2019年4月10日水曜日

「矛盾(韓非子)」の「述語論理」。

―「返り点と括弧」に関しては、『「返り点」と「括弧」の関係(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)』他をお読み下さい。―
(01)
楚人有鬻盾与矛者。
誉之曰、
吾盾之堅、莫能陥也。
又誉其矛曰、
吾矛之利、於物無不陥也。
或曰、
以子之矛、陥子之盾、何如。
其人弗能応也。
(02)
楚人有[鬻〔盾与(矛)〕者]。
誉(之)曰、
吾盾之堅、莫(能陥)也。
又誉(其矛)曰、
吾矛之利、於(物)無〔不(陥)〕也。
或曰、
以(子之矛)、陥(子之盾)、何如。
其人弗〔能(応)〕也。
(03)
楚人に[〔盾と(矛)とを〕鬻く者]有り。
(之を)誉めて曰く、
吾が盾の堅きこと、(能く陥す)莫きなり。
又た(其の矛を誉めて)曰く、
吾矛の利なること、(物に)於いて〔(陥さ)不る〕無きなり。
或ひと曰く、
(子の矛を)以て、(子の盾を)陥さば、何如ん。
其の人〔(応ふる)能は〕ざるなり。
(04)
[一]矛盾〈韓非子〉
(通 釈)
楚の国の人に、楯と矛を売り歩くものがあった。
(その人)がこの商品をほめて「わたしの楯の堅くてじょうぶなこといったら、これを突きとおすことのできるものはない。」と言い、
またその矛をほめて「わたしの矛の鋭利なことといったら、どんな物であろうと突きとおしてしまう。」と言った。
(これを聞いた)ある人が「あなたの矛でもってあなたの楯をついたら、どういうことになりますか。」と言った。
(楯と矛を売っていた)その人は何とも返事をすることができなかった。
(旺文社、漢文の基礎、1973年、31頁)
従って、
(04)により、
(05)
「盾の集合」の中に「いかなる矛も陥さない盾」があって、「わたしの盾」が「その盾」である。
「矛の集合」の中に「すべての盾を陥す矛」  があって、「わたしの矛」が「その矛」である。
と、楚の国の人が、言ってゐる。
従って、
(04)(05)により、
(06)
「盾の集合」の中に「いかなる矛も陥さない盾」がある。
「矛の集合」の中に「すべての盾を陥す矛」  がある。
といふことは、「矛盾」であると、ある人が、言ってゐる。
然るに、
(07)
1       (1)   ∃x(盾x)&∃y(矛y)       A
1       (2)   ∃x(盾x)              1&E
 3      (3)      盾a               A
1       (4)          ∃y(矛y)       1&E
  5     (5)             矛b        A
   6    (6)   ∀y{矛y→ ∃x(盾x&~陥yx)} A
   6    (7)      矛b→ ∃x(盾x&~陥bx)  6UE
  56    (8)          ∃x(盾x&~陥bx)  57MPP
    9   (9)             盾a&~陥ba   A
    9   (ア)                ~陥ba   9&E
     イ  (イ)   ∀x{盾x→ ∃y(矛y& 陥yx)} A
     イ  (ウ)      盾a→ ∃y(矛y& 陥ya)  イUE
 3   イ  (エ)          ∃y(矛y& 陥ya)  3ウMPP
      オ (オ)             矛b& 陥ba   A
      オ (カ)                 陥ba   オ&E
    9 オ (キ)            ~陥ba&陥ba   アカ&I
  56  オ (ク)            ~陥ba&陥ba   89キEE
 356 イ  (ケ)            ~陥ba&陥ba   エオクEE
1 56 イ  (コ)            ~陥ba&陥ba   23ケEE
1  6 イ  (サ)            ~陥ba&陥ba   45コEE
   6 イ  (シ)~{∃x(盾x)& ∃y(矛y)}      1サRAA
   6 イ  (ス) ~∃x(盾x)∨~∃y(矛y)       シ、ド・モルガンの法則
   6 イ  (セ)  ∃x(盾x)→~∃y(矛y)       ス含意の定義
      ソ (ソ) ~∃x(盾x)               A
      ソ (タ) ~∃y(矛y)∨~∃x(盾x)       ソ∨I
       チ(チ)         ~∃y(矛y)       A
       チ(ツ) ~∃y(矛y)∨~∃x(盾x)       チ∨I
   6 イ  (テ) ~∃y(矛y)∨~∃x(盾x)       スソタチツ∨E
   6 イ  (ト)  ∃y(矛y)→~∃x(盾x)       テ含意の定義
   6 イ  (ナ)  ∃x(盾x)→~∃y(矛y)&
             ∃y(矛y)→~∃x(盾x)       セト&I
従って、
(07)により、
(08)
(1)ある盾xが存在し、ある矛yが存在する。 と「仮定」して、
(6)すべてのyについて、yが矛ならば、あるxは盾であって、yはxを陥さない。と「仮定」して、
(イ)すべてのxについて、xが盾ならば、あるyは矛であって、yはxを陥す。  と「仮定」すると、
(ナ)ある盾xが存在するならば、ある矛yは存在せず、
   ある矛yが存在するならば、ある盾xは存在しない。 といふ「結論」を、得ることになる。
従って、
(04)~(08)により、
(09)
夫不可陷之楯與無不陷之矛、不可同世而立。
夫不〔可(陷)〕之楯與[無〔不(陷)〕之矛]、不[可〔同(世)而立〕]。
夫れ陥すべからざるの楯と、陥らざる無きの矛とは、世を同じくして立たつべからず。
といふ「主張」、すなはち、
「わたしの盾の堅くてじょうぶなこといったら、これを突きとおすことのできるものはない。」
「わたしの矛の鋭利なことといったら、どんな物であろうと突きとおしてしまう。」といった、「そのやうな盾と矛は、同時には、存在しない」。
といふ「主張」は、「述語論理(Predicate logic)」としても、「妥当(Valid)」である。
(10)
日常言語の文から述語計算の文の翻訳のためには、一般にあたまが柔軟であることが必要である。なんら確定的な規則があるわけでなく、量記号に十分に馴れるまでには、練習を積むことが必要である。そこに含まれている仕事は翻訳の仕事に違いないけれども、しかしそこへ翻訳が行われる形式言語は、自然言語のシンタックスとは幾らか違ったシンタックスをもっており、また限られた述語―論理的結合記号、変数、固有名、述語文字、および2つの量記号―しかももたない。その言語のおもな長所は、記法上の制限にもかかわらず、非常に広範な表現能力をもっていることである(E.J.レモン 著、武生治一郎・浅野楢英 訳、論理学初歩、1973年、130頁)。
cf.
「量記号に十分に馴れるまで、練習を積む」と、「自然言語を、述語論理に翻訳する上での、直観言はく言ひ難い)が働くやうになる。」と、E.J.レモンは、言ってゐる。
然るに、
(11)
例へば、
(a)
① 虎求百獸而食之得狐。
② 狐曰子無敢食我也。
③ 天帝使我長百獸。
④ 今子食我是逆天帝命也。
⑤ 子以我爲不信吾爲子先行。
⑥ 子隨我後觀。
⑦ 百獸之見我而敢不走乎。
⑧ 虎以爲然。
⑨ 故遂與之行。
⑩ 獸見之皆走。
⑪ 虎不知獸畏己而走也。
⑫ 以爲畏弧也。
(b)
① 虎百獸を求め而之を食らひ狐を得たり。
② 狐曰はく、子敢へて我を食らふこと無かれ(也)。
③ 天帝、我をして百獸に長たら使む。
④ 今子我を食らはば、是れ天帝の命に逆らふ也。
⑤ 子我を以て信なら不と爲さば、吾子の爲に先行せむ。
⑥ 子我が後に隨ひて觀よ。
⑦ 百獸之我を見て敢へて走ら不らん乎。と。
⑧ 虎以て然りと爲す。
⑨ 故に遂に之與行く。
⑩ 獸之を見て皆走る。
⑪ 虎獸の己を畏れて走るを知ら不る也。
⑫ 以て狐を畏るると爲す也。と。
に於ける、
(c)
② あなた(虎)は敢へて私(狐)を食べてはならない(命令文)。
③ 天帝は、私(狐)を選んで、獸たちの長にした(使役)。
⑥ あなた(虎)は私(狐)の後に付いて来て見なさい(命令文)。
⑦ 獸たちが私(狐)を見て、逃げ出さないことが、あるだらうか(反語)。
⑧ 虎はそうであると思った(認識)。
⑨ そのため遂に(理由と結果)。
⑪ 虎は、獸たちが自分(虎)を畏れて逃げたことを知らなかった(認識)。
⑫ 虎は、獸たちが狐を畏れたのだと思った(認識)。
といふ「文」を、「述語論理」では、「翻訳できない」。
cf.
① 虎求百獸而食之得狐。
であれば、
① ∃y{虎y&∀x[百獸x→求yx&食yx&∃z(狐z&得yz)]}
① ∀x{百獸x→∃y[虎y&求yx&食yx&∃z(狐z&得yz)]}
といふ風に、書くことが出来る(?)。
cf.
(a)
1  ()∃y{Fy&∀x(Gx→Hyx)} A
 2 (2)   Fb&∀x(Gx→Hyx)  A
 2 (3)   Fb             2&E
 2 (4)      ∀x(Gx→Hyx)  2&E
 2 (5)         Ga→Hba   4
  6()         Ga       A
 26(7)            Hba   67
 26(8)      Ga&Fb       63&I
 26(9)      Ga&Fb&Hba   78&I
 (ア)      Ga&Fb&Hba   129
(b)
1  ()∀x{Gx→∃y(Fy&Hyx)} A
1  (2)   Ga→∃y(Fy&Hya)  1
 3 ()   Ga             A
13 (4)      ∃y(Fy&Hya)  23MPP
  5(5)         Fb&Hba   A
135(6)      Ga&Fb&Hba   35&I
13 (7)      Ga&Fb&Hba   456
従って、
(10)(11)により、
(12)
「述語論理」は、「非常に広範な表現能力をもっている」としても、例へば、
② 狐曰子無敢食我也。
③ 天帝使我長百獸。
⑥ 子隨我後觀。
⑦ 百獸之見我而敢不走乎。
⑧ 虎以爲然。
⑨ 故遂與之行。
⑪ 虎不知獸畏己而走也。
⑫ 以爲畏弧也。
といふ「漢文」を、「翻訳できない」。
然るに、
(13)
一階述語論理は、数学のほぼ全領域を形式化するのに十分な表現力を持っている。実際、現代の標準的な集合論の公理系 ZFC は一階述語論理を用いて形式化されており、数学の大部分はそのように形式化された ZFC の中で行うことができる(ウィキペディア)。
従って、
(06)(13)により、
(14)
例へば、
「盾の集合」の中に「いかなる矛も陥さない盾」がある。
「矛の集合」の中に「すべての盾を陥す矛」  がある。
といふことは、「矛盾」である。
といふことが、「述語論理」を用ひて、言へないのであれば、「問題」であるものの、
例へば、
② 狐曰子無敢食我也。
③ 天帝使我長百獸。
⑥ 子隨我後觀。
⑦ 百獸之見我而敢不走乎。
⑧ 虎以爲然。
⑨ 故遂與之行。
⑪ 虎不知獸畏己而走也。
⑫ 以爲畏弧也。
といふ「漢文」を、「述語論理」に「翻訳できない」としても、「問題」には、ならない。
平成31年04月10日、毛利太。

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