(01)
① 楚人有鬻盾與矛者。誉之曰、盾之堅、莫能陥也。又誉其矛曰、矛之利、於物無不陥也。或曰、以子之矛、陥子之盾、何如。其人弗能応也=
② 楚人有[鬻〔盾與(矛)〕者]。誉(之)曰、盾之堅、莫(能陥)也。又誉(其矛)曰、矛之利、於(物)無〔不(陥)〕也。或曰、以(子之矛)、陥(子之盾)、何如。其人弗〔能(応)〕也⇒
③ 楚人[〔盾(矛)與〕鬻者]有。(之)誉曰、盾之堅、(能陥)莫也。又(其矛)誉曰、矛之利、(物)於〔(陥)不〕無也。或曰、(子之矛)以、(子之盾)陥、何如。其人〔(応)能〕弗也=
④ 楚人に[〔盾と(矛)與を〕鬻ぐ者]有り。(之を)誉めて曰く、吾が盾の堅きこと、(能く陥す)莫きなり。又た(其の矛を誉めて)曰く、吾が矛の利なること、(物に)於いて〔(陥さ)弗る〕無きなり。或ひと曰く、(子の矛を)以て、(子の盾を)陥さば、何如ん。其の人〔(応ふる)能は〕ざる也=
⑤ 楚の国の人で盾と矛とを売る者がゐた。自分の盾を誉めて言った。 私の盾を突き通すことができるものはない。 又其の矛を誉めて言った。 私の矛の鋭いことには、どんな物でも突き通すことができないものはない。或るひとが言った。 あなたの矛で、あなたの盾を突いたらどうなるのか。 其の(盾と矛を売る)人は、答へることが、出来なかった。
然るに、
(02)
② 楚人有[鬻〔盾與(矛)〕者]。誉(之)曰、盾之堅、莫(能陥)也。又誉(其矛)曰、矛之利、於(物)無〔不(陥)〕也。或曰、以(子之矛)、陥(子之盾)、何如。其人弗〔能(応)〕也。
に於いて、
② 有[ ]→[ ]有
② 鬻〔 〕→〔 〕鬻
② 與( )→( )與
② 誉( )→( )誉
② 莫( )→( )莫
② 誉( )→( )誉
② 於( )→( )於
② 無( )→( )無
② 不( )→( )不
② 以( )→( )以
② 陥( )→( )陥
② 弗( )→( )弗
② 能( )→( )能
といふ「(左から右への)移動」を行ふと、
③ 楚人[〔盾(矛)與〕鬻者]有。(之)誉曰、盾之堅、(能陥)莫也。又(其矛)誉曰、矛之利、(物)於〔(陥)不〕無也。或曰、(子之矛)以、(子之盾)陥、何如。其人〔(応)能〕弗也。
といふ「語順」になり、
(03)
③ 楚人[〔盾(矛)與〕鬻者]有。(之)誉曰、盾之堅、(能陥)莫也。又(其矛)誉曰、矛之利、(物)於〔(陥)不〕無也。或曰、(子之矛)以、(子之盾)陥、何如。其人〔(応)能〕弗也。
に於いて、
③ 有[ ]←[ ]有
③ 鬻〔 〕←〔 〕鬻
③ 與( )←( )與
③ 誉( )←( )誉
③ 莫( )←( )莫
③ 誉( )←( )誉
③ 於( )←( )於
③ 無( )←( )無
③ 不( )←( )不
③ 以( )←( )以
③ 陥( )←( )陥
③ 弗( )←( )弗
③ 能( )←( )能
といふ「(右から左への)移動」を行ふと、
② 楚人有[鬻〔盾與(矛)〕者]。誉(之)曰、盾之堅、莫(能陥)也。又誉(其矛)曰、矛之利、於(物)無〔不(陥)〕也。或曰、以(子之矛)、陥(子之盾)、何如。其人弗〔能(応)〕也。
といふ「語順」に戻る。
然るに、
(04)
③ 楚人[〔盾(矛)與〕鬻者]有。(之)誉曰、盾之堅、(能陥)莫也。又(其矛)誉曰、矛之利、(物)於〔(陥)不〕無也。或曰、(子之矛)以、(子之盾)陥、何如。其人〔(応)能〕弗也。
に対して、「平仮名を補ふ」と、
④ 楚人に[〔盾と(矛)與を〕鬻ぐ者]有り。(之を)誉めて曰く、吾が盾の堅きこと、(能く陥す)莫きなり。又た(其の矛を誉めて)曰く、吾が矛の利なること、(物に)於いて〔(陥さ)弗る〕無きなり。或ひと曰く、(子の矛を)以て、(子の盾を)陥さば、何如ん。其の人〔(応ふる)能は〕ざる也。
といふ「訓読」が、成立する。
cf.
與(前置詞)=と(格助詞・後置詞)。
然るに、
(05)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。しかし、訓読は、国語の語順に置きかえて読むことが、その大きな原則となっている。それでその補足構造によっている文も、返り点によって、国語としての語順が示されている(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)。
従って、
(01)~(05)により、
(06)
例へば、
② 楚人有[鬻〔盾與(矛)〕者]。誉(之)曰、盾之堅、莫(能陥)也。又誉(其矛)曰、矛之利、於(物)無〔不(陥)〕也。或曰、以(子之矛)、陥(子之盾)、何如。其人弗〔能(応)〕也。
③ 楚人[〔盾(矛)與〕鬻者]有。(之)誉曰、盾之堅、(能陥)莫也。又(其矛)誉曰、矛之利、(物)於〔(陥)不〕無也。或曰、(子之矛)以、(子之盾)陥、何如。其人〔(応)能〕弗也。
に於ける、
②[ 〔 ( )〕 ]( )( )( )( )〔 ( ) 〕( )( )〔 ( ) 〕
③[ 〔 ( )〕 ]( )( )( )( )〔 ( ) 〕( )( )〔 ( ) 〕
といふ「括弧」は、それぞれ、
②「漢文の補足構造」と、
③「国語の補足構造」を、表してゐて、尚且つ、
③ に関しては、
④ 楚人に[〔盾と(矛)與を〕鬻ぐ者]有り。(之を)誉めて曰く、吾が盾の堅きこと、(能く陥す)莫きなり。又た(其の矛を誉めて)曰く、吾が矛の利なること、(物に)於いて〔(陥さ)弗る〕無きなり。或ひと曰く、(子の矛を)以て、(子の盾を)陥さば、何如ん。其の人〔(応ふる)能は〕ざる也。
といふ「訓読の語順」を、表してゐる。
従って、
(02)(06)により、
(07)
例へば、
② 楚人有[鬻〔盾與(矛)〕者]。
であれば、
② 有[ ]→[ ]有
② 鬻〔 〕→〔 〕鬻
② 與( )→( )與
といふ風に、
②「括弧の左にある一語」は、「訓読」では、
③「括弧の右にあるもの」と見做して、「その順番」で読むならば、
④ 楚人に[〔盾と(矛)與を〕鬻ぐ者]有り。
といふ「訓読の語順」を、得ることになる。
然るに、
(08)
② 128[6〔35(4)〕7]。
に於いて、
② 8[ ]→[ ]8
② 6〔 〕→〔 〕6
② 5( )→( )5
といふ「(左から右への)移動」を行ふと、
② 128[6〔35(4)〕7]→
③ 12[〔3(4)5〕67]8=
③ 1 2 3 4 5 6 7 8。
といふ「順番」になる。
従って、
(07)(08)により、
(09)
② 楚人有[鬻〔盾與(矛)〕者]。
に於ける、
②[ 〔 ( ) 〕 ]
といふ「括弧」は、「訓読」に於ける、
② 128 6 35 4 7 。
といふ「順番」を表してゐる。
然るに、
(10)
② 楚人有鬻盾與矛者。
に付く「返り点」は、
② 楚人有下 鬻二 盾與一レ 矛者上。
すなはち、
② 下 二 一レ 上
である。
従って、
(09)(10)により、
(11)
②[ 〔 ( ) 〕 ]
といふ「括弧」は、例へば、
② 下 二 一レ 上
といふ「返り点」に相当する。
然るに、
(12)
②[ 〔 ( ) 〕 ]
といふ「括弧」は、その他にも、少なくとも、
② レ レ レ
② レ 二 一レ
② レ レ 二 一
② レ 三 二 一
② レ 二 レ 一
② 四 三 二 一
② 乙 下 二 一 上 甲
といふ「返り点」に相当する。
従って、
(12)により、
(13)
「(レ点を含む)返り点」は、「括弧」よりも、「複雑」である。
(14)
例へば、
② 非[不〔 読( 書)〕]→[ 〔(書を )読ま〕不るに]非ず。
② 非[不〔常読(漢文)〕]→[〔常には(漢文を)読ま〕不るに]非ず。
に於いて、「両者の補足構造」は、「等しい」ものの、
② レ レ レ
② レ 三 二 一
といふ風に、「返り点」は、「同じ」にならない。
従って、
(14)により、
(15)
「返り点」は、直接には、「漢文の補足構造」を、表してはゐない。
従って、
(13)(15)により、
(16)
「(レ点を含む)返り点」は、「括弧」よりも、「複雑」であって、尚且つ、「括弧」とは異なり、「返り点」は、直接には、「漢文の補足構造」を表してはゐない。
令和元年08月04日、毛利太。
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