― 長い間、「返り点」に関する「記事」を書いてゐません。「返り点と括弧」に関しては、
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
B:君は踊りがうまいと聞いたことがあるぞ、お願いだ、踊ってくれ。
A:ほかの人に頼めよ。
B:君自身が踊るのを見たいんだよ。
(白水社、CDエクスプレスラテン語、2004年、67頁)
然るに、
(02)
B:Te bene saltare audivi.Salta, obsecro.
A:Alium roga.
B:Te ipsum saltare videre volo.
(白水社、CDエクスプレスラテン語、2004年、66頁)
従って、
(01)(02)により、
(03)
A:Alium roga.
B:Te ipsum saltare videre volo.
といふ「ラテン語」は、
A:他の人に頼めよ。
B:他ならぬ君に踊って欲しいんだ。
といふ「日本語」に、相当する。
然るに、
(04)
B:Te ipsum の、
ipsum は、ipse の「対格」であって、
ipse は「強意代名詞」である。
然るに、
(05)
上述の指示代名詞のほかに、「~自身、自体」「他ならぬ~」を意味する強意代名詞の ipse も、三人称代名詞になります(大西英文、はじめてのラテン語、1997年、174頁改)。
従って、
(03)(04)(05)により、
(06)
B:Te ipsum saltare videre volo.
といふ「ラテン語」は、
B:他ならぬ君に踊って欲しいんだ。
といふ「日本語」に相当し、尚且つ、
B:ipsum(強意代名詞)が、
B:他ならぬ。
といふ「意味」を、担ってゐる。
然るに、
(07)
B:君に踊って欲しいんだ。
に於いて、
B:君に を、「強く発音(強調)」すれば、
B:他ならぬ、君に踊って欲しいんだ。
といふ、「意味」になる。
従って、
(06)(07)により、
(08)
「強調形」は、「ラテン語」も、「日本語」も、「他ならぬ~」といふ意味を、表すことが、出来る。
然るに、
(09)
マリリンモンローがディマジオと結婚!
のような見出しが女性週刊誌を賑わすのは、ガによってその上の体言を未知扱いにし、まったく驚いた、新しい情報だぞ! と読者に迫る手法である。
あのチャップリンが大往生。
のような場合、「あの」がついている以上、未知とはいえないという議論も有りうるが、むしろ既知のものを未知扱いすることによって、驚異を表す表現なのである。
(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、41頁)
然るに、
(09)により、
(10)
これらの場合は、二つとも、
③(他ならぬ)マリリンモンローがディマジオと結婚!
④(他ならぬ)あのチャップリンが大往生。
といふ「意味」であある。
然るに、
(11)
③(他ならぬ)マリリンモンローがディマジオと結婚!
④(他ならぬ)あのチャップリンが大往生。
に対して、
①(他ならぬ)マリリンモンローはディマジオと結婚!
②(他ならぬ)あのチャップリンは大往生。
といふ「日本語」は、存在しない。
従って、
(12)
① マリリンモンローはディマジオと結婚!
② あのチャップリンは大往生。
③(他ならぬ)マリリンモンローがディマジオと結婚!
④(他ならぬ)あのチャップリンが大往生。
である。
従って、
(08)(12)により、
(13)
① マリリンモンローは
② あのチャップリンは
に対する、
③ マリリンモンローが
④ あのチャップリンが
は、「強調形」であると、「推定」できる。
従って、
(13)により、
(14)
① マリリンモンローは(清音)
② あのチャップリンは(清音)
に対する、
③ マリリンモンローが(濁音)
④ あのチャップリンが(濁音)
は、「強調形」であると、「推定」できる。
然るに、
(15)
清音の方は、小さくきれいで速い感じで、コロコロと言うと、ハスの上を水玉がころがるような時の形容である。ゴロゴロと言うと、大きく荒い感じで、力士が土俵でころがる感じである(金田一春彦、日本語(上)、1988年、131頁)。もし濁音を発音するときの物理的・身体的な口腔の膨張によって「濁音=大きい」とイメージがつくられているのだとしたら、面白いですね。この仮説が正しいとすると、なぜ英語話者や中国語話者も濁音に対して「大きい」というイメージを持っているか説明がつきます(川原繁人、音とことばの不思議な世界、2015年、13頁)。
従って、
(14)(15)により、
(16)
① マリリンモンローは(清音)
② あのチャップリンは(清音)
に対する、
③ マリリンモンローが(濁音)
④ あのチャップリンが(濁音)
は、実際に、「強調形」である。
従って、
(08)(19)により、
(17)
③(他ならぬ)
④(他ならぬ)
といふ「意味」を、「言外に表したい」のであれば、その場合は、
① マリリンモンローは
② あのチャップリンは
とは書かずに、
③ マリリンモンローが
④ あのチャップリンが
といふ風に、書くことになる。
従って、
(09)(17)により、
(18)
マリリンモンローがディマジオと結婚!
のような見出しが女性週刊誌を賑わすのは、ガによってその上の体言を未知扱いにし、まったく驚いた、新しい情報だぞ! と読者に迫る手法である。
といふ「必然性」は、無い。
従って、
(19)
あのチャップリンが大往生。
のような場合、「あの」がついている以上、未知とはいえないという議論も有りうるが、むしろ既知のものを未知扱いすることによって、驚異を表す表現なのである。
といふ「言ひ方」は、「詭弁」に過ぎない。
(20)
あのチャップリンが大往生。
のガは、「驚異」ではなく、「強意」を表してゐる。
令和元年07月30日、毛利太。
2019年7月30日火曜日
2019年7月27日土曜日
「他ならぬ・~ガ」の「が(既知)」について:大野文法批判。
― 長い間、「返り点」に関する「記事」を書いてゐません。「返り点と括弧」に関しては、
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
これまでに、何度も述べた通り、
① 私が大野です。
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(02)
③ 私以外は大野ではない。
のやうな、
③ A以外はBでない。
といふ「命題」を、「排他的命題(Exclusive proposition)」といふ。
従って、
(02)により、
(03)
④「~以外ではない所の」
といふ「日本語」は、言はば、
④「排他的命題の、連体形」である。
然るに、
(04)
④「以外ではない所の」
といふ「日本語」は、
④「他ならぬ」
といふ「日本語」に、他ならない。
cf.
他ならぬ=他(体言)なら(断定・未然形)ぬ(打消し・連体形)。
然るに、
(05)
他ならぬ④【《他ならぬ】ほかならない。「――・・・である〔=今から言及するのは、あなたもご承知の・・・である 〕」
(三省堂、新明解国語辞典、代四版、1991年、1190頁)
従って、
(04)(05)により、
(06)
④(他ならぬ)AがBである。
である。
といふのであれば、
④ A=あなたもご承知の、他ならぬ、あのA
でなければ、ならない。
然るに、
(07)
④(他ならぬ)AがBである。
⑤(他ならぬ)AはBである。
に於いて、
④ といふ「日本語」に対して、
⑤ といふ「日本語」は、存在しない。
従って、
(01)~(07)により、
(08)
① AがBである(排他的命題)。
④ AがBである(排他的命題の、連体形)。
に於いて、
① Aが(未知) であるとしても、
④ Aが(未知) である。といふことは、絶対に、有り得ない。
従って、
(07)(08)により、
(09)
① AがBである(A以外はBでない)。
④ AがBである(他ならぬAがBである)。
に於いて、
④ Aが は、「必ず、既知である。」
従って、
(09)により、
(10)
④ チャップリンが大往生(他ならぬチャップリンが大往生)。
であるならば、
④ チャップリンが は、「必ず、既知である。」
然るに、
(11)
マリリンモンローがディマジオと結婚!
のような見出しが女性週刊誌を賑わすのは、ガによってその上の体言を未知扱いにし、まったく驚いた、新しい情報だぞ! と読者に迫る手法である。
あのチャップリンが大往生。
のような場合、「あの」がついている以上、未知とはいえないという議論も有りうるが、むしろ既知のものを未知扱いすることによって、驚異を表す表現なのである。
(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、41頁)
従って、
(10)(11)により、
(12)
あのチャップリンが大往生。
のような場合、「あの」がついている以上、未知とはいえないという議論も有りうるが、むしろ既知のものを未知扱いすることによって、驚異を表す表現なのである。
といふ「説明」は、「典型的な、詭弁」に過ぎない。
然るに、
(13)
④ あのチャップリンが大往生。
を「声に出して言ふ」場合は、
④ チャップリン
に「強勢(Stress)」が置かれることになる。
然るに、
(14)
次(15)に示す通り、
④ Aが(濁音)
⑤ Aは(清音)
に於いて、
④ Aが(濁音) の方が、
⑤ Aは(清音) よりも、「心理的な音量」が大きい。
(15)
清音の方は、小さくきれいで速い感じで、コロコロと言うと、ハスの上を水玉がころがるような時の形容である。ゴロゴロと言うと、大きく荒い感じで、力士が土俵でころがる感じである(金田一春彦、日本語(上)、1988年、131頁)。もし濁音を発音するときの物理的・身体的な口腔の膨張によって「濁音=大きい」とイメージがつくられているのだとしたら、面白いですね。この仮説が正しいとすると、なぜ英語話者や中国語話者も濁音に対して「大きい」というイメージを持っているか説明がつきます(川原繁人、音とことばの不思議な世界、2015年、13頁)。
従って、
(13)(14)(15)により、
(16)
④ あのチャップリンが大往生。
を「声に出して言ふ」場合は、
④ チャップリン
に「強勢(Stress)」が置かれることになり、尚且つ、
④ チャップリンが(濁音) の方が、
⑤ チャップリンは(清音) よりも、「心理的な音量」が大きい。
従って、
(10)(11)(16)により、
(17)
④ あのチャップリンが大往生(他ならぬチャップリンが大往生)。
であって、
⑤ あのチャップリンは大往生(他ならぬチャップリンは大往生)。
でないことは、「当然」である。
令和元年07月27日、毛利太。
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
これまでに、何度も述べた通り、
① 私が大野です。
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(02)
③ 私以外は大野ではない。
のやうな、
③ A以外はBでない。
といふ「命題」を、「排他的命題(Exclusive proposition)」といふ。
従って、
(02)により、
(03)
④「~以外ではない所の」
といふ「日本語」は、言はば、
④「排他的命題の、連体形」である。
然るに、
(04)
④「以外ではない所の」
といふ「日本語」は、
④「他ならぬ」
といふ「日本語」に、他ならない。
cf.
他ならぬ=他(体言)なら(断定・未然形)ぬ(打消し・連体形)。
然るに、
(05)
他ならぬ④【《他ならぬ】ほかならない。「――・・・である〔=今から言及するのは、あなたもご承知の・・・である 〕」
(三省堂、新明解国語辞典、代四版、1991年、1190頁)
従って、
(04)(05)により、
(06)
④(他ならぬ)AがBである。
である。
といふのであれば、
④ A=あなたもご承知の、他ならぬ、あのA
でなければ、ならない。
然るに、
(07)
④(他ならぬ)AがBである。
⑤(他ならぬ)AはBである。
に於いて、
④ といふ「日本語」に対して、
⑤ といふ「日本語」は、存在しない。
従って、
(01)~(07)により、
(08)
① AがBである(排他的命題)。
④ AがBである(排他的命題の、連体形)。
に於いて、
① Aが(未知) であるとしても、
④ Aが(未知) である。といふことは、絶対に、有り得ない。
従って、
(07)(08)により、
(09)
① AがBである(A以外はBでない)。
④ AがBである(他ならぬAがBである)。
に於いて、
④ Aが は、「必ず、既知である。」
従って、
(09)により、
(10)
④ チャップリンが大往生(他ならぬチャップリンが大往生)。
であるならば、
④ チャップリンが は、「必ず、既知である。」
然るに、
(11)
マリリンモンローがディマジオと結婚!
のような見出しが女性週刊誌を賑わすのは、ガによってその上の体言を未知扱いにし、まったく驚いた、新しい情報だぞ! と読者に迫る手法である。
あのチャップリンが大往生。
のような場合、「あの」がついている以上、未知とはいえないという議論も有りうるが、むしろ既知のものを未知扱いすることによって、驚異を表す表現なのである。
(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、41頁)
従って、
(10)(11)により、
(12)
あのチャップリンが大往生。
のような場合、「あの」がついている以上、未知とはいえないという議論も有りうるが、むしろ既知のものを未知扱いすることによって、驚異を表す表現なのである。
といふ「説明」は、「典型的な、詭弁」に過ぎない。
然るに、
(13)
④ あのチャップリンが大往生。
を「声に出して言ふ」場合は、
④ チャップリン
に「強勢(Stress)」が置かれることになる。
然るに、
(14)
次(15)に示す通り、
④ Aが(濁音)
⑤ Aは(清音)
に於いて、
④ Aが(濁音) の方が、
⑤ Aは(清音) よりも、「心理的な音量」が大きい。
(15)
清音の方は、小さくきれいで速い感じで、コロコロと言うと、ハスの上を水玉がころがるような時の形容である。ゴロゴロと言うと、大きく荒い感じで、力士が土俵でころがる感じである(金田一春彦、日本語(上)、1988年、131頁)。もし濁音を発音するときの物理的・身体的な口腔の膨張によって「濁音=大きい」とイメージがつくられているのだとしたら、面白いですね。この仮説が正しいとすると、なぜ英語話者や中国語話者も濁音に対して「大きい」というイメージを持っているか説明がつきます(川原繁人、音とことばの不思議な世界、2015年、13頁)。
従って、
(13)(14)(15)により、
(16)
④ あのチャップリンが大往生。
を「声に出して言ふ」場合は、
④ チャップリン
に「強勢(Stress)」が置かれることになり、尚且つ、
④ チャップリンが(濁音) の方が、
⑤ チャップリンは(清音) よりも、「心理的な音量」が大きい。
従って、
(10)(11)(16)により、
(17)
④ あのチャップリンが大往生(他ならぬチャップリンが大往生)。
であって、
⑤ あのチャップリンは大往生(他ならぬチャップリンは大往生)。
でないことは、「当然」である。
令和元年07月27日、毛利太。
2019年7月26日金曜日
「私は大野です。」の「~は」は「既知・未知」とは関係ない。
(01)
― 長い間、「返り点」に関する「記事」を書いてゐません。「返り点と括弧」に関しては、
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
(3) 未知と既知
この組み合わせは次のような場合に現われる。
私が大野です。
これは、「大野さんはどちらですか」というような問いに対する答えとして使われる。つまり文脈において、「大野」なる人物はすでに登場していて既知である。ところが、それが実際にどの人物なのか、その帰属する先が未知である。その未知の対象を「私」と表現して、それをガで承けた。それゆえこの形は、
大野は私です。
に置きかえてもほぼ同じ意味を表わすといえる(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、34頁)。
従って、
(01)により、
(02)
① 私が大野です。
② 大野は私です。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(03)
② 大野は私です。
といふことは、
② 大野ならば私である。
といふことである。
然るに、
(04)
(ⅱ)
1 (1) P→ Q A
2 (2) P A
3(3) ~Q A
12 (4) Q 12MPP
123(5) ~Q&Q 34&I
1 3(6)~P 25RAA
1 (7)~Q→~P 36CP
(ⅱ)
1 (1)~Q→~P A
2 (2)~Q A
3(3) P A
12 (4) ~P 12MPP
123(5) P&~P 34&I
1 3(6) ~~Q 25RAA
1 3(7) Q 6DN
1 (8) P→ Q 37CP
従って、
(04)により、
(05)
(ⅱ)
1 (1)PならばQである A
2 (2)Pである A
3(3) Qでない A
12 (4) Qである 12MPP
123(5)QでなくてQである 34&I
1 3(6)Pでない 25RAA
1 (7)QでないならばPでない 36CP
(ⅲ)
1 (1)QでないならばPでない A
2 (2)Qでない A
3(3) Pである A
12 (4) Pでない 12MPP
123(5)PであってPでない 34&I
1 3(6)Qでないでない 25RAA
1 3(7)Qである 6DN
1 (8)PであるならばQである 37CP
従って、
(05)により、
(06)
(ⅱ)
1 (1)大野ならば私である A
2 (2)大野である A
3(3) 私でない A
12 (4) 私である 12MPP
123(5)私でなくて私である 34&I
1 3(6)大野でない 25RAA
1 (7)私でないならば大野でない 36CP
(ⅲ)
1 (1)私でないならば大野でない A
2 (2)私でない A
3(3) 大野である A
12 (4) 大野でない 12MPP
123(5) 大野であって大野でない 34&I
1 3(6)私でないでない 25RAA
1 3(7)私である 6DN
1 (8)大野であるならば私である 37CP
従って、
(04)(05)(06)により、
(07)
② 大野ならば私である。
③ 私でないならば大野でない。
に於いて、「両者」は、「対偶(Contraposition)」である。
然るに、
(08)
③ 私でないならば大野でない。
といふことは、
③ 私以外は大野ではない。
といふことである。
従って、
(02)(03)(07)(08)により、
(09)
① 私が大野です。
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(10)
③ 私以外は大野ではない。
④ 私以外も大野である。
に於いて、
③と④ は「矛盾」する。
然るに、
(11)
(ⅲ)
1 (1)∃x{私x&大野x&~∀y(x≠y→~大野y)} A
2 (2) 私a&大野a&~∀y(a≠y→~大野y) A
2 (3) 私a&大野a 2&E
2 (4) ~∀y(a≠y→~大野y) 2&E
2 (5) ∃y~(a≠y→~大野y) 4量化子の関係
6(6) ~(a≠b→~大野b) A
6(7) ~(a=b∨~大野b) 6含意の定義
6(8) a≠b& 大野b 7ド・モルガンの法則
6(9) ∃y(a≠y& 大野y) 8EI
2 (ア) ∃y(a≠y& 大野y) 569EE
2 (イ) 私a&大野a&∃y(a≠y& 大野y) 29&I
2 (ウ) ∃x{私x&大野x&∃y(x≠y& 大野y)} イEI
1 (エ) ∃x{私x&大野x&∃y(x≠y& 大野y)} 12ウEE
(ⅳ)
1 (1)∃x{私x&大野x&~∃y(x≠y& 大野y)} A
2 (2) 私a&大野a&~∃y(a≠y& 大野y) A
2 (3) 私a&大野a 2&E
2 (4) ~∃y(a≠y& 大野y) 2&E
2 (5) ∀y~(a≠y& 大野y) 4量化子の関係
2 (6) ~(a≠b& 大野y) 5UE
2 (7) ~a≠b∨~大野b 6ド・モルガンの法則
2 (8) a≠b→~大野b 7含意の定義
2 (9) ∀y(a≠b→~大野b) 8UI
2 (ア) 私a&大野a&∀y(a≠b→~大野b) 29&I
2 (イ) ∃x{私x&大野x&∃y(x≠y& 大野y)} アEI
1 (ウ) ∃x{私x&大野x&∃y(x≠y& 大野y)} 12イEE
従って、
(10)(11)により、
(12)
③ 私以外は大野ではない。
④ 私以外も大野である。
③ ∃x{私x&大野x&∀y(x≠y→~大野y)}
④ ∃x{私x&大野x&∃y(x≠y& 大野y)}
③ あるxは私であって、大野であって、すべてyについて、yがxでないならば、yは大野ではない。
④ あるxは私であって、大野であって、あるyは、xではないが、大野である。
に於いて、
③と④ は「矛盾」する。
然るに、
(13)
④ あるxは私であって、大野であって、あるyは、xではないが、大野である。
といふことは、
④ 私も大野です。
といふことである。
従って、
(14)
① 私が大野です=∃x{私x&大野x&∀y(x≠y→~大野y)}
④ 私も大野です=∃x{私x&大野x&∃y(x≠y& 大野y)}
であって、両者は、「矛盾」する。
然るに、
(15)
だから文はその二つの要素の組み合せによって、成り立ち、そこには四つの型がつくられる。
(1)既知(扱い)と未知(扱い)
(2)既知(扱い)と既知(扱い)
(3)未知(扱い)と既知(扱い)
(4)未知(扱い)と未知(扱い)
はじめに既知がくる(1)と(2)では、既知(あるいは既知扱い)の下にハという助詞を使う。また(3)と(4)では未知(あるいは未知扱い)の下にガという助詞を使う。これが現代日本語の文の基本構造である。まず(1)の文例を示そう。
(1) 既知と未知
私は大野です。
という文は、檀の上に立って私なるものが聴衆に見えている。それで、私なる存在については相手もこれをみて知っている、すると、それを既知扱いにして「私は大野です」という。この「大野です」という部分は実は未知の部分にあたり、「私は(ダレカトイウト)大野です」の意味である。たとえば、初めての家を訪問した場合に、「私は大野というものですが、御主人は御在宅でしょうか。」という。その場合、「私が大野ですが・・・・・」といえば、対応に出た人は怪訝な顔をする(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、24・25頁)。
然るに、
(16)
① 初めて、「渡辺さん」の家を訪問した場合に、「私も渡辺という者ですが、御主人は御在宅でしょうか。」
② 初めて、「渡辺さん」の家を訪問した場合に、「私も大野という者ですが、御主人は御在宅でしょうか。」
といふ場合、
① であれば、対応に出た人は怪訝な顔はせずに、
② であれば、対応に出た人は怪訝な顔をする。
然るに、
(17)
② 初めて、「渡辺さん」の家を訪問した場合に、「私も大野という者ですが、御主人(渡辺さん)は御在宅でしょうか。」
③ 初めて、「渡辺さん」の家を訪問した場合に、「私が大野という者ですが、御主人(渡辺さん)は御在宅でしょうか。」
といふ場合、
② であっても、対応に出た人は怪訝な顔はするし、
③ であっても、対応に出た人は怪訝な顔をする。
然るに、
(18)
「~が」に関しては、「私が(未知・未知扱い)」であったとしても。
「~も」に関しては、「私も(未知・未知扱い)」ではないはずである。
従って、
(17)(18)により、
(19)
③ 初めて、「渡辺さん」の家を訪問した場合に、「私が大野という者ですが、御主人(渡辺さん)は御在宅でしょうか。」
といふ場合に、
③「対応に出た人は怪訝な顔をする」際の「理由」が、「既知(扱い)と未知(扱い)」に関連してゐる。といふ「証拠」は無い。
然るに、
(20)
初めての家を訪問した場合に、いきなり、
③ 私が大野です(私以外は大野でない)=∃x{私x&大野x&∀y(x≠y→~大野y)}
② 私も大野です(私以外も大野である)=∃x{私x&大野x&∃y(x≠y& 大野y)}
といふのであれば、「対応に出た人が怪訝な顔をするの」は、「当然」である。
令和元年07月26日、毛利太。
― 長い間、「返り点」に関する「記事」を書いてゐません。「返り点と括弧」に関しては、
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
(3) 未知と既知
この組み合わせは次のような場合に現われる。
私が大野です。
これは、「大野さんはどちらですか」というような問いに対する答えとして使われる。つまり文脈において、「大野」なる人物はすでに登場していて既知である。ところが、それが実際にどの人物なのか、その帰属する先が未知である。その未知の対象を「私」と表現して、それをガで承けた。それゆえこの形は、
大野は私です。
に置きかえてもほぼ同じ意味を表わすといえる(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、34頁)。
従って、
(01)により、
(02)
① 私が大野です。
② 大野は私です。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(03)
② 大野は私です。
といふことは、
② 大野ならば私である。
といふことである。
然るに、
(04)
(ⅱ)
1 (1) P→ Q A
2 (2) P A
3(3) ~Q A
12 (4) Q 12MPP
123(5) ~Q&Q 34&I
1 3(6)~P 25RAA
1 (7)~Q→~P 36CP
(ⅱ)
1 (1)~Q→~P A
2 (2)~Q A
3(3) P A
12 (4) ~P 12MPP
123(5) P&~P 34&I
1 3(6) ~~Q 25RAA
1 3(7) Q 6DN
1 (8) P→ Q 37CP
従って、
(04)により、
(05)
(ⅱ)
1 (1)PならばQである A
2 (2)Pである A
3(3) Qでない A
12 (4) Qである 12MPP
123(5)QでなくてQである 34&I
1 3(6)Pでない 25RAA
1 (7)QでないならばPでない 36CP
(ⅲ)
1 (1)QでないならばPでない A
2 (2)Qでない A
3(3) Pである A
12 (4) Pでない 12MPP
123(5)PであってPでない 34&I
1 3(6)Qでないでない 25RAA
1 3(7)Qである 6DN
1 (8)PであるならばQである 37CP
従って、
(05)により、
(06)
(ⅱ)
1 (1)大野ならば私である A
2 (2)大野である A
3(3) 私でない A
12 (4) 私である 12MPP
123(5)私でなくて私である 34&I
1 3(6)大野でない 25RAA
1 (7)私でないならば大野でない 36CP
(ⅲ)
1 (1)私でないならば大野でない A
2 (2)私でない A
3(3) 大野である A
12 (4) 大野でない 12MPP
123(5) 大野であって大野でない 34&I
1 3(6)私でないでない 25RAA
1 3(7)私である 6DN
1 (8)大野であるならば私である 37CP
従って、
(04)(05)(06)により、
(07)
② 大野ならば私である。
③ 私でないならば大野でない。
に於いて、「両者」は、「対偶(Contraposition)」である。
然るに、
(08)
③ 私でないならば大野でない。
といふことは、
③ 私以外は大野ではない。
といふことである。
従って、
(02)(03)(07)(08)により、
(09)
① 私が大野です。
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(10)
③ 私以外は大野ではない。
④ 私以外も大野である。
に於いて、
③と④ は「矛盾」する。
然るに、
(11)
(ⅲ)
1 (1)∃x{私x&大野x&~∀y(x≠y→~大野y)} A
2 (2) 私a&大野a&~∀y(a≠y→~大野y) A
2 (3) 私a&大野a 2&E
2 (4) ~∀y(a≠y→~大野y) 2&E
2 (5) ∃y~(a≠y→~大野y) 4量化子の関係
6(6) ~(a≠b→~大野b) A
6(7) ~(a=b∨~大野b) 6含意の定義
6(8) a≠b& 大野b 7ド・モルガンの法則
6(9) ∃y(a≠y& 大野y) 8EI
2 (ア) ∃y(a≠y& 大野y) 569EE
2 (イ) 私a&大野a&∃y(a≠y& 大野y) 29&I
2 (ウ) ∃x{私x&大野x&∃y(x≠y& 大野y)} イEI
1 (エ) ∃x{私x&大野x&∃y(x≠y& 大野y)} 12ウEE
(ⅳ)
1 (1)∃x{私x&大野x&~∃y(x≠y& 大野y)} A
2 (2) 私a&大野a&~∃y(a≠y& 大野y) A
2 (3) 私a&大野a 2&E
2 (4) ~∃y(a≠y& 大野y) 2&E
2 (5) ∀y~(a≠y& 大野y) 4量化子の関係
2 (6) ~(a≠b& 大野y) 5UE
2 (7) ~a≠b∨~大野b 6ド・モルガンの法則
2 (8) a≠b→~大野b 7含意の定義
2 (9) ∀y(a≠b→~大野b) 8UI
2 (ア) 私a&大野a&∀y(a≠b→~大野b) 29&I
2 (イ) ∃x{私x&大野x&∃y(x≠y& 大野y)} アEI
1 (ウ) ∃x{私x&大野x&∃y(x≠y& 大野y)} 12イEE
従って、
(10)(11)により、
(12)
③ 私以外は大野ではない。
④ 私以外も大野である。
③ ∃x{私x&大野x&∀y(x≠y→~大野y)}
④ ∃x{私x&大野x&∃y(x≠y& 大野y)}
③ あるxは私であって、大野であって、すべてyについて、yがxでないならば、yは大野ではない。
④ あるxは私であって、大野であって、あるyは、xではないが、大野である。
に於いて、
③と④ は「矛盾」する。
然るに、
(13)
④ あるxは私であって、大野であって、あるyは、xではないが、大野である。
といふことは、
④ 私も大野です。
といふことである。
従って、
(14)
① 私が大野です=∃x{私x&大野x&∀y(x≠y→~大野y)}
④ 私も大野です=∃x{私x&大野x&∃y(x≠y& 大野y)}
であって、両者は、「矛盾」する。
然るに、
(15)
だから文はその二つの要素の組み合せによって、成り立ち、そこには四つの型がつくられる。
(1)既知(扱い)と未知(扱い)
(2)既知(扱い)と既知(扱い)
(3)未知(扱い)と既知(扱い)
(4)未知(扱い)と未知(扱い)
はじめに既知がくる(1)と(2)では、既知(あるいは既知扱い)の下にハという助詞を使う。また(3)と(4)では未知(あるいは未知扱い)の下にガという助詞を使う。これが現代日本語の文の基本構造である。まず(1)の文例を示そう。
(1) 既知と未知
私は大野です。
という文は、檀の上に立って私なるものが聴衆に見えている。それで、私なる存在については相手もこれをみて知っている、すると、それを既知扱いにして「私は大野です」という。この「大野です」という部分は実は未知の部分にあたり、「私は(ダレカトイウト)大野です」の意味である。たとえば、初めての家を訪問した場合に、「私は大野というものですが、御主人は御在宅でしょうか。」という。その場合、「私が大野ですが・・・・・」といえば、対応に出た人は怪訝な顔をする(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、24・25頁)。
然るに、
(16)
① 初めて、「渡辺さん」の家を訪問した場合に、「私も渡辺という者ですが、御主人は御在宅でしょうか。」
② 初めて、「渡辺さん」の家を訪問した場合に、「私も大野という者ですが、御主人は御在宅でしょうか。」
といふ場合、
① であれば、対応に出た人は怪訝な顔はせずに、
② であれば、対応に出た人は怪訝な顔をする。
然るに、
(17)
② 初めて、「渡辺さん」の家を訪問した場合に、「私も大野という者ですが、御主人(渡辺さん)は御在宅でしょうか。」
③ 初めて、「渡辺さん」の家を訪問した場合に、「私が大野という者ですが、御主人(渡辺さん)は御在宅でしょうか。」
といふ場合、
② であっても、対応に出た人は怪訝な顔はするし、
③ であっても、対応に出た人は怪訝な顔をする。
然るに、
(18)
「~が」に関しては、「私が(未知・未知扱い)」であったとしても。
「~も」に関しては、「私も(未知・未知扱い)」ではないはずである。
従って、
(17)(18)により、
(19)
③ 初めて、「渡辺さん」の家を訪問した場合に、「私が大野という者ですが、御主人(渡辺さん)は御在宅でしょうか。」
といふ場合に、
③「対応に出た人は怪訝な顔をする」際の「理由」が、「既知(扱い)と未知(扱い)」に関連してゐる。といふ「証拠」は無い。
然るに、
(20)
初めての家を訪問した場合に、いきなり、
③ 私が大野です(私以外は大野でない)=∃x{私x&大野x&∀y(x≠y→~大野y)}
② 私も大野です(私以外も大野である)=∃x{私x&大野x&∃y(x≠y& 大野y)}
といふのであれば、「対応に出た人が怪訝な顔をするの」は、「当然」である。
令和元年07月26日、毛利太。
2019年7月24日水曜日
「私が大野です(大野は私です)。」の「述語論理」。
― 長い間、「返り点」に関する「記事」を書いてゐません。「返り点と括弧」に関しては、
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではありません。
に於いて、「日本語話者」の「直観」として、明らかに、
②=③ である。
然るに、
(02)
②(Pであって、Qでない。)
③(Qでなくて、Pである。)
に於いて、
②=③ である。
従って、
(02)により、
(03)
②(Pであって、Qでない。)といふことはない。
③(Qでなくて、Pである。)といふことはない。
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(04)
②(Pであって、Qでない。)といふことはない。
③(Qでなくて、Pである。)といふことはない。
といふことは、
② Pであるならば、Qである。
③ Qでないならば、Pでない。
といふことに、他ならない。
従って、
(03)(04)により、
(05)
② Pであるならば、Qである。
③ Qでないならば、Pでない。
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(06)
(ⅰ)
1 (1) P→ Q A
2 (2) P A
3(3) ~Q A
12 (4) Q 12MPP
123(5) ~Q&Q 34&I
1 3(6)~P 25RAA
1 (7)~Q→~P 36CP
(ⅱ)
1 (1)~Q→~P A
2 (2)~Q A
3(3) P A
12 (4) ~P 12MPP
123(5) P&~P 34&I
1 3(6) ~~Q 25RAA
1 3(7) Q 6DN
1 (8) P→ Q 37CP
従って、
(06)により、
(07)
② P→ Q=Pであるならば、Qである。
③ ~Q→~P=Qでないならば、Pでない。
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(08)
命題「PならばQ」の真偽とその対偶「QでないならPでない」の真偽とは必ず一致する(すなわち真理値が等しい)。
(ウィキペディア改)
従って、
(06)(07)(08)により、
(09)
② Pであるならば、Qである。
③ Qでないならば、Pでない。
に於いて、
②と③ は、「対偶(Contraposition)」であって、それ故、必然的に、
②=③ である。
従って、
(09)により、
(10)
② 大野ならば、私です。
③ 私でないならば、大野ではありません。
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(11)
② 大野ならば、私です。
③ 私でないならば、大野ではありません。
といふことは、
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではありません。
といふ、ことである。
従って、
(01)~(11)により、
(12)
② 大野は私です(大野ならば私である)。
③ 私以外は大野ではない(私でないならば大野ではない)。
といふ「対偶(Contraposition)」に於いて、
②=③ である。
といふ「直観」は、「論理的」にも、「正しい」。
従って、
(13)
② 大野は私です(大野ならば私である)。
③ 私以外は大野ではない(私でないならば大野ではない)。
に於いて、
②=③ であることは、「対偶(Contraposition)」として、
②=③ であるため、この「等式」を、「否定」することは、出来ない。
然るに、
(14)
(3)未知と既知
この組み合わせは次のような場合に現われる。
私が大野です。
これは、「大野さんはどちらですか」というような問いに対する答えとして使われる。つまり文脈において、「大野」なる人物はすでに登場していて既知である。ところが、それが実際にどの人物なのか、その帰属する先が未知である。その未知の対象を「私」と表現して、それをガで承けた。それゆえこの形は、
大野は私です。
に置きかえてもほぼ同じ意味を表わすといえる(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、34頁)。
従って、
(14)により、
(15)
① 私が大野です。
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(16)
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
といふ「日本語」は、
② ∃x{私x& ∀y(大野y→x=y)}
③ ∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)}
といふ「述語論理式」に、相当する。
(17)
② 私は大野であって、大野は私です。
③ 私は大野であって、私以外は大野ではない。
といふ「日本語」は、
② ∃x{私x&大野x& ∀y(大野y→x=y)}
③ ∃x{私x&大野x&~∃y(大野y&x≠y)}
といふ「述語論理式」に、相当する。
cf.
記述の理論(theory of descriptions)。
然るに、
(18)
「正確に(exactly)」に、「大野といふ唯一の人間がゐる。」といふ場合には、
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
ではなく、
② 私は大野であって、大野は私です。
③ 私は大野であって、私以外は大野ではない。
とするのが、「正しい」。
然るに、
(19)
今、知りたいのは、
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
といふ「日本語」は、「
② ∃x{私x& ∀y(大野y→x=y)}
③ ∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)}
といふ「述語論理式」に、相当するか、否か、であるため、取り上げるべきは、
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
であって、
② 私は大野であって、大野は私です。
③ 私は大野であって、私以外は大野ではない。
ではない。
然るに、
(20)
(ⅱ)
1 (1)∃x{私x& ∀y(大野y→x=y)} A
2 (2) 私a& ∀y(大野y→a=y) A
2 (3) 私a 2&E
2 (4) ∀y(大野y→a=y) 2&E
2 (5) 大野b→a=b 4UE
2 (6) ~大野b∨a=b 5含意の定義
7 (7) 大野b&a≠b A
8 (8) ~大野b A
7 (9) 大野b 7&E
78 (ア) ~大野b&大野b 89&I
8 (イ) ~(大野b&a≠b) 7アRAA
ウ(ウ) a=b A
7 (エ) a≠b 7&I
7 ウ(オ) a=b&a≠b ウエ&I
ウ(カ) ~(大野b&a≠b) 7オRAA
2 (キ) ~(大野b&a≠b) 28イウカ∨E
2 (ク) ∀y~(大野y&a≠y) キUI
2 (ケ) ~∃y(大野y&a≠y) ク含意の定義
2 (コ) 私a&~∃y(大野y&a≠y) 3ケ&I
2 (サ)∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)} コEI
1 (シ)∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)} 12サEE
(ⅲ)
1 (1)∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)} A
2 (2) 私a&~∃y(大野y&a≠y) A
2 (3) 私a 2&E
2 (4) ~∃y(大野y&a≠y) 2&E
2 (5) ∀y~(大野y&a≠y) 4含意の定義
2 (6) ~(大野b&a≠b) 5UE
2 (7) ~大野b∨~(a≠b) 6ド・モルガンの法則
2 (8) ~大野b∨a=b 7DN
2 (9) 大野b→a=b 8含意の定義
2 (ア) ∀y(大野y→a=y) 9UI
2 (イ) 私a& ∀y(大野y→a=y) 3ア&I
2 (ウ)∃x{私x& ∀y(Fy→x=y)} イEI
1 (エ)∃x{私x& ∀y(Fy→x=y)} 12ウEE&
従って、
(20)により、
(21)
② ∃x{私x& ∀y(大野y→x=y)}
③ ∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)}
に於いて、
②=③ である。
従って、
(21)により、
(22)
② あるxは私であり、すべてのyについて、yが大野であるならば、y(大野)はx(私)に等しい。
③ あるxは私であり、あるyが大野であって、そのy(大野)がx(私)と等しくない。といふことはない。
に於いて、
②=③ である。
従って、
(22)により、
(23)
② あるxは私であり、すべてのyについて、yが大野であるならば、y(大野)はx(私)に等しい。
③ あるxは私であり、あるyが大野であって、そのy(大野)がx(私)以外である。といふことはない。
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(24)
② すべてのyについて、yが大野であるならば、y(大野)はx(私)に等しい。
③ あるyが大野であって、そのy(大野)がx(私)以外である。といふことはない。
といふことは、要するに、
② 大野は私である。
③ 私以外は大野ではない。
といふ、ことである。
従って、
(22)~(24)により、
(25)
② 大野は私である =∃x{私x& ∀y(大野y→x=y)}。
③ 私以外は大野ではない=∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)}。
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(26)
②「私」は「1人しかゐない」。
従って、
(27)
②「大野は私です。」といふ風に、「私(1人)」が、「本当のこと」を言ふのであれば、
③「私以外は大野ではない。」といふことに、ならざるを得ない。
従って、
(25)(26)(27)により、
(28)
わざわざ、
② 大野は私である =∃x{私x& ∀y(大野y→x=y)}。
③ 私以外は大野ではない=∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)}。
といふ「等式」を、「計算(Predicate calculation)」によって、「証明」しなくとも、
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
に於いて、
②=③ である。
といふことは、固より、「当然」である。
令和元年07月24日、毛利太。
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではありません。
に於いて、「日本語話者」の「直観」として、明らかに、
②=③ である。
然るに、
(02)
②(Pであって、Qでない。)
③(Qでなくて、Pである。)
に於いて、
②=③ である。
従って、
(02)により、
(03)
②(Pであって、Qでない。)といふことはない。
③(Qでなくて、Pである。)といふことはない。
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(04)
②(Pであって、Qでない。)といふことはない。
③(Qでなくて、Pである。)といふことはない。
といふことは、
② Pであるならば、Qである。
③ Qでないならば、Pでない。
といふことに、他ならない。
従って、
(03)(04)により、
(05)
② Pであるならば、Qである。
③ Qでないならば、Pでない。
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(06)
(ⅰ)
1 (1) P→ Q A
2 (2) P A
3(3) ~Q A
12 (4) Q 12MPP
123(5) ~Q&Q 34&I
1 3(6)~P 25RAA
1 (7)~Q→~P 36CP
(ⅱ)
1 (1)~Q→~P A
2 (2)~Q A
3(3) P A
12 (4) ~P 12MPP
123(5) P&~P 34&I
1 3(6) ~~Q 25RAA
1 3(7) Q 6DN
1 (8) P→ Q 37CP
従って、
(06)により、
(07)
② P→ Q=Pであるならば、Qである。
③ ~Q→~P=Qでないならば、Pでない。
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(08)
命題「PならばQ」の真偽とその対偶「QでないならPでない」の真偽とは必ず一致する(すなわち真理値が等しい)。
(ウィキペディア改)
従って、
(06)(07)(08)により、
(09)
② Pであるならば、Qである。
③ Qでないならば、Pでない。
に於いて、
②と③ は、「対偶(Contraposition)」であって、それ故、必然的に、
②=③ である。
従って、
(09)により、
(10)
② 大野ならば、私です。
③ 私でないならば、大野ではありません。
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(11)
② 大野ならば、私です。
③ 私でないならば、大野ではありません。
といふことは、
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではありません。
といふ、ことである。
従って、
(01)~(11)により、
(12)
② 大野は私です(大野ならば私である)。
③ 私以外は大野ではない(私でないならば大野ではない)。
といふ「対偶(Contraposition)」に於いて、
②=③ である。
といふ「直観」は、「論理的」にも、「正しい」。
従って、
(13)
② 大野は私です(大野ならば私である)。
③ 私以外は大野ではない(私でないならば大野ではない)。
に於いて、
②=③ であることは、「対偶(Contraposition)」として、
②=③ であるため、この「等式」を、「否定」することは、出来ない。
然るに、
(14)
(3)
この組み合わせは次のような場合に現われる。
私が大野です。
これは、「大野さんはどちらですか」というような問いに対する答えとして使われる。
大野は私です。
に置きかえてもほぼ同じ意味を表わすといえる(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、34頁)。
従って、
(14)により、
(15)
① 私が大野です。
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(16)
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
といふ「日本語」は、
② ∃x{私x& ∀y(大野y→x=y)}
③ ∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)}
といふ「述語論理式」に、相当する。
(17)
② 私は大野であって、大野は私です。
③ 私は大野であって、私以外は大野ではない。
といふ「日本語」は、
② ∃x{私x&大野x& ∀y(大野y→x=y)}
③ ∃x{私x&大野x&~∃y(大野y&x≠y)}
といふ「述語論理式」に、相当する。
cf.
記述の理論(theory of descriptions)。
然るに、
(18)
「正確に(exactly)」に、「大野といふ唯一の人間がゐる。」といふ場合には、
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
ではなく、
② 私は大野であって、大野は私です。
③ 私は大野であって、私以外は大野ではない。
とするのが、「正しい」。
然るに、
(19)
今、知りたいのは、
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
といふ「日本語」は、「
② ∃x{私x& ∀y(大野y→x=y)}
③ ∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)}
といふ「述語論理式」に、相当するか、否か、であるため、取り上げるべきは、
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
であって、
② 私は大野であって、大野は私です。
③ 私は大野であって、私以外は大野ではない。
ではない。
然るに、
(20)
(ⅱ)
1 (1)∃x{私x& ∀y(大野y→x=y)} A
2 (2) 私a& ∀y(大野y→a=y) A
2 (3) 私a 2&E
2 (4) ∀y(大野y→a=y) 2&E
2 (5) 大野b→a=b 4UE
2 (6) ~大野b∨a=b 5含意の定義
7 (7) 大野b&a≠b A
8 (8) ~大野b A
7 (9) 大野b 7&E
78 (ア) ~大野b&大野b 89&I
8 (イ) ~(大野b&a≠b) 7アRAA
ウ(ウ) a=b A
7 (エ) a≠b 7&I
7 ウ(オ) a=b&a≠b ウエ&I
ウ(カ) ~(大野b&a≠b) 7オRAA
2 (キ) ~(大野b&a≠b) 28イウカ∨E
2 (ク) ∀y~(大野y&a≠y) キUI
2 (ケ) ~∃y(大野y&a≠y) ク含意の定義
2 (コ) 私a&~∃y(大野y&a≠y) 3ケ&I
2 (サ)∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)} コEI
1 (シ)∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)} 12サEE
(ⅲ)
1 (1)∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)} A
2 (2) 私a&~∃y(大野y&a≠y) A
2 (3) 私a 2&E
2 (4) ~∃y(大野y&a≠y) 2&E
2 (5) ∀y~(大野y&a≠y) 4含意の定義
2 (6) ~(大野b&a≠b) 5UE
2 (7) ~大野b∨~(a≠b) 6ド・モルガンの法則
2 (8) ~大野b∨a=b 7DN
2 (9) 大野b→a=b 8含意の定義
2 (ア) ∀y(大野y→a=y) 9UI
2 (イ) 私a& ∀y(大野y→a=y) 3ア&I
2 (ウ)∃x{私x& ∀y(Fy→x=y)} イEI
1 (エ)∃x{私x& ∀y(Fy→x=y)} 12ウEE&
従って、
(20)により、
(21)
② ∃x{私x& ∀y(大野y→x=y)}
③ ∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)}
に於いて、
②=③ である。
従って、
(21)により、
(22)
② あるxは私であり、すべてのyについて、yが大野であるならば、y(大野)はx(私)に等しい。
③ あるxは私であり、あるyが大野であって、そのy(大野)がx(私)と等しくない。といふことはない。
に於いて、
②=③ である。
従って、
(22)により、
(23)
② あるxは私であり、すべてのyについて、yが大野であるならば、y(大野)はx(私)に等しい。
③ あるxは私であり、あるyが大野であって、そのy(大野)がx(私)以外である。といふことはない。
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(24)
② すべてのyについて、yが大野であるならば、y(大野)はx(私)に等しい。
③ あるyが大野であって、そのy(大野)がx(私)以外である。といふことはない。
といふことは、要するに、
② 大野は私である。
③ 私以外は大野ではない。
といふ、ことである。
従って、
(22)~(24)により、
(25)
② 大野は私である =∃x{私x& ∀y(大野y→x=y)}。
③ 私以外は大野ではない=∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)}。
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(26)
②「私」は「1人しかゐない」。
従って、
(27)
②「大野は私です。」といふ風に、「私(1人)」が、「本当のこと」を言ふのであれば、
③「私以外は大野ではない。」といふことに、ならざるを得ない。
従って、
(25)(26)(27)により、
(28)
わざわざ、
② 大野は私である =∃x{私x& ∀y(大野y→x=y)}。
③ 私以外は大野ではない=∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)}。
といふ「等式」を、「計算(Predicate calculation)」によって、「証明」しなくとも、
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
に於いて、
②=③ である。
といふことは、固より、「当然」である。
令和元年07月24日、毛利太。
2019年7月22日月曜日
大野晋先生の言う「が・は」は、「既知・未知」とは「関係」が無い。
― 長い間、「返り点」に関する「記事」を書いてゐません。「返り点と括弧」に関しては、
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
「含意の定義」により、
① ∀x{ 大野x→∃y(私y&x=y)}
② ∀x{~大野x∨∃y(私y&x=y)}
に於いて、
①=② である。
然るに、
(02)
② ∀x{~大野x∨∃y(私y&x=y)}
であれば、仮に、
②「大野なる人物」が、「存在」しないとしても、「本当(真)」である。
然るに、
(03)
① ∀x{大野x→∃y(私y&x=y)}
ではなく、
② ∃x{私x&∀y(大野y→x=y)}
であるならば、
②「大野なる人物」が、「存在」しなければ、「ウソ(偽)」である。
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
① すべてのxについて、xが大野であるならば、あるyは私であって、xはyに等しい。
② あるxは私であり、 すべてのyについて、yが大野であるならば、xはyに等しい。
に於いて、
① の場合は、「大野なる人物」が「存在」しないとしても、「本当(真)」であり、
② の場合は、「大野なる人物」が「存在」しなければ、 「ウソ(偽)」である。
従って、
(03)(04)により、
(05)
① ∀x{大野x→∃y(私y&x=y)}
② ∃x{私x&∀y(大野y→x=y)}
に於いて、「どちらでも良い」やうに、思へるものの、厳密に言へば、
② が、「正しい」。
然るに、
(06)
(ⅱ)
1 (1)∃x{私x& ∀y(大野y→x=y)} A
2 (2) 私a& ∀y(大野y→a=y) A
2 (3) 私a 2&E
2 (4) ∀y(大野y→a=y) 2&E
2 (5) 大野b→a=b 4UE
2 (6) ~大野b∨a=b 5含意の定義
7 (7) 大野b&a≠b A
8 (8) ~大野b A
7 (9) 大野b 7&E
78 (ア) ~大野b&大野b 89&I
8 (イ) ~(大野b&a≠b) 7アRAA
ウ(ウ) a=b A
7 (エ) a≠b 7&I
7 ウ(オ) a=b&a≠b ウエ&I
ウ(カ) ~(大野b&a≠b) 7オRAA
2 (キ) ~(大野b&a≠b) 28イウカ∨E
2 (ク) ∀y~(大野y&a≠y) キUI
2 (ケ) ~∃y(大野y&a≠y) ク含意の定義
2 (コ) 私a&~∃y(大野y&a≠y) 3ケ&I
2 (サ)∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)} コEI
1 (シ)∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)} 12サEE
(ⅲ)
1 (1)∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)} A
2 (2) 私a&~∃y(大野y&a≠y) A
2 (3) 私a 2&E
2 (4) ~∃y(大野y&a≠y) 2&E
2 (5) ∀y~(大野y&a≠y) 4含意の定義
2 (6) ~(大野b&a≠b) 5UE
2 (7) ~大野b∨~(a≠b) 6ド・モルガンの法則
2 (8) ~大野b∨a=b 7DN
2 (9) 大野b→a=b 8含意の定義
2 (ア) ∀y(大野y→a=y) 9UI
2 (イ) 私a& ∀y(大野y→a=y) 3ア&I
2 (ウ)∃x{私x& ∀y(Fy→x=y)} イEI
1 (エ)∃x{私x& ∀y(Fy→x=y)} 12ウEE&
従って、
(06)により、
(07)
② ∃x{私x& ∀y(大野y→x=y)}
③ ∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)}
に於いて、
②=③ である。
従って、
(07)により、
(08)
② あるxは私であり、すべてのyについて、yが大野であるならば、xはyに等しい。
③ あるxは私であり、あるyが大野であって、そのyがxと等しくない。といふことはない。
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(09)
② あるxは私であり、すべてのyについて、yが大野であるならば、y(大野)はx(私)に等しい。
③ あるxは私であり、あるyが大野であって、そのy(大野)がx(私)と等しくない。といふことはない。
といふことは、要するに、
② 大野は私である。
③ 私以外は大野ではない。
といふ、ことである。
然るに、
(10)
② 大野は私である。
③ 私以外は大野ではない。
といふことは、
② 大野ならば私である。
③ 私でないならば大野ではない。
といふことに、他ならない。
然るに、
(11)
命題「AならばB」の真偽とその対偶「BでないならAでない」の真偽とは必ず一致する(すなわち真理値が等しい)。
(ウィキペディア)
従って、
(06)~(11)により、
(12)
② 大野は私である(大野ならば私である)。
③ 私以外は大野ではない(私でないならば大野ではない)。
は、「対偶(Contraposition)」であるため、「必然的」に、「等しい」。
る。
然るに、
(13)
(3) 未知と既知
この組み合わせは次のような場合に現われる。
私が大野です。
これは、「大野さんはどちらですか」というような問いに対する答えとして使われる。つまり文脈において、「大野」なる人物はすでに登場していて既知である。ところが、それが実際にどの人物なのか、その帰属する先が未知である。その未知の対象を「私」と表現して、それをガで承けた。それゆえこの形は、
大野は私です。
に置きかえてもほぼ同じ意味を表わすといえる(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、34頁)。
従って、
(12)(13)により、
(14)
① 私が大野です。
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
に於いて、
①=②=③ である。
従って、
(14)により、
(15)
③ 私以外は大野ではない。
といふことを、言ひたければ、その場合は、
① 私が大野です(大野は私です)。
と、言へば良い。
従って、
(16)
③ 私以外は大野ではない。
といふことを、言ひたくなければ、その場合は、
④ 私は大野です。
と、言へば良い。
然るに、
(17)
⑤ 大野さんはどちらですか。
といふのであれば、
⑤ 大野さんはどちらですか。
といふ「質問」をする人物は、自分の目の前に、
⑤ 「大野といふ人物」と、「大野以外の人物」がゐる。
といふ風に、「想定」してゐる。
といふ、ことになる。
従って、
(15)~(17)により、
(18)
③ 私以外は大野ではない。
といふことが、「本当」である際に、
⑤ 大野さんはどちらですか。
といふ「質問」に対して、
① 私が大野です(私以外は大野ではない)。
といふ風に、答へることは、「自然」である。
従って、
(18)により、
(19)
逆に言へば、
⑤ 大野さんはどちらですか。
といふ「質問」がされてゐる、わけでは無いにも、拘らず、いきなり、
① 私が大野です(私以外は大野ではない)。
と、言ふのであれば、「自然」はなく、そのため、相手の側が、怪訝な顔するのは、「当然」である。
従って、
(18)(19)により、
(20)
たとえば、初めての家を訪問した場合に、「私は大野というものですが、御主人は御在宅でしょうか。」という。その場合、「私が大野ですが・・・・・」といえば、対応に出た人は怪訝な顔をする(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、25頁)。
といふことは、「当然」である。
(21)
だから文はその二つの要素の組み合せによって、成り立ち、そこには四つの型がつくられる。
(1)既知(扱い)と未知(扱い)
(2)既知(扱い)と既知(扱い)
(3)未知(扱い)と既知(扱い)
(4)未知(扱い)と未知(扱い)
はじめに既知がくる(1)と(2)では、既知(あるいは既知扱い)の下にハという助詞を使う。また(3)と(4)では未知(あるいは未知扱い)の下にガという助詞を使う。
(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、25頁)。
然るに、
(22)
「既知と未知」ではない、「既知(扱い)と未知(扱い)」といふ「言ひ方」が、「良く分からない(曖昧である)」。
(23)
(1) 既知と未知
私は大野です。
という文は、檀の上に立って私なるものが聴衆に見えている。それで、私なる存在については相手もこれをみて知っている、すると、それを既知扱いにして「私は大野です」という。この「大野です」という部分は実は未知の部分にあたり、「私は(ダレカトイウト)大野です」の意味である。
(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、24・25頁)
従って、
(23)により、
(24)
① 私(既知)は大野(未知)です。
である。
然るに、
(24)により、
(25)
① 私(既知)は大野(未知)です。
といふのであれば、
② 大野(未知)=私の名前(未知)
でなければ、ならない。
従って、
(24)(25)により、
(26)
① 私(既知)は大野(未知)です。
② 私の名前(未知)は大野(未知)です。
に於いて、
①=② である。
cf.
① I am 大野。
② My name is 大野。
従って、
(24)(25)(26)により、
(27)
② 大野(未知・未知扱い)=私の名前(未知・未知扱い)
ではない。
といふことが、「証明」されなければ、ならない。
従って、
(23)~(27)
(28)
② 私の名前(未知・未知扱い)=大野(未知・未知扱い)
ではない。
といふことを、「証明」できないのであれば、
(1)既知(扱い)と未知(扱い)
(2)既知(扱い)と既知(扱い)
(3)未知(扱い)と既知(扱い)
(4)未知(扱い)と未知(扱い)
はじめに既知がくる(1)と(2)では、既知(あるいは既知扱い)の下にハという助詞を使う。
といふ、大野晋先生の「説明」は、「最初の説明」に於いて、「破綻」してゐる。
令和元年07月22日、毛利太。
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
「含意の定義」により、
① ∀x{ 大野x→∃y(私y&x=y)}
② ∀x{~大野x∨∃y(私y&x=y)}
に於いて、
①=② である。
然るに、
(02)
② ∀x{~大野x∨∃y(私y&x=y)}
であれば、仮に、
②「大野なる人物」が、「存在」しないとしても、「本当(真)」である。
然るに、
(03)
① ∀x{大野x→∃y(私y&x=y)}
ではなく、
② ∃x{私x&∀y(大野y→x=y)}
であるならば、
②「大野なる人物」が、「存在」しなければ、「ウソ(偽)」である。
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
① すべてのxについて、xが大野であるならば、あるyは私であって、xはyに等しい。
② あるxは私であり、 すべてのyについて、yが大野であるならば、xはyに等しい。
に於いて、
① の場合は、「大野なる人物」が「存在」しないとしても、「本当(真)」であり、
② の場合は、「大野なる人物」が「存在」しなければ、 「ウソ(偽)」である。
従って、
(03)(04)により、
(05)
① ∀x{大野x→∃y(私y&x=y)}
② ∃x{私x&∀y(大野y→x=y)}
に於いて、「どちらでも良い」やうに、思へるものの、厳密に言へば、
② が、「正しい」。
然るに、
(06)
(ⅱ)
1 (1)∃x{私x& ∀y(大野y→x=y)} A
2 (2) 私a& ∀y(大野y→a=y) A
2 (3) 私a 2&E
2 (4) ∀y(大野y→a=y) 2&E
2 (5) 大野b→a=b 4UE
2 (6) ~大野b∨a=b 5含意の定義
7 (7) 大野b&a≠b A
8 (8) ~大野b A
7 (9) 大野b 7&E
78 (ア) ~大野b&大野b 89&I
8 (イ) ~(大野b&a≠b) 7アRAA
ウ(ウ) a=b A
7 (エ) a≠b 7&I
7 ウ(オ) a=b&a≠b ウエ&I
ウ(カ) ~(大野b&a≠b) 7オRAA
2 (キ) ~(大野b&a≠b) 28イウカ∨E
2 (ク) ∀y~(大野y&a≠y) キUI
2 (ケ) ~∃y(大野y&a≠y) ク含意の定義
2 (コ) 私a&~∃y(大野y&a≠y) 3ケ&I
2 (サ)∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)} コEI
1 (シ)∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)} 12サEE
(ⅲ)
1 (1)∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)} A
2 (2) 私a&~∃y(大野y&a≠y) A
2 (3) 私a 2&E
2 (4) ~∃y(大野y&a≠y) 2&E
2 (5) ∀y~(大野y&a≠y) 4含意の定義
2 (6) ~(大野b&a≠b) 5UE
2 (7) ~大野b∨~(a≠b) 6ド・モルガンの法則
2 (8) ~大野b∨a=b 7DN
2 (9) 大野b→a=b 8含意の定義
2 (ア) ∀y(大野y→a=y) 9UI
2 (イ) 私a& ∀y(大野y→a=y) 3ア&I
2 (ウ)∃x{私x& ∀y(Fy→x=y)} イEI
1 (エ)∃x{私x& ∀y(Fy→x=y)} 12ウEE&
従って、
(06)により、
(07)
② ∃x{私x& ∀y(大野y→x=y)}
③ ∃x{私x&~∃y(大野y&x≠y)}
に於いて、
②=③ である。
従って、
(07)により、
(08)
② あるxは私であり、すべてのyについて、yが大野であるならば、xはyに等しい。
③ あるxは私であり、あるyが大野であって、そのyがxと等しくない。といふことはない。
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(09)
② あるxは私であり、すべてのyについて、yが大野であるならば、y(大野)はx(私)に等しい。
③ あるxは私であり、あるyが大野であって、そのy(大野)がx(私)と等しくない。といふことはない。
といふことは、要するに、
② 大野は私である。
③ 私以外は大野ではない。
といふ、ことである。
然るに、
(10)
② 大野は私である。
③ 私以外は大野ではない。
といふことは、
② 大野ならば私である。
③ 私でないならば大野ではない。
といふことに、他ならない。
然るに、
(11)
命題「AならばB」の真偽とその対偶「BでないならAでない」の真偽とは必ず一致する(すなわち真理値が等しい)。
(ウィキペディア)
従って、
(06)~(11)により、
(12)
② 大野は私である(大野ならば私である)。
③ 私以外は大野ではない(私でないならば大野ではない)。
は、「対偶(Contraposition)」であるため、「必然的」に、「等しい」。
る。
然るに、
(13)
(3) 未知と既知
この組み合わせは次のような場合に現われる。
私が大野です。
これは、「大野さんはどちらですか」というような問いに対する答えとして使われる。つまり文脈において、「大野」なる人物はすでに登場していて既知である。ところが、それが実際にどの人物なのか、その帰属する先が未知である。その未知の対象を「私」と表現して、それをガで承けた。それゆえこの形は、
大野は私です。
に置きかえてもほぼ同じ意味を表わすといえる(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、34頁)。
従って、
(12)(13)により、
(14)
① 私が大野です。
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
に於いて、
①=②=③ である。
従って、
(14)により、
(15)
③ 私以外は大野ではない。
といふことを、言ひたければ、その場合は、
① 私が大野です(大野は私です)。
と、言へば良い。
従って、
(16)
③ 私以外は大野ではない。
といふことを、言ひたくなければ、その場合は、
④ 私は大野です。
と、言へば良い。
然るに、
(17)
⑤ 大野さんはどちらですか。
といふのであれば、
⑤ 大野さんはどちらですか。
といふ「質問」をする人物は、自分の目の前に、
⑤ 「大野といふ人物」と、「大野以外の人物」がゐる。
といふ風に、「想定」してゐる。
といふ、ことになる。
従って、
(15)~(17)により、
(18)
③ 私以外は大野ではない。
といふことが、「本当」である際に、
⑤ 大野さんはどちらですか。
といふ「質問」に対して、
① 私が大野です(私以外は大野ではない)。
といふ風に、答へることは、「自然」である。
従って、
(18)により、
(19)
逆に言へば、
⑤ 大野さんはどちらですか。
といふ「質問」がされてゐる、わけでは無いにも、拘らず、いきなり、
① 私が大野です(私以外は大野ではない)。
と、言ふのであれば、「自然」はなく、そのため、相手の側が、怪訝な顔するのは、「当然」である。
従って、
(18)(19)により、
(20)
たとえば、初めての家を訪問した場合に、「私は大野というものですが、御主人は御在宅でしょうか。」という。その場合、「私が大野ですが・・・・・」といえば、対応に出た人は怪訝な顔をする(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、25頁)。
といふことは、「当然」である。
(21)
だから文はその二つの要素の組み合せによって、成り立ち、そこには四つの型がつくられる。
(1)既知(扱い)と未知(扱い)
(2)既知(扱い)と既知(扱い)
(3)未知(扱い)と既知(扱い)
(4)未知(扱い)と未知(扱い)
はじめに既知がくる(1)と(2)では、既知(あるいは既知扱い)の下にハという助詞を使う。また(3)と(4)では未知(あるいは未知扱い)の下にガという助詞を使う。
(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、25頁)。
然るに、
(22)
「既知と未知」ではない、「既知(扱い)と未知(扱い)」といふ「言ひ方」が、「良く分からない(曖昧である)」。
(23)
(1) 既知と未知
私は大野です。
という文は、檀の上に立って私なるものが聴衆に見えている。それで、私なる存在については相手もこれをみて知っている、すると、それを既知扱いにして「私は大野です」という。この「大野です」という部分は実は未知の部分にあたり、「私は(ダレカトイウト)大野です」の意味である。
(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、24・25頁)
従って、
(23)により、
(24)
① 私(既知)は大野(未知)です。
である。
然るに、
(24)により、
(25)
① 私(既知)は大野(未知)です。
といふのであれば、
② 大野(未知)=私の名前(未知)
でなければ、ならない。
従って、
(24)(25)により、
(26)
① 私(既知)は大野(未知)です。
② 私の名前(未知)は大野(未知)です。
に於いて、
①=② である。
cf.
① I am 大野。
② My name is 大野。
従って、
(24)(25)(26)により、
(27)
② 大野(未知・未知扱い)=私の名前(未知・未知扱い)
ではない。
といふことが、「証明」されなければ、ならない。
従って、
(23)~(27)
(28)
② 私の名前(未知・未知扱い)=大野(未知・未知扱い)
ではない。
といふことを、「証明」できないのであれば、
(1)既知(扱い)と未知(扱い)
(2)既知(扱い)と既知(扱い)
(3)未知(扱い)と既知(扱い)
(4)未知(扱い)と未知(扱い)
はじめに既知がくる(1)と(2)では、既知(あるいは既知扱い)の下にハという助詞を使う。
といふ、大野晋先生の「説明」は、「最初の説明」に於いて、「破綻」してゐる。
令和元年07月22日、毛利太。
2019年7月21日日曜日
「私が大野です(大野は私です)。」は「既知・未知」とは関係がない。
― 長い間、「返り点」に関する「記事」を書いてゐません。「返り点と括弧」に関しては、
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
1 (1)∀x{大野x→ ∃y(私y&x=y)} A
1 (2) 大野a→ ∃y(私b&a=y) 1UI
3 (3) ∀y(私y→a≠y) A
3 (4) 私b→a≠b 3UE
3 (5) ~私b∨a≠b 4含意の定義
3 (6) ~(私b&a=b) 5ド・モルガンの法則
3 (7) ∀y~(私y&a=y) 6UI
3 (8) ~∃y(私y&a=y) 7量化子の関係
13 (9) ~大野a 28MTT
1 (ア) ∀y(私y→a≠y)→~大野a 39CP
イ (イ) 私b→a≠b A
イ (ウ) ∀y(私y→a≠y) イUI
1 イ (エ) ~大野a アウMPP
1 (オ) 私b→a≠b →~大野a イエCP
カ(カ) 私b&a≠b A
カ(キ) 私b カ&E
1 カ(ク) a≠b →~大野a オキMPP
カ(カ) a≠b カ&E
1 カ(ケ) ~大野a クカMPP
1 (コ) 私b&a≠b →~大野a カケCP
1 (サ) ∀y(私y&a≠y →~大野a) コUI
1 (シ)∀x∀y(私y&x≠y →~大野x) サUI
(02)
1 (1)~∀x∀y(私y&x≠y →~大野x) A
1 (2)∃x~∃y(私y&x≠y →~大野x) 量化子の関係
1 (3)∃x∃y~(私y&x≠y →~大野x) 量化子の関係
4 (4) ∃y~(私y&a≠y →~大野a) A
5(5) ~(私b&a≠b →~大野a) A
5(6) ~[~(私b&a≠b)∨~大野a] 5含意の定義
5(7) ~~(私b&a≠b&~~大野a) 6ド・モルガンの法則
5(8) (私b&a≠b& 大野a) 7DN
5(9) ∃y(私y&a≠y& 大野a) 8EI
4 (ア) ∃y(私y&a≠y& 大野a) 459EE
4 (イ) ∃x∃y(私y&x≠y& 大野x) アEI
1 (ウ) ∃x∃y(私y&x≠y& 大野x) 14イEE
従って、
(01)(02)により、
(03)
② ∀x{大野x→∃y(私y&x=y)}
③ ∀x∀y(私y&x≠y→~大野x)
④ ∃x∃y(私y&x≠y& 大野x)
に於いて、
②と③は「対偶(Contraposition)」であり、
④は③の「否定」、すなはち、②の「否定」である。
従って、
(03)により、
(04)
② すべてのxについて、xが大野であるならば、あるyは私であって、xはyに等しい。
③ すべてのxと、すべてのyについて、yが私であり、xとyが等しくなければ、xは大野ではない。
④ あるxとあるyについて、yは私であり、xとyは等しくはなく、yは大野である。
に於いて、
②と③は「対偶(Contraposition)」であり、
④は③の「否定」、すなはち、②の「否定」である。
従って、
(04)により、
(05)
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
④ 私も大野です。
に於いて、
②と③は「対偶(Contraposition)」であり、
④は③の「否定」、すなはち、②の「否定」である。
然るに、
(06)
命題「AならばB」の真偽とその対偶「BでないならAでない」の真偽とは必ず一致する(すなわち真理値が等しい)。
(ウィキペディア)
従って、
(05)(06)により、
(07)
② 大野は私です(大野ならば私です)=∀x{大野x→∃y(私y&x=y)}。
③ 私以外は大野ではない(私でなければ大野ではない)=∀x∀y(私y&x≠y→~大野x)。
といふ「対偶(Contraposition)」は、「必然的に、等しい」。
然るに、
(08)
(3) 未知と既知
この組み合わせは次のような場合に現われる。
私が大野です。
これは、「大野さんはどちらですか」というような問いに対する答えとして使われる。つまり文脈において、「大野」なる人物はすでに登場していて既知である。ところが、それが実際にどの人物なのか、その帰属する先が未知である。その未知の対象を「私」と表現して、それをガで承けた。それゆえこの形は、
大野は私です。
に置きかえてもほぼ同じ意味を表わすといえる(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、34頁)。
従って、
(07)(08)により、
(09)
① 私が大野です。
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
に於いて、
①=②=③
といふ「等式」が、成立する。
従って、
(07)(08)(09)により、
(10)
(ⅰ)私以外は大野ではない。
(ⅱ)私以外も大野である。
と言ふ「必要」がある場合には、それぞれ、
(ⅰ)私が大野です(大野は私です)。
(ⅱ)私も大野です。
と言ひ、さうではない場合には、
(ⅲ)私は大野です。
と言ふ、ことになる。
然るに、
(11)
(1) 既知と未知
私は大野です。
という文は、檀の上に立って私なるものが聴衆に見えている。それで、私なる存在については相手もこれをみて知っている、すると、それを既知扱いにして「私は大野です」という。この「大野です」という部分は実は未知の部分にあたり、「私は(ダレカトイウト)大野です」の意味である。
(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、24・25頁)
従って、
(11)により、
(12)
① 私(既知)は大野(未知)です。
である。
然るに、
(13)
① 私(既知)は大野(未知)です。
であるならば、
① 大野(未知)=私の名前(未知)
である。
従って、
(12)(13)により、
(14)
② 私の名前(未知)は大野(未知)です。
③ あなたの名前(は未知だから)は何(未知)ですか(と質問する)。
である。
cf.
③ What(未知) is your name(未知でなければ質問しない)?
従って、
(12)(13)(14)により、
(15)
① 私(既知)は大野(未知)です。
② 私の名前(未知)は大野(未知)です。
③ あなたの名前(未知)は 何(未知)ですか。
である。
従って、
(15)により、
(16)
(1)A(既知)はB(未知)である。
といふことには、ならない。
令和元年07月21日、毛利太。
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
1 (1)∀x{大野x→ ∃y(私y&x=y)} A
1 (2) 大野a→ ∃y(私b&a=y) 1UI
3 (3) ∀y(私y→a≠y) A
3 (4) 私b→a≠b 3UE
3 (5) ~私b∨a≠b 4含意の定義
3 (6) ~(私b&a=b) 5ド・モルガンの法則
3 (7) ∀y~(私y&a=y) 6UI
3 (8) ~∃y(私y&a=y) 7量化子の関係
13 (9) ~大野a 28MTT
1 (ア) ∀y(私y→a≠y)→~大野a 39CP
イ (イ) 私b→a≠b A
イ (ウ) ∀y(私y→a≠y) イUI
1 イ (エ) ~大野a アウMPP
1 (オ) 私b→a≠b →~大野a イエCP
カ(カ) 私b&a≠b A
カ(キ) 私b カ&E
1 カ(ク) a≠b →~大野a オキMPP
カ(カ) a≠b カ&E
1 カ(ケ) ~大野a クカMPP
1 (コ) 私b&a≠b →~大野a カケCP
1 (サ) ∀y(私y&a≠y →~大野a) コUI
1 (シ)∀x∀y(私y&x≠y →~大野x) サUI
(02)
1 (1)~∀x∀y(私y&x≠y →~大野x) A
1 (2)∃x~∃y(私y&x≠y →~大野x) 量化子の関係
1 (3)∃x∃y~(私y&x≠y →~大野x) 量化子の関係
4 (4) ∃y~(私y&a≠y →~大野a) A
5(5) ~(私b&a≠b →~大野a) A
5(6) ~[~(私b&a≠b)∨~大野a] 5含意の定義
5(7) ~~(私b&a≠b&~~大野a) 6ド・モルガンの法則
5(8) (私b&a≠b& 大野a) 7DN
5(9) ∃y(私y&a≠y& 大野a) 8EI
4 (ア) ∃y(私y&a≠y& 大野a) 459EE
4 (イ) ∃x∃y(私y&x≠y& 大野x) アEI
1 (ウ) ∃x∃y(私y&x≠y& 大野x) 14イEE
従って、
(01)(02)により、
(03)
② ∀x{大野x→∃y(私y&x=y)}
③ ∀x∀y(私y&x≠y→~大野x)
④ ∃x∃y(私y&x≠y& 大野x)
に於いて、
②と③は「対偶(Contraposition)」であり、
④は③の「否定」、すなはち、②の「否定」である。
従って、
(03)により、
(04)
② すべてのxについて、xが大野であるならば、あるyは私であって、xはyに等しい。
③ すべてのxと、すべてのyについて、yが私であり、xとyが等しくなければ、xは大野ではない。
④ あるxとあるyについて、yは私であり、xとyは等しくはなく、yは大野である。
に於いて、
②と③は「対偶(Contraposition)」であり、
④は③の「否定」、すなはち、②の「否定」である。
従って、
(04)により、
(05)
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
④ 私も大野です。
に於いて、
②と③は「対偶(Contraposition)」であり、
④は③の「否定」、すなはち、②の「否定」である。
然るに、
(06)
命題「AならばB」の真偽とその対偶「BでないならAでない」の真偽とは必ず一致する(すなわち真理値が等しい)。
(ウィキペディア)
従って、
(05)(06)により、
(07)
② 大野は私です(大野ならば私です)=∀x{大野x→∃y(私y&x=y)}。
③ 私以外は大野ではない(私でなければ大野ではない)=∀x∀y(私y&x≠y→~大野x)。
といふ「対偶(Contraposition)」は、「必然的に、等しい」。
然るに、
(08)
(3) 未知と既知
この組み合わせは次のような場合に現われる。
私が大野です。
これは、「大野さんはどちらですか」というような問いに対する答えとして使われる。つまり文脈において、「大野」なる人物はすでに登場していて既知である。ところが、それが実際にどの人物なのか、その帰属する先が未知である。その未知の対象を「私」と表現して、それをガで承けた。それゆえこの形は、
大野は私です。
に置きかえてもほぼ同じ意味を表わすといえる(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、34頁)。
従って、
(07)(08)により、
(09)
① 私が大野です。
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
に於いて、
①=②=③
といふ「等式」が、成立する。
従って、
(07)(08)(09)により、
(10)
(ⅰ)私以外は大野ではない。
(ⅱ)私以外も大野である。
と言ふ「必要」がある場合には、それぞれ、
(ⅰ)私が大野です(大野は私です)。
(ⅱ)私も大野です。
と言ひ、さうではない場合には、
(ⅲ)私は大野です。
と言ふ、ことになる。
然るに、
(11)
(1) 既知と未知
私は大野です。
という文は、檀の上に立って私なるものが聴衆に見えている。それで、私なる存在については相手もこれをみて知っている、すると、それを既知扱いにして「私は大野です」という。この「大野です」という部分は実は未知の部分にあたり、「私は(ダレカトイウト)大野です」の意味である。
(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、24・25頁)
従って、
(11)により、
(12)
① 私(既知)は大野(未知)です。
である。
然るに、
(13)
① 私(既知)は大野(未知)です。
であるならば、
① 大野(未知)=私の名前(未知)
である。
従って、
(12)(13)により、
(14)
② 私の名前(未知)は大野(未知)です。
③ あなたの名前(は未知だから)は何(未知)ですか(と質問する)。
である。
cf.
③ What(未知) is your name(未知でなければ質問しない)?
従って、
(12)(13)(14)により、
(15)
① 私(既知)は大野(未知)です。
② 私の名前(未知)は大野(未知)です。
③ あなたの名前(未知)は 何(未知)ですか。
である。
従って、
(15)により、
(16)
(1)A(既知)はB(未知)である。
といふことには、ならない。
令和元年07月21日、毛利太。
2019年7月20日土曜日
「私が大野です(大野は私です)。」の「述語論理」。
― 長い間、「返り点」に関する「記事」を書いてゐません。「返り点と括弧」に関しては、
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
「私は、1人しかゐない。」
従って、
(01)により、
(02)
「大野は私です。」と、言ふのであれば、
「私以外は大野ではない。」
然るに、
(03)
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
に於いて、
②と③ は「対偶(Contraposition)」である。
cf.
② 大野ならば私である(A→B)。
③ 私でなければ大野ではない(~B→~A)。
従って、
(03)により、
(04)
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
に於いて、必然的に、
②=③ である。
然るに、
(05)
(3) 未知と既知
この組み合わせは次のような場合に現われる。
私が大野です。
これは、「大野さんはどちらですか」というような問いに対する答えとして使われる。つまり文脈において、「大野」なる人物はすでに登場していて既知である。ところが、それが実際にどの人物なのか、その帰属する先が未知である。その未知の対象を「私」と表現して、それをガで承けた。それゆえこの形は、
大野は私です。
に置きかえてもほぼ同じ意味を表わすといえる(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、34頁)。
従って、
(04)(05)により、
(06)
① 私が大野です。
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
に於いて、
①=②=③ である。
従って、
(05)(06)により、
(07)
④ 私(大野Aさん)以外にも、大野Bさんや、大野Cさん。
がゐる場合には、
① 私が大野です。
② 大野は私です。
とは、言はずに、
④ 私も大野ですが、・・・・・・。
といふ風に、答へることになる。
従って、
(06)(07)により、
(08)
「大野さんはどちらですか」といふ問ひに対して、
① 私が大野です。
② 大野は私です。
と答へた「理由」は、
③ 私以外は、大野ではない。
といふことを、「言はんがため」であるといふ風に、考へることが出来る。
従って、
(05)(08)により、
(09)
この組み合わせは次のような場合に現われる。
私が大野です。
これは、「大野さんはどちらですか」というような問いに対する答えとして使われる。つまり文脈において、「大野」なる人物はすでに登場していて既知である。ところが、それが実際にどの人物なのか、その帰属する先が未知である。その未知の対象を「私」と表現して、それをガで承けた。
といふ「説明」は、「不要」である。
然るに、
(10)
(ⅰ)∃x{私x&大野x& ∀y(大野y→x=y)}⇔
(〃)あるxは私であり、大野であり、すべてのyについて、yが大野であるならば、xとyは同一人物である。
とするならば、
③ 私以外は大野ではない。
といふ「意味」になる。
(11)
(ⅱ)∃x{私x&大野x&~∃y(大野y&x≠y)}⇔
(〃)あるxは私であり、大野であり、あるyが大野であって、xとyは同一人物でない、といふことはない。
とするならば、
③ 私以外は大野ではない。
といふ「意味」になる。
然るに、
(12)
(ⅰ)
1 (1)∃x{私x&大野x& ∀y(大野y→x=y)} A
2 (2) 私a&大野a& ∀y(大野y→a=y) A
2 (3) 私a&大野a 2&E
2 (4) ∀y(大野y→a=y) 2&E
2 (5) 大野b→a=b 4UE
2 (6) ~大野b∨a=b 5含意の定義
7 (7) 大野b&a≠b A
8 (8) ~大野b A
7 (9) 大野b 7&E
78 (ア) ~大野b&大野b 89&I
8 (イ) ~(大野b&a≠b) 7アRAA
ウ(ウ) a=b A
7 (エ) a≠b 7&I
7 ウ(オ) a=b&a≠b ウエ&I
ウ(カ) ~(大野b&a≠b) 7オRAA
2 (キ) ~(大野b&a≠b) 28イウカ∨E
2 (ク) ∀y~(大野y&a≠y) キUI
2 (ケ) ~∃y(大野y&a≠y) ク含意の定義
2 (コ) 私a&大野a&~∃y(大野y&a≠y) 3ケ&I
2 (サ)∃x{私x&大野x&~∃y(大野y&x≠y)} コEI
1 (シ)∃x{私x&大野x&~∃y(大野y&x≠y)} 12サEE
(ⅱ)
1 (1)∃x{私x&大野x&~∃y(大野y&x≠y)} A
2 (2) 私a&大野a&~∃y(大野y&a≠y) A
2 (3) 私a&大野a 2&E
2 (4) ~∃y(大野y&a≠y) 2&E
2 (5) ∀y~(大野y&a≠y) 4含意の定義
2 (6) ~(大野b&a≠b) 5UE
2 (7) ~大野b∨~(a≠b) 6ド・モルガンの法則
2 (8) ~大野b∨a=b 7DN
2 (9) 大野b→a=b 8含意の定義
2 (ア) ∀y(大野y→a=y) 9UI
2 (イ) 私a&大野a& ∀y(大野y→a=y) 3ア&I
2 (ウ)∃x{私x&大野x& ∀y(Fy→x=y)} イEI
1 (エ)∃x{私x&大野x& ∀y(Fy→x=y)} 12ウEE
然るに、
(12)により、
(13)
実際に、
① ∃x{私x&大野x& ∀y(大野y→x=y)}
② ∃x{私x&大野x&~∃y(大野y&x≠y)}
①=② である。
従って、
(06)(10)(11)(13)により、
(14)
① 私が大野です。
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
といふ「日本語」は、
① ∃x{私x&大野x& ∀y(大野y→x=y)}
② ∃x{私x&大野x&~∃y(大野y&x≠y)}
といふ「述語論理」に、相当する。
令和元年07月20日、毛利太。
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
「私は、1人しかゐない。」
従って、
(01)により、
(02)
「大野は私です。」と、言ふのであれば、
「私以外は大野ではない。」
然るに、
(03)
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
に於いて、
②と③ は「対偶(Contraposition)」である。
cf.
② 大野ならば私である(A→B)。
③ 私でなければ大野ではない(~B→~A)。
従って、
(03)により、
(04)
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
に於いて、必然的に、
②=③ である。
然るに、
(05)
(3) 未知と既知
この組み合わせは次のような場合に現われる。
私が大野です。
これは、「大野さんはどちらですか」というような問いに対する答えとして使われる。つまり文脈において、「大野」なる人物はすでに登場していて既知である。ところが、それが実際にどの人物なのか、その帰属する先が未知である。その未知の対象を「私」と表現して、それをガで承けた。それゆえこの形は、
大野は私です。
に置きかえてもほぼ同じ意味を表わすといえる(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、34頁)。
従って、
(04)(05)により、
(06)
① 私が大野です。
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
に於いて、
①=②=③ である。
従って、
(05)(06)により、
(07)
④ 私(大野Aさん)以外にも、大野Bさんや、大野Cさん。
がゐる場合には、
① 私が大野です。
② 大野は私です。
とは、言はずに、
④ 私も大野ですが、・・・・・・。
といふ風に、答へることになる。
従って、
(06)(07)により、
(08)
「大野さんはどちらですか」といふ問ひに対して、
① 私が大野です。
② 大野は私です。
と答へた「理由」は、
③ 私以外は、大野ではない。
といふことを、「言はんがため」であるといふ風に、考へることが出来る。
従って、
(05)(08)により、
(09)
この組み合わせは次のような場合に現われる。
私が大野です。
これは、「大野さんはどちらですか」というような問いに対する答えとして使われる。つまり文脈において、「大野」なる人物はすでに登場していて既知である。ところが、それが実際にどの人物なのか、その帰属する先が未知である。その未知の対象を「私」と表現して、それをガで承けた。
といふ「説明」は、「不要」である。
然るに、
(10)
(ⅰ)∃x{私x&大野x& ∀y(大野y→x=y)}⇔
(〃)あるxは私であり、大野であり、すべてのyについて、yが大野であるならば、xとyは同一人物である。
とするならば、
③ 私以外は大野ではない。
といふ「意味」になる。
(11)
(ⅱ)∃x{私x&大野x&~∃y(大野y&x≠y)}⇔
(〃)あるxは私であり、大野であり、あるyが大野であって、xとyは同一人物でない、といふことはない。
とするならば、
③ 私以外は大野ではない。
といふ「意味」になる。
然るに、
(12)
(ⅰ)
1 (1)∃x{私x&大野x& ∀y(大野y→x=y)} A
2 (2) 私a&大野a& ∀y(大野y→a=y) A
2 (3) 私a&大野a 2&E
2 (4) ∀y(大野y→a=y) 2&E
2 (5) 大野b→a=b 4UE
2 (6) ~大野b∨a=b 5含意の定義
7 (7) 大野b&a≠b A
8 (8) ~大野b A
7 (9) 大野b 7&E
78 (ア) ~大野b&大野b 89&I
8 (イ) ~(大野b&a≠b) 7アRAA
ウ(ウ) a=b A
7 (エ) a≠b 7&I
7 ウ(オ) a=b&a≠b ウエ&I
ウ(カ) ~(大野b&a≠b) 7オRAA
2 (キ) ~(大野b&a≠b) 28イウカ∨E
2 (ク) ∀y~(大野y&a≠y) キUI
2 (ケ) ~∃y(大野y&a≠y) ク含意の定義
2 (コ) 私a&大野a&~∃y(大野y&a≠y) 3ケ&I
2 (サ)∃x{私x&大野x&~∃y(大野y&x≠y)} コEI
1 (シ)∃x{私x&大野x&~∃y(大野y&x≠y)} 12サEE
(ⅱ)
1 (1)∃x{私x&大野x&~∃y(大野y&x≠y)} A
2 (2) 私a&大野a&~∃y(大野y&a≠y) A
2 (3) 私a&大野a 2&E
2 (4) ~∃y(大野y&a≠y) 2&E
2 (5) ∀y~(大野y&a≠y) 4含意の定義
2 (6) ~(大野b&a≠b) 5UE
2 (7) ~大野b∨~(a≠b) 6ド・モルガンの法則
2 (8) ~大野b∨a=b 7DN
2 (9) 大野b→a=b 8含意の定義
2 (ア) ∀y(大野y→a=y) 9UI
2 (イ) 私a&大野a& ∀y(大野y→a=y) 3ア&I
2 (ウ)∃x{私x&大野x& ∀y(Fy→x=y)} イEI
1 (エ)∃x{私x&大野x& ∀y(Fy→x=y)} 12ウEE
然るに、
(12)により、
(13)
実際に、
① ∃x{私x&大野x& ∀y(大野y→x=y)}
② ∃x{私x&大野x&~∃y(大野y&x≠y)}
①=② である。
従って、
(06)(10)(11)(13)により、
(14)
① 私が大野です。
② 大野は私です。
③ 私以外は大野ではない。
といふ「日本語」は、
① ∃x{私x&大野x& ∀y(大野y→x=y)}
② ∃x{私x&大野x&~∃y(大野y&x≠y)}
といふ「述語論理」に、相当する。
令和元年07月20日、毛利太。
2019年7月19日金曜日
「ド・モルガンの法則」を「日本語」で説明すると(Ⅲ)。
―「一昨日(令和元年07月17日)」の記事を「補足」します。―
― 長い間、「返り点」に関する「記事」を書いてゐません。「返り点と括弧」に関しては、
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
〈ヤフー!知恵袋、質問〉
twi********さん2008/9/1413:49:40
ド・モルガンの法則について
ド・モルガンの法則をほとんど日本語だけで説明できますか?
(02)
「日本語」だけで言ふと、
① PとQの、少なくとも、一方はウソである。
② PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
に於いて、
①=② であるならば、「ド・モルガンの法則(Ⅰ)」は「正しい」。
(03)
③ PとQは、両方とも、ウソである。
④ PとQの、どちらか一方が、本当である。といふことはない。
に於いて、
③=④ であるならば、「ド・モルガンの法則(Ⅱ)」は「正しい」。
(04)
① PとQの、少なくとも、一方はウソである。
② PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
③ PとQは、両方とも、ウソである。
④ PとQの、どちらか一方が、本当である。といふことはない。
を、「論理語(Logical term)」で書くと、
① ~P∨~Q
② ~(P& Q)
③ ~P&~Q
④ ~(P∨ Q)
といふ「式」になる。
従って、
(05)
① ~P∨~Q =PとQの、少なくとも、一方はウソである。
② ~(P& Q)=PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
③ ~P&~Q =PとQは、両方とも、ウソである。
④ ~(P∨ Q)=PとQの、どちらか一方が、本当である。といふことはない。
に於いて、
①=② であって、
③=④ であって、
このことを、「ド・モルガンの法則」と言ふ。
然るに、
(06)
① ~P∨~Q
② ~(P& Q)
③ ~P&~Q
④ ~(P∨ Q)
に於いて、
①=② であって、
③=④ である。
といふことを、「命題計算(Propositional calculation)」で示すと、次(06)の通りである。
(07)
(ⅰ)
1 (1) ~P∨~Q A
2 (2) P& Q A
3 (3) ~P A
2 (4) P 2&E
23 (5) ~P&P 34&I
3 (6)~(P& Q) 25RAA
7(7) ~Q A
2 (8) Q 2&E
2 7(9) ~Q&Q 78&E
7(ア)~(P& Q) 29RAA
1 (イ)~(P& Q) 1367ア
(ⅱ)
1 (1) ~( P& Q) A
2 (2) ~(~P∨~Q) A
3 (3) ~P A
3 (4) ~P∨~Q 3∨I
23 (5) ~(~P∨~Q)&
(~P∨~Q) 24&I
2 (6) ~~P 35RAA
2 (7) P 6DN
8(8) ~Q A
8(9) ~P∨~Q 8∨I
2 8(ア) ~(~P∨~Q)&
(~P∨~Q) 29&I
2 (イ) ~~Q 8DN
2 (ウ) Q イDN
2 (エ) P& Q 2ウ&I
12 (オ) ~( P& Q)&
( P& Q) 1エ&I
1 (カ)~~(~P∨~Q) 2オRAA
1 (キ) ~P∨~Q カDN
(ⅲ)
1 (1) ~P&~Q A
2 (2) P∨ Q A
1 (3) ~P 1&E
4 (4) P A
1 4 (5) ~P&P 34&I
4 (6)~(~P&~Q) 15RAA
1 (7) ~Q 1&E
8(8) Q A
1 8(9) ~Q&Q 78&I
8(ア)~(~P&~Q) 19RAA
2 (イ)~(~P&~Q) 2468ア∨E
12 (ウ)~(~P&~Q)&
(~P&~Q) 1イ&I
1 (エ) ~(P∨ Q) 2ウRAA
(ⅳ)
1 (1) ~(P∨ Q) A
2 (2) P A
2 (3) P∨ Q 2∨I
12 (4) ~(P∨ Q)&
(P∨ Q) 13&I
1 (5) ~P 24RAA
6 (6) Q A
6 (7) P∨ Q 6∨I
1 6 (8) ~(P∨ Q)&
(P∨ Q) 17&I
1 (9) ~Q 68RAA
1 (ア) ~P&~Q 59&I
(08)
① ~P∨~Q∨~R
② ~(P& Q∨ R)
③ ~P&~Q&~R
④ ~(P∨ Q∨ R)
に於いて、
①=② であって、
③=④ である。
といふことを、「命題計算」で示すと、次(08)の通りである。
(09)
(ⅰ)
1 (1) ~P∨~Q∨~R A
2 (2) P& Q& R A
3 (3) ~P A
2 (4) P 2&E
23 (5) ~P&P 34&I
3 (6)~(P& Q& R) 25RAA
7 (7) ~Q A
2 (8) Q 2&E
2 7 (9) ~Q&Q 78&E
7 (ア)~(P& Q& R) 29RAA
イ(イ) ~R A
2 (ウ) R 2&E
2 イ(エ) ~R&R イウ&I
イ(オ)~(P& Q& R) 2エRAA
1 (カ)~(P& Q& R) 1367アイオ∨E
(ⅱ)
1 (1) ~( P& Q &R) A
2 (2) ~(~P∨~Q∨~R) A
3 (3) ~P A
3 (4) ~P∨~Q 3∨I
3 (5) ~P∨~Q∨~R 4∨I
23 (6) ~(~P∨~Q∨~R)&
(~P∨~Q∨~R) 25&I
2 (7) ~~P 36RAA
2 (8) P 7DN
9 (9) ~Q A
9 (ア) ~P∨~Q 9∨I
9 (イ) ~P∨~Q∨~R ア∨I
2 9 (ウ) ~(~P∨~Q∨~R)&
(~P∨~Q∨~R) 2イ&I
2 (エ) ~~Q 9ウRAA
2 (オ) Q エDN
カ(カ) ~R A
カ(キ) ~Q∨~R カ∨I
カ(ク) ~P∨~Q∨~R キ∨I
2 カ(ケ) ~(~P∨~Q∨~R)&
(~P∨~Q∨~R) 2ク&I
2 (コ) ~~R カケRAA
2 (サ) R コDN
2 (シ) P& Q 8オ&I
2 (ス) P& Q& R サシ&I
12 (セ) ~( P& Q& R)&
( P& Q R) 1ス&I
1 (ソ)~~(~P∨~Q∨~R) 2セRAA
1 (タ) ~P∨~Q∨~R ソDN
(ⅲ)
1 (1) ~P&~Q&~R A
2 (2) P∨ Q∨ R A
1 (3) ~P 1&E
4 (4) P A
1 4 (5) ~P&P 34&I
4 (6)~(~P&~Q&~R) 15RAA
1 (7) ~Q 1&E
8 (8) Q A
1 8 (9) ~Q&Q 78&I
8 (ア)~(~P&~Q&~R) 19RAA
1 (イ) ~R 1&E
ウ(ウ) R A
1 ウ(エ) ~R&R イウ&I
ウ(オ)~(~P&~Q&~R) 1エRAA
2 (カ)~(~P&~Q&~R) 2468アウオ∨E
12 (キ)~(~P&~Q&~R)&
(~P&~Q&~R) 1カ&I
1 (ク) ~(P∨ Q∨ R) 1キRAA
(ⅳ)
1 (1) ~(P∨ Q∨ R) A
2 (2) P A
2 (3) P∨ Q 2∨I
2 (4) P∨ Q∨ R 3∨I
12 (5) ~(P∨ Q∨ R)&
(P∨ Q∨ R) 14&I
1 (6) ~P 25RAA
7 (7) Q A
7 (8) P∨ Q 7∨I
7 (9) P∨ Q∨ R 8∨I
1 7 (ア) ~(P∨ Q∨ R)&
(P∨ Q∨ R) 19&I
1 (イ) ~Q 7アRAA
ウ (エ) R A
ウ (オ) Q∨ R エ∨I
ウ (カ) P∨ Q∨ R オ∨I
1 ウ (キ) ~(P∨ Q∨ R)&
(P∨ Q∨ R) 1カ&I
1 (ク) ~R エキRAA
1 (ケ) ~P&~Q 6イ&I
1 (コ) ~P&~Q&~R クケ&I
然るに、
(07)~(09)により、
(10)
「同じこと(計算)」を、繰り返し、行へば良いため、
① ~P∨~Q∨~R∨~S
② ~(P& Q∨ R∨ S)
③ ~P&~Q&~R&~S
④ ~(P∨ Q∨ R∨ S)
に於いても、
①=② であって、
③=④ である。
然るに、
(11)
① PとQとRのうちの、少なくとも、1つはウソである。
② PとQとRが、3つとも本当である。といふことはない。
③ PとQとRは、3つとも、ウソである。
④ PとQとRの、どれらか1つが、本当である。といふことはない。
に於いて、明らかに、
①=② であって、
③=④ である。
従って、
(05)(08)(09)(11)により、
(12)
① ~P∨~Q =PとQの、少なくとも、一方はウソである。
② ~(P& Q)=PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
③ ~P&~Q =PとQは、両方とも、ウソである。
④ ~(P∨ Q)=PとQの、どちらか一方が、本当である。といふことはない。
並びに、
① ~P∨~Q∨~R =PとQとRのうちの、少なくとも、1つはウソである。
② ~(P& Q& R)=PとQとRが、3つとも本当である。といふことはない。
③ ~P&~Q&~R =PとQとRは、3つとも、ウソである。
④ ~(P∨ Q∨ R)=PとQとRの、どれらか1つが、本当である。といふことはない。
に於いて、
①=② であって、
③=④ であって、
このことを、「ド・モルガンの法則」と言ふ。
然るに、
(13)
①「被告の主張」と「原告の主張」のうち、少なくとも、一方は「ウソ」である。
②「原告の主張」と「被告の主張」が、両方とも「本当」である。といふことはない。
といふ「命題(日本語)」に於いて、
①=② である。
といふことを、「理解」できない日本人は、ほとんど、ゐないはずである。
従って、
(14)
① ~P∨~Q=~(P&Q)
③ ~P&~Q=~(P∨Q)
といふ「ド・モルガンの法則」は、「命題」として、「言葉(日本語)」で言ふと、「メチャクチャ、簡単」である。
然るに、
(15)
高校生にとっての「ド・モルガンの法則」は、
のやうな「ベン図」を用ひての、「集合同士の関係」であるため、
①「被告の主張」と「原告の主張」のうち、少なくとも、一方は「ウソ」である。
②「原告の主張」と「被告の主張」が、両方とも「本当」である。といふことはない。
といふ「命題」に於いて、
①=② である。
といふことを、「理解」できたとしても、「ベン図」で説明される「ド・モルガンの法則」を、理解できるとは、限らない。
(16)
① ~P∨~Q =PとQの、少なくとも、一方はウソである。⇔
② ~(P& Q)=PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
だけでなく、当然、
① P∨ Q =PとQの、少なくとも、一方は本当である。⇔
② ~(~P&~Q)=PとQが、両方ともウソである。といふことはない。
の場合も、「ド・モルガンの法則」である。
令和元年07月19日、毛利太。
― 長い間、「返り点」に関する「記事」を書いてゐません。「返り点と括弧」に関しては、
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
〈ヤフー!知恵袋、質問〉
twi********さん2008/9/1413:49:40
ド・モルガンの法則について
ド・モルガンの法則をほとんど日本語だけで説明できますか?
(02)
「日本語」だけで言ふと、
① PとQの、少なくとも、一方はウソである。
② PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
に於いて、
①=② であるならば、「ド・モルガンの法則(Ⅰ)」は「正しい」。
(03)
③ PとQは、両方とも、ウソである。
④ PとQの、どちらか一方が、本当である。といふことはない。
に於いて、
③=④ であるならば、「ド・モルガンの法則(Ⅱ)」は「正しい」。
(04)
① PとQの、少なくとも、一方はウソである。
② PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
③ PとQは、両方とも、ウソである。
④ PとQの、どちらか一方が、本当である。といふことはない。
を、「論理語(Logical term)」で書くと、
① ~P∨~Q
② ~(P& Q)
③ ~P&~Q
④ ~(P∨ Q)
といふ「式」になる。
従って、
(05)
① ~P∨~Q =PとQの、少なくとも、一方はウソである。
② ~(P& Q)=PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
③ ~P&~Q =PとQは、両方とも、ウソである。
④ ~(P∨ Q)=PとQの、どちらか一方が、本当である。といふことはない。
に於いて、
①=② であって、
③=④ であって、
このことを、「ド・モルガンの法則」と言ふ。
然るに、
(06)
① ~P∨~Q
② ~(P& Q)
③ ~P&~Q
④ ~(P∨ Q)
に於いて、
①=② であって、
③=④ である。
といふことを、「命題計算(Propositional calculation)」で示すと、次(06)の通りである。
(07)
(ⅰ)
1 (1) ~P∨~Q A
2 (2) P& Q A
3 (3) ~P A
2 (4) P 2&E
23 (5) ~P&P 34&I
3 (6)~(P& Q) 25RAA
7(7) ~Q A
2 (8) Q 2&E
2 7(9) ~Q&Q 78&E
7(ア)~(P& Q) 29RAA
1 (イ)~(P& Q) 1367ア
(ⅱ)
1 (1) ~( P& Q) A
2 (2) ~(~P∨~Q) A
3 (3) ~P A
3 (4) ~P∨~Q 3∨I
23 (5) ~(~P∨~Q)&
(~P∨~Q) 24&I
2 (6) ~~P 35RAA
2 (7) P 6DN
8(8) ~Q A
8(9) ~P∨~Q 8∨I
2 8(ア) ~(~P∨~Q)&
(~P∨~Q) 29&I
2 (イ) ~~Q 8DN
2 (ウ) Q イDN
2 (エ) P& Q 2ウ&I
12 (オ) ~( P& Q)&
( P& Q) 1エ&I
1 (カ)~~(~P∨~Q) 2オRAA
1 (キ) ~P∨~Q カDN
(ⅲ)
1 (1) ~P&~Q A
2 (2) P∨ Q A
1 (3) ~P 1&E
4 (4) P A
1 4 (5) ~P&P 34&I
4 (6)~(~P&~Q) 15RAA
1 (7) ~Q 1&E
8(8) Q A
1 8(9) ~Q&Q 78&I
8(ア)~(~P&~Q) 19RAA
2 (イ)~(~P&~Q) 2468ア∨E
12 (ウ)~(~P&~Q)&
(~P&~Q) 1イ&I
1 (エ) ~(P∨ Q) 2ウRAA
(ⅳ)
1 (1) ~(P∨ Q) A
2 (2) P A
2 (3) P∨ Q 2∨I
12 (4) ~(P∨ Q)&
(P∨ Q) 13&I
1 (5) ~P 24RAA
6 (6) Q A
6 (7) P∨ Q 6∨I
1 6 (8) ~(P∨ Q)&
(P∨ Q) 17&I
1 (9) ~Q 68RAA
1 (ア) ~P&~Q 59&I
(08)
① ~P∨~Q∨~R
② ~(P& Q∨ R)
③ ~P&~Q&~R
④ ~(P∨ Q∨ R)
に於いて、
①=② であって、
③=④ である。
といふことを、「命題計算」で示すと、次(08)の通りである。
(09)
(ⅰ)
1 (1) ~P∨~Q∨~R A
2 (2) P& Q& R A
3 (3) ~P A
2 (4) P 2&E
23 (5) ~P&P 34&I
3 (6)~(P& Q& R) 25RAA
7 (7) ~Q A
2 (8) Q 2&E
2 7 (9) ~Q&Q 78&E
7 (ア)~(P& Q& R) 29RAA
イ(イ) ~R A
2 (ウ) R 2&E
2 イ(エ) ~R&R イウ&I
イ(オ)~(P& Q& R) 2エRAA
1 (カ)~(P& Q& R) 1367アイオ∨E
(ⅱ)
1 (1) ~( P& Q &R) A
2 (2) ~(~P∨~Q∨~R) A
3 (3) ~P A
3 (4) ~P∨~Q 3∨I
3 (5) ~P∨~Q∨~R 4∨I
23 (6) ~(~P∨~Q∨~R)&
(~P∨~Q∨~R) 25&I
2 (7) ~~P 36RAA
2 (8) P 7DN
9 (9) ~Q A
9 (ア) ~P∨~Q 9∨I
9 (イ) ~P∨~Q∨~R ア∨I
2 9 (ウ) ~(~P∨~Q∨~R)&
(~P∨~Q∨~R) 2イ&I
2 (エ) ~~Q 9ウRAA
2 (オ) Q エDN
カ(カ) ~R A
カ(キ) ~Q∨~R カ∨I
カ(ク) ~P∨~Q∨~R キ∨I
2 カ(ケ) ~(~P∨~Q∨~R)&
(~P∨~Q∨~R) 2ク&I
2 (コ) ~~R カケRAA
2 (サ) R コDN
2 (シ) P& Q 8オ&I
2 (ス) P& Q& R サシ&I
12 (セ) ~( P& Q& R)&
( P& Q R) 1ス&I
1 (ソ)~~(~P∨~Q∨~R) 2セRAA
1 (タ) ~P∨~Q∨~R ソDN
(ⅲ)
1 (1) ~P&~Q&~R A
2 (2) P∨ Q∨ R A
1 (3) ~P 1&E
4 (4) P A
1 4 (5) ~P&P 34&I
4 (6)~(~P&~Q&~R) 15RAA
1 (7) ~Q 1&E
8 (8) Q A
1 8 (9) ~Q&Q 78&I
8 (ア)~(~P&~Q&~R) 19RAA
1 (イ) ~R 1&E
ウ(ウ) R A
1 ウ(エ) ~R&R イウ&I
ウ(オ)~(~P&~Q&~R) 1エRAA
2 (カ)~(~P&~Q&~R) 2468アウオ∨E
12 (キ)~(~P&~Q&~R)&
(~P&~Q&~R) 1カ&I
1 (ク) ~(P∨ Q∨ R) 1キRAA
(ⅳ)
1 (1) ~(P∨ Q∨ R) A
2 (2) P A
2 (3) P∨ Q 2∨I
2 (4) P∨ Q∨ R 3∨I
12 (5) ~(P∨ Q∨ R)&
(P∨ Q∨ R) 14&I
1 (6) ~P 25RAA
7 (7) Q A
7 (8) P∨ Q 7∨I
7 (9) P∨ Q∨ R 8∨I
1 7 (ア) ~(P∨ Q∨ R)&
(P∨ Q∨ R) 19&I
1 (イ) ~Q 7アRAA
ウ (エ) R A
ウ (オ) Q∨ R エ∨I
ウ (カ) P∨ Q∨ R オ∨I
1 ウ (キ) ~(P∨ Q∨ R)&
(P∨ Q∨ R) 1カ&I
1 (ク) ~R エキRAA
1 (ケ) ~P&~Q 6イ&I
1 (コ) ~P&~Q&~R クケ&I
然るに、
(07)~(09)により、
(10)
「同じこと(計算)」を、繰り返し、行へば良いため、
① ~P∨~Q∨~R∨~S
② ~(P& Q∨ R∨ S)
③ ~P&~Q&~R&~S
④ ~(P∨ Q∨ R∨ S)
に於いても、
①=② であって、
③=④ である。
然るに、
(11)
① PとQとRのうちの、少なくとも、1つはウソである。
② PとQとRが、3つとも本当である。といふことはない。
③ PとQとRは、3つとも、ウソである。
④ PとQとRの、どれらか1つが、本当である。といふことはない。
に於いて、明らかに、
①=② であって、
③=④ である。
従って、
(05)(08)(09)(11)により、
(12)
① ~P∨~Q =PとQの、少なくとも、一方はウソである。
② ~(P& Q)=PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
③ ~P&~Q =PとQは、両方とも、ウソである。
④ ~(P∨ Q)=PとQの、どちらか一方が、本当である。といふことはない。
並びに、
① ~P∨~Q∨~R =PとQとRのうちの、少なくとも、1つはウソである。
② ~(P& Q& R)=PとQとRが、3つとも本当である。といふことはない。
③ ~P&~Q&~R =PとQとRは、3つとも、ウソである。
④ ~(P∨ Q∨ R)=PとQとRの、どれらか1つが、本当である。といふことはない。
に於いて、
①=② であって、
③=④ であって、
このことを、「ド・モルガンの法則」と言ふ。
然るに、
(13)
①「被告の主張」と「原告の主張」のうち、少なくとも、一方は「ウソ」である。
②「原告の主張」と「被告の主張」が、両方とも「本当」である。といふことはない。
といふ「命題(日本語)」に於いて、
①=② である。
といふことを、「理解」できない日本人は、ほとんど、ゐないはずである。
従って、
(14)
① ~P∨~Q=~(P&Q)
③ ~P&~Q=~(P∨Q)
といふ「ド・モルガンの法則」は、「命題」として、「言葉(日本語)」で言ふと、「メチャクチャ、簡単」である。
然るに、
(15)
高校生にとっての「ド・モルガンの法則」は、
のやうな「ベン図」を用ひての、「集合同士の関係」であるため、
①「被告の主張」と「原告の主張」のうち、少なくとも、一方は「ウソ」である。
②「原告の主張」と「被告の主張」が、両方とも「本当」である。といふことはない。
といふ「命題」に於いて、
①=② である。
といふことを、「理解」できたとしても、「ベン図」で説明される「ド・モルガンの法則」を、理解できるとは、限らない。
(16)
① ~P∨~Q =PとQの、少なくとも、一方はウソである。⇔
② ~(P& Q)=PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
だけでなく、当然、
① P∨ Q =PとQの、少なくとも、一方は本当である。⇔
② ~(~P&~Q)=PとQが、両方ともウソである。といふことはない。
の場合も、「ド・モルガンの法則」である。
令和元年07月19日、毛利太。
2019年7月18日木曜日
「ド・モルガンの法則」を「日本語」で説明すると(Ⅱ)。
― 長い間、「返り点」に関する「記事」を書いてゐません。「返り点と括弧」に関しては、
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
〈ヤフー!知恵袋、質問〉
twi********さん2008/9/1413:49:40
ド・モルガンの法則について
ド・モルガンの法則をほとんど日本語だけで説明できますか?
(02)
「論理語(Logical term)」で書くと、
① ~P∨~Q
② ~(P& Q)
に於いて、
①=② である。
従って、
(02)により、
(03)
「日本語(Japanese)」だけで言ふと、
① PとQの、少なくとも、一方はウソである。
② PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
に於いて、
①=② である。
従って、
(02)(03)により、
(04)
① ~P∨~Q =PとQの、少なくとも、一方はウソである。
② ~(P& Q)=PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(05)
(ⅰ)
1 (1) ~P∨~Q A
2 (2) P& Q A
3 (3) ~P A
2 (4) P 2&E
23 (5) ~P&P 34&I
3 (6)~(P& Q) 25RAA
7 (7) ~Q A
2 (8) Q 2&E
2 7 (9) ~Q&Q 78&E
7 (ア)~(P& Q) 29RAA
1 (イ)~(P& Q) 1367ア
ウ (ウ) P A
エ(エ) Q A
ウエ(オ) P& Q ウエ&I
1 ウエ(カ)~(P& Q)&
(P& Q) 1オ&I
1 ウ (キ) ~Q エカRAA
1 (ク) P→~Q ウキCP
(ⅲ)
1 (1) P→~Q A
2 (2) P& Q A
2 (3) P 2&E
12 (4) ~Q 13MPP
2 (5) Q 2&E
12 (6) ~Q&Q 45&I
1 (7) ~P 36RAA
1 (8) ~P∨ Q 7∨I
従って、
(05)により、
(06)
① ~P∨~Q
③ P→~Q
に於いて、
①=③ である。
従って、
(02)(06)により、
(07)
① ~P∨~Q
② ~(P& Q)
③ P→~Q
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(08)
① PとQの、少なくとも、一方はウソである。
といふことは、
③ Pならば、Qでない(Qならば、Pでない)。
といふことに、他ならない。
従って、
(03)(08)により、
(09)
① PとQの、少なくとも、一方はウソである。
② PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
③ Pが本当であるならば、Qはウソである。
に於いて、
①=②=③ である。
従って、
(04)(07)(09)により、
(10)
① ~P∨~Q =PとQの、少なくとも、一方はウソである。
② ~(P& Q)=PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
③ P→~Q =Pが本当であるならば、Qはウソである。
に於いて、
①=②=③ である。
従って、
(10)により、
(11)
① ~Q∨~P =QとPの、少なくとも、一方はウソである。
② ~(Q& P)=QとPが、両方とも本当である。といふことはない。
③ Q→~P =Qが本当であるならば、Pはウソである。
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(12)
「二重否定(DN)」により、
③ Q→~P=Qが本当であるならば、Pはウソである。
④ ~~Q→~P=Qはウソであるが、ウソであるであるならば、Pはウソである。
於いて、
③=④ である。
従って、
(10)(12)により、
(13)
③ P→~Q=Pが本当であるならば、Qはウソである。
④ ~~Q→~P=Qはウソであるが、ウソであるであるならば、Pはウソである。
於いて、
③=④ であるものの、
③=④ は、「対偶(Contraposition)」である。
然るに、
(07)により、
(14)
① ~P∨~Q
② ~(P& Q)
③ P→~Q
に於いて、
Q=~Q
といふ「代入(Replacement)」を行ふと、
① ~P∨~~Q
② ~(P& ~Q)
③ P→~~Q
に於いて、
①=②=③ である。
従って、
(14)により、
(15)
「二重否定(DN)」により、
① ~P∨ Q
② ~(P&~Q)
③ P→ Q
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(16)
① P→ Q
② ~P∨ Q
③ ~(P&~Q)
に於いて、
① を、「含意」といひ、
② を、「含意の定義」といひ、
③ も、「含意の定義」といふ。
然るに、
(14)(15)により、
(17)
② ~P∨ Q =「含意の定義」
③ ~(P&~Q)=「含意の定義」
に於いて、
②=③ は、「ド・モルガンの法則」に、他ならない。
令和元年07月18日、毛利太。
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
〈ヤフー!知恵袋、質問〉
twi********さん2008/9/1413:49:40
ド・モルガンの法則について
ド・モルガンの法則をほとんど日本語だけで説明できますか?
(02)
「論理語(Logical term)」で書くと、
① ~P∨~Q
② ~(P& Q)
に於いて、
①=② である。
従って、
(02)により、
(03)
「日本語(Japanese)」だけで言ふと、
① PとQの、少なくとも、一方はウソである。
② PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
に於いて、
①=② である。
従って、
(02)(03)により、
(04)
① ~P∨~Q =PとQの、少なくとも、一方はウソである。
② ~(P& Q)=PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(05)
(ⅰ)
1 (1) ~P∨~Q A
2 (2) P& Q A
3 (3) ~P A
2 (4) P 2&E
23 (5) ~P&P 34&I
3 (6)~(P& Q) 25RAA
7 (7) ~Q A
2 (8) Q 2&E
2 7 (9) ~Q&Q 78&E
7 (ア)~(P& Q) 29RAA
1 (イ)~(P& Q) 1367ア
ウ (ウ) P A
エ(エ) Q A
ウエ(オ) P& Q ウエ&I
1 ウエ(カ)~(P& Q)&
(P& Q) 1オ&I
1 ウ (キ) ~Q エカRAA
1 (ク) P→~Q ウキCP
(ⅲ)
1 (1) P→~Q A
2 (2) P& Q A
2 (3) P 2&E
12 (4) ~Q 13MPP
2 (5) Q 2&E
12 (6) ~Q&Q 45&I
1 (7) ~P 36RAA
1 (8) ~P∨ Q 7∨I
従って、
(05)により、
(06)
① ~P∨~Q
③ P→~Q
に於いて、
①=③ である。
従って、
(02)(06)により、
(07)
① ~P∨~Q
② ~(P& Q)
③ P→~Q
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(08)
① PとQの、少なくとも、一方はウソである。
といふことは、
③ Pならば、Qでない(Qならば、Pでない)。
といふことに、他ならない。
従って、
(03)(08)により、
(09)
① PとQの、少なくとも、一方はウソである。
② PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
③ Pが本当であるならば、Qはウソである。
に於いて、
①=②=③ である。
従って、
(04)(07)(09)により、
(10)
① ~P∨~Q =PとQの、少なくとも、一方はウソである。
② ~(P& Q)=PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
③ P→~Q =Pが本当であるならば、Qはウソである。
に於いて、
①=②=③ である。
従って、
(10)により、
(11)
① ~Q∨~P =QとPの、少なくとも、一方はウソである。
② ~(Q& P)=QとPが、両方とも本当である。といふことはない。
③ Q→~P =Qが本当であるならば、Pはウソである。
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(12)
「二重否定(DN)」により、
③ Q→~P=Qが本当であるならば、Pはウソである。
④ ~~Q→~P=Qはウソであるが、ウソであるであるならば、Pはウソである。
於いて、
③=④ である。
従って、
(10)(12)により、
(13)
③ P→~Q=Pが本当であるならば、Qはウソである。
④ ~~Q→~P=Qはウソであるが、ウソであるであるならば、Pはウソである。
於いて、
③=④ であるものの、
③=④ は、「対偶(Contraposition)」である。
然るに、
(07)により、
(14)
① ~P∨~Q
② ~(P& Q)
③ P→~Q
に於いて、
Q=~Q
といふ「代入(Replacement)」を行ふと、
① ~P∨~~Q
② ~(P& ~Q)
③ P→~~Q
に於いて、
①=②=③ である。
従って、
(14)により、
(15)
「二重否定(DN)」により、
① ~P∨ Q
② ~(P&~Q)
③ P→ Q
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(16)
① P→ Q
② ~P∨ Q
③ ~(P&~Q)
に於いて、
① を、「含意」といひ、
② を、「含意の定義」といひ、
③ も、「含意の定義」といふ。
然るに、
(14)(15)により、
(17)
② ~P∨ Q =「含意の定義」
③ ~(P&~Q)=「含意の定義」
に於いて、
②=③ は、「ド・モルガンの法則」に、他ならない。
令和元年07月18日、毛利太。
2019年7月17日水曜日
「ド・モルガンの法則」を「日本語」だけで説明すると。
―「昨日(令和元年07月17日)の記事」を書き直します。―
(01)― 長い間、「返り点」に関する「記事」を書いてゐません。「返り点と括弧」に関しては、
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
〈ヤフー!知恵袋、質問〉
twi********さん2008/9/1413:49:40
ド・モルガンの法則について
ド・モルガンの法則をほとんど日本語だけで説明できますか?
(02)
「論理語(Logical term)」で書くと、
① ~P∨~Q
② ~(P& Q)
に於いて、
①=② である。
従って、
(02)により、
(03)
「日本語(Japanese)」だけで言ふと、
① PとQの、少なくとも、一方はウソである。
② PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
に於いて、
①=② である。
従って、
(02)(03)により、
(04)
① ~P∨~Q =PとQの、少なくとも、一方はウソである。
② ~(P& Q)=PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
に於いて、
①=② である。
(05)
「論理語(Logical term)」で書くと、
③ ~P&~Q
④ ~(P∨ Q)
に於いて、
③=④ である。
(06)
「日本語(Japanese)」だけで言ふと、
③ PとQは、両方とも、ウソである。
④ PとQの、どちらか一方が、本当である。といふことはない。
に於いて、
③=④ である。
従って、
(05)(06)により、
(07)
③ ~P&~Q =PとQは、両方とも、ウソである。
④ ~(P∨ Q)=PとQの、どちらか一方が、本当である。といふことはない。
に於いて、
③=④ である。
従って、
(04)(07)により、
(08)
① ~P∨~Q =PとQの、少なくとも、一方はウソである。
② ~(P& Q)=PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
③ ~P&~Q =PとQは、両方とも、ウソである。
④ ~(P∨ Q)=PとQの、どちらか一方が、本当である。といふことはない。
に於いて、
①=② であって、
③=④ であって、
このことを、「ド・モルガンの法則」と言ふ。
然るに、
(09)
(ⅰ)
1 (1) ~P∨~Q A
2 (2) P& Q A
3 (3) ~P A
2 (4) P 2&E
23 (5) ~P&P 34&I
3 (6)~(P& Q) 25RAA
7(7) ~Q A
2 (8) Q 2&E
2 7(9) ~Q&Q 78&E
7(ア)~(P& Q) 29RAA
1 (イ)~(P& Q) 1367ア
(ⅱ)
1 (1) ~( P& Q) A
2 (2) ~(~P∨~Q) A
3 (3) ~P A
3 (4) ~P∨~Q 3∨I
23 (5) ~(~P∨~Q)&
(~P∨~Q) 24&I
2 (6) ~~P 35RAA
2 (7) P 6DN
8(8) ~Q A
8(9) ~P∨~Q 8∨I
2 8(ア) ~(~P∨~Q)&
(~P∨~Q) 29&I
2 (イ) ~~Q 8DN
2 (ウ) Q イDN
2 (エ) P& Q 2ウ&I
12 (オ) ~( P& Q)&
( P& Q) 1エ&I
1 (カ)~~(~P∨~Q) 2オRAA
1 (キ) ~P∨~Q カDN
(ⅲ)
1 (1) ~P&~Q A
2 (2) P∨ Q A
1 (3) ~P 1&E
4 (4) P A
1 4 (5) ~P&P 34&I
4 (6)~(~P&~Q) 15RAA
1 (7) ~Q 1&E
8(8) Q A
1 8(9) ~Q&Q 78&I
8(ア)~(~P&~Q) 19RAA
2 (イ)~(~P&~Q) 2468ア∨E
12 (ウ)~(~P&~Q)&
(~P&~Q) 1イ&I
1 (エ) ~(P∨ Q) 2ウRAA
(ⅳ)
1 (1) ~(P∨ Q) A
2 (2) P A
2 (3) P∨ Q 2∨I
12 (4) ~(P∨ Q)&
(P∨ Q) 13&I
1 (5) ~P 24RAA
6 (6) Q A
6 (7) P∨ Q 6∨I
1 6 (8) ~(P∨ Q)&
(P∨ Q) 17&I
1 (9) ~Q 68RAA
1 (ア) ~P&~Q 59&I
従って、
(09)により、
(10)
① ~P∨~Q=~(P&Q)
③ ~P&~Q=~(P∨Q)
といふ「ド・モルガンの法則」が、成立する。
従って、
(08)(09)(10)により、
(11)
① ~P∨~Q=~(P&Q)
③ ~P&~Q=~(P∨Q)
といふ「ド・モルガンの法則」は、「命題論理」としても、「日本語」としても、「正しい」。
然るに、
(12)
例へば、
①「被告の主張」と「原告の主張」のうち、少なくとも、一方は「ウソ」である。
②「原告の主張」と「被告の主張」が、両方とも「本当」である。といふことはない。
といふ「命題」に於いて、
①=② である。
といふことを、「理解」できない高校生は、ゐないはずである。
然るに、
(13)
高校生にとっての「ド・モルガンの法則」は、
といふやうな「ベン図」を用ひての、「集合同士の関係」であるため、
①「被告の主張」と「原告の主張」のうち、少なくとも、一方は「ウソ」である。
②「原告の主張」と「被告の主張」が、両方とも「本当」である。といふことはない。
といふ「命題」に於いて、
①=② である。
といふことを、「理解」できたとしても、「ベン図」で説明される「ド・モルガンの法則」を、理解できるとは、限らない。
然るに、
(14)
(ⅰ)
1 (1) ~P∨~Q A
2 (2) P& Q A
3 (3) ~P A
2 (4) P 2&E
23 (5) ~P&P 34&I
3 (6)~(P& Q) 25RAA
7(7) ~Q A
2 (8) Q 2&E
2 7(9) ~Q&Q 78&E
7(ア)~(P& Q) 29RAA
1 (イ)~(P& Q) 1367ア
といふ「命題計算」を、「日本語」だけで言ふと、
1 (1)Pがウソであるか、Qがウソである。 と仮定する。
2 (2)Pは本当であるし、Qも本当である。 と仮定する。
3 (3)Pはウソである。 と仮定する。
2 (4)Pは本当である。 理由は、2。
23 (5)Pはウソであり、Pは本当である。 理由は、3と4。
3 (6)Pは本当であるし、Qも本当である。 といふ「仮定」は「マチガイ」である。理由は、2と5。
7(7)Qはウソである。 と仮定する。
2 (8)Qは本当である。 理由は、2。
2 7(9)Qはウソであり、Qは本当である。 理由は、7と8。
7(ア)Pは本当であるし、Qも本当である。 といふ「仮定」は「マチガイ」である。理由は、2と9。
1 (イ)Pは本当であるし、Qも本当である。 といふことはない。 理由は、1367ア。
といふ、ことになる。
従って、
(12)(13)(14)により、
(15)
「日本語」と「ベン図」と、「命題論理(自然演繹)」を比較するならば、
「日本語」と「命題論理(自然演繹)」は、「ほぼ、同じ」であるものの、
「日本語」と「ベン図」は、「全く、似てゐない」。
従って、
(16)
「(高校数学としての)集合」が苦手な生徒がゐたとしても、その生徒が、同じやうに、「論理学」が苦手であるとは、限らない。
令和元年07月18日、毛利太。
(01)― 長い間、「返り点」に関する「記事」を書いてゐません。「返り点と括弧」に関しては、
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
〈ヤフー!知恵袋、質問〉
twi********さん2008/9/1413:49:40
ド・モルガンの法則について
ド・モルガンの法則をほとんど日本語だけで説明できますか?
(02)
「論理語(Logical term)」で書くと、
① ~P∨~Q
② ~(P& Q)
に於いて、
①=② である。
従って、
(02)により、
(03)
「日本語(Japanese)」だけで言ふと、
① PとQの、少なくとも、一方はウソである。
② PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
に於いて、
①=② である。
従って、
(02)(03)により、
(04)
① ~P∨~Q =PとQの、少なくとも、一方はウソである。
② ~(P& Q)=PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
に於いて、
①=② である。
(05)
「論理語(Logical term)」で書くと、
③ ~P&~Q
④ ~(P∨ Q)
に於いて、
③=④ である。
(06)
「日本語(Japanese)」だけで言ふと、
③ PとQは、両方とも、ウソである。
④ PとQの、どちらか一方が、本当である。といふことはない。
に於いて、
③=④ である。
従って、
(05)(06)により、
(07)
③ ~P&~Q =PとQは、両方とも、ウソである。
④ ~(P∨ Q)=PとQの、どちらか一方が、本当である。といふことはない。
に於いて、
③=④ である。
従って、
(04)(07)により、
(08)
① ~P∨~Q =PとQの、少なくとも、一方はウソである。
② ~(P& Q)=PとQが、両方とも本当である。といふことはない。
③ ~P&~Q =PとQは、両方とも、ウソである。
④ ~(P∨ Q)=PとQの、どちらか一方が、本当である。といふことはない。
に於いて、
①=② であって、
③=④ であって、
このことを、「ド・モルガンの法則」と言ふ。
然るに、
(09)
(ⅰ)
1 (1) ~P∨~Q A
2 (2) P& Q A
3 (3) ~P A
2 (4) P 2&E
23 (5) ~P&P 34&I
3 (6)~(P& Q) 25RAA
7(7) ~Q A
2 (8) Q 2&E
2 7(9) ~Q&Q 78&E
7(ア)~(P& Q) 29RAA
1 (イ)~(P& Q) 1367ア
(ⅱ)
1 (1) ~( P& Q) A
2 (2) ~(~P∨~Q) A
3 (3) ~P A
3 (4) ~P∨~Q 3∨I
23 (5) ~(~P∨~Q)&
(~P∨~Q) 24&I
2 (6) ~~P 35RAA
2 (7) P 6DN
8(8) ~Q A
8(9) ~P∨~Q 8∨I
2 8(ア) ~(~P∨~Q)&
(~P∨~Q) 29&I
2 (イ) ~~Q 8DN
2 (ウ) Q イDN
2 (エ) P& Q 2ウ&I
12 (オ) ~( P& Q)&
( P& Q) 1エ&I
1 (カ)~~(~P∨~Q) 2オRAA
1 (キ) ~P∨~Q カDN
(ⅲ)
1 (1) ~P&~Q A
2 (2) P∨ Q A
1 (3) ~P 1&E
4 (4) P A
1 4 (5) ~P&P 34&I
4 (6)~(~P&~Q) 15RAA
1 (7) ~Q 1&E
8(8) Q A
1 8(9) ~Q&Q 78&I
8(ア)~(~P&~Q) 19RAA
2 (イ)~(~P&~Q) 2468ア∨E
12 (ウ)~(~P&~Q)&
(~P&~Q) 1イ&I
1 (エ) ~(P∨ Q) 2ウRAA
(ⅳ)
1 (1) ~(P∨ Q) A
2 (2) P A
2 (3) P∨ Q 2∨I
12 (4) ~(P∨ Q)&
(P∨ Q) 13&I
1 (5) ~P 24RAA
6 (6) Q A
6 (7) P∨ Q 6∨I
1 6 (8) ~(P∨ Q)&
(P∨ Q) 17&I
1 (9) ~Q 68RAA
1 (ア) ~P&~Q 59&I
従って、
(09)により、
(10)
① ~P∨~Q=~(P&Q)
③ ~P&~Q=~(P∨Q)
といふ「ド・モルガンの法則」が、成立する。
従って、
(08)(09)(10)により、
(11)
① ~P∨~Q=~(P&Q)
③ ~P&~Q=~(P∨Q)
といふ「ド・モルガンの法則」は、「命題論理」としても、「日本語」としても、「正しい」。
然るに、
(12)
例へば、
①「被告の主張」と「原告の主張」のうち、少なくとも、一方は「ウソ」である。
②「原告の主張」と「被告の主張」が、両方とも「本当」である。といふことはない。
といふ「命題」に於いて、
①=② である。
といふことを、「理解」できない高校生は、ゐないはずである。
然るに、
(13)
高校生にとっての「ド・モルガンの法則」は、
といふやうな「ベン図」を用ひての、「集合同士の関係」であるため、
①「被告の主張」と「原告の主張」のうち、少なくとも、一方は「ウソ」である。
②「原告の主張」と「被告の主張」が、両方とも「本当」である。といふことはない。
といふ「命題」に於いて、
①=② である。
といふことを、「理解」できたとしても、「ベン図」で説明される「ド・モルガンの法則」を、理解できるとは、限らない。
然るに、
(14)
(ⅰ)
1 (1) ~P∨~Q A
2 (2) P& Q A
3 (3) ~P A
2 (4) P 2&E
23 (5) ~P&P 34&I
3 (6)~(P& Q) 25RAA
7(7) ~Q A
2 (8) Q 2&E
2 7(9) ~Q&Q 78&E
7(ア)~(P& Q) 29RAA
1 (イ)~(P& Q) 1367ア
といふ「命題計算」を、「日本語」だけで言ふと、
1 (1)Pがウソであるか、Qがウソである。 と仮定する。
2 (2)Pは本当であるし、Qも本当である。 と仮定する。
3 (3)Pはウソである。 と仮定する。
2 (4)Pは本当である。 理由は、2。
23 (5)Pはウソであり、Pは本当である。 理由は、3と4。
3 (6)Pは本当であるし、Qも本当である。 といふ「仮定」は「マチガイ」である。理由は、2と5。
7(7)Qはウソである。 と仮定する。
2 (8)Qは本当である。 理由は、2。
2 7(9)Qはウソであり、Qは本当である。 理由は、7と8。
7(ア)Pは本当であるし、Qも本当である。 といふ「仮定」は「マチガイ」である。理由は、2と9。
1 (イ)Pは本当であるし、Qも本当である。 といふことはない。 理由は、1367ア。
といふ、ことになる。
従って、
(12)(13)(14)により、
(15)
「日本語」と「ベン図」と、「命題論理(自然演繹)」を比較するならば、
「日本語」と「命題論理(自然演繹)」は、「ほぼ、同じ」であるものの、
「日本語」と「ベン図」は、「全く、似てゐない」。
従って、
(16)
「(高校数学としての)集合」が苦手な生徒がゐたとしても、その生徒が、同じやうに、「論理学」が苦手であるとは、限らない。
令和元年07月18日、毛利太。
2019年7月16日火曜日
「三上文法」批判:「排他的命題」と「強調形」と「濁音」。
(01)― 長い間、「返り点」に関する「記事」を書いてゐません。「返り点と括弧」に関しては、
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
②「 私 」は、「1人」しかゐない。
従って、
(01)により、
(02)
② 理事長は私です。
と言ふのであれば、それだけで、
③ 私以外は理事長ではない。
従って、
(02)により、
(03)
② 理事長は私です。
③ 私以外は理事長ではない。
に於いて、
②=③ であるものの、固より、
②と③ は「対偶(Contraposition)」である。
従って、
(03)により、
(04)
② 理事長は私です。
③ 私以外は理事長ではない。
に於いて、
②=③ ではない。
といふことは、有り得ない。
然るに、
(05)
よく知られているように、「私が理事長です」は語順を変え、
理事長は、私です。
と直して初めて主辞賓辞が適用されのである。また、かりに大倉氏が、
タゴール記念会は、私が理事です。
と言ったとすれば、これは主辞「タゴール記念会」を品評するという心持ちの文である。
(三上章、日本語の論理、1963年、40・41頁)
従って、
(05)により、
(06)
① 私が理事長です。
② 理事長は私です。
に於いて、
①=② である。
従って、
(03)(06)により、
(07)
① 私が理事長です。
② 理事長は私です。
③ 私以外は理事長ではない。
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(08)
③ 私以外は理事長ではない。
のやうな、
③ A以外はBでない。
といふ「命題」を、「排他的命題(exclusive proposition)」といふ。
然るに、
(09)
例へば、
「これを下さい。」といふ際に、
「これ」といふ「語」を、「敢へて、強く発音」するのであれば、
「欲しいのはこれであり、これ以外は欲しくない。」といふ風に、解することになる。
従って、
(08)(09)により、
(10)
③ I am 理事長.
に於いて、
③ I を、「強く発音」するならば、
③ 私以外は理事長でない(Nobody except me is 理事長)。
といふ「排他的命題」になるに、違ひない。
然るに、
(11)
例へば、
「こしら」⇒「小さくて、可愛い。」
「ゴジラ」⇒「大きくて、力強い。」
といふことに関しては、次(12)の通りである。
(12)
清音の方は、小さくきれいで速い感じで、コロコロと言うと、ハスの上を水玉がころがるような時の形容である。ゴロゴロと言うと、大きく荒い感じで、力士が土俵でころがる感じである(金田一春彦、日本語(上)、1988年、131頁)。もし濁音を発音するときの物理的・身体的な口腔の膨張によって「濁音=大きい」とイメージがつくられているのだとしたら、面白いですね。この仮説が正しいとすると、なぜ英語話者や中国語話者も濁音に対して「大きい」というイメージを持っているか説明がつきます(川原繁人、音とことばの不思議な世界、2015年、13頁)。
従って、
(11)(12)により、
(13)
「私は(清音)の心理的な音量」よりも
「私が(濁音)の心理的な音量」の方が、「大きい」。
従って、
(10)(13)により、
(14)
③ I am 理事長.
に於いて、
③ I を、「強く発音」するならば、
③ 私以外は理事長でない(Nobody except me is 理事長)。
といふ「排他的命題」になるものの、その一方で、
「私は(清音)の心理的な音量」よりも
「私が(濁音)の心理的な音量」の方が、「大きい」。
従って、
(07)(11)(14)により、
(15)
① 私が(濁音)理事長です。
② 理事長は(清音)私です。
③ 私以外は理事長ではない(排他的命題)。
に於いて、
①=②=③ である。
といふことと、
「こしら(清音+清音+清音)」⇒「小さくて、可愛い。」
「ゴジラ(濁音+濁音+流音)」⇒「大きくて、力強い。」
といふこととは、「無関係」である、はずがない。
然るに、
(16)
Xハ(Xガを兼務する場合)は題目である主格、Xガは題目ではないただの主格、と言えばハとガの大切な区別はついたことになるが、なお一つ、どうしてもつけ加えなければならないことがある。それは、
私が理事長です。(理事長は私です)
のように、ガの文がいわばハを内蔵していることがあるから、その説明が必要である。このような「私が」を強声的になっていると言うことにする。そこに発音上のストレスを与えたのと似た効果を持っているからである。
(三上章、日本語の論理、1963年、105頁)
従って、
(16)により、
(17)
「私が」を強声的になっていると言うことにする。そこに発音上のストレスを与えたのと似た効果を持っているからである。
従って、
(17)により、
(18)
「私が」には、事実上、「ストレス(強調)」が与えられている。
従って、
(18)により、
(19)
「私が(濁音)の心理的な音量」の方が、
「私は(清音)の心理的な音量」よりも「大きい(強声的である)」。
といふことについては、三上章先生自身も、さうである。といふ風に、認めてゐる。
従って、
(01)~(19)により、
(20)
②「私は(清音)」に対する、
①「私が(濁音)」は、「強調形」であり、それ故、
①「私が理事長です。」といふ「日本語」は、
①「 私は理事長であり、私以外は理事長ではない。」といふ、「排他的命題」を主張する。
といふ風に、すべきである。
従って、
(21)
① 私が(濁音)理事長です。
② 理事長は(清音)私です。
③ 私以外は理事長ではない(排他的命題)。
に於いて、
①=②=③ である。
といふことと、「Xハ(Xガを兼務する場合)は題目である主格、Xガは題目ではないただの主格、と言えばハとガの大切な区別はついたことになる。」といふこととの間には、「何らの接点」も無い。
令和元年07月16日、毛利太。
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
②「 私 」は、「1人」しかゐない。
従って、
(01)により、
(02)
② 理事長は私です。
と言ふのであれば、それだけで、
③ 私以外は理事長ではない。
従って、
(02)により、
(03)
② 理事長は私です。
③ 私以外は理事長ではない。
に於いて、
②=③ であるものの、固より、
②と③ は「対偶(Contraposition)」である。
従って、
(03)により、
(04)
② 理事長は私です。
③ 私以外は理事長ではない。
に於いて、
②=③ ではない。
といふことは、有り得ない。
然るに、
(05)
よく知られているように、「私が理事長です」は語順を変え、
理事長は、私です。
と直して初めて主辞賓辞が適用されのである。また、かりに大倉氏が、
タゴール記念会は、私が理事です。
と言ったとすれば、これは主辞「タゴール記念会」を品評するという心持ちの文である。
(三上章、日本語の論理、1963年、40・41頁)
従って、
(05)により、
(06)
① 私が理事長です。
② 理事長は私です。
に於いて、
①=② である。
従って、
(03)(06)により、
(07)
① 私が理事長です。
② 理事長は私です。
③ 私以外は理事長ではない。
に於いて、
①=②=③ である。
然るに、
(08)
③ 私以外は理事長ではない。
のやうな、
③ A以外はBでない。
といふ「命題」を、「排他的命題(exclusive proposition)」といふ。
然るに、
(09)
例へば、
「これを下さい。」といふ際に、
「これ」といふ「語」を、「敢へて、強く発音」するのであれば、
「欲しいのはこれであり、これ以外は欲しくない。」といふ風に、解することになる。
従って、
(08)(09)により、
(10)
③ I am 理事長.
に於いて、
③ I を、「強く発音」するならば、
③ 私以外は理事長でない(Nobody except me is 理事長)。
といふ「排他的命題」になるに、違ひない。
然るに、
(11)
例へば、
「こしら」⇒「小さくて、可愛い。」
「ゴジラ」⇒「大きくて、力強い。」
といふことに関しては、次(12)の通りである。
(12)
清音の方は、小さくきれいで速い感じで、コロコロと言うと、ハスの上を水玉がころがるような時の形容である。ゴロゴロと言うと、大きく荒い感じで、力士が土俵でころがる感じである(金田一春彦、日本語(上)、1988年、131頁)。もし濁音を発音するときの物理的・身体的な口腔の膨張によって「濁音=大きい」とイメージがつくられているのだとしたら、面白いですね。この仮説が正しいとすると、なぜ英語話者や中国語話者も濁音に対して「大きい」というイメージを持っているか説明がつきます(川原繁人、音とことばの不思議な世界、2015年、13頁)。
従って、
(11)(12)により、
(13)
「私は(清音)の心理的な音量」よりも
「私が(濁音)の心理的な音量」の方が、「大きい」。
従って、
(10)(13)により、
(14)
③ I am 理事長.
に於いて、
③ I を、「強く発音」するならば、
③ 私以外は理事長でない(Nobody except me is 理事長)。
といふ「排他的命題」になるものの、その一方で、
「私は(清音)の心理的な音量」よりも
「私が(濁音)の心理的な音量」の方が、「大きい」。
従って、
(07)(11)(14)により、
(15)
① 私が(濁音)理事長です。
② 理事長は(清音)私です。
③ 私以外は理事長ではない(排他的命題)。
に於いて、
①=②=③ である。
といふことと、
「こしら(清音+清音+清音)」⇒「小さくて、可愛い。」
「ゴジラ(濁音+濁音+流音)」⇒「大きくて、力強い。」
といふこととは、「無関係」である、はずがない。
然るに、
(16)
Xハ(Xガを兼務する場合)は題目である主格、Xガは題目ではないただの主格、と言えばハとガの大切な区別はついたことになるが、なお一つ、どうしてもつけ加えなければならないことがある。それは、
私が理事長です。(理事長は私です)
のように、ガの文がいわばハを内蔵していることがあるから、その説明が必要である。このような「私が」を強声的になっていると言うことにする。そこに発音上のストレスを与えたのと似た効果を持っているからである。
(三上章、日本語の論理、1963年、105頁)
従って、
(16)により、
(17)
「私が」を強声的になっていると言うことにする。そこに発音上のストレスを与えたのと似た効果を持っているからである。
従って、
(17)により、
(18)
「私が」には、事実上、「ストレス(強調)」が与えられている。
従って、
(18)により、
(19)
「私が(濁音)の心理的な音量」の方が、
「私は(清音)の心理的な音量」よりも「大きい(強声的である)」。
といふことについては、三上章先生自身も、さうである。といふ風に、認めてゐる。
従って、
(01)~(19)により、
(20)
②「私は(清音)」に対する、
①「私が(濁音)」は、「強調形」であり、それ故、
①「私が理事長です。」といふ「日本語」は、
①「 私は理事長であり、私以外は理事長ではない。」といふ、「排他的命題」を主張する。
といふ風に、すべきである。
従って、
(21)
① 私が(濁音)理事長です。
② 理事長は(清音)私です。
③ 私以外は理事長ではない(排他的命題)。
に於いて、
①=②=③ である。
といふことと、「Xハ(Xガを兼務する場合)は題目である主格、Xガは題目ではないただの主格、と言えばハとガの大切な区別はついたことになる。」といふこととの間には、「何らの接点」も無い。
令和元年07月16日、毛利太。
2019年7月15日月曜日
「象は鼻が長い。鼻は象が長い。」の「否定」の「述語論理」(Ⅱ)。
―「昨日(令和元年07月14日)の記事」を書き直します。―
(01)― 長い間、「返り点」に関する「記事」を書いてゐません。「返り点と括弧」に関しては、
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
①{象の体の、各パーツ}を「変域(ドメイン)」とすると、「象は、鼻以外は長くない。」
②{象、兎、馬、キリン}を「変域(ドメイン)」とすると、「鼻は象が長く、耳は兎が長く、顔は馬が長く、首はキリンが長い。」
従って、
(01)により、
(02)
① 象は鼻が長い。⇔
① ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}⇔
① すべてのxについて、xが象であるならば、あるyはxの鼻であって、yは長く、すべてのzについて、zがxの鼻でないならば、zは長くない。
② 鼻は象が長い。⇔
② ∀x∀y{(鼻xy&象y)→長x&(鼻xy&~象y)→~長x}⇔
② すべてのxとyについて、xがyの鼻であって、yが象であるならば、yは長く、xがyの鼻であって、yが象でないならば、xは長くない。
然るに、
(03)
(ⅰ)
1 (1)~∀x{ 象x→ ∃y(鼻yx&長y)& ∀z(~鼻zx→~長z)} A
1 (2)∃x~{ 象x→ ∃y(鼻yx&長y)& ∀z(~鼻zx→~長z)} 1量化子の関係
3 (3) ~{ 象a→ ∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)} A
3 (4) ~{~象a∨ [∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)]} 3含意の定義
3 (5) ~~象a&~[∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)] 4ド・モルガンの法則
3 (6) 象a&~[∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)] 5DN
3 (7) 象a
3 (8) ~[∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)] 6&E
3 (9) ~∃y(鼻ya&長y)∨~∀z(~鼻za→~長z) 8ド・モルガンの法則
3 (ア) ∃y(鼻ya&長y)→~∀z(~鼻za→~長z) 9含意の定義
イ (イ) ∃y(鼻ya&長y) A
3イ (ウ) ~∀z(~鼻za→~長z) アイMPP
3イ (エ) ∃z~(~鼻za→~長z) ウ量化子の関係
オ(オ) ~(~鼻ca→~長c) A
オ(カ) ~(~~鼻ca∨~長c) オ含意の定義
オ(キ) ~(鼻ca∨~長c) カDN
オ(ク) ~鼻ca&~~長c キ、ド・モルガンの法則
オ(ケ) ~鼻ca& 長c クDN
オ(コ) ∃z(~鼻za& 長z) ケEI
3イ (サ) ∃z(~鼻za& 長z) エオEE
3 (シ) ∃y(鼻ya&長y)→ ∃z(~鼻za& 長z) イサCP
3 (ス) 象a&[∃y(鼻ya&長y)→ ∃z(~鼻za& 長z)] 7C&I
3 (セ) ∃x{象x&[∃y(鼻yx&長y)→ ∃z(~鼻zx& 長z)]} スEI
1 (ソ) ∃x{象x&[∃y(鼻yx&長y)→ ∃z(~鼻zx& 長z)]} 23セEE
(ⅲ)
1 (1) ∃x{象x&[∃y(鼻yx&長y)→ ∃z(~鼻zx& 長z)]} A
2 (2) 象a&[∃y(鼻ya&長y)→ ∃z(~鼻za& 長z)]} A
2 (3) 象a 2&E
2 (4) ∃y(鼻ya&長y)→ ∃z(~鼻za& 長z) 2&E
5 (5) ∃y(鼻ya&長y) A
25 (6) ∃z(~鼻za& 長z) 45MPP
7(7) ~鼻ca& 長c A
7(8) ~(鼻ca∨~長c) 7ド・モルガンの法則
7(9) ~(~~鼻ca∨~長c) 8DN
7(ア) ~(~鼻ca→~長c) 9含意の定義
7(イ) ∃z~(~鼻za→~長z) アEI
25 (ウ) ∃z~(~鼻za→~長z) 67イEE
25 (エ) ~∀z(~鼻za→~長z) ウ量化子の関係
2 (オ) ∃y(鼻ya&長y)→~∀z(~鼻za→~長z) 5エCP
2 (カ) ~∃y(鼻ya&長y)∨~∀z(~鼻za→~長z) オ含意の定義
2 (キ) ~[∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)] カ、ド・モルガンの法則
2 (ク) ~~象a 3DN
2 (ケ) ~~象a&~[∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)] キク&I
2 (コ) ~{~象a∨ [∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)]} ケ、ド・モルガンの法則
2 (サ) ~{ 象a→ ∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)} コ、含意の定義
2 (シ)∃x~{ 象x→ ∃y(鼻yx&長y)& ∀z(~鼻zx→~長z)} サEI
1 (ス)∃x~{ 象x→ ∃y(鼻yx&長y)& ∀z(~鼻zx→~長z)} 12シEE
1 (セ)~∀x{ 象x→ ∃y(鼻yx&長y)& ∀z(~鼻zx→~長z)} ス量化子の関係
(04)
(ⅱ)
1 (1)~∀x∀y{ (鼻xy&象y)→長x & (鼻xy&~象y)→~長x} A
1 (2)∃x~∀y{ (鼻xy&象y)→長x & (鼻xy&~象y)→~長x} 1量化子の関係
1 (3)∃x∃y~{ (鼻xy&象y)→長x & (鼻xy&~象y)→~長x} 2量化子の関係
4 (4) ∃y~{ (鼻ay&象y)→長a & (鼻ay&~象y)→~長a} A
5 (5) ~{ (鼻ab&象b)→長a & (鼻ab&~象b)→~長a} A
5 (6) ~[(鼻ab&象b)→長a]∨~[(鼻ab&~象b)→~長a] 5ド・モルガンの法則
5 (7) [(鼻ab&象b)→長a]→~[(鼻ab&~象b)→~長a] 6含意の定義
8(8) [(鼻ab&象b)→長a] A
58(9) ~[(鼻ab&~象b)→~長a] 78MPP
58(ア) ~[~(鼻ab&~象b)∨~長a] 9含意の定義
58(イ) ~~(鼻ab&~象b)&~~長a ア、ド・モルガンの法則
58(ウ) (鼻ab&~象b)& 長a イDN
5 (エ) [(鼻ab&象b)→長a]→[(鼻ab&~象b)&長a] 8ウCP
5 (オ) ∃y{[(鼻ay&象y)→長a]→[(鼻ay&~象y)&長a]} エEI
4 (カ) ∃y{[(鼻ay&象y)→長a]→[(鼻ay&~象y)&長a]} 45オEE
4 (キ) ∃x∃y{[(鼻xy&象y)→長x]→[(鼻xy&~象y)&長x]} カEI
1 (ク) ∃x∃y{[(鼻xy&象y)→長x]→[(鼻xy&~象y)&長x]} 34キEE
(ⅳ)
1 (1) ∃x∃y{[(鼻xy&象y)→長x]→[(鼻xy&~象y)&長x]} A
2 (2) ∃y{[(鼻ay&象y)→長a]→[(鼻ay&~象y)&長a]} A
3 (3) [(鼻ab&象b)→長a]→[(鼻ab&~象b)&長a] A
4(4) [(鼻ab&象b)→長a] A
34(5) [(鼻ab&~象b)&長a] 34MPP
34(6) (鼻ab&~象b) 5&E
34(7) ~~(鼻ab&~象b) 6DN
34(8) 長a 5&E
34(9) ~~長a 8DN
34(ア) ~~(鼻ab&~象b)&~~長a 79&I
34(イ) ~[~(鼻ab&~象b)∨~長a] ア、ド・モルガンの法則
34(ウ) ~[(鼻ab&~象b)→~長a] イ含意の定義
3 (エ) [(鼻ab&象b)→長a]→~[(鼻ab&~象b)→~長a] 4ウCP
3 (オ) ~[(鼻ab&象b)→長a]∨~[(鼻ab&~象b)→~長a] エ含意の定義
3 (カ) ~{(鼻ab&象b)→長a & (鼻ab&~象b)→~長a} オ、ド・モルガンの法則
3 (キ) ∃y~{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} カEI
2 (ク) ∃y~{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} 23キEE
2 (ケ)∃x∃y~{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} クEI
1 (コ)∃x∃y~{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} 12ケEE
1 (サ)∃x~∀y{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} コ量化子の関係
1 (シ)~∀x∀y{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} サ量化子の関係
従って、
(01)~(04)により、
(05)
① 象は鼻が長い。
② 鼻は象が長い。
③ ∃x{象x&[∃y(鼻yx&長y)→∃z(~鼻zx&長z)]}
④ ∃x∃y{[(鼻xy&象y)→長x]→[(鼻xy&~象y)&長x]}
に於いて、
① の「否定」は、③ であって、
② の「否定」は、④ である。
従って、
(05)により、
(06)
① 象は鼻が長い。
② 鼻は象が長い。
③ あるxについて、xが象であって、あるyがxの鼻であって、長いのであれば、あるzはxの鼻ではないが、zは長い。
④ あるxがあるyの鼻であって、yは象であり、xが長いならば、 あるxはあるyの鼻であって、yは象ではなく、xは長い。
に於いて、
① の「否定」は、③ であって、
② の「否定」は、④ である。
然るに、
(06)により、
(07)
③ あるxについて、xが象であって、あるyがxの鼻であって、長いのであれば、あるzはxの鼻ではないが、zは長い。
④ あるxがあるyの鼻であって、yは象であり、xが長いならば、 あるxはあるyの鼻であって、yは象ではなく、xは長い。
といふことは、それぞれ、
③ ある象は、鼻と、鼻以外も、長い。
④ 象の鼻は長く、象の鼻以外も長い。
といふ、ことである。
従って、
(06)(07)により、
(08)
① 象は鼻が長い。
② 鼻は象が長い。
③ ある象は、鼻と、鼻以外も、長い。
④ 象の鼻は長く、象の鼻以外も長い。
に於いて、
① の「否定」は、③ であって、
② の「否定」は、④ である。
然るに、
(09)
③ ある象は、鼻と、鼻以外も、長い。
④ 象の鼻は長く、象の鼻以外も長い。
⑤ ある象が、鼻と、鼻以外も、長い。といふことはない。
⑥ 象の鼻は長く、象の鼻以外も長い。といふことはない。
に於いて、
③ の「否定」は、⑤ であって、
④ の「否定」は、⑥ である。
然るに、
(10)
「否定の、否定」は、「肯定」である。
cf.
「二重否定律(The Rule of Double Negation)」
従って、
(08)(09)(10)により、
(11)
① 象は鼻が長い。
② 鼻は象が長い。
⑤ ある象が、鼻と、鼻以外も、長い。といふことはない。
⑥ 象の鼻は長く、象の鼻以外も長い。といふことはない。
に於いて、
①=⑤ であって、
②=⑥ である。
然るに、
(12)
⑤ ある象が、鼻と、鼻以外も、長い。といふことはない。
⑥ 象の鼻は長く、象の鼻以外も長い。といふことはない。
といふことは、
⑤ 象は鼻以外は長くない。
⑥ 鼻は象以外は長くない。
といふ、ことである。
従って、
(11)(12)により、
(13)
① 象は鼻が長い=象は鼻以外は長くない。
② 鼻は象が長い=鼻は象以外は長くない。
といふ「等式」が、成立する。
然るに、
(14)
① 象は鼻以外は長くない。
② 鼻は象以外は長くない。
といふことは、
① 象は鼻は長く、鼻以外は長くない。
② 鼻は象は長く、象以外は長くない。
といふことを、「含意」する。
従って、
(01)~(14)により、
(15)
① 象は鼻が長い=象は鼻は長く、鼻以外は長くない。
② 鼻は象が長い=鼻は象は長く、象以外は長くない。
① 象は鼻が長い=∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}。
② 鼻は象が長い=∀x∀y{(鼻xy&象y)→長x&(鼻xy&~象y)→~長x}。
といふ「等式」が、成立する。
従って、
(15)により、
(16)
いづれにせよ、
① 象は鼻が長い =象は鼻は長く、 鼻以外は長くない。
② 鼻は象が長い =鼻は象は長く、 象以外は長くない。
③ TはWがRである=TはWはRであり、W以外はRでない。
といふ「等式」が、成立する(Q.E.D)。
然るに、
(17)
(ⅲ)
1 (1)W以外はRでない。 A
1 (〃)∀x(~Wx→~Rx) A
1 (2) ~Wa→~Ra 1UE
3(3) Ra A
3(4) ~~Ra 3DN
13(5) ~~Wa 24MTT
13(6) Wa 5DN
1 (7) Ra→ Wa 36CP
1 (8)∀x( Rx→ Wx) 7UI
(ⅳ)
1 (1)RはWである。 A
1 (〃)∀x( Rx→ Wx) A
1 (2) Ra→ Wa 1UE
3(3) ~Wa T
13(4) ~Ra 23MTT
1 (5) ~Wa→~Ra 34CP
1 (6)∀x(~Wx→~Rx) 5UI
従って、
(17)により、
(18)
③ W以外はRでない=∀x(~Wx→~Rx)。
④ RはWである=∀x( Rx→ Wx)。
に於いて、
③=④ である。
cf.
対偶(Contraposition)は等しい。
従って、
(16)(17)(18)により、
(19)
③ TはWがRである=TはWはRであり、W以外はRでない。
④ TはWがRである=TはWはRであり、RはWである。
に於いて、
③=④ である。
従って、
(19)により、
(20)
③ T=タゴール記念会、W=私、R=理事長。
といふ「代入(Replacement)」により、
③ タゴール記念会は、私が理事です=タゴール記念会は私は理事長であり、私以外は理事長ではない。
④ タゴール記念会は、私が理事です=タゴール記念会は私は理事長であり、理事長は私である。
といふ「等式」が、成立する。
然るに、
(21)
よく知られているように、「私が理事長です」は語順を変え、
理事長は、私です。
と直して初めて主辞賓辞が適用されのである。また、かりに大倉氏が、
タゴール記念会は、私が理事長です。
と言ったとすれば、これは主辞「タゴール記念会」を品評するという心持ちの文である。
(三上章、日本語の論理、1963年、40・41頁)
従って、
(22)
三上章先生は、
③ 私が理事です=私は理事長であり、私以外は理事長ではない。
といふ「等式」を、認めざるを得ない。
然るに、
(23)
③ 私が理事です=私は理事長であり、私以外は理事長ではない。
のやうな、
③ AがBである=AはBであり、A以外はBでない。
といふ「命題」を、「排他的命題(Exclusive proposition)」といふ。
従って、
(20)(23)により、
(24)
③ 私が理事です=私は理事長であり、私以外は理事長ではない。
④ 私が理事です=私は理事長であり、理事長は私です。
のやうな、
③ AがBである=AはBであり、A以外はBでない。
④ AがBである=AはBであり、BはAである。
といふ「命題」を、「排他的命題(Exclusive proposition)」といふ。
然るに、
(25)然るに、
① Aは(清音)Bである。
② Aが(濁音)Bである。
に於いて、
① に対する、
② は、「強調形」であって、「強調形」は、それだけで、
② AはBであり、A以外はBでない。
といふ「排他的命題」を主張する。
従って、
(24)(25)により、
(26)
① 私は(清音)理事長です。
② 私が(濁音)理事長です。
に於いて、
① に対する、
② は、「強調形」であって、「強調形」は、
② 私は理事長であって、私以外は理事長ではない。
② 私は理事長であって、理事長は私です。
といふ「排他的命題」を主張する。
(27)
三上章先生が、言ふところの、「題目(は)・主格(が)」といふことと、
② 私が(強調形)理事長です=私は理事長であって、私以外は理事長ではない。
② 私が(強調形)理事長です=私は理事長であって、理事長は私です。
といふ「等式」とは、「何らの関係」も無い。
然るに、
(28)
私が理事長です。(理事長は私です)
のように、ガの文がいわばハを内蔵していることがあるから、その説明が必要である。このような「私が」強声的になっていると言うことにする。そこに発音上のストレスを与えたのと似た効果を持っているからである。
(三上章、日本語の論理、1963年、106頁)
然るに、
(29)
② I am the 理事長。
に於いて、
② I に対して、発音上のストレス(強調)を与へるのであれば、「英語」であっても、
② I am the 理事長=私以外は理事長ではない(Nobody except me is the 理事長)。
といふ「意味」になるに、違ひない。
令和元年07月15日、毛利太。
(01)― 長い間、「返り点」に関する「記事」を書いてゐません。「返り点と括弧」に関しては、
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
①{象の体の、各パーツ}を「変域(ドメイン)」とすると、「象は、鼻以外は長くない。」
②{象、兎、馬、キリン}を「変域(ドメイン)」とすると、「鼻は象が長く、耳は兎が長く、顔は馬が長く、首はキリンが長い。」
従って、
(01)により、
(02)
① 象は鼻が長い。⇔
① ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}⇔
① すべてのxについて、xが象であるならば、あるyはxの鼻であって、yは長く、すべてのzについて、zがxの鼻でないならば、zは長くない。
② 鼻は象が長い。⇔
② ∀x∀y{(鼻xy&象y)→長x&(鼻xy&~象y)→~長x}⇔
② すべてのxとyについて、xがyの鼻であって、yが象であるならば、yは長く、xがyの鼻であって、yが象でないならば、xは長くない。
然るに、
(03)
(ⅰ)
1 (1)~∀x{ 象x→ ∃y(鼻yx&長y)& ∀z(~鼻zx→~長z)} A
1 (2)∃x~{ 象x→ ∃y(鼻yx&長y)& ∀z(~鼻zx→~長z)} 1量化子の関係
3 (3) ~{ 象a→ ∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)} A
3 (4) ~{~象a∨ [∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)]} 3含意の定義
3 (5) ~~象a&~[∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)] 4ド・モルガンの法則
3 (6) 象a&~[∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)] 5DN
3 (7) 象a
3 (8) ~[∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)] 6&E
3 (9) ~∃y(鼻ya&長y)∨~∀z(~鼻za→~長z) 8ド・モルガンの法則
3 (ア) ∃y(鼻ya&長y)→~∀z(~鼻za→~長z) 9含意の定義
イ (イ) ∃y(鼻ya&長y) A
3イ (ウ) ~∀z(~鼻za→~長z) アイMPP
3イ (エ) ∃z~(~鼻za→~長z) ウ量化子の関係
オ(オ) ~(~鼻ca→~長c) A
オ(カ) ~(~~鼻ca∨~長c) オ含意の定義
オ(キ) ~(鼻ca∨~長c) カDN
オ(ク) ~鼻ca&~~長c キ、ド・モルガンの法則
オ(ケ) ~鼻ca& 長c クDN
オ(コ) ∃z(~鼻za& 長z) ケEI
3イ (サ) ∃z(~鼻za& 長z) エオEE
3 (シ) ∃y(鼻ya&長y)→ ∃z(~鼻za& 長z) イサCP
3 (ス) 象a&[∃y(鼻ya&長y)→ ∃z(~鼻za& 長z)] 7C&I
3 (セ) ∃x{象x&[∃y(鼻yx&長y)→ ∃z(~鼻zx& 長z)]} スEI
1 (ソ) ∃x{象x&[∃y(鼻yx&長y)→ ∃z(~鼻zx& 長z)]} 23セEE
(ⅲ)
1 (1) ∃x{象x&[∃y(鼻yx&長y)→ ∃z(~鼻zx& 長z)]} A
2 (2) 象a&[∃y(鼻ya&長y)→ ∃z(~鼻za& 長z)]} A
2 (3) 象a 2&E
2 (4) ∃y(鼻ya&長y)→ ∃z(~鼻za& 長z) 2&E
5 (5) ∃y(鼻ya&長y) A
25 (6) ∃z(~鼻za& 長z) 45MPP
7(7) ~鼻ca& 長c A
7(8) ~(鼻ca∨~長c) 7ド・モルガンの法則
7(9) ~(~~鼻ca∨~長c) 8DN
7(ア) ~(~鼻ca→~長c) 9含意の定義
7(イ) ∃z~(~鼻za→~長z) アEI
25 (ウ) ∃z~(~鼻za→~長z) 67イEE
25 (エ) ~∀z(~鼻za→~長z) ウ量化子の関係
2 (オ) ∃y(鼻ya&長y)→~∀z(~鼻za→~長z) 5エCP
2 (カ) ~∃y(鼻ya&長y)∨~∀z(~鼻za→~長z) オ含意の定義
2 (キ) ~[∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)] カ、ド・モルガンの法則
2 (ク) ~~象a 3DN
2 (ケ) ~~象a&~[∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)] キク&I
2 (コ) ~{~象a∨ [∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)]} ケ、ド・モルガンの法則
2 (サ) ~{ 象a→ ∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)} コ、含意の定義
2 (シ)∃x~{ 象x→ ∃y(鼻yx&長y)& ∀z(~鼻zx→~長z)} サEI
1 (ス)∃x~{ 象x→ ∃y(鼻yx&長y)& ∀z(~鼻zx→~長z)} 12シEE
1 (セ)~∀x{ 象x→ ∃y(鼻yx&長y)& ∀z(~鼻zx→~長z)} ス量化子の関係
(04)
(ⅱ)
1 (1)~∀x∀y{ (鼻xy&象y)→長x & (鼻xy&~象y)→~長x} A
1 (2)∃x~∀y{ (鼻xy&象y)→長x & (鼻xy&~象y)→~長x} 1量化子の関係
1 (3)∃x∃y~{ (鼻xy&象y)→長x & (鼻xy&~象y)→~長x} 2量化子の関係
4 (4) ∃y~{ (鼻ay&象y)→長a & (鼻ay&~象y)→~長a} A
5 (5) ~{ (鼻ab&象b)→長a & (鼻ab&~象b)→~長a} A
5 (6) ~[(鼻ab&象b)→長a]∨~[(鼻ab&~象b)→~長a] 5ド・モルガンの法則
5 (7) [(鼻ab&象b)→長a]→~[(鼻ab&~象b)→~長a] 6含意の定義
8(8) [(鼻ab&象b)→長a] A
58(9) ~[(鼻ab&~象b)→~長a] 78MPP
58(ア) ~[~(鼻ab&~象b)∨~長a] 9含意の定義
58(イ) ~~(鼻ab&~象b)&~~長a ア、ド・モルガンの法則
58(ウ) (鼻ab&~象b)& 長a イDN
5 (エ) [(鼻ab&象b)→長a]→[(鼻ab&~象b)&長a] 8ウCP
5 (オ) ∃y{[(鼻ay&象y)→長a]→[(鼻ay&~象y)&長a]} エEI
4 (カ) ∃y{[(鼻ay&象y)→長a]→[(鼻ay&~象y)&長a]} 45オEE
4 (キ) ∃x∃y{[(鼻xy&象y)→長x]→[(鼻xy&~象y)&長x]} カEI
1 (ク) ∃x∃y{[(鼻xy&象y)→長x]→[(鼻xy&~象y)&長x]} 34キEE
(ⅳ)
1 (1) ∃x∃y{[(鼻xy&象y)→長x]→[(鼻xy&~象y)&長x]} A
2 (2) ∃y{[(鼻ay&象y)→長a]→[(鼻ay&~象y)&長a]} A
3 (3) [(鼻ab&象b)→長a]→[(鼻ab&~象b)&長a] A
4(4) [(鼻ab&象b)→長a] A
34(5) [(鼻ab&~象b)&長a] 34MPP
34(6) (鼻ab&~象b) 5&E
34(7) ~~(鼻ab&~象b) 6DN
34(8) 長a 5&E
34(9) ~~長a 8DN
34(ア) ~~(鼻ab&~象b)&~~長a 79&I
34(イ) ~[~(鼻ab&~象b)∨~長a] ア、ド・モルガンの法則
34(ウ) ~[(鼻ab&~象b)→~長a] イ含意の定義
3 (エ) [(鼻ab&象b)→長a]→~[(鼻ab&~象b)→~長a] 4ウCP
3 (オ) ~[(鼻ab&象b)→長a]∨~[(鼻ab&~象b)→~長a] エ含意の定義
3 (カ) ~{(鼻ab&象b)→長a & (鼻ab&~象b)→~長a} オ、ド・モルガンの法則
3 (キ) ∃y~{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} カEI
2 (ク) ∃y~{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} 23キEE
2 (ケ)∃x∃y~{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} クEI
1 (コ)∃x∃y~{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} 12ケEE
1 (サ)∃x~∀y{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} コ量化子の関係
1 (シ)~∀x∀y{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} サ量化子の関係
従って、
(01)~(04)により、
(05)
① 象は鼻が長い。
② 鼻は象が長い。
③ ∃x{象x&[∃y(鼻yx&長y)→∃z(~鼻zx&長z)]}
④ ∃x∃y{[(鼻xy&象y)→長x]→[(鼻xy&~象y)&長x]}
に於いて、
① の「否定」は、③ であって、
② の「否定」は、④ である。
従って、
(05)により、
(06)
① 象は鼻が長い。
② 鼻は象が長い。
③ あるxについて、xが象であって、あるyがxの鼻であって、長いのであれば、あるzはxの鼻ではないが、zは長い。
④ あるxがあるyの鼻であって、yは象であり、xが長いならば、 あるxはあるyの鼻であって、yは象ではなく、xは長い。
に於いて、
① の「否定」は、③ であって、
② の「否定」は、④ である。
然るに、
(06)により、
(07)
③ あるxについて、xが象であって、あるyがxの鼻であって、長いのであれば、あるzはxの鼻ではないが、zは長い。
④ あるxがあるyの鼻であって、yは象であり、xが長いならば、 あるxはあるyの鼻であって、yは象ではなく、xは長い。
といふことは、それぞれ、
③ ある象は、鼻と、鼻以外も、長い。
④ 象の鼻は長く、象の鼻以外も長い。
といふ、ことである。
従って、
(06)(07)により、
(08)
① 象は鼻が長い。
② 鼻は象が長い。
③ ある象は、鼻と、鼻以外も、長い。
④ 象の鼻は長く、象の鼻以外も長い。
に於いて、
① の「否定」は、③ であって、
② の「否定」は、④ である。
然るに、
(09)
③ ある象は、鼻と、鼻以外も、長い。
④ 象の鼻は長く、象の鼻以外も長い。
⑤ ある象が、鼻と、鼻以外も、長い。といふことはない。
⑥ 象の鼻は長く、象の鼻以外も長い。といふことはない。
に於いて、
③ の「否定」は、⑤ であって、
④ の「否定」は、⑥ である。
然るに、
(10)
「否定の、否定」は、「肯定」である。
cf.
「二重否定律(The Rule of Double Negation)」
従って、
(08)(09)(10)により、
(11)
① 象は鼻が長い。
② 鼻は象が長い。
⑤ ある象が、鼻と、鼻以外も、長い。といふことはない。
⑥ 象の鼻は長く、象の鼻以外も長い。といふことはない。
に於いて、
①=⑤ であって、
②=⑥ である。
然るに、
(12)
⑤ ある象が、鼻と、鼻以外も、長い。といふことはない。
⑥ 象の鼻は長く、象の鼻以外も長い。といふことはない。
といふことは、
⑤ 象は鼻以外は長くない。
⑥ 鼻は象以外は長くない。
といふ、ことである。
従って、
(11)(12)により、
(13)
① 象は鼻が長い=象は鼻以外は長くない。
② 鼻は象が長い=鼻は象以外は長くない。
といふ「等式」が、成立する。
然るに、
(14)
① 象は鼻以外は長くない。
② 鼻は象以外は長くない。
といふことは、
① 象は鼻は長く、鼻以外は長くない。
② 鼻は象は長く、象以外は長くない。
といふことを、「含意」する。
従って、
(01)~(14)により、
(15)
① 象は鼻が長い=象は鼻は長く、鼻以外は長くない。
② 鼻は象が長い=鼻は象は長く、象以外は長くない。
① 象は鼻が長い=∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}。
② 鼻は象が長い=∀x∀y{(鼻xy&象y)→長x&(鼻xy&~象y)→~長x}。
といふ「等式」が、成立する。
従って、
(15)により、
(16)
いづれにせよ、
① 象は鼻が長い =象は鼻は長く、 鼻以外は長くない。
② 鼻は象が長い =鼻は象は長く、 象以外は長くない。
③ TはWがRである=TはWはRであり、W以外はRでない。
といふ「等式」が、成立する(Q.E.D)。
然るに、
(17)
(ⅲ)
1 (1)W以外はRでない。 A
1 (〃)∀x(~Wx→~Rx) A
1 (2) ~Wa→~Ra 1UE
3(3) Ra A
3(4) ~~Ra 3DN
13(5) ~~Wa 24MTT
13(6) Wa 5DN
1 (7) Ra→ Wa 36CP
1 (8)∀x( Rx→ Wx) 7UI
(ⅳ)
1 (1)RはWである。 A
1 (〃)∀x( Rx→ Wx) A
1 (2) Ra→ Wa 1UE
3(3) ~Wa T
13(4) ~Ra 23MTT
1 (5) ~Wa→~Ra 34CP
1 (6)∀x(~Wx→~Rx) 5UI
従って、
(17)により、
(18)
③ W以外はRでない=∀x(~Wx→~Rx)。
④ RはWである=∀x( Rx→ Wx)。
に於いて、
③=④ である。
cf.
対偶(Contraposition)は等しい。
従って、
(16)(17)(18)により、
(19)
③ TはWがRである=TはWはRであり、W以外はRでない。
④ TはWがRである=TはWはRであり、RはWである。
に於いて、
③=④ である。
従って、
(19)により、
(20)
③ T=タゴール記念会、W=私、R=理事長。
といふ「代入(Replacement)」により、
③ タゴール記念会は、私が理事です=タゴール記念会は私は理事長であり、私以外は理事長ではない。
④ タゴール記念会は、私が理事です=タゴール記念会は私は理事長であり、理事長は私である。
といふ「等式」が、成立する。
然るに、
(21)
よく知られているように、「私が理事長です」は語順を変え、
理事長は、私です。
と直して初めて主辞賓辞が適用されのである。また、かりに大倉氏が、
タゴール記念会は、私が理事長です。
と言ったとすれば、これは主辞「タゴール記念会」を品評するという心持ちの文である。
(三上章、日本語の論理、1963年、40・41頁)
従って、
(22)
三上章先生は、
③ 私が理事です=私は理事長であり、私以外は理事長ではない。
といふ「等式」を、認めざるを得ない。
然るに、
(23)
③ 私が理事です=私は理事長であり、私以外は理事長ではない。
のやうな、
③ AがBである=AはBであり、A以外はBでない。
といふ「命題」を、「排他的命題(Exclusive proposition)」といふ。
従って、
(20)(23)により、
(24)
③ 私が理事です=私は理事長であり、私以外は理事長ではない。
④ 私が理事です=私は理事長であり、理事長は私です。
のやうな、
③ AがBである=AはBであり、A以外はBでない。
④ AがBである=AはBであり、BはAである。
といふ「命題」を、「排他的命題(Exclusive proposition)」といふ。
然るに、
(25)然るに、
① Aは(清音)Bである。
② Aが(濁音)Bである。
に於いて、
① に対する、
② は、「強調形」であって、「強調形」は、それだけで、
② AはBであり、A以外はBでない。
といふ「排他的命題」を主張する。
従って、
(24)(25)により、
(26)
① 私は(清音)理事長です。
② 私が(濁音)理事長です。
に於いて、
① に対する、
② は、「強調形」であって、「強調形」は、
② 私は理事長であって、私以外は理事長ではない。
② 私は理事長であって、理事長は私です。
といふ「排他的命題」を主張する。
(27)
三上章先生が、言ふところの、「題目(は)・主格(が)」といふことと、
② 私が(強調形)理事長です=私は理事長であって、私以外は理事長ではない。
② 私が(強調形)理事長です=私は理事長であって、理事長は私です。
といふ「等式」とは、「何らの関係」も無い。
然るに、
(28)
私が理事長です。(理事長は私です)
のように、ガの文がいわばハを内蔵していることがあるから、その説明が必要である。このような「私が」強声的になっていると言うことにする。そこに発音上のストレスを与えたのと似た効果を持っているからである。
(三上章、日本語の論理、1963年、106頁)
然るに、
(29)
② I am the 理事長。
に於いて、
② I に対して、発音上のストレス(強調)を与へるのであれば、「英語」であっても、
② I am the 理事長=私以外は理事長ではない(Nobody except me is the 理事長)。
といふ「意味」になるに、違ひない。
令和元年07月15日、毛利太。
2019年7月14日日曜日
「象は鼻が長い」の「否定」の「述語論理」。
― 長い間、「返り点」に関する「記事」を書いてゐません。「返り点と括弧」に関しては、
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
① 象は鼻が長い。⇔
① 象は鼻は長く、鼻以外は長くない。⇔
① ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}⇔
① すべてのxについて、xが象であるならば、あるyはxの鼻であって、yは長く、すべてのzについて、zがxの鼻でないならば、zは長くない。
従って、
(01)により、
(02)
① 象は鼻が長い。
の「否定」は、
② 象は鼻が長い。といふわけではない。⇔
② 象は鼻は長く、鼻以外は長くない。といふわけではない。⇔
② ~∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}⇔
② すべてのxについて、xが象であるならば、あるyはxの鼻であって、yは長く、すべてのzについて、zがxの鼻でないならば、zは長くない。といふわけではない。
然るに、
(03)
(ⅰ)
1 (1)~∀x{ 象x→ ∃y(鼻yx&長y)& ∀z(~鼻zx→~長z)} A
1 (2)∃x~{ 象x→ ∃y(鼻yx&長y)& ∀z(~鼻zx→~長z)} 1量化子の関係
3 (3) ~{ 象a→ ∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)} A
3 (4) ~{~象a∨ [∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)]} 3含意の定義
3 (5) ~~象a&~[∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)] 4ド・モルガンの法則
3 (6) 象a&~[∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)] 5DN
3 (7) 象a
3 (8) ~[∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)] 6&E
3 (9) ~∃y(鼻ya&長y)∨~∀z(~鼻za→~長z) 8ド・モルガンの法則
3 (ア) ∃y(鼻ya&長y)→~∀z(~鼻za→~長z) 9含意の定義
イ (イ) ∃y(鼻ya&長y) A
3イ (ウ) ~∀z(~鼻za→~長z) アイMPP
3イ (エ) ∃z~(~鼻za→~長z) ウ量化子の関係
オ(オ) ~(~鼻ca→~長c) A
オ(カ) ~(~~鼻ca∨~長c) オ含意の定義
オ(キ) ~(鼻ca∨~長c) カDN
オ(ク) ~鼻ca&~~長c キ、ド・モルガンの法則
オ(ケ) ~鼻ca& 長c クDN
オ(コ) ∃z(~鼻za& 長z) ケEI
3イ (サ) ∃z(~鼻za& 長z) エオEE
3 (シ) ∃y(鼻ya&長y)→ ∃z(~鼻za& 長z) イサCP
3 (ス) 象a&[∃y(鼻ya&長y)→ ∃z(~鼻za& 長z)] 7C&I
3 (セ) ∃x{象x&[∃y(鼻yx&長y)→ ∃z(~鼻zx& 長z)]} スEI
1 (ソ) ∃x{象x&[∃y(鼻yx&長y)→ ∃z(~鼻zx& 長z)]} 23セEE
(ⅱ)
1 (1) ∃x{象x&[∃y(鼻yx&長y)→ ∃z(~鼻zx& 長z)]} A
2 (2) 象a&[∃y(鼻ya&長y)→ ∃z(~鼻za& 長z)]} A
2 (3) 象a 2&E
2 (4) ∃y(鼻ya&長y)→ ∃z(~鼻za& 長z) 2&E
5 (5) ∃y(鼻ya&長y) A
25 (6) ∃z(~鼻za& 長z) 45MPP
7(7) ~鼻ca& 長c A
7(8) ~(鼻ca∨~長c) 7ド・モルガンの法則
7(9) ~(~~鼻ca∨~長c) 8DN
7(ア) ~(~鼻ca→~長c) 9含意の定義
7(イ) ∃z~(~鼻za→~長z) アEI
25 (ウ) ∃z~(~鼻za→~長z) 67イEE
25 (エ) ~∀z(~鼻za→~長z) ウ量化子の関係
2 (オ) ∃y(鼻ya&長y)→~∀z(~鼻za→~長z) 5エCP
2 (カ) ~∃y(鼻ya&長y)∨~∀z(~鼻za→~長z) オ含意の定義
2 (キ) ~[∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)] カ、ド・モルガンの法則
2 (ク) ~~象a 3DN
2 (ケ) ~~象a&~[∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)] キク&I
2 (コ) ~{~象a∨ [∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)]} ケ、ド・モルガンの法則
2 (サ) ~{ 象a→ ∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)} コ、含意の定義
2 (シ)∃x~{ 象x→ ∃y(鼻yx&長y)& ∀z(~鼻zx→~長z)} サEI
1 (ス)∃x~{ 象x→ ∃y(鼻yx&長y)& ∀z(~鼻zx→~長z)} 12シEE
1 (セ)~∀x{ 象x→ ∃y(鼻yx&長y)& ∀z(~鼻zx→~長z)} ス量化子の関係
従って、
(03)により、
(04)
② ~∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}
③ ∃x{象x&[∃y(鼻yx&長y)→∃z(~鼻zx& 長z)]}
に於いて、
②=③ である。
従って、
(04)により、
(05)
② すべてのxについて、xが象であるならば、あるyはxの鼻であって、yは長く、すべてのzについて、zがxの鼻でないならば、zは長くない。といふわけではない。
③ あるxについて、xが象であって、 あるyがxの鼻であって、長いのであれば、 あるzはxの鼻ではないが、 zは長い。
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(06)
② あるxについて、xが象であって、あるyがxの鼻であって、長いのであれば、あるzはxの鼻ではないが、zは長い。
といふことは、
② ある象は、鼻と、鼻以外も長い。
といふ、ことである。
然るに、
(07)
② ある象は、鼻と、鼻以外も長い。
といふことは、
② ある象は、鼻も長い。
といふ、ことである。
従って、
(01)~(07)により、
(08)
① 象は鼻が長い。⇔
① ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}。
の「否定」は、
② ある象は鼻も長い。⇔
② ∃x{象x&[∃y(鼻yx&長y)→∃z(~鼻zx&長z)]}。
である。
然るに、
(09)
マンモス (英語: mammoth) は哺乳綱長鼻目ゾウ科マンモス属 (Mammuthus) に属する種の総称である。現在は全種が絶滅している。
現生のゾウの類縁だが、直接の祖先ではない。約400万年前から1万年前頃(絶滅時期は諸説ある)までの期間に生息していた。巨大な牙が特徴で、種類によっては牙の長さが5.2メートルに達することもある。日本では、シベリアと北アメリカ大陸に生息し、太く長い体毛で全身を覆われた中型のケナガマンモス M. primigenius が有名である(ウィキペディア)。
従って、
(09)により、
(10)
② ある象(マンモス)は鼻も長い。⇔
② ∃x{象x&[∃y(鼻yx&長y)→∃z(~鼻zx&長z)]}。
といふ「命題」は、「真(本当)」である。
令和元年07月14日、毛利太。
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
① 象は鼻が長い。⇔
① 象は鼻は長く、鼻以外は長くない。⇔
① ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}⇔
① すべてのxについて、xが象であるならば、あるyはxの鼻であって、yは長く、すべてのzについて、zがxの鼻でないならば、zは長くない。
従って、
(01)により、
(02)
① 象は鼻が長い。
の「否定」は、
② 象は鼻が長い。といふわけではない。⇔
② 象は鼻は長く、鼻以外は長くない。といふわけではない。⇔
② ~∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}⇔
② すべてのxについて、xが象であるならば、あるyはxの鼻であって、yは長く、すべてのzについて、zがxの鼻でないならば、zは長くない。といふわけではない。
然るに、
(03)
(ⅰ)
1 (1)~∀x{ 象x→ ∃y(鼻yx&長y)& ∀z(~鼻zx→~長z)} A
1 (2)∃x~{ 象x→ ∃y(鼻yx&長y)& ∀z(~鼻zx→~長z)} 1量化子の関係
3 (3) ~{ 象a→ ∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)} A
3 (4) ~{~象a∨ [∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)]} 3含意の定義
3 (5) ~~象a&~[∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)] 4ド・モルガンの法則
3 (6) 象a&~[∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)] 5DN
3 (7) 象a
3 (8) ~[∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)] 6&E
3 (9) ~∃y(鼻ya&長y)∨~∀z(~鼻za→~長z) 8ド・モルガンの法則
3 (ア) ∃y(鼻ya&長y)→~∀z(~鼻za→~長z) 9含意の定義
イ (イ) ∃y(鼻ya&長y) A
3イ (ウ) ~∀z(~鼻za→~長z) アイMPP
3イ (エ) ∃z~(~鼻za→~長z) ウ量化子の関係
オ(オ) ~(~鼻ca→~長c) A
オ(カ) ~(~~鼻ca∨~長c) オ含意の定義
オ(キ) ~(鼻ca∨~長c) カDN
オ(ク) ~鼻ca&~~長c キ、ド・モルガンの法則
オ(ケ) ~鼻ca& 長c クDN
オ(コ) ∃z(~鼻za& 長z) ケEI
3イ (サ) ∃z(~鼻za& 長z) エオEE
3 (シ) ∃y(鼻ya&長y)→ ∃z(~鼻za& 長z) イサCP
3 (ス) 象a&[∃y(鼻ya&長y)→ ∃z(~鼻za& 長z)] 7C&I
3 (セ) ∃x{象x&[∃y(鼻yx&長y)→ ∃z(~鼻zx& 長z)]} スEI
1 (ソ) ∃x{象x&[∃y(鼻yx&長y)→ ∃z(~鼻zx& 長z)]} 23セEE
(ⅱ)
1 (1) ∃x{象x&[∃y(鼻yx&長y)→ ∃z(~鼻zx& 長z)]} A
2 (2) 象a&[∃y(鼻ya&長y)→ ∃z(~鼻za& 長z)]} A
2 (3) 象a 2&E
2 (4) ∃y(鼻ya&長y)→ ∃z(~鼻za& 長z) 2&E
5 (5) ∃y(鼻ya&長y) A
25 (6) ∃z(~鼻za& 長z) 45MPP
7(7) ~鼻ca& 長c A
7(8) ~(鼻ca∨~長c) 7ド・モルガンの法則
7(9) ~(~~鼻ca∨~長c) 8DN
7(ア) ~(~鼻ca→~長c) 9含意の定義
7(イ) ∃z~(~鼻za→~長z) アEI
25 (ウ) ∃z~(~鼻za→~長z) 67イEE
25 (エ) ~∀z(~鼻za→~長z) ウ量化子の関係
2 (オ) ∃y(鼻ya&長y)→~∀z(~鼻za→~長z) 5エCP
2 (カ) ~∃y(鼻ya&長y)∨~∀z(~鼻za→~長z) オ含意の定義
2 (キ) ~[∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)] カ、ド・モルガンの法則
2 (ク) ~~象a 3DN
2 (ケ) ~~象a&~[∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)] キク&I
2 (コ) ~{~象a∨ [∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)]} ケ、ド・モルガンの法則
2 (サ) ~{ 象a→ ∃y(鼻ya&長y)& ∀z(~鼻za→~長z)} コ、含意の定義
2 (シ)∃x~{ 象x→ ∃y(鼻yx&長y)& ∀z(~鼻zx→~長z)} サEI
1 (ス)∃x~{ 象x→ ∃y(鼻yx&長y)& ∀z(~鼻zx→~長z)} 12シEE
1 (セ)~∀x{ 象x→ ∃y(鼻yx&長y)& ∀z(~鼻zx→~長z)} ス量化子の関係
従って、
(03)により、
(04)
② ~∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}
③ ∃x{象x&[∃y(鼻yx&長y)→∃z(~鼻zx& 長z)]}
に於いて、
②=③ である。
従って、
(04)により、
(05)
② すべてのxについて、xが象であるならば、あるyはxの鼻であって、yは長く、すべてのzについて、zがxの鼻でないならば、zは長くない。といふわけではない。
③ あるxについて、xが象であって、 あるyがxの鼻であって、長いのであれば、 あるzはxの鼻ではないが、 zは長い。
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(06)
② あるxについて、xが象であって、あるyがxの鼻であって、長いのであれば、あるzはxの鼻ではないが、zは長い。
といふことは、
② ある象は、鼻と、鼻以外も長い。
といふ、ことである。
然るに、
(07)
② ある象は、鼻と、鼻以外も長い。
といふことは、
② ある象は、鼻も長い。
といふ、ことである。
従って、
(01)~(07)により、
(08)
① 象は鼻が長い。⇔
① ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}。
の「否定」は、
② ある象は鼻も長い。⇔
② ∃x{象x&[∃y(鼻yx&長y)→∃z(~鼻zx&長z)]}。
である。
然るに、
(09)
マンモス (英語: mammoth) は哺乳綱長鼻目ゾウ科マンモス属 (Mammuthus) に属する種の総称である。現在は全種が絶滅している。
現生のゾウの類縁だが、直接の祖先ではない。約400万年前から1万年前頃(絶滅時期は諸説ある)までの期間に生息していた。巨大な牙が特徴で、種類によっては牙の長さが5.2メートルに達することもある。日本では、シベリアと北アメリカ大陸に生息し、太く長い体毛で全身を覆われた中型のケナガマンモス M. primigenius が有名である(ウィキペディア)。
従って、
(09)により、
(10)
② ある象(マンモス)は鼻も長い。⇔
② ∃x{象x&[∃y(鼻yx&長y)→∃z(~鼻zx&長z)]}。
といふ「命題」は、「真(本当)」である。
令和元年07月14日、毛利太。
2019年7月13日土曜日
「三上章先生が言はんとした」ことは、概ね、
― 長い間、「返り点」に関する「記事」を書いてゐません。「返り点と括弧」に関しては、
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
例へば、
① REX FILIO LIBRUM DAT.
① 王が 息子に 本を 与へる。
① 主格 与格 対格 述語動詞.
に於いて、
① 王が(主格)、息子に(与格)、本を(対格)、
といふ「3つの格」は、「等しく、平等に」、
① 与へる(述語動詞)
に対する、「補語」である。
従って、
(02)
① 王が(主格)、息子に(与格)、本を(対格)、
といふ「3つの格」の中で、
① 王が(主格) だけを、「特別なモノ」として、
① 王が(主語) とすることは、出来ない。
然るに、
(03)
① 王が(主格)、
に対して、
② 王は(題目)、
である。
従って、
(02)(03)により、
(04)
① 王が(主語)、息子に、本を、与へる。
② 王は(主語)、息子に、本を、与へる。
ではなく、
① 王が(主格)、息子に、本を、与へる。
② 王は(題目)、息子に、本を、与へる。
であるため、
① 王が、息子に本を与へる。
② 王は、息子に本を与へる。
といふ「日本語」には、「主語」が無い。
従って、
(01)~(04により、
(05)
「三上文法」からすると、
「王が」と「王は」の「違ひ」は、
「主格」と「主題」の「違ひ」である。
といふ、ことになる。
従って、
(06)
「三上文法」からすると、
「私が」と「私は」の「違ひ」は、
「主格」と「主題」の「違ひ」である。
といふ、ことになる。
然るに、
(07)
よく知られているように、「私が理事長です」は語順を変え、
理事長は、私です。
と直して初めて主辞賓辞が適用されのである。また、かりに大倉氏が、
タゴール記念会は、私が理事です。
と言ったとすれば、これは主辞「タゴール記念会」を品評するという心持ちの文である。
(三上章、日本語の論理、1963年、40・41頁)
然るに、
(08)
③ 理事長は私です。
の「対偶(Contraposition)」は、
④ 私以外は理事長ではない。
である。
従って、
(07)(08)により、
(09)
② 私が、理事長です。
③ 理事長は、私です。
④ 私以外は、理事長ではない。
に於いて、
②=③=④ である。
然るに、
(10)
④ A以外はBでない。
といふ「命題」を、「排他的命題(Exclusive proposition)」といふ。
従って、
(09)(10)により、
(11)
② 私が、理事長です(排他的命題)。
③ 私以外は、理事長ではない(排他的命題)。
に於いて、
②=③ である。
従って、
(07)(11)により、
(12)
① 私は、理事長です(排他的命題でない)。
② 私が、理事長です(排他的命題である)。
に於いて、
①=② ではない。
従って、
(12)により、
(13)
①「私は」は「排他的命題の主語」ではなく、
②「私が」は「排他的命題の主語」である。
従って、
(06)(13)により、
(14)
①「私は(主題)」は「排他的命題の主題」ではなく、
②「私が(主格)」は「排他的命題の主格」である。
然るに、
(15)
①「私は(主題)」が「排他的命題の主題」ではなく、
②「私が(主格)」が「排他的命題の主格」である。
といふ際の、「その理由(必然性)」が、私には、「見当も、付かない。」
然るに、
(07)により、
(16)
三上章先生自身は、
①「私は(主題)」が「排他的命題の主題」ではなく、
②「私が(主格)」が「排他的命題の主格」である。
といふことに、気付いてさへ、ゐない。
令和元年07月13日、毛利太。
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
例へば、
① REX FILIO LIBRUM DAT.
① 王が 息子に 本を 与へる。
① 主格 与格 対格 述語動詞.
に於いて、
① 王が(主格)、息子に(与格)、本を(対格)、
といふ「3つの格」は、「等しく、平等に」、
① 与へる(述語動詞)
に対する、「補語」である。
従って、
(02)
① 王が(主格)、息子に(与格)、本を(対格)、
といふ「3つの格」の中で、
① 王が(主格) だけを、「特別なモノ」として、
① 王が(主語) とすることは、出来ない。
然るに、
(03)
① 王が(主格)、
に対して、
② 王は(題目)、
である。
従って、
(02)(03)により、
(04)
① 王が(主語)、息子に、本を、与へる。
② 王は(主語)、息子に、本を、与へる。
ではなく、
① 王が(主格)、息子に、本を、与へる。
② 王は(題目)、息子に、本を、与へる。
であるため、
① 王が、息子に本を与へる。
② 王は、息子に本を与へる。
といふ「日本語」には、「主語」が無い。
従って、
(01)~(04により、
(05)
「三上文法」からすると、
「王が」と「王は」の「違ひ」は、
「主格」と「主題」の「違ひ」である。
といふ、ことになる。
従って、
(06)
「三上文法」からすると、
「私が」と「私は」の「違ひ」は、
「主格」と「主題」の「違ひ」である。
といふ、ことになる。
然るに、
(07)
よく知られているように、「私が理事長です」は語順を変え、
理事長は、私です。
と直して初めて主辞賓辞が適用されのである。また、かりに大倉氏が、
タゴール記念会は、私が理事です。
と言ったとすれば、これは主辞「タゴール記念会」を品評するという心持ちの文である。
(三上章、日本語の論理、1963年、40・41頁)
然るに、
(08)
③ 理事長は私です。
の「対偶(Contraposition)」は、
④ 私以外は理事長ではない。
である。
従って、
(07)(08)により、
(09)
② 私が、理事長です。
③ 理事長は、私です。
④ 私以外は、理事長ではない。
に於いて、
②=③=④ である。
然るに、
(10)
④ A以外はBでない。
といふ「命題」を、「排他的命題(Exclusive proposition)」といふ。
従って、
(09)(10)により、
(11)
② 私が、理事長です(排他的命題)。
③ 私以外は、理事長ではない(排他的命題)。
に於いて、
②=③ である。
従って、
(07)(11)により、
(12)
① 私は、理事長です(排他的命題でない)。
② 私が、理事長です(排他的命題である)。
に於いて、
①=② ではない。
従って、
(12)により、
(13)
①「私は」は「排他的命題の主語」ではなく、
②「私が」は「排他的命題の主語」である。
従って、
(06)(13)により、
(14)
①「私は(主題)」は「排他的命題の主題」ではなく、
②「私が(主格)」は「排他的命題の主格」である。
然るに、
(15)
①「私は(主題)」が「排他的命題の主題」ではなく、
②「私が(主格)」が「排他的命題の主格」である。
といふ際の、「その理由(必然性)」が、私には、「見当も、付かない。」
然るに、
(07)により、
(16)
三上章先生自身は、
①「私は(主題)」が「排他的命題の主題」ではなく、
②「私が(主格)」が「排他的命題の主格」である。
といふことに、気付いてさへ、ゐない。
令和元年07月13日、毛利太。
2019年7月12日金曜日
「鼻は象が(も)長い。」の「述語論理」。
tt>
― 長い間、「返り点」に関する「記事」を書いてゐません。「返り点と括弧」に関しては、
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
{象、兎、馬、キリン}を「変域(ドメイン)」とすると、
「鼻は象が長く、耳は兎が長く、顔は馬が長く、首はキリンが長い。」
従って、
(01)により、
(02)
① 鼻は、象が長い。⇔
① 鼻は、象は長く、象以外(兎、馬、キリン)は長くない。⇔
① ∀x∀y{(鼻xy&象y)→長x&(鼻xy&~象y)→~長x}⇔
① すべてのxとyについて、xがyの鼻であって、yが象であるならば、xは長く、xがyの鼻であって、yが象でないならば、xは長くない。
然るに、
(03)
1 (1)∀x∀y{(鼻xy&象y)→長x&(鼻xy&~象y)→~長x} A
2 (2) ∃x∃y(鼻xy&象y) A
1 (3) (鼻ay&象y)→長a&(鼻ay&~象y)→~長a 1UE
1 (4) (鼻ab&象b)→長a&(鼻ab&~象b)→~長a 1UE
1 (5) (鼻ab&象b)→長a 4&E
6 (6) ∃y(鼻ay&象y) A
7(7) 鼻ab&象b A
1 7(8) 長a 57MPP
1 7(9) 象b&鼻ab 7交換法則
1 7(ア) 象b&鼻ab&長b 79&I
1 7(イ) ∃y(象y&鼻ay&長y) アEI
1 6 (ウ) ∃y(象y&鼻ay&長y) 67イEE
1 6 (エ) ∃x∃y(象y&鼻xy&長y) ウEI
12 (オ) ∃x∃y(象y&鼻xy&長y) 26エEE
従って、
(02)(03)により、
(04)
(1)すべてのxとyについて、xがyの鼻であって、yが象であるならば、xは長く、xがyの鼻であって、yが象でないならば、xは長くない。 然るに、
(2)あるxとあるyについて、xはyの鼻であって、yは象である。 従って、
(3)あるxとあるyについて、yは象であり、xはyの鼻であって、長い。
従って、
(04)により、
(05)
(1)鼻は象が長い。 然るに、
(2)象には鼻がある。従って、
(エ)ある象の鼻は長い。
従って、
(03)(04)(05)により、
(06)
「鼻は象が長い。然るに、象には鼻がある。従って、象の鼻は長い。」
といふ「推論」は、「日本語」としても、「述語計算」としても、「妥当」である。
(07)
1 (1)∀x∀y{(鼻xy&象y)→長x&(鼻xy&~象y)→~長x} A
2 (2) ∃x∃y(耳xy&兎y&~象y&長x) A
1 (3) (鼻ay&象y)→長a&(鼻ay&~象y)→~長a 1UE
1 (4) (鼻ab&象b)→長a&(鼻ab&~象b)→~長a 1UE
1 (5) (鼻ab&~象b)→~長a 4&E
6 (6) ∃y(耳ay&兎y&~象y&長a) A
7 (7) 耳ab&兎b&~象b&長a A
7 (8) 耳ab 7&E
7 (9) 兎b 7&E
7 (ア) ~象b 7&E
7 (イ) 長a 7&E
7 (ウ) ~~長a イDN
1 7 (エ) ~(鼻ab&~象b) 5ウMTT
8(オ) 鼻ab A
78(カ) 鼻ab&~象b アオ&I
1 78(キ) ~(鼻ab&~象b)&
(鼻ab&~象b) エカ&I
1 7 (ク) ~鼻ab エキRAA
7 (ケ) 兎b&耳ab 89&I
1 7 (コ) 兎b&耳ab&~鼻ab クケ&I
1 7 (サ) ∃y(兎y&耳ay&~鼻ay) コEI
1 6 (シ) ∃y(兎y&耳ay&~鼻ay) 67サEE
1 6 (ス) ∃x∃y(兎y&耳xy&~鼻xy) シEI
12 (シ) ∃x∃y(兎y&耳xy&~鼻xy) 26スEE
従って、
(02)(07)により、
(08)
(1)すべてのxとyについて、xがyの鼻であって、yが象であるならば、xは長く、xがyの鼻であって、yが象でないならば、xは長くない。 然るに、
(2)あるxとあるyについて、xはyの耳であって、yは兎であって、象ではなく、xは長い。 従って、
(シ)あるxとあるyについて、yは兎であって、xはyの耳であって、xはyの鼻ではない。
従って、
(08)により、
(09)
(1)鼻は象が長い。 然るに、
(2)兎には長い耳があり、兎は象ではない。 従って、
(3)兎の耳は鼻ではない。
然るに、
(10)
① 兎が象ではなく、
② 兎の耳が鼻であって、
③ 兎の耳(鼻)が長い。
といふのであれば、
④ 鼻は象が長い=象以外(兎、馬、キリン)の鼻は長くない。
といふことには、ならない。
従って、
(10)により、
(11)
① 兎が象ではなく、
③ 兎の耳が長く、
④ 鼻は象が長い=象以外(兎、馬、キリン)の鼻は長くない。
といふのであれば、
② 兎の耳が鼻であっては、ならない。
従って、
(07)~(11)により、
(12)
「鼻は象が長い。然るに、ある兎には長い耳があり、兎は象ではない。従って、ある兎の耳は鼻ではない。」
といふ「推論」は、「日本語」としても、「述語計算」としても、「妥当」である。
従って、
(01)~(12)により、
(13)
① 鼻は、象が長い。⇔
① 鼻は、象は長く、象以外(兎、馬、キリン)は長くない。⇔
① ∀x∀y{(鼻xy&象y)→長x&(鼻xy&~象y)→~長x}⇔
① すべてのxとyについて、xがyの鼻であって、yが象であるならば、xは長く、xがyの鼻であって、yが象でないならば、xは長くない。
といふ「等式」は、「正しい」。
然るに、
(14)
(ⅱ)
1 (1)~∀x∀y{ (鼻xy&象y)→長x & (鼻xy&~象y)→~長x} A
1 (2)∃x~∀y{ (鼻xy&象y)→長x & (鼻xy&~象y)→~長x} 1量化子の関係
1 (3)∃x∃y~{ (鼻xy&象y)→長x & (鼻xy&~象y)→~長x} 2量化子の関係
4 (4) ∃y~{ (鼻ay&象y)→長a & (鼻ay&~象y)→~長a} A
5 (5) ~{ (鼻ab&象b)→長a & (鼻ab&~象b)→~長a} A
5 (6) ~[(鼻ab&象b)→長a]∨~[(鼻ab&~象b)→~長a] 5ド・モルガンの法則
5 (7) [(鼻ab&象b)→長a]→~[(鼻ab&~象b)→~長a] 6含意の定義
8(8) [(鼻ab&象b)→長a] A
58(9) ~[(鼻ab&~象b)→~長a] 78MPP
58(ア) ~[~(鼻ab&~象b)∨~長a] 9含意の定義
58(イ) ~~(鼻ab&~象b)&~~長a ア、ド・モルガンの法則
58(ウ) (鼻ab&~象b)& 長a イDN
5 (エ) [(鼻ab&象b)→長a]→[(鼻ab&~象b)&長a] 8ウCP
5 (オ) ∃y{[(鼻ay&象y)→長a]→[(鼻ay&~象y)&長a]} エEI
4 (カ) ∃y{[(鼻ay&象y)→長a]→[(鼻ay&~象y)&長a]} 45オEE
4 (キ) ∃x∃y{[(鼻xy&象y)→長x]→[(鼻xy&~象y)&長x]} カEI
1 (ク) ∃x∃y{[(鼻xy&象y)→長x]→[(鼻xy&~象y)&長x]} 34キEE
(ⅲ)
1 (1) ∃x∃y{[(鼻xy&象y)→長x]→[(鼻xy&~象y)&長x]} A
2 (2) ∃y{[(鼻ay&象y)→長a]→[(鼻ay&~象y)&長a]} A
3 (3) [(鼻ab&象b)→長a]→[(鼻ab&~象b)&長a] A
4(4) [(鼻ab&象b)→長a] A
34(5) [(鼻ab&~象b)&長a] 34MPP
34(6) (鼻ab&~象b) 5&E
34(7) ~~(鼻ab&~象b) 6DN
34(8) 長a 5&E
34(9) ~~長a 8DN
34(ア) ~~(鼻ab&~象b)&~~長a 79&I
34(イ) ~[~(鼻ab&~象b)∨~長a] ア、ド・モルガンの法則
34(ウ) ~[(鼻ab&~象b)→~長a] イ含意の定義
3 (エ) [(鼻ab&象b)→長a]→~[(鼻ab&~象b)→~長a] 4ウCP
3 (オ) ~[(鼻ab&象b)→長a]∨~[(鼻ab&~象b)→~長a] エ含意の定義
3 (カ) ~{(鼻ab&象b)→長a & (鼻ab&~象b)→~長a} オ、ド・モルガンの法則
3 (キ) ∃y~{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} カEI
2 (ク) ∃y~{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} 23キEE
2 (ケ)∃x∃y~{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} クEI
1 (コ)∃x∃y~{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} 12ケEE
1 (サ)∃x~∀y{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} コ量化子の関係
1 (シ)~∀x∀y{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} サ量化子の関係
従って、
(14)により、
(15)
② ~∀x∀y{(鼻xy&象y)→長x & (鼻xy&~象y)→~長x}
③ ∃x∃y{[(鼻xy&象y)→長x]→[(鼻xy&~象y)& 長x]}
に於いて、
②=③ である。
従って、
(15)により、
(16)
② すべてのxとyについて、xがyの鼻であって、yが象であるならば、xは長く、xがyの鼻であって、yが象でないならば、xは長くない。といふわけでない。
③ あるxがあるyの鼻であって、yは象であり、xが長いならば、 あるxはあるyの鼻であって、yは象ではなく、xは長い。
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(17)
③ あるxがあるyの鼻であって、yは象であり、xが長いならば、 あるxはあるyの鼻であって、yは象ではなく、xは長い。
といふことは、
③ 象以外にも、鼻の長い動物がゐる。
といふことである。
然るに、
(18)
③ 象以外にも、鼻の長い動物がゐる。
といふことは、
① 鼻は、象が長い。
といふことではなく、
③ 鼻は、象も長い。
といふ、ことである。
従って、
(14)~(18)により、
(19)
② 鼻は、象も長い。⇔
② 鼻は、象は長く、象以外(バク、テングザル)も長い。⇔
② ~∀x∀y{(鼻xy&象y)→長x & (鼻xy&~象y)→~長x}⇔
② すべてのxとyについて、xがyの鼻であって、yが象であるならば、xは長く、xがyの鼻であって、yが象でないならば、xは長くない。といふわけでない。
といふ「等式」が、成立する。
従って、
(13)(19)により、
(20)
① 鼻は、象が長い= ∀x∀y{(鼻xy&象y)→長x&(鼻xy&~象y)→~長x}。
② 鼻は、象も長い=~∀x∀y{(鼻xy&象y)→長x&(鼻xy&~象y)→~長x}。
従って、
(20)により、
(21)
① 鼻は、象が長い。
② 鼻は、象も長い。
に於いて、
① の「否定」が、② であって、
② の「否定」が、① である。
といふ、ことになる。
令和元年07月12日、毛利太。
(α)「返り点」と「括弧」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)
(β)「返り点」と「括弧」の条件。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_15.html)
(γ)「返り点」と「括弧」の条件(Ⅱ):(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html)
(δ)「返り点」は、下には戻らない。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_20.html)
(ε)「下中上点」等が必要な「理由」。:(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_22.html)
(ζ)「返り点・モドキ」について。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_24.html)⇒
Web上には存在しますが、何故か、アクセス出来ません。
(η)「一二点・上下点」に付いて。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2017/12/blog-post_26.html)
(θ)「括弧」の「順番」。 :(https://kannbunn.blogspot.com/2018/01/blog-post.html)
(ι)「返り点」と「括弧」の関係 :(https://kannbunn.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html)
等々、「その他、諸々」を、お読み下さい。―
(01)
{象、兎、馬、キリン}を「変域(ドメイン)」とすると、
「鼻は象が長く、耳は兎が長く、顔は馬が長く、首はキリンが長い。」
従って、
(01)により、
(02)
① 鼻は、象が長い。⇔
① 鼻は、象は長く、象以外(兎、馬、キリン)は長くない。⇔
① ∀x∀y{(鼻xy&象y)→長x&(鼻xy&~象y)→~長x}⇔
① すべてのxとyについて、xがyの鼻であって、yが象であるならば、xは長く、xがyの鼻であって、yが象でないならば、xは長くない。
然るに、
(03)
1 (1)∀x∀y{(鼻xy&象y)→長x&(鼻xy&~象y)→~長x} A
2 (2) ∃x∃y(鼻xy&象y) A
1 (3) (鼻ay&象y)→長a&(鼻ay&~象y)→~長a 1UE
1 (4) (鼻ab&象b)→長a&(鼻ab&~象b)→~長a 1UE
1 (5) (鼻ab&象b)→長a 4&E
6 (6) ∃y(鼻ay&象y) A
7(7) 鼻ab&象b A
1 7(8) 長a 57MPP
1 7(9) 象b&鼻ab 7交換法則
1 7(ア) 象b&鼻ab&長b 79&I
1 7(イ) ∃y(象y&鼻ay&長y) アEI
1 6 (ウ) ∃y(象y&鼻ay&長y) 67イEE
1 6 (エ) ∃x∃y(象y&鼻xy&長y) ウEI
12 (オ) ∃x∃y(象y&鼻xy&長y) 26エEE
従って、
(02)(03)により、
(04)
(1)すべてのxとyについて、xがyの鼻であって、yが象であるならば、xは長く、xがyの鼻であって、yが象でないならば、xは長くない。 然るに、
(2)あるxとあるyについて、xはyの鼻であって、yは象である。 従って、
(3)あるxとあるyについて、yは象であり、xはyの鼻であって、長い。
従って、
(04)により、
(05)
(1)鼻は象が長い。 然るに、
(2)象には鼻がある。従って、
(エ)ある象の鼻は長い。
従って、
(03)(04)(05)により、
(06)
「鼻は象が長い。然るに、象には鼻がある。従って、象の鼻は長い。」
といふ「推論」は、「日本語」としても、「述語計算」としても、「妥当」である。
(07)
1 (1)∀x∀y{(鼻xy&象y)→長x&(鼻xy&~象y)→~長x} A
2 (2) ∃x∃y(耳xy&兎y&~象y&長x) A
1 (3) (鼻ay&象y)→長a&(鼻ay&~象y)→~長a 1UE
1 (4) (鼻ab&象b)→長a&(鼻ab&~象b)→~長a 1UE
1 (5) (鼻ab&~象b)→~長a 4&E
6 (6) ∃y(耳ay&兎y&~象y&長a) A
7 (7) 耳ab&兎b&~象b&長a A
7 (8) 耳ab 7&E
7 (9) 兎b 7&E
7 (ア) ~象b 7&E
7 (イ) 長a 7&E
7 (ウ) ~~長a イDN
1 7 (エ) ~(鼻ab&~象b) 5ウMTT
8(オ) 鼻ab A
78(カ) 鼻ab&~象b アオ&I
1 78(キ) ~(鼻ab&~象b)&
(鼻ab&~象b) エカ&I
1 7 (ク) ~鼻ab エキRAA
7 (ケ) 兎b&耳ab 89&I
1 7 (コ) 兎b&耳ab&~鼻ab クケ&I
1 7 (サ) ∃y(兎y&耳ay&~鼻ay) コEI
1 6 (シ) ∃y(兎y&耳ay&~鼻ay) 67サEE
1 6 (ス) ∃x∃y(兎y&耳xy&~鼻xy) シEI
12 (シ) ∃x∃y(兎y&耳xy&~鼻xy) 26スEE
従って、
(02)(07)により、
(08)
(1)すべてのxとyについて、xがyの鼻であって、yが象であるならば、xは長く、xがyの鼻であって、yが象でないならば、xは長くない。 然るに、
(2)あるxとあるyについて、xはyの耳であって、yは兎であって、象ではなく、xは長い。 従って、
(シ)あるxとあるyについて、yは兎であって、xはyの耳であって、xはyの鼻ではない。
従って、
(08)により、
(09)
(1)鼻は象が長い。 然るに、
(2)兎には長い耳があり、兎は象ではない。 従って、
(3)兎の耳は鼻ではない。
然るに、
(10)
① 兎が象ではなく、
② 兎の耳が鼻であって、
③ 兎の耳(鼻)が長い。
といふのであれば、
④ 鼻は象が長い=象以外(兎、馬、キリン)の鼻は長くない。
といふことには、ならない。
従って、
(10)により、
(11)
① 兎が象ではなく、
③ 兎の耳が長く、
④ 鼻は象が長い=象以外(兎、馬、キリン)の鼻は長くない。
といふのであれば、
② 兎の耳が鼻であっては、ならない。
従って、
(07)~(11)により、
(12)
「鼻は象が長い。然るに、ある兎には長い耳があり、兎は象ではない。従って、ある兎の耳は鼻ではない。」
といふ「推論」は、「日本語」としても、「述語計算」としても、「妥当」である。
従って、
(01)~(12)により、
(13)
① 鼻は、象が長い。⇔
① 鼻は、象は長く、象以外(兎、馬、キリン)は長くない。⇔
① ∀x∀y{(鼻xy&象y)→長x&(鼻xy&~象y)→~長x}⇔
① すべてのxとyについて、xがyの鼻であって、yが象であるならば、xは長く、xがyの鼻であって、yが象でないならば、xは長くない。
といふ「等式」は、「正しい」。
然るに、
(14)
(ⅱ)
1 (1)~∀x∀y{ (鼻xy&象y)→長x & (鼻xy&~象y)→~長x} A
1 (2)∃x~∀y{ (鼻xy&象y)→長x & (鼻xy&~象y)→~長x} 1量化子の関係
1 (3)∃x∃y~{ (鼻xy&象y)→長x & (鼻xy&~象y)→~長x} 2量化子の関係
4 (4) ∃y~{ (鼻ay&象y)→長a & (鼻ay&~象y)→~長a} A
5 (5) ~{ (鼻ab&象b)→長a & (鼻ab&~象b)→~長a} A
5 (6) ~[(鼻ab&象b)→長a]∨~[(鼻ab&~象b)→~長a] 5ド・モルガンの法則
5 (7) [(鼻ab&象b)→長a]→~[(鼻ab&~象b)→~長a] 6含意の定義
8(8) [(鼻ab&象b)→長a] A
58(9) ~[(鼻ab&~象b)→~長a] 78MPP
58(ア) ~[~(鼻ab&~象b)∨~長a] 9含意の定義
58(イ) ~~(鼻ab&~象b)&~~長a ア、ド・モルガンの法則
58(ウ) (鼻ab&~象b)& 長a イDN
5 (エ) [(鼻ab&象b)→長a]→[(鼻ab&~象b)&長a] 8ウCP
5 (オ) ∃y{[(鼻ay&象y)→長a]→[(鼻ay&~象y)&長a]} エEI
4 (カ) ∃y{[(鼻ay&象y)→長a]→[(鼻ay&~象y)&長a]} 45オEE
4 (キ) ∃x∃y{[(鼻xy&象y)→長x]→[(鼻xy&~象y)&長x]} カEI
1 (ク) ∃x∃y{[(鼻xy&象y)→長x]→[(鼻xy&~象y)&長x]} 34キEE
(ⅲ)
1 (1) ∃x∃y{[(鼻xy&象y)→長x]→[(鼻xy&~象y)&長x]} A
2 (2) ∃y{[(鼻ay&象y)→長a]→[(鼻ay&~象y)&長a]} A
3 (3) [(鼻ab&象b)→長a]→[(鼻ab&~象b)&長a] A
4(4) [(鼻ab&象b)→長a] A
34(5) [(鼻ab&~象b)&長a] 34MPP
34(6) (鼻ab&~象b) 5&E
34(7) ~~(鼻ab&~象b) 6DN
34(8) 長a 5&E
34(9) ~~長a 8DN
34(ア) ~~(鼻ab&~象b)&~~長a 79&I
34(イ) ~[~(鼻ab&~象b)∨~長a] ア、ド・モルガンの法則
34(ウ) ~[(鼻ab&~象b)→~長a] イ含意の定義
3 (エ) [(鼻ab&象b)→長a]→~[(鼻ab&~象b)→~長a] 4ウCP
3 (オ) ~[(鼻ab&象b)→長a]∨~[(鼻ab&~象b)→~長a] エ含意の定義
3 (カ) ~{(鼻ab&象b)→長a & (鼻ab&~象b)→~長a} オ、ド・モルガンの法則
3 (キ) ∃y~{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} カEI
2 (ク) ∃y~{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} 23キEE
2 (ケ)∃x∃y~{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} クEI
1 (コ)∃x∃y~{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} 12ケEE
1 (サ)∃x~∀y{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} コ量化子の関係
1 (シ)~∀x∀y{(鼻ab&象b)→長a& (鼻ab&~象b)→~長a} サ量化子の関係
従って、
(14)により、
(15)
② ~∀x∀y{(鼻xy&象y)→長x & (鼻xy&~象y)→~長x}
③ ∃x∃y{[(鼻xy&象y)→長x]→[(鼻xy&~象y)& 長x]}
に於いて、
②=③ である。
従って、
(15)により、
(16)
② すべてのxとyについて、xがyの鼻であって、yが象であるならば、xは長く、xがyの鼻であって、yが象でないならば、xは長くない。といふわけでない。
③ あるxがあるyの鼻であって、yは象であり、xが長いならば、 あるxはあるyの鼻であって、yは象ではなく、xは長い。
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(17)
③ あるxがあるyの鼻であって、yは象であり、xが長いならば、 あるxはあるyの鼻であって、yは象ではなく、xは長い。
といふことは、
③ 象以外にも、鼻の長い動物がゐる。
といふことである。
然るに、
(18)
③ 象以外にも、鼻の長い動物がゐる。
といふことは、
① 鼻は、象が長い。
といふことではなく、
③ 鼻は、象も長い。
といふ、ことである。
従って、
(14)~(18)により、
(19)
② 鼻は、象も長い。⇔
② 鼻は、象は長く、象以外(バク、テングザル)も長い。⇔
② ~∀x∀y{(鼻xy&象y)→長x & (鼻xy&~象y)→~長x}⇔
② すべてのxとyについて、xがyの鼻であって、yが象であるならば、xは長く、xがyの鼻であって、yが象でないならば、xは長くない。といふわけでない。
といふ「等式」が、成立する。
従って、
(13)(19)により、
(20)
① 鼻は、象が長い= ∀x∀y{(鼻xy&象y)→長x&(鼻xy&~象y)→~長x}。
② 鼻は、象も長い=~∀x∀y{(鼻xy&象y)→長x&(鼻xy&~象y)→~長x}。
従って、
(20)により、
(21)
① 鼻は、象が長い。
② 鼻は、象も長い。
に於いて、
① の「否定」が、② であって、
② の「否定」が、① である。
といふ、ことになる。
令和元年07月12日、毛利太。
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