
(10)
「在る・有る」に関して、更に言へば、
英語では、特定者の存在を言ふ場合は、”I am here”(私、いる、ここ)という語順だが、不特定の存在を言う場合は、”Here
is a man”(ここ、いる、ある人)と語順が逆転する。漢文でも、特定者が主語なら「我在此」(我、此に在り)という語順だが、不特定者が主語だと「此有人」(此に人有り)と語順が逆転する。漢文と英語の類似性は、偶然の産物であるご、こんな細かい点まで似ているのである(加藤徹、絵で読む漢文、2010年、118頁)。
との、事である。
(11)
⑥ 楚に楚の大夫有り。
であれば、
⑥ 楚有二 楚大夫一。
であるため、
⑥ ここに楚の大夫有り。
であれば、
⑥ 此有二 楚大夫一。
で良いのではと、思はれる。
平成29年03月27日、毛利太。
2017年3月25日土曜日
「括弧」は有ると、思ひます。
(01)
(Ⅰ) P& Q
(Ⅱ) P&~Q
(Ⅲ)~P& Q
(Ⅳ)~P&~Q
に於いて、
Pは二つ、 Qは二つ、
~Pは二つ、~Qは二つ。
然るに、
(02)
(Ⅰ) P& Q
でないならば、
(Ⅱ) P&~Q
(Ⅲ)~P& Q
(Ⅳ)~P&~Q
に於いて、
Pは一つ、Qは一つ。
であって、
① P→~Q ∵(Ⅱ)
① Q→~P ∵(Ⅲ)
(03)
(Ⅱ) P&~Q
でないならば、
(Ⅰ) P& Q
(Ⅲ)~P& Q
(Ⅳ)~P&~Q
に於いて、
Pは一つ、~Qは一つ。
であって、
② P→ Q ∵(Ⅰ)
② ~Q→~P ∵(Ⅳ)
cf.
対偶(contraposition)。
(04)
(Ⅲ)~P& Q
でないならば、
(Ⅰ) P& Q
(Ⅱ) P&~Q
(Ⅳ)~P&~Q
に於いて、
Qは一つ、~Pは一つ。
であって、
③ Q→ P ∵(Ⅰ)
③ ~P→~Q ∵(Ⅳ)
(05)
(Ⅳ)~P&~Q
でないならば、
(Ⅰ) P& Q
(Ⅱ) P&~Q
(Ⅲ)~P& Q
に於いて、
~Pは一つ、~Qは一つ。
であって、
④ ~P→ Q ∵(Ⅲ)
④ ~Q→ P ∵(Ⅱ)
従って、
(02)~(05)により、
(06)
① ~( P& Q)= P→~Q
② ~( P&~Q)= P→ Q
③ ~(~P& Q)=~P→~Q
③ ~(~P&~Q)=~P→ Q
然るに、
(07)
括弧は曖昧さがない場合は適当に省略される(赤間世紀、AIプログラミング、2008年、13頁)。
任意の表述の否定は、その表述を’~( )’という空所にいれて書くことにしよう(W.O.クワイン著、杖下隆英訳、現代論理学入門、1972年、15頁)。
従って、
(06)(07)により、
(08)
「括弧」を、「省略」しなければ、
① ~( P & Q )= P→~(Q)
② ~( P &~(Q))= P→ Q
③ ~(~(P)& Q )=~P→~(Q)
③ ~(~(P)&~(Q))=~P→ Q
である。
然るに、
(09)
「日本語の語順」としては、
① ( P & Q )~=P →(Q)~
② ( P &(Q)~)~=P → Q
③ ((P)~& Q )~=P~→(Q)~
③ ((P)~&(Q)~)~=P~→ Q
である。
然るに、
(10)
② P→Q
といふ「論理式」は、
② PならばQである。
といふ、「意味」である。
従って、
(09)(10)により、
(11)
② (P&(Q)~)~
といふ「論理式」は、
② PならばQである。
といふ、「意味」である。
然るに、
(12)
② PにしてQ せざるはなし。
② PにしてQならざるはなし。
といふ「日本語」は、
② PならばQである(P→Q)。
といふ、「意味」である。
従って、
(11)(12)により、
(13)
② (P&(Q)~)~=
② (Pにして(Qせ)ざるは)なし。
といふ「等式」が、成立する。
従って、
(13)より、
(14)
② (人&(死)~)~=
② (人にして(死せ)不るは)無し。
といふ「等式」が、成立する。
然るに、
(15)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)
然るに、
(16)
② 無人而不死=
② 無〔人而不(死)〕。
に於いて、
② 無〔 〕⇒〔 〕無
② 不( )⇒( )不
といふ「移動」を行ふと、
② 無人而不死=
② 無〔人而不(死)〕⇒
② 〔人而(死)不〕無=
② (人にして(死せ)不るは)無し。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
従って、
(15)(16)により、
(17)
② 無人而不死。
② 人にして死せ不るは無し。
といふ、「漢文と訓読」が、「論理学的」であるならば、
② 無人而不死。
② 人にして死せ不るは無し。
といふ、「漢文と訓読」には、
② 無〔人而不(死)〕。
② 〔人にして(死せ)不るは〕無し。
といふ「括弧」が、無ければならない。
平成29年03月25日、毛利太。
(Ⅰ) P& Q
(Ⅱ) P&~Q
(Ⅲ)~P& Q
(Ⅳ)~P&~Q
に於いて、
Pは二つ、 Qは二つ、
~Pは二つ、~Qは二つ。
然るに、
(02)
(Ⅰ) P& Q
でないならば、
(Ⅱ) P&~Q
(Ⅲ)~P& Q
(Ⅳ)~P&~Q
に於いて、
Pは一つ、Qは一つ。
であって、
① P→~Q ∵(Ⅱ)
① Q→~P ∵(Ⅲ)
(03)
(Ⅱ) P&~Q
でないならば、
(Ⅰ) P& Q
(Ⅲ)~P& Q
(Ⅳ)~P&~Q
に於いて、
Pは一つ、~Qは一つ。
であって、
② P→ Q ∵(Ⅰ)
② ~Q→~P ∵(Ⅳ)
cf.
対偶(contraposition)。
(04)
(Ⅲ)~P& Q
でないならば、
(Ⅰ) P& Q
(Ⅱ) P&~Q
(Ⅳ)~P&~Q
に於いて、
Qは一つ、~Pは一つ。
であって、
③ Q→ P ∵(Ⅰ)
③ ~P→~Q ∵(Ⅳ)
(05)
(Ⅳ)~P&~Q
でないならば、
(Ⅰ) P& Q
(Ⅱ) P&~Q
(Ⅲ)~P& Q
に於いて、
~Pは一つ、~Qは一つ。
であって、
④ ~P→ Q ∵(Ⅲ)
④ ~Q→ P ∵(Ⅱ)
従って、
(02)~(05)により、
(06)
① ~( P& Q)= P→~Q
② ~( P&~Q)= P→ Q
③ ~(~P& Q)=~P→~Q
③ ~(~P&~Q)=~P→ Q
然るに、
(07)
括弧は曖昧さがない場合は適当に省略される(赤間世紀、AIプログラミング、2008年、13頁)。
任意の表述の否定は、その表述を’~( )’という空所にいれて書くことにしよう(W.O.クワイン著、杖下隆英訳、現代論理学入門、1972年、15頁)。
従って、
(06)(07)により、
(08)
「括弧」を、「省略」しなければ、
① ~( P & Q )= P→~(Q)
② ~( P &~(Q))= P→ Q
③ ~(~(P)& Q )=~P→~(Q)
③ ~(~(P)&~(Q))=~P→ Q
である。
然るに、
(09)
「日本語の語順」としては、
① ( P & Q )~=P →(Q)~
② ( P &(Q)~)~=P → Q
③ ((P)~& Q )~=P~→(Q)~
③ ((P)~&(Q)~)~=P~→ Q
である。
然るに、
(10)
② P→Q
といふ「論理式」は、
② PならばQである。
といふ、「意味」である。
従って、
(09)(10)により、
(11)
② (P&(Q)~)~
といふ「論理式」は、
② PならばQである。
といふ、「意味」である。
然るに、
(12)
② PにしてQ せざるはなし。
② PにしてQならざるはなし。
といふ「日本語」は、
② PならばQである(P→Q)。
といふ、「意味」である。
従って、
(11)(12)により、
(13)
② (P&(Q)~)~=
② (Pにして(Qせ)ざるは)なし。
といふ「等式」が、成立する。
従って、
(13)より、
(14)
② (人&(死)~)~=
② (人にして(死せ)不るは)無し。
といふ「等式」が、成立する。
然るに、
(15)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)
然るに、
(16)
② 無人而不死=
② 無〔人而不(死)〕。
に於いて、
② 無〔 〕⇒〔 〕無
② 不( )⇒( )不
といふ「移動」を行ふと、
② 無人而不死=
② 無〔人而不(死)〕⇒
② 〔人而(死)不〕無=
② (人にして(死せ)不るは)無し。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
従って、
(15)(16)により、
(17)
② 無人而不死。
② 人にして死せ不るは無し。
といふ、「漢文と訓読」が、「論理学的」であるならば、
② 無人而不死。
② 人にして死せ不るは無し。
といふ、「漢文と訓読」には、
② 無〔人而不(死)〕。
② 〔人にして(死せ)不るは〕無し。
といふ「括弧」が、無ければならない。
平成29年03月25日、毛利太。
2017年3月21日火曜日
「管到(論語・里仁24)」について。
(01)
「漢文の訓読に際しては「管到」をつかむことが大切だとよく言われる。「管到」とは修飾する語がどこまでかかるかということである。
『論語』に「君子欲訥於言而敏於行」という文があるが、この中の「欲」はどこまでかかるかというと「訥於言」ではなく「敏於行」までかかるのである。したがって訓読は「君子ハ欲ス訥2ナラント於言1ニ、而シテ敏2ナリ於行1ニ。」としてはだめで、「君子ハ欲ス(下)ス訥2ニシテ於言1ニ、而シテ敏(中)ナラント於行1ニ(上)」としなければならない。」(獨樂獨歩 - livedoor Blog)
(02)
「漢文」で、「修飾する語(修飾語)」といふ場合は、例へば、
① 白首=白い+頭
② 速成=速く+成る
に於ける、
① 白い(連体修飾語)
② 速く(連用修飾語)
等を、言ふ。
cf.
① 白首=白い頭=(白髪の)老人
(03)
③ 欲下 訥二 於言一 而敏中 於行上。
に於いて、
③ 欲
といふ「述語」は、
③ 訥於言
までではなく、
③ 於言而敏中於行
までに「係ってゐる」。
従って、
(01)(03)により、
(04)
③ 欲下 訥二 於言一 而敏中 於行上。
の「管到」は、
③ 欲(訥於言)而敏於行。
ではなく、
③ 欲(訥於言而敏於行)。
である。
然るに、
(05)
③ 訥於言=言に訥
③ 敏於行=行ひに敏
であるため、
③ 訥於言
③ 敏於行
の「管到」は、
③ 訥(於言)
③ 敏(於行)
である。
然るに、
(06)
【於】[句法]①〔於・・・・・・〕(前置詞)訓読せずにすますが、下に来る語に「に・を・より」などの送り仮名を添える。
(旺文社、高校基礎漢和辞典、1984年、400頁)
従って、
(05)(06)により、
(07)
③ 於=前置詞
③ 於=前置詞
であるため、「厳密」に言へば、
③ 訥於言
③ 敏於行
の「管到」は、
③ 訥(於言)
③ 敏(於行)
ではなく、
③ 訥於言
③ 敏於行
の「管到」は、
③ 訥(於(言))
③ 敏(於(行))
である。
従って、
(04)(07)により、
(08)
③ 欲下 訥二 於 言一 而 敏中 於行上。
③ 欲二 訥レ 於レ 言 而 敏一レ 於レ 行。
の「管到」は、
③ 於(言)
③ 於(行)
③ 訥(於言)
③ 敏(於行)
③ 欲(訥於言而敏於行)。
からなる所の、
③ 欲[訥〔於(言)〕而敏〔於(行)〕]。
である。といふ、ことになる。
然るに、
(09)
③ 欲訥於言而敏於行=
③ 欲[訥〔於(言)〕而敏〔於(行)〕]。
に於いて、
③ 欲[ ]⇒[ ]欲
③ 訥〔 〕⇒〔 〕訥
③ 於( )⇒( )於
③ 敏〔 〕⇒〔 〕敏
③ 於( )⇒( )於
といふ「移動」を行ふと、
③ 欲[訥〔於(言)〕而敏〔於(行)〕]⇒
③ [〔(言)於〕訥而〔(行)於〕敏]欲=
③ [〔(言)に〕訥にして〔(行ひ)に〕敏ならんと]欲す。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
(10)
④ 不欲訥於言而敏於行=
④ 不{欲[訥〔於(言)〕而敏〔於(行)〕]}。
に於いて、
④ 不{ }⇒{ }不
④ 欲[ ]⇒[ ]欲
④ 訥〔 〕⇒〔 〕訥
④ 於( )⇒( )於
④ 敏〔 〕⇒〔 〕敏
④ 於( )⇒( )於
といふ「移動」を行ふと、
④ 不{欲[訥〔於(言)〕而敏〔於(行)〕]}⇒
④ {[〔(言)於〕訥而〔(行)於〕敏]欲}不=
④ {[〔(言)に〕訥にして〔(行ひ)に〕敏ならんと]欲せ}ず。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
(11)
⑤ 不欲訥於言而欲敏於行=
⑤ 不{欲[訥〔於(言)〕}而欲[敏〔於(行)〕]。
に於いて、
⑤ 不{ }⇒{ }不
⑤ 欲[ ]⇒[ ]欲
⑤ 訥〔 〕⇒〔 〕訥
⑤ 於( )⇒( )於
⑤ 欲[ ]⇒[ ]欲
⑤ 敏〔 〕⇒〔 〕敏
⑤ 於( )⇒( )於
といふ「移動」を行ふと、
⑤ 不{欲[訥〔於(言)〕]}而欲[敏〔於(行)〕]⇒
⑤ {[〔(言)於〕訥]欲}不而[〔(行)於〕敏]欲=
⑤ {[〔(言)に〕訥ならんと]欲せ}ずして[〔(行ひ)に〕敏ならんと]欲す。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
然るに、
(12)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)
従って、
(09)~(12)により、
(13)
③ 欲訥於言而 敏於行。
④ 不欲訥於言而 敏於行。
⑤ 不欲訥於言而欲敏於行。
③ 欲下 訥二 於言一 而 敏中 於行上。
④ 不レ 欲下 訥二 於言一 而 敏中 於行上。
⑤ 不レ 欲レ 訥二 於言一 而 欲レ 敏二 於行一。
に対する、
③ 欲[訥〔於(言)〕而敏〔於(行)〕]。
④ 不{欲[訥〔於(言)〕而敏〔於(行)〕]}。
⑤ 不{欲[訥〔於(言)〕}而欲[敏〔於(行)〕]。
といふ「管到」は、その一方で、「補足構造」である。
(14)
④ 不{欲[訥〔於(言)〕而敏〔於(行)〕]}。
⑤ 不{欲[訥〔於(言)〕}而欲[敏〔於(行)〕]。
に於いて、
④ 不 の「管到」は、「それより右の、全体」であるが、
⑤ 不 の「管到」は、「それより右の、途中」である。
平成29年03月21日、毛利太。
「漢文の訓読に際しては「管到」をつかむことが大切だとよく言われる。「管到」とは修飾する語がどこまでかかるかということである。
『論語』に「君子欲訥於言而敏於行」という文があるが、この中の「欲」はどこまでかかるかというと「訥於言」ではなく「敏於行」までかかるのである。したがって訓読は「君子ハ欲ス訥2ナラント於言1ニ、而シテ敏2ナリ於行1ニ。」としてはだめで、「君子ハ欲ス(下)ス訥2ニシテ於言1ニ、而シテ敏(中)ナラント於行1ニ(上)」としなければならない。」(獨樂獨歩 - livedoor Blog)
(02)
「漢文」で、「修飾する語(修飾語)」といふ場合は、例へば、
① 白首=白い+頭
② 速成=速く+成る
に於ける、
① 白い(連体修飾語)
② 速く(連用修飾語)
等を、言ふ。
cf.
① 白首=白い頭=(白髪の)老人
(03)
③ 欲下 訥二 於言一 而敏中 於行上。
に於いて、
③ 欲
といふ「述語」は、
③ 訥於言
までではなく、
③ 於言而敏中於行
までに「係ってゐる」。
従って、
(01)(03)により、
(04)
③ 欲下 訥二 於言一 而敏中 於行上。
の「管到」は、
③ 欲(訥於言)而敏於行。
ではなく、
③ 欲(訥於言而敏於行)。
である。
然るに、
(05)
③ 訥於言=言に訥
③ 敏於行=行ひに敏
であるため、
③ 訥於言
③ 敏於行
の「管到」は、
③ 訥(於言)
③ 敏(於行)
である。
然るに、
(06)
【於】[句法]①〔於・・・・・・〕(前置詞)訓読せずにすますが、下に来る語に「に・を・より」などの送り仮名を添える。
(旺文社、高校基礎漢和辞典、1984年、400頁)
従って、
(05)(06)により、
(07)
③ 於=前置詞
③ 於=前置詞
であるため、「厳密」に言へば、
③ 訥於言
③ 敏於行
の「管到」は、
③ 訥(於言)
③ 敏(於行)
ではなく、
③ 訥於言
③ 敏於行
の「管到」は、
③ 訥(於(言))
③ 敏(於(行))
である。
従って、
(04)(07)により、
(08)
③ 欲下 訥二 於 言一 而 敏中 於行上。
③ 欲二 訥レ 於レ 言 而 敏一レ 於レ 行。
の「管到」は、
③ 於(言)
③ 於(行)
③ 訥(於言)
③ 敏(於行)
③ 欲(訥於言而敏於行)。
からなる所の、
③ 欲[訥〔於(言)〕而敏〔於(行)〕]。
である。といふ、ことになる。
然るに、
(09)
③ 欲訥於言而敏於行=
③ 欲[訥〔於(言)〕而敏〔於(行)〕]。
に於いて、
③ 欲[ ]⇒[ ]欲
③ 訥〔 〕⇒〔 〕訥
③ 於( )⇒( )於
③ 敏〔 〕⇒〔 〕敏
③ 於( )⇒( )於
といふ「移動」を行ふと、
③ 欲[訥〔於(言)〕而敏〔於(行)〕]⇒
③ [〔(言)於〕訥而〔(行)於〕敏]欲=
③ [〔(言)に〕訥にして〔(行ひ)に〕敏ならんと]欲す。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
(10)
④ 不欲訥於言而敏於行=
④ 不{欲[訥〔於(言)〕而敏〔於(行)〕]}。
に於いて、
④ 不{ }⇒{ }不
④ 欲[ ]⇒[ ]欲
④ 訥〔 〕⇒〔 〕訥
④ 於( )⇒( )於
④ 敏〔 〕⇒〔 〕敏
④ 於( )⇒( )於
といふ「移動」を行ふと、
④ 不{欲[訥〔於(言)〕而敏〔於(行)〕]}⇒
④ {[〔(言)於〕訥而〔(行)於〕敏]欲}不=
④ {[〔(言)に〕訥にして〔(行ひ)に〕敏ならんと]欲せ}ず。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
(11)
⑤ 不欲訥於言而欲敏於行=
⑤ 不{欲[訥〔於(言)〕}而欲[敏〔於(行)〕]。
に於いて、
⑤ 不{ }⇒{ }不
⑤ 欲[ ]⇒[ ]欲
⑤ 訥〔 〕⇒〔 〕訥
⑤ 於( )⇒( )於
⑤ 欲[ ]⇒[ ]欲
⑤ 敏〔 〕⇒〔 〕敏
⑤ 於( )⇒( )於
といふ「移動」を行ふと、
⑤ 不{欲[訥〔於(言)〕]}而欲[敏〔於(行)〕]⇒
⑤ {[〔(言)於〕訥]欲}不而[〔(行)於〕敏]欲=
⑤ {[〔(言)に〕訥ならんと]欲せ}ずして[〔(行ひ)に〕敏ならんと]欲す。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
然るに、
(12)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)
従って、
(09)~(12)により、
(13)
③ 欲訥於言而 敏於行。
④ 不欲訥於言而 敏於行。
⑤ 不欲訥於言而欲敏於行。
③ 欲下 訥二 於言一 而 敏中 於行上。
④ 不レ 欲下 訥二 於言一 而 敏中 於行上。
⑤ 不レ 欲レ 訥二 於言一 而 欲レ 敏二 於行一。
に対する、
③ 欲[訥〔於(言)〕而敏〔於(行)〕]。
④ 不{欲[訥〔於(言)〕而敏〔於(行)〕]}。
⑤ 不{欲[訥〔於(言)〕}而欲[敏〔於(行)〕]。
といふ「管到」は、その一方で、「補足構造」である。
(14)
④ 不{欲[訥〔於(言)〕而敏〔於(行)〕]}。
⑤ 不{欲[訥〔於(言)〕}而欲[敏〔於(行)〕]。
に於いて、
④ 不 の「管到」は、「それより右の、全体」であるが、
⑤ 不 の「管到」は、「それより右の、途中」である。
平成29年03月21日、毛利太。
2017年3月20日月曜日
「横書き(右から左)」。
(01)
① 人間であるならば、動物である。
② 人間であって動物でない。といふことはない。
に於いて、
①=② である。
従って、
(02)
① Pならば、Qである。
② PであってQでない。といふことはない。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(03)
今の日本語の「横書き」は、「ギリシャ語」等のやうに、「左から右に」書くものの、
昔の日本語の「横書き」は、「ヘブライ語」等のやうに、「右から左に」書く。
従って、
(02)(03)により、
(04)
① Pならば、Qである。
② PであってQでない。といふことはない。
であれば、
① 。るあでQ、ばらなP
② 。いなはとこふいと。いなでQてっあでP
といふ風に、書くことが、出来る。
然るに、
(05)
① Q←P
② ~(~(Q)&P)
といふ「横書き」は、
① 。るあでQ、ばらなP
② 。いなはとこふいと。いなでQてっあでP
といふ「横書き」に、相当する。
従って、
(04)(05)により、
(06)
① Q←P
② ~(~(Q)&P)
と書いて、
① Pならば、Qである。
② PであってQでない。といふことはない。
といふ風に、読むことが、出来る。
然るに、
(07)
「論理的」に、
② ~(~(Q)&P)
③ ~(P&~(Q))
に於いて、
②=③ である。
cf.
交換法則。
従って、
(06)(07)により、
(08)
③ ~(P&~(Q))
と書いて、
② PであってQでない。といふことはない。
といふ風に、読むことが、出来る。
然るに、
(09)
④ 無(人而不(死))。
の「訓読」は、
④ 人にして死せ不るは無し。
である。
然るに、
(10)
④ 無(人而不(死))。
といふ「漢文」を、
④ 人にして死せ不るは無し。
といふ風に、読むことは、
③ ~(P&~(Q))
といふ「論理式」を、
② PであってQでない。といふことはない。
といふ風に、読むことに、相当する。
従って、
(11)
仮に、私が、戦前の学生であったとしたら、
③ ~(P&~(Q))=
③ (Pであって(Q)でない)といふことはない。
といふ「論理式」を見て、
④ 無(人而不(死))=
④ (人にして(死せ)不るは)無し。
といふ「漢文」を、思ひ浮かべることが、有ったやも知れない。
平成29年03月20日、毛利太。
① 人間であるならば、動物である。
② 人間であって動物でない。といふことはない。
に於いて、
①=② である。
従って、
(02)
① Pならば、Qである。
② PであってQでない。といふことはない。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(03)
今の日本語の「横書き」は、「ギリシャ語」等のやうに、「左から右に」書くものの、
昔の日本語の「横書き」は、「ヘブライ語」等のやうに、「右から左に」書く。
従って、
(02)(03)により、
(04)
① Pならば、Qである。
② PであってQでない。といふことはない。
であれば、
① 。るあでQ、ばらなP
② 。いなはとこふいと。いなでQてっあでP
といふ風に、書くことが、出来る。
然るに、
(05)
① Q←P
② ~(~(Q)&P)
といふ「横書き」は、
① 。るあでQ、ばらなP
② 。いなはとこふいと。いなでQてっあでP
といふ「横書き」に、相当する。
従って、
(04)(05)により、
(06)
① Q←P
② ~(~(Q)&P)
と書いて、
① Pならば、Qである。
② PであってQでない。といふことはない。
といふ風に、読むことが、出来る。
然るに、
(07)
「論理的」に、
② ~(~(Q)&P)
③ ~(P&~(Q))
に於いて、
②=③ である。
cf.
交換法則。
従って、
(06)(07)により、
(08)
③ ~(P&~(Q))
と書いて、
② PであってQでない。といふことはない。
といふ風に、読むことが、出来る。
然るに、
(09)
④ 無(人而不(死))。
の「訓読」は、
④ 人にして死せ不るは無し。
である。
然るに、
(10)
④ 無(人而不(死))。
といふ「漢文」を、
④ 人にして死せ不るは無し。
といふ風に、読むことは、
③ ~(P&~(Q))
といふ「論理式」を、
② PであってQでない。といふことはない。
といふ風に、読むことに、相当する。
従って、
(11)
仮に、私が、戦前の学生であったとしたら、
③ ~(P&~(Q))=
③ (Pであって(Q)でない)といふことはない。
といふ「論理式」を見て、
④ 無(人而不(死))=
④ (人にして(死せ)不るは)無し。
といふ「漢文」を、思ひ浮かべることが、有ったやも知れない。
平成29年03月20日、毛利太。
2017年3月18日土曜日
「括弧」と「スコープ(管到)」と「返り点」。
(01)
① Qならば、Pである=Q→P
② QであってPである=Q&P
に於いて、
① Qでないならば、Pであっても、Pでなくとも、「真(本当)」である。
② Qでないならば、Pであっても、Pでなくとも、「偽(ウソ)」である。
従って、
(01)により、
(02)
① Q→P=Qならば、Pである。
② Q&P=QであってPである。
に於いて、
①≠② である。
従って、
(02)により、
(03)
① Q→P=Qならば、Pである。
② Q&P=QであってPである。
の「否定」である、
① ~(Q→P)=(Qならば、Pである)といふことはない。
② ~(Q&P)=(QであってPである)といふことはない。
に於いても、
①≠② である。
然るに、
(04)
① ~(Q→P)=~(P)&Q
② ~(Q&P)=~(P&Q)
である。
cf.
① ~(Q→P)=~{~(Q)∨P}=~{P∨~(Q)}=~(P)&~(~(Q))=~(P)&Q
従って、
(03)(04)により、
(05)
① ~(Q→P)=(Qならば、Pである)といふことはない=~(P)&Q
② ~(Q&P)=(QであってPである)といふことはない=~(P&Q)
である。
従って、
(03)(05)により、
(06)
① ~(P)&Q=(Qならば、Pである)といふことはない。
② ~(P&Q)=(PであってQである)といふことはない。
に於いても、
①≠② である。
従って、
(07)
① ~(P)&Q=(Pでは)なくてQである。
② ~(P&Q)=(PであってQである)といふことはない。
に於いても、
①≠② である。
然るに、
(08)
① ~(P)&Q=(Pでは)なくてQである。
② ~(P&Q)=(PであってQである)といふことはない。
に於いて、
① ~ は、「Pだけ」を「否定」し、
② ~ は、「PとQ」を「否定」する。
従って、
(08)により、
(09)
括弧は、論理演算子のスコープ(scope)を明示する働きを持つ。スコープは、論理演算子の働きが及ぶ範囲のことをいう。
(産業図書、数理言語学辞典、2013年、四七頁:命題論理、今仁生美)
然るに、
(10)
② ~(P&Q)
に於いて、
② ~ が、「P 」ではなく、
② ~ が、「PとQ」を、「否定」するのであれば、
② ~ は、「PとQ」に、「係ってゐる」。
然るに、
(11)
管到というのは「上の語が、下のことばのどこまでかかるか」ということである。なんことはない。諸君が古文や英語の時間でいつも練習している、あの「どこまでかかるか」である。漢文もことばである以上、これは当然でてくる問題である(二畳庵主人、漢文法基礎、1984年、389頁)。
従って、
(07)~(11)により、
(12)
「論理学」でいふ所の「スコープ」とは、「漢文」でいふ所の「管到」である。
従って、
(09)(12)により、
(13)
括弧は、漢字の「管到(scope)」を明示する働きを持ってゐる。
従って、
(14)
③ 当世士大夫無不知有劉老人者。
といふ「漢文の、管到」は、例へば、
③ 当世士大夫無{不[知〔有(劉老人)〕]者}。
といふ「括弧」によって、「明示」することが、出来る。
然るに、
(15)
③ 当世士大夫無不知有劉老人者=
③ 当世士大夫無{不[知〔有(劉老人)〕]者}。
に於いて、
③ 無{ }⇒{ }無
③ 不[ ]⇒[ ]不
③ 知〔 〕⇒〔 〕知
③ 有( )⇒( )有
といふ「移動」を行ふと、
③ 当世士大夫無不知有劉老人者=
③ 当世士大夫無{不[知〔有(劉老人)〕]者}⇒
③ 当世士大夫{[〔(劉老人)有〕知]不者}無=
③ 当世の士大夫{[〔(劉老人)有るを〕知ら]ざる者}無し=
③ 当時の知識人に、劉老人の存在を知らない者はゐない(助字弁略、序文)。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
然るに、
(16)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)
従って、
(15)(16)により、
(17)
例へば、
③ 当世士大夫無不知有劉老人者。
といふ「漢文」に対する、
③ 当世士大夫無{不[知〔有(劉老人)〕者]}。
といふ「括弧(管到)」は、
③ 当世士大夫無不知有劉老人者。
といふ「漢文の、補足構造」を、示してゐる。
然るに、
(18)
括弧は曖昧さがない場合は適当に省略される(赤間世紀、AIプログラミング、2008年、13頁)。
むやみに括弧が多くなることは我慢でないのである(E.J.レモン、論理学初歩、1973年、59頁)。
といふ「理由」により、「論理式」であっても、「括弧」は、「省略」される。
従って、
(18)により、
(19)
③ 当世士大夫無不知有劉老人者。
といふ「漢文」が、
③ 当世士大夫無{不[知〔有(劉老人)〕者]}。
といふ風に、書かれてゐない。からと言って、
③ 当世士大夫無不知有劉老人者。
といふ「漢文」に、
③ 当世士大夫無{不[知〔有(劉老人)〕者]}。
といふ「括弧(管到)」が無い。とは、限らない。
(20)
① ~(Q→P)=(Qならば、Pである)といふことはない。
② ~(Q&P)=(QであってPである)といふことはない。
であるならば、
① (Q→P)=(Qならば、Pである)
② (Q&P)=(QであってPである)
であって、
① ~=といふことはない。
② ~=といふことはない。
である。
従って、
(20)により、
(21)
① ~(Q→P)=(Q→P)~
② ~(Q&P)=(Q&P)~
である。
然るに、
(22)
① ~(Q→P)=(Q→P)~
② ~(Q&P)=(Q&P)~
であるならば、
① ~(Q→P)
② ~(Q&P)
といふ「 括弧 」は、
① ~二Q→P一=QならばPである。ではない。
② ~二Q&P一=QであってPである。といふことはない。
といふ「返り点」と、「変はり」がない。
平成29年03月19日、毛利太。
① Qならば、Pである=Q→P
② QであってPである=Q&P
に於いて、
① Qでないならば、Pであっても、Pでなくとも、「真(本当)」である。
② Qでないならば、Pであっても、Pでなくとも、「偽(ウソ)」である。
従って、
(01)により、
(02)
① Q→P=Qならば、Pである。
② Q&P=QであってPである。
に於いて、
①≠② である。
従って、
(02)により、
(03)
① Q→P=Qならば、Pである。
② Q&P=QであってPである。
の「否定」である、
① ~(Q→P)=(Qならば、Pである)といふことはない。
② ~(Q&P)=(QであってPである)といふことはない。
に於いても、
①≠② である。
然るに、
(04)
① ~(Q→P)=~(P)&Q
② ~(Q&P)=~(P&Q)
である。
cf.
① ~(Q→P)=~{~(Q)∨P}=~{P∨~(Q)}=~(P)&~(~(Q))=~(P)&Q
従って、
(03)(04)により、
(05)
① ~(Q→P)=(Qならば、Pである)といふことはない=~(P)&Q
② ~(Q&P)=(QであってPである)といふことはない=~(P&Q)
である。
従って、
(03)(05)により、
(06)
① ~(P)&Q=(Qならば、Pである)といふことはない。
② ~(P&Q)=(PであってQである)といふことはない。
に於いても、
①≠② である。
従って、
(07)
① ~(P)&Q=(Pでは)なくてQである。
② ~(P&Q)=(PであってQである)といふことはない。
に於いても、
①≠② である。
然るに、
(08)
① ~(P)&Q=(Pでは)なくてQである。
② ~(P&Q)=(PであってQである)といふことはない。
に於いて、
① ~ は、「Pだけ」を「否定」し、
② ~ は、「PとQ」を「否定」する。
従って、
(08)により、
(09)
括弧は、論理演算子のスコープ(scope)を明示する働きを持つ。スコープは、論理演算子の働きが及ぶ範囲のことをいう。
(産業図書、数理言語学辞典、2013年、四七頁:命題論理、今仁生美)
然るに、
(10)
② ~(P&Q)
に於いて、
② ~ が、「P 」ではなく、
② ~ が、「PとQ」を、「否定」するのであれば、
② ~ は、「PとQ」に、「係ってゐる」。
然るに、
(11)
管到というのは「上の語が、下のことばのどこまでかかるか」ということである。なんことはない。諸君が古文や英語の時間でいつも練習している、あの「どこまでかかるか」である。漢文もことばである以上、これは当然でてくる問題である(二畳庵主人、漢文法基礎、1984年、389頁)。
従って、
(07)~(11)により、
(12)
「論理学」でいふ所の「スコープ」とは、「漢文」でいふ所の「管到」である。
従って、
(09)(12)により、
(13)
括弧は、漢字の「管到(scope)」を明示する働きを持ってゐる。
従って、
(14)
③ 当世士大夫無不知有劉老人者。
といふ「漢文の、管到」は、例へば、
③ 当世士大夫無{不[知〔有(劉老人)〕]者}。
といふ「括弧」によって、「明示」することが、出来る。
然るに、
(15)
③ 当世士大夫無不知有劉老人者=
③ 当世士大夫無{不[知〔有(劉老人)〕]者}。
に於いて、
③ 無{ }⇒{ }無
③ 不[ ]⇒[ ]不
③ 知〔 〕⇒〔 〕知
③ 有( )⇒( )有
といふ「移動」を行ふと、
③ 当世士大夫無不知有劉老人者=
③ 当世士大夫無{不[知〔有(劉老人)〕]者}⇒
③ 当世士大夫{[〔(劉老人)有〕知]不者}無=
③ 当世の士大夫{[〔(劉老人)有るを〕知ら]ざる者}無し=
③ 当時の知識人に、劉老人の存在を知らない者はゐない(助字弁略、序文)。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
然るに、
(16)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)
従って、
(15)(16)により、
(17)
例へば、
③ 当世士大夫無不知有劉老人者。
といふ「漢文」に対する、
③ 当世士大夫無{不[知〔有(劉老人)〕者]}。
といふ「括弧(管到)」は、
③ 当世士大夫無不知有劉老人者。
といふ「漢文の、補足構造」を、示してゐる。
然るに、
(18)
括弧は曖昧さがない場合は適当に省略される(赤間世紀、AIプログラミング、2008年、13頁)。
むやみに括弧が多くなることは我慢でないのである(E.J.レモン、論理学初歩、1973年、59頁)。
といふ「理由」により、「論理式」であっても、「括弧」は、「省略」される。
従って、
(18)により、
(19)
③ 当世士大夫無不知有劉老人者。
といふ「漢文」が、
③ 当世士大夫無{不[知〔有(劉老人)〕者]}。
といふ風に、書かれてゐない。からと言って、
③ 当世士大夫無不知有劉老人者。
といふ「漢文」に、
③ 当世士大夫無{不[知〔有(劉老人)〕者]}。
といふ「括弧(管到)」が無い。とは、限らない。
(20)
① ~(Q→P)=(Qならば、Pである)といふことはない。
② ~(Q&P)=(QであってPである)といふことはない。
であるならば、
① (Q→P)=(Qならば、Pである)
② (Q&P)=(QであってPである)
であって、
① ~=といふことはない。
② ~=といふことはない。
である。
従って、
(20)により、
(21)
① ~(Q→P)=(Q→P)~
② ~(Q&P)=(Q&P)~
である。
然るに、
(22)
① ~(Q→P)=(Q→P)~
② ~(Q&P)=(Q&P)~
であるならば、
① ~(Q→P)
② ~(Q&P)
といふ「 括弧 」は、
① ~二Q→P一=QならばPである。ではない。
② ~二Q&P一=QであってPである。といふことはない。
といふ「返り点」と、「変はり」がない。
平成29年03月19日、毛利太。
2017年3月17日金曜日
「補足構造・括弧・管到・返り点」。
(01)
① 我非聖人 =我は聖人に非ず。
② 我非聖人也=我は聖人に非ざるなり。
(02)
① 我は聖人に非ず =私は聖人ではない。
② 我は聖人に非ざるなり=私は聖人ではないのだ。
従って、
(01)(02)により、
(03)
② 也={なり=のだ(断定)}。
とする。
(04)
② 我非聖人也=
② 主語+述語+補語+断定。
に於いて、
② 主語 の「意味」は、
② 述語 を「介し」て、
② 補語 に「係ってゐる」。
とする。
(05)
目的語と補語とはそれほど区別する必要はないので、
両方併せて、補足語と呼んだり、単に補語と呼んだりしている。
(江連隆、基礎からの漢文、1993年、26頁)
然るに、
(06)
② 我非聖人也。
に於いて、
② 非の(補語)は(聖人)である。
従って、
(06)により、
(07)
② 我非聖人也。
といふ「漢文の補足構造」は、
② 我非(聖人)也。
である。
然るに、
(08)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、
その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)
(07)(08)により、
(09)
② 我非聖人也=
② 我非(聖人)也。
に於いて、
② 非( )⇒( )非
といふ「移動」を行ふと、
② 我非聖人也=
② 我非(聖人)也⇒
② 我(聖人)非也=
② 我は(聖人に)非ざるなり。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
(10)
③ 我非必求以解英文法解漢文者也。
に於いて、
③ 非の{補語}は{必求以解英文法解漢文者}である。
③ 求の[補語]は[解英文法解漢文] である。
③ 以の〔補語〕は〔解英文法〕 である。
③ 解の(補語)は(英文) である。
③ 解の(補語)は(漢文) である。
従って、
(10)により、
(11)
③ 我非必求以解英文法解漢文者也。
といふ「漢文の補足構造」は、
③ 我非{必求[以〔解(英文)法〕解(漢文)]者}也。
である。
従って、
(08)(11)により、
(12)
③ 我非必求以解英文法解漢文者也=
③ 我非{必求[以〔解(英文)法〕解(漢文)]者}也。
に於いて、
③ 非{ }⇒{ }非
③ 求[ ]⇒[ ]求
③ 以〔 〕⇒〔 〕以
③ 解( )⇒( )解
③ 解( )⇒( )解
といふ「移動」を行ふと、
③ 我非必求以解英文法解漢文者也=
③ 我非{必求[以〔解(英文)法〕解(漢文)]者}也⇒
③ 我{必[〔(英文)解法〕以(漢文)解]求者}非也=
③ 我{必ずしも[〔(英文を)解する法を〕以て(漢文を)解せんことを]求むる者に}非ざるなり。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
然るに、
(13)
管到というのは「上の語が、下のことばのどこまでかかるか」ということである。なんことはない。諸君が古文や英語の時間でいつも練習している、あの「どこまでかかるか」である。漢文もことばである以上、これは当然でてくる問題である(二畳庵主人、漢文法基礎、1984年、389頁)。
然るに、
(14)
③ 我非必求以解英文法解漢文者也。
に於いて、
③ 我非{必求[以〔解(英文)法〕解(漢文)]者}也。
であるならば、
③ 非 は{必求以解英文法解漢文者}に係ってゐる。
③ 求 は[解英文法解漢文] に係ってゐる。
③ 以 は〔解英文法〕 に係ってゐる。
③ 解 は(英文) に係ってゐる。
③ 解 は(補語) に係ってゐる。
従って、
(11)(13)(14)により、
(15)
③ 我非必求以解英文法解漢文者也。
といふ「漢文の管到」は、
③ 我非{必求[以〔解(英文)法〕解(漢文)]者}也。
であって、「管到」とは、すなはち、「補足構造」である。
然るに、
(16)
③ 我非{必求[以〔解(英文)法〕解(漢文)]者}也。
に於いて、「返り点(レ点を除く)」が付く「位置」に#を置くと、
③ 我#{必#[#〔#(英#)#〕#(漢#)]#}也。
である。
従って、
(17)
③ 我#{必#[#〔#(英#)#〕#(漢#)]#}也。
地 丙 下 二 一 上 乙 甲 天
であるため、「返り点」は、
我非地 必求丙 以下 解二 英文一 法上 解乙 漢文甲 者天 也。
である。
従って、
(15)(16)により、
(18)
「括弧」は、「補足構造」を表し、「補足構造」とは、すなはち、「管到」であって、「管到(補足構造)」が、「返り点」を、確定する。
平成29年03月17日、毛利太。
① 我非聖人 =我は聖人に非ず。
② 我非聖人也=我は聖人に非ざるなり。
(02)
① 我は聖人に非ず =私は聖人ではない。
② 我は聖人に非ざるなり=私は聖人ではないのだ。
従って、
(01)(02)により、
(03)
② 也={なり=のだ(断定)}。
とする。
(04)
② 我非聖人也=
② 主語+述語+補語+断定。
に於いて、
② 主語 の「意味」は、
② 述語 を「介し」て、
② 補語 に「係ってゐる」。
とする。
(05)
目的語と補語とはそれほど区別する必要はないので、
両方併せて、補足語と呼んだり、単に補語と呼んだりしている。
(江連隆、基礎からの漢文、1993年、26頁)
然るに、
(06)
② 我非聖人也。
に於いて、
② 非の(補語)は(聖人)である。
従って、
(06)により、
(07)
② 我非聖人也。
といふ「漢文の補足構造」は、
② 我非(聖人)也。
である。
然るに、
(08)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、
その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)
(07)(08)により、
(09)
② 我非聖人也=
② 我非(聖人)也。
に於いて、
② 非( )⇒( )非
といふ「移動」を行ふと、
② 我非聖人也=
② 我非(聖人)也⇒
② 我(聖人)非也=
② 我は(聖人に)非ざるなり。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
(10)
③ 我非必求以解英文法解漢文者也。
に於いて、
③ 非の{補語}は{必求以解英文法解漢文者}である。
③ 求の[補語]は[解英文法解漢文] である。
③ 以の〔補語〕は〔解英文法〕 である。
③ 解の(補語)は(英文) である。
③ 解の(補語)は(漢文) である。
従って、
(10)により、
(11)
③ 我非必求以解英文法解漢文者也。
といふ「漢文の補足構造」は、
③ 我非{必求[以〔解(英文)法〕解(漢文)]者}也。
である。
従って、
(08)(11)により、
(12)
③ 我非必求以解英文法解漢文者也=
③ 我非{必求[以〔解(英文)法〕解(漢文)]者}也。
に於いて、
③ 非{ }⇒{ }非
③ 求[ ]⇒[ ]求
③ 以〔 〕⇒〔 〕以
③ 解( )⇒( )解
③ 解( )⇒( )解
といふ「移動」を行ふと、
③ 我非必求以解英文法解漢文者也=
③ 我非{必求[以〔解(英文)法〕解(漢文)]者}也⇒
③ 我{必[〔(英文)解法〕以(漢文)解]求者}非也=
③ 我{必ずしも[〔(英文を)解する法を〕以て(漢文を)解せんことを]求むる者に}非ざるなり。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
然るに、
(13)
管到というのは「上の語が、下のことばのどこまでかかるか」ということである。なんことはない。諸君が古文や英語の時間でいつも練習している、あの「どこまでかかるか」である。漢文もことばである以上、これは当然でてくる問題である(二畳庵主人、漢文法基礎、1984年、389頁)。
然るに、
(14)
③ 我非必求以解英文法解漢文者也。
に於いて、
③ 我非{必求[以〔解(英文)法〕解(漢文)]者}也。
であるならば、
③ 非 は{必求以解英文法解漢文者}に係ってゐる。
③ 求 は[解英文法解漢文] に係ってゐる。
③ 以 は〔解英文法〕 に係ってゐる。
③ 解 は(英文) に係ってゐる。
③ 解 は(補語) に係ってゐる。
従って、
(11)(13)(14)により、
(15)
③ 我非必求以解英文法解漢文者也。
といふ「漢文の管到」は、
③ 我非{必求[以〔解(英文)法〕解(漢文)]者}也。
であって、「管到」とは、すなはち、「補足構造」である。
然るに、
(16)
③ 我非{必求[以〔解(英文)法〕解(漢文)]者}也。
に於いて、「返り点(レ点を除く)」が付く「位置」に#を置くと、
③ 我#{必#[#〔#(英#)#〕#(漢#)]#}也。
である。
従って、
(17)
③ 我#{必#[#〔#(英#)#〕#(漢#)]#}也。
地 丙 下 二 一 上 乙 甲 天
であるため、「返り点」は、
我非地 必求丙 以下 解二 英文一 法上 解乙 漢文甲 者天 也。
である。
従って、
(15)(16)により、
(18)
「括弧」は、「補足構造」を表し、「補足構造」とは、すなはち、「管到」であって、「管到(補足構造)」が、「返り点」を、確定する。
平成29年03月17日、毛利太。
2017年3月16日木曜日
「レ点」は「補足構造」を表せない。
(01)
① 読(書)。
② 読(漢文)。
に於いて、
① の「括弧」と、
② の「括弧」は、「等しい」。
(02)
① 読二 書一。
② 読二 漢文一。
に於いて、
① の「返り点」と、
② の「返り点」は、「等しい」。
(03)
① 読書 = 書を読む。
② 読漢文=漢文を読む。
に於いて、
① の「補足構造」と、
② の「補足構造」は、「等しい」。
然るに、
(04)
「返り点」=「補足構造」
であると、「仮定」する。
従って、
(02)(03)(04)により、
(05)
① 読二 書一。
② 読二 漢文一。
に於いて、
① の「返り点(補足構造)」と、
② の「返り点(補足構造)」は、「等しく」、
尚且つ、
① 読書 = 書を読む。
② 読漢文=漢文を読む。
に於いて、
① の「補足構造(返り点)」と、
② の「補足構造(返り点)」は、「等しい」。
然るに、
(06)
① 読レ 書。
② 読二 漢文一。
に於いて、
① の「返り点」と、
② の「返り点」は、「等しく」ない。
従って、
(03)(04)(06)により、
(07)
① 読レ 書。
② 読二 漢文一。
に於いて、
① の「返り点(補足構造)」と、
② の「返り点(補足構造)」は、「等しく」ない。
にも拘らず、
① 読書 = 書を読む。
② 読漢文=漢文を読む。
に於いて、
① の「補足構造(返り点)」と、
② の「補足構造(返り点)」は、「等しい」。
従って、
(04)(06)(07)により、
(08)
「返り点」=「補足構造」
であると、「仮定」し、尚且つ、
① 読書 = 書を読む。
② 読漢文=漢文を読む。
の「返り点」が、
① 読二 書一。
② 読二 漢文一。
ではなく、
① 読レ 書。
② 読二 漢文一。
であるとすると、「矛盾」する。
従って、
(08)により、
(09)
「返り点」=「補足構造」
であって、尚且つ、
① 読レ 書。
といふ「返り点」を、認めるならば、「矛盾」する。
従って、
(09)により、
(10)
「返り点」=「補足構造」
とするならば、
① 読レ 書。
といふ「返り点」は、認めることは、出来ない。
平成29年03月16日、毛利太。
―「関連記事」―
「補足構造・括弧・返り点」(http://kannbunn.blogspot.com/2017/03/blog-post_15.html)。
① 読(書)。
② 読(漢文)。
に於いて、
① の「括弧」と、
② の「括弧」は、「等しい」。
(02)
① 読二 書一。
② 読二 漢文一。
に於いて、
① の「返り点」と、
② の「返り点」は、「等しい」。
(03)
① 読書 = 書を読む。
② 読漢文=漢文を読む。
に於いて、
① の「補足構造」と、
② の「補足構造」は、「等しい」。
然るに、
(04)
「返り点」=「補足構造」
であると、「仮定」する。
従って、
(02)(03)(04)により、
(05)
① 読二 書一。
② 読二 漢文一。
に於いて、
① の「返り点(補足構造)」と、
② の「返り点(補足構造)」は、「等しく」、
尚且つ、
① 読書 = 書を読む。
② 読漢文=漢文を読む。
に於いて、
① の「補足構造(返り点)」と、
② の「補足構造(返り点)」は、「等しい」。
然るに、
(06)
① 読レ 書。
② 読二 漢文一。
に於いて、
① の「返り点」と、
② の「返り点」は、「等しく」ない。
従って、
(03)(04)(06)により、
(07)
① 読レ 書。
② 読二 漢文一。
に於いて、
① の「返り点(補足構造)」と、
② の「返り点(補足構造)」は、「等しく」ない。
にも拘らず、
① 読書 = 書を読む。
② 読漢文=漢文を読む。
に於いて、
① の「補足構造(返り点)」と、
② の「補足構造(返り点)」は、「等しい」。
従って、
(04)(06)(07)により、
(08)
「返り点」=「補足構造」
であると、「仮定」し、尚且つ、
① 読書 = 書を読む。
② 読漢文=漢文を読む。
の「返り点」が、
① 読二 書一。
② 読二 漢文一。
ではなく、
① 読レ 書。
② 読二 漢文一。
であるとすると、「矛盾」する。
従って、
(08)により、
(09)
「返り点」=「補足構造」
であって、尚且つ、
① 読レ 書。
といふ「返り点」を、認めるならば、「矛盾」する。
従って、
(09)により、
(10)
「返り点」=「補足構造」
とするならば、
① 読レ 書。
といふ「返り点」は、認めることは、出来ない。
平成29年03月16日、毛利太。
―「関連記事」―
「補足構造・括弧・返り点」(http://kannbunn.blogspot.com/2017/03/blog-post_15.html)。
2017年3月15日水曜日
「レ点」が無ければ、
(01)
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
(Ⅱ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 辛 庚 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
に於いて、
(Ⅲ)上 中 下
が「不足」する場合は、
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 辛 庚 壬 癸
といふ「順番」を、
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 辛 庚 壬 癸
(Ⅳ)上 中 下
といふ「順番」に、変へることになる。
すなはち、
(02)
① 不[欲〔読(マンガ)学(日本語)〕]⇒
① [〔(マンガ)読(日本語)学〕欲]不=
① [〔(マンガを)読み(日本語を)学ばんと〕欲せ]ず=
① マンガを読んで、日本語を学ぼうとは思はない。
であれば、
① 不レ 欲下 読二 マンガ一 学中 日本語上。
であるが、
② 不[必欲〔読(マンガ)学(日本語)〕]⇒
② [必〔(マンガ)読(日本語)学〕欲]不=
② [必ずしも〔(マンガを)読み(日本語を)学ばんと〕欲せ]ず=
② 必ずしも、マンガを読んで、日本語を学ぼうとは思はない。
であれば、
② 不丁 必 欲丙 読二 マンガ一 学乙 日本語甲。
である。
然るに、
(03)
「新潮社版、南総里見八犬伝 一、平成15年、八犬士伝序」の場合は、
雖乙 其賢 不甲レ 如二 虞舜八元一、 忠魂義胆、 宜乙 与二 楠家八臣一 同レ 年談甲也。
であるため、「学校で習ふ、返り点」の「ルール」からは、ハズレテゐる。
すなはち、
(04)
「学校で習ふ、返り点」の「ルール」からすれば、
雖乙 其賢 不甲レ 如二 虞舜八元一、 忠魂義胆、 宜乙 与二 楠家八臣一 同レ 年談甲也。
ではなく、
雖二 其賢 不一レ 如二 虞舜八元一、 忠魂義胆、 宜下 与二 楠家八臣一 同レ 年談上也。
でなければ、ならない。
(05)
漢文の返り点は大体の標準があったが、細かいところには違いがあった。
例えば、
(A) 欲三 取二捨 之一。
(B) 欲レ 取二捨 之一。
(C) 我将二 任レ 彼 而不一レ 用二 吾力一 焉。
(D) 我将下 任レ 彼 而不上レ 用二 吾力一 焉。
これをどちらにするか協議したが、私が明治四十五年三月二十九日の官報に掲載された「漢文の句読・返点・添仮名・読方法」に従って、(A)に従うのがよいとし、(C)(D)はそれに記載がないが、「上・下」「上・中・下」は「一・二・三」などをまたいで読むときに用いるものであるから(C)を用いるのがよいと決めた。
(原田種成、漢文のすすめ、1992年、一一二頁)
(06)
取二捨
は、「読みにくい」ものの、
取‐捨 の、
取‐捨 の下に、
取二捨Aiが付いてゐる。
従って、
(05)(06)により、
(07)
(A) 欲三 取二捨 之一。
(B) 欲レ 取二捨 之一。
であれば、
(A) 取‐捨
(B) 取‐捨
であるが、
(A) 欲三 取二捨 之一。
(B) 欲レ 取二捨 之一。
であれば、
(A) 取‐捨
(B) 取‐捨
であるものの、「学校で習ふ、返り点」としては、
(A) 取‐捨
(B) 取‐捨
である(ことが多い)。
(08)
(C) 我将二 任レ 彼 而不一レ 用二 吾力一 焉。
(D) 我将下 任レ 彼 而不上レ 用二 吾力一 焉。
ではなく、
(C) 我将四 任レ 彼 而不三 用二 吾力一 焉。
(D) 我将丁 任レ 彼 而不丙 用乙 吾力甲 焉。
である方が、「分りやすい」。
(09)
(C) 我将四 任レ 彼 而不三 用二 吾力一 焉。
の方が、
(D) 我将丁 任二 彼一 而不丙 用乙 吾力甲 焉。
よりも、「分りやすい」といふことは、無い。
(10)
(A) 欲三 取二捨 之一。
よりも、
(B) 欲レ 取二捨 之一。
の方が、「分りやすい」といふことは無い。
然るに、
(11)
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
が無ければ、固より、
(A) 欲三 取二捨 之一。
(B) 欲レ 取二捨 之一。
(C) 我将二 任レ 彼 而不一レ 用二 吾力一 焉。
(D) 我将下 任レ 彼 而不上レ 用二 吾力一 焉。
これをどちらにするか。といふ「協議」自体が、有り得ない。
すなはち、
(12)
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
が無ければ、
(A) 欲三 取二捨 之一。
(D) 我将丁 任二 彼一 而不丙 用乙 吾力甲 焉。
とする以外に、「書きやう」が無い。
(13)
「括弧」であっても、
(A) 欲〔 取‐捨(之)〕。
(C) 我将[任(彼)而不〔用(吾力)〕]焉。
とする以外に、「書きやう」が無い。
然るに、
(14)
大学生に返り点を打たせると、レ点の原則違反から生じる誤りが大半をしめます。
(古田島洋介、これならわかる返り点、2009年、60頁)
然るに、
(15)
大学生に返り点を打たせると、レ点の原則違反から生じる誤りが大半をしめる。
といふことは、「レ点の原則」なるものが、「非合理的」であるからに、違ひない。
平成29年03月15日、毛利太。
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
(Ⅱ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 辛 庚 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
に於いて、
(Ⅲ)上 中 下
が「不足」する場合は、
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 辛 庚 壬 癸
といふ「順番」を、
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 辛 庚 壬 癸
(Ⅳ)上 中 下
といふ「順番」に、変へることになる。
すなはち、
(02)
① 不[欲〔読(マンガ)学(日本語)〕]⇒
① [〔(マンガ)読(日本語)学〕欲]不=
① [〔(マンガを)読み(日本語を)学ばんと〕欲せ]ず=
① マンガを読んで、日本語を学ぼうとは思はない。
であれば、
① 不レ 欲下 読二 マンガ一 学中 日本語上。
であるが、
② 不[必欲〔読(マンガ)学(日本語)〕]⇒
② [必〔(マンガ)読(日本語)学〕欲]不=
② [必ずしも〔(マンガを)読み(日本語を)学ばんと〕欲せ]ず=
② 必ずしも、マンガを読んで、日本語を学ぼうとは思はない。
であれば、
② 不丁 必 欲丙 読二 マンガ一 学乙 日本語甲。
である。
然るに、
(03)
「新潮社版、南総里見八犬伝 一、平成15年、八犬士伝序」の場合は、
雖乙 其賢 不甲レ 如二 虞舜八元一、 忠魂義胆、 宜乙 与二 楠家八臣一 同レ 年談甲也。
であるため、「学校で習ふ、返り点」の「ルール」からは、ハズレテゐる。
すなはち、
(04)
「学校で習ふ、返り点」の「ルール」からすれば、
雖乙 其賢 不甲レ 如二 虞舜八元一、 忠魂義胆、 宜乙 与二 楠家八臣一 同レ 年談甲也。
ではなく、
雖二 其賢 不一レ 如二 虞舜八元一、 忠魂義胆、 宜下 与二 楠家八臣一 同レ 年談上也。
でなければ、ならない。
(05)
漢文の返り点は大体の標準があったが、細かいところには違いがあった。
例えば、
(A) 欲三 取二捨 之一。
(B) 欲レ 取二捨 之一。
(C) 我将二 任レ 彼 而不一レ 用二 吾力一 焉。
(D) 我将下 任レ 彼 而不上レ 用二 吾力一 焉。
これをどちらにするか協議したが、私が明治四十五年三月二十九日の官報に掲載された「漢文の句読・返点・添仮名・読方法」に従って、(A)に従うのがよいとし、(C)(D)はそれに記載がないが、「上・下」「上・中・下」は「一・二・三」などをまたいで読むときに用いるものであるから(C)を用いるのがよいと決めた。
(原田種成、漢文のすすめ、1992年、一一二頁)
(06)
取二捨
は、「読みにくい」ものの、
取‐捨 の、
取‐捨 の下に、
取二捨Aiが付いてゐる。
従って、
(05)(06)により、
(07)
(A) 欲三 取二捨 之一。
(B) 欲レ 取二捨 之一。
であれば、
(A) 取‐捨
(B) 取‐捨
であるが、
(A) 欲三 取二捨 之一。
(B) 欲レ 取二捨 之一。
であれば、
(A) 取‐捨
(B) 取‐捨
であるものの、「学校で習ふ、返り点」としては、
(A) 取‐捨
(B) 取‐捨
である(ことが多い)。
(08)
(C) 我将二 任レ 彼 而不一レ 用二 吾力一 焉。
(D) 我将下 任レ 彼 而不上レ 用二 吾力一 焉。
ではなく、
(C) 我将四 任レ 彼 而不三 用二 吾力一 焉。
(D) 我将丁 任レ 彼 而不丙 用乙 吾力甲 焉。
である方が、「分りやすい」。
(09)
(C) 我将四 任レ 彼 而不三 用二 吾力一 焉。
の方が、
(D) 我将丁 任二 彼一 而不丙 用乙 吾力甲 焉。
よりも、「分りやすい」といふことは、無い。
(10)
(A) 欲三 取二捨 之一。
よりも、
(B) 欲レ 取二捨 之一。
の方が、「分りやすい」といふことは無い。
然るに、
(11)
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
が無ければ、固より、
(A) 欲三 取二捨 之一。
(B) 欲レ 取二捨 之一。
(C) 我将二 任レ 彼 而不一レ 用二 吾力一 焉。
(D) 我将下 任レ 彼 而不上レ 用二 吾力一 焉。
これをどちらにするか。といふ「協議」自体が、有り得ない。
すなはち、
(12)
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
が無ければ、
(A) 欲三 取二捨 之一。
(D) 我将丁 任二 彼一 而不丙 用乙 吾力甲 焉。
とする以外に、「書きやう」が無い。
(13)
「括弧」であっても、
(A) 欲〔 取‐捨(之)〕。
(C) 我将[任(彼)而不〔用(吾力)〕]焉。
とする以外に、「書きやう」が無い。
然るに、
(14)
大学生に返り点を打たせると、レ点の原則違反から生じる誤りが大半をしめます。
(古田島洋介、これならわかる返り点、2009年、60頁)
然るに、
(15)
大学生に返り点を打たせると、レ点の原則違反から生じる誤りが大半をしめる。
といふことは、「レ点の原則」なるものが、「非合理的」であるからに、違ひない。
平成29年03月15日、毛利太。
「補足構造・括弧・返り点」。
(01)
目的語と補語とはそれほど区別する必要はないので、
両方併せて、補足語と呼んだり、単に補語と呼んだりしている。
(江連隆、基礎からの漢文、平成五年、二六頁)
(02)
① 有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
に於いて、
① 有の〈補語〉は〈喜 与 不 如 己 者 為 友 心〉である。
① 喜の{補語}は{与 不 如 己 者 為 友}、友、心である。
① 与の[補語]は[不 如 己 者]、喜、者、為、友、心である。
① 不の〔補語〕は〔如 己〕、不、者、喜、者、為、友、心である。
① 如の(補語)は(己)、与、不、如、己、者、為、友、心である。
① 為の(補語)は(友)、与、不、如、己、者、為、友、心である。
従って、
(01)(02)により、
(03)
① 有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」の「補足構造」は、
① 有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
である。
然るに、
(04)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、
その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。
(鈴木直治、中国語と漢文、昭和五〇年、二九六頁)
従って、
(03)(04)により、
(05)
① 有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」の「補足構造」は、
① 有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
であって、尚且つ、
「漢文」の「補足構造の語順」と、
「訓読」の「補足構造の語順」は、「反対」である。
従って、
(05)により、
(06)
① 有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉=
① 十〈八{五[三〔二(一)〕四]七(六)}九〉。
に於いて、
十〈 〉⇒〈 〉十
八{ }⇒{ }八
五[ ]⇒[ ]五
三〔 〕⇒〔 〕三
二( )⇒( )二
七( )⇒( )七
といふ「移動」を行ふと、
① 有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉=
① 十〈八{五[三〔二(一)〕四]七(六)}九〉⇒
① 〈{[〔(一)二〕三四]五(六)七}八九〉十=
① 〈{[〔(己)如〕不者]与(友)為}喜心〉有=
① 〈{[〔(己に)如か〕ざる者]と(友と)為るを}喜ぶの心〉有り。
といふ、「漢文訓読」が、成立する。
従って、
(06)により、
(07)
① 有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に於ける、
① 有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
といふ「補足構造」を、「把握」することは、
① 有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心=
① 十 八 五 三 二 一 四 七 六 九。
といふ、「訓読の語順」を、「把握」することに他ならない。
然るに、
(08)
① 有地 喜丙 与下 不三 如二 己一 者上 為乙 友甲 心天。
といふ「返り点」は、
① 有十 喜八 与五 不三 如二 己一 者四 為七 友六 心九。
といふ「ii順番ii」を、すなはち、
① 有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心=
① 十 八 五 三 二 一 四 七 六 九。
といふ「順番」を、表してゐる。
従って、
(07)(08)により、
(09)
① 有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対する「返り点」が、
① 有地 喜丙 与下 不三 如二 己一 者上 為乙 友甲 心天。
であるならば、
① 有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に於ける「補足構造」は、
① 有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
である。
従って、
(09)により、
(10)
② 有 喜 与 不 如 自分 者 為 友人 心。
といふ「漢文」に対する「返り点」が、
② 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 心天。
であるならば、
② 有 喜 与 不 如 自分 者 為 友人 心。
といふ「漢文」に於ける「補足構造」は、
② 有〈喜{与[不〔如(自分)〕者]為(友人)}心〉。
である。
従って、
(09)(10)により、
(11)
① 有〈喜{与[不〔如(自己)〕者]為(人友)}心〉。
② 有〈喜{与[不〔如(自分)〕者]為(友人)}心〉。
に対する、「返り点」は、
① 有地 喜丙 与下 不三 如二 己一 者上 為乙 友甲 心天。
② 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 心天。
である。
然るに、
(12)
「明治四十五年の官報」が有るため、
「学校等で習ふ、返り点」としては、
① 有地 喜丙 与下 不三 如二 己一 者上 為乙 友甲 心天。
② 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 心天。
ではなく、
① 有乙 喜下 与二 不レ 如レ 己 者一 為上レ 友 心甲。
② 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 心天。
といふ「返り点」が、「正しい」。
然るに、
(13)
① 有〈喜{与[不〔如(自己)〕者]為(人友)}心〉。
② 有〈喜{与[不〔如(自分)〕者]為(友人)}心〉。
に対する、「返り点」が、
① 有地 喜丙 与下 不三 如二 己一 者上 為乙 友甲 心天。
② 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 心天。
ではなく、
① 有乙 喜下 与二 不レ 如レ 己 者一 為上レ 友 心甲。
② 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 心天。
であれば、
① の「返り点」は、
② の「返り点」と、「同じ」ではない。
然るに、
(14)
「返り点」が、「補足構造」を表してゐる。
とするならば、
「等しい、補足構造」に対して、
「二通りの、返り点」があることは、「矛盾」する。
然るに、
(15)
(一)sレ 一レ 上レ 甲レ 天レ
(二)s一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(三)s上 中 下
(四)s甲 乙 丙 丁 戊 己 辛 庚 壬 癸
(五)s天 地 人
といふ「返り点のセット」から、
(一)sレ 一レ 上レ 甲レ 天レ
を「除く」ならば、
① 有乙 喜下 与二 不レ 如レ 己 者一 為上レ 友 心甲。
② 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 心天。
ではなく、
① 有地 喜丙 与下 不三 如二 己一 者上 為乙 友甲 心天。
② 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 心天。
でなければ、ならない。
然るに、
(16)
(三)s上 中 下
(五)s天 地 人
ではなく、
(三)s上 中 下 ・ ・ ・ ・ ・
(五)s天 地 人 ・ ・ ・ ・ ・
であれば、
(一)sレ 一レ 上レ 甲レ 天レ
が無くとも、「支障」はない。
平成29年03月16日、毛利太。
目的語と補語とはそれほど区別する必要はないので、
両方併せて、補足語と呼んだり、単に補語と呼んだりしている。
(江連隆、基礎からの漢文、平成五年、二六頁)
(02)
① 有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
に於いて、
① 有の〈補語〉は〈喜 与 不 如 己 者 為 友 心〉である。
① 喜の{補語}は{与 不 如 己 者 為 友}、友、心である。
① 与の[補語]は[不 如 己 者]、喜、者、為、友、心である。
① 不の〔補語〕は〔如 己〕、不、者、喜、者、為、友、心である。
① 如の(補語)は(己)、与、不、如、己、者、為、友、心である。
① 為の(補語)は(友)、与、不、如、己、者、為、友、心である。
従って、
(01)(02)により、
(03)
① 有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」の「補足構造」は、
① 有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
である。
然るに、
(04)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、
その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。
(鈴木直治、中国語と漢文、昭和五〇年、二九六頁)
従って、
(03)(04)により、
(05)
① 有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」の「補足構造」は、
① 有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
であって、尚且つ、
「漢文」の「補足構造の語順」と、
「訓読」の「補足構造の語順」は、「反対」である。
従って、
(05)により、
(06)
① 有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉=
① 十〈八{五[三〔二(一)〕四]七(六)}九〉。
に於いて、
十〈 〉⇒〈 〉十
八{ }⇒{ }八
五[ ]⇒[ ]五
三〔 〕⇒〔 〕三
二( )⇒( )二
七( )⇒( )七
といふ「移動」を行ふと、
① 有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉=
① 十〈八{五[三〔二(一)〕四]七(六)}九〉⇒
① 〈{[〔(一)二〕三四]五(六)七}八九〉十=
① 〈{[〔(己)如〕不者]与(友)為}喜心〉有=
① 〈{[〔(己に)如か〕ざる者]と(友と)為るを}喜ぶの心〉有り。
といふ、「漢文訓読」が、成立する。
従って、
(06)により、
(07)
① 有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に於ける、
① 有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
といふ「補足構造」を、「把握」することは、
① 有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心=
① 十 八 五 三 二 一 四 七 六 九。
といふ、「訓読の語順」を、「把握」することに他ならない。
然るに、
(08)
① 有地 喜丙 与下 不三 如二 己一 者上 為乙 友甲 心天。
といふ「返り点」は、
① 有十 喜八 与五 不三 如二 己一 者四 為七 友六 心九。
といふ「ii順番ii」を、すなはち、
① 有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心=
① 十 八 五 三 二 一 四 七 六 九。
といふ「順番」を、表してゐる。
従って、
(07)(08)により、
(09)
① 有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対する「返り点」が、
① 有地 喜丙 与下 不三 如二 己一 者上 為乙 友甲 心天。
であるならば、
① 有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に於ける「補足構造」は、
① 有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
である。
従って、
(09)により、
(10)
② 有 喜 与 不 如 自分 者 為 友人 心。
といふ「漢文」に対する「返り点」が、
② 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 心天。
であるならば、
② 有 喜 与 不 如 自分 者 為 友人 心。
といふ「漢文」に於ける「補足構造」は、
② 有〈喜{与[不〔如(自分)〕者]為(友人)}心〉。
である。
従って、
(09)(10)により、
(11)
① 有〈喜{与[不〔如(自己)〕者]為(人友)}心〉。
② 有〈喜{与[不〔如(自分)〕者]為(友人)}心〉。
に対する、「返り点」は、
① 有地 喜丙 与下 不三 如二 己一 者上 為乙 友甲 心天。
② 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 心天。
である。
然るに、
(12)
「明治四十五年の官報」が有るため、
「学校等で習ふ、返り点」としては、
① 有地 喜丙 与下 不三 如二 己一 者上 為乙 友甲 心天。
② 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 心天。
ではなく、
① 有乙 喜下 与二 不レ 如レ 己 者一 為上レ 友 心甲。
② 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 心天。
といふ「返り点」が、「正しい」。
然るに、
(13)
① 有〈喜{与[不〔如(自己)〕者]為(人友)}心〉。
② 有〈喜{与[不〔如(自分)〕者]為(友人)}心〉。
に対する、「返り点」が、
① 有地 喜丙 与下 不三 如二 己一 者上 為乙 友甲 心天。
② 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 心天。
ではなく、
① 有乙 喜下 与二 不レ 如レ 己 者一 為上レ 友 心甲。
② 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 心天。
であれば、
① の「返り点」は、
② の「返り点」と、「同じ」ではない。
然るに、
(14)
「返り点」が、「補足構造」を表してゐる。
とするならば、
「等しい、補足構造」に対して、
「二通りの、返り点」があることは、「矛盾」する。
然るに、
(15)
(一)sレ 一レ 上レ 甲レ 天レ
(二)s一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(三)s上 中 下
(四)s甲 乙 丙 丁 戊 己 辛 庚 壬 癸
(五)s天 地 人
といふ「返り点のセット」から、
(一)sレ 一レ 上レ 甲レ 天レ
を「除く」ならば、
① 有乙 喜下 与二 不レ 如レ 己 者一 為上レ 友 心甲。
② 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 心天。
ではなく、
① 有地 喜丙 与下 不三 如二 己一 者上 為乙 友甲 心天。
② 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 心天。
でなければ、ならない。
然るに、
(16)
(三)s上 中 下
(五)s天 地 人
ではなく、
(三)s上 中 下 ・ ・ ・ ・ ・
(五)s天 地 人 ・ ・ ・ ・ ・
であれば、
(一)sレ 一レ 上レ 甲レ 天レ
が無くとも、「支障」はない。
平成29年03月16日、毛利太。
2017年3月13日月曜日
「漢文の補足構造」と「返り点(12点)」(Ⅲ)。
(01)
1は(0) を含んでゐる。
2は(1,0) を含んでゐる。
3は(2,1,0) を含んでゐる。
4は(3,2,1,0) を含んでゐる。
5は(4,3,2,1,0) を含んでゐる。
6は(5,4,3,2,1,0) を含んでゐる。
7は(6,5,4,3,2,1,0) を含んでゐる。
8は(7,6,5,4,3,2,1,0) を含んでゐる。
9は(8,7,6,5,4,3,2,1,0)を含んでゐる。
従って,
(01)により,
(02)
9は(7,4,2,1,0,3,6,5,8)を含んでゐる。
7は(4,2,1,0,3,6,5) を含んでゐる。
4は(2,1,0,3) を含んでゐる。
2は(1,0) を含んでゐる。
1は(0) を含んでゐる。
6は(5) を含んでゐる。
従って,
(02)により,
(03)
9は〈7,4,2,1,0,3,6,5,8〉を含んでゐる。
7は{4,2,1,0,3,6,5} を含んでゐる。
4は[2,1,0,3] を含んでゐる。
2は〔1,0〕 を含んでゐる。
1は(0) を含んでゐる。
6は(5) を含んでゐる。
従って、
(03)により、
(04)
9〈7{4[2〔1(0)〕3]6(5)}8〉。
(05)
有の〈補語〉は〈喜,与,不,如,己,者,為,友,心〉である。
喜の{補語}は{与,不,如,己,者,為,友} である。
与の[補語]は[不,如,己,者] である。
不の〔補語〕は〔如,己〕 である。
如の(補語)は(己) である。
為の(補語)は(友) である。
従って、
(05)により、
(06)
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
従って、
(04)(06)により、
(07)
9〈7{4[2〔1(0)〕3]6(5)}8〉。
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
従って、
(07)により、
(08)
9 7 4 2 1 0 3 6 5 8。
といふ「数値」に対して、
9〈7{4[2〔1(0)〕3]6(5)}8〉。
といふ「括弧」を与へるやうにして、
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対して、
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
といふ「括弧」を与へることが、出来る。
然るに、
(09)
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉=
9〈7{4[2〔1(0)〕3]6(5)}8〉。
に於いて、
9〈 〉⇒〈 〉9
7{ }⇒{ }7
4[ ]⇒[ ]4
2〔 〕⇒〔 〕2
1( )⇒( )1
6( )⇒( )6
といふ「移動」を行ふと、
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉=
9〈7{4[2〔1(0)〕3]6(5)}8〉⇒
〈{[〔(0)1〕23]4(5)6}78〉9=
〈{[〔(己)如〕不者]与(友)為}喜心〉有=
〈{[〔(己に)如か〕ざる者]と(友と)為るを}喜ぶの心〉有り。
従って、
(08)(09)により、
(10)
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対して、
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
といふ「括弧」を与へることは、
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対して、
9 7 4 2 1 0 3 6 5 8。
といふ「順番」を与へることに、「等しい」。
然るに、
(11)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、二九六頁)
従って、
(09)(11)により、
(12)
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉=
9〈7{4[2〔1(0)〕3]6(5)}8〉⇒
〈{[〔(己)如〕不者]与(友)為}喜心〉有=
〈{[〔(己に)如か〕ざる者]と(友と)為るを}喜ぶの心〉有り。
に於ける、
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
といふ「括弧」は、「漢文の補足構造」に、他ならない。
従って、
(10)(12)により、
(13)
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対して、
9 7 4 2 1 0 3 6 5 8。
といふ「順番」を与へることは、
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文の補足構造」を「把握」することに、他ならない。
然るに、
(14)
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対して、
9 7 4 2 1 0 3 6 5 8。
といふ「順番」を与へることは、
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対して、「返り点」を与へることに、他ならない。
従って、
(14)により、
(15)
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対して、「返り点(順番)」を与へることは、
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文の補足構造」を、「把握」することに、他ならない。
平成29年03月13日、毛利太。
1は(0) を含んでゐる。
2は(1,0) を含んでゐる。
3は(2,1,0) を含んでゐる。
4は(3,2,1,0) を含んでゐる。
5は(4,3,2,1,0) を含んでゐる。
6は(5,4,3,2,1,0) を含んでゐる。
7は(6,5,4,3,2,1,0) を含んでゐる。
8は(7,6,5,4,3,2,1,0) を含んでゐる。
9は(8,7,6,5,4,3,2,1,0)を含んでゐる。
従って,
(01)により,
(02)
9は(7,4,2,1,0,3,6,5,8)を含んでゐる。
7は(4,2,1,0,3,6,5) を含んでゐる。
4は(2,1,0,3) を含んでゐる。
2は(1,0) を含んでゐる。
1は(0) を含んでゐる。
6は(5) を含んでゐる。
従って,
(02)により,
(03)
9は〈7,4,2,1,0,3,6,5,8〉を含んでゐる。
7は{4,2,1,0,3,6,5} を含んでゐる。
4は[2,1,0,3] を含んでゐる。
2は〔1,0〕 を含んでゐる。
1は(0) を含んでゐる。
6は(5) を含んでゐる。
従って、
(03)により、
(04)
9〈7{4[2〔1(0)〕3]6(5)}8〉。
(05)
有の〈補語〉は〈喜,与,不,如,己,者,為,友,心〉である。
喜の{補語}は{与,不,如,己,者,為,友} である。
与の[補語]は[不,如,己,者] である。
不の〔補語〕は〔如,己〕 である。
如の(補語)は(己) である。
為の(補語)は(友) である。
従って、
(05)により、
(06)
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
従って、
(04)(06)により、
(07)
9〈7{4[2〔1(0)〕3]6(5)}8〉。
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
従って、
(07)により、
(08)
9 7 4 2 1 0 3 6 5 8。
といふ「数値」に対して、
9〈7{4[2〔1(0)〕3]6(5)}8〉。
といふ「括弧」を与へるやうにして、
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対して、
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
といふ「括弧」を与へることが、出来る。
然るに、
(09)
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉=
9〈7{4[2〔1(0)〕3]6(5)}8〉。
に於いて、
9〈 〉⇒〈 〉9
7{ }⇒{ }7
4[ ]⇒[ ]4
2〔 〕⇒〔 〕2
1( )⇒( )1
6( )⇒( )6
といふ「移動」を行ふと、
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉=
9〈7{4[2〔1(0)〕3]6(5)}8〉⇒
〈{[〔(0)1〕23]4(5)6}78〉9=
〈{[〔(己)如〕不者]与(友)為}喜心〉有=
〈{[〔(己に)如か〕ざる者]と(友と)為るを}喜ぶの心〉有り。
従って、
(08)(09)により、
(10)
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対して、
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
といふ「括弧」を与へることは、
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対して、
9 7 4 2 1 0 3 6 5 8。
といふ「順番」を与へることに、「等しい」。
然るに、
(11)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、二九六頁)
従って、
(09)(11)により、
(12)
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉=
9〈7{4[2〔1(0)〕3]6(5)}8〉⇒
〈{[〔(己)如〕不者]与(友)為}喜心〉有=
〈{[〔(己に)如か〕ざる者]と(友と)為るを}喜ぶの心〉有り。
に於ける、
有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}心〉。
といふ「括弧」は、「漢文の補足構造」に、他ならない。
従って、
(10)(12)により、
(13)
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対して、
9 7 4 2 1 0 3 6 5 8。
といふ「順番」を与へることは、
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文の補足構造」を「把握」することに、他ならない。
然るに、
(14)
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対して、
9 7 4 2 1 0 3 6 5 8。
といふ「順番」を与へることは、
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対して、「返り点」を与へることに、他ならない。
従って、
(14)により、
(15)
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文」に対して、「返り点(順番)」を与へることは、
有 喜 与 不 如 己 者 為 友 心。
といふ「漢文の補足構造」を、「把握」することに、他ならない。
平成29年03月13日、毛利太。
「漢文の補足構造」と「返り点」(Ⅱ)。
(01)
① 人有喜与不如己者為友之心。
といふ「漢文の補足構造」が、
① 人有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}之心〉。
といふ「括弧」によって、表はされてゐる、とする。
然るに、
(02)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。
すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、二九六頁)
従って、
(01)(02)により、
(03)
① 人有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}之心〉。
② 人に〈{[〔(己に)如か〕不る者]与(友と)為るを}喜ぶ之心〉有り。
に於いて、
① は、「漢文の補足構造」であって、
② は、「訓読の補足構造」である。
従って、
(03)により、
(04)
③ 人有〈喜{与[不〔如(自分)〕者]為(友人)}之心〉。
④ 人に〈{[〔(自分に)如か〕不る者]与(友人と)為るを}喜ぶ之心〉有り。
に於いて、
③ は、「漢文の補足構造」であって、
④ は、「訓読の補足構造」である。
然るに、
(05)
① 人有喜与不如己者為友之心=
① 人 有地 喜丙 与下 不三 如二 己一 者上 為乙 友甲 之 心天⇒
② 人 己一 如二 不三 者上 与下 友甲 為乙 喜丙 之 心天 有地=
② 人に己一 に如二 か不三 る者上 与下 友甲 に為乙 るを喜丙 ぶ之 心天 有地り=
② 人には、己よりも劣った者と友となることを喜ぶ心が有る。
(06)
③ 人有喜与不如自分者為友人之心=
③ 人 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 之 心天⇒
④ 人 自分一 如二 不三 者上 与下 友人甲 為乙 喜丙 之 心天 有地=
④ 人に自分一 に如二 か不三 る者上 与下 友人甲 に為乙 るを喜丙 ぶ之 心天 有地り=
④ 人には、自分よりも劣った者と友人となることを喜ぶ心が有る。
従って、
(03)~(06)により、
(07)
① 人有〈喜{与[不〔如( 己)〕者]為( 友)}之心〉。
③ 人有〈喜{与[不〔如(自分)〕者]為(友人)}之心〉。
といふ「括弧」と、
① 人 有地 喜丙 与下 不三 如二 己一 者上 為乙 友甲 之 心天。
③ 人 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 之 心天。
といふ「返り点」は、
① 人有喜与不如己者為友之心。
③ 人有喜与不如自分者為友人之心。
といふ「漢文の、補足構造」を、表してゐる。
然るに、
(08)
「学校で習ふ、返り点」としては、
① 人 有地 喜丙 与下 不三 如二 己一 者上 為乙 友甲 之 心天。
といふ「返り点」は、「マチガイ」であって、
① 人 有乙 喜下 与二 不レ 如レ 己 者一 為上レ 友 之 心甲。
といふ「返り点」だけが、「正しい」。
然るに、
(10)
① 人 有乙 喜下 与二 不レ 如レ 己 者一 為上レ 友 之 心甲。
③ 人 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 之 心天。
であれば、
① の「返り点」と、
③ の「返り点」は、「同じ」ではない。
従って、
(11)
① 人 有地 喜丙 与下 不三 如二 己一 者上 為乙 友甲 之 心天。
③ 人 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 之 心天。
ではなく、
① 人 有乙 喜下 与二 不レ 如レ 己 者一 為上レ 友 之 心甲。
③ 人 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 之 心天。
であるならば、その場合の「返り点」は、
① 人有〈喜{与[不〔如( 己)〕者]為( 友)}之心〉。
③ 人有〈喜{与[不〔如(自分)〕者]為(友人)}之心〉。
といふ「補足構造」を表してゐるとは、言へない。
(12)
⑤ 読二 書一。
⑥ 読二 漢文一。
ではなく、
⑤ 読レ 書。
⑥ 読二 漢文一。
であるならば、その場合の「返り点」は、
⑤ 読(書)。
⑥ 読(漢文)。
といふ「補足構造」を表してゐるとは、言へない。
(13)
⑦ レ 下 中 二 一 上レ
に於いて、
⑦ レ レ を除いた場合、
⑦ 囗 囗 下 二 一 中 上
でなければ、ならない。
従って、
(14)
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
(Ⅱ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
から、
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
を除いた場合、
(Ⅲ)上 中 下 囗 囗
に於いて、
(Ⅲ) 囗 囗
が「不足」する。
然るに、
(15)
(Ⅱ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅳ)上 中 下
とするならば、
(Ⅲ) 丁 戊
であるため、
(Ⅲ) 囗 囗
は「不足」しない。
従って、
(16)
(Ⅰ)レ点
は、「それ」がない場合であっても、「不都合」は、生じない。
平成29年03月13日、毛利太。
① 人有喜与不如己者為友之心。
といふ「漢文の補足構造」が、
① 人有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}之心〉。
といふ「括弧」によって、表はされてゐる、とする。
然るに、
(02)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。
すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、二九六頁)
従って、
(01)(02)により、
(03)
① 人有〈喜{与[不〔如(己)〕者]為(友)}之心〉。
② 人に〈{[〔(己に)如か〕不る者]与(友と)為るを}喜ぶ之心〉有り。
に於いて、
① は、「漢文の補足構造」であって、
② は、「訓読の補足構造」である。
従って、
(03)により、
(04)
③ 人有〈喜{与[不〔如(自分)〕者]為(友人)}之心〉。
④ 人に〈{[〔(自分に)如か〕不る者]与(友人と)為るを}喜ぶ之心〉有り。
に於いて、
③ は、「漢文の補足構造」であって、
④ は、「訓読の補足構造」である。
然るに、
(05)
① 人有喜与不如己者為友之心=
① 人 有地 喜丙 与下 不三 如二 己一 者上 為乙 友甲 之 心天⇒
② 人 己一 如二 不三 者上 与下 友甲 為乙 喜丙 之 心天 有地=
② 人に己一 に如二 か不三 る者上 与下 友甲 に為乙 るを喜丙 ぶ之 心天 有地り=
② 人には、己よりも劣った者と友となることを喜ぶ心が有る。
(06)
③ 人有喜与不如自分者為友人之心=
③ 人 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 之 心天⇒
④ 人 自分一 如二 不三 者上 与下 友人甲 為乙 喜丙 之 心天 有地=
④ 人に自分一 に如二 か不三 る者上 与下 友人甲 に為乙 るを喜丙 ぶ之 心天 有地り=
④ 人には、自分よりも劣った者と友人となることを喜ぶ心が有る。
従って、
(03)~(06)により、
(07)
① 人有〈喜{与[不〔如( 己)〕者]為( 友)}之心〉。
③ 人有〈喜{与[不〔如(自分)〕者]為(友人)}之心〉。
といふ「括弧」と、
① 人 有地 喜丙 与下 不三 如二 己一 者上 為乙 友甲 之 心天。
③ 人 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 之 心天。
といふ「返り点」は、
① 人有喜与不如己者為友之心。
③ 人有喜与不如自分者為友人之心。
といふ「漢文の、補足構造」を、表してゐる。
然るに、
(08)
「学校で習ふ、返り点」としては、
① 人 有地 喜丙 与下 不三 如二 己一 者上 為乙 友甲 之 心天。
といふ「返り点」は、「マチガイ」であって、
① 人 有乙 喜下 与二 不レ 如レ 己 者一 為上レ 友 之 心甲。
といふ「返り点」だけが、「正しい」。
然るに、
(10)
① 人 有乙 喜下 与二 不レ 如レ 己 者一 為上レ 友 之 心甲。
③ 人 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 之 心天。
であれば、
① の「返り点」と、
③ の「返り点」は、「同じ」ではない。
従って、
(11)
① 人 有地 喜丙 与下 不三 如二 己一 者上 為乙 友甲 之 心天。
③ 人 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 之 心天。
ではなく、
① 人 有乙 喜下 与二 不レ 如レ 己 者一 為上レ 友 之 心甲。
③ 人 有地 喜丙 与下 不三 如二 自分一 者上 為乙 友人甲 之 心天。
であるならば、その場合の「返り点」は、
① 人有〈喜{与[不〔如( 己)〕者]為( 友)}之心〉。
③ 人有〈喜{与[不〔如(自分)〕者]為(友人)}之心〉。
といふ「補足構造」を表してゐるとは、言へない。
(12)
⑤ 読二 書一。
⑥ 読二 漢文一。
ではなく、
⑤ 読レ 書。
⑥ 読二 漢文一。
であるならば、その場合の「返り点」は、
⑤ 読(書)。
⑥ 読(漢文)。
といふ「補足構造」を表してゐるとは、言へない。
(13)
⑦ レ 下 中 二 一 上レ
に於いて、
⑦ レ レ を除いた場合、
⑦ 囗 囗 下 二 一 中 上
でなければ、ならない。
従って、
(14)
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
(Ⅱ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)上 中 下
(Ⅳ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅴ)天 地 人
から、
(Ⅰ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
を除いた場合、
(Ⅲ)上 中 下 囗 囗
に於いて、
(Ⅲ) 囗 囗
が「不足」する。
然るに、
(15)
(Ⅱ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(Ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(Ⅳ)上 中 下
とするならば、
(Ⅲ) 丁 戊
であるため、
(Ⅲ) 囗 囗
は「不足」しない。
従って、
(16)
(Ⅰ)レ点
は、「それ」がない場合であっても、「不都合」は、生じない。
平成29年03月13日、毛利太。
2017年3月11日土曜日
「漢文の補足構造」と「返り点」。
(01)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。
すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、二九六頁)
従って、
(01)により、
(02)
「漢文の補足構造の語順」は、
「訓読の補足構造の語順」と、「逆」になる。
然るに、
(03)
① 解 (中国語 )。
① 解す(中国語を)。
② (中国語 )解 。
② (中国語を)解す。
に於いて、
① の「語順」と、
② の「語順」は、「逆」である。
従って、
(02)(03)により、
(04)
① 解(中国語)
② (中国語を)解す。
に於ける、
① 解(中国語)。
といふ「括弧」は、
① 解中国語。
といふ「漢文」の、「補足構造」を表はしてゐる。
(05)
① 以〔解(中国語)法〕。
② 〔(中国語を)解する法〕以て。
従って、
(02)(04)(05)により、
(06)
① 以〔解(中国語)法〕。
② 〔(中国語を)解する法〕以て。
に於ける、
① 以〔解(中国語)法〕。
といふ「括弧」は、
① 以解中国語法。
といふ「漢文」の、「補足構造」を表はしてゐる。
(07)
① 求[以〔解(中国語)法〕解(漢文)]。
① [〔(中国語を)解する法を〕以て(漢文を)解せんことを]求む。
従って、
(02)(06)(07)により、
(08)
① 求[以〔解(中国語)法〕解(漢文)]。
① [〔(中国語を)解する法を〕以て(漢文を)解せんことを]求む。
に於ける、
① 求[以〔解(中国語)法〕解(漢文)]。
といふ「括弧」は、
① 求以解中国語法解漢文。
といふ「漢文」の、「補足構造」を表はしてゐる。
(09)
① 我非{必求[以〔解(中国語)法〕解(漢文)]者}也。
① 我は{必ずしも[〔(中国語を)解する法を〕以て(漢文を)解せんことを]求むる者に}非ざるなり。
従って、
(02)(08)(09)により、
(10)
① 我非{必求[以〔解(中国語)法〕解(漢文)]者}也。
① 我は{必ずしも[〔(中国語を)解する法を〕以て(漢文を)解せんことを]求むる者に}非ざるなり。
に於ける、
① 我非{必求[以〔解(中国語)法〕解(漢文)]者}也。
といふ「括弧」は、
① 我非必求以解中国語法解漢文者也。
といふ「漢文」の、「補足構造」を表はしてゐる。
従って、
(01)~(10)により、
(11)
① 解(中国語)。
① 以〔解(中国語)法〕。
① 求[以〔解(中国語)法〕解(漢文)]。
① 我非{必求[以〔解(中国語)法〕解(漢文)]者}也。
といふ「括弧」は、
① 我非必求以解中国語法解漢文者也。
といふ「漢文」の、「補足構造」を表はしてゐる。
従って、
(11)により、
(12)
① 我非地必求丙以下解二中国語一。
① 我非地必求丙以下解二中国語一法上。
① 我非地必求丙以下解二中国語一法上解乙漢文甲。
① 我非地必求丙以下解二中国語一法上解乙漢文甲者天。
といふ「返り点」は、
① 我非必求以解中国語法解漢文者也。
といふ「漢文」の、「補足構造」を表はしてゐる。
然るに、
(13)
② 中国語一解二。
② 中国語一解二法上以下 。
② 中国語一解二法一以下漢文甲解乙求丙。
② 我必中国語一解二法上以下漢文甲解乙求丙者天非地也。
といふ「返り点」は、「訓読の語順」を表はしてゐる。
従って、
(12)(13)により、
(14)
① 我非地必求丙以下解二中国語一。
① 我非地必求丙以下解二中国語一法上。
① 我非地必求丙以下解二中国語一法上解乙漢文甲。
① 我非地必求丙以下解二中国語一法上解乙漢文甲者天。
といふ「(レ点を含まない)返り点」は、
① 我非必求以解中国語法解漢文者也。
といふ『「漢文の補足構造」と「訓読の語順」』を表はしてゐる。
従って、
(14)により、
(15)
「返り点」は、ただ単に、「訓読の語順」を表はしてゐるに過ぎない。
といふ風に、考へることは、「正しく」はない。
平成29年03月11日、毛利太。
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。
すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、二九六頁)
従って、
(01)により、
(02)
「漢文の補足構造の語順」は、
「訓読の補足構造の語順」と、「逆」になる。
然るに、
(03)
① 解 (中国語 )。
① 解す(中国語を)。
② (中国語 )解 。
② (中国語を)解す。
に於いて、
① の「語順」と、
② の「語順」は、「逆」である。
従って、
(02)(03)により、
(04)
① 解(中国語)
② (中国語を)解す。
に於ける、
① 解(中国語)。
といふ「括弧」は、
① 解中国語。
といふ「漢文」の、「補足構造」を表はしてゐる。
(05)
① 以〔解(中国語)法〕。
② 〔(中国語を)解する法〕以て。
従って、
(02)(04)(05)により、
(06)
① 以〔解(中国語)法〕。
② 〔(中国語を)解する法〕以て。
に於ける、
① 以〔解(中国語)法〕。
といふ「括弧」は、
① 以解中国語法。
といふ「漢文」の、「補足構造」を表はしてゐる。
(07)
① 求[以〔解(中国語)法〕解(漢文)]。
① [〔(中国語を)解する法を〕以て(漢文を)解せんことを]求む。
従って、
(02)(06)(07)により、
(08)
① 求[以〔解(中国語)法〕解(漢文)]。
① [〔(中国語を)解する法を〕以て(漢文を)解せんことを]求む。
に於ける、
① 求[以〔解(中国語)法〕解(漢文)]。
といふ「括弧」は、
① 求以解中国語法解漢文。
といふ「漢文」の、「補足構造」を表はしてゐる。
(09)
① 我非{必求[以〔解(中国語)法〕解(漢文)]者}也。
① 我は{必ずしも[〔(中国語を)解する法を〕以て(漢文を)解せんことを]求むる者に}非ざるなり。
従って、
(02)(08)(09)により、
(10)
① 我非{必求[以〔解(中国語)法〕解(漢文)]者}也。
① 我は{必ずしも[〔(中国語を)解する法を〕以て(漢文を)解せんことを]求むる者に}非ざるなり。
に於ける、
① 我非{必求[以〔解(中国語)法〕解(漢文)]者}也。
といふ「括弧」は、
① 我非必求以解中国語法解漢文者也。
といふ「漢文」の、「補足構造」を表はしてゐる。
従って、
(01)~(10)により、
(11)
① 解(中国語)。
① 以〔解(中国語)法〕。
① 求[以〔解(中国語)法〕解(漢文)]。
① 我非{必求[以〔解(中国語)法〕解(漢文)]者}也。
といふ「括弧」は、
① 我非必求以解中国語法解漢文者也。
といふ「漢文」の、「補足構造」を表はしてゐる。
従って、
(11)により、
(12)
① 我非地必求丙以下解二中国語一。
① 我非地必求丙以下解二中国語一法上。
① 我非地必求丙以下解二中国語一法上解乙漢文甲。
① 我非地必求丙以下解二中国語一法上解乙漢文甲者天。
といふ「返り点」は、
① 我非必求以解中国語法解漢文者也。
といふ「漢文」の、「補足構造」を表はしてゐる。
然るに、
(13)
② 中国語一解二。
② 中国語一解二法上以下 。
② 中国語一解二法一以下漢文甲解乙求丙。
② 我必中国語一解二法上以下漢文甲解乙求丙者天非地也。
といふ「返り点」は、「訓読の語順」を表はしてゐる。
従って、
(12)(13)により、
(14)
① 我非地必求丙以下解二中国語一。
① 我非地必求丙以下解二中国語一法上。
① 我非地必求丙以下解二中国語一法上解乙漢文甲。
① 我非地必求丙以下解二中国語一法上解乙漢文甲者天。
といふ「(レ点を含まない)返り点」は、
① 我非必求以解中国語法解漢文者也。
といふ『「漢文の補足構造」と「訓読の語順」』を表はしてゐる。
従って、
(14)により、
(15)
「返り点」は、ただ単に、「訓読の語順」を表はしてゐるに過ぎない。
といふ風に、考へることは、「正しく」はない。
平成29年03月11日、毛利太。
2017年3月4日土曜日
「英語」と「日本語」の「逆向き」。
(01)
① result of discovery of America by Columbus.
② announce of retirement of America from the world police.
③ study of the influence of the Beatles on pop culture.
④ desire for ability to run faster than anyone.
⑤ lack of evidence that dinosaurs are ancestors of birds.
(02)
① result《of〈discovery{of[America〔by(Columbus)〕]}〉》.
② announce《of〈retirement{of[America〔from(the world police)〕]}〉》.
③ study《of〈the influence{of[the Beatles〔on(pop culture)〕]}〉》.
④ desire「for《ability〈to{run[faster〔than(anyone)〕]}〉》」.
⑤ lack「of《evidence〈that{dinosaurs are[ancestors〔of(birds)〕]}〉》」.
(03)
① 《〈{[〔(Columbus)by〕America]of}discovery〉of》result.
② 《〈{[〔(the world police)from〕America]of}retirement〉of》announce.
③ 《〈{[〔(pop culture)on〕the Beatles]of}the influence〉of》study.
④ 「《〈{[〔(anyone)than〕faster]run}to〉ability》for」Desire.
⑤ 「《〈{dinosaurs [〔(birds)of〕ancestors]are}that〉evidence》of」lack.
(04)
① 《〈{[〔(コロンブス)による〕アメリカ]の}発見〉の》結果.
② 《〈{[〔(世界の警察)からの〕アメリカ]の}引退〉の》表明.
③ 《〈{[〔(大衆文化)に於ける〕ビートルズ]の}影響〉の》研究.
④ 「《〈{[〔(誰)よりも〕速く]走る}ための〉能力》に対する」欲求.
⑤ 「《〈{恐竜が [〔(鳥)の〕祖先]である}といふ〉証拠》の」欠如.
(05)
①~⑤ に於いて、
⑤「are と that」を除くと、全て、「名詞と、前置詞と、冠詞」である。
然るに、
(06)
⑥ 何不〈令{人謂(韓公叔)曰[秦之敢絶(周)而伐(韓)者、信(東周)也、公何不〔与(周地)発(質使)之(楚)〕。秦必疑(楚)、不〔信(周)〕。是韓不(伐)也]、又謂(秦)曰[韓彊与(周地)、将〔以疑(周於秦)〕也。周不〔敢不(受)〕]}〉⇒
⑥ 何〈{人(韓公叔)謂[秦之敢(周)絶而(韓)伐者、(東周)信也、公何〔(周地)与(質使)発(楚)之〕不。秦必(楚)疑、〔(周)信〕不。是韓(伐)不也]曰、又(秦)謂[韓彊(周地)与、将〔以(周於秦)疑〕也。周〔敢(受)不〕不]曰}令〉不=
⑥ 何ぞ〈{人をして(韓の公叔に)謂ひて[秦の敢へて(周)を絶って(韓を)伐たんとするは、(東周を)信ずればなり、公何ぞ〔(周に地を)与へ(質使を)発して(楚に)之かしめ〕ざる、秦必ず(楚を)疑ひ、〔(周を)信ぜ〕ざらん。是れ韓(伐たれ)ざらんと]曰ひ、又(秦に)謂ひて[韓彊ひて(周に地を)与ふるは、将に〔以て(周を秦に)疑はしめんと〕するなり。周〔敢へて(受け)ずんば〕あらずと]曰は}令め〉ざる。
といふ「漢文」の場合は、例へば、
⑥ 何不〔与(周地)発(質使)之(楚)〕。
であれば、
⑥ 副詞 否定〔動詞(名詞)動詞(名詞)動詞(名詞)〕。
である。
(07)
⑥ 何不〈令{人謂(韓公叔)曰[秦之敢絶(周)而伐(韓)者、信(東周)也、公何不〔与(周地)発(質使)之(楚)〕。秦必疑(楚)、不〔信(周)〕。是韓不(伐)也]、又謂(秦)曰[韓彊与(周地)、将〔以疑(周於秦)〕也。周不〔敢不(受)〕]}〉。
に於いて、
名詞=N
に「置き換へ」ると、
⑥ 何不〈令{N謂(NNN)曰[N之敢絶(N)而伐(N)者、信(NN)也、公何不〔与(NN)発(NN)之(N)〕。N必疑(N)、不〔信(N)〕。是N不(伐)也]、又謂(N)曰[N彊与(NN)、将〔以疑(N於N)〕也。N不〔敢不(受)〕]}〉。
である。
従って、
(05)(07)により、
(08)
① result《of〈discovery{of[America〔by(Columbus)〕]}〉》.
② announce《of〈retirement{of[America〔from(the world police)〕]}〉》.
③ study《of〈the influence{of[the Beatles〔on(pop culture)〕]}〉》.
④ desire「for《ability〈to{run[faster〔than(anyone)〕]}〉》」.
⑤ lack「of《evidence〈that{dinosaurs are[ancestors〔of(birds)〕]}〉》」.
に於ける『括弧の種類』と、
⑥ 何不〈令{人謂(韓公叔)曰[秦之敢絶(周)而伐(韓)者、信(東周)也、公何不〔与(周地)発(質使)之(楚)〕。秦必疑(楚)、不〔信(周)〕。是韓不(伐)也]、又謂(秦)曰[韓彊与(周地)、将〔以疑(周於秦)〕也。周不〔敢不(受)〕]}〉。
に於ける『括弧の種類』とは、『同じ種類』ではない。
平成29年03月04日、毛利太。
① result of discovery of America by Columbus.
② announce of retirement of America from the world police.
③ study of the influence of the Beatles on pop culture.
④ desire for ability to run faster than anyone.
⑤ lack of evidence that dinosaurs are ancestors of birds.
(02)
① result《of〈discovery{of[America〔by(Columbus)〕]}〉》.
② announce《of〈retirement{of[America〔from(the world police)〕]}〉》.
③ study《of〈the influence{of[the Beatles〔on(pop culture)〕]}〉》.
④ desire「for《ability〈to{run[faster〔than(anyone)〕]}〉》」.
⑤ lack「of《evidence〈that{dinosaurs are[ancestors〔of(birds)〕]}〉》」.
(03)
① 《〈{[〔(Columbus)by〕America]of}discovery〉of》result.
② 《〈{[〔(the world police)from〕America]of}retirement〉of》announce.
③ 《〈{[〔(pop culture)on〕the Beatles]of}the influence〉of》study.
④ 「《〈{[〔(anyone)than〕faster]run}to〉ability》for」Desire.
⑤ 「《〈{dinosaurs [〔(birds)of〕ancestors]are}that〉evidence》of」lack.
(04)
① 《〈{[〔(コロンブス)による〕アメリカ]の}発見〉の》結果.
② 《〈{[〔(世界の警察)からの〕アメリカ]の}引退〉の》表明.
③ 《〈{[〔(大衆文化)に於ける〕ビートルズ]の}影響〉の》研究.
④ 「《〈{[〔(誰)よりも〕速く]走る}ための〉能力》に対する」欲求.
⑤ 「《〈{恐竜が [〔(鳥)の〕祖先]である}といふ〉証拠》の」欠如.
(05)
①~⑤ に於いて、
⑤「are と that」を除くと、全て、「名詞と、前置詞と、冠詞」である。
然るに、
(06)
⑥ 何不〈令{人謂(韓公叔)曰[秦之敢絶(周)而伐(韓)者、信(東周)也、公何不〔与(周地)発(質使)之(楚)〕。秦必疑(楚)、不〔信(周)〕。是韓不(伐)也]、又謂(秦)曰[韓彊与(周地)、将〔以疑(周於秦)〕也。周不〔敢不(受)〕]}〉⇒
⑥ 何〈{人(韓公叔)謂[秦之敢(周)絶而(韓)伐者、(東周)信也、公何〔(周地)与(質使)発(楚)之〕不。秦必(楚)疑、〔(周)信〕不。是韓(伐)不也]曰、又(秦)謂[韓彊(周地)与、将〔以(周於秦)疑〕也。周〔敢(受)不〕不]曰}令〉不=
⑥ 何ぞ〈{人をして(韓の公叔に)謂ひて[秦の敢へて(周)を絶って(韓を)伐たんとするは、(東周を)信ずればなり、公何ぞ〔(周に地を)与へ(質使を)発して(楚に)之かしめ〕ざる、秦必ず(楚を)疑ひ、〔(周を)信ぜ〕ざらん。是れ韓(伐たれ)ざらんと]曰ひ、又(秦に)謂ひて[韓彊ひて(周に地を)与ふるは、将に〔以て(周を秦に)疑はしめんと〕するなり。周〔敢へて(受け)ずんば〕あらずと]曰は}令め〉ざる。
といふ「漢文」の場合は、例へば、
⑥ 何不〔与(周地)発(質使)之(楚)〕。
であれば、
⑥ 副詞 否定〔動詞(名詞)動詞(名詞)動詞(名詞)〕。
である。
(07)
⑥ 何不〈令{人謂(韓公叔)曰[秦之敢絶(周)而伐(韓)者、信(東周)也、公何不〔与(周地)発(質使)之(楚)〕。秦必疑(楚)、不〔信(周)〕。是韓不(伐)也]、又謂(秦)曰[韓彊与(周地)、将〔以疑(周於秦)〕也。周不〔敢不(受)〕]}〉。
に於いて、
名詞=N
に「置き換へ」ると、
⑥ 何不〈令{N謂(NNN)曰[N之敢絶(N)而伐(N)者、信(NN)也、公何不〔与(NN)発(NN)之(N)〕。N必疑(N)、不〔信(N)〕。是N不(伐)也]、又謂(N)曰[N彊与(NN)、将〔以疑(N於N)〕也。N不〔敢不(受)〕]}〉。
である。
従って、
(05)(07)により、
(08)
① result《of〈discovery{of[America〔by(Columbus)〕]}〉》.
② announce《of〈retirement{of[America〔from(the world police)〕]}〉》.
③ study《of〈the influence{of[the Beatles〔on(pop culture)〕]}〉》.
④ desire「for《ability〈to{run[faster〔than(anyone)〕]}〉》」.
⑤ lack「of《evidence〈that{dinosaurs are[ancestors〔of(birds)〕]}〉》」.
に於ける『括弧の種類』と、
⑥ 何不〈令{人謂(韓公叔)曰[秦之敢絶(周)而伐(韓)者、信(東周)也、公何不〔与(周地)発(質使)之(楚)〕。秦必疑(楚)、不〔信(周)〕。是韓不(伐)也]、又謂(秦)曰[韓彊与(周地)、将〔以疑(周於秦)〕也。周不〔敢不(受)〕]}〉。
に於ける『括弧の種類』とは、『同じ種類』ではない。
平成29年03月04日、毛利太。
2017年3月3日金曜日
「返り点」が「不足」する場合。
(01)
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・ ・
(b)上 中 下
(c)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(d)天 地 人
に於いて、
(a)一二点
(b)上下点
(c)甲乙点
(d)天地点
である。
然るに、
(02)
① 有下 読二 漢文一 者上⇒
① 漢文一 読二 者上 有下=
① 漢文一を 読二む 者上 有下り。
(03)
② 欲下 読二 漢文一 学中 漢字上 ⇒
② 漢文一 読二 漢字上 学中 欲下 =
② 漢文一を 読二み 漢字上を 学中ばんと 欲下す。
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
(a)一二点
を挟んで返る場合は、
(c)上下点
を用ゐる。
然るに、
(05)
③ 不丁 常 欲丙 読二 漢文一 学乙 漢字甲 ⇒
③ 常 漢文一 読二 漢字甲 学乙 欲丙 不丁 =
③ 常には 漢文一を 読二み 漢字甲を 学乙ばんと 欲丙せ 不丁。
従って、
(01)(05)により、
(06)
(a)一二点
を挟んで返る場合に、
(b)上 中 下
では、「間に合わない(不足する)」場合は、
(c)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
を用ゐる。
然るに、
(07)
④ 何不レ 令丁 人謂二 韓公叔一 曰地 秦之敢絶レ 周而伐レ 韓者、信二 東周一 也、公 何不下 与二 周地一 発二 質使一 之上レ 楚、秦必疑レ 楚、不レ 信レ 周。是韓不天レ 伐也、 又謂レ 秦曰丙 、韓彊与二 周地一 、将三 以疑二 周於秦一 也、周不乙 敢不甲レ 受 =
④ 何不己 令戊 人謂二 韓公叔一 曰人 秦之敢絶二 周一 而伐二 韓一 者、信二 東周一 也、公 何不下 与二 周地一 発二 質使一 之中 楚上 、秦必疑二 楚一 、不三 信二 周一 。是韓不地 伐天 也、 又謂二 秦一 曰丁 、韓彊与二 周地一 、将三 以疑二 周於秦一 也、周不丙 敢不乙 受甲 ⇒
④ 何 人 韓公叔一 謂二 秦之敢 周一 絶二 而 韓一 伐二 者、 東周一 信二 也、公 何 周地一 与二 質使一 発二 楚上 之中 不下 、秦必 楚一 疑二 、周一 信二 不三 。是韓 伐天 不地 曰人 也、 又 秦一 謂二 、韓彊 周地一 与二 、将 以 周於秦一 疑二 三 也、周 敢 受甲 不乙 不丙 曰丁 令戊 不己=
④ 何ぞ 人をして 韓の公叔一に 謂二ひて 秦の敢へて 周一を 絶二って 韓一を 伐二たんとする は、 東周一を 信二ずれば なり、公 何ぞ 周に地一を 与二へ 質使一を 発二して 楚上に 之中かしめ 不下る 、秦必ず 楚一を 疑二ひ 、周一を 信二ぜ 不三らん 。是れ韓 伐天たれ 不地らんと 曰人ひ、 又 秦一に 謂二ひて 、韓彊ひて 周に地一 与二ふるは、将に 以て 周を秦一に 疑二はしめんと 三する なり、周 敢へて 受甲け 不乙んば 不丙んばらずと 曰丁は 令戊め 不己る。
cf.
④ 何不〈令{人謂(韓公叔)曰[秦之敢絶(周)而伐(韓)者、信(東周)也、公何不〔与(周地)発(質使)之(楚)〕。秦必疑(楚)、不〔信(周)〕。是韓不(伐)也]、又謂(秦)曰[韓彊与(周地)、将〔以疑(周於秦)〕也。周不〔敢不(受)〕]}〉⇒
④ 何〈{人(韓公叔)謂[秦之敢(周)絶而(韓)伐者、(東周)信也、公何〔(周地)与(質使)発(楚)之〕不。秦必(楚)疑、〔(周)信〕不。是韓(伐)不也]曰、又(秦)謂[韓彊(周地)与、将〔以(周於秦)疑〕也。周〔敢(受)不〕不]曰}令〉不=
④ 何ぞ〈{人をして(韓の公叔に)謂ひて[秦の敢へて(周)を絶って(韓を)伐たんとするは、(東周を)信ずればなり、公何ぞ〔(周に地を)与へ(質使を)発して(楚に)之かしめ〕ざる、秦必ず(楚を)疑ひ、〔(周を)信ぜ〕ざらん。是れ韓(伐たれ)ざらんと]曰ひ、又(秦に)謂ひて[韓彊ひて(周に地を)与ふるは、将に〔以て(周を秦に)疑はしめんと〕するなり。周〔敢へて(受け)ずんば〕あらずと]曰は}令め〉ざる。
従って、
(01)(07)により、
(08)
(c)甲乙点
を挟んで返る場合に、
(d)天 地 人
では、「間に合わない(不足する)」場合は、
(d)天 地 天
を挟むやうにして、
(c)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
を用ゐる。
従って、
(04)(06)(08)により、
(09)
「通常(Ⅰ)」は、
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・ ・
(b)上 中 下
(c)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(d)天 地 人
といふ「順番」で、用ひられ、
「希に(Ⅱ)」に、
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・ ・
(b)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(c)上 中 下
(d)天 地 人
といふ「順番」で、用ひられ、
「極めて、希に(Ⅲ)」に、
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・ ・
(b)上 中 下
(c)天 地 人
(d)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
といふ「順番」で、用ひられる。
然るに、
(10)
(c)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
が、「不足」することは、「事実上、有り得ない。」ものの、
(b)上 中 下
(d)天 地 人
が、「同時に、不足」することは、「有り得る。」はずである。
然るに、
(11)
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・ ・
(b)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
といふ「順番」と、
(c)天 地 人
(d)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
といふ「順番」は、「両立」しない。
従って、
(10)(11)により、
(12)
(b)上 中 下
(d)天 地 人
が、「同時に、不足」するやうなことが、有るならば、その場合は、
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・ ・
(b)上 中 下
(c)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(d)天 地 人
ではなく、例へば、
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・ ・
(b)子 丑 寅 卯 辰 巳 午 未 申 酉 戌 亥
(c)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(d)天 地 人 間
のやうな「返り点」を、用ゐざるを、得ない。
平成29年03月03日、毛利太。
―「関連記事」―
while we may be a nation divided on policies(http://kannbunn.blogspot.com/2017/03/while-we-may-be-nation-divided-on.html).
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・ ・
(b)上 中 下
(c)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(d)天 地 人
に於いて、
(a)一二点
(b)上下点
(c)甲乙点
(d)天地点
である。
然るに、
(02)
① 有下 読二 漢文一 者上⇒
① 漢文一 読二 者上 有下=
① 漢文一を 読二む 者上 有下り。
(03)
② 欲下 読二 漢文一 学中 漢字上 ⇒
② 漢文一 読二 漢字上 学中 欲下 =
② 漢文一を 読二み 漢字上を 学中ばんと 欲下す。
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
(a)一二点
を挟んで返る場合は、
(c)上下点
を用ゐる。
然るに、
(05)
③ 不丁 常 欲丙 読二 漢文一 学乙 漢字甲 ⇒
③ 常 漢文一 読二 漢字甲 学乙 欲丙 不丁 =
③ 常には 漢文一を 読二み 漢字甲を 学乙ばんと 欲丙せ 不丁。
従って、
(01)(05)により、
(06)
(a)一二点
を挟んで返る場合に、
(b)上 中 下
では、「間に合わない(不足する)」場合は、
(c)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
を用ゐる。
然るに、
(07)
④ 何不レ 令丁 人謂二 韓公叔一 曰地 秦之敢絶レ 周而伐レ 韓者、信二 東周一 也、公 何不下 与二 周地一 発二 質使一 之上レ 楚、秦必疑レ 楚、不レ 信レ 周。是韓不天レ 伐也、 又謂レ 秦曰丙 、韓彊与二 周地一 、将三 以疑二 周於秦一 也、周不乙 敢不甲レ 受 =
④ 何不己 令戊 人謂二 韓公叔一 曰人 秦之敢絶二 周一 而伐二 韓一 者、信二 東周一 也、公 何不下 与二 周地一 発二 質使一 之中 楚上 、秦必疑二 楚一 、不三 信二 周一 。是韓不地 伐天 也、 又謂二 秦一 曰丁 、韓彊与二 周地一 、将三 以疑二 周於秦一 也、周不丙 敢不乙 受甲 ⇒
④ 何 人 韓公叔一 謂二 秦之敢 周一 絶二 而 韓一 伐二 者、 東周一 信二 也、公 何 周地一 与二 質使一 発二 楚上 之中 不下 、秦必 楚一 疑二 、周一 信二 不三 。是韓 伐天 不地 曰人 也、 又 秦一 謂二 、韓彊 周地一 与二 、将 以 周於秦一 疑二 三 也、周 敢 受甲 不乙 不丙 曰丁 令戊 不己=
④ 何ぞ 人をして 韓の公叔一に 謂二ひて 秦の敢へて 周一を 絶二って 韓一を 伐二たんとする は、 東周一を 信二ずれば なり、公 何ぞ 周に地一を 与二へ 質使一を 発二して 楚上に 之中かしめ 不下る 、秦必ず 楚一を 疑二ひ 、周一を 信二ぜ 不三らん 。是れ韓 伐天たれ 不地らんと 曰人ひ、 又 秦一に 謂二ひて 、韓彊ひて 周に地一 与二ふるは、将に 以て 周を秦一に 疑二はしめんと 三する なり、周 敢へて 受甲け 不乙んば 不丙んばらずと 曰丁は 令戊め 不己る。
cf.
④ 何不〈令{人謂(韓公叔)曰[秦之敢絶(周)而伐(韓)者、信(東周)也、公何不〔与(周地)発(質使)之(楚)〕。秦必疑(楚)、不〔信(周)〕。是韓不(伐)也]、又謂(秦)曰[韓彊与(周地)、将〔以疑(周於秦)〕也。周不〔敢不(受)〕]}〉⇒
④ 何〈{人(韓公叔)謂[秦之敢(周)絶而(韓)伐者、(東周)信也、公何〔(周地)与(質使)発(楚)之〕不。秦必(楚)疑、〔(周)信〕不。是韓(伐)不也]曰、又(秦)謂[韓彊(周地)与、将〔以(周於秦)疑〕也。周〔敢(受)不〕不]曰}令〉不=
④ 何ぞ〈{人をして(韓の公叔に)謂ひて[秦の敢へて(周)を絶って(韓を)伐たんとするは、(東周を)信ずればなり、公何ぞ〔(周に地を)与へ(質使を)発して(楚に)之かしめ〕ざる、秦必ず(楚を)疑ひ、〔(周を)信ぜ〕ざらん。是れ韓(伐たれ)ざらんと]曰ひ、又(秦に)謂ひて[韓彊ひて(周に地を)与ふるは、将に〔以て(周を秦に)疑はしめんと〕するなり。周〔敢へて(受け)ずんば〕あらずと]曰は}令め〉ざる。
従って、
(01)(07)により、
(08)
(c)甲乙点
を挟んで返る場合に、
(d)天 地 人
では、「間に合わない(不足する)」場合は、
(d)天 地 天
を挟むやうにして、
(c)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
を用ゐる。
従って、
(04)(06)(08)により、
(09)
「通常(Ⅰ)」は、
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・ ・
(b)上 中 下
(c)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(d)天 地 人
といふ「順番」で、用ひられ、
「希に(Ⅱ)」に、
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・ ・
(b)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(c)上 中 下
(d)天 地 人
といふ「順番」で、用ひられ、
「極めて、希に(Ⅲ)」に、
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・ ・
(b)上 中 下
(c)天 地 人
(d)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
といふ「順番」で、用ひられる。
然るに、
(10)
(c)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
が、「不足」することは、「事実上、有り得ない。」ものの、
(b)上 中 下
(d)天 地 人
が、「同時に、不足」することは、「有り得る。」はずである。
然るに、
(11)
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・ ・
(b)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
といふ「順番」と、
(c)天 地 人
(d)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
といふ「順番」は、「両立」しない。
従って、
(10)(11)により、
(12)
(b)上 中 下
(d)天 地 人
が、「同時に、不足」するやうなことが、有るならば、その場合は、
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・ ・
(b)上 中 下
(c)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(d)天 地 人
ではなく、例へば、
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・ ・
(b)子 丑 寅 卯 辰 巳 午 未 申 酉 戌 亥
(c)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(d)天 地 人 間
のやうな「返り点」を、用ゐざるを、得ない。
平成29年03月03日、毛利太。
―「関連記事」―
while we may be a nation divided on policies(http://kannbunn.blogspot.com/2017/03/while-we-may-be-nation-divided-on.html).
2017年3月2日木曜日
while we may be a nation divided on policies.
(01)
Recent threats targeting Jewish community centers and vandalism of Jewish cemeteries, as well as last week's shooting in Kansas City, remind us that while we may be a nation divided on policies, we are a country that stands united in condemning hate and evil in all of its very ugly forms.
(02)
It reminds us that while we may be a nation divided on policies, we are a country that stands united in condemning hate and evil in all of its very ugly forms.
(03)
It reminds〈us{that[while《we may〈be{a-nation[divided〔on(policies)〕]}〉》, we are〔a-ountry(that【stands『united「in《condemning〈hate-and-evil{in[all〔of(its very ugly forms)〕]}〉》」』】)〕]}〉.
(04)
It 〈{[《we 〈{[〔(policies)on〕divided]a-nation}be〉may》while, we 〔(【『「《〈{[〔(its very ugly forms)of〕all]in}hate-and-evil〉condemning》in」united』stands】that)a-country〕are]that}us〉reminds.
(05)
そのことは〈{[《我々が〈{[〔(政策)に於いて〕分断された]国民}である〉のかも知れない》せよ, 我々が〔(【『「《〈{[〔(非常に醜い形)の〕あらゆる状態]にある}憎しみや悪を〉非難すること》に於いて」団結した』状態にある】所の)国家〕である]といふことを}我々に〉気付かせてくれる.
然るに、
(06)
十五〈十四{十三[庚《己〈戊{丁[丙〔乙(甲)〕]}〉》,十二〔十一(十【九『八「七《六〈五{四[三〔二(一)〕]}〉》」』】)〕]}〉.
に於いて、
十五〈 〉⇒〈 〉十五
十四{ }⇒{ }十四
十三[ ]⇒[ ]十三
庚《 》⇒《 》庚
己〈 〉⇒〈 〉己
戊{ }⇒{ }戊
丁[ ]⇒[ ]丁
丙〔 〕⇒〔 〕丙
乙( )⇒( )乙
十二〔 〕⇒〔 〕十二
十一( )⇒( )十一
十【 】⇒【 】十
九『 』⇒『 』九
八「 」⇒「 」八
七《 》⇒《 》七
六〈 〉⇒〈 〉六
五{ }⇒{ }五
四[ ]⇒[ ]四
三〔 〕⇒〔 〕三
二( )⇒( )二
といふ「移動」を行ふと、
〈{[《〈{[〔(甲)乙〕丙]丁}戊〉己》庚, 〔(【『「《〈{[〔(一)二〕三]四}五〉六》七」八』九】十)十一〕十二]十三}十四〉十五=
甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 十一 十二 十三 十四 十五。
従って、
(02)~(06)により、
(07)
It reminds us that while we may be a nation divided on policies, we are a country that stands united in condemning hate and evil in all of its very ugly forms.
に対する、「返り点」は、
十五 十四 十三 庚 己 戊 丁 丙 乙 甲 十二 十一 十 九 八 七 六 五 四 三 二 一
である。
然るに、
(08)
tmtdpapaさん2014/5/615:32:27
返り点について教えてください!
問題を解いていたら、上下点がないのに、甲乙丙丁点の4つが使われていました。それは、上下点は最大上中下の3つしかないからでしょうか?
ベストアンサーに選ばれた回答
aran03_555さん 2014/5/617:08:01
あなたの言うとおりです。返り点は一二点→上下点→甲乙点→天地点の順番で使用します。しかし、一二点を使った後、上中下点でも対応できない場合は、上中下点を使わずに、甲乙丙丁点を使います。
従って、
(08)により、
(09)
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(b)上 中 下
(c)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
の「順番」では、
(b)上 中 下
が「不足」するため、
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(b)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(c)上 中 下
といふ「順番」にすることが、有る。
然るに、
(10)
一二点を使った後、上中下点でも対応できない場合は、「めったに無い」ため、
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(b)上 中 下
(c)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
といふ「順番」であっても、「殆どの場合」は、「支障」が無い。
従って、
(10)により、
(11)
況や、
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(b)上 中 下
(c)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
の「順番」では、
(b)上 中 下
が「不足」するため、
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(b)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(c)上 中 下
とした際に、それでも、
(b)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
が「不足」するため、
(a)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(b)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 十一 十二 十三 十四 十五
(c)上 中 下
といふ「順番」にしなければならない。といふ「事態」は、「漢文訓読」では、「限りなく0%」に近く、「絶対に、有り得ない」。
従って、
(11)により、
(12)
It reminds〈us{that[while《we may〈be{a-nation[divided〔on(policies)〕]}〉》, we are〔a-country(that【stands『united「in《condemning〈hate-and-evil{in[all〔of(its very ugly forms)〕]}〉》」』】)〕]}〉.
といふ「英文訓読」に於ける、
十五 十四 十三 庚 己 戊 丁 丙 乙 甲 十二 十一 十 九 八 七 六 五 四 三 二 一
のやうな「返り点」は、「漢文訓読」であれば、「絶対」に、有り得ない。
(13)
何不〈令{人謂(韓公叔)曰[秦之敢絶(周)而伐(韓)者、信(東周)也、公何不〔与(周地)発(質使)之(楚)〕。秦必疑(楚)、不〔信(周)〕。是韓不(伐)也]、又謂(秦)曰[韓彊与(周地)、将〔以疑(周於秦)〕也。周不〔敢不(受)〕]}〉⇒
何〈{人(韓公叔)謂[秦之敢(周)絶而(韓)伐者、(東周)信也、公何〔(周地)与(質使)発(楚)之〕不。秦必(楚)疑、〔(周)信〕不。是韓(伐)不也]曰、又(秦)謂[韓彊(周地)与、且〔以(周於秦)疑〕也。周〔敢(受)不〕不]曰}令〉不=
何ぞ〈{人をして(韓の公叔に)謂ひて[秦の敢へて(周)を絶って(韓を)伐たんとするは、(東周を)信ずればなり、公何ぞ〔(周に地を)与へ(質使を)発して(楚に)之かしめ〕ざる、秦必ず(楚を)疑ひ、〔(周を)信ぜ〕ざらん。是れ韓(伐たれ)ざらんと]曰ひ、又(秦に)謂ひて[韓彊ひて(周に地を)与ふるは、且に〔以て(周を秦に)疑はしめん〕なり。周〔敢へて(受け)ずんば〕あらずと]曰は}令め〉ざる。
の場合も、さうであるやうに、私が知る限り、
〈{[〔( )〕]}〉
といふ「5種類の括弧」があれば、「全ての漢文」に対して、「括弧」を加へることが、出来る。
然るに、
(14)
例へば、
It reminds〈us{that[while《we may〈be{a-nation[divided〔on(policies)〕]}〉》, we are〔a-country(that【stands『united「in《condemning〈hate-and-evil{in[all〔of(its very ugly forms)〕]}〉》」』】)〕]}〉.
の「括弧」は、
〈{[〔(【『「《〈{[〔( )〕]}〉》」』】)〕]}〉
による「14種類」である。
従って、
(13)(14)により、
(15)
〈{[〔( )〕]}〉
〈{[〔(【『「《〈{[〔( )〕]}〉》」』】)〕]}〉
を比べて見れば分るやうに、「英文訓読」に於いては、「漢文訓読」よりも、「格段に、多くの括弧」を、「必要」とする。
従って、
(12)(15)により、
(16)
「漢文訓読」と、「英文訓読」は、「別のモノ」であって、「同列に、論じる」べきではない。
従って、
(17)
とある高校教師S @hellohellock 2017-01-02 19:41:40
「漢文に返り点をつけて読む」というのは、「漢文を日本語風に読むために考えられた便宜的手法」であって、例えば英語圏の人間が漢文を学
んでも絶対に「返り点」などという発想は出てこない。漢文に返り点を打つなら、英文にも全部返り点を打って読めばいい。馬鹿馬鹿しさが分
かる。
といふ「言ひ方」は、当たらない。
(18)
平成29年03月02日、毛利太。
Recent threats targeting Jewish community centers and vandalism of Jewish cemeteries, as well as last week's shooting in Kansas City, remind us that while we may be a nation divided on policies, we are a country that stands united in condemning hate and evil in all of its very ugly forms.
(02)
It reminds us that while we may be a nation divided on policies, we are a country that stands united in condemning hate and evil in all of its very ugly forms.
(03)
It reminds〈us{that[while《we may〈be{a-nation[divided〔on(policies)〕]}〉》, we are〔a-ountry(that【stands『united「in《condemning〈hate-and-evil{in[all〔of(its very ugly forms)〕]}〉》」』】)〕]}〉.
(04)
It 〈{[《we 〈{[〔(policies)on〕divided]a-nation}be〉may》while, we 〔(【『「《〈{[〔(its very ugly forms)of〕all]in}hate-and-evil〉condemning》in」united』stands】that)a-country〕are]that}us〉reminds.
(05)
そのことは〈{[《我々が〈{[〔(政策)に於いて〕分断された]国民}である〉のかも知れない》せよ, 我々が〔(【『「《〈{[〔(非常に醜い形)の〕あらゆる状態]にある}憎しみや悪を〉非難すること》に於いて」団結した』状態にある】所の)国家〕である]といふことを}我々に〉気付かせてくれる.
然るに、
(06)
十五〈十四{十三[庚《己〈戊{丁[丙〔乙(甲)〕]}〉》,十二〔十一(十【九『八「七《六〈五{四[三〔二(一)〕]}〉》」』】)〕]}〉.
に於いて、
十五〈 〉⇒〈 〉十五
十四{ }⇒{ }十四
十三[ ]⇒[ ]十三
庚《 》⇒《 》庚
己〈 〉⇒〈 〉己
戊{ }⇒{ }戊
丁[ ]⇒[ ]丁
丙〔 〕⇒〔 〕丙
乙( )⇒( )乙
十二〔 〕⇒〔 〕十二
十一( )⇒( )十一
十【 】⇒【 】十
九『 』⇒『 』九
八「 」⇒「 」八
七《 》⇒《 》七
六〈 〉⇒〈 〉六
五{ }⇒{ }五
四[ ]⇒[ ]四
三〔 〕⇒〔 〕三
二( )⇒( )二
といふ「移動」を行ふと、
〈{[《〈{[〔(甲)乙〕丙]丁}戊〉己》庚, 〔(【『「《〈{[〔(一)二〕三]四}五〉六》七」八』九】十)十一〕十二]十三}十四〉十五=
甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 十一 十二 十三 十四 十五。
従って、
(02)~(06)により、
(07)
It reminds us that while we may be a nation divided on policies, we are a country that stands united in condemning hate and evil in all of its very ugly forms.
に対する、「返り点」は、
十五 十四 十三 庚 己 戊 丁 丙 乙 甲 十二 十一 十 九 八 七 六 五 四 三 二 一
である。
然るに、
(08)
tmtdpapaさん2014/5/615:32:27
返り点について教えてください!
問題を解いていたら、上下点がないのに、甲乙丙丁点の4つが使われていました。それは、上下点は最大上中下の3つしかないからでしょうか?
ベストアンサーに選ばれた回答
aran03_555さん 2014/5/617:08:01
あなたの言うとおりです。返り点は一二点→上下点→甲乙点→天地点の順番で使用します。しかし、一二点を使った後、上中下点でも対応できない場合は、上中下点を使わずに、甲乙丙丁点を使います。
従って、
(08)により、
(09)
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(b)上 中 下
(c)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
の「順番」では、
(b)上 中 下
が「不足」するため、
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(b)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(c)上 中 下
といふ「順番」にすることが、有る。
然るに、
(10)
一二点を使った後、上中下点でも対応できない場合は、「めったに無い」ため、
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(b)上 中 下
(c)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
といふ「順番」であっても、「殆どの場合」は、「支障」が無い。
従って、
(10)により、
(11)
況や、
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(b)上 中 下
(c)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
の「順番」では、
(b)上 中 下
が「不足」するため、
(a)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・ ・ ・ ・ ・
(b)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(c)上 中 下
とした際に、それでも、
(b)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
が「不足」するため、
(a)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(b)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 十一 十二 十三 十四 十五
(c)上 中 下
といふ「順番」にしなければならない。といふ「事態」は、「漢文訓読」では、「限りなく0%」に近く、「絶対に、有り得ない」。
従って、
(11)により、
(12)
It reminds〈us{that[while《we may〈be{a-nation[divided〔on(policies)〕]}〉》, we are〔a-country(that【stands『united「in《condemning〈hate-and-evil{in[all〔of(its very ugly forms)〕]}〉》」』】)〕]}〉.
といふ「英文訓読」に於ける、
十五 十四 十三 庚 己 戊 丁 丙 乙 甲 十二 十一 十 九 八 七 六 五 四 三 二 一
のやうな「返り点」は、「漢文訓読」であれば、「絶対」に、有り得ない。
(13)
何不〈令{人謂(韓公叔)曰[秦之敢絶(周)而伐(韓)者、信(東周)也、公何不〔与(周地)発(質使)之(楚)〕。秦必疑(楚)、不〔信(周)〕。是韓不(伐)也]、又謂(秦)曰[韓彊与(周地)、将〔以疑(周於秦)〕也。周不〔敢不(受)〕]}〉⇒
何〈{人(韓公叔)謂[秦之敢(周)絶而(韓)伐者、(東周)信也、公何〔(周地)与(質使)発(楚)之〕不。秦必(楚)疑、〔(周)信〕不。是韓(伐)不也]曰、又(秦)謂[韓彊(周地)与、且〔以(周於秦)疑〕也。周〔敢(受)不〕不]曰}令〉不=
何ぞ〈{人をして(韓の公叔に)謂ひて[秦の敢へて(周)を絶って(韓を)伐たんとするは、(東周を)信ずればなり、公何ぞ〔(周に地を)与へ(質使を)発して(楚に)之かしめ〕ざる、秦必ず(楚を)疑ひ、〔(周を)信ぜ〕ざらん。是れ韓(伐たれ)ざらんと]曰ひ、又(秦に)謂ひて[韓彊ひて(周に地を)与ふるは、且に〔以て(周を秦に)疑はしめん〕なり。周〔敢へて(受け)ずんば〕あらずと]曰は}令め〉ざる。
の場合も、さうであるやうに、私が知る限り、
〈{[〔( )〕]}〉
といふ「5種類の括弧」があれば、「全ての漢文」に対して、「括弧」を加へることが、出来る。
然るに、
(14)
例へば、
It reminds〈us{that[while《we may〈be{a-nation[divided〔on(policies)〕]}〉》, we are〔a-country(that【stands『united「in《condemning〈hate-and-evil{in[all〔of(its very ugly forms)〕]}〉》」』】)〕]}〉.
の「括弧」は、
〈{[〔(【『「《〈{[〔( )〕]}〉》」』】)〕]}〉
による「14種類」である。
従って、
(13)(14)により、
(15)
〈{[〔( )〕]}〉
〈{[〔(【『「《〈{[〔( )〕]}〉》」』】)〕]}〉
を比べて見れば分るやうに、「英文訓読」に於いては、「漢文訓読」よりも、「格段に、多くの括弧」を、「必要」とする。
従って、
(12)(15)により、
(16)
「漢文訓読」と、「英文訓読」は、「別のモノ」であって、「同列に、論じる」べきではない。
従って、
(17)
とある高校教師S @hellohellock 2017-01-02 19:41:40
「漢文に返り点をつけて読む」というのは、「漢文を日本語風に読むために考えられた便宜的手法」であって、例えば英語圏の人間が漢文を学
んでも絶対に「返り点」などという発想は出てこない。漢文に返り点を打つなら、英文にも全部返り点を打って読めばいい。馬鹿馬鹿しさが分
かる。
といふ「言ひ方」は、当たらない。
(18)
登録:
投稿 (Atom)